気候正義 残余カーボンバジェット あと数年?
昨年は、もっとも暑い1年となった。しかし、温暖化ガスの排出はとまらず、カーボンバジェットは、あと数年しかないのではないか・・・。それにしては、政治の世界では危機感がないし、マスコミもさわがない。
もっとも被害をうける国・地域、階層の人々が、国際政治の舞台から遠い位置に追いやられているからだ。
温暖化は、森林火災、永久凍土の融解、氷河消滅などでさらに加速されるにもかかわらず・・・。未来への責任からいっても、全体としては今最も力をいれるべき課題ではないか。強くそう思う。
2021 年に公表された IPCC 第 6 次評価報告書(第 1 作業 部会)によると、1850 年から 2019 年までの世界の CO2 の累 積排出量は 2 兆 3900 億トンで、今後、気温上昇を 67%の 確率で 1.5℃以内に抑えるための残余のカーボンバジェットは 4000 億トンとされている。
今と同じペース(年間約 336 億トン) で CO2 を排出し続ければ、約 10 年(2029年)で使い切ってしまう、とされていた。
一方、著名な気候科学者50人が昨年6月8日に発表した新しい研究結果は、残余のカーボンバジェットは、わずか3年で半減したと報道された。2020年、IPCCでは残余のカーボンバジェットをCO2t換算で5000億トン(50%確率)とだったが、2023年初頭には約2500億トンに。世界の年間温室効果ガス排出量の約5700億トンであり、4年5カ月分しかない。2027年半ば、ということ。
*カーボンバジェットは、1.5度目標達成の確率の違いやメタンなど含めたC02換算か、C02のみかの数字による試算かで、多少のずれがある。
共通だが差異ある責任・・・
◆CO2累積排出量(1750~2020年)」
1位は、米国の4167億2308万トンで、世界の累積排出量(1兆6965億2417万トン)の24.6%。2位はEU(17.1%)、3位は中国(13.9%)
◆2020年、世界で二酸化炭素(CO2) 世界の排出量(348億725万トン)
中国 106億6788万トン(30.6%)、米国が47億1277万トン(13.5%)、EU(7.5%)、インド(7%)、ロシア(4.5%)、日本(3%) ・・・10位 韓国1.7%
◆2.8兆トンのカーボンバジェットを公平な分配すると・・・現在の人口比で算出
日本 455憶トン 1.3億人/80億人
中国 5005億トン 14.3億人
米国 1190億トン 3.4億人
◆累積排出量 2.4兆トン
日本 排出累積の5.1% 1219億トン
中国 13.9% 3336億トン 残余 1669億トン 101/年 ➡ 16年
米国 24.6% 5904億トン
欧米など先進国は、すでにカーボンバジェットを使い切っており、現在排出量世界一の中国は、約16年分のこっている。
◆2019年、世界の所得・財産上位1%(約7千万人)の1人当たり年平均110トンのCO2を排出。世界の炭素排出量の17%を占めた。上位10%(7億7100万人)は1人当たり年平均31トンのCO2を排出、世界の炭素排出量の48%。
下位50%(38億人)の1人当たりの年平均CO2排出量は1.6トン。世界の炭素排出量の12%
◆消費ベースの排出量
経済のグローバル化は、中国など低賃金の国で生産され、米国など先進国に輸入されるようになった。他国で生産された消費財を、輸入している国は、炭素排出も輸入しているとカウントするのが、より正確かつ公平である。が、統計上、計算が複雑となり、数値ができるのに、5年くらいかかるとのことで、生産ベースの数字が使われている。
スウェーデンは、消費ベースでの目標をもっている。
OECDの推計によれば、2018年における我が国の消費ベース排出量は約13億1,200万トン(CO2換算)。生産ベース排出量(約11億5,100万トン)を約1億6,000万トン上回っている
◆統計にのらない数字がある。
国際的な移動――航空機、船舶の排出量は、各国の排出量にはカウントされていない。もう一つが軍事部門。95年の京都議定書の際に、アメリカの要求で除外され(パリ協定で報告免除は撤廃されたが義務とはなっていない)。米軍だけで中規模の国の排出量に匹敵すると指摘されている。アフガン、イラク、ウクライナ、カザと戦争自体が巨大な排出源。
【カーボンバジェットとは?CO2はあとどれくらい排出できる? shishido 2023/11/30】
【カーボンバジェットと2030年までに急ぐべきこと 22/1/27 安田 陽・京大大学院特任教授】
【温室効果ガスのバケツ?カーボンバジェットとは ゼロカーボン板23/12/7】
【COP27、足踏み許されぬ1.5度目標達成、「炭素予算」の残り わずか! 日本海事新聞22/12/2】
【カーボンバジェットとは?炭素予算は残り何年分?カーボンニュートラル実現のための取り組み具体例を解説 offsel.blog 2023/12/26】
【消費ベースの温室効果ガス排出量もネットゼロへスウェーデンが世界で初めて消費ベース排出量の削減目標を設定 MUFJ 2022/05/27森本 高司 】
【気候安全保障の観点から見たCOP28の成果と課題 | 公益財団法人日本国際フォーラム (jfir.or.jp)
関山 健 京都大学大学院准教授 24/1/9 】
「これでいいのか 日本のGX」 原子力市民委員会
ダウンロード - ccne_energyleaflet.pdf
【カーボンバジェットとは?CO2はあとどれくらい排出できる? shishido 2023/11/30】
shishido 2023年11月30日
地球温暖化と気候変動が私たちの生活に及ぼす影響は、確実に目に見えるかたちで年々悪化の一途をたどっています。世界中の国、企業、そして私たちにとっても、温室効果ガスの排出削減は絶対に果たさなくてはならない課題です。
しかし一方で、排出削減と言われても、いつまでに、どのくらい削減しなければならないかが分からなければ、先の見えない思いを抱えながら過ごすことになります。
そんな私たちの到達目標の目安となるのが、カーボンバジェットと呼ばれるものです。
目次
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〇カーボンバジェットとは
カーボンバジェット(Carbon Budget)とは、日本語では「炭素予算」と訳されます。
一言でいうと、地球の気候や環境に深刻なダメージを及ぼさない範囲で、今後出しても良いとされる温室効果ガスの上限の量のことです。
産業革命が始まってから現在まで、人類は膨大な量のCO2を排出してきました。
そして既に排出されたCO2の量と大気の温度上昇の関係を見ると、ほぼ直線的に比例する、つまり、人間がCO2を出し続ける分だけ温暖化も進むということがわかっています。
つまり、その比例の傾き具合を見ることで、温暖化が危険水域に達しないレベルまで出せるCO2のだいたいの量がわかります。これがカーボンバジェットです。
なおカーボンバジェットで基本になるのはCO2換算での数字であり、実際の温室効果ガスにはメタンなど他の成分も含まれます。また、カーボンバジェットの算出値には幾分かの幅や誤差があり、温暖化効果についても不確実性があるものの、多くの科学的見地から信頼性のある指標であることに変わりありません。
〇カーボンバジェットが注目される背景
地球温暖化が抱える問題が明らかになるにつれ、地球全体の気温がどれだけ上がるとどんな影響が出るかという指標は、世界各国の関心ごとになってきました。そうした指標の必要性が叫ばれた中で、数値目標を科学的に検証し、何度かの国際会議を繰り返して世界的な達成目標として、カーボンバジェットが注目されるようになったのです。
COP16でのカンクン合意
初めて「世界の気温上昇を2℃より下に抑えるべき」という科学的見解が出されたのが、2010にメキシコのカンクンで行われたCOP16(国連気候変動枠組条約の第16回締約国会議)です。
これは、2007年のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)第4次評価報告書で、1990年に比べて2〜3℃気温が上昇すると世界的な被害や損失をもたらす可能性が高い、という報告を受けて定められたものです。
このカンクン合意に基づいて、先進国は2020年の温室効果ガスの排出削減目標を、開発途上国は排出削減のために取るべき行動を提出することが求められました。
カーボンバジェットの登場:第5次評価報告書(AR5)
カーボンバジェットという概念が登場したのが、2013年のIPCC第5次評価報告書です。
この中で、CO2の累積排出量と世界平均気温の予測変化量の間には、ほぼ比例の関係があるということが明らかにされました。
その関係を踏まえ、気温上昇を66%以上の確率で2℃未満に抑えるためには、1870年以降の全ての人間活動起源によるCO2累積排出量を約2,900GtCO2※(2.9兆トン)未満に抑えることが必要というデータも発表されています。
※GtCO2=炭素換算での排出量。1GtCO2(=10億トン炭素)
パリ協定:2℃から1.5℃へ
この間も気候変動がもたらす影響について調査や理解が進み、気温上昇を2℃に抑えるだけでは不十分な可能性があることがわかってきました。これは、気温上昇がある臨界点を超えてしまうと自然界で連鎖的に温暖化が進み、制御できなくなる可能性があること、その臨界点というのが2℃前後だという仮説に基づくものです。
そして、2015年にパリで行われたCOP21で「パリ協定」が締結されます。ここでは、温暖化による気温上昇を2℃よりもはるかに低いレベルで抑制することが目標として設定され、1.5℃に抑える努力を追求すべきと定められました。
第6次評価報告書(AR6)
2021年に発表されたIPCCの評価報告書では、抑えるべき気温上昇を1.5℃、1.7℃、2℃の3パターンに定義し、それぞれのシナリオを実現するための「残されたカーボンバジェット」を試算しています。現在世界各国が定めているNDC(各国別の目標値)も、このシナリオに近い値が目標となっており、残されたカーボンバジェットの量も、気温上昇を1.5℃に抑えるための目標が標準となっています。
【関連記事】IPCCとはどんな組織?活動内容や各報告書の詳細、SDGsとの関係も
〇カーボンバジェットの現状
では現在、世界にはどれくらいのカーボンバジェットが残されているのでしょうか。
まず大前提となるのは、これまで算定された科学的試算に基づくと、2050年までにネットゼロ(温室効果ガス排出量を実質ゼロ)にしなければ、地球温暖化を1.5℃以下に抑えることは66%の確率で不可能になるということです。
排出できるCO2の量
今後排出できる、いわゆる残余カーボンバジェットは、人間活動による温暖化が始まる産業革命の時代から現在まで出し続けてきた、累積のCO2排出量を差し引いた量になります。
地球温暖化を50%以上の確率で1.5℃以内に抑えるための累積排出量は2,600GtCO2、仮に66%の確率で2℃以内に抑えるとしても2,900GtCO2となります。
しかし、1876年から2017年の間に、全世界では既に2,200GtCO2を排出してしまっています。ここから算出すると、2018年時点での残余カーボンバジェットは
- 50%の確率で1.5℃以下=400GtCO2
- 66%の確率で2℃以下=700GtCO2
となります。
残された時間は少ない?
この残余カーボンバジェットの量は、現在の状態がきわめて深刻であることを物語っています。
というのも、現在世界全体では、1年間で約40GtCO2のCO2を排出しているからです。
2018年時点の量から見ると、66%の確率で2℃以下に抑えるにはあと12年ほど、50%の確率で1.5℃以下に抑えようとすれば、あとわずか7年の2030年までしか私たちはCO2を排出できません。
さらに恐ろしいのは、この期間に残余カーボンバジェットを使い果たせば、それ以降世界がどれだけCO2排出を抑えても1.5℃、あるいは2℃以下に抑えることは不可能な臨界点に達し、温暖化の進行は止められなくなると予測されていることです。つまり、先送りができないのです。
そのため、2020〜30年までの10年間は「決定的な10年」「勝負の10年」と位置付けられています。
横たわる「排出量ギャップ」
こうした試算結果を受けて、世界各国は急ピッチでCO2をはじめ温室効果ガスの削減を進めています。
しかし、世界各国が掲げた目標削減量と、実際に1.5℃に抑えるために必要な削減量との間には大きな差があります。これが「排出量ギャップ」と呼ばれるものです。
排出量ギャップは
①先進国の削減目標(NDC)+途上国の削減行動による世界全体の排出削減量
②温暖化を抑えるために必要な削減目標
で、①から②を引いた値で出されます。その結果、1.5℃以下に抑えるための2030年の推計排出ギャップは
- 現行政策=平均で約25GtCO2
- 無条件のNDC=平均で約23GtCO2
- 条件付きNDC=平均で約20GtCO2
となっています。
こうしたギャップが生じる理由には、削減目標の前提条件が国ごとに違ったり、目標に幅があったりするためです。
このギャップを解消し、パリ協定で定めた気温目標に近づく条件は、ネットゼロの公約を完全に達成する場合のシナリオのみというのが現状です。
世界のCO2排出量に減少の兆しなし
こうした喫緊の必要にもかかわらず、2022年の世界のCO2排出量は40.6GtCO2と予測され、減少に移る兆しは一向に見られません。
COP26で多くの国がカーボンニュートラルとネットゼロへ向けた目標を定めたものの、現状は大きく遅れています。さらに排出量ギャップの問題により、G20を中心とした先進国は再検討と強化を求められていますが、実際には2℃以下に抑えるための目標すら達成の可能性は低いままです。
日本の現状
こうしたカーボンバジェットの考え方は世界全体での試算です。
これを現在の排出量の割合で国ごとに配分した場合、日本は世界全体の3.2%、残り7.5年分(1.5℃以内に抑える場合の2020年以降の量)ですが、過去の累積量と人口比で配分すると、日本が使えるカーボンバジェットは世界全体の1.7%しかありません。
しかし、日本は世界全体での過去の累積排出量の5.1%を既に出しており、先進国としての公平性を考慮すると、日本に分配できるカーボンバジェットは事実上ありません。
〇今後どれだけ削減すべきか
カーボンバジェットは、世界各国がどれだけの温室効果ガスを削減しなければいけないのかという現実と、具体的な数値目標を冷徹に突きつけます。
具体的には、2030年に間に合わせるには、
- 現在より67%のCO2削減
- 年間でいうと2020〜30年までに世界全体で毎年7.6〜10%、削減量は約1.4GtCO2以上
といった量の削減が求められることになります。またIPCCの第6次報告書では、遅くとも2025年までには世界の温室効果ガスの排出を頭打ちに持っていかなければならないとも言及しています。
ただしこれは「世界全体」での話です。スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥーンベリさんの主張では、仮に2℃以内を目標にする場合でも、先進国は年間15%の削減が必要であるとされています。
日本をはじめとする先進国は過去の累積排出量を考えると、既に配分されるカーボンバジェットは残っていません。しかし、すぐに排出量ゼロにすることもできないため、超過している分はより多くの削減努力が求められます。
そして前述の毎年約1.4GtCO2という削減量は、2020年の新型コロナのパンデミックによるロックダウンでもたらされた排出削減量に匹敵します。つまりカーボンバジェットを意識すれば、あと10年は世界経済はそのレベルで推移しなければなりません。
ここからも、達成しなければいけない目標がどれだけ困難かということがわかります。
日本はどれだけ削減すればいいのか
では、日本はどれだけの温室効果ガスを削減しなければならないのでしょうか。
世界各国の数値目標の公平性を評価した研究では、日本は
- 2℃目標達成のためには2030年に90%
- 1.5℃目標達成のためには2030年に120%
の削減が必要とされています。(いずれの数値も2010年との比較)
一方、日本政府の削減目標は2030年に約40%、環境NGOが政府に要求しているのは50〜60%とされており、ここでも目標と現実のギャップが大きいことがわかります。
では実際はどうかというと、2020年度の日本の温室効果ガス排出量はCO2換算で11億5,000万トンです。これは2013年度の14億900万トンと比べ、約21.5%の減少に過ぎません。改善されているとはいえ、その道のりは目標には遠く及んでいないのが現状です。
CO2排出量の削減に向けた取り組みや技術
カーボンバジェットの残りという視点から見れば、CO2排出削減に向けた取り組みは、きわめて速やかに、短期間に、そして大規模に行われなければ2030年に間に合わないことになります。
そのためには、実現に時間がかかる取り組みや技術をあてにしている暇はありません。
最も重視されるのは、スピードとコスト、そして広範な影響をもたらすことです。
技術面:再エネ・EVの普及拡大は急務
技術面では、2030年までの「決定的な10年間」の間に、現在使われている既存の脱炭素技術を急速に導入し、より広く普及させることがCO2削減の正攻法です。具体的なものとしては
- 再生可能エネルギー:太陽光や風力など。国際的には短期間で設置可能な風力発電を重視
- EV(電気自動車):LCAを考慮しても、内燃機関車に対し有利
- ZEB/ZEH:新築・既存のいずれも大きなCO2削減効果が期待
などがあげられます。
現在、水素やCCUS、合成燃料などの技術にも期待がされていますが、いずれも短期的な実用化には至っていません。これらの技術はどれも重要であり、軽視するべきではありませんが、2030年までの期限を考えると優先度は低く、現時点ではむしろ再エネなど既存の技術に注力することが先決です。
金融面:化石燃料関連からの撤退
カーボンバジェットは、世界中の投資家が化石燃料関連企業からの投資を引き上げる(ダイベストメント)動きの指標にもなっています。こうした動きは、ESG投資が高まる前の2015年には既に始まっており、全世界の化石燃料のうち8割が不良在庫化するリスクが指摘されています。
このように、カーボンバジェットの観点から投資や資産のリスクを評価することは世界的にスタンダードになっており、
など、脱炭素経営に必要な取り組みを進める企業は、日本でも増えてきています。
〇カーボンバジェットを実現するために私たちができること
私たち市民のライフスタイルを変えることも、限られたカーボンバジェットの節約に重要な役割をはたします。
私たちのライフスタイルの中で、CO2排出量が最も大きいのは食、住居、そして移動です。
平均的な日本人の生活では、一人一年当たりでいうと
- 住居=約32%/2.4tCO2
- 移動=約20%/1.6tCO2
- 食=約18%/1.4tCO2
となり、この3つの分野だけでCO2排出量の4分の3を占めることがわかっています。
そして、私たち日本人に求められるCO2排出削減量はそれぞれ
- 2030年まで=食が47%、住居が68%、移動が72%
- 2050年まで=食が75%、住居が93%、移動が96%
となっています。では、この目標を達成するために私たちができることは何でしょうか。
・住居
最も排出割合の多い住居でのCO2排出を減らすためには、住居関連の排出の8割を占める直接エネルギー消費、中でも電力消費を脱炭素化することが有効です。
特に効果を発揮するのが
- 系統電力を再生可能エネルギー由来に切り替える
- 再生エネルギー設備の設置
- 省エネ家電への切り替え
などで、この他の取り組みにはコンパクトな居住空間への転換や、ゼロエネルギー住宅・低炭素設備(ヒートポンプ、断熱材など)への投資などがあります。
・移動
日本人は、徒歩を含め年間平均1万1,000km移動し、1,550kgのCO2を出しています。
このうちの約80%が自動車で、17%が飛行機での移動によるものです。
そのため、移動によるCO2排出を削減するのに有効な手段としては
- 公共交通機関や自転車など、車以外の個人移動
- EV(電気自動車)への移行
- ライドシェアまたは一台当たり2人以上の乗車
- 職住近接・テレワークや近場でのレジャーの推奨
などがあります。
・食生活
平均的な日本人の食事から出るCO2量は、年間約1,400kgですが、そのうち最も多いのが肉類によるもので、その次に穀類(米)が多くなります。ただ、食事は人間の生活に欠かせないものであり、物理的に削減することは困難です。重要なのは、栄養摂取とCO2排出源のバランスを考え、CO2排出の原因となる要素に配慮した消費行動をとることです。具体的な取り組みとしては、
- 野菜類摂取の増加
- 肉・乳製品を植物性たんぱく質の商品へ転換
- 菓子・アルコール類の削減
- 食品ロスの低減
などの取り組みが望ましいものとされます。
〇カーボンバジェットとSDGs
カーボンバジェットを知ることは、私たちが排出するCO2の量を意識することにつながり、ひいてはSDGs(持続可能な開発目標)の達成にも貢献します。SDGsの達成目標として2030年が位置付けられているのも、カーボンバジェットを使い切る前に解決すべき「決定的な10年」の最後の年が2030年であることと無関係ではありません。
目標13「気候変動に具体的な対策を」
SDGsの目標13は、気候変動およびその影響を軽減するための緊急対策を講じることの重要性を示しています。
ここまで解説してきた通り、カーボンバジェットは気候変動による影響を最低限に抑えるために、それ以上の温室効果ガスを出せないと示した、具体的かつ緊急性の高い指標です。カーボンバジェットの量を意識することで、世界だけでなく私たちがとるべき行動にも、より具体性が高まります。
目標7「エネルギーをみんなに そしてクリーンに」
もう一つ関連してくるSDGsの目標7では、7.1から7.3までのターゲットにいずれも「2030年までに」という期限が組み入れられています。これは残余カーボンバジェットの算出に基づき、この年までに
- 安価で信頼できる現代的エネルギーサービス(ターゲット7.1)
- 再生可能エネルギーの割合を大幅に拡大(ターゲット7.2)
- 世界のエネルギー効率の改善率を倍増(ターゲット7.3)
を実現させるというものです。この実現のカギを握るものとしてクリーンエネルギーを位置付けているのが目標7の「エネルギーをみんなに そしてクリーンに」です。
〇まとめ
カーボンバジェットは、気候変動の現状と、私たちに残された猶予を時間的・物理的に示すものです。
しかしその数字はあまりにも少なく、対策するべき時間はあまりにも短いものでした。そして現在、世界にはいまだこの状況を打開できる兆しもありません。こうした事実に私たちはどうしても悲観的になってしまいますが、それでもなお、国も、企業も、私たち一人ひとりにもできることはたくさんあります。2030年という目標があるからこそ、解決に向けて立ち上がらなければならない時期は今しかありません。
参考文献・資料
カーボン・バジェットとは?|UNFCCC-COPへの参画|国立環境研究所 (nies.go.jp)
環境用語集:「カーボンバジェット」|EICネット
排出ギャップ報告書2022 著者:United Nations Environment Programme [UNEP]出版者:地球環境戦略研究機関.pdf (iges.or.jp)
GES専門家による「IPCC第6次評価報告書統合報告書のここに注目しました」著者:田村 堅太郎,⽔野 理,田辺 清人,松尾 直樹/著作権:地球環境戦略研究機関/2023年5月 (iges.or.jp)
GCB2022_press_release_J_1208.pdf (nies.go.jp)
1.5°Cライフスタイル ― 脱炭素型の暮らしを実現する選択肢 ― 日本語要約版 著者:小出 瑠,小嶋 公史,渡部 厚志/協力:西岡 秀三,浜中 裕徳,堀田 康彦/出版日:2020年1月/出版者:地球環境戦略研究機関 (iges.or.jp)
No.290 カーボンバジェットと2030年までに急ぐべきこと – 京都大学大学院 経済学研究科 再生可能エネルギー経済学講座 (kyoto-u.ac.jp)
グリーン・ニューディール : 世界を動かすガバニング・アジェンダ / 明日香壽川著. — 岩波書店, 2021. — (岩波新書 ; 新赤版 1882).
脱炭素経営入門~気候変動時代の競争力~. — 日本経済新聞出版社, 2021.
産官学民コラボレーションによる環境創出 / 日本環境学会幹事会編著 ; 佐藤輝責任編集. — 本の泉社, 2022.
【カーボンバジェットと2030年までに急ぐべきこと 22/1/27 安田 陽 】
2022年1月27日 京都大学大学院経済学研究科特任教授・安田 陽
昨年2020年は、8月9日にIPCCの第1作業部会(WG1)から第6次統合報告書(AR6)の政策決定者向け要約(SPM)が公開され、10月31日〜11月13日に英国グラスゴーでCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)が開催されるなど、気候変動に関して議論が活性化された年でした。本稿では、このIPCC AR6やCOP26の重要な論点の一つとして挙げられる「カーボンバジェット」についておさらいし、日本のカーボンニュートラル政策との関連について解説したいと思います。
〇カーボンバジェットと「決定的な10年」
一般にバジェット(budget)といえばある期間で使い切ることができる「予算」や「経費」を示しますが、「カーボンバジェット」とは、気候変動を一定程度に緩和するために追加的に排出が許容できるCO2排出量の上限ことを意味します(カーボンバジェットの用語の由来や意味については電力中央研究所の論考もご参照下さい)。もちろん、このカーボンバジェットという概念自体は今回のIPCC AR6で初めて登場したものではなく、2013年の第5次統合報告書(AR5)で登場し、世界的に議論が続いているものです。日本でも、例えば2014年に公開された地球環境戦略研究機関(IGES)のワーキングペーパーをはじめとして、試算や議論が進んでいます。
図1はIPCCのAR6 SPMに掲載された2020年以降のCO2排出量と平均気温上昇の予測の相関図です。平均気温の上昇を50%の確率で1.5℃以内に収めるには全世界で許容されるCO2排出量はあと500Gt、83%の確率に高めるならばあと300Gtしかありません(図中、SSP1-1.9シナリオ)。現在、1年間で約40Gt排出しているので、十分な対策がなければ2030年までにそのバジェットを使い切ってしまうことを同図は意味しています。
図1 IPCCによるCO2排出量および平均気温の増加のシナリオとカーボンバジェット(出典: IPCC AR6 SPM)
図1はやや専門的で抽象的なので、もう少しわかりやすい概念図を示すとすると、図2のようになります。
単に2050年に「実質ゼロ」を目指すと言っても、図2に示す通りそれに至る経路はさまざまあります。
カーボンバジェットを考慮すると、「今まで通り」のやり方を変えずに徐々にゆっくりCO2を減らしていって、あと10~20年経ってから画期的な技術に期待して最後に帳尻を合わせる…という考え方(図中赤線)では、結果的に多くのCO2を排出してカーボンバジェットを超えてしまい(図中赤で囲まれた部分)、1.5℃以内に収めらない可能性が高くなります。
2050年にカーボンニュートラルを目指す限りは、2030年までに「スタートダッシュ」をすること(図中緑線)が本来求められているのです(それすら遅い可能性もありますが…)。それ故、国際議論では2030年までの10年間は「決定的な10年 (Decisive Decade)」とも呼ばれています。
図2 カーボンバジェットの含意 (資料提供: IGES・高橋慶衣氏)
〇カーボンバジェットと脱炭素の国際議論
一方、昨年2021年は、さまざまな国際機関から脱炭素に対する報告書が相次いで公表された年でもありました。振り返ると、2021年5月には国際エネルギー機関(IEA) から “Net Zero by 2050” という報告書が公表され、その1ヶ月後には国際再生可能エネルギー機関(IRENA)から “World Energy Transitions Outlook: 1.5°C Pathway”という名の報告書が相次いで発刊されています。前者は直後に日本のメディアでも大きく報道されましたので、記憶に新しい方も多いことでしょう。
これらの一連の国際議論をカーボンバジェットという切り口から見てみると、とても興味深い(そして日本で広く流布している言説とは違った)状況を見てとることができます。
例えば、IEAの “Net Zero” 報告書では、図3のようなグラフが登場します。この図は2050年までにどのような技術でCO2を削減できるかを試算したグラフですが、風力および太陽光が突出してCO2削減に貢献することが試算されており、次いで3番目に貢献するのは電気自動車であることがわかります。また、これら3つの技術は既に実用化され市場で競争力を持ちつつある技術として分類されている(図中緑色)という点も重要です。
一方、水素や二酸化炭素再利用・貯留(CCUS)、二酸化炭素直接回収(DACS)に関連する技術は、CO2削減効果もそれほど大きく見積もられておらず、しかも現時点でまだ実証(図中黄色)や試作(図中橙色)の段階であることがわかます。
図3 2050年までの技術別CO2削減量(出典: IEA “Net Zero by 2050” )
同様に、図4は2050年までの技術別CO2削減量を5年ごとに区切って推移を表した図です。図4を詳細に観察すると、2030年までに最もCO2を削減することが期待されている技術は再生可能エネルギー(図の緑系の色)であり、各部門のエネルギー効率化(図の黄色系の色)がそれに続きます。また、電気自動車を含む電化(electrification)(図の水色系の色)もCO2削減に大きく貢献していることがわかります。水素やCCUSは2050年に近くについてその割合は徐々に増えるものの、相対的に他の技術よりは少なく、2030年までは棒グラフ上でも僅かに見える程度です。
図4 2050年までの技術別CO2削減量の推移(出典: IEA “Net Zero by 2050” )
更に図5も2030年、2050年までにどのような技術でCO2を削減できるかをわかりやすく視覚化した図ですが、この図からも再生可能エネルギー、エネルギー効率化、電化(電気自動車を含む)が2030年までにCO2削減に大きく貢献することがわかります。反面、水素やCCUSは2030年までには僅かな貢献しかしないこと予想されています。つまり、水素やCCUSといった技術は2030年以降にその比率が大きくなると見通され、IEAのシナリオでは短期ではなく中長期に期待される技術として位置づけられていることが読み取れます。
図5 2020年から2030年、および2030年から2050年にかけての技術別CO2削減量(出典: IEA “Net Zero by 2050” )
IEAの “Net Zero”報告書では、技術的な見通しだけでなく、投資についても試算を行っています。図6はパリ協定の1.5℃目標を遵守するために2050年までの各年代でどれくらいの投資が必要かを試算したグラフです。図から、各年代を通してもっとも投資額が多いのは再生可能エネルギーであり、ついで電力系統のインフラに投資が集中することがわかります。またエネルギー効率化や電化への投資も前二者に次いで大きいことが見て取れます。2030年までの水素やCCUSへの投資は、相対的にわずかです。
図6 2050年までの各部門に必要な投資(出典: IEA “Net Zero by 2050” )
このように、カーボンバジェットの考え方に立つと、水素やCCUSなどといった現在試作・実証段階にある技術の成熟・コストダウンを待っていては間に合わず、2030年までの「決定的な10年間」の間に風力や太陽光などの再生可能エネルギーを急速に導入させることが脱炭素の正攻法であるということがわかります。
図3~6に示したようなIEAの試算からわかる通り、現在既に商用化されている脱炭素技術である風力・太陽光、電気自動車に優先的に投資を行い導入を加速することが合理的であり、欧州・北米・中国を含む世界の多くの国の政府や産業界が科学的な根拠を元にその動きを加速させている理由が、ここから理解することができます。
〇カーボンバジェットと日本のカーボンニュートラル政策の問題点
一方、日本では「カーボンニュートラル」や「グリーンイノベーション」の名の下に、水素やCCUSが大きく取り上げられ、政府での議論や報道においてもそれらが優先的に登場している傾向が感じられます。もちろん、これらの技術も2050年ネットゼロ達成のために重要な技術ではありますが、議論や報道が加熱しすぎて全体的な方向性や優先順位を見失ってはなりません。2030年までの「スタートダッシュ」に求められるのは、本来、再エネの大量導入とエネルギー効率化、そして電気自動車なのです。残念ながら政府が公表する『第6次エネルギ基本計画』や『グリーン成長戦略』には、カーボンバジェットという言葉は登場しません。
再エネ大量導入しても、例えば経済産業省の審議会では「2030年までというショートタームで対応可能な再エネは太陽光しかない」などという誤った認識の発言もあり、メディアの多くもそれを十分検証しないまま誤解を再生産している傾向が見られます。しかし、本来は風力発電こそ短期間で建設が可能な電源だと国際的には認識されています。例えば欧州風力エネルギー協会(現・WindEurope)が2010年に公表した報告書では、当時の陸上風力発電所のリードタイム(計画から運転開始までの時間)は平均4.6年、洋上風力発電所のそれは平均2.5年となっています。
また、欧州の主要な洋上風力の建設期間を調査した論文によると、基礎工事や風車添え付けだけに限っていえば、数十基の風車からなる洋上風力発電所でもわずか10日前後で完了し、それを如何に短縮するかがコストダウンの鍵となっています。このような情報は、残念ながら日本ではあまり知られていません。
リードタイムのほとんどの期間は環境アセスメントなどの規制や許認可、系統連系に関するものであり、それをどのように短縮すべきかが世界では10年以上前から議論されているのです。仮に日本で「2030年までというショートタームで対応可能な再エネは太陽光しかない」としたら、それは再エネ側の技術的問題ではなく、本来10年前に解決しておくべきだった制度設計の問題であると言うことができます。
今から技術開発を行って「夢のある技術」を後押ししたり期待をかけるのは決して悪いことではなく、日本が世界に遅れを取らないためこれらの地道な研究開発を支援する必要があるのは確かです。しかし、投資や議論の優先順位を見誤るべきではありません。足元のなすべきことを疎かにして地に足をつけず将来を夢見ているだけでは、「夢のある技術」が「問題の先送り」の隠れ蓑に利用され、世界の潮流と真逆のガラパゴス技術をまたひとつ作り上げてしまうだけに終わってしまう可能性すらあります。2030年に向け何を優先すべきかは、「カーボンバジェット」というキーワード抜きには語れません。カーボンニュートラル実現のための優先順位に関しては2020年12月にも同様のコラムを書いていますのでそちらも併せてお読み下さい。
【温室効果ガスのバケツ?カーボンバジェットとは ゼロカーボン板23/12/7】
疑問に感じたことはありませんか?
私たちは、世界には、あとどれぐらい温室効果ガスを排出できる余裕があるのかと。
もう少しも余裕がない?
それとも、まだまだ余裕があって、ゆっくりと脱炭素の対策を始めれば良い?
私たち人類社会が置かれた状況を、「カーボンバジェット」という概念から見通していきます。
目次
カーボンバジェットとは
地球は、あとどれぐらい温室効果ガス排出できる余裕があるのか
こうした疑問の答えが、カーボンバジェットです。
日本語では「炭素予算」と訳されています。
お買い物の際、まずは自分のお財布と相談し、どれだけ商品にお金を払えるか予算を決めますよね。
私たちは、この予算内に収まるような商品を探していきます。
カーボンバジェットも同様に、地球というお財布に収まる温室効果ガスの予算を示しています。
たとえると、温室効果ガスを溜めるバケツがあり、バケツから溢れないよう管理しているようなものです。(図1)
図1 カーボンバジェットの概念
前提として、地球の気温上昇は過去に排出した温室効果ガスの累積量に比例します。
温室効果ガスは一度排出されると非常に長い時間大気中に留まるため、「累積量」というのがポイントです。
この累積量に対し、気温上昇をあるレベルまでで食い止める上限量が決まります。
この上限量がカーボンバジェットです。
- 気温上昇はどこまで許容できるのか
カーボンバジェットは、私たちがあとどのぐらい温室効果ガスを排出できるかを考える際の指標となります。
具体的にどのぐらいなのか。
それを知るためには、まず気温上昇をどこまで許容できるかを見通す必要があります。
では、気温上昇はどのレベルに抑えれば良いのでしょうか。
パリ協定には、「世界的な平均気温の上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保つとともに、1.5℃に抑える努力を追求する」と明記されています。
一方、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が「1.5℃特別報告書」にて、2℃と1.5℃ではどのぐらい影響に差がありそうか報告を行いました。
それが契機となり、世界では「1.5℃を目指そう」という機運が高まったことから、現在では1.5℃目標がスタンダードになっています 。
ここで、とても重要な事実に触れなくてはなりません。
「1.5℃に気温上昇を抑制する」とは、とてつもなく高い目標です。
なぜなら、現時点において、すでに世界の気温は産業革命以前に比べて1℃上昇してしまっているのです。
3. 私たちに残されたカーボンバジェットの残量
前述したように、気温上昇はこれまで排出された温室効果ガスの累積量に比例します。
気温上昇を1.5℃に食い止めるには、すでに1℃上昇してしまっている現在からすると、残り0.5℃しか猶予はありません。
ここで、カーボンバジェットが重要になってきます。
気温上昇が1.5℃に達する時の温室効果ガスの累積量がカーボンバジェットです。
人類はもう手遅れなのでしょうか。
それとも、今から脱炭素を頑張ればまだ間に合うのでしょうか。
その手掛かりとして、カーボンバジェットと現在の温室効果ガス累積量の差分を見てみましょう。
IPCC第6次評価報告書によると、2019年時点での累積量は約2兆3,900億トンでした。
そして、気温上昇を1.5℃に抑えるためのカーボンバジェットは、およそ2兆7,900億トンと示唆されています。
つまり、差し引きすると、私たちに許される残りの排出量はあと4,000億トンとなります。(67%以上シナリオ)
(出典:https://www.env.go.jp/content/000116424.pdf ; p.80)
わかりやすくバケツに例えると、図2のようになります。
図2 カーボンバジェットの状況
私たちに残された温室効果ガス排出量は4,000億トン…
これだけでは「まだ大丈夫」なのか「もう余裕がない」なのか分かりませんね。
それを知るために、世界で毎年どのぐらいの温室効果ガスが排出されているかチェックしてみましょう。
GCP(The Global Carbon Project)のレポートによると、2022年における世界の温室効果ガス排出量は約400億トンのようです。
(出典:https://globalcarbonbudget.org/wp-content/uploads/Key-messages.pdf)
4,000億トンの残量に対し、年間排出量は400億トン/年。
単純計算で、わずか10年間でバケツは満タンになります。
つまり、このままでは10年以内に地球の気温上昇は1.5℃を超え、目標を達成することができなくなってしまいます。
図3 10年間でのカーボンバジェット消費試算
- 人類社会に託されていること
かつて「地球温暖化」と呼ばれていた現象は、今では「気候危機」と言われるようになっています。
カーボンバジェットを俯瞰すれば、それが決して大袈裟な表現ではないことが分かるでしょう。
あと10年間でカーボンバジェットを使い切ってしまい、1.5℃目標が達成できないかも知れないのです。
そのため、2020年から2030年の期間はDecisive Decade -「決定的な10年間」であり、気候危機に対する人類の分岐点となります。
私たちにできることは二つ、年間の温室効果ガスの排出量を抑制すること(回避系対策)、そしてCO2の累積量を減らすこと(除去系対策)です。
このうち、除去系対策の一部は将来の技術革新を待つ必要があります。
したがって、足元では回避系対策、つまり温室効果ガス排出の抑制に取り組んでいくことが重要となります。
そして、温室効果ガス排出抑制の重要手段は、再生可能エネルギーへの転換です。
近年、コーポレートPPAに代表される「追加性ある再エネ」導入が広がっており、カーボンバジェットとも整合した取組と言えます。
仮に、追加性再エネなどの回避系対策により、世界の年間排出量を400億トンから半減させ、200億トンにできればどうでしょうか。
残量4,000億トンに対し、年間200億トンの排出量であれば、カーボンバジェットには20年間の時間的猶予が生まれます。
除去系対策の技術革新には時間が必要です。
足下で回避系対策を徹底的に進めてカーボンバジェットの猶予期間を少しでも伸ばし、決定的な10年間を乗り切る。
そして、来る技術革新の時代に温室効果ガスの累積量を削減、バケツの水を減らしていく。
これこそが、将来世代に向けて、私たち人類社会に託されている使命なのです。
図4 人類社会に託されていること
【COP27、足踏み許されぬ1.5度目標達成、「炭素予算」の残り わずか! 日本海事新聞22/12/2】
略
..ところが現実は厳しい。前回触れた通り、現在各国が掲げるGHGの排出削減目標だけでは足らず、このままでは世界の平均気温は今世紀末までに産業革命前から2・4―2・6度上昇する可能性が高い(国連環境計画)。その論拠を今回は改めて紹介する。本欄では未言及だった、カーボンバジェット=炭素予算という概念である。
本欄おなじみのIPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)第6次評価報告書は昨年、地球の気温上昇は累積CO2排出量にほぼ比例し、温暖化の抑止で1・5度目標を50%の可能性で達成するには、累積総排出量を2兆8000億トン余に抑えねばならない、との研究結果を明らかにした。
この量を上回れば、地球の温暖化は1・5度を超えてさらに進行し、異常気象・気候破壊の度合いは激烈の度を増す。
ところが図の通り、19年時点で累積CO2排出量は既に2兆4000億トンに達しており、その時点で残る予算は約4000億トン。11月11日のグローバル・カーボン・プロジェクト(GCP)の発表によると、22年の世界のCO2排出量は約406億トンと推定される。毎年平均400億トンの排出が20年以降続くと仮定すれば10年で、つまり30年以前に、私たちは残りの炭素予算を使い果たしてしまうのだ。
◆
このGCPの調査結果はCOP27の会期中に世界の指導者たちに向けて発表された。本研究を主導したエクセター大学グローバルシステム研究所のピエール・フリーデリングステイン教授は、「早急な削減が求められる中、今年も依然として化石燃料消費によるCO2排出量の増加が見られる。意味のある行動を取らねばならない」と語っている。
◆
だから、筆者は急いでいるのだ。「再エネで駆動する物流・海運」への転換、「物流・海運EX」を! 100年に一度の偉大な革命に、あなたもその身を投じませんか?
(月1回掲載)
きくた・いちろう 物流ジャーナリスト。82(昭和57)年名大経卒。83年に物流専門出版社に入社、月刊誌編集長、代表取締役社長等を兼務歴任。20年6月に独立し、L―Tech Lab設立。同月、日本海事新聞社顧問就任。
【カーボンバジェットとは?炭素予算は残り何年分?カーボンニュートラル実現のための取り組み具体例を解説 offsel.blog 2023/12/26】
今日起こっている世界中の気候変動は、人類が排出してきた温室効果ガス排出であることが分かってきました。日本でも数十年に一度といわれる記録的な集中豪雨の頻発や、記録的な命に係わる酷暑などの気候変動が起きており、私たちの命や生活、そして産業を守るためにもCO2削減への取り組みが必要とされています。
今回取り上げるカーボンバジェット(炭素予算)とは、温室効果ガス累積排出量の上限値のことです。産業革命以降のCO2累積排出量から見ると、人類が排出できるCO2はあと僅かしかありません。
カーボンバジェットの現状と日本の取り組むべき課題を見ていきます。
目次
- カーボンバジェット(炭素予算)とは?
- カーボンバジェットは残り何年分?
- 排出量ギャップとは?
- 世界のカーボンバジェットの現状
- 日本のカーボンバジェットの現状
- 2030年に間に合わせるにはカーボンバジェットはどれくらい削減すべき?
- CO2削減のための取り組み具体例
- まとめ
〇カーボンバジェット(炭素予算)とは?
カーボンバジェット(炭素予算)とは、地球の気候変動対策として気温上昇を一定のレベルに抑えるため、人為起源のCO2などの温室効果ガスの累積排出量の上限を決めることです。
気候変動問題の解決に各国共通で取り組んでいくため、1995年から国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)が毎年開催され、これから何年でどれだけのCO2を排出できるのか目標を決めをしています。
カーボンバジェットを考える上で重要となる、2010年にメキシコで開催された気候変動枠組条約第16 回締約国会議(COP16)で決められた目標、パリ協定で設定された目標、IPCC1.5℃特別報告書をそれぞれ解説します。
・気候変動枠組条約第16 回締約国会議(COP16)で設定された「2℃目標」
COP(コップ)とは、締約国会議(Conference of the Parties)の略です。
国連気候変動枠組条約に関する最大の国際会議であり、地球温暖化への対応は世界共通の課題であるとの認識のもと、1992年の気候変動枠組条約の採択以降、国際的な取り組みが進められています。
2010年11月29日から12月10日までメキシコのカンクンで開催された「気候変動枠組条約第16 回締約国会議(COP16)」では、先進国は2020年までの削減目標、途上国は削減行動を提出すること等が決定され、産業革命後の気温上昇を2℃以内に抑える「2℃目標」が設定されました。
・パリ協定で設定された「1.5℃目標」
パリ協定は、2015年にフランス・パリで開催された国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP21)で採択、2016年に発効しました。パリ協定には、産業革命以前に比べて、世界の平均気温の上昇を2℃以下に、できる限り1.5℃に抑えるという目標が示されています。
気温上昇を1.5℃に抑えるためには、2030年までに2010年比でCO2排出量を約45%削減しなければならないため、ハードルは高いです。
「歴史上はじめて、気候変動枠組条約に加盟する196カ国全ての国が削減目標・行動をもって参加することをルール化した公平な合意である」ことと「全ての国が、長期の温室効果ガス低排出開発戦略を策定・提出するよう努めるべきとしている」ことが大きな特徴といえます。しかし、2017年6月に米国のドナルド・トランプ大統領が脱退を表明するなど、合意通りに進んでいません。
パリ協定を受け日本では、中期目標として、2030年度のCO2排出を2013年度の水準から26%削減することを目標として定め、野心的な取り組みだとされました。
・IPCC1.5℃特別報告書
2015年のパリ協定で気温上昇「1.5℃目標」が設定されましたが、CO2の排出量削減は進んできませんでした。
そこで2018年に韓国仁川で開催された「気候変動に関する政府間パネルIPCC第48回総会」では「IPCC1.5℃特別報告書」が承認されました。
「1.5℃特別報告書」とは、2040年には1.5℃の気温上昇すると予想したうえで、2℃の気温上昇との影響の違いや、気温上昇を1.5℃に抑えるための対策について取りまとめたものです。
1.5℃上昇した場合でも2100年には海面が28cm~55cm上昇するとされており、記録的な熱波も、1.5℃上昇で産業革命前の8.6倍、2℃では13.9倍なるとの見方もあります。
この報告書では、CO2の排出量と世界の平均気温の変化が比例していることを導き出し、1870年以降からの累積排出量を2900ギガトンに抑える必要があると言及しています。
すでに2011年までに1900ギガトンのCO2排出量があるため、2012年以降のCO2排出量の累計が1000ギガトンとわずかしかありません。
将来の平均気温上昇が1.5℃を大きく超えないためには、2050年にはカーボンニュートラル世界のCO2排出量が正味ゼロ(ネットゼロ)となっている必要があります。
〇カーボンバジェットは残り何年分?
Global Carbon Projectの2020年報告書によると、気温上昇を1.5℃に抑えたとしても、2020年から2030年の間に平均して毎年約1〜2ギガトンのCO2の削減が必要とされています。
産業革命前からの気温上昇を1.5℃におさえた場合、カーボンバジェットの残りはたったの8%しかありません。現在の勢いで排出を続けると10年あまりで上限に達してしまうのです。
・2050年にネットゼロにするために残りの年数で排出できるCO2量
2050年にネットゼロにするためには、2030年に世界のCO2排出量を2010年比で45%削減しなければなりません。具体的には2012年〜2050年までに排出できるCO2は「1000ギガトン以内」が目安とされています。
日本の残りのカーボンバジェットは 6.5ギガトンです。日本のCO2年間排出量 1.1ギガトンなので、このまま同量を輩出し続けるとわずか6年で限界になります。
コロナ禍により一旦は、世界各国が経済が縮小したためCO2排出量は減少したものの、収支ではプラスのためCO2は増加したままコロナ収束で経済が回復したため、CO2排出量はまったく減っていません。
非常に難しい局面に差し掛かっているとみてよいでしょう。
改正地球温暖化対策の推進に関する法律(2022年)では、都道府県及び市町村CO2排出削減の計画を策定し実施することを努力義務としています。
この法律によりCO2排出ゼロに取り組むことを表明した地方自治体が増えつつあり、それぞれの自治体の実情に合った計画実施を行っています。
また、個人で出来るCO2対策を推進している自治体も多くあります。
環境省では「自治体排出量カルテ」を作成しており、温室効果ガス(CO2)排出量の現状、FIT制度による再生可能エネルギーの現状の情報、再エネポテンシャルの情報を可視的に得ることができるため、今後も取り組む自治体が増えることが期待されています。
・1.5℃以下に抑えるなら残り何年?
2050年にネットゼロを達成するためには、世界で排出するCO2を1000ギガトン以内にしなければなりません。
2018年時点から50%の確率で1.5℃以下に抑えようとすればわずか7年です。
1.5℃の目標達成には、各国の計画をさらに高く設定しなくてはならないという専門家もいます。
・2.0℃以下に抑えるなら残り何年?
2018年時点の量から見ると、66%の確率で2℃以下に抑えるにはあと12年ほどですが、1.5℃に抑える時より大きな気候変動に見舞われる恐れが指摘されています。
例えば、高温継続期間の増大、低温継続期間の増大、人が居住している地域での極端な高温、地中海・南アフリカでの強い乾燥、高緯度地域での大雨。
また、生態系が大きく崩れ、暑熱に関連する疾病や感染症の増大など、人間が暮らせる場所が縮小すると予想されます。
〇排出量ギャップとは?
排出ギャップとは、「目標達成に必要なGHG排出削減量」と「各国が掲げる排出削減目標」の差です。
パリ協定で「産業革命前と比較して、世界の平均気温上昇を2℃より十分低く、1.5℃に抑える努力をする」という目標が設定され、各国で独自の排出削減目標を掲げました。
しかし、現在各国が掲げている目標をすべての国が達成した場合と現実の排出量に大きなギャップがあり、このギャップは6ギガトン〜11ギガトンを上回ると予測されています。
このギャップを埋めるためには、各国のCO2の削減目標に対する行動をより促進することが重要です。
・世界のカーボンバジェットの現状
世界のカーボンバジェットの現状は、もう残りがないと言えます。
この図は、地球の気温上昇を2℃以下にするために抑制しなければならないCO2の排出量です。2℃に抑えるには累積排出量が3000ギガトンが天井でしたがすでに2000ギガトン排出してしまっています。そのため2011年以降の人為起源の累積CO2排出量を約1000ギガトンに抑えなくてはなりません。
・日本のカーボンバジェットの現状
日本が使えるカーボンバジェットは世界全体の1.7%と試算されています。
しかし、日本は過去のCO2累積排出量の5.1%を既に出しているため、日本に分配できるカーボンバジェットは事実上ありません。
日本のCO2排出量の3分の1は発電からでており、そのうちの90%が化石燃料を燃やす火力発電の影響です。
また、政府が2021年3月に発表した「2017 年度の大口排出事業者の温室効果ガス排出量」を見ると、産業部門の「鉄鋼・石油・化学」が排出量上位になっていることから、企業への支援と企業努力が求められます。
(参考:第1部 第2章 第3節 2050年カーボンニュートラルに向けた我が国の課題と取組 │ 令和2年度エネルギーに関する年次報告(エネルギー白書2021) HTML版 │ 資源エネルギー庁)
・2030年に間に合わせるにはカーボンバジェットはどれくらい削減すべき?
排出できるCO2の排出量のことを残余カーボンバジェットといいます。
IPCC 第 6 次評価報告書 第 1 作業部会報告書気候変動 2021によれば、1850 年から 2019 年までの世界の CO2 の累積排出量は 2390ギガトンとなっており、今後、気温上昇を 67%の確率で 1.5℃以下に抑えるための残余カーボンバジェットは 400ギガトンとされています。2℃以下だと残余カーボンバジェットは1150ギガトンです。
全世界では2019年と比べたCO2排出量を2030年に48%削減しなければなりません。また、日本は2030年までに2013年と比べ45%の削減を決定しています。さらに50%削減に向けて挑戦を続けるとも表明をしました。
〇 CO2削減のための取り組み具体例
CO2の削減のために、電化、水素化、CCUS(排出されたCO2を集めて地中に貯留)の活用や技術革新を進めるなど、世界各国が取り組みを加速させており、その方向性は一致しています。
・米国の取り組み
国土が広く自動車大国である米国では、CO2排出削減量の大きさは運輸、民生、産業の順での脱炭素化を進めています。電力部門の2035年脱炭素化、産業分野は電化を進め、電化が難しい分野は水素化、航空分野等は持続可能な航空燃料(SAF)等に置き換えるとしています。
英国の取り組み
2019年に「2050年までの温室効果ガスのネットゼロ排出」を法制化しており、2035年までに1990年比78%削減を含むカーボンバジェットを設定しました。
・日本の取り組み
CO2排出削減量の規模が産業、運輸、民生の順になっており、産業の脱炭素化に向けた政策に重点が置かれています。特にCO2排出量の3分の1を占めるエネルギー転換部門の政策が重要になっているため、改正温対法に基づき自治体が促進区域を設定し太陽光等の再エネを拡大しています。
また、次にCO2排出量の多い産業部門・運輸部門では、水素・蓄電池など重点分野の研究開発・社会実装の支援や、データセンターの30%以上省エネに向けた研究開発・実証支援を行うことになりました。
また、日本政府は、あらゆる政策で起業の挑戦をサポートするため、「グリーンイノベーション基金の創設」「脱炭素化の効果が高い製品への投資を優遇」「ファンド創設など投資をうながす環境整備」「標準化:新技術が普及するよう規制緩和・強化を実施」「日本の先端技術で世界をリード」の5つの政策ツールを発表しています。
・再生可能エネルギーの導入
日本のCO2排出量で最も多いのはエネルギー転換部門によるもので、そのうちの90%が発電からの排出となっています。その理由は日本の電気エネルギーの74.9%が火力発電に依存しているからです。
2011年の原発事故により、原発からの電気エネルギーの供給がほぼなくなったため、その代わりとして停止していた古い火力発電所を含め化石燃料などを燃やすことによる発電に舵を切ったことによるものです。
2030年に2013年比45%減を達成するためには、火力発電をできる限り停止させ再生可能エネルギーの導入を加速させなければなりませんが、再生可能エネルギーの占める割合は20.8%にとどまっている状況です。
日本政府の「エネルギー基本計画」を見ると、2030年度の電源構成を36%〜38%程度にするため、再生可能エネルギーの更なる導入の推進をしています。
具体的には、「改正地球温暖化対策推進法」に基づく再エネ促進区域が設定され、太陽光・陸上風力の導入を拡大し、更に「海洋再生可能エネルギー発電設備の整備に係る海域の利用の促進に関する法律」に基づく洋上風力の取り組むとし、太陽光パネルの国産化や次世代太陽電池の開発を急ぐとしています。
私たちの生活はインターネットなくしては考えられません。インターネットの利用のデータ通信は、送電網、インターネット相互接続点、データセンターなどから成る複雑なインフラによって初めて可能になりますが、特にデータセンターでは大量の電気エネルギーを消費しています。
今後も増えることが確実視されているので、CO2を削減するためには計画を前倒しし一気に再エネ化を進めるべきでしょう。
・EVの普及
2050年のカーボンニュートラル・ネットゼロの実現に向け、CO2排出量を削減するため、2030年代には販売される新車がすべて電気自動車をはじめとする電動車になります。
EV車の導入を強力に進めるために、電池・燃料電池・モータなどのサプライチェーンの構築を急ぐとともに、EV車に対応したモビリティ社会の構築をするとしています。特に軽自動車や商用車等の、EV車などへの転換を後押しすることになりました。
また、EV社の公共調達も一層推進する政策が打ち出されており、2024年もエコカー補助金の継続が予定されています。
EV車の活用状況や消費電力の調査分析をする検証事業や、EVゴミ収集車の普及促進に向けた実証試験も2024年度から始まる予定です。
(参考:カーボンニュートラルに向けた自動車政策検討会)
(参考:エネルギー起源CO2排出削減技術評価・検証事業)
ダイベストメント
投資家にとってCO2排出の上限を決めるカーボンバジェットは、化石燃料使用の規制強化や需要が激減することにより、化石燃料関連事業に投下した資本が回収できなくなり経済的損失が発生する極めて重大な投資要素となっています。
近年、投資に環境や社会貢献の視点を持つPRI(国連責任投資原則)に署名した機関投資家が急増していることからも、化石燃料関連事業のダイベストメントが進むことが予想されます。
日本では発電の約70%を、石炭・石油・ガスなど化石燃料に頼っている現状は、欧州金融機関を中心に化石燃料からのダイベストメントが加速していることを考えると大変深刻です。
(参考:脱炭素の企業活動への影響 | 住友商事グローバルリサーチ(SCGR))
(参考:2050年カーボンニュートラルに向けた資源・燃料政策の検討の方向性)
〇まとめ
カーボンバジェットとは炭素予算と訳します。人類の活動による気候変動による地球の気温上昇を一定レベルに抑えた温室効果ガス累積排出量の上限値のことです。温室効果ガスのなかで地球温暖化の大きな原因となっているのはCO2で、産業革命以降の化石燃料の使用で急激に増加しました。
地球温暖化による気候変動は人類共通の問題であることから、解決に向け1995年から国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)が毎年開催され、これから何年でどれだけのCO2を排出できるのか目標を決めをしています。
しかし、途上国は産業革命以降温室効果ガスを大量に排出してきた先進国こそが取り組むべき課題だと主張し、先進国と途上国の間には大きな溝がありますが、IPCC第6次評価報告書では残りのカーボンバジェットはわずかで待ったなしといえるでしょう。
日本でも地球温暖化の影響は大きく、大型台風や記録的といわれる集中豪雨の頻発、記録的な命に係わる猛暑、農水産物収穫減少にまで及びます。
特に長期的には極端な大雨のが増大する傾向が見られ、アメダス地点の年最大72時間降水量は1976年以降10年間で3.7%上昇しました。
しかし日本は2011年の原発事故以来、化石燃料による発電に舵を切らざるを得なくなり、生活に必要な電気を作るために大量のCO2を排出しているのです。
「パリ協定で設定された1.5℃目標」や「IPCC1.5℃特別報告書」で示された目標を達成するためには、「太陽光や風力による再生可能エネルギーの導入促進」「販売される新車の100%EV車」などCO2削減の取り組みを加速させなければなりません。
特にインターネットの普及によるデータセンターでの電力消費は、今後益々増えることが確実視されていることから、再生可能エネルギーの導入を加速させることが急務です。
投資家の間でも化石燃料生産企業から資本を撤退させるダイベストメントの動きも加速していることから、電源確保のためにも日本は一層の努力が求められることになります。
【消費ベースの温室効果ガス排出量もネットゼロへスウェーデンが世界で初めて消費ベース排出量の削減目標を設定 MUFJ 2022/05/27森本 高司 】
- スウェーデンが世界で初めて消費ベース排出量の削減目標を設定
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第6次評価報告書に関する第3作業部会が2022年4月に公表した報告書では、各国がパリ協定の下で提出している「国が決定する貢献(NDC)」で示された2030年排出削減目標が達成されたとしても、21世紀中に産業革命以降の気温上昇が1.5℃を超える可能性が高いとの見込みが示されたⅰ。2030年までの10年は「決定的な10年」と呼ばれており、2030年までに温室効果ガス排出量を大幅に減少させなければ、気温上昇を1.5℃に抑制することは極めて困難になる。各国に対し、1.5℃目標を達成するための排出シナリオと整合した形での2030年排出削減目標の再設定や、2050年カーボンニュートラル目標の設定が求められている。
このような状況の下、スウェーデン議会の環境目標委員会は、スウェーデンにおける消費ベース排出量の削減目標に関する提案を発表したⅱ。本提案には、2045年までに消費ベース排出量をネットゼロとする削減目標が含まれており、議会における8つの政党すべてが賛同している。この提案が法制化されれば、スウェーデンは世界で初めて消費ベースの排出量に関する目標を設定した国となる。
- 消費ベースの温室効果ガス排出量とは?
気候変動枠組条約やパリ協定の下で各国が設定している温室効果ガス排出削減目標は、各国の領土内から排出された温室効果ガスの排出を対象としており、これを「生産ベース」の排出量と呼ぶⅲ。それぞれの国内では発電所や工場等で化石燃料が燃焼され、CO2を初めとした温室効果ガスが大気中に排出されている。これら発電所や工場等において生産された電力や工業製品が他国に輸出されるなど、その生産活動が他国での需要を満たすためのものであったとしても、当該生産に伴って発生した温室効果ガス排出量は、その生産場所に基づいて計上される。逆に言えば、生産時に多くの温室効果ガスを排出するような製品を自国内で大量に消費したとしても、それらが他国で生産され輸入されたものであれば、当該製品の生産に伴う自国の温室効果ガスの排出はゼロとなる。
あらゆるモノやサービスが国際的に取引されている現代社会を踏まえると、生産ベースでの温室効果ガス排出量は、商品等の消費実態に伴う排出量を正確に捉えておらず、グローバルな排出量を管理していく上で適切ではないとの意見もある。現実にはあり得ない極端な例だが、仮に自国内で消費する全ての商品を輸入し、自国で全く商品を生産しないのであれば、当該国の生産ベースの排出量は大幅に減ることとなる。これにより自国の排出削減目標は容易に達成できるかもしれないが、これは商品の生産に伴う排出量が他国に移転されただけであり、1.5℃目標の達成には全く貢献しない。
世界全体の温室効果ガス総排出量を削減していくためには、自国内で発生する温室効果ガスだけでなく、国内で消費または使用される商品の生産に伴う排出を、その発生場所に関わらず削減していく必要がある。このような需要側の排出に着目した算定方法を「消費ベース」の排出量と呼び、当該商品の生産等に伴う排出量を商品が消費された国に割り当てて算定を行う。
消費ベース排出量は、他国での生産活動に関連する排出量を考慮する必要があるため、利用可能なデータの制約等により、生産ベースの排出量に比べて不確実性が大きい。それゆえ、国の排出削減度合いを測定する指標としてはあまり利用されてこなかったが、近年データの整備が進み、消費ベース排出量を進捗指標として採用する国が増えてきた。消費ベース排出量のネットゼロ目標を設定したスウェーデンの他にも、例えば英国では、環境・食料・農村地域省が消費ベース排出量(カーボンフットプリント)を毎年推計して公表しているⅳ。また、英国の独立機関である気候変動委員会が英国の温室効果ガス排出量の削減状況を評価し、毎年議会に提出している報告書においても消費ベース排出量の状況が報告されており(図 1参照)、「世界のどこで温室効果ガスが発生したかを問わず、経済的なサプライチェーンに沿って温室効果ガス排出量を配分する英国の総カーボンフットプリントを検証することも重要」と述べられているⅴ。ニュージーランドも同様に毎年の消費ベース排出量を算定し、公表しているⅵ。ニュージーランドの推計によれば、2019年の輸入に含まれる排出量は約3,070万トン、輸出に含まれる排出量は約5,500万トンであり、ニュージーランドは温室効果ガス排出量の純輸出国であることが示唆されている。
図 1 英国における生産ベース排出量と消費ベース排出量の推移
出典:Climate Change Committee (2021), Progress in reducing emissions 2021 Report to Parliament より作成
- スウェーデンにおける消費ベース排出量削減目標の背景と概要
スウェーデンは、パリ協定の下で、生産ベースの温室効果ガス排出量を2030年に1990年比で少なくとも55%削減する目標をEU全体として設定している。また、2020年12月にUNFCCC事務局に提出した長期戦略では、2045年までにネットゼロを達成する目標を掲げているⅶ。今回発表された消費ベース排出量のネットゼロ目標も2045年を目標年としており、既に設定されていた生産ベース排出量のネットゼロ目標と平仄を合わせたものとなっている。
消費ベース排出量に関する削減目標設定の基礎となった報告書ⅷでは、消費ベース排出量の削減目標を設定し、排出削減対策を導入すべき理由として、次の2点を挙げている。1点目は、国内政策により消費ベース排出量を削減する機会があることである。スウェーデンの貿易相手国は、スウェーデン国内の消費をより持続可能なものに転換する政策を導入することはできない。自国の消費に伴う排出量を削減する直接的な政策を導入できるのは、当然ながら当該国のみとなる。上記の報告書では、「消費ベース排出量の削減に取り組まないことは、気候危機の解決に貢献する機会を逸することになる」と指摘している。もう1点は、スウェーデンにおける国内需要が自らの消費に基づく温室効果ガスの排出を生み出しており、その排出に対する明確な責任を有しているということである。商品の生産に伴う温室効果ガス排出の責任は、第一には当該商品の生産者および生産国にあるが、最終製品の消費者である個人や企業、及びその消費者がいる国もまた、これらの排出に対する責任があると指摘している。
2019年のスウェーデンの消費ベース排出量は9,300万トン(CO2換算)と推計されており、生産ベース排出量の5,100万トンと比べて非常に多い(図 2)。スウェーデンは、消費ベース排出量と生産ベース排出量の差が大きい国のひとつであり、このような状況が消費ベース排出量の国家削減目標を設定することにつながっていると考えられる。
図 2 スウェーデンにおける生産ベース排出量と消費ベース排出量の推移
- 我が国における消費ベース排出量の動向
では、我が国における消費ベース排出量はどうなっているのであろうか。生産ベースの温室効果ガス排出量については、環境省が毎年算定、公表するとともに、国連に提出しているが 、消費ベース排出量については公式な推計値が存在しない。しかし、OECDやGlobal Carbon Project等が日本を含む各国の消費ベース排出量を推計し、データを公表している。
OECDの推計によれば、2018年における我が国の消費ベース排出量は約13億1,200万トン(CO2換算)であり、生産ベース排出量(約11億5,100万トン)を約1億6,000万トン上回っている(図 3)。我が国は、推計対象である1995年以降、全ての年において消費ベース排出量が生産ベース排出量を上回っており、国内の社会経済活動に伴って発生する温室効果ガス排出量を他国に負ってもらっている状況となっている。
筆者は10年前の2012年に、国立環境研究所が推計した我が国の消費ベース排出量に関する研究結果を紹介し、我が国が「炭素赤字」を抱えていることを指摘したⅸ。その赤字幅は近年やや減少傾向にあるものの、収支が赤字である状況は変わっていない。
図 3 我が国における生産ベース排出量と消費ベース排出量の推移
出典:OECD.Stat, Carbon dioxide emissions embodied in international trade (2021 ed.)より作成
- 消費ベース排出量の削減方法
消費ベースの排出量を削減するためにはどのような取り組みが必要になるのであろうか。上述したスウェーデンの報告書では、輸入に伴う排出量を削減する方法として、以下の4点を挙げている。
1) 輸入先が排出量を削減
2) 輸入先の変更、もしくは自国での生産
3) 消費パターンの変更
4) 消費量の削減
1)は、商品の輸入相手国において排出削減の取り組みが実施されることで、商品の生産に伴う排出量を削減することである。現在ほとんどの国がパリ協定を批准し、脱炭素に向けた取り組みを加速しているが、政策の強度にはまだ差がある。特に途上国での削減対策はまだ不十分であり、輸入相手国における脱炭素対策を支援していくことも有効なアプローチとなる。また、昨今、企業からの温室効果ガス排出量については、グローバルサプライチェーン全体の排出量を対象としたScope 3の目標を設定する企業が増えている。生産拠点が存在する国の政策の強度に関わらず、取引先からの削減要請により対策が進んでいく側面もあるだろう。
2)は、対象商品の生産に伴う温室効果ガス排出量の排出原単位が高い国から、排出削減対策を適切に実施しており排出原単位が低い国に、輸入先を変更することである。また、自国でより低排出での生産や調達ができるのであれば、輸入を減らし自国生産・調達を増やすことも考えられる。
EUは、鉄鋼やセメントといった特定の商品をEU域外から輸入する際、その商品をEU域内で製造した場合に課される炭素価格に対応した支払いを義務付ける炭素国境調整メカニズム(CBAM:Carbon Border Adjustment Mechanism)を導入する予定としている。このような措置は、適切な排出削減対策を実施していない国からの商品の輸入を減少させ、消費ベース排出量の削減にも寄与するだろう。
3)は、国内の消費者における消費パターンをより低排出の方向に変化させることである。例えば、排出量が大きい航空機の利用縮小や肉食の削減、シェアリングサービスの利用、モノ消費からサービス消費への移行などが挙げられる。
4)は、消費量そのものを削減することである。我々の日常生活に必要な需要まで減らす必要はないものの、食品ロスや過剰包装、不必要な空調など、無駄な消費が数多く存在していることを認識する必要がある。これらの削減を進めることで、消費ベース排出量を削減することができる。
当該報告書では、スウェーデン全体の消費ベース排出量ネットゼロ目標だけではなく、セクター別の目標と、それを達成するための政策手段についても提案している。概要を表 1に示す。
表 1 スウェーデンにおけるセクター別消費ベース排出量目標と政策手段に関する提案
セクター |
目標 |
l 政策手段(案) |
|
公共 |
公共部門からの消費ベース排出量を2019年比で2030年までに50%減、2050年までに85%減。 |
l 公的機関からの排出について、2030年までに少なくとも50%、2045年までに85%の削減を義務付け。 l 気候目標を達成した自治体や地域に対する助成金増額等のインセンティブ付与。 l 国有企業に対する利益要求を減らし、気候変動への便益を優先。/等 |
|
新規建築物・インフラ |
新規建築物・インフラの建設段階からの合計排出量を、2045年までに2022年比85%減。 |
l 新築建築物に気候変動影響に関する制限を導入。 l 気候変動宣言の要件に産業用建物を追加。 l 木造建築を促進するための施策の導入。 l セメントメーカーへのCCS支援。/等 |
|
食品 |
植物や合成肉といった代替タンパク源から摂取できるカロリー割合の増加。 |
l 代替タンパク質の供給源となる革新的な取り組みに対する支援策の導入。 l EUの農業資金が化石燃料を含まない肥料を使用する農業実践に報いるよう、EU内での働きかけを実施。 l 有機栽培や植物由来の食品生産に切り替える農家を支援。 l いくつかの明確な区域を除いて底引き網漁を禁止。/等 |
|
航空 |
スウェーデンの航空産業からの排出量を2030年までに2019年比25%減。 |
l 航空税の引き上げ。航空税の累進課税の可能性の探求。 l 排出量に基づいて差別化された離着陸料金の導入。 l 2045年までに、スウェーデンにおける航空燃料の補給に対し、100%バイオ燃料または電力の割当義務を導入。 l 国際線に付加価値税を課税し、および国内線に対する付加価値税の税率を25%に引き上げるよう、EU内で努力。 l スウェーデンの水素及びe-fuelに対する資本・生産支援を提供することにより、航空・船舶用の非化石燃料の生産を活性化。/等 |
|
船舶 |
EU排出量取引制度に船舶由来排出量を含めることを推進。 |
||
中堅・大企業におけるScope1,2,3排出量 |
2025年までに、現在の持続可能性報告義務対象企業の90%が、1.5℃目標に整合した排出削減目標を設定。 |
l 目標を設定し、達成した企業に対するインセンティブ付与。 l 政府機関に、企業が気候変動に与える影響全体について気候目標を設定する必要性に対する意識啓発の任務を設定。 l マイナス排出の税額控除や付加価値税の免除。/等 |
|
出典:Global Utmaning (2022) Towards Net Zero: reducing consumption-based emissions! より作成
- 今後の展開
消費ベース排出量は、IPCCにより温室効果ガス排出量の国際標準的な算定方法が設定されている生産ベース排出量と異なり、標準的な方法論が確立されていない。また、生産ベース排出量の算定方法に比べ、データの利用可能性による制約から一定の仮定に基づく推計が必要であり、推計結果の不確実性も大きい。ただ、このような欠点を考慮したとしても、消費ベース排出量は、需要側の対策強化とその削減効果を適切に把握するにあたって有用な指標であり、今後消費ベース排出量の目標を設定する国が増えてくる可能性がある。方法論の改善と標準化の議論も加速するだろう。
先述したとおり、企業からの温室効果ガス排出量については、サプライチェーン全体の排出量を算定対象とし、その削減に責任を持つという概念が浸透してきている。この考え方を国家に対して適用することも可能であろう。世界全体の温室効果ガス総排出量を削減していく責務は全ての国が負っているものであり、自国の消費活動に伴って排出される温室効果ガスを完全に他国の責任と押しつけることはできない。世界全体の排出削減に我が国が貢献していくために、国内の排出量を削減することに加え、商品や生産地の選択を通じて、他国での排出削減につながる消費者行動を誘引していくことが重要だろう。
最後になるが、現在、ロシアによるウクライナ侵攻を踏まえ、我が国のエネルギー安全保障の観点から、化石燃料の輸入元の再検討が進んでいる。日本はロシアからは多くの天然ガスを輸入しているが、ロシア国内における天然ガスの生産と輸送に伴い、大量のメタンが排出されている。化石燃料の採掘時に漏出するメタンの実態に関する拙稿ⅹで指摘したとおり、ロシアではメタンの漏洩量が正確に把握されておらず、削減対策も進んでいないとみられる。エネルギー供給源の再検討は、我が国における消費ベース排出量及び世界全体の温室効果ガス排出量を削減する観点からも意味があると言えるだろう。
ⅰ IPCC. IPCC Sixth Assessment Report, Mitigation of Climate Change
ⅱ Government of Offices of Sweden. Sveriges globala klimatavtryck
ⅲ GOV.UK, UK’s carbon footprint
ⅳ Climate Change Committee. 2021 Progress Report to Parliament
ⅴ New Zealand Government. Greenhouse gas emissions (consumption-based): Year ended 2019 (provisional) <https://www.stats.govt.nz/information-releases/greenhouse-gas-emissions-consumption-based-year-ended-2019-provisional>
ⅵ UNFCCC. Sweden’s long-term strategy for reducing greenhouse gas emissions
ⅶ Global Utmaning. Towards Net Zero: reducing consumption-based emissions!
ⅷ 環境省. 温室効果ガス排出・吸収量算定結果
ⅸ 森本 高司. 「大きな「炭素赤字」を抱えている日本」
ⅹ 森本 高司. 「化石燃料の採掘時に漏出する温室効果ガスの実態」
執筆者
政策研究事業本部
地球環境部 気候変動グループ
上席主任研究員
森本 高司
【気候安全保障の観点から見たCOP28の成果と課題 | 公益財団法人日本国際フォーラム (jfir.or.jp)
関山 健 京都大学大学院准教授 24/1/9 】
気候変動は、異常気象、自然災害、海面上昇などの形で我々の社会を脅かすだけではない。気候変動による自然の変化は、経済や社会の不安定化を招き、時に反政府暴動、民族紛争、内戦などにもつながると予想されている。
「地球温暖化の影響で多くの国で多くの⼈が避難⺠になっている」と南スーダンのキール⼤統領はCOP28で訴えた。
海面上昇や水・食料の不足などが深刻化すると、多くの人々が住み慣れた土地を離れざるを得なくなる可能性がある。世界銀行は2050年までに最大2億人の難⺠がアフリカ、中東さらには東欧やアジアで発生しうると予測している。そうして発生する「気候難民」は、日本を含む先進国にも押し寄せ、元からの住民と土地、仕事、医療・教育などの社会サービスをめぐって対立しかねない。
また、気候変動とそれによる異常気象や自然災害は、農業や漁業の食料生産にも深刻な影響を与える。そうなると、生活に行き詰る人たちの中から暴力に加担してでも食い繋ごうとする人も出てきかねない。COP28で食料・食糧生産の強化が議論されたのは、そうした危機感の表れと言えよう。
気候変動による紛争や暴動のリスクはいかほどか。米国スタンフォード大学のMach氏らは、2019年に科学誌ネイチャーで発表した論文で、温暖化が2℃進んだ場合に紛争が著しく増える可能性を13%、4℃の温暖化では26%と予想している。これを高い確率と見るか大したことないと見るかは判断が分かれるだろうが、気候変動が社会に与える影響は未解明な部分が多く、この確率が大きく上振れする可能性も大いにあるとMach氏らは指摘している。
COP28の成果文書も、温暖化を2℃以下に抑えることが「気候変動のリスクと影響を大幅に軽減することになる」ことを認め、その影響をできる限り小さく留めるためには温暖化を1.5℃以内に抑える必要性を確認している。
では、今回のCOP28では、気候変動の地政学リスクから社会の安定と平和を守るために、どこまで踏み込んだ合意がなされたのか。中東の紛争やロシアのウクライナ侵攻は、気候変動対策の交渉に影響したのか。日本は、国際的な取り組みにどう貢献したのか。本稿では、このような観点から、改めてCOP28の成果と課題を振り返ってみたい。
気候変動対策の進捗評価 2.1~2.8℃温暖化の見通し
各国のGHG削減目標が完全に実施されたとしても、今世紀末の世界平均気温は産業革命前に比べて2.1℃から2.8℃ほど上昇しそうだ。それがCOP28で確認された現状の気候変動対策の進捗評価(「グローバル・ストックテイク」と呼ばれる)である。気候変動対策の国際枠組みを定めたパリ協定では、5年ごとに世界全体の取り組みを進捗評価し、それを踏まえて各国が削減目標等(「NDC」と呼ばれる)を5年ごとに再提出することで、対策の加速を促す仕組みを採用している。今回のCOP28は、その最初の評価をする会であった。
2015年にパリ協定が採択される前には4℃の温暖化が予想されていたことに比べれば、対策は進んだと言える。しかし、気候変動のリスクと影響を抑えるために必要とされる1.5℃以内の目標には未だ届いていない。
世界に許されたGHG排出の余地はもうほとんどない。温暖化を1.5℃以内に抑えるためには、1870年以降からの累積排出量を2900ギガトンに抑える必要がある(IPCC『1.5℃特別報告書』)。すでに2011年までに1900ギガトンが排出されているため、2012年以降の排出余地(「カーボンバジェット」と呼ばれる)は1000ギガトンしかない。COP28では、このカーボンバジェットを既に5分の4使ってしまっていることが確認された。
では、温暖化を1.5℃以内に抑えるには、どの程度のGHG排出削減が必要なのか。COP28は、「2030年までに2019年比でGHG43%削減、2035年までに同60%削減、2050年までにCO2排出ネットゼロを達成すること」が必要だと合意した。2023年4月に発表されたIPCC第6次評価報告書の記載されていた内容ではあるが、それを政府間で合意したことの意義は大きい。
COP28の進捗評価を踏まえて各国は、2024年11月から2025年3月の間に、この1.5℃目標の達成シナリオと整合的な国別削減目標の提出が求められることとなった。削減目標の策定にあたっては、全ての種類のGHGと経済全体のセクターを網羅し、今回の進捗評価の成果がどのように反映されたかを示すことも求められることになった。
中東・ロシア不安が後押しする再エネ3倍目標
問題は、どうやってGHGの排出を削減するかである。COP28成果文書では、1.5℃目標に沿った排出削減を実現するため、8つの方策が合意された。その筆頭に掲げられたのが、2030年までに世界の再生可能エネルギー発電容量を3倍にするとの目標である。あわせて、エネルギー効率の年間改善率を2倍にする目標も合意された。
再生可能エネルギー3倍目標の背景にあるのは、気候変動への危機感だけではない。中東やロシアといった地政学的に不安定な地域の石油や天然ガスに依存し続けることへの危機感もあるだろう。それはパレスチナでの紛争とロシアのウクライナ侵攻が世界に与えた教訓である。この点、太陽光や風力といった再生可能エネルギーは自国で生み出せるものであるがゆえに、エネルギー自給率の向上やエネルギー安全保障の確保にも資する。実際ウクライナ紛争勃発後にEUは、ロシア産の化石燃料への依存を下げるために2030年までの再生可能エネルギー普及目標を引き上げた(一次エネルギーの40%⇒同45%)。世界は、再生可能エネルギーの普及を加速しているのだ。
再生可能エネルギー3倍の目標は、今回の会期早々に議長国UAEが中心となってまとめた有志国間の誓約がベースになった。再生可能エネルギーの発電容量を22年比の3倍に当たる1万1000ギガワットにするとした誓約には、閉幕までに米国を含め130カ国が参加した。日本も、岸田総理が12月1日の首脳会合で「再エネ3倍に賛成する」と表明し、この誓約に参加している。
今次COP28では、「原発3倍」の有志国宣言も発表された。成果文書でも、再生可能エネルギー、水素、二酸化炭素除去・貯留などと並んで原子力が排出削減の方策の一つとして挙げられた。有志国宣言は「気候変動対策に原子力は重要な役割を果たす」と明記し、小型モジュール原子炉など次世代の開発を進めて世界の原子力発電能力を2050年までに3倍にする目標を掲げた。この宣言には、米国、日本、カナダ、フランス、フィンランド、韓国、ウクライナ、英国など20か国ほどが参加したが、国内外の環境団体が連名で批判している。
化石燃料をめぐる各国の利害対立
気候変動のリスクを抑えるには、主たるGHG排出源である化石燃料の使用を削減する必要がある。世界有数の産油国UAEで開催されたCOP28において、化石燃料の廃止や削減に合意できるかは、注目点の一つであった。
2021年のイギリスCOP26では初めて石炭火力からの段階的削減に合意したが、前回のエジプトCOP27では削減対象を他の化石燃料まで広げる合意に至らなかった。COP28に向けては欧⽶諸国が開催前から廃止を強く主張しており、今次COPの議長を務めたアブダビ国営石油CEOのスルタン・ジャベル氏も2023年6月の国連気候変動会議で「対策をしていない化石燃料の段階的な削減は避けられない」と述べるなど理解を示していたため、議論の進展が期待されていた。
ところが、COP28に参加した関係者らによると、この交渉は各国の利害が激しく対立し、最後まで難航したという。当初の議長案では「化石燃料の段階的廃止」という明確な表現が入っていたが、これに議⻑国UAEの隣国で地域の⼤国でもあるサウジアラビアをはじめ、⽯油輸出国機構(OPEC)やロシアなどの産油国が激しく反発した。そのため会議終盤に出された二度目の議長案では、化石燃料の段階的廃止という言葉はすべて消されたが、今度はこれにEU、小島嶼国連合、ラテンアメリカ諸国などが強く反発。すでに海面上昇の影響を受けている島国のサモアやマーシャル諸島の代表らは、この草案は自分たちにとって死刑宣告だと訴えたそうだ。
交渉は夜を徹して行われ、会期も延長された翌朝ようやく各国は、「エネルギーシステムにおける化石燃料からの脱却(transitioning away)」という表現で合意した。2050年までにGHG排出のネットゼロを達成して温暖化を1.5℃以内に抑えるため、特に向こう10年間で脱化石燃料の取り組みを加速させることも成果文書に明記した。
この「脱却」について、EUなどは「廃⽌」より弱いが近いものと受け入れたようであり、一方の産油国は「廃止」や「削減」とは違う曖昧な表現として受け入れやすかったのであろう。最後は議長国UAEがサウジアラビアと折衝を重ねた末で合意したと聞く。
曖昧さは残る表現ではあるが、COPに参加する世界各国が、COP26で既に合意していた「石炭の段階的削減」から前進し、石油や天然ガスを含めた化石燃料全体の削減に向けて合意したことの意義は大きい。気候変動対策の歴史的転換点と評する向きも少なくない。
一方で、化石燃料の中でも特にGHG排出量の多い石炭火力発電については、欧米諸国などが「廃止」を求めたが、合意に至らなかった。成果文書では、「排出削減対策が講じられていない施設の段階的削減に向けた努力を加速する」という従来の方針を踏襲するにとどまった。
ただし、COP28では、フランスや米国が主導して石炭火力発電からの転換加速を目指す有志国連合が発足したことは注目に値する。連合にはEU、カナダ、インドネシア、マレーシア、英国などが参加した。日本も参加する方向で一時調整したそうだが、最終的には見送られた。なお、岸田総理は、12月1日の首脳会合演説において、排出削減対策が取られていない新規の石炭火力発電所の建設を終了していく方針を表明している。
脆弱性の低減
気候変動が社会に与えるリスクは、それぞれの社会ごとに異なる脆弱性(気候変動に対する感度・適応力、紛争の温床など)に大きく左右される。たとえば、農業への依存度が高い国、低開発の国、ガバナンス能力の低い国などは気候変動の影響に対して脆弱であるため、これを遠因とする社会不安のリスクもその分高くなる。したがって、気候変動に対する脆弱性の低減は、その影響をできるだけ抑えるために欠かせない取り組みである。
COP28でも、気候変動に対する脆弱性を低減するための重要な合意がいくつもなされた。特に、気候変動からの悪影響に特に脆弱な途上国を支援する「損失と損害」基金の大枠を定めた基本文書が会議初日に採択されたことは、今次COPにおける最大のサプライズであった。基金の設置自体は前回のCOP27で合意されていたが、誰が資金を拠出し、どこが管理するのかといった論点を巡る交渉は難航も予想されていた。COP開幕日に手続事項以外の採択がされるのは極めて異例のことだが、事前の交渉により合意が出来上がっていたようだ。
「損失と損害」基金には、議長国UAEやドイツがそれぞれ1億ドルという巨額の金額拠出を表明し、主要国が公約した拠出額は合計7億ドル(1ドル140円換算で980億円)となった。日本も、首脳会合で岸田総理が1000万ドルの拠出を表明している。これら資金は、世界銀行が受託・運用し、後発開発途上国や小島嶼国など特に脆弱な途上国の課題やニーズのために活用されていくことになった。GHGをほとんど排出しない途上国が気候変動から受ける損失と損害への配慮は、1990年代初の気候変動枠組み条約交渉初期から議論されながら先進国と途上国の意見が相違してきた問題であり、これについて具体的な制度が動き出したことの意義は大きい。
もう一つ、気候変動への「適応」について、世界全体の目標を定めて、その対策を加速させることもCOP28における重要議題の一つであった。従来、GHG排出削減など気候変動を「緩和」する対策に議論の焦点が当たる一方、気候変動の影響に備える「適応」対策の議論は後回しとされがちであった。しかし、気温上昇、異常気象、自然災害、海面上昇など気候変動の影響が顕在化しつつあるなか、それを見込んだ防災計画や感染症対策、新たな気候に適した農業開発など、準備すべき「適応」対策は幅広い。その成否は、我々社会の気候変動に対する脆弱性を大きく左右する。
この議題でも、目標の設定方法について各国間で意見の隔たりが大きく、また、適応のための資金支援を望む途上国と、それを警戒する先進国の間の対立も最後まで尾を引き、延長した会期最終日まで交渉は難航した。
交渉の結果、成果文書には、水資源・水災害、食料・農業、健康、生態系・生物多様性、インフラ、貧困、文化遺産という7つの分野で2030年までに達成すべき適応策の目標が盛り込まれた。適応策の影響・リスク評価、計画策定、実施、監視・事後評価それぞれの過程で達成すべき目標も定めるとともに、これら適応策の世界目標達成状況を測る作業計画の発足も決まった。
また、脆弱性の低減を目指す有志国の宣言として、食料・食糧生産の強化を目指す宣言(158カ国参加)や気候変動の影響を受けやすい疾病のまん延対策の強化に関する宣言(143カ国参加)も発表されている。2つの宣言には、日本も名を連ねた。
今後の課題
COP28では、現状のGHG排出削減の取り組みでは、気候変動のリスクを抑えるために必要な温暖化1.5℃以内の目標には届かないことが確認された。今回の厳しい進捗評価を踏まえて各国は、向こう1年ほどの間に、1.5℃目標の達成シナリオと整合的な国別削減目標の提出を求められる。
重要なのは、今回合意されたGHG排出削減や緩和などの目標を、各国が国内事情を乗り越えていかに実施に移すかである。例えば、2030年までに世界の再生可能エネルギー発電容量を3倍にする目標に合意したことは前向きな動きだが、現状の計画を実行しただけでは2倍程度の増加にとどまる見通しだ。いかにエネルギー転換を加速するか、その進捗が今後の鍵を握る。
化石燃料の「廃止」か「脱却」かと言葉遊びをしている余裕はない。国際エネルギー機関(IEA)によれば、COP28会期中に公表された「再生可能エネルギー3倍」「エネルギー効率改善2倍」「(CO2より温室効果の強い)メタン排出ゼロ」という3つの制約を参加国全てが完全に実施しても、1.5度目標の達成には届かないとする分析を発表した。これらの効果を全て足し合わせても、1.5℃目標達成に必要な削減量の30%にしかならないという。やはり、全てのGHGとすべてのセクターを網羅した経済全体での対策が必要だということだ。
日本政府への期待
日本も自らの気候変動リスクを抑えるために対策は待ったなしだ。文部科学省と気象庁の報告書『日本の気候変動2020』によれば、温暖化が2℃未満に抑えられたとしても、日本では大雨(日降水量200mm以上)の年間日数は今より約1.5倍に増え、傘が全く役に立たないような短時間強雨(1時間降水量50mm以上)の発生頻度も約1.6倍になると予測されている。猛烈な台風(最大風速54m/秒以上)の発生も増え、今までは10年に1回ほどの頻度でしか発生しなかったような極端な高波も増える。さらに、気候難民の増加や洪水などによるサプライチェーンの損壊など、周辺途上国の気候変動被害からも間接的に影響を受けうる。
日本の電力構成に占める再生エネルギー比率は2020年度で約20%。政府は現行のエネルギー基本計画で、これを2030年度までに36~38%に高める目標を掲げているが、大幅な上乗せが必要だ。欧米は2035年までに発電を100%脱炭素化する目標を掲げている。12月3日のNHK番組で伊藤環境大臣は「日本では必ずしも再生可能エネルギーを3倍にできる容量があるとは考えていない」と述べたが、農地に太陽光パネルを設置すれば最大で原発2400基分の発電容量になるとも環境省は試算している。日本も1.5℃目標の達成シナリオと整合的な国別削減目標の提出を求められる以上、経済全体の見直しが避けられない。
気候変動の地政学リスクは、国連安保理でも議論される国際課題だ。日本にとっても気候変動という非軍事的脅威への対処は取り組みやすく、国際平和に積極貢献しうる有望分野のはずである。アジア太平洋諸国の気候変動対策を支援することは、周辺地域の平和安定を通じた日本自身の外交安全保障環境の改善につながる。さらに、気候変動の地政学リスクについて日本が議論を主導すれば、G7、G20、国連安全保障理事会などの国際場裏において日本の国際的立場や発言力の向上につながるだろう。
そのためには、気候変動対策に後ろ向きに見られがちな日本のイメージを払拭することも必要だ。COP28でも日本は、交渉の足を引っ張った国として環境NGOから「化石賞」の認定を受ける不名誉を得た。日本が再エネ3倍宣言に加わったのは良かった。だが、せっかく岸田総理が首脳会合演説で石炭火力発電所の新規建設終了方針を表明したのだから、フランスや米国が主導した石炭火力発電転換加速の有志国連合にも参加すべきだった。イメージ戦略は大事である。
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