気候危機 防衛予算から食料安全保障、食料自給の予算重視に転換を
気候危機のもと、食料自給率の向上は、食の安全保障上も、温暖化対策としても極めて重要になる。2010年比で二酸化炭素を45%削減は、不可逆的な変化を防止し、温暖化を地球の限界内にとどめるための必須の目標である。
日本の自然環境を活かした食の自給率向上は、重要な国際貢献となるはず。
鈴木宜弘・東大教授の論稿と、水ジャーナリスト橋本氏のアメリカの水不足のレポート。
【食料安全保障などに対する国民の支払意思額は10兆円規模の可能性 鈴木宣弘 JA新聞 2021年8月6日】
日本農業が過保護であるという批判は間違いであることは何度も指摘してきた。そして、今回、国民の農業・農村を守るために自らが支払ってもよいと考えている金額が10兆円規模に上る可能性が示唆される調査結果が出された。これを基に、財務省によりガチガチに枠をはめられ、毎年わずかしか農水予算を変更できない日本の予算システムの欠陥を抜本的に改め、食料を含めた大枠の安全保障予算を再編し、防衛予算から農業予算へのシフトを含めて、食料安全保障確立予算を大胆に確保すべきではなかろうか。いざというときに食料がなくなってオスプレイをかじることはできない。
防衛予算から食料安全保障への思い切った予算再編の根拠に
◆調査の概要
2020年、長野県JA中央会は、長野県農業・農村の有する多面的機能に対する評価額を推定したいと考え、筆者の研究室(主たる担当は修士課程の岸本華果さん)に調査が要請された。その調査結果が2021年7月7日に公表された。今回の調査は、2001年に公表された日本学術会議による農業のもつ多面的機能に対する評価額(全国)の推定からすでに20年が経過していることから、それに代わる最新の評価額を長野県について推定したいとの意図で行われた。
手法は、日本学術会議のように、水田の代わりにダムをつくったらいくらかかるか、という金額を水田のもつ洪水防止機能の評価額とする、という技術的手法でなく、住民に、水田の洪水防止機能を維持するために、あなたは世帯として年間いくら支出してもよいか、という支払意思額(WTP)を問うアンケート調査を用いた。
かつ、長野県民だけでなく、長野県農業・農村の存在を評価している可能性がある、近隣の都市住民として、東京都民の評価も聞いた。具体的な調査対象は表1のとおりで、長野県を都市部と農村部に分け、東京を23区内とそれ以外に分け、実際の人口比とほぼ同じになるようにして、長野県民と東京都民517人ずつにアンケートを実施した。
◆アンケート調査に用いた多面的機能の項目
下記の各多面的機能を維持するために世帯としての年間支払意思額(WTP)を聞いた。
- 食料安全保障を確保する機能(未来に対する持続的な食料供給の信頼性を国民に与える働き)
- 水循環を制御して地域社会に貢献する機能(洪水を防ぐ、土砂崩れや流出を防ぐ、川の流れを安定させる、地下水となるなど)
- 環境に対する負荷を除去・緩和する機能(水をきれいにする、有機物を分解する、暑さを和らげて大気をきれいにする、窒素やリンなどの物質資源が過剰に集まることを防ぐなど)
- 生物多様性を保全する機能(植物遺伝資源を保全し将来にわたり食料を作る働きを保持する、生き物を育てるなど)
- 土地空間を保全する機能(優良農地や日本的原風景をまもる、みどりの空間を提供する、防災・避難空間を活用するなど)
- 社会を振興する機能(農道や用・排水施設など社会資本を蓄積し、地域社会全体の維持・発展に貢献する)
- 伝統文化を保全する機能(農業で培われた技術や知恵、地域の行事や食文化などを保存・伝承する)
- 人間性を回復する機能(リハビリテーションや福祉、癒しや安らぎの場を提供する)
- 人間を教育する機能(自然体験学習など、自然環境への理解を深める場を提供する)
アンケート調査の具体的方法
まずはじめに調査者が事前に用意した数種類の金額から、任意の一つを回答者に提示し、それに対して支払うか否かを「はい/いいえ」で尋ねる。次に、1番目の金額(initial)に対して「はい」と回答した場合にはさらに高い金額(2nd up)を提示し、「いいえ」と回答した場合にはさらに低い金額(2nd down)を提示する。これにより、回答者のWTPの存在範囲を特定する。具体的な聞き方は、次の囲みのような形である。
◆調査結果と含意
長野県農業の有する多面的機能を維持するための1世帯あたりの年間支払意思額(WTP)は長野県で約18万円(平均値)、東京都区部で約23万円(平均値)と推定された(表2)。これは、上記の9項目、簡易な表現で言い換えると、(1)食料安全保障の確保(2)地下水を蓄え水害防止(3)水や大気の浄化(4)生物多様性の保全(5)農地・景観保全(6)社会の振興(7)伝統文化の保全(8)人間性の回復(9)自然体験の教育力、の評価額を合計したものである。
県民、都民とも(1)食料安全保障の確保が1位で、これに県民では(5)農地・景観保全(2)水害防止が、都民では(3)水や大気の浄化(9)自然の教育力が続いた。
長野県民・東京都民ともに、自分に直接的な関係があるかどうかに関わらず、地域や国全体のために長野県農業の有する多面的機能を相当程度評価していることが明らかになった(表2)うえ、東京23区民のほうが総支払意思額が高いことがわかった。近隣の県外の都市的地域の評価を試み、それが県民の評価よりもむしろ大きいことを明らかにしたのは今回得られた初めての成果である。
総世帯数をかけることによって、長野県農業の有する多面的機能を維持するための長野県民全体の年間支払意思額(TWTP)を求めると1573億円と推定された(表3)。一方、日本学術会議(2001)の手法を援用して、最近年における長野県の多面的機能評価額を推定してみると1627億円となり、両者は非常に近い値である。
水田の代わりにダムをつくったらいくらかかるか、といった技術的計算額と同等の額が、長野県民から、長野県農業を支えるために支払ってもよいと考えている意思額としても得られた意義は大きい。つまり、端的に言えば、洪水防止のために代わりにダムをつくる費用などと同等の額を水田の維持などのために自身が負担としてもよいと「直感的に」判断しているということである。
仮に長野県の1世帯あたりWTPが全国民の全国の農業に対する評価と同じと仮定して、長野県の1世帯あたりWTPに全国の世帯数を乗じて試算すると、10.6兆円となる。この結果は、もっと大胆に、「国家安全保障確立助成金」といったような形で、狭い農水予算の枠を超えて、防衛費も加味して、国家予算配分を大幅に見直し、大規模な直接支払いを行うことの妥当性の根拠を提示したと考えられる。
「農業・農村はすでに税制で優遇されている」(長野県)、「所得に応じて負担の金額を決めるべき」(長野県)、「見返りがないから」(東京都)、「税金がきちんと使われているかが見えないから」(東京都)といった費用負担に拒否回答をした人々の見解(表5)にも十分に耳を傾け、今回、得られた評価額と意見に基づいて、県民・国民の理解醸成を進め、厳しさを増している農村現場を県民・国民全体でどう支えるかという議論の広がりと必要な政策の策定・実行につなげる具体的動きを早急につくっていくことが喫緊の課題である。そのための一つの貴重な資料がこの調査で提供できたと考える。長野県での今回の試みは長野県のみならず、全国への発信として極めて有益と思われる。
【日本向けの米も生産する水。米国政府がコロラド川の水不足を宣言。流域全体の気温上昇に起因 8/30】
橋本淳司水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表
◆自主的な節水が頼りになる時代は過ぎた
コロラド川流域は、アメリカ西部の水の未来を占う「鉱山のカナリア」と言われている。
カリフォルニア州は2年連続で干ばつに見舞われた。今年は観測史上3番目に乾燥し、昨年は9番目だった。
同州のガビン・ニューサム知事は、7月8日、州民に「15%の自主的な節水」を求めた。しかし、水使用量は減らなかった。今後、州全体で水使用を制限する可能性がある。
過去にはジェリー・ブラウン前知事が、2012年から2016年までの干ばつの際、「自主的な節水」がうまくいかなかった後、水使用量の25%削減を義務付ける命令を州全体に出した。
自主的な節水が頼りになる時代は過ぎたとの見方も強い。
水不足が起きているのは、カリフォルニアだけではない。
8月16日、アメリカ連邦政府はコロラド川の水不足を宣言した。コロラド川から飲料水や灌漑用水の供給を受けているアリゾナ州、ネバダ州、カリフォルニア州、メキシコに来年の減水を義務付けた。
宣言の背景には、全米最大の人造ダム湖・ミード湖の貯水率が35%まで下がったことがある。ミード湖はフーバーダムの背後にあり、コロラド川の水を蓄える。
さらにミード湖の上流にあるパウエル湖(ミード湖に次ぐ全米第2位の貯水池)の貯水率も32%まで下がっている。パウエル湖は、アリゾナ州とユタ州の州境に位置し、グレンキャニオンダムの背後にコロラド川の水を蓄えている。
ミード湖は、アリゾナ、ネバダ、カリフォルニア、メキシコの約2500万人に水を供給している。コロラド川流域の水の分配のルールは複雑で、アリゾナ州とネバダ州が第1段階の削減の影響を受ける。アリゾナ州では川からの供給量が18%削減され、主に農業に影響を与える。ネバダ州では2022年まで現行の7%削減が継続される。
◆水使用量の多い「米を栽培すべきでない」
水の供給量が減り続けると、都市と農村、企業と農場、環境保護団体と土地所有者などあいだで水をめぐる争いが発生する。
また、水不足を補うため、目には見えない地下水の利用が急増する。コロラド川流域の帯水層はすでに深刻な状況に陥っている。地下水の枯渇の約半分は灌漑が原因だ。農業は最も多くの水を使う産業で、全世界で利用できる淡水の7割以上が灌漑によって消費されている。
現地では水使用量の多い「米を栽培すべきでない」という声も上がっている。カリフォルニア州のサクラメント・バレーには、約50万エーカーの水田がある。1920年代以降、サクラメント・バレーでは農家が米を栽培してきた。生産された米の約半分は日本や韓国などに輸出されている。日本では77万トンの米を輸入するが、そのうちの38万トンが米国からのものである(農水省「平成28年度MA輸入契約数量及び枠外輸入数量」)。
今後、世界的に水不足、食料不足が懸念されており、食料ナショナリズムが広がっていくだろう。よってこのニュースは日本と無縁ではない。日本は自国の水をつかって食料生産を行い、自給率を上げるべきだ。
では、なぜ水不足が起きているのか。
1つには、そもそも水の需給バランスが崩れている。コロラド川流域の水量よりも、書類上の水利権がもつ水量のほうが多い。コロラド川流域での水収支を見極め、水供給と需要の調整を行う必要がある。
それには水利権の再調整、割り当てられた水量の削減という難しい問題がある。だが、実施しなければコロラド川流域の生態系は元に戻れないほどにダメージを受けるだろう。
もう1つが気候変動。コロラド川流域の水不足は、アメリカ西部の長期的な乾燥化の一部である。それゆえアメリカ西部の水の未来を占う「鉱山のカナリア」と言われる。
2020年の米国地質調査研究所の調査によると、コロラド川の流量は過去1世紀の間に約20%減少した。減少の半分以上は、流域全体の気温上昇に起因すると報告されている。今年米国西部は過去30年で最も気温が高く、干ばつの深刻化、森林火災の被害も拡大につながっている。
化石燃料の燃焼による地球温暖化物質の排出を大幅に削減しなければ、今世紀半ばまでにコロラド川の平均放流量は過去の平均値に比べて31%減少する可能性がある。
◆生態系に必要な水をまず保障、そのうえで人間の水使用量を逆算
水管理手法の転換も必要だ。
水管理の手法について考えてみると、これまでは目標供給量を達成するマネジメントだった。現状の水使用量、将来の人口予測、経済予測などから需要を計算し、その供給量をいかに確保するかという発想だ。
水資源の不足・枯渇が心配されるようになると水使用量をコントロールしようという考えが生まれた。需要管理(節水)である。
しかし、わずかな節水では生態系から失われていく水を維持、回復するのはむずかしい。
新たな管理手法として「ウォーター・ソフトパス」がある。米国のピーター・グレイク、カナダのハリー・スウェインら複数の研究者が、エイモリー・ロビンスの「エネルギー・ソフトパス」のコンセプトを淡水に応用したものだ。
ひと言でいえば、将来の生態系に必要な水をまず保障し、そのうえで人間の水使用量を逆算して考える。生態系との共生を図る持続可能な水マネジメントなので、「生態共生管理」とも言われる。
生態共生管理はどう実施するかというと、仮に30年後、コロラド川流域の淡水資源が100、生態系保全のために必要な水が60とする。すると人間の使用可能水量は40なので、その水でやっていける社会をつくることを考える。
水使用量を減らすという点では、需要管理と同じだが、需要管理が人間主体で考えられるのに対し、生態共生管理は、まず生態系を考える。
生態系を淡水の正当な利用者として認識する。健全な生態系は、水を保持し、浄化する機能をもつ。だから将来の生態系保全を最優先に考えて地域の水資源を充当し、余剰分で人間の水使用を考える。
需要管理の手法は”How”によって生まれる。水を使う行為があったとき、「どうやって」より少ない水で同じ行為が可能かと問いかける。一方、生態共生管理の手法は”Why”によって生まれる。水を使う行為があったとき、 「なぜ」それを行うのに水が必要かと問いかける。
たとえばトイレで節水を行うなら、「どうやって」少ない水で排泄物を流すかと問いかける。その結果、水使用量は減った1990年台前半は10L(大の場合、以下同)だったが、90年代後半は8L、2000年代後半は4.8L、最新型は3.8Lと、より少ない水で排泄物を流す節水型トイレ等が開発されてきた。
一方、生態共生管理では「なぜ」排泄物を処理するのに水を使うのかと問いかける。その結果、水を使用しない無水トイレ、屎尿を活用し肥料やエネルギーをつくるバイオトイレ等が開発された。
シャワーを10分浴びると、約100ℓの水を使用する。需要管理では「どうやって」少ない水で体を衛生的に保てるかと考える。たとえば、節水型シャワーヘッド。水圧を上げることで、一定時間内に出る水量が半分以下に減っても体感は変わらない。
一方、生態共生管理では「なぜ」体を衛生的に保つのに水を使うのか、水を使わずに衛生を保つ方法はないかと考える。
たとえば、ケープタウン大学の学生、ルドウィク・マリシェーンが発明したドライバスはジェル状で無臭、肌に塗れば水と石鹸の役割を果たす。ドライバスは学生らの起業を奨励する目的で設置されたグローバル・スチューデント・アントレプレナー・アワードで2011年の最優秀賞を受賞した。
現在「水ビジネス」と呼ばれている技術・商品・サービスは供給管理、節水を実現させる手法だが、 今後は生態共生管理を実現させる技術・商品・サービスが重要になる。
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