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「SDGsはアヘン、脱成長」考  

2030年の期限までにプラネタリーバウンダリーを超えないよう経済活動を制御できるか。地球3個分の生活をしてる日本社会をどうするのか・・・人類にとって根源的な問いが突きつけられている。

 斎藤幸平氏が主張する「SDGsはアヘン、脱成長」は、政治スローガンとしては、この危機感を前にして、極めて適切と思う。

若きマルクスは、「ヘーゲル法哲学批判・序説」のなかで、「宗教上の不幸は、一つには現実の不幸の表現であり、一つには現実の不幸にたいする抗議である。宗教は、なやめるもののため息であり、心なき世界の心情であるとともに精神なき状態の精神である。それは民衆のアヘンである」と述べた。

 SDGsは、悩めるものため息の側面がある。目指すべき世界の姿とともに、その一方で、その「目標」を足場に、デジタル化、金融制度の構築、インフラ整備など新たな資本の利益確保の土壌を提供している。その意味で「アヘン」と言える。

 すでに、世界全体では、地球1.7個分の活動がなされており、脱成長のもと、貧困と格差と是正し、真の豊かさを実験することこそ追及されなくてはならない。 斎藤氏の主張は、本質的、ラディカルである。

 

 「大洪水の前に」など、新たに発掘されたマルクスの草稿、研究ノートをもとにした斎藤氏の提起は、課題意識が重なるし、今まで知らなかった自然科学の研究とあいまった「物質代謝の亀裂」への探求は感心する。

 

資本論第一部以外は、未完の書となっており、草稿などでのマスクスの言説は、全体の中でどう配置するつもりだったのかは、想像をめぐらすしかないし、全体との関連抜きに解釈することもダメなのだろうと思う。

 

私は、大学は農学部を専攻した。当時のアフリカの飢餓問題がきっかけだった。その後、政治の問題の意をつよくして、共産党に進んだ。そして、今、これからの農業がどうあるべきなのか、折に触れ考えた。

 ・・・自然の摂理をねじ伏せた工業型でない農業を考えれば、労働時間が大幅に短縮した世界では、人間性の回復の場として多くの人々が身近な場で有機農業に携わるのでないか。

また、生産労働の労働時間が短縮されても、ケア労働は、さらに豊かに充実させるだろう。家族が、専門家の支援のもとに豊かにすごせるように。

マルクスが、生活を維持するための労働は、必然の世界であり、その彼岸に、芸術、文化活動など真の自由の国がある、とのべたが、自然との物質代謝、人との社会的な物質代謝の総体を考えると、もっと多様な世界がある、と思う。それを探求・実践するのが、私たちの課題なのだろうと・・考える。

 

もう一つ強い問題意識は、「変革の主体」問題。

マルクスは、資本論第一部「生産過程」においては、生産現場での資本と労働者階級の対立を軸に、組織化され鍛えられた労働者階級が、変革をすすめる必然性を示すものとして展開されている。

が、マルクスもエンゲルスもイギリスの労働者階級が植民地からの利益により、戦闘力をなくしていることを嘆き、模索し続けている。

その中で、マルクスが「物質代謝の亀裂」に、注目し、社会的な制御を求めることが必然であると闊歩した。今日の環境、人権など多様な市民運動は、この「物質代謝の亀裂」に抵抗し、新しい社会をつくる運動(なにを買うのかとう選択も含めて)=変革の主体を形成している運動と思う。その中には当然、生産現場を軸とした労働者のたたかいがある。

この多様な市民運動も、マルクスの未来社会をめざす理論の射程に入っていると思う。

 

科学的社会主義は、ソ連崩壊を経て、新自由主義のゆきづまり、格差と貧困・気候不正義、コロナ危機を前に、力を発揮する局面にきている。

ぜひ、赤旗や前衛・経済など理論誌では、野党と市民の共同の精神で、前向きの理論的な研究、議論を期待したい。なにせ、科学的社会主義の「真理」を、特定勢力が独占することを否定している党ですから・・・

 

 

 

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