植民地主義の過去を問う世界の流れから取り残される日本(メモ)
永原陽子・京都大学名誉教授 前衛2021/7 の備忘録
BLMの運動の広がり、人種・ジェンダー差別、格差の根源を問う動きの顕在化、植民地主義など過去を問う取組の広がり。これは1990年代から始まっていた動き、21世紀に顕著になった植民地主義、奴隷貿易の歴史の見直しの流れの中にあるもの。昨年の出来事は、歴史の不正義にいかに向き合うか、世界的な問題になっている流れの1つの大きな頂点と捉える必要がある。
昨年、グテーレス国連事務総長によるネルソン・マンデラ記念講演(7/18)「不平等というパンデミックへの取り組み: 新時代のための新しい社会契約」 で、新型コロナパンデミックの中で、世界の不平等がパンデミックのように広がっていると、社会の不正義を指摘。ワクチン1つとっても先進国が独占し、グローバルサウスにはいきわたらないような、地球規模での不平等・不公正がある。現代の不平等・不公正の構造をもたらした歴史的要因が「植民地主義」と「家父長制」にあると喝破した
国連事務総長という立場の人が、植民地主義とジェンダー関係を世界の中心課題と言い切った=世界の座標軸が大きく変わっている。
歴史的な不正義に向き合おうとしている世界の流れの中で、日韓関係、「慰安婦」、徴用工の問題をとらえないといけない。歴史に向き合うことは、その社会の道義的な高さを示すことになる。
植民地主義の過去を問う世界の流れから取り残される日本
永原陽子・京都大学名誉教授 前衛2021/7
Ⅰ 歴史的な不正義への問いかけ
≪奴隷貿易、奴隷制、植民地主義≫
・BLMの運動の広がり、人種・ジェンダー差別、格差の根源を問う動きの顕在化、植民地主義など過去を問う取組の広がり
→ 1990年代から始まっていた動き、21世紀に顕著になった植民地主義、奴隷貿易の歴史の見直しの流れの中にあるもの
/昨年の出来事。歴史の不正義にいかに向き合うか、世界的な問題になっている流れの1つの大きな頂点
【メモ者 「奴隷解放の日」(6/19)休日に 米両院で法案可決 「過去の誤り認識する一歩」 2021/6/16】
◆「人道に対する罪」とダーバン会議の議論
・国連の人種差別撤廃のための国際会議 01年、南ア・ダーバン
大きな特徴・・・奴隷貿易、奴隷制、植民地主義をどう見るかが大きな課題に
→ 現在の人種差別だけでなく、その歴史的なルーツを問うことが、国連の場で問題になった
・焦点/「人道に対する罪」で、奴隷貿易、奴隷制、植民地主義をとらえていくこと
「人道・・罪」…ニュルンベルグ裁判でナチスを裁くためにつくられた概念/国際基準に。大量虐殺、少数民族迫害に適用
⇔ 「人道に対する罪」の導入に、西欧諸国が強く反発
・宣言 奴隷制、奴隷貿易「人道に対する罪」(償いが求められる)/一方、植民地主義「いつの時代も許されない」
⇔グローバルサウスの声が反映し、論じられた / 冷戦体制の崩壊とともに、国際社会の表舞台に。大きな変化
◆ダーバン会議への逆流と各国での進化
20周年の年。あらためて会議の意義を見直し受けつごうとする動き/が、ことは単純ではない
・01年会議 現代の人種主義の1つとしてパレスチナ問題が議題に。イスラエル、米国が反発し代表団引上げ
・ダーバン会議の直後に「9.11事件」/対テロ戦争としてアフガン、イラク、アフリカ各地のイスラム過激派への攻撃が、パレスチナ問題と連動して大きな「時流」に/イスラエル、米国が「ターバン会議は反ユダヤ主義」と喧伝、西欧諸国の追随
⇔奴隷貿易、奴隷制、植民地主義の歴史的不正義は、脇に追いやられ、会議が「反ユダヤ主義」して攻撃された
・09年、ダーバン会議のレビュー会議(行動指針の実行状況点検)…イスラエル、米国に加え、独伊などもボイコット
・10周年の会議 次のステップを議論する会議/ ボイコットする国がさらに増加
Ⅱ 植民地支配の歴史的責任を問いかける裁判
責任を問い続けた当事者の運動/奴隷貿易、奴隷制に関するものと、植民地主義に関するものを分けて考える
◆アメリカにおける奴隷制に対する補償を求める運動
・アメリカ 長らく奴隷制の不正義に対して、補償を求める運動が続いてきた/ 南北戦争で奴隷制は廃止されたが、南部州で「ジム・クロウ」という極端な人種差別法が存在。60年代の公民権運動で解消も、様々な形の差別が存続してきた
・警察官による黒人射殺の多さ、就労の差別など。差別に直面する人々が、背景としての奴隷制に対する償いを求める運動
→ 黒人差別を国家が償う法案、今年になり議会に提出されることに/ハリス副大統領は、法案賛成を表明
・カリブ諸国政府 地域共同体の枠組みで、西欧諸国への奴隷制の償いを要求
・アフリカ 90年代に、植民地支配下で行われた大量虐殺などの暴力にタイル償いを求める動き
~それらが01年、ダーバン会議の宣言をまとめる力に
◆ナミビア栽培の大きな衝撃
・ナミビア住民集団ヘレロ(被害者の子孫)がドイツ政府・企業に起こした裁判
WWⅠまでドイツ植民地、後は南アが支配・アパルトヘイト体制。独立1990年
独立後、1904-08年 大虐殺問題を提起/土地、家畜を奪われた住民の抵抗に近代兵器で殺戮、砂漠や孤島に追い詰め餓死・衰弱死。捕虜として強制労働・性奴隷。強制収容所送り(同施設は、植民地戦争で生み出されたもの。ナチスの発明品ではない)。ヘレロ8割、ナマ2-5割犠牲/ドイツ皇帝ヴェルヘルム名でヘレロ「説滅命令」が出されておりジェノサイド
⇔ 植民地支配の被害に対し償いを求める世界初の裁判/世界的な衝撃・・・有罪になる植民地支配してきた各国が訴訟の矢面に立ち、途方もない償いを支払わせる可能性
⇔植民地大国 英、仏の衝撃/仏 アルジェリア独立戦争 100万人以上犠牲
・裁判の結果/当事性=被害者「本人」の不在により棄却/が、植民地被害を法の次元で問い、国際的議論を引き起こした
/ダーバン会議の際には、すでに裁判が予告されており、議論活性化につながった。
・その後、被害の償いを求める裁判の成立
・イギリス 50年代、ケニア独立の元闘士に対する拷問、性暴力への被害の償い 原告側の勝利的和解
植民地主義の歴史性、独立後のケニアの独裁体制を勘案し、時効の例外を認め、自国政府に賠償の必要を認めた
・WWⅡ後、インドネシア独立戦争 蘭軍の住民無差別殺戮・ラワグデ事件 政府に有罪判決。政府は謝罪、金銭的補償
- 同じく 、インドネシア住民を殺戮・南スラウェシ事件 原告側の勝利的和解
⇔被害者の家族など当事者が存在する場合、旧宗主国による償いが認められる例が生れてきた/植民地支配の責任を問う重要な方法として、法的闘争が世界各地で提起/ 日本軍「性奴隷」、徴用工訴訟も、こうした流れのもの
Ⅲ 遺骨問題が問いかけること
◆文化財と遺骨の返還問題
・植民地主義の罪と責任・・・暴力による殺戮・拷問の被害を法的に問うものだけなく、もっと広がりのある問題
・宗主国によって奪われ、持ち去られた「もの」の返還を求める動き/文化的アイデンティティの問題
・ナイジェリア ベニン王国 高い技術・芸術性を持つブロンズの人物・動物の像など創作
19世紀末、イギリスが王宮を攻撃、大量に略奪。大英博物館に陳列され、さらに独、米にも売却され博物館などに展示
→ 返還運動がおこり、ドイツは最近、返還を決定
・返還の声が非常に高まっている「遺骨」
・先のナミビア大虐殺 頭蓋骨、全身骨格が宗主国に移送
→ 戦争の戦利品、「手柄」。狩猟の頭部標本(トロフィーの語源)のようなもの/ 19‐20世紀の「人種研究」。白人が人類進化の一番高い段階のある、黒人は低い段階という人種論を「証明」するための大ブーム。中心はベルリン 世界中から収集
・日本/明治以降、欧州を模範に、ベルリンなどの大学に研究者を派遣/ アジア人は白人わり劣っているとされた研究。が、日本の研究者は、同じ視線を、アイヌ、琉球、朝鮮人に対して向けた。旧帝国大学には、その遺骨をどうするか大問題に
◆植民地主義の文脈で獲得されたものは返還の対象
・標本、見世物として「人骨」を、遺骨として、「人間」として返せ、という運動/アメリカ・カナダ、豪州の先住民から誕生
07年、国連先住民権利宣言 遺骨を由来の地に還すべき/ 日本も決議
・現在、遺骨返還の動きは、先住民に限らず、旧植民地住民の間に拡大/植民地支配由来のすべてのものの返還運動に
・単なる返却でなく、植民地主義という文脈そのものを問う視点の広がり
・仏・マクロン大統領/アフリカの文化財返還について専門家に調査を依頼、18年にレポート公表 /直接には文化財についての調査だが、人骨も同じ問題とし、アフリカ起源・植民地起源のものは返すべきと提唱
・オランダ 20年 植民地起源のものを基本的に返還する方針を公表
・ドイツ 博物館(大部分が国公立)が、植民地主義の文脈で獲得したものは返す、との合意の広がり
→ その方針 「植民地主義の文脈」とは/自国と自分の植民地の関係、他国の植民地だった場所に関わること、植民地主義的な力関係の中でおこったことの、三種類を含むと説明/ベルリン博物館にあるアボリジニの遺骨の返還
*大事なこと/返すかどうかだけでなく、略奪の過程、その過程で行使された暴力をめぐる史実を具体的に認知すること
⇔ 植民地主義の暴力の犠牲者に対する償いの場合にも共通すること/日本では、「返す」かどうか、「謝罪する」かどうか、がとかく取り上げられるが、最も重要なことは、具体的な史実を旧宗主国の政府が認知し、国民の広く共有されること
⇔筆者が務めていた京都大学にも大量のアイヌ、琉球、奄美の人々の骨が「資料」として保管~いっさい情報を開示せず、遺骨の関係者との面会も拒絶。植民地主義が決して戦前のみとではない、現在の大学の問題
Ⅳ 日本政府につきつけられていること
◆「慰安婦」問題による日本の特異性
・欧米諸国も、最初から植民地支配・奴隷制の過去を直視していたわけではないし、それが「主流」とまでは言えない
⇔が、90年以降、特に21世紀になり、歴史的な不正義を正すことを求める声が高まった時に、それを正面から受け止めようとする人達がいて、その声が広がり、政府の中に、その声を受け止める動きが出てきたのは、争えない事実
・ドイツ メルケル首相 保守派の政治家/三回目の連立政府の政策協定 「植民地主義の過去の問題に取り組む」と明記
/ダーバン宣言 「いつの時代も許されない」という考え方のひろがり
・日本 植民地支配の被害を否定、「慰安婦」の問題を捏造と攻撃する世界的に見ても異常な国、
⇔ベルリンのミッテ区に「平和の少女像」設置/日本政府、日本の様々な自治体がドイツの自治体に抗議する異様な状況/が永久設置の方向へ。「植民地主義の中での性暴力は、いかなる地域で起ころうと、人類全体の問題として克服しなければいけないし、忘れてはいけない」という理解の広がり/歴史的な不正義を正す、それは現在生きている人たちの人権の問題でもあるという理解の広がり
◆植民地主義の歴史を正面から見据える姿勢こそ
・「慰安婦」問題を直視することと、他国の同様な事例をどうとらえるか
・フランス軍 植民地にあける現地女性を強制しての「軍事野戦売春所」
⇔「それ見たことか」ではなく、植民地主義と戦争がジェンダー暴力と不可分なもので、世界の構造として、両者が結びついてきた歴史、権力の構造の全体を見ることが大事、
⇔日韓のナショナリズムや外交的対立、という皮相な見方でなく/植民地主義の歴史を、構造として見据えることでしか解決しない
Ⅴ 植民地主義にどう対応するか
◆グテーレス国連事務総長講演の訴えること
・歴史を直視しない政府がこれだけの力を持っている中、何をなすか
- 世界の動きを正しく理解すること/ 欧米も被害者らの告発で、90年代以降変化
・個人・家族だけでなく民族集団など広い意味の当事者からの償いを求め、それが認めらけるように変化
⇔ それは当事者の経験をめぐる記録が継承され、みなが「わすれない」努力
・BLM運動は、まさにそれ/現在「奴隷」はいないが、過去の奴隷制という不正義が、現在の格差、差別につながっている
【アントニオ・グテーレス国連事務総長によるネルソン・マンデラ記念講演: 「不平等というパンデミックへの取り組み: 新時代のための新しい社会契約」 (ニューヨーク、2020年7月18日)】
https://www.unic.or.jp/news_press/messages_speeches/sg/39615/
~新型コロナパンデミックの中で、世界の不平等がパンデミックのように広がっていると、社会の不正義を指摘。ワクチン1つとっても先進国が独占し、グローバルサウスにはいきわたらないような、地球規模での不平等・不公正がある。現代の不平等・不公正の構造をもたらした歴史的要因が「植民地主義」と「家父長制」にあると喝破した/国連事務総長という立場の人が、植民地主義とジェンダー関係を世界の中心課題と言い切った=世界の座標軸が大きく変わっている
⇔が、日本ではほとんど報道されず。どちらの政権の立場と相いれず、それに追随するマスコミの姿勢の反映
◆市民が国を動かしてこそ
・どう正していくか/市民社会の頑張り~社会の中の自由、公正を追求し、それを常に歴史的に考えることが重要
・ドイツも最初からナチスの過去と向き合ったわけではない。多くの市民の努力があった。
・植民地主義の問題も。英仏・・・植民地支配の「恩恵」を強調する論調が国家によって表明され、教育を通じて広げられた
→が、実際に旧植民地から出されてきた声が大きくなる中で、変化がおこってきた。
・重要な点/旧植民地出身者が社会の中でどのような立場にあるか~旧植民地出身者が旧宗主国の市民権を得て、受け入れられている=その国と社会のあり方が、植民地主義の過去へと目を開き、過去と向き合う中で、移民排斥を否定、多様な出自の市民を包摂する社会ができていく。/英ブリストン市・海に投げ込まれたコルストン像を引上げ、倒すための縄をかけられたまま博物館に陳列し市民の運動ょ記録・ジャマイカ系のルーツの市長、ロンドン市・歴史的モニュメントを点検し奴隷商人の像を平和的に撤去・パキスタン系のムスリムの市長~市民としてだけでなく自治体の長になるまで受け入れられている
⇔日本 選挙権すらない在日朝鮮人・韓国人。自治体の長になる日がくるのか・・・
・歴史的な不正義を認めることはその国家、社会にとり、不都合なことではなく、道徳的な高さにつながる
⇔ 今の日本では、不正義を認めることが、自分を否定されているように感じる人が多いのではないでしょうか/日本には昔から日本人が居て、一番優れているとする「歴史教育」が強められていることがその風潮を生み出している
(メモ者 人口減、経済的地位の低下、気候危機・コロナ対策の無策など「衰退途上国」となり下がった実態、そして市場主義・自己責任論のもとでの自己肯定感の低さが、偏狭なナショナリズム、周辺国への蔑視を「精神安定剤」として浸透している)
・19年、新しく「アイヌ関連法」制定/ようやくアイヌを先住民として認めた。が、法は、アイヌ「文化」の尊重に問題を限定/国連の先住民権利宣言の征服者による土地の略奪にどう償うかという観点はない。過去の不正義と向き合ってない
*様々な民族、出自の人々と共存し、その人達への現在の差別を許さないとともに、その歴史的起源を考えていくことができるような世代を育てていくことが、迂遠であっても植民地主義の過去を克服する道。大変だが地道に頑張るしかない
(メモ者 ダルビシュ、大阪なおみ、八村塁、笹生優花、ラグビー・ワンチーム・具選手、横山久美、/KPOPブームなど、 多様性に、日々接する現実 )
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