原子力に依存しない2050年脱炭素の実現に向けての意見書 日弁連
日弁連の意見書。
【原子力に依存しない2050年脱炭素の実現に向けての意見書 21/06/18】
本意見書の趣旨
1 世界全体の平均気温の上昇を工業化以前よりも1.5℃高い水準までに抑えるために、国は、温室効果ガスの排出量を2050年までに実質ゼロとすること、それに向けて2030年までに1990年の水準から50%以上削減すること、及びこれらを確実に達成するために5年ごとに削減目標を見直すことを、「地球温暖化対策の推進に関する法律」に明記すべきである。
2 国は、2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにするための具体的な施策として、エネルギー需給に関して、以下の取組を行うべきである。
(1) エネルギー効率を高め、一層の省エネルギーを推進すること。
(2) 電力供給における再生可能エネルギーの割合を2050年までに100%とすることを目指し、2030年までには50%以上とする導入目標を「地球温暖化対策の推進に関する法律」に明記した上、再生可能エネルギーの利用拡大のために、電力システムの改革を進めるとともに、乱開発を抑制しつつ地域における取組を推進するための制度を整備すること。
(3) 建設中のものを含む石炭火力発電所の新増設を中止し、既存の石炭火力発電所を2030年までに段階的に廃止すること。また、天然ガス火力発電所の新増設も中止すること。
3 国は、2050年脱炭素の実現に当たっても、原子力発電に依存すべきでなく、原子力発電所の再稼働及び新増設を行わないことはもとより、既存のものについてもできる限り速やかに廃止すべきである。
4 国は、地球温暖化対策及びエネルギー政策の決定過程に広く市民の意見を反映させるべきである。
【原子力に依存しない2050年脱炭素の実現に向けての意見書 21/06/18 2021年6月18日】
原子力に依存しない2050年脱炭素の実現に向けての意 見書 2021年(令和3年)6月18日 日本弁護士連合会 世界では,パリ協定の発効,地球温暖化の進行による気候災害の激甚化等を踏まえ,2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロとすることを目指す動きが広がっている。我が国においても,昨年10月26日,菅義偉内閣総理大臣が205 0年カーボンニュートラル,脱炭素社会の実現を目指すことを宣言し,本年5月2 6日には,同宣言の内容を基本理念として盛り込んだ「地球温暖化対策の推進に関 する法律の一部を改正する法律」が成立した。
他方,本年3月11日をもって,東京電力福島第一原子力発電所事故から10年 が経過したが,政府はいまだ原子力発電からの撤退を決断しておらず,前記宣言を 機に,原子力発電所の再稼働や新増設を求める声も強まっている。
当連合会は,2018年6月15日付け「パリ協定と整合したエネルギー基本計 画の策定を求める意見書」,2019年1月18日付け「長期低排出発展戦略の策定 に関する意見書」等において,原子力発電からのできる限り速やかな撤退を前提と した気候変動対策の在り方に関する考えを示してきたが,今般,政府において,前 記宣言を踏まえた地球温暖化対策及びエネルギー政策の見直しを行っていることか ら,以下のとおり意見を述べる。
■第1 意見の趣旨
1 世界全体の平均気温の上昇を工業化以前よりも1.5℃高い水準までに抑え るために,国は,温室効果ガスの排出量を2050年までに実質ゼロとするこ と,それに向けて2030年までに1990年の水準から50%以上削減する こと,及びこれらを確実に達成するために5年ごとに削減目標を見直すことを, 「地球温暖化対策の推進に関する法律」に明記すべきである。
2 国は,2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにするための具体 的な施策として,エネルギー需給に関して,以下の取組を行うべきである。
(1) エネルギー効率を高め,一層の省エネルギーを推進すること。
(2) 電力供給における再生可能エネルギーの割合を2050年までに100% とすることを目指し,2030年までには50%以上とする導入目標を「地 2 球温暖化対策の推進に関する法律」に明記した上,再生可能エネルギーの利 用拡大のために,電力システムの改革を進めるとともに,乱開発を抑制しつつ地域における取組を推進するための制度を整備すること。
(3) 建設中のものを含む石炭火力発電所の新増設を中止し,既存の石炭火力発 電所を2030年までに段階的に廃止すること。また,天然ガス火力発電所の新増設も中止すること。
3 国は,2050年脱炭素の実現に当たっても,原子力発電に依存すべきでなく,原子力発電所の再稼働及び新増設を行わないことはもとより,既存のものについてもできる限り速やかに廃止すべきである。
4 国は,地球温暖化対策及びエネルギー政策の決定過程に広く市民の意見を反映させるべきである。
■第2 意見の理由
1 はじめに
- 気候危機下での2050年脱炭素宣言
人間活動による二酸化炭素(以下「CO2」という。)等の温室効果ガス排出量の飛躍的増大によって,2020年における世界全体の平均気温は工業化前の水準から約1.2℃上昇1しており,地球温暖化による気候変動の影響は,世界の人々の生命・健康や生活,産業基盤を現実に脅かしている。
気候変動に関する政府間パネル2(以下「IPCC」という。)は,5次にわたる評価報告書において,地球温暖化は人間活動による温室効果ガスの排出増加に由来し,世界全体の平均気温の上昇は世界のCO2の累積総排出量に比例すること,気候を安全な水準で安定化するためにはその排出を実質ゼロとする必要があること等を明らかにしてきた。2014年のIPCC「第5 次評価報告書」を受けて2015年12月に国際条約として採択された「パリ協定」は,世界全体の平均気温の上昇を工業化以前よりも2℃高い水準を 十分下回るものに抑えること及び1.5℃高い水準までのものに制限するための努力を継続することを目的としたものである(以下「1.5℃目標」という。)。パリ協定は,2016年11月に発効し,我が国を含む約190の国・地域が批准している。
その後2018年10月に公表されたIPCCの「1.5℃特別報告書」では,1.5℃目標を実現するためには,CO2排出量を2030年までに2010年の水準から約45%削減,2050年頃までに実質ゼロとする必要があり,2030年までの削減の取組が決定的に重要であるとしている。
既に120を超える国が2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロとすることを表明しており,我が国でも,昨年10月26日,菅内閣総理大臣の所信表明演説において,「2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする3,すなわち2050年カーボンニュートラル,脱炭素社会の実現を目指す」ことが宣言され(以下「2050年脱炭素宣言」という。),本年5月26日には,「地球温暖化対策の推進に関する法律4」(以下「地球温暖化対策推進法」という。)の改正法が成立し,「2050年カーボンニュートラル」が基本理念として盛り込まれた。
また,本年11月に予定されている気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)に向けて,各国は温室効果ガスの国別削減目標(NDC)5の改定を求められているところ,我が国は,本年4月22日,米国主催の気候変動サミットが開催されるに当たり,2030年度の温室効果ガスの新たな削減目標を2013年度比46%削減とする方針を表明し,これまでの同26%削減という目標を大幅に引き上げることとした。これに基づいて「地球温暖化対策計画6」の改定が必要となっている。
(2) 我が国のエネルギー政策の現状と課題
福島第一原子力発電所事故(以下「福島原発事故」という。)から10年を経過してもなお,廃炉作業はほとんど進まず,同事故による避難者は4万人を超え,生業や故郷を失った人も多い。地震の多い我が国における原子力発電の危険性が改めて明らかになったが,政府はその後も原子力発電に依存した政策を維持しており,経済産業省が2015年7月に策定した「長期エネルギー需給見通し7」において,2030年度の発電における原子力の割合を20~22%とした8ほか,2018年の「第5次エネルギー基本計画9」においても,原子力発電への依存度を「可能な限り低減させる」としつつ,石炭火力とともに重要なベースロード電源と位置付けるなど,原子力発電所(以下「原発」という。)の再稼働を促してきた。
我が国では,温室効果ガス排出量全体の約85%をエネルギー起源CO210が占める(CO2排出量の93%以上)11ことから,これまで,経済産業省が所管するエネルギー基本計画や長期エネルギー需給見通し等のエネルギー政策が,事実上,地球温暖化対策計画の内容を規定してきた。しかし,我が国の2019年度の温室効果ガス総排出量は2013年度比14%減(1990年比5%減)12にとどまっており,今般,政府が2050年の温室効果ガスの排出を実質ゼロとすること,そしてそのために2030年度に2013年度比46%の削減をすることを目標として掲げたことから,地球温暖化対策計画はもとより,エネルギー政策の根本的な見直しが必要となっている。
(3) 小括
先述のとおり,本年4月22日に米国主催で気候変動サミットが開催されたが,これに当たり,米国は,2030年における温室効果ガスの削減目標として2005年比50~52%を掲げ,英国は,2035年までに1990年比78%減とすることを公表した。欧州連合(EU)は,昨年12月,2030年の目標を1990年比で55%減とする高い目標を掲げている。
このように,我が国も,世界の潮流の中で,1.5℃目標の実現に向けての取組を実行していかなければならないのであり,そのためには,これまでのエネルギー政策を抜本的に見直すことが不可欠である。
以上のような国内外の状況を踏まえ,2050年までに脱炭素を実現するために必要と考えられる主な取組について,以下に意見を述べる。
2 2050年温室効果ガス排出量実質ゼロ目標及びそこに至る経路の法定化
1.5℃目標を実現するために,2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロとする目標だけでなく,それまでの具体的な経路として,2030年度の削減目標を,京都議定書の目標の基準年である1990年度の水準に比べて50%以上に引き上げるべきである。
今般,我が国が,2030年度の温室効果ガスの新たな削減目標を2013年度比46%削減(1990年度比40%削減)とする方針を表明したことは,それまでの同26%削減という目標を7割以上引き上げるものであるが,更に高めることを目指すべきである。「1.5℃特別報告書」によれば,1.5℃目標の実現のためには2030年までのCO2排出量を2010年比で約45%削減する必要があるが,それは世界全体における数値目標であり,世界第5位の排出国である日本としてはより高い削減目標が求められるところである13。
また,削減目標を確実に達成していくためには,パリ協定の目標達成の見直しの仕組み14に整合させて,2050年まで5年ごとに削減目標を見直していくことが必要であり,そのことを地球温暖化対策推進法に明記すべきである。
なお,今般の地球温暖化対策推進法の改正法は,2050年までの脱炭素社会の実現を旨とするとの基本理念を掲げるにとどまっており,脱炭素実現への経路を定めているとは言えず,不十分である。
3 2050年温室効果ガス排出量実質ゼロ目標に向けたエネルギー需給に係る取組
(1) エネルギー効率の改善と省エネルギーの推進
「第5次エネルギー基本計画」の改定に当たっては,我が国の温室効果ガス排出量の約85%を占めるエネルギー起源のCO2の排出量削減への取組が重要であり,まずは,あらゆる部門でのエネルギー消費量の抑制とエネルギー効率の改善等によるエネルギー需要の抑制が不可欠である。
当連合会の2018年6月15日付け意見書でも指摘したとおり,機器の高効率化とともに,長寿命の住宅・建築物における冷暖房利用によるCO2排出量の削減のために建築物の高断熱化は特に重要であり,現在,中規模以上の非住宅建築物に課されている省エネ基準適合義務15を住宅・建築物全体に拡大し,既存建築物の断熱改修の促進や不動産取引などにおける建築物のエネルギー性能の表示を義務付けることなどを検討する必要がある。
(2) 再生可能エネルギー100%を目指す決意と導入シナリオ
① 導入目標の設定
発電にかかるCO2排出量は,我が国のCO2総排出量の4割を超える。
今後,人口減少及び需要側のエネルギー効率を高めることで電力需要の減少が見込まれるが,他方で,自動車等の運輸部門及び製鉄等の産業部門での電化が進むことから,1.5℃目標の達成のためには,電力供給における再生可能エネルギーを早期に飛躍的に拡大させることが必要である。事業活動においても,サプライチェーン全体での脱炭素化を求める国際的動きも広がるなど,脱炭素の経済社会に向けた大競争時代を迎える中,再生可能エネルギー電気の調達は企業評価にも直結する課題となっている。
海外では,北欧諸国だけでなく,ドイツ47%,イギリス45%,中国29%など,再生可能エネルギーの割合は拡大している16。我が国では,現状では大規模水力を含めて約20%にとどまっているが,我が国の再生可能エネルギーの賦存量17,導入ポテンシャル18及びシナリオ別導入可能量19は,いずれも現状の電力需要を超えることが確認されている20。また,後述のとおり,火力発電からの脱却が求められるととともに,原子力発電は脱炭素の実現のための手段とすべきでないので,政府は,2050年に再生可能エネルギーの割合を100%とすることを目指す目標を掲げ,その旨を地球温暖化対策推進法に明記し,脱炭素の決意を示すべきである。
そのためには,2030年の再生可能エネルギーの導入目標として,現行目標の22~24%からの大幅な引き上げが必要であり,この点,日本気候リーダーズ・パートナーシップ21は50%に高めることを提言し22,気候変動イニシアティブも40~50%まで拡大することを求めており,これらを採用すべきである。
したがって,国は,2030年までに電力供給における再生可能エネルギーの割合を50%以上とする中間的な目標を定め,地球温暖化対策推進法に明記するとともに,達成に向けた工程表を策定してその実施状況を定期的に国会に報告し,状況に応じた修正を加えていくべきである。
② 導入シナリオ
2030年に向けて再生可能エネルギーの割合を50%以上としていく過程においては,後述のように原子力依存から脱却し,石炭火力発電所を段階的に廃止していくのに応じて,再生可能エネルギーを拡大させるとともに,既設の天然ガス火力発電所の稼働率を高めることを検討すべきである。
さらに,2050年までの間には,既設の天然ガス火力発電所も段階的に廃止していくことが必要となるが,再生可能エネルギーの割合を100%とするためには,再生可能エネルギーの柔軟な運用とともに,その変動性をどのようにして補完するかという課題がある。この点,例えば,太陽光発電の大量導入などによる昼間の余剰電力を活用して水を分解して水素に変換して貯蔵する,また,揚水発電や蓄電池といった電力貯蔵システムを利用するなどの方法によって,その変動性を補完することが可能となる23。
③ 電力システム改革の推進再生可能エネルギーの割合を飛躍的に拡大するためには,再生可能エネ
ルギー事業への投資を誘引する政策を推進するとともに,電力系統の柔軟な運用などの電力システム改革を進めるべきである。再生可能エネルギーの拡大を妨げる要因として,送配電網への系統接続24が十分に確保できていないという問題がある。系統への接続ルールを従来の先着優先ルール25からメリットオーダールール26に転換して,既存送電網への再生可能エネルギーの優先接続を確保するものとし,また,送配電網は社会の共有インフラというべきものであり,道路や鉄道と同様に地域分散型電源である再生可能エネルギーの特性に対応した長期的な整備計画を立て,その費用を社会全体が負担して拡充・整備をしていくことが必要である。新規の系統接続の際の増強費用に関して,近年,主要送電線については再生可能エネルギー事業者の負担が一部に軽減されたが,それ以外の送配電網については現在も,系統接続を希望する事業者に負担させているのであり,この運用を改め,スマート化・デジタル化を進めていく必要がある27。
こうした方策は,大量の再生可能エネルギーを導入している諸外国では既に実施されているものである。
④ 地域における取組の推進
再生可能エネルギーは地域分散型電源であり,エネルギーの地産地消を通して地域経済を持続可能なものとすることにも貢献する地域資源である。導入を促進するために,都道府県や市町村においても,再生可能エネルギーの導入目標及び需要量の目標を設定し,それに向けた実施計画を策定することが必要である。
一方で,地域の再生可能エネルギー資源の活用において,森林の伐採,土砂災害の危険をはらむ土地の改変,景観の悪化などによる地域住民との間の紛争の原因ともなっている。再生可能エネルギー事業地域の指定(ゾーニング)など,乱開発型の事業を抑制するための制度を早急に整備するとともに,地域住民の積極的な関与の下に推進する制度を設けるべきである。
(3) 火力発電からの脱却
① 石炭火力発電所を廃止すべきこと
石炭火力発電は,高効率であっても天然ガス発電の約2倍のCO2を排出し,大気汚染物質の対策費用も必要とされることから,欧米諸国では2030年までの石炭火力全廃に向けた動きが加速している。また,世界的に石炭関連産業への投融資を引き揚げる動きも加速している。
我が国では,パリ協定発効後も石炭火力発電所の新設が推進されているが,これらの新増設計画が全て実行され,ベースロード電源として運用されるならば,仮に既存の老朽石炭火力発電所が稼働開始から45年で順次廃止されたとしても,現行長期エネルギー需給見通しにおいて2030年度のCO2排出量と見込まれる石炭火力発電からのCO2排出量(約2.2億トン)をも約5000万トン超過する可能性がある28。石炭火力発電所は,新設・既設を問わず全て2030年までに段階的に廃止していくべきである。
② 天然ガス火力発電所の新設を中止すべきこと
天然ガス火力発電はCO2排出が比較的少なく,柔軟な運転が容易であるため,再生可能エネルギーの利用との親和性が高い。再生可能エネルギー100%の社会を目指す中で,再生可能エネルギー利用における調整電源として天然ガスを過渡的に利用することは有用であるが,天然ガス火力発電もCO2排出を伴うものであることから,2050年以降も天然ガス火力発電を行うことは2050年脱炭素の目標と相容れない。
我が国では既に8000万キロワットの天然ガス火力発電所が稼働し,現在の稼働率は石炭火力発電所の半分程度にとどまっていることから,天然ガスの安定供給の確保及び既存発電所の稼働率を高めることで,天然ガス火力発電所を新増設しなくても,電力供給を補うことが可能であり,その新設は中止すべきである。
4 原子力は地球温暖化対策として位置付けるべきではないこと
(1) 現在の我が国のエネルギー政策における原子力発電の位置付け
当連合会は,2013年10月4日付け「福島第一原子力発電所事故被害の完全救済及び脱原発を求める決議」,2015年6月17日付け「長期エネルギー需給見通し(案)に対する意見書」,2015年8月21日付け「原子力事業に対する経済的優遇措置に関する意見書」等で原子力発電からの撤退を重ねて求めてきたところである。ところが政府の第5次エネルギー基本計画では,脱炭素を目標の一つとするも,「2030年に実現を目指すエネルギーミックス水準」として,原子力発電の電源構成比率を20~22%としている。また,2050年においても,安全性・経済性・機動性に優れた原子炉の技術開発を進めるとして,原子力発電からの撤退を前提としていない。
(2) 原子力の安全性への信頼が損なわれていること
しかしながら,福島原発事故により,莫大な量の放射性物質が原発施設外に放出され,広範囲かつ多数の人々が被ばくし,環境が汚染された。放出された放射性物質は無害化するまでに非常に長い期間を要し,その被害は将来の世代も含め,広範囲,長期間にわたって極めて重大な権利侵害を生み出し続けるものであり,原子力は安全なエネルギー源とは言い難い。
近時の世論調査においても,原発の廃止を望む意見は56%を超えており,原発を増やしていくべき又は東日本大震災以前の状況を維持していくべきとの意見は約10%にすぎない29。
このように,世論の多数が原発の廃止を望んでいるのは,何よりもその安全性に対する信頼が損なわれているからである。
(3) 原子力発電はクリーンなエネルギーではないこと
原子力発電は,運転時にCO2を排出しないことから,クリーンなエネルギーであると言われることがある。政府もその前提に立ち,今後も原子力発電を維持する理由としている。しかし,放射性廃棄物を生み出し続ける原子力発電は,そのことだけでもクリーンなエネルギーとは言い難い。
また,ウラン原料の採掘・製錬・転換・濃縮工程を経て,発電に使用できるウラン燃料へと加工するまでの電力消費におけるCO2排出,運搬時のCO2排出,さらには廃炉や再処理,放射性廃棄物の処分・管理までのライフサイクル全体でのCO2排出を総合すれば,クリーンなエネルギーであるとは言えない。
(4) 使用済み核燃料の再処理事業は破綻していること
使用済み核燃料の再処理技術は未確立であり,再処理後に残る高レベル放射性廃棄物(ガラス固化体)の処分方法も,いまだ確立されていない。原子力発電により生じた放射性廃棄物や使用済み核燃料などを,最終処分まで安全に管理・保管するための中間貯蔵施設も確保されておらず,最終処分の目途は全く立っていない。しかも,高速増殖炉が運転する可能性がない現状で再処理を継続することは,更なるプルトニウム余剰に拍車を掛け,核不拡散と核物質防護の観点からも強い国際的非難を招くと言える。また,六ヶ所再処理工場の建設,運転及び後処理に投じられる巨額のバックエンドコスト30は,国民に高い電気料金の負担を強いてきたと言える。
このように,安全性,必要性及び経済性に多くの問題を抱える再処理事業と一体で進められている原子力発電は,地球温暖化対策とはなり得ない。
(5) 小括
以上により,2050年脱炭素の実現に当たっては,原子力発電からの撤退を前提とし,原発の再稼働,新増設を行わないことはもとより,既存の原発もできる限り速やかに廃止すべきである。
5 2050年脱炭素に向けた政策決定過程への市民の意見の反映
環境政策についての決定手続への市民参加が十分に確保されることにより,環境問題がより適切に解決され得ることは,我が国も署名する「環境と開発に関するリオ宣言31」第10原則(市民参加条項)にも規定され,国際的な合意となっている。このことは,当連合会の「環境に関わる市民参加を保障するためにオーフス条約32への加入と国内法制の拡充を求める意見書」(2017年2月16日)において指摘したとおりであって,気候変動問題やこれと密接に関わるエネルギー政策においても妥当する。
気候変動及びエネルギーに関する政策決定に当たって,十分な情報公開が行われ,また,国レベル及び地域レベルにおける政策決定への早期の市民参加を実現して,その意見を政策決定に十分に反映させる仕組み作りが極めて重要である。例えば,審議会等の政策決定の場についての人選は,事業者側の意見に偏ることなく多様な意見が出されるように行わなければない。その上で,政策決定に関する全ての情報と最新の科学的知見を基礎に徹底した討論がなされる機会が確保されることが必要である。
さらに,市民参加の機会が実質的に確保されるためには,司法による権利救済の手続が確保されていなければならない。気候変動の影響は広く全ての人々の生命・健康や生活基盤を脅かすものであるから,司法を通して権利救済や生活環境の保全が図られる仕組みを構築していくべきである33。
以上
1 国連の専門機関である世界気象機関(WMO)は,本年1月14日,2020年の世界の平均気温が過去最高水準だったとする報告書を公表し,産業革命以前の1850年から1900年までの平均気温に比べ,約1.2℃上昇し,約14.9℃だったことを明らかにした。
2 人為起源による気候変化,影響,適応及び緩和方策に関し,科学的,技術的,社会経済学的な見地から包括的な評価を行うことを目的として,1988年に世界気象機関(WMO)と国連環境計画(UNEP)により設立された組織。各国政府を通じて推薦された科学者が参加し,5~6年ごとにその間の気候変動に関する科学研究から得られた最新の知見を評価し,評価報告書にまとめて公表してきた。
3 環境省のホームページにおいて,「排出を全体としてゼロ」とは,CO2を始めとする温室効果ガスの排出量から,森林などによる吸収量を差し引いてゼロを達成することを意味すると説明されている。
4 1997年に京都で開催された気候変動枠組条約第3回締約国会議(COP3)での京都議定書の採択を受け,国,地方公共団体,事業者,国民が一体となって地球温暖化対策に取り組むための枠組として定められたもので,1998年10月9日に公布され,これまでに6度の改正がなされている。
5 パリ協定は,途上国を含めた全ての国に削減目標の策定と5年ごとの更新を義務付けている。
6 地球温暖化対策推進法第8条に基づいて策定される計画で,パリ協定の採択を受けて,2016年5月13日に閣議決定された。
7 経済産業省が策定する将来のエネルギー需給構造の見通し。
8 原子力のほか,再生可能エネルギーは22~24%,石炭は26%,天然ガスは27%,石油は3%とされている。
9 エネルギー基本計画は,2002年6月に制定されたエネルギー政策基本法に基づき政府が策定するもので,「安全性」,「安定供給」,「経済効率性の向上」,「環境への適合」をエネルギー政策の基本方針とし,エネルギー政策の基本的な方向性を示すもの。3年ごとに見直すこととされており,2018年7月3日に「第5次エネルギー基本計画」が閣議決定されている。
10 化石燃料の燃焼や供給された電気や熱の使用に伴い排出されるCO2。発電などのエネルギー転換部門,産業部門,自動車などの運輸部門,業務・家庭などの民生部門に区分される。環境省から,発電などエネルギー転換によるCO2排出量を発電等とした直接排出量・割合と,電力等の使用部門に割り振った間接排出による排出量・割合が公表されている。
11 環境省「2019年度(令和元年度)の温室効果ガス排出量(速報値)について」(2020年12月8日公表)3頁
12 2019年度の総排出量はCO2換算で12億1300万トン(脚注11資料 1 頁)。
13 当連合会も参加している気候変動イニシアティブは,本年4月19日,温室効果ガス削減目標を,「少なくとも45%以上で,50%,55%という削減をめざす欧米と匹敵する,先進国としての役割と責任にふさわしい野心的なレベルまで強化すること」を日本政府に求めている。気候変動イニシアティブは,日本における気候変動対策に積極的に取り組む企業や自治体,NGO等の情報発信や意見交換を強化するため,2018年7月に105団体の参加で設立された緩やかなネットワークで,今日までに参加団体数は5倍以上に拡大している。
14 前述のとおり,パリ協定は,各国にNDCの5年ごとの提出・更新を義務付けている。
15 「建築物のエネルギー消費性能の向上に関する法律」に基づくもの。
16 自然エネルギー財団による統計(2021年3月31日更新)
17 現代の技術水準で利用可能なエネルギー資源量。
18 賦存量のうち,エネルギーの採取・利用に関する種々の制約要因による設置の可否を考慮したエネルギー資源量。
19 導入ポテンシャルのうち,事業採算性に関する条件を設定した場合に具現化されることが期待されるエネルギー資源量。
20 環境省「令和元年度再生可能エネルギーに関するゾーニング基礎情報等の整備・公開等に関する委託業務報告書」(2020年3月)
21 持続可能な脱炭素社会の実現には産業界が健全な危機感を持ち,積極的な行動を開始すべきであるという認識の下に2009年に発足した日本独自の企業グループ。正会員・賛助会員合わせて170社以上が参加している。
22 日本気候リーダーズ・パートナーシップ「長期エネルギー需給見通し(エネルギーミックス)の見直しに向けた提言」(2020年10月26日)
23 自然エネルギーによる発電の可能性や余剰電力により製造した水素の活用等に関しては,国立環境研究所AIMプロジェクトチーム「2050年脱炭素社会実現の姿に関する一試算」(2020年12月14日総合資源エネルギー調査会基本政策分科会(第34回会合)資料3-1),公益財団法人自然エネルギー財団「2050年カーボンニュートラルへの提案-自然エネルギー100%の将来像」(同分科会(第34回会合)資料3-2),公益財団法人世界自然保護基金(WWF)ジャパン「脱炭素社会に向けた2050年ゼロシナリオ」(2020年12月11日) ,株式会社システム技術研究所「脱炭素社会に向けた2050年シナリオ(費用算定編)」(WWFジャパン委託研究 2021年5月27日)が参考となる。
24 発電した電気を一般送配電事業者の送電線,配電線に流すために,電力系統に接続すること(資源エネルギー庁ホームページより)。
25 接続契約申込み順に系統の接続容量を確保する仕組みのこと。
26 限界費用(発電量を一単位(1キロワット)だけ増加させたときの増加費用)の低い順に系統利用できる仕組みのこと。
27 当連合会の2018年6月15日付け意見書等でも指摘したように,「先着優先ルール」を廃止し,再生可能エネルギーの優先的な接続の確保のルールを速やかに導入することを検討すべきである。
28 環境省「電気事業分野における地球温暖化対策の進捗状況の評価結果について(参考資料集)」(2020年7月14日)31頁
29 一般財団法人日本原子力文化財団が15~79歳の男女1200人を対象に行った「原子力に関する世論調査」(2020年10月実施)の調査結果より。
30 使用済み核燃料の再処理のほか,廃棄物の輸送,管理,処分等原子力発電の後処理にかかる費用をいう。
31 1992年6月に開催された「環境と開発に関する国際連合会議(UNCED)」で採択された宣言。第10原則では,環境問題の解決のために,情報アクセス権,意思決定過程への参加権,司法・行政手続への参加権を確保すべきことが明記されている。
32リオ宣言第10原則を受け,1998年6月の国連欧州経済委員会(UNECE)第4回環境閣僚会議で採択された。日本は加入していない。
33 2019年12月にオランダ最高裁判所は,気候変動の影響は人権侵害に当たり,2020年の温室効果ガスの削減目標を1990年比20%から25%に引き上げるよう国に命じる旨の判決を言い渡している。
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