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科学的社会主義の学び ~学ぶほど確信とともに疑問が

学術会議の人事介入問題、政治が科学を従属させようという重大問題。戦前の戦争への狂気を作り出すうえで、学問の自由への弾圧したことは深く胸に築くべきはなし。

ひるがえって「社会主義」を名乗るソ連での「真理」の独占・・・「階級闘争激化」論などが粛清のバックボーンとなった。ソ連覇権主義を「理論」的に後押しした「全般的危機」論などの教訓もある。

学問・科学の真理は、オープンな議論、探求の中で確立していく。この位置は極めて大事。

日本共産党は、科学的社会主義を国定の哲学にすることも、また、その解釈の独占的地位におさまることも排除している。科学的社会主義の深化・前進には、ぜひ、機関紙誌で大いに、建建設的な鋭い議論を展開してほしいと思っている。

 そういう立場で、様々な議論を展開してほしい。学ぶほど、様々な角度からの接近があると感じたいくつかのテーマ

資本主義の基本矛盾 エンゲルスの規定

・史的唯物論と剰余価値の発見により、社会主義は科学となった・・・前提

・エンゲルスは、封建主義、未来社会との比較で、資本主義の終始一貫する矛盾として「基本矛盾」論を立てた

/この部分は、「反デューリング論」では、経済学ではなく、社会主義論として書かれた部分。

 

①「社会的生産と資本主義的取得の矛盾」

・社会的生産=社会的・集団的生産のこと

・商品社会・・自ら生産手段をもち、自らの労働で生産した生産物を、交換を通じて、自らが欲する商品を手に入れる・・社会的分業を前提とした社会。と言われる。

 

・資本主義的取得・・・生産現場で、資本家が自らの生産手段と、自らが購入した労働力商品を結合することによって、生産物を所有する。/外見は、商品社会の所有の在り方と同じだが、質的には、他人の労働の成果を資本家が取得とう異質なものに

→資本家が手に入れる生産物は、労働力商品の価値を上回る剰余価値を含んだもの。搾取を前提としたもの。

 

・社会的性格に、社会的分業を入れると=商品社会の性格を混同すると、自明の課題である「搾取」が見えなくなる。・・・ こうした誤った理解が多い。

→そのルーツに、レーニンの「生産の社会的性格、取得の資本主義的〔私的〕性格」という分析

・なお、「取得の私的性格」とは、自然発生的で分散的な「商品社会」一般の法則であり、自分の労働にもとづかない生産物の取得という「資本主義的取得」の要の部分を規定されていない。

 

②労働者階級と資本家階級の対立

・史的唯物論の規定・・生産関係の土台が、階級対立など上部構造に反映する

・「社会的生産と資本主義的取得の矛盾」は、協業、マニファクチャなど生産者を一カ所にあつめることにはじまり、大工業において完成する。

→その過程は、零細な自作農、商工業者が没落し、資本の活動の前提となる賃金労働者となり、そして資本蓄積の法則によって、労働者階級と資本家階級の対立として顕在化していくもの。歴史上、自明の話ではない。

 

③社会全体における生産の無政府性と工場内の計画性の矛盾

・無政府性〔競争性〕は、G-G´という資本主義生産の目的〔利潤第一主義〕を、そうせざる得ない外的な圧力として作用している。

 

・「恐慌」については、資本主義の変わらぬ本質としての「基本矛盾」の一貫として取り上げているが、具体の説明では、上記3つの基本矛盾でなく、マルクスの「生きた矛盾」資本の制限/消費の狭さと無尽蔵に拡大する生産力との矛盾と、それを乗り越えて進もうとする矛盾として説明している。

→外的な競争の圧力〔無政府主義〕によって、工場内の計画性がますます拡大し、そのことが「無政府性」をさらに拡大する。ユニークな規定

 

・メモ者 「原発、電力会社…独占のもと、無政府性のないもとで、利潤第一を追及」の「説明」

→それは「上部構造」がもたらした国内的なもの。同時に、再生エネの加速度的な進展のもとで競争にさらされ原発は、国際的には退場を迫られている。/また、温暖化対策という社会的バリケードも作用している

 

よってマルクスの解明とエンゲルスの解明には、テーマに応じた叙述の仕方の違いはあっても、理論的な土台に違いはない。

 

マルクスが「恐慌革命論にとらわれていた」?

 共産党宣言において、資本主義の発展が、プロレタリアートというは墓堀人を作り出すと記述し、「フォイエルバッハのテーゼ」で人の実践、変革の取組の意義をあれだけ重視したマスクスが「自動崩壊論」にとらわれていたというのに信じがたい。それを差し引いても「恐慌」と「革命」を直結する考え方は、「経済学批判」序言から資本論に至る過程で大きく緩解されているのではないか。

 

◎インターナショナル 『創立宣言』 649

 ~ 65年の「恐慌の運動論」発見の前に、マルクスによって書かれたもの

 

「勤労大衆を救うためには、協同労働を全国的な規模で発展させる必要があり、したがって、国民の資金でそれを助成しなければならない。しかし、土地の貴族と資本の貴族は、彼らの経済的独占を守り永久化させるために、彼らの政治的特権を利用することを常とする。今後も彼らは、労働の解放を促すことはおろか、労働の解放の道にあらゆる障害を横たえることをやめないであろう。……、したがって、政治権力を獲得することが、労働者階級の偉大な義務となった。……。

このとき、労働者階級は成功の一要素、すなわち「数」を有していた。しかし、「数」は団結にもとづいて結合してそして知識によって指導されるときにのみ、国民的勢力の中で重きをなしうるのである。さまざまな国の労働者は兄弟の絆で結ばれ、この絆に励まされて、彼らのあらゆる解放闘争でしっかりと支持しあわなければならない……。

 

マルクスは1871年アメリカ人会員のフリードリヒ・ボルテに宛てた手紙において、「インターナショナルが作られたのは、社会主義的、半社会主義的な宗派を労働者階級の本当の闘争組織でおきかえるためであった。これは最初の規約や創立宣言をみれば一目でわかる。……。インターナショナルの歴史は、労働者階級の本当の運動に逆らって自分の地位を保とうとつとめた宗派やアマチュア実験に対する、総評議会のたえまない闘争であった」

 

57年恐慌で、期待したような人民の蜂起(メモ フランス型のバリケードを築いての市街戦、繰り返す蜂起)はおこらず

また、47年、恐慌後、さらに工場法の制定を通じても発展する資本主義の力強さも見ている

・そうした事態を経て、マルクスは,『経済学批判』(1859年)の「序言」

一つの社会構成は,それが生産諸力にとって十分の余地をもち,この生産諸力がすべて発展しきるまでは,けっして没落するものではなく,新しい,さらに高度の生産諸関係は,その物質的存在条件が古い社会自体の胎内で鰐化されてしまうまでは,けっして古いものにとって代わることはない」

→ 恐慌革命論に対する理論面での1つの回答

 

1857年からの不況、さらにアメリカ南北戦争に伴う綿花危機でヨーロッパの綿花関連の企業が次々と倒産して失業者が増大したことで1860年代には労働運動が盛んになった。こうした中で、マルクスは、インターナショナルの結成に加わっていく。

また、アメリカの南北戦争をめぐり、南部からの綿花にささえられた繊維工業の街・ランカシャー労働者は北部への軍事介入の要求も騒擾や打ち壊しもせず自己犠牲的な「沈黙」を貫き、1862年末になると多くが北部支持に転向していく、という、国際連帯の大義に立つ労働者の姿をも見ている。

 

 「創立宣言」の中で、1848年から64年にいたる労働者運動の前進を総括しつつ,とくに10時間法案(および工場立法)の成功と協同組合運動の前進をあげ、今、労働運動に求められる姿、「本当の闘争組織」の姿として、“「数」は団結にもとづいて結合してそして知識によって指導されるときにのみ、国民的勢力の中で重きをなしうるのである”

 と述べている。

 

こうした経過の中で、マルクスが市街戦型の蜂起から、多数者革命論へ大きく転化していくことを示していると思う。それは理論面においても、資本論の構成(労働日の章など)とも相互作用をもって進んだのだと思う。

 

・なお「多数者革命」=選挙を通じた革命と明確化するのは、67年統一ドイツでの普通選挙権の確立とそのもとでの革命勢力の前進、普通選挙権のもとで誕生したパリコミューンの統治の経験(その前提としての普通選挙権の普及)を通じて、明確化。

 

利潤率の傾向的低下

 「『利潤率の低下の法則』が資本主義的生産様式が新しい生産様式への交替の歴史的必然性を決定する法則、その意味で経済学の最も重要な、最も本質的な法則だと規定する」と記述している。


「他方、総資本の価値増殖率すなわち利潤率が資本主義的生産様式の刺激である(資本の価値増殖が資本主義的生産の唯一の目的であるように)限り、利潤率の下落は、新たな自立的諸資本の形成を緩慢にし、こうして資本主義的生産過程の発展をおびやかすものとして現われる。それは、過剰生産、投機、恐慌、過剰人口と並存する過剰資本を促進する。したがって、リカードウと同様に資本主義的生産様式を絶対的な生産様式と考える経済学者たちも、ここでは、この生産様式が自分自身にたいして制限をつくり出すことを感じ、それゆえ、この制限を生産のせいにはしないで自然のせいにする(地代論において)。しかし、利潤率の下落にたいする彼らの恐怖のなかで重要なのは、資本主義的生産様式は、生産諸力の発展について、富の生産そのものとはなんの関係もない制限を見いだす、という気持ちである。そして、この特有な制限は、資本主義的生産様式の被制限性とその単に歴史的な一時的な性格とを証明する。それは、資本主義的生産様式が富の生産にとって絶対的な生産様式ではなくて、むしろ一定の段階では富のそれ以上の発展と衝突するようになるということを証明する。

 

 第三部三篇13~15章「利潤率の傾向的低下」は、未来社会も含めて、有機的構成は高まり、一「商品」中の「剰余価値」にあたる部分は減少していく。しかし、それが新たな生産力の発達の桎梏になるのは「利潤」の獲得を目的して生産する資本主義社会だからで、そこに資本主義社会が乗り越えられるべき歴史的な存在であることを、「利潤」という分析角度から明らかにしたもので、同じ章にある「資本の制限は資本そのもの」という中身と同一と理解している。

 

マルクスは利潤率の低下が、資本主義の自動崩壊をもたらすなど考えたこともなく、富の生産と商品(利潤の獲得)の生産との違いを指摘し、それゆえ資本主義の「歴史的な一時的な性格を証明する」ことが主題と理解する。

 

・高木彰氏は、同法則について、産業循環の周期を越える一定の期間についての社会的な生産力の上昇を一般的利潤率として表現したもの。恐慌を通じ遅れた生産様式が駆逐され、資本の生産力が向上していく長期的な過程としてとらえている。

「夫々の生産部面の実際の利潤率には絶えず大きな変動が起きるにもかかわらず,一般的利潤率の現実の変化は,異常な経済的事件によって引き起こされたものでない限り,非常に長い期間にわたる多くの振動の結果がずっと後から現われたものであって,これらの振動が固定され,平均されて一般的利潤率の変化になるまでには長い期間が掛かるのである」

 

・なお、同法則に、資本主義生産様式の「歴史的限界」をみた・・・というような「歴史的限界」の用語をマルクスは使っていないのではないか? 

同法則が、資本主義生産様式の「制限」としてあらわれ、ゆえに、資本主義の「歴史的性格」があらわれている、ということではないか。マルクスは、資本は「自己増殖」の衝動を満たそうとするあらゆる運動で、みずから生み出した壁を乗り越えて前に進む、ことについて、これは現実の資本主義の運動を生み出す「生きている矛盾」と捉えた。

 

 

*商行資本による「架空の需要」については、それ以前にも言及されている。が、商業資本の介入は、過剰生産を生み出す重要な舞台だが、推進する力は、利潤をもとめての強制される競争という資本主義の本質に起因する。

 生産の時点と消費の時点との分離があること、多数の資本が無関係に生産し商品が消費させることを目的に生産する無政府性(競争)-- 市場の調整作用があるのに、恐慌になるのは? という問題設定がおかしくて、恐慌をつうじて、市場の調整作用が発揮されている、ということではないか。

 

*その角度から 現在の新自由主義経済をみれば、投資を制限し、非正規雇用など労賃も削減し、利潤をあげながら、その利潤をマネーゲームにまわり、利潤を極大化している姿は、「利潤率低下の傾向」を打開するための反動的性質が鮮明になる。

 

「経済学批判・序言」  「定式」をめぐって)     牧野広義氏の「マルクスの哲学思想」より

             

  • 定式に「階級」「階級闘争」の言葉がない  ・・・配慮したのか 

・革命家、哲学界では有名であったが、ドイツの経済学界では無名。そこにデビューした著作

→不破・古典教室「マルクスは手紙でも書いているのですが、保守色の強いドイツの経済学界に最初の経済学的労作をもって登場するにあたって、最初から色眼鏡で見られて無視されないように、史的唯物論の定式にあたっても、注意深い工夫をしたのですね。だから、「階級」とか「搾取」「社会主義」などの言葉は使わないで中身を表現したのだと考えて、ようやく腑におちました」

 

◎本当にそうか・

・略歴の中で、「共産党宣言」の著者であることを初めて明らかにした。〔「古典教室」は触れていない〕

・「社会革命の時期が始まる」「これと闘って決着をつける」など、「階級闘争」という言葉自体は使っていないが、「闘い」の存在を示している。

→ 序言をよめば、マルクスの立ち位置〔革命家の側面〕がわかるようになっている。

 

◎手がかり 

①「近代社会における諸階級の存在を発見したのも、諸階級相互の闘争を発見したのも、別に僕の功績ではない。ブルジョア歴史家たちが僕よりずっと前に、この階級闘争の歴史的発展を叙述したし、ブルジョア経済学者たちは諸階級の経済的解剖学を叙述していた。僕が新たに行ったことは、① 階級の存在は生産の特定の歴史的発展段階に結ばれているにすぎないこと、② 階級闘争は必然的にプロレタリア階級の独裁に導く ③この独裁それ自身はいっさいの階級の廃止への、階級のない社会への過渡をなすにすぎないことを証明したことである」(マルクスからヴァイデマイヤーへの手紙、185235日〕。

→ 定式は、「新たにおこなった」点、特に①を明確に示したものではないか

 

②「科学の入れ口」 ダンテの言葉… 「定式」部分では一定の配慮しながらも、厳密な論理をつきつけておいて、「共産党宣言」の執筆者と明かしたうえで、ドイツの経済学者が、正面から対峙しなくてはならないもの、として挑戦状をつきつけたように感じる〔「古典教室」の紹介の手紙の趣旨にも合致〕。

 

  • 「本史」は、マルクスの言葉ではない

「古典教室」は、“人類社会の「前史」、「本史」”との言葉が使われているが

 

①「本史」は,河上肇が訳した時に、付け加えたもの。人間社会=人類の「前史」ととらえたので、「本史」が必要になった。読み間違い→牧野訳 「ブルジョア社会の胎内で発展しつつある生産諸力は、同時にこの敵対の解決のための物質的諸条件をも作り出す。したがってこの社会構成でもって人間的社会の前史は終わる。」

 

・フォイエルバッハに関するテーゼ」 第10テーゼ 1845

「古い唯物論の立場は「市民」社会であり、新しい唯物論の立場は人間的社会、あるいは社会的人間である。」と同一。

→ 「ブルジョア社会」は「この敵対の解決のための物質的諸条件をも作り出す」ので、「人間的社会」=未来社会の前史は終わる、といっているもの/それ以前の社会構成体は、敵対を解決する「物質的諸条件」〔生産力、労働者階級〕をつくりださない。

 

・「資本論」では、「いわゆる本源的蓄積」の段階を資本主義の前史と位置づけている

 

②マルクスによる人類史の三段階論規定  『経済学批判要綱』(「1857-58年草稿」) 「貨幣章」

・「人格的な依存関係(最初はまったく自然生的)は最初の社会諸形態であり、この諸形態においては人間的生産性は狭小な範囲においてしか、また孤立した地点においてしか展開されないのである。

・物象的依存性のうえにきずかれた人格的独立性は第二の大きな形態であり、この形態において初めて、一般的社会的物質代謝、普遍的諸連関、全面的諸欲求、普遍的力能といったものの一つの体系が形成されるのである。 

・諸個人の普遍的発展のうえにきずかれた、また諸個人の共同体的、社会的生産性を諸個人の社会的力能として服属させることのうえにきずかれた自由な個性は、第三の段階である」

 

→ マルクスには、第二の大きな形態として、資本主義社会の意義を高く評価している/「序言」の直近に書かれたこの規定にてらせば、「前史」と、第三の段階の前史である第二段階。

 

「必然の国」「自由の国」について

・エンゲルス 反デューリング論 「これまで人間を支配してきた人間をとりかこむ生活諸条件の全領域は、人間自身の支配と統御のもとにはいる」これまでの社会的諸力や自然的諸力の「盲目的、暴力的、破壊的な作用」を克服し、それらの諸力を社会的な組織によって意識的、計画的に管理するという点に、 未来社会の特質を求め、それを「必然の国から自由の国への人間の飛躍」と規定。

→ 「必然の国」=前史、「自由の国」=「本史」にひきつけて、その根拠と読み替えた

 

*エンゲルスは、ヘーゲルの自由と必然の概念を使い、未来社会の意義を説明しようとしたものではないか

18世紀初頭に、人間の意志は自由か必然かという哲学論争・・・ヘーゲル 自由と必然とを対立物の統一としてとらえることによって決着自由とは、客観世界の必然性を認識したうえで、その必然性を揚棄してその事物の「真にあるべき姿」(概念)をとらえる = この概念的自由により把握された概念を理想として掲げ、その実現をめざす実践により、事物を「真にあるべき姿」に変革しうるのであり、これをヘーゲルは「理想と現実の統一」ととらえる。

 

→ エンゲルスは、まず、「ヘーゲルは、自由と必然性の関係をはじめて正しく述べた人である」と評価。「自由とは、自然的必然性の認識にもとづいて、われわれ自身ならびに外的自然を支配する」こと。という自由を提示

(この「必然の国」「自由の国」の使い方は、資本論の展開とは別物 )

 

*上記の「おおづかみに言って」との関係・・・「前史」「本史」の二段階論は、エンゲルスに由来するという説も誤解

 

★二項対立的な区分への疑問

 エンゲルスは、「空想から科学」の中で、未来社会を 「社会のすべての成員に、物質的に完全にみちたりて、日ましに豊かになっていく生活だけでなく、さらに、彼らの肉体的および精神的素質が完全に自由に伸ばされ、発揮されることを保障する生活」と書いている。これは、マルクスが、彼岸として示した「自由の国」を含んだ記述である。

 

*マルクスは、「自由の国」は「必然の国の上にのみ花を開くことができる」とのべているが、今日的にどうとらえるか。

 

・マルクスは、人間を特質として自然的存在を前提に、共同性と意識性を強調してきた。

コロナ禍で、集い、会話、会食することが制限されているで、人間の本質があぶりだされているのでは・・・誰かと繋がっていること、社会の一員として貢献・存在できていること、共感しあえること、それは人が人としてあるうえで本質部分ではないか (山極寿一氏など)

 

・マルクスの時代には社会保障制度はなかった。現代は、そのもとで行われているケア労働はどう位置付けられるのか    医療・介護・障碍者福祉・教育・保育~「自己目的として認められる人間の力の発展」の領域があるのではないか。

1次産業では、有機などより自然に即した方法で、いい作物をつくることが生きがいを持ち手間暇かける形態、(また、文化芸術、研究などで、すでにプロ化している領域?)

 

これらは、生産力が発達したとしても、短時間で済むことにはならない。むしろ丁寧な人間的な対応が、より豊かに発展するのではないか。

 

・その背景に、生産的労働と本来は一体の関係にあるとともに、人間らしい生き方を支える「ケア労働」が、現実には「私事」とし隠されていた(また、ヒトにとっての重要性を認識できる段階でもなかった)時代背景のもと、鮮明にとらわれていない、ことからくる制限なのではと思う。

 

→ のちにエンゲルスは、「家族、私有財産及び国家の起源」のなかで,女性解放の展望にふれ、

“女性参政権など女性の法律上の権利の平等が問題になっているが、それだけでは本当の意味での男女平等の社会は生まれない。/平等社会を回復するためには、「公的産業への女性の復帰」――女性が生産活動をはじめ社会の公的活動に平等の権利をもって参加することが、カギになる。/それには、女性が育児をはじめ家事の全体を担っている状態を解消することが必要。 私たちがめざす社会主義社会は、家事の大部分を社会がになうシステムをつくりあげ、女性の公的活動を保障する社会となるだろう。”

 

*ヒトがヒトであるためのケア労働、社会的な活動、協働の意味・・・を深化させることが重要に思える。

 

◆アジア的生産様式  原始共産制ではない

「おおづかみに言って」・・・その原型は、ヘーゲルの世界史の歩み/牧野

 

①ヘーゲルは世界史の歩みを際立たせるために、世界の文明を発達レベルの低い順から段階的に三区分で説明。

「東洋人は、ひとりが自由だと知るだけであり、ギリシアとローマの世界は特定の人々が自由だと知り、わたしたちゲルマン人はすべての人間は人間それ自身として自由だと知っている…。この三区分は、同時に世界史の区分の仕方とあつかい方をも示唆するものです」

 東洋人… 共同体から総体的奴隷制、次に、ギリシアローマ的奴隷制を指し、次にゲルマン的社会・・・ルネッサンス以降の時代では・・

 

・なお15世紀末、イタリア ルネサンス文化は、最初の古代を「光」それ以後の中世を「闇」、暗黒の中世の死の淵からよみがえったルネサンス時代を「再生の時代」(近代)としている

・その後、17世紀 オランダ ケラーは自著「世界史」にて「古代・中世・近代」という時代解釈を記す

 

1939年にソ連で発表されたマルクスの遺稿『資本制生産に先行する諸形態』が公刊。その中で、マルクスは、アジア的生産様式は、古代的・封建的生産様式とは異なって、アジア的土地所有においては共同体の所有はあっても個人の所有はなく、個人は共同体成員としてそれを保有しているにすぎない、としている。これは、個人が土地(耕地)を分配されるのみの存在であって、共同体から自立できないことを示しており、これは原始共同体の社会構成とも異なることを示した。また、マルクスは、このような機能を国家的規模で管理し、支配し、共同体の生産と労働を貢納制度によって収奪しているのが専制君主であると指摘した。

→ 総体的奴隷制のこと

 

1848年刊行の『共産党宣言』は「これまでのすべての歴史は階級闘争の歴史である」とあるが、1888年に英語版の出版に際し、注で文字とし残ってる歴史では、と限定し、原始状態は別とした。

 

→ マルクスが『経済学批判』を書いた時点で、すべての民族の歴史の入り口に原始共産制社会があったと理論的には考察していたが、実証的研究が不足していた。その後、古代史の研究にとりくんでおり、1880年『空想から科学へ』の中で原始共産制社会の存在を指摘し、平等な共同体が有史以前に存在していたと主張している。

特にマルクスは、70年代にモーガンの「古代社会」の詳細な研究をおこない、その遺稿は、エンゲルスによって、84年『家族・私有財産・国家の起源』として仕上げられた。原始共産制の存在が明確に解明されている。

 

*〔一八八八年英語版へのエンゲルスの注〕 「すなわち、すべての文書によってつたえられている歴史の。一八四七年には社会の前史、記録された歴史の以前にあった社会組織は、ほとんど知られていなかった。その後、ハクスタウゼンは、ロシアの土地共有制を発見し、マウラーは、土地共有制こそ、チュートン種族が歴史に出発した社会的基礎であったことを立証した。そしてしだいに、村落共同体が、インドからアイルランドまでのいたるところで、社会の原始形態であること、あるいはあったことがあきらかになってきた。この原始共産主義社会の内部的組織は、氏族の真の性質、およびそれの部族にたいする関係にかんする、モルガンの仕上げとなるべき発見によって、その典型的な形態においてあきらかにされた。この原生の共同体の解体とともに、社会は別々の諸階級、そしてついには相対立する諸階級へ分化しはじめる。私は『家族、私有財産および国家の起源』(第二版、一八八六年、シュトゥットガルト)のなかでこの解体過程をあとづける試みをした。

 

* 一八八三年のドイツ語版序文 エンゲルス

・・・・この『宣言』をつらぬく根本思想は、つぎのとおりである。すなわち、歴史上の各時代における経済的生産と、それから必然的にうまれる社会の構造とが、その時代の政治史ならびに精神史の土台になっていること、したがって(太古の土地の共有が解体して以来)全歴史は、階級闘争の歴史、すなわち、社会発展のさまざまな段階における、搾取される階級と搾取する階級、支配される階級と支配する階級の闘争の歴史であったということ、しかしこの闘争は、いまや搾取され抑圧される階級(プロレタリアート)が、同時に全社会を搾取と抑圧と階級闘争とから永久に解放することなしには、もはや搾取し抑圧する階級(ブルジョアジー)から自己を解放できないという段階にたっしたこと、これである。――この根本思想は、もっぱらマルクスひとりのものである・

 

→ 1883年「太古の土地の共有が解体して以来」、88年「すなわち、すべての文書によってつたえられている歴史の」という限定が出てくる。

 

④こうした経緯を考えると、アジア的生産様式とは、「原始共同体の解体によって発生した最初の階級社会」=ヘーゲルも指摘していた“1人だけが自由な社会=総体的奴隷制と見るのか素直な見方ではないか。この生産様式は古代中国・インドにとどまらず、エジプト・メソポタミアなどの各古代専制国家、そして律令体制以前の日本にも存在した、と考えられている。

 

・なお、不破氏の論稿(史的唯物論研究)には、ヘーゲルの時代区分の関係、総体的奴隷制の位置づけについての言及がない。

→「おおづかみにいって」というのは、人類史の正確な区分が、主目的ではなく、当時の常識的な捉え方(ルネッサンス以来の捉え方、ヘーゲルの人類史区分など)を前提に、社会の在り方は「生産の特定の歴史的発展段階」に対応していることを明確に示すことに眼目があったのではないか

マルクスだから、新たに、極めて厳密なカテゴリーを提示しているはず、というのは深読みのような気がする。

 

 

.◆第二部第三篇 拡大再生産表式

 川上則道氏は、草稿であり、練り上げられてない部分はあるが、拡大再生産の中身を論理だって解明したものであり、「3度の失敗」というのは「誤読」であると-- これを、エンゲルスの能力と名誉にかかわることと、批判している。

 

 その要の1つは、読む側の意識が、「拡大再生産の解明」ではなく、「拡大再生産表式の解明」と狭くなっていること、2つめに、エンゲルスは、マルクスの真意をよみとれなかった、という先入見にあり、そこから誤読が生じていると指摘している。

 

 単純再生産の中で、拡大再生産の条件である蓄蔵貨幣、素材的要素が準備されること、それを単純再生産表式のルールにのせれば不可能となり、単純再生産とは違う構成が求められることなど、川上氏の解説で、はじめてわかったことが大きい。 

こうした内容を「失敗」とすることは、拡大再生産にかかわる重要な解明を破棄することになるという指摘は重要。

 

 

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