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性犯罪規定の改正 「同意の有無」を中核に 学術会議提言

 2017年、110年ぶりに刑法の性犯罪規定が改正された。その際、「必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとする」という附帯決議(附則9条)が付け加えられた。この決議に基づいて、法施行後3年にあたる2020年に法務省に「性犯罪に関する刑事法検討会」が設置され、審議が始まっている。

 提言は、性暴力に対する国際人権基準の反映「同意の有無」を中核に置く刑法改正を求めて出されたもの。下段に提言概要と、「2017年刑法改正までの経緯と改正の限界」

 なお、提言でモデルとして示された「スウェーデン刑法モデル」は、性売買についても新たな境地を開いているので、別記事で紹介したい

【「同意の有無」を中核に置く刑法改正に向けて

―性暴力に対する国際人権基準の反映― 提言 日本学術会議  2020.9.29

《提言内容》

すみやかな刑法改正と刑事司法におけるジェンダー視点の主流化に向けて、以下の5 点を提言する。

提言1 法務省は、附則9条に沿って2020年に刑法のさらなる改正案をまとめ、立法府ですみやかに法改正を実現すべきである。

〇提言2 刑法のさらなる改正にあたっては、日本国憲法が定める人権(プライバシー権)の一つである「性的自己決定権」を尊重するためにも、また、国際人権基準を満たすためにも、立法府及び法務省は、性犯罪規定を「同意の有無」を中核とする規定に改めることを最優先課題として取り組むべきである。

「性的自由/性的自己決定権」は、日本国憲法13条が定める「プライバシー権」に属する。判例・学説も、「性的自由/性的自己決定権」が刑法177条や178条によって守られる利益(保護法益)であるという点で一致している。また、性暴力に対する刑罰法規について国際人権基準の中核とされているのは「同意の有無」であり、この見地に基づく勧告が国連人権諸委員会から日本政府に幾度も出されている。刑法改正にあたっては、国際人権 基準に則り、諸外国の刑法改正を参考にして、少なくとも「同意の有無」を中核に置く規 定(「No means No」型)に刑法を改める必要がある。その上で、「性的自己決定権」の 尊重という観点から、可能な限り「Yes means Yes」型(スウェーデン刑法)をモデルとして刑法改正を目指すことが望ましい。

提言3 刑法の性犯罪規定を「同意の有無」を中核とする規定に改正するためには、 「暴行又は脅迫」及び「抗拒不能」を犯罪成立の構成要件からはずすことが必須である。

日本で「同意のない性行為」が訴追・立件されなかったり、無罪となったりする主要 な理由は、「暴行又は脅迫」や「抗拒不能」が犯罪成立の構成要件とされていることにある。「暴行又は脅迫」及び「抗拒不能」を犯罪成立の構成要件からはずし、あくまで,「同意の有無」を判断基準として、これらの要件は刑罰を重くする事由とすべきである。

提言4 性交同意年齢の引き上げや配偶者間レイプ規定の導入など、2017年改正で実現しなかった他の改正課題も多くあり、これらについても、今後、順次改正を行っていくことが求められる。

「同意の有無」を中核とする最優先課題以外にも現行刑法には多くの改正課題が指摘されている。たとえば、性交同意年齢の引き上げ、18歳未満の者に対する監護者以外の地位利用規定の創設、配偶者間における強制性交等罪(配偶者間レイプ)成立の明確化、性犯罪に関する公訴時効の撤廃・停止、男性器以外による性交等の追記などである。少なくとも、国際比較からしてきわめて低い13歳という性交同意年齢は16歳にまで引き上げられる べきである。

〇提言5 刑事司法におけるジェンダー視点の主流化を実現するために、法曹界は自ら法曹三者に対するジェンダー教育を進め、法務省・裁判所・検察庁・弁護士会・警察は、性暴力事件にジェンダー平等に理解のある法律家や警察官を関与させるシステムを構築すべきである。また、高校・大学や自治体は、学校教育や市民への啓発活動を通じて、性規範をめぐる「無意識の偏見」を社会から排除するよう努めなければならない。

性暴力事件では、判断者(裁判官、検察官、弁護人)のジェンダー・バイアスが「経験則」として判断に反映されやすい。このような「司法のジェンダー・バイアス」を克服 するには、法学部・法科大学院や司法研修所等の法曹養成教育や実務家研修におけるジェ ンダー教育の徹底が不可欠である。性暴力防止システムの総合的改革を目指して、裁判関 係者のジェンダー・バランスへの配慮を求める国際刑事裁判所規程等を参考に、日本でも 刑事司法におけるジェンダー視点の主流化を進めることが求められる。市民が裁判員裁判 に参加することをふまえ、高校・大学や自治体は、学校教育や市民への啓発活動を通じて、 性規範をめぐる「無意識の偏見」を社会から排除するとともに、性犯罪の特性や性犯罪被 害者特有の心理についての市民の理解を高めるよう努めなければならない。

 

 【4】 2017 年刑法改正までの経緯と改正の限界

 (1)「個人の尊重」に基づく刑法改正の法的根拠

 ① 日本国憲法下での「個人の尊重」

  国際人権基準にあわせて「同意の有無」を中核に置く性犯罪規定を整備しようとする場合もっとも重要な前提となるのは、日本国憲法が保障する「個人の尊重」である。日本国憲法 13 条前段の「すべて国民は、個人として尊重される」という規定は、憲法全体を貫くもっとも基本的な原則である。続く14 条1項が定める「法の下の平等」 とあいまって、日本国憲法のもとにおける個人の根源的平等性が導かれる。

  ここにいう「個人」は、自由な選択及び判断の主体として、自律的に判断し行動する存在である。この自己決定権によって各人が判断し行動する範囲が、私的な各人に留保された自由な空間、すなわち「個の領域」として把握される。自由は、他者が その領域を侵さない義務を課されることによって確保される。

  一般に「対国家防御権」としてとらえられる憲法上の権利は、国家権力から侵害 されないよう、憲法によって保障されている。これらの権利は、その権利を「行使する/行使しない」の自己決定の要素を当然に含む。自己決定権そのものも、憲法 13 条によって保障されている。さらに、そのように憲法上の権利としてことさら主張されることがない一般的な自由も、不法行為法や刑事実体法などによって、一般的に踏み越えてはならない義務を課す「防衛線」[16]が設営されていることで、他者からの妨害が排除されている。防衛線を越える自由をだれも主張できない。この結果、たと えば、人が自宅でのんびりできるのは、「自宅でくつろぐ」自由が保障されることで他者の自宅への侵入が排除されるというより、他人の住居への侵入に損害賠償責任を負わせる、あるいは刑罰を科すことで、禁止の義務を課して他者の侵入を抑止しているからである。「個の領域」は、自立し・孤立した個人を出発点に、自己の不可侵な領域として想定されるが、法によって保護された「国家による自由」の領域であると も言える。

 このようにして「個の領域」を確保した個人は、自分の選ぶ親密さの濃淡をもって、自己の存在に関わる情報を開示する範囲を選択・決定し、他者との関係を自律的に形成している。当然のことながら、特定の相手と親密な関係を築くためには、互いに「認め/認められなければならない」。そして個人と個人がむすんだ「親密なつながり(親密関係)」の内部においても、各人は個人のままであるから、「個の領域」を保持し続ける。

  婚姻は、重要な親密関係の一つである。夫婦という親密関係においても「個の領域」は確保されるため、各人の自己決定権が尊重される。憲法 24条は戦前の家制度を否定するものであるが、それにとどまらず、「個人の尊厳と両性の本質的平等」という基底的な憲法原理に重ねて言及し、国家による婚姻・家族制度の設営に限界を画している。パートナーのそれぞれが「個の領域」を保持することを否定する制度の設営は、憲法の想定する個人像に反する。これを前提にするならば、夫婦の間でも「同意のない性行為」は性的自己決定権の侵害となり、犯罪となる(配偶者間レイプ)。 2で述べたように、国際人権基準では、配偶者間レイプは「女性に対する暴力」の典型として犯罪化が求められている。

 

② 男女共同参画社会基本法とジェンダー平等

 日本では、「女性に対する暴力」を防止するための取り組みは、199 年代後半から本格化した。その最初は、男女雇用機会均等法へのセクシュアル・ハラスメント規定の導入(1997 年)である。その後、男女共同参画(ジェンダー平等)を定めた男女共同参画社会基本法(1999年)の成立と並行して、ストーカー規制法(2000年)、DV 防止法(2001年)など親密関係に介入する新しいタイプの法が成立した。

  2000 年(平成 12年)に策定された男女共同参画基本計画は、「女性に対する暴力」について「男女の固定的な役割分担、経済力の格差、上下関係など我が国の男女が置 かれている状況等に根ざした構造的問題として把握し、対処していくべきである」と している[17]。また、2001年(平成13年)に男女共同参画会議の下に設置された「女性に対する暴力に関する専門調査会」は、「女性に対する暴力」について専門的 に検討し、「『女性に対する暴力』を根絶するための課題と対策~性犯罪への対策の 推進~」と題する報告書を 2012 年(平成 24 年)にまとめた[18]

  歴史的に見ても、刑事司法は決して性中立的とは言えない。男性に甘く、女性に厳しい「性の二重基準」(用語⑪)をはじめとする「無意識の偏見(アンコンシャス・ バイアス)」(用語⑫)はきわめて強固であり、いまなお法律家や市民の価値観を拘束 しやすい。したがって、まずは法曹三者が率先して「司法におけるジェンダー・バイ アス」に気づき、司法の不公正をたださねばならない。諸外国の刑事司法改革や国際刑事裁判所(ICC)規程を参考にして、日本においても性暴力に関わる刑事司法システムを改善し、刑事司法における「ジェンダー視点の主流化(ジェンダー主流化)」 (用語⑬)を進める必要がある。

 

(2)被害者保護の視点から――「同意のない性行為」の犯罪化の必要性

 「同意のない性行為」は、なぜ処罰されなければならないのか。それは、個人の性 的自己決定権を侵害するだけではなく、被害者に与える影響が甚大だからである。

  ジュディス・ハーマンは、レイプが「他の種類の犯罪被害者に比べても高率のPTSDの持続」があるとし、レイプの本質を「個人を身体的、心理的、社会的に犯すことである」とするとともに、「レイピストの目的は被害者を奇襲し、支配し、屈辱させること、彼女を全く孤立無援状態にしてしまうことである。このようにレイプは本質的に心的外傷をつくるように意図的に仕組まれた行為である」としている[19]

  また、精神科医の宮地尚子は、「性暴力被害の場合、加害者と接する時間が長く、距離が近く(というより密着され、侵入され、距離がゼロかマイナスになり)、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚その他の身体感覚すべて侵襲される」ために、「PTSD発 症の可能性に影響する最も重要な因子」である「外傷的事件の暴露の強さ、期間、および接近度」を全部そろえていると指摘する[20]。さらに、「魂に悪いのは性暴力」で、「人間の中から生まれてくる生きるための力、泉のように自然にわき上がってくるエネルギー、内側からの光、自分はありのままで世界に受け入れられているという感覚、のようなもの」が「魂」で、それがなくなることで、「基本的人権」や「身体の統一性」が失われるとする[21]

  このように、生きる力を奪い、心的外傷を生じさせる「同意のない性行為」を、犯罪として「厳正に処罰」すること、それを可能とする刑罰法規に改正するとともに、当該行為が犯罪として評価される過程を、犯罪被害者のリアリティを反映した形で行うことが必要である。2017年の刑法改正の際には、被害者のリアリティと犯罪の認定に関連した附帯決議が衆議院法務委員会でも参議院法務委員会でも出された[22]。これらの附帯決議に基づいて、法務省「実態調査ワーキンググループ」は、「被害者心理等についての調査研究を実施」したほか、通常は公表されることのない不起訴事例の分析も行われた[23]。また、上述のように2020年6月からは法務省において「検討会」による論点整理、議論も開始された。

  検察官や裁判官が被害者のリアリティについて理解を深めることは重要であるが、それだけでは十分と言えない。「暴行又は脅迫」ならびに「抗拒不能」という要件の存在自体が、「性犯罪に直面した被害者の心理」を無視しているからである。被害者の被害時の行動に関して「凍り付き現象」[24]がみられることは広く知られている。「凍り付いた」被害者は、逃げることも、助けを求めることも、抵抗することもできない。その被害者に対して、「暴行又は脅迫」への抵抗を求めることは、被害者の実感からは遠い[25]。また、性暴力の影響は長期間に及ぶ。性暴力それ自体が与えるトラウマに加えて、被害者は「だれにも言えない」「相談できない」ために、その被害はだれとも共有化されず、被害者は癒されることがない。2017年にアメリカで始まった#Me Too運動や、日本で2019年3月に相次いで出された無罪判決を批判するフラワ ーデモでは、それまで沈黙を保ってきた被害者の経験がようやく表に出始めた。

 

(3)「保護法益」の変化と「暴行又は脅迫」要件の残存――刑法110年の歩み

  1907年(明治40年)に制定された刑法は、その時代背景から家父長制的な価値観を有していた。刑法成立当時は、民法上の家制度を前提として、妻は未成年者と同様に「制限行為能力者」(用語⑭)であるとされ、配偶者相続権もなかった。また、女性には参政権もなかった。立法府に女性がいないだけではなく、女性が独立した個人として尊重されない中で、強姦罪規定が成立したのである。

 ① 「保護法益」の変化――「社会的法益」から「個人的法益」へ

  何らかの行為を犯罪とみなして刑罰を科す場合には、刑罰を科してまで保護したい価値が何なのかを確認することが必要となる。その価値を「保護法益」(用語) と呼ぶ。該当する処罰規定が何を保護法益としているかによって、当該規定の文言 (構成要件や法定刑)や解釈が決まる。刑法制定後110年の間に、性犯罪規定に係る保護法益は、「社会的法益」から「個人的法益」へと変化した。

  1907年の刑法制定時、強姦罪等の性犯罪規定は「風俗に関する罪」の一つとされ、強姦罪規定は「家父長制を支える男系の血統の維持」とそのための「女性の貞操」という「社会的法益」を保護法益としていると考えられていた[26]

  1946年(昭和21年)に日本国憲法が成立し、13条(個人の尊重)、14条(両性の平等)、24条(家庭生活における個人の尊厳と両性の平等)が規定され、民法上の家制度も廃止された。しかし、「同意のない性行為」を犯罪とすべきという発想はなく、刑法性犯罪規定は改正されなかった。その結果、強姦罪の客体を貞操の主体である女性に限り、妊娠の可能性がある姦淫(性交)は重く、それ以外の性的侵害行為(肛門性交、口腔性交を含む膣性交以外の性的侵害行為、男性被害等)は軽く処罰するという、ジェンダー平等の観点からすると差別的な規定が温存されるままとなった。ただ、保護法益については、解釈により、「男系の血統維持」と「貞操」という「社会的法益」から、「個人の性的自由ないし性的自己決定権」という「個人的法益」に改めるとする学説が支配的となった。

  現在、刑法177条や178条が性的自由ないし性的自己決定権を保護法益とすることについて、判例や学説上、争いはない。しかし、2017年刑法においても「同意の不存在」だけではなく、「暴行又は脅迫」「抗拒不能」をも要件としていることで、2、3で述べたとおり、国際人権基準や諸外国の立法例に照らすと、性的自己決定権が保障されているとは言いがたい。

 

 ② 「暴行又は脅迫」要件の残存――「総合的考慮説」の限界

  刑法には、「暴行」や「脅迫」を構成要件に含む条文が多数ある。どの程度のものであれば当該条文の保護法益に沿った解釈になるのかという観点から、当該条文の「暴行」や「脅迫」の程度について検討が加えられてきた。たとえば、強盗罪の成立要件である「暴行又は脅迫」については、「被害者の反抗を抑圧する程度」が必要とされる。

  強制性交等罪の「暴行又は脅迫」については、「刑法第一七七条にいわゆる暴行又は脅迫は相手方の抗拒を著しく困難ならしめる程度のものであることを以て足りる」(1949[昭和24]5月10日最高裁判所判決)というのが現在の判例である[27]。学説もそれを支持している[28]1958年(昭和33年)の最高裁判決も、1949年判決を踏襲し、その上で「その暴行または脅迫の行為は、単にそれのみを取上げて観察すれば右の程度には達しないと認められるようなものであつても、その相手方の年令、性別、素行、経歴等やそれがなされた時間、場所の四囲の環境その他具体的事情の如何と相伴つて、相手方の抗拒を不能にし又はこれを著しく困難ならしめるものであれば足りると解すべきである」とした[29]

  このように、判例では、「暴行又は脅迫」の程度は、暴行・脅迫の態様、時間的・場所的状況、被告人及び被害者の年齢、経歴、体力等諸般の事情から総合的・客観的に判断される。これを「総合的考慮説」と言う。しかし、「総合的考慮説」は、 「同意の有無」を中核に置くものではない。すなわち、「被害者の同意がなかった」と認められた場合でも、諸事情を総合的に考慮してもなお、加害者が「その反抗を著しく困難にする程度」の「暴行又は脅迫」、あるいは「反抗が著しく困難な程度」の「抗拒不能」を手段として用いたと評価されない限り、犯罪は成立しない。これが判例、学説の立場である。

  ただし、現実の裁判では、「総合的考慮説」を採りながらも、「暴行又は脅迫」の程度は判例より低い水準でよい――つまり、客観的状況や被害者属性判断を「取り込み、総合的に『客観的な抗拒困難性』を判断することを通じて、暴行・脅迫の程度自体」は1949年最高裁判決の程度より低いものでもよい――とされる[30]。これに基づき、「総合的考慮」にあたって「同意の有無」が十分に配慮されているとの主張もある。「現在の判例実務は、行われた暴行・脅迫を重要な状況証拠として用いつつ被害者の意思に反する性交であったかどうかを認定している」[31]というのである。

  しかし、「総合的考慮説」を採ったとしても、「暴行又は脅迫」要件がある限り、「同意の有無」だけでは犯罪の成否は決まらない。その結果、「同意のない性行為は犯罪である」という行為規範は社会に見えにくいままとなる。また、「暴行又は 脅迫」要件の「反抗を著しく困難にする程度」については、解釈基準がきわめて不明確である上、「反抗の程度」に着目する視点自体が、被害者の「凍り付き現象」や「顔見知りの間での犯行が多い」という性犯罪に関する最近の研究成果を十分に反映しているとは言いがたい。一方、「同意の有無」を中核とした場合には、あくまで「同意の有無」を中心として、それにつながる客観的な行為態様や状況を判断基準とすることで、「同意のない性行為」を犯罪として評価するというメッセージを一般人にも、司法関係者にも伝えることができる。犯罪成否の線引きが明確になって、客観的な判別が可能となる。

 

③ 「暴行又は脅迫」要件撤廃の必要性――「同意のない性行為は犯罪である」

  「暴行又は脅迫」要件の撤廃については、慎重な意見も少なくない。たとえば、「暴行・脅迫要件を一般的に撤廃することは、被害者の意思に反することを間違いなく確信することができないような事例を強姦として処罰することを意味することになり、疑わしきは被告人の不利益にという原則を妥当させることにほかならず、そのようなことは認めるべきではない」。現状を前提とすると「これ以上に、同意なき性的行為を全て処罰することになると、弁護側が、同意があったという反証をしなければならないことに追い込まれることになり、現在の訴訟構造から見てもおかしい」という意見である[32]

  しかし、「暴行又は脅迫」要件を撤廃しても、「被害者の意思に反していたこと」について検察官が証明責任を負うのであるから、「明確性の原則」や「疑わしきは被告人の利益に」(刑事訴訟法336条)といった刑事裁判の大原則が損なわれるわけではない。諸外国の立法や国際人権基準がこれらの刑事裁判の大原則を維持しつつ、「同意の有無」を中核に据えつつある現状が、そのことを雄弁に物語る。

  21世紀の現在、問われているのは、「性的自己決定権の保障」であり、「被害者の人権保護」である。国際人権基準や諸外国の刑法改正において「同意のない性行為は犯罪である」という規範が重視されるのは、ジェンダー不平等な社会では、「同意」の解釈権を男性が握り、被害者女性が圧倒的に不利な立場に置かれるからである。「上位者=男性/下位者=女性」の構造が一般的な社会では、上位者たる男性の言動に対して、下位者たる女性は「NO」と言いにくい。そして、下位者であるがゆえに「NO」と言えないことを、上位者は「YES」の意思表示だと誤解する。誤解した側の責任は問われず、「相手方の同意」を確認することさえ要求されない。

 

(4)「抗拒不能」要件

① 「抗拒不能」要件とは?

 2019年3月に相次いだ無罪判決の中でとくに問題になったのは、準強制性交等罪(2017年以前は準強姦罪)における「抗拒不能」要件に関するものであった。

  準強制性交等罪における「心神喪失」とは、「精神的または生理的な障害により 正常な判断能力を欠く場合」であり、「抗拒不能」とは、「心神喪失以外の理由により心理的または物理的に抵抗ができない状態」をいう。「前者の例として、睡眠、酩 酊、高度の精神病または精神遅滞により被害者が行為の意味を理解できない場合」があり、「後者の例として、行為自体は認識しつつも性交等を医療行為と誤信した場合など、錯誤により抵抗する意思を失っている場合」がある。心神喪失・抗拒不能の程度については、「完全に不可能であることを要せず、反抗が著しく困難であればよいとされる」。これは、前条(刑法177条)の「暴行又は脅迫」の程度との整合性をはかった結果である。[33]

 

② 裁判実務における「抗拒不能」要件

  刑法178条の準強制性交等罪に関して、「抗拒不能」が争点となった事件について、裁判所の判断は揺れている。

  鹿児島地判2014年3月27日(資料D-②)では、被害者が「抗拒不能」状態であったことは認められないとした上、「被害者がした客観的に認識し得る抵抗はキスの際に口をつぐむという程度であり、そのことから、被害者が抗拒不能であることを被告人が認識することは極めて困難」であるし、「被害者が被告人からのおよそ理不尽な要求に逆らえないほどの人間関係上の問題があったと被告人が認識することも困難」であるとして、故意も否定した。しかし、同事件の控訴審である福岡高裁宮崎支判20141211日(資料D-③)は、「抗拒不能」は認めた上で「故意」を否定した。この判決は最高裁でも維持された。なお、被害者が提起した損害賠償請求事件(資料 D-④)では、裁判所は「被害者が明示又は黙示の同意をしていた事実を認めることはできず……被告は本件性行為により原告の性的自由を侵害した」として、被告に対 し330万円の支払いを命じた。

  2017年改正後の名古屋地裁岡崎支部判決2019年3月26日(資料D-⑤)も、「抗拒不能」を認めなかった。父親が同居している実の娘(当時19歳)に対し繰り返し性交 を行った事案である。しかし、同事件の控訴審である名古屋高裁2020316日判決は、「抗拒不能」を認め、「故意」も認めて、原判決を破棄し、被告人を懲役10年に処した。同じく、2017年改正後の福岡地裁久留米支部判決2019年3月12日(資料D- ⑥)は、サークルの飲み会に初参加した女性A(22歳)がカクテル数杯とテキーラ一気飲み数回などで泥酔し、眠り込み、嘔吐しても気づかず、店内のソファーで無防備 な状態で眠っていたところを、被告人(44歳)が性行為に及んだという事案である。裁判所は、Aが「抗拒不能」の状況にあったことは認めたが、Aが本件性交前及び本件性交時、飲酒による酩酊から覚めつつある状態であったなどとして、被告人の「故意」を否定した。しかし、同事件の控訴審である福岡高裁2020年2月5日判決は、被告人の「故意」を認め、原判決を破棄して、被告人を懲役4年に処した。

  なお、「抗拒不能」は比較的広く解され適用されているとの見解もある。しかし、もともと178条は、177条が姦淫の手段を「暴行又は脅迫」に限定したため、これを補完するために定められた規定である。前述の名古屋地裁岡崎支部判決も「刑法 178条2項は、意に反する性交の全てを準強制性交等罪として処罰しているものではなく、相手方が心神喪失又は抗拒不能の状態にあることに乗じて性交をした場合など、暴行又は脅迫を手段とする場合と同程度に相手方の性的自由を侵害した場合に限 って同罪の成立を認めている」と判示している。したがって、177条の「暴行又は脅迫」要件と同様の問題を含んでおり、改正の必要がある。

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