生活基盤の脆弱な家族をどう支えるかが重要(メモ)
松本伊智朗・北海道大学教授の論稿 「前衛2020.12)のメモ
・貧困研究者として子どもの虐待問題に長くかかわってきた松本教授が、現代の子育てはますます親に責任が集中・・親戚・近隣などの支えあいがなくなり、「教育が個人への投資」の文脈でかたられるなか、新自由主義・「自己責任」論が、支援となる資源を利用する資源も奪っている現実を明らかにし、“生活基盤を安定させることが虐待の防止・予防には不可欠”と解く。
またそのための自治体の相談窓口の常勤化・専門性の向上、生活保護の敷居の高さの改善と子育て支援機能の強化、制度の穴となっている若年女性への支援制度の整備、分離保護と地域保健との連動など・・・具体的に提案する。
コロナ禍が、女性の中でも、子育て中の女性、とりわけひとり親世帯に、負担と犠牲が集中しており(JilPT調査など)、対策の強化が急がれる。
生活基盤の脆弱な家族をどう支えるかが重要(メモ)
松本伊智朗・北海道大学教授 前衛2020.12
・貧困研究者として子どもの虐待問題に長くかかわってきた。その立場から強調したいこと・・・・“生活基盤を安定させることが虐待の防止・予防には不可欠”
Ⅰ.子育ての困難の緩和・継続的な支援を
子育てがより困難になっている社会・経済環境の変化
◆子育ての負担の家族への集中
・親の生活の不安定化、社会保障の後退/社会的基盤が脆弱になるほど、自己責任が強調され、負担が家族に集中
① 商品社会の進展~教育の私費負担増⇔「個人への投資」の意味付け強化
・教育の公的支出の少なさの中、教育費用の調達が家庭の責任に転化・家計負担の増加
⇔ 「個人への投資」、教育の成果は個人への「リターン」で測定/「教育の受益者は個人」の意味付け
(メモ者 内田樹氏 「教育の受益者は社会全体」~次の社会・共同体の担い手育成)
② インフォーマルな支援の崩壊 ~ 親戚、近隣
・少子化(メモ者 出生地以外での就職・生活の増加も)のもとで親戚の急減/ 個別家族、夫婦だけに
・近隣 仕事時間の多様化、すれ違い ~近所づきあいの希薄化
~以前は、誰かに聞けばすぐわかることも、スマホ頼りとか、結局わからない、ことも
*家族・親に、子育ての責任がこれまで以上に集中 (メモ者 金銭面だけでなく、知識、子守など手伝も含め)
③ 生活基盤の脆弱な家庭に、子育ての困難がより集中
・病気・減収などを契機に、一気に子育て困難が高まる
・実際の児童虐待調査でも、1つの家族に多くの困難・不利の複合が見られる
→ この困難の軽減・解決が虐待問題を考える場合に大きな課題
◆自己責任の内面化をどう解くのか
・実践の現場・・・「困難が集中している人ほど、支援につながりにくい」状況
・情報の周知、公的制度の使い勝手の問題、いろいろ要因はあるが・・・
⇔家族の側から見ると・・・「自己責任」の強調のもと
「まず自分がやらないといけない」という意識のしばり
そのもとで、もともと「誰も助けてくれない」という実感
・そして、「助けてもらう人は、自分で出来なかった人だ」ということが、一般的な意識として強まるほど、それを内面化しないと生きていけない、ことになる
→内面化は「支援を受けることは責任を果たせなかった劣った親」という意識を浸透させ、支援を抑制させる(メモ者 「支援を受けない」ことで、みずからの自尊感情をギリギリで支えている逆転した構造を生む)
・こうした内面化の構造が、家族が抱える子育ての困難を、より見えにくくしている/大きな課題
Ⅱ 貧困問題との関連
◆貧困の結果の1つとしての虐待
・人の性格、道徳的な問題と見ると、さらに当事者を追い詰め、解決にはつながらない。貧困は社会の中で起こってくることで、原因と言えるもの・・・貧困の中で人が苦しい思いをする結果の1つとして虐待を考えるべき
≪日本の貧困の現状≫
・子どもの相対的貧困率 16年16.3%、18年度13.5%/国際的に見て高い(メモ者 貧困線自体が低下!)
・特に、母子家庭の貧困率の高さ・・・就労・非就労別でもほぼ同じ/OECDで例外
(メモ者 欧州など諸外国では、母親が就労すると貧困から脱出する/それで就労支援が軸)
・税と社会保障の介入前後で貧困率は大きな変化なし/逆に、0-2歳2.5%、3-5歳1.1%、再配分後の貧困率が増加
(2015年統計、阿部彩・都立大教授計算)~ 公的財政支援、社会保障制度の貧弱さ
≪日本の貧困対策の系譜≫
・明治維新から昭和初期 「恤救規則」/人民相互の助け合い。しかも「無告の窮民」=身寄りのないものに限定
・新憲法で、制度的には大きく前進。(メモ者 が、社会的な意識として、権利概念の希薄さ)
→昨今 社会の仕組みの新自由主義的な再編/市場化のもと個人が激しい競争にさらされ、相互の助け合いの強調
◆子育ての選択肢が狭められている
≪そもそも貧困とは≫
・公式的な説明/社会生活を営むための必要を充足する資源の不足あるいは欠如 /子育て・・・必要な物を買う。病院に行くなど、様々な資源を編成していく仕事/複雑な営み
・お金がたくさんあれば遣い方が下手でも、資源を編成して生活できる=「ゆとり」があるとやっていける
⇔逆に、資源がない(に接近できない)、資源を利用するための資源がないと、大変な困難となる
・「資源を利用するための資源」・・お金があってり、近くに支援してくれる施設があっても、それを利用する時間がないとか、活用のための情報がない、または「どうせ役所に行っても助けてくれない」という自尊心の欠如した状態では、資源を利用できない。・・その場合、自分の身の回りの範囲の中だけで対応。対応の可能性、選択の幅が大きく制限される
→ 貧困を、そういう問題としてとらえる /他人からは、まずい対応していると映る
・英人類学者 サンドラ・ウォルマン・・・生活を営むための資源を「構造的資源」と「編成的資源」に分類
→「構造的資源」 お金など /「編成的資源」 資源を利用するための資源~時間・情報・アイデンティティなど
→ あるコミュニティに属しているというアイデンティティがあると、そのコミュニティにあるものを資源として活用できる
⇔ 自尊心の問題とは、アイデンティティと重なるもの
・お金、役所でのいろいろな制度という「構造的資源」があり、それを使うため資源=「ゆとり」があってこそ選択肢が広がる
≪「選択肢の幅をどう広げるか」≫
・例) 保育所を利用するにしても、電話したり、様々な書類を出したり、とその過程が複雑で、途中で力つきそうになるとか/「ゆとり」がないと、役所の敷居がどんどん高くなる
・具体的な制度政策の領域で考えると・・1.お金の支援 2.現実の支援制度が利用可能になっているか 3.必要であるが制度として欠けているものをどうつくつていくか /使える資源を広げていく具体化が求められる
⇔ 劣った人と見られているのではないかなど、貧困がもつスティグマ感の存在も見逃せない問題
Ⅲ.制度の運用 欠落 今後の方向
制度の運用で欠落しているものとは何か。どうどう考えていくのか。いくつかのポイント
◆相談体制――常勤の専門家の配置
・様々な支援メニューがあり、相談窓口があっても、実際に支援につながる支援のリソースが少ない、という現実
⇔ 相談員が配置されていても、非正規。身分の保証があってこそ研修など専門性を高めていける/自治体の中で、社会福祉の専門集団をつくり育てていく人事ルートを確立し、それを国が積極支援する必要
・自治体での相談体制、地域との連携の上で、子ども虐待では「要対協」(要保護児童対策地域協議会)が重要
04年児童福祉法改正で設置/どの自治体にもあるが、そこをマネージメントするSWが不可欠だが、財源の問題で、正規の常勤を配置ができていない問題~自治体で格差
・「子ども家庭総合地域拠点」が制度化(近年の法改正による)/が、国の予算は非常勤
◆生活保護の機能に子育て支援を
・生活保護そのものの切り下げ/一方で、職員の非正規化、外部委託化/(メモ者 担当件数の過多)
⇔ 専門性が担保されてないと、子育て中の人が求める支援に結びつかないし、利用しやすい制度にならない
・虐待予防の観点で大変重要な点/ 全国の虐待死亡事例の検証報告書・・・貧困層での死亡事例が圧倒的に多い
子育て世帯 年収500万円以上の世帯68%(国民生活基礎調査)/死亡事例は、500万円以上の世帯15.6%
生活保護世帯 死亡事例の18.9%、と大変高い (リスク評価であって、個々の世帯の在り方は、個別具体的)
*生活保護という制度の中で子育て支援をどれくらいできるか、が課題
現実の保護行政では、傾向として家族の生活支援よりは、保護費の計算、就労促進に力点が行きがち/ 本来は、子どもの問題、子育ての問題について状況を把握し、時に一緒に考え、自治体の他のセクションの支援につながる~ そういう機能を生活保護がもっと積極的に持つことが必要(メモ者 独自に努力している自治体も存在するだろう)
◆母子保健をリスクの高い人の支援に結び付ける
・母子保健・・・すべての子どもがかかわる施策/ 子育て支援につなげていく上で大きな意味をもつ
→が、母子保健では、いわゆる特定妊婦=虐待の文脈からみるとリスクの高い、「支援の必要度が高い」人に対する支援は、自治体でバラつきがある / 例)DV被害、生活基盤の不安定な人に、産前・妊娠段階からケア付きの住居が確保されるような支援は必ずしも十分ではない /母子生活支援施設・・・妊娠の段階から受け入れているところもあるが、妊娠・出産に応じた政策的な構想・制度の確立が求められる
・地域の精神保健、思春期相談の文脈・・・母子保健の問題から見ると、妊婦でなくなった人、人工妊娠中絶をした人は、母子保健の枠から外れる
⇔10代、20代前半で中絶しているという時、家族的な背景の中で傷つき体験を持っている、パートナーとの関係のなかで暴力被害を受けている場合がある/ この人たちを地域の保健活動もとで支援できないか、という課題がある
⇔19年札幌の子ども虐待死事件/母親は10代で妊娠し、一度中絶。母子保健の枠から外れていた/1つの制度の穴
◆若い女性への支援体制
・制度の穴となっている課題・・・何らかの被害体験をもつ、または生活基盤が大変脆弱な若年女性の支援(男性も同じ)
⇔高校中退し、妊娠し、中絶をした10代後半の若者を、誰がどこで支えるのか
児童福祉法の枠は18歳まで/社会的養護施設では措置の延長で20歳まで/高校を中退すれば、学校教育の枠からも外れる、中絶してしまえば母子保健の枠からもばすれる・・・・ どこにも支えてがない
・子どもの虐待、子育ての問題を考えると、女性は「生む性」として母親として子どもを養育する可能性が男性よりとても高い
~まず、「困難を抱える若年女性」という枠できちんと支援する/ 暴力被害から守る。住居の安定の確保。妊娠・出産へのケア、その後の子育てのケアができる枠を築くことがとても大事
→現状は、それぞれ制度がバラバラになっていたり、制度が存在しないものも
→ フレームワークをきちんとつくり、積極運用していかないとまずい
◆地域での生活と分離保護との連携
・とくに集中的な支援が必要な層を考えるとき、地域での生活が基本にあるべき ~ただ色々な事情で、一旦分離保護し、養育することを積極的に取り入れて、親子の健やかな暮らしを支える対応もある。虐待予防としても重要
⇔が、地域での暮らしが成り立たなくなってから分離保護するとなると、予後—どのように地域に戻れるかということも含め―が難しくなる
・むしろ、分離保護と地域支援が連携しての支援があってもいいのでは。/親が調子の悪い時は、里親が預かり、また家族のところにすぐに帰れるような、行ったり来たりしながらの子育ても1つの選択肢としなければならない
→ その場合のカギ①/保護される一時保護所、児童養護施設・里親の環境が良好であること/「あっちに行ったらかわいそう」では保護はすすまない
→ カギ②/居住地と施設の距離が近い(メモ者 施設が居住地から離れている場合が多く、面会・交流が制限される。またそれがネックとなって分離保護を拒否するなど、運用に齟齬が生れている)
→ カギ③/予算の枠。分離保護の場合は不十分ながら費用が出るが、在宅支援の費用はなかなか出ない、または少ない
◆人間として尊重される感覚をつくりあげる
≪これまでのまとめ≫
- 自治体の相談態勢を、職員の身分保障も含めて構築する/専門家がいないと連携態勢もできない
- 生活保護の敷居の高さをどう引き下げるか。そして子育てに対する支援の機能をどう積極的に持たせるか
- 母子保健の枠外である母でなくなった人に、地域保健の文脈で支援を継続する枠組みをつくる/もちろん特定妊婦といわれる方への支援の強化もふくめ
- 制度の穴となっている若年女性への支援の枠組みをきちんと整理する
- 分離保護を地域での生活を営んでいくための1つの方法として捉え、分離保護・在宅の支援ともにきちんと予算をつける
≪制度の改善とともに・・・尊重されている感覚の獲得を≫
・「支援が必要な人ほど支援につながらない」状況に、どう応えるかが重要
・大きな1つの理由/支援の現場での「傷つき体験」
~「役所に行ったら嫌な思いをした」、私的なところで「そんなことぐらい自分でやれ、と言われた」、結局誰も助けてくれなかった、という体験
→その中で、助けてもらわずに何とか自分でやっていくことで、自尊心を保っている人がいる
*「支援につながる/つながらない」ということを考えた場合/社会生活の中で、色々な困りごとを抱えて支援者の前に出ていったとき、そこで出会った人たちに尊重されている感覚、一人の人間として尊重されている感覚を、どう持てているのか、そうした感覚はどう作り上げてことができるのか、あるいは支援者の側が人として接することが出来るのか、大きなこと
⇔ 内面化された「自己責任論」、あるいは貧困に対するスティグマをどう和らげるのか—ひとつの方法
*そもそも貧困、不平等の緩和ということが前提で、何より重要 = 担保する税・社会保障の仕組みが基本的な土台
⇔ が、いろいろな制度を整備する際、利用者が「そこに行けば大事にされた」と思うような運営がなされる制度席捲にしていかないと、絵にかいた餅となる。
★貧困問題は恥辱の課題をもつ(「貧困とは何か」松本編著)
「貧困は不利で不安定な経済状態としてだけでなく、屈辱的で人々を蝕むような社会的関係として理解されなければならない。この視点に光が当たるようになったのは、南で開発された参加型のアプローチによるところが大きい」」「こうしたアプローチでは、『声の欠如』、軽視、屈辱、尊厳・自己評価への攻撃、恥辱やスティグマ、無力さ、人権の否定とシチズンシップの縮小など、非物質的な側面が強調される。(略) こうした非物質的側面は、貧困状態にある人々と広い社会との毎日の相互作用から生まれてくるものであり、また政治家や当局者、さらにはメデイアのような影響力のある期間が、そうした人々のことをどのように語り、どのように扱うかとうところから生まれてくる」
⇔ 男性によるDV事件・・・ 自分に恥辱を向ける社会に挑むのでなく(メモ者 当然、支援者の支援のもとに)、その価値観を従順に引き受ける一方、「家父長」である自分の意のままになる(とされる)家族をコントロールすること(そこには加害者にとっての「正義」となる「理由」存在している・・ダメな親とみられないために、あるべき子ども像に近づけるための「しつけなど」)で、恥辱から逃れ、尊厳をまもろうとしているのではないか(杉山春氏の論稿より)
(⇔メモ者 そこには、埋め込まれてきた「有害な男らしさ」/ジェンダー問題と密接な関係がある、と思う/太田啓子弁護士 新著「これからの男の子たちへ」が示唆に富む)
(メモ者 追記)
★専門家の育成⇔チームとしての働きの重要さ
①専門性・経験の継承 ②他のセクションとの連携、複眼での解決策の模索 ③一人でかかえこまない。時に攻撃的な相談者との対応での二次被害をなくすためのカンファレンス機能
★処遇 災害救助・復旧現場の鉄則 ケアする者にあたたかい食事を / ゆとりとモチベーションの維持/決意・気力だけでは長続きしない
★ジェンダーの視点の重要性
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