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民主集中制とエンパワーメント

 何かと、誤解をうむことになる「民主集中制」・・・・ 今日、近く行われる党学校での扱う角度について会話があった。

 民主集中制・・・みんなで決めて、みんなで実践する。実践によって真理は検証され、少数意見が正しかった場合には、軌道修正される。という枠組みであり、およそ多くの組織・グループには、何らかの決め事がある。

  それは、そうなのだが、制度の説明ではなく、国民多数派を結集でき、ともに歩める組織にどうなるか、という角度からの問題意識、議論が、市民と野党の共同を推進する(旧ソ連・中国からの干渉とのたたかい、とは違う地平の)今の党の到達点にとって本質ではないか、と思っている。

 

日本共産党は、権力機構でも行政機構でもない。自覚的な人々のあつまりのボランティア団体である。

その場合の「集中」は・・・権力的に仕事・生活の糧を、脅しのたねにつかったり、札束で頬をたたくようなものではない。

 「集中」のためには、私の生き方である、だから私の組織である、と実感できる「民主」が必要。

 形式ではなく、主体者として参加している実感をともない「民主」。 

自分の意見も言い(それを受け止める仲間が居て)、それぞれの条件の中でチームプレーにも参加してこそ「自分の組織」となり、信頼、次への意欲。喜びが生れてくる。

 「民主集中」とは、「誰一人とりのこさない」とともに「みんなを主人公にする」・・・ エンパワーメントするとりくみが本質とおもっている。それなくして、新たなエネルギーはでてこない。すこしでも、そうなるよう心にとめおきたい。

 (権力をもつ位置に共産党が立った場合は、より思慮深い対応、文化を書き換えるとりくみが必要であり、これは。今以上の困難をともなうかも・・と個人的には思う)

 なお、「民主集中制」にかかわって、レーニンの党組織は「サロンではない」という一文が切り取られているが、これは対の言葉として「官僚組織ではない」と指摘した文章の中の言葉であり、旺盛なおしゃべりを否定したものではない。

 

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