「イノベーション創出」~過ちの深みに突き進む自公政権の科学技術政策
「科学を壊す安倍流「イノベーション」政策 科学技術基本法改定の問題点とその背景」 土居誠 前衛2020.9のメモ
財界が「周回遅れ」とまで嘆く科学技術開発力の劣化。それは、目先の利益ばかりを追う大学の法人化や「選択と集中」で、基礎研究を軽視し、研究者の身分の不安定化をすすめてきた財界いいなりの自公政治の結果である。
が、改定科学技術基本法は、その過ちをさらに推し進めようとするもの。
5月28日、日本学術会議など13か国の科学アカデミーと世界若手アカデミー 基礎研究への公的投資の拡充を求める共同声明を発表している。
声明は「画期的なブレイクスルーへと結実するのが、えてして真理探究型で直接的な応用を志向しない研究の結果であることは、科学のパラドックス(逆説)である。自然界や我々自身に対する理解を深めることが、現実の課題の解決に必要な斬新な発見を可能にする」と指摘し、「最も重要なこととして、基礎研究への長期的な公的資金を回復し、維持する」ことを提言。
【Gサイエンス学術会議共同声明2020 基礎研究の重要性 5/28】
関連して以前まとめたメモ
「科学を壊す安倍流「イノベーション」政策 科学技術基本法改定の問題点とその背景」 土居誠 前衛2020.9のメモ
◆はじめに
・通常国会で、改定法が成立 / 改定の内容は
目的「科学技術の振興」に、「研究開発の成果の実用化によるイノベーションの創出の振興」を加え、名称も変更
~ 基本法を根本的に変質。 目先の「実用化」が重視され、「イノベーション」の土台である基礎研究の軽視がさらに進む
Ⅰ.科学技術基本法の根本的変質
(1)「科学技術立国」めざした基本法
・95年、議員立法で成立。早くから学術会議などが成立をもとめていたが、68年政府案は「人文社会の軽視」「国家統制」の批判で廃案。95年、下野した自民党を中心に、社会・さきがけ、新進党で共同提出。全会一致で成立
基本法の提案説明 尾身自民衆院議員 基礎研究は「営利を目的とする企業に多くを期待することは困難」「公的部門が果たす役割が重要」、「基礎研究を重点にして、科学技術全体のレベルアップをはかっていく」と「科学技術立国論」を展開
/拝啓に財界の基礎研増の要求(アメリカの「基礎研究だだ乗り」論攻撃)、大学の危機のための予算増額運動の広がりも
→党は、学術会議の提案の原則的要求が少なからず反映していると評価、修正案を提案。/「平和」目的条項の創設、政府の科学技術会議ではなく「学術会議など広く関係者の意見を聞く」に /否決されたが原案賛成
(2)基本法改定により基礎研究軽視の恐れ
・「イノベーションの創出」は、科学技術の豊かな発展が土台。並列して目的とすることは、「イノベーションの創出」が自己目的化し、「実用化」に偏重し、「科学技術の振興」の在り方を歪める。基礎研究がいっそう軽視される
・基本法改定の契機~ イノベーション活性化法が2018年改定 「イノベーションの創出」が導入
→「…創出」 定義「・・・ 通じ新たな価値を生み出し、経済社会の大きな変化を総出すること」/企業の利益中心の規定
→同じ基本法に、科学技術振興と「イノベーションの創出」を位置づけ、経済振興に繋がる科学技術に特化することが狙い
★改定前の基本法 「科学技術の水準の向上を図り、もって我が国の経済社会の発展と国民の福祉の向上に寄与する」とは位置付けがことなる
(3)基本計画に「選択と集中」がもちこまれる
・安倍政権の「科学技術立国論」という基本法の眼目に反した政策の展開
~基本法 5年間ごとの「基本計画」の策定・予算の確保を政府に義務付け 95年2.8兆円→17年3.5兆円へ
・が、目先の経済的利益に集中投資する「選択と集中」で、基礎研究を軽視
競争的資金の割合 6%→12%、公的研究機関の研究開発費(95→17年) 218億円減
国立大学の運営費交付金 04年以降 1400億円減
→ 質の高い論文数 日本だけが減少 順位4位 → 9位
例)史上初のブラックホール撮影した国際Pの一翼担った国立天文台水沢VLBI観測所の予算が大幅削減。銀河系の立体地図づくりプロジェクトが一旦中止に追い込まれた/畑野議員の質問で追加予算で継続/が、多くの基礎研究が中断
Ⅱ 大学・研究機関の総動員体制づくり
(1)振興策にそって活動する「責務」を大学に課す
基本法に、新設 /大学の自主性・自律性を損ない、大学の困難がいっそう増大する危険
改定前の第6条 研究者の自主性の尊重、大学の研究の特性に配慮を定めていた /まったく別物に変質
・法改正を検討したCSTI基本計画専門調査会制度課題WG
「日本再生戦略2016年」 企業から大学・国立研究機関への投資 2025年度までに2014年度の3倍の目標を検討し、「目標達成も難しい状況」とし、「大学・国研の共同研究機能等の外部化」を打ち出されたが、大学等とはかみ合わずとん挫
→ 大学の現状を無視し、科学的根拠のない目標を思い付きの手段で達成させようと法改正で押し付けるもの
(2)司令塔機能の強化
・内閣府に「科学技術・イノベーション推進事務局」を新設 各省庁の施策の統一のため、企画・立案・総合調整
(3)人文・社会科学をどう位置付けるか
従来、振興策から外れていた人文・社会科学 法改正で対象に
・日本学術会議は「勧告」(2010.8.25)など繰り返して対象にすることを求めてきた
基本法の「科学技術」を「科学・技術」と改定するとともに、振興策の対象とすることで「人文・社会科学を含む『科学・技術』全体についての長期的かつ総合的な政策確立の方針を明確にすること」
→ が、法改定は、科学・技術全体の長期的かつ総合的な振興を目的としたものとは言えず。
・ 経団連の提言(18.2.20)で「研究開発の成果を社会に普及させるには、人文系の素養も必要」としたことに応えたもの
「イノベーション創出」の手段化 / 人間と社会の在り方を批判的に省察する人文・社会科学の独自の役割の軽視
・人文社会科学の研究者は私学 本務教員の7割は私学、非常勤講師の8割、年収200万円以下の非常勤講師が69%
→ 人文・社会科学の研究・教育は、異常に高い学費と非正規雇用に支えられている現実/ この改善なくして持続的な発展はない
Ⅲ基本法改定の狙い
(1)財界の焦りと矛盾
・経団連 16年以降だけでもイノベーションにかかわる提言4回/ 回を重ねるごとに技術革新をめぐる国際競争の中で劣勢を強いられていることの焦りを強め、大学・国研への要求をエスカレート
→「第四次産業革命」で「明らかに『周回遅れ』」 、大学等の研究資金における民間企業からの投資の割合は、OECD平均の半分でとして「本格的な共同研究」にむけた対応を求めた。大学に企業の出向者と大学の研究者が連携する「出島組織」を設置して「組織」対「組織」の共同研究の推進を求めた。
・経団連の提言・・・「選択と集中」を否定/「政策レベルで認識される重要領域はすでに競争が激化しており、単なる重点化では諸外国と資金量で競り負ける可能性が高い」とし、「破壊的イノベーションは想定外の研究から生み出されるものであり、政策的に選択したものからは生まれにくい」
→矛盾/ソサイティ5.0の実現を目標とした「戦略的研究」と、破壊的イノベーションの創出が期待される「創発的研究」の2つの研究に注力すべき・・・「選択と集中」ほ否定し、「戦略と創発」への「選択と集中」を求める混乱ぶり
(2)安倍政権の破たんと混迷
・科学・技術政策を、「アベノミクス」に従属させる方向でさらに歪め、破たんと混迷を深めている。
開発投資拡大戦略 PRISM100億円、SIP500億円・・・・が、財務省が「本来民間が負担すべき範囲まで国が負担してないか」「大手企業でもっぱら活用されると考えられる技術開発について民間負担が十分でない」/トヨタの自動走行システムなど
・思うように成果があがらず、民間投資も3倍かには至ってない
(3)「研究力低下」対策としての民間投資増
・日本経団連 19年4月「提言」 「研究力低下」の要因の1つは、政府の科学技術予算が低調、と指摘
→ 政権としては、新たな財源を見いだせず、民間企業からの投資を当て込むために、地域ごとに国公私立大学にまたがった産官学連携をつくるための構想をつくることを提案。
→ 文科省「国立大学改革方針」(19年6月)を定め、各大学と「徹底した対話」を開始。7つの基本目標の2つが「イノベーションハブとしての国立大学」 /大学は、構想や取り組みについて資料の提出を求められている。
・「国立大学法人の戦略的経営実現にむけた検討会議」 「真の自律的経営」として、授業料自由化、定員自由化など議論
(4)公的資金削減の穴は民間資金ではうめられない。
・民間資金で埋めるやり方は、「学術の中心」としての大学の在り方を歪めるもの
① 日本学術会議など13か国の科学アカデミーと世界若手アカデミー 基礎研究への公的投資の拡充を求める共同声明を発表(20年5月28日)~ 共同声明では
「政府の主な関心事が完全雇用、公衆衛生、国家安全保障などであるのに対して、企業は本質的に株主への利益還元に重点を置いている。企業や慈善団体による基礎研究への資金提供は貴重であり、新しい知見を培うこの重要性を裏付けるものであるが、その動機は政府とは異なっており、基礎研究への公的資金に代わる安定した財源ではない」
→ 共同声明は、基礎研究が必要な理由として「画期的なブレイクスルーへと結実するのが、えてして真理探究型で直接的な応用を志向しない研究の結果であることは、科学のパラドックス(逆説)である。自然界や我々自身に対する理解を深めることが、現実の課題の解決に必要な斬新な発見を可能にする」と指摘し、「最も重要なこととして、基礎研究への長期的な公的資金を回復し、維持する」ことを提言。
→ 安倍政権の政策は「科学のパラドックス」を無視した非科学的なもの /やるべきは「イノベーションの創出」にやっきになることでなく、運営費交付金の回復など、基礎研究を振興させること。
②研究への投資がふえない問題は、企業の側にこそある
・ 日本初の研究成果が海外企業の手で実用化される例がたくさんある
~2015年ノーベル医学生理学賞の大村智・北里大教授の発見をもとに抗寄生虫薬「イベルメクチン」を米国企業開発
・日本の研究成果は、日本より海外で活用されている
日本の技術(特許)は、科学的成果(論文)を引用している割合は9位と低い。/一方、世界で特許に引用されている日本の論文数は、2位 (文科省 「科学研究のベンチマーク2019」)
科学技術・学術政策研究所 伊神正貫所長「日本企業は新しい知識を受け入れる能力が低い可能性もある」(毎日新聞「誰が科学を殺すのか」)
→ 目先の利益優先の視野の狭さ /博士号取得者の採用が、諸外国より低い
Ⅳ 「選択と集中」路線の是正こそ急務 ・・・
(1)「研究力低下」という深刻な状況の克服
① 科学技術振興機構研究開発戦略センター(CRDS) 「我が国の研究費制度に関する基礎的・俯瞰的検討にむけて」中間報告(2014年11月) ・・・・ 2338人の研究者のアンケート、大学・国研の経営陣等のヒアリング
同報告は、交付金など経営的経費が継続的に削減される中で、1部の有力な研究者は大型の競争的資金を獲得する一方、地方国立大学では、資金獲得が低迷し、経営的経費削減が大学の経営と研究現場を直撃、教員一人あたりの基礎的経費配分額が年間11万円になるなど、最低限必要な研究費の確保が困難になっている、と指摘
基礎的経費の削減によって過度の「選択と集中」がすすんでいること、短期的成果主義の助長、人材育成・研究インフラ整備への悪影響などの研究資金・体制の不安定化、競争的資金関連の業務と獲得した競争的資金制度に関わる業務の負担が増大して、研究時間が圧迫され、結果として国全体の論文生産性が低下していることを明らかにしている。
→解決の手段として「政府が再び基礎的経費の増額へ舵を切り、その額を適切な水準まで戻すことが有効ではないか」とし、回復の見通しは「非常に厳しい」と結論づけている。
② 法人化をすすめた当事者から告発
・運営交付金の削減は約束違反 遠山敦子・元文科大臣 「毎日」2018/8/2
・「法人化は失敗だった」「運営費交付金は減らさない約束だった」 有馬朗人・元文科大臣 日経ビジネス20/5/21
*財源は・・・破たんが明白なSIP、PRISMの廃止 500億円、大企業の研究開発減税廃止6000奥苑
(2)若者を引き付ける研究環境の構築
・第五次基本計画 8つの目標値のトップ 40歳未満の大学本務教員数 1割増
→ 4万3763人 ⇒ 4万3153人に減
・修士から博士課程への進学率 00年16.8% ⇒ 18年9.3% に減少
・国立大 40歳未満の教員のうち、任期付雇用 07年38.8% ⇒ 16年62.9% と激増
・国立最大規模の理化化学研究所 8割超え。しかも雇用上限を設定し、無期雇用転換逃れ
→ 21年度末 数百人、23年度末 千数役人の雇止め /優秀な研究者の国外流出
・魅力ある研究開発環境の整備 米国のテニュア制を模倣
米国 若手研究者を任期付きで雇用し、その間の業績を評価し、任期を付さない終身職とする制度
日本 任期付きで雇用し、任期終了後は雇止め ・・・ 高学歴難民など、魅力のない職業に
(3)大学人の共同を
・一致点を見出す努力
国立大運営費交付金、私学助成の抜本的増額により、経営安定、研究者の安定した雇用を増やし、国際人権規約の高等教育無償化条項にもとづき学費を下げることをパッケージにした運動
~「約束違反の交付金削減。「必要な運営費交付金等を措置するよう努める」の付帯決議、「私立大学への国庫補助をできるだけ速やかに2文の1とする、との「私立学校振興助成法」の付帯決議 75年7月」 この2つの決議違反
・研究現場で起きている問題を行政と国会に届けること /声明、SNSによる「慎重審議」もとめる声を拡散させ、法改正にあたって参考人招致を実現
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