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反緊縮とMMTは異質・別物

 リーマンショック後の財政出動について、EUが、財政の「健全化」を目標にし、緊縮政策を、イタリア、スペインなどに強要し、それへの各国への怒りが噴出した。それが「反緊縮」の旗印へと発展していった。

 その後、アメリカのサンダース候補の顧問をしていた人物が、紙幣発行権を持つ国は、いくら赤字国債を発行しても問題はない、その証拠は日本だ、とかいうMMT「理論」をかかげ、ブームになっている(サンダース氏は、財源は、大企業富裕層への課税強化、というまっとうな主張をしている)

 日本でも、ある野党が、MMTを主張しており、それについては先にコメントをアップしたが、もう少し突っ込んでみた。

 EUの「反緊縮」

 EUは、通貨はユーロで統一しているが、経済財政政策は、基本各国にゆだねられている。古典的な経済理論では、もしある国が貿易赤字になれば、その国の通貨の価値が下落し、輸入品は値上がり、輸出品は値下がりし、赤字解消のベクトルが働く。が、EUは、単一通貨のため、その作用が働かない(実際は、単一通貨のために、競争力の高いドイツにユーロ特権をもたらし、競争力の弱い南欧諸国などが損をかぶった)。

よって、通貨のレートの変動による貿易赤字解消の手立てがないために、政府の財政赤字については厳格な規定をもうけている。それが極端な「緊縮」に走った要因である。

それに対する反撃は、EU崩壊も辞さずというメッセージでもあった。

これは、EUという制度矛盾の結果である。

 ■アメリカでの「反緊縮」運動

 「99%」のスローガンに象徴されるように、アメリカは巨大な格差と貧困の広がりが最大の問題である。庶民、国民に使う財政を「緊縮するな、拡大しろ」「財源は富裕層に」というのが、その中心テーマであり、サンダース氏の主張も、そこにあると思っている。

 しかし、サンダース氏は、善戦はするものの民主党の大統領候補になるには、まだ壁がある。その「ゆきづまり」の中で、大企業・富裕層^の社会的責任を問わずに、「新たな社会をつくれるぞ」と逃げ込んだのがMMT「理論」と、私は思っている。

 MMTの「物神性」

 MMT論は通貨発行権を持つ国は、いくら国債を発行しても中央銀行が引き受ければ破綻することはない。ということが要である。

  マルクスは、貨幣の秘密をあきらかにした。それは無数の商品交換の中で、すべての商品の価値を表現できる(腐らない、分割できるなど)特別の商品が貨幣になった。それが「金」であると・・ そして、それ価値を表証券として紙幣が誕生した。

 現代は、この貨幣論を土台にしながらも、現在は金との通貨の交換はない。政治的・経済的・軍事的影響を考慮した、各国通貨の市場取引で値がきまっている。 が、特にバブルなど実態と離れる局面はあっても、最後は、「土台」部分が、基底的役割をはたしている、と認識している。

  マルクスは、商品交換において、それぞれの生産かにかかわる労働時間の違いが、価格の違いとして、人と人との関係の在り方をしめしているものが「お金があれば「なんでも買える」という倒錯した姿であらわれることを、商品の「物神性」として批判した。

 

  日本の1000兆の長期債務。それでもすぐには破綻しないのは、自国の民間の金融資産1500兆円が担保している、とみられているからと思う(ただし、民間金融金貨などの国債保有がへり、日銀の400兆円台の国債を持っているのは異常。民間資金で担保されてない)。「実際は担保されてないじゃん」と判断されたら、それまでだが・・・機関投資家もバカではない、一定の範囲で説明が「なりたつ」なら、その中で、利益追求をする。

  そうした構造があるから、まだ耐えている。また、一定の段階でブレーキを踏むとの「信頼」が、安定をもたらしている。

これを日銀の国債引き受けがさらに増大させ、だれの目から見ても財政ファイナンスとなれば、今のままでいられるか、どうか?

 国内の民間金融資産はるかに超えて、国債発行で、政府支出につかわれたらどうなるか。

たとえば、いま三倍の貨幣を発行し、政府予算が、額面上三倍になったら、国外が原料輸入は、以前の価格で購入できるだろうか。当然、円の価値は、1/3と見なされ、価格は三倍化する。

  当面はしのげても、最後は、価値法則、あくまでも現物経済が規定するのではないか表面的な現象に拘泥し、「本質」に目が向かない点で、物神性との重なりを感じる。

 ■真の「反緊縮」

 マルクスは、 「現場での搾取の条件とこの搾取の実現の条件とは違う」「資本にとって、労働者は、商品の『買い手』と労働力の『売り手』の二つの顔がある」として、搾取が実現には、拡大する生産と制限された消費との矛盾があること。この矛盾解決・緩和には、労働者には、生活費などの労働商品の生産費しかわたされず、それを超える価値が資本が独占するという構造の転換または社会的規制がにあること述べている。

  19世紀、工場法を設立したイギリスは、労働時間の制限し、少し豊かになった労働者の生活・消費をバネにさらに発展した。これをみても、 富の偏在をうみだす構造の規制こそが「反緊縮」の本質である。

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