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気候正義と資本主義 ~ マルクスの視点から(メモ)

 新型コロナ禍のひろがりのもとで、豪雨による各地の被害の続出。新たな感性症のひろがり、気候危機、ともに、マスクスの指摘した「人間と自然との物質代謝」の「攪乱」を根っこにもつ。

「気候正義と資本主義」 牧野広義・阪南大学名誉教授 経済2020.07 からのメモ

後半は、以前整理したメモの一部「環境問題について  マルクス、エンゲルスの本来的な立場」

【気候正義と資本主義 牧野広義 経済2020.07

 

  1. 気候正義とは ・・・ 環境正義から考える

「気候正義」はバリ協定でも採用。が、日本ではまた定着してない。そもそも論から・・

 

(1)環境正義について

・アメリカ 19世紀末から自然保護運動が盛んに /「ナショナル・パーク」による森林保護などの成果をあげた

→ が、白人中心の豊かな人々の運動

・20世紀後半。工場からの有害廃棄物、大気汚染、水質汚染が各地で発生/主に有色人種の貧しい人々、先住民の中で、がん多発などの健康被害が発生

→ 既存の自然保護運動は、この問題にとりあわず

・これに対し「草の根環境運動」として「環境正義」を求める運動が起こる

・社会運動で「正義」が使用されるようになったのは、ジョン・ロールズ「正義論」(1971)の影響

*ロールズ  公民権運動、女性解放運動を背景に「公正としての正義」を主張 /「正義」とは、社会的基本剤の「分配の正義」であり、その原理は、すべての人の平等な「自由」、「公正な機会の平等」をともに、そこから生まれてくる格差に「最も恵まれない者の利益」を保障するというもの。誰もが合意できる原理、と主張/ 「自由」とともに「平等・友愛」を実現しようとするもので、現代のリベラリズムの代表的な理論/ 「正義」は「公正」「公平」と密接な慣例をもつもの。

 ・「環境正義」・・・富裕な人々が環境を破壊する原因をつくり、社会的弱者に環境破壊の被害が集中する「環境不正義」をただす思想と運動/ アメリカ全土にひろがり、94年「環境正義」に関する大統領令が出され、「環境正義事務所」を設置

~「環境正義」の定義 「環境に関する法律、規制、政策の進展、実践、強化に関して、人種、肌の色、民族的出自あるいは所得のいかんにかかわらず、全ての国民が公正な取り扱いと有意義な参加」

・その後、国際的な広がりを見せ、アメリカでも既存の自然保護運動も都の組むように変化。

 

(2)気候正義とは

・気候変動が進行すれば、環境難民(砂漠化、火災、水没など)がいっそう増加する。あきらかな「環境不正義」であり「気候不正義」がある /さらに、現在世代の中ですでに多くの被害を生じているだけでなく、その被害は未来世代がいっそう深刻⇔これは、現在世代と未来世代の間での「環境不正義」であり「気候不正義」

→・環境倫理学でいう、現在世代と未来世代との「世代間公平」、現在世代の先進国と途上国のような「世代内の公平」がともに問われている

 

 .マルクスの視点から気候正義を考える

 「気候正義」をめぐる重大な対立を、重要な視点・・・世界の国々が資本主義の矛盾を抱えているということ

 (1)人間と自然との物質代謝の攪乱

・マルクス「資本論」第一巻 資本主義社会の矛盾を

資本の側の「富の蓄積」と労働者の側で「貧困の蓄積」という富と貧困の増大としてとらえただけではない/資本主義的生産は、自然を破壊するという矛盾を含んでいることをとらえた。この両者の矛盾が重なり合っている

 ・マルクス 富の源泉…人間の労働と自然にある /労働は「人間と自然との物質代謝」、つまり物質の接種・消費・廃棄を「自分自身の行為によって媒介し、規制し、制御する一過程」③310 

→ 人間の活動は、目的意識的に行うが、あくまで自然の必然性に従うものである 「人間はその生産において自然と同じようにふるまうことができるだけである。すなわち、素材の形態を変えることができるだけである。それだけではない。形態を変えるこの労働そのものにおいても、人間は絶えず自然力に支えられている。・・・ウィリアム・ベティが言ったように、労働は物質的な富の父であり、土地はその母である」①80 

/したがって「労働の生産力」は、労働の熟練や生産過程の社会的結合に規定されるだけではなく、「自然的諸関係」によっても規定される。それは豊作・凶作を左右する気象条件や鉱山の豊かさなどである ①74 

/そして何よりも「大地は、人間の根源的な食糧倉庫であると同様に、人間の労働手段の根源的な貯蔵庫である」②312 ⇔ こうして、人間にとって自然は「根源的なもの」

 ・資本主義的生産は、「人間と自然の物質代謝」を攪乱する

・まず資本主義的農業であらわれる 「資本主義的生産は、人間と土地との間の物質代謝を、すなわち、人間により食料および衣料の形態で消費された土地成分の土地への回帰を、したがって持続的な土地豊度の永久の自然条件を、攪乱する」③881 /それは、「土地から略奪する技術における進歩であり、一定期間にわたって土地の豊度を増大させるためのあらゆる進歩は、同時にこの豊度の持続的源泉を破壊するための進歩である」③881

 ・資本は、その「母国」である温帯地帯で「自然の多様性」を支配し、利潤の拡大をすすめるが、/さらに熱帯地域にも乗り出して「自然の恵み」である「土地の絶対的な豊かさ」を支配する。

⇔ 「資本の生産力」の増大のためには、地球上の労働も自然的条件も利用される。「歴史的に発展した社会的労働の生産力と同じように、自然に条件づけられた労働の生産力も、労働が合体される資本の生産力として現れる」③898

 ・資本主義的生産様式は、人間の社会的労働と自然の豊かさを支配するとともに、それを破壊する 「紙片主義的生産は、すべての富の源泉すなわち土地及び労働力を同時に破壊することによってのみ社会的生産過程の技術、結合を発展させる」③381  ⇔ このように「人間と自然の物質代謝」の攪乱は、「資本の生産力むによって引き起こされる。

 

(2) 資本主義に対する社会的規制

・マルクスは、資本家が、長時間労働による労働者の生命や健康破壊、人口減少の危険性をも冷酷に無視する言葉として「大洪水よ、わが亡きあとに来たれ」の言葉をあげている②471。/それは自然破壊についてもそのままあてはまる。

・つづけてマルクスは「資本は、社会によって強制されなければ、労働者の健康と生命の持続に対して、なんの考慮もはらわない」 ⇔ これも資本による自然破壊にあてはまる。

 ・が、「人間と自然との物質代謝」の「攪乱」は、生産力そのものの破壊であり、資本主義社会でも、その規制が求められる

→ 「資本主義生産は同時に、あの物質代謝の単に自然発生的に生じた状態を破壊することを通じて、その物質代謝を、社会的生産を規制する法則として、また十分な人間的発達に適した形態において、体系的に再建することを強制する」③381

 ・「資本論」は、社会的に規制するたたかい=「工場法」を、立憲主義の源泉となったマグナカルタに例えて強調

→ 労働時間を制限し、自由時間を獲得/健康の回復、教養形成だけでなく、社会的活動、政治的活動にも活用。また、資本に支配されない「協同組合労働」も重視した。

 →このたたかいは、環境保護運動にも参考に /国家の法律や国際的な協定などにより、資本を規制し、また様々な協同組織(アソシエーション)の活動によって、「人間と自然との物質代謝」の「攪乱」を阻止し、その再建を求める運動して理解できる

 

*マルクスは「物質代謝の攪乱」の議論を、農芸化学者リービッヒから学んだ。近代農業の否定的側面の解明を「リービッヒの不滅の功績の1つ」と評価 /その後、リービッヒの批判者フラースの本を読み、エンゲルスへの手紙で「フラースの『時間における気候と植物界、両者の歴史』は、非常におもしろい。というのは、歴史的な時間の中で、気候も植物も変化するということの論証になっているからだ」。さらにフラースの「耕作の最初の作用は有益だが、結局は森林伐採などによって荒廃させる」

という主張に注目し「彼の結論は、耕作はもしそれが自然発生的に進んで、意識的に制御されないならば(この意識的制御にはもちろん彼はブルジョアとして思い至らないのだが)--荒廃をあとに残すということだ。ペルシアやメソポタミアなど。そしてギリシアのように。したがってまたやはり無意識的に社会主義的傾向だ!」と述べている

 ~マルクスは、耕作と森林破壊などが、気候と植物の関係に重大な影響を与え、それが土地の荒廃を引き起こすことに注目している。そして「耕作の意識的制御」=人間と自然との物質代謝との合理的制御の必要性を論じている

→ エンゲルスは、マルクスの指摘をうけ、後に「サルが人間になるにあたっての労働の役割」の中で、人間の自然支配に対して「自然はわれわれに復讐する」と警告した。

 ・今日の気候危機…環境破壊の起こる仕組みとその解決方向は、マルクスの指摘したとおり

  

.気候正義の実現のために

1)京都議定書からパリ協定へ

2)気候正義のための理論と実践

・各国の利害の対立。削減目標の「公平」「不公平」が論じられる状況

→明日香壽川氏 「日本の場合、原発神話と同様に、日本政府と産業界とメデイアが作った不公平神話を国民が受け入れてしまった」。政府と産業界は「日本は温暖化対策で優等生」「京都議定書がアンフェア」「中国と米国が悪くて日本は悪くない」、メディアは懐疑論者らも登場させ、「不公平神話」に加担した

 ・数値目標の「公平性」に関する議論  「共通だが差異ある責任」の原則にもとづき、目標達成のための削減の全体量から 

 「一人当たりの排出量」(平等)、「歴史的に蓄積された排出量」(責任)、「一人当たりの国内総生産」(能力)などにもとづき、各国の削減率を提示。また各規準の中央値も提示。

→ この基準にもとづき、各国が削減目標を明示し、国際的に評価しながら、「排出実質ゼロ」を実現することが必要

 ・大事なことは「公平性」の個々の基準にこだわったり、「不公平神話」による否定的態度をとったりすることではなく、「気候正義」の実現をはかること ⇔ 気候危機に表れている現在および未来に対する「不正義」をただすこと/とりわけ先進国と新興国は「気候正義」を優先することが必要

・環境先進国 自然エネの普及、エネルギーデモクラシー  →これらの広がりが「パリ協定」への力に

・市民主導のエネルギー転換は、エネルギーの生産手段の所有形態を変革すること

 和田武「市民主導の再生エネの普及は、大企業や電力会社の独占的生産による利益の吸い上げでなく、広範な主体の生産参加による地域への利益還元が生じ、そのような生産を通じて社会内の協力や協同を発展させ、真に民主的な社会を構築していくうえでも重要な役割を果たす」

 

 *「気候正義」の実現は、民主的な社会の構築に結び付く  

→ 温室ガスの大幅削減をすすめているEU、特に北欧  「社会的市場経済」を掲げ、労働時間の短さ、手厚い社会保障制度、経済成長でも一定の成果 / 環境優先の経済に転換できない日本、国内産業の低迷、人件費抑制・国内需要の低迷が続いている

→  「気候正義」の実現のためにも「ルールある経済社会」の実現が求められている

 

 

【 環境問題について  マルクス、エンゲルスの本来的な立場  】

1 マルクスへの誤解

 未来社会への物質的土台を「生産力の発展」ととらえることから「生産第一主義」としてマルクス主義(科学的社会主義)を19世紀の思想ととらえる。

旧ソ連の環境破壊、チェルノブイリ事故など。

この点でも日本共産党綱領が「ソ連は社会主義でなかった」と評価したことは、環境問題と科学的社会主義の本来の立場をあきらかにする理論的土台となっている。

 

  1. マルクス、エンゲルスは自然と人間の関係をどうとらえたか。
    ・エンゲルスがよくつかう「自然の支配」からくる誤解。
     「人間は、自分自身の社会化の主人となるから、またそうなることによって、はじめて自然の意識的な真実の主人となる」(『反デューリング論』)「人間は自分がおこす変化によって自然を自分の目的に奉仕させ、自然を支配する。そしてこれが人間を人間以外の動物から分かつ最後の本質的な区別であって、この区別を生みだすものはまたもや労働なのである」(『自然の弁証法』)。  → 人間が自然を支配という傲慢な思想か?

 

  • そもそも科学的社会主義では

「生産」とは→ 物質的財貨の生産だけでなく、人間の生活や生存そのものを再生産のこと『経済学・哲学手稿』

             自然に働きかけ日々の生活と種の保存の条件を生み出すことが生産

「自然と人間の関係」→ 「人間は直接に自然物である」『ドイツ・イデオロギー』として

(1)人間は自然の一部で、自然に制約されている
(2)人間はただ自然のなすがままの存在じゃなくてそれに積極的に働きかける
(3)自分が生存をつづけていけるようなかたちで自然とむきあう。

   

つまり、自分が自然の一部だということは、自然を破壊すれば自分が生きていけなくなるという認識に当然なる。

自分が生きていくために自然から富をとりだすやり方も、人間自体の生きる条件を破壊すのであれば、その仕方を工夫するのが人間であるととらえた。→ 人間と自然を対立するものとの思想はマルクスにはない。

・「自然の支配」とは、自然の法則にそった生産のあり方のこと。

「しかしわれわれは、われわれ人間が自然にたいしてかちえた勝利にあまり得意になりすぎることはやめよう。そうした勝利のたびごとに、自然はわれわれに復讐する。なるほど、どの勝利もはじめはわれわれの予期したとおりの結果をもたらしはする。しかし二次的、三次的には、それはまったく違った、予想もしなかった作用を生じ、それらは往々にして最初の結果そのものをも帳消しにしてしまうことさえもある。メソポタミア、ギリシア、小アジアその他の国々で耕地を得るために森林を根こそぎ引き抜いてしまった人々は、そうすることで水分の集中し貯えられる場所をも森林といっしょにそこから奪いさることによって、それらの国々の今日の荒廃の土台を自分たちが築いていたのだとは夢想もしなかった。アルプス地方のイタリア人たちは、北側の山腹ではあれほどたいせつに保護されていたモミの森林を南側の山腹で伐りつくしてしまったとき、それによって自分たちの地域でのアルペン牧牛業を根だやしにしてしまったことには気づかなかった。またそれによって一年の大半をつうじて自分たちの山の泉が涸れ、雨期にはそれだけ猛威をました洪水が平地に氾濫するようになろうとは、なおさら気がつかなかった。ヨーロッパにジャガイモをひろめた人々は、この澱粉質の塊茎と同時に腺病をも自分たちがひろめているのだとは知らなかった。こうしてわれわれは、一歩すすむたびごとに次のことを思いしらされるのである。すなわち、われわれが自然を支配するのは、ある征服者がよそのある民族を支配するとか、なにか自然の外にあるものが自然を支配するといったぐあいに支配するのではなく、――そうではなく、われわれは肉と血と脳髄ごとことごとく自然のものである、自然のただなかにあるのだということ、そして自然にたいするわれわれの支配はすべて、他のあらゆる被造物にもましてわれわれが自然の法則を認識し、それらの法則を正しく適用しうるという点にあるのだと、ということである」(エンゲルス『自然の弁証法』より「猿が人間化するにあたっての労働の役割」)

3.マルクスにおける「物質代謝」の概念

・「労働は、まず第一に人間と自然とのあいだの一過程である。この過程で人間は自分と自然との物質代謝を自分自身の行為によって媒介し、規制し、制御するのである」(マルクス『資本論』5章「労働過程と価値増殖過程」)

・物質代謝・・・生産から消費、廃棄というプロセス全体を視野にいれていた。

地球規模での環境破壊が問題になっていない時代にもかかわらず、今日に通じる先駆的視点。

リサイクル問題も視野に入った理論

 「資本主義的生産は、それによって大中心地に集積される都市人口がますます優勢になるにつれて、一方では社会の歴史的動力を集積するが、他方では人間と土地とのあいだの物質代謝を攪乱する。すなわち、人間が食料や衣料の形で消費する土壌成分が土地に帰ることを、つまり土地の豊穣性の持続の永久的自然条件を、攪乱する。」
「資本主義的農業のどんな進歩も、ただ労働者から略奪するための技術の進歩であるだけではなく、同時に土地から略奪するための技術の進歩でもあり、一定期間の土地の豊度を高めるためのどんな進歩も、同時にこの豊度の不断の源泉を破壊することの進歩である」(マルクス『資本論』13章10節「大工場と農業」)

 

→ 土地、自然を破壊す資本主義の本性への批判

 例)ハンバーガーの肉を生産するために、グァテマラやホンジュラスの熱帯雨林を伐採して牧場をつくる。そのため 

には、ハンバーガー1個で、森林5~15平米が破壊される(地球危機管理委員会編『地球が危ない!』)。

「資本主義的生産は、ただ同時にいっさいの富の源泉を、土地をも労働者をも破壊することによってのみ、社会的生産過程の技術と結合とを発展させる」とのべ、その原因を資本の本性に見い出し、「同時にそれ(資本主義的生産)は、かの物質代謝のたんに自然発生的に生じた状態を破壊することによって、それを、社会的生産の規制的法則として、また人間の十分な発展に適合する形態で、体系的に再建することを強制する」(マルクス『資本論』 〃 )

 

「社会化された人間,結合された生産者たちが,盲目的な力によるように自分たちと自然との物質代謝によって支配されるのをやめて,この物質代謝を合理的に規制し,自分たちの共同的統制のもとに置くということ,つまり最小の力の消費によって,自分たちの人間の本性に最もふさわしく最も適合した条件のもとでこの物質代謝を行うということである」(マルクス『資本論』)

→ 物質代謝の合理的規制と共同管理による解決をめざす未来社会論がある。

4.未来に責任を負う立場 

・「生産力」概念の豊かさをつかむ。 

「人間と自然とのあいだの物質代謝を人間が媒介し、規制し制御する能力」であり、それは「人間の生存条件の再生産を可能ならしめるもの」として、「人間による諸法則の認識と意識的活用にもとづく自由の獲得に支えられるもの」。


・人類史的な展望と社会の変革  
「われわれは日ごとに自然の法則をいっそう正しく理解し、自然の昔ながらの歩みにわれわれが干渉することから起こる直接間接の影響を認識してゆくことをまなびつつある。ことに今世紀(19世紀)にはいって自然科学が長足の進歩をとげてからというもの、われわれはしだいに、すくなくともわれわれの日常的な生産行動については、その比較的遠い自然的影響をも知ってこれを支配することを学びとりうる立場になってきている。」「これまでのすべての生産様式は、労働のごく目さきの最も直接的な有用効果を達成することしか眼中におかなかった。それからさきの、もっと後になってはじめて現われ、漸次繰りかえされ累積されることによって効果を生ずるような労働の諸結果は、まったく等閑視されていた」
「このような規制を実現するためには、たんなる認識以上のものが必要である。そのためには、われわれのこれまでの生産様式と、またそれとともにわれわれの今日の社会秩序の全体を完全に変革することが必要である」

(エンゲルス『自然の弁証法』)

 

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