日米安保の今後~「宗主国なき属国」という最悪の形態か、東アジア共同体の構築か
思想家、内田樹氏の論考。
揺らぎつつある日米同盟が、もともと、アメリカの自己都合によって作られたシステム。小泉政権以降、アメリカに全面協力することで政治大国化し、対等の地域をかちとる「のれん分け政策」をとるすが、国際的信用を返って失い無残に失敗。のこったのは「永続属国体制」の確立。属国内部で出世して、個人的な利益をはかるという方向に目標を下方修正した帰結が安倍政権。もしアメリカがアジアから撤退しても属国マインドだけが残る。大国にすり寄る形態から抜け出すのに、民主主義を価値を認め、直系家族制という文化基盤を同じくする日本と韓国と台湾と香港の四つ地域で、共同体をつくり、「中立地帯」とすることで「日米安保見直し」は理論的に可能と語る。歴史、文化、思想面からのアプローチには、いつも学ばされる。(本文中の下線はメモ者)
【日米安保、「宗主国なき属国」という最悪の形態<内田樹氏> 月刊日本 2019.12.23】
◆揺らぎつつある日米同盟。日米安保条約の正体
日米安保条約改定から60年を迎えようとしている今、日米同盟が大きく揺らぎつつある。 アメリカのトランプ大統領は以前から在日米軍の撤退をちらつかせるなど、日米安保を軽視する姿勢を見せてきた。最近では駐留経費の負担を増やすように要求してきている。「「米軍に駐留してほしければもっとカネを出せ」という態度は、とても同盟国のものとは思えない。 『月刊日本 2020年1月号』では、揺らぎつつあるニチベイ安保について、「日米安保条約の正体」と題した特集を組んでいる。今回はその中から、思想家、内田樹氏の論考を転載・紹介したい。
◆アメリカの自己都合によって作られたシステム
―― 2020年で日米安保条約改定から60年になります。アメリカから日米同盟を軽視するような発言が聞こえるいま、改めて日米安保のありかたを考える必要があると思います。
・内田樹氏(以下、内田):日米安保条約について議論する際には、個々の条文を取り上げて、その適否や有効性を議論してもあまり意味がないと思います。それよりは、どうしてこのような条約が締結され、今に継続するに至ったのか、その歴史的な文脈を見ないと日米安保の本質は見えてきません。
当時の経緯を振り返ると、第二次世界大戦終結後、日本の占領政策を決定する極東委員会は、天皇制の廃止を検討していました。アメリカ国内での世論調査でも昭和天皇を裁判にかけて刑に処すべきだという意見が7割に達していました。しかし、マッカーサーの現場感覚では、ここで天皇を法廷に引き出し、天皇制の存否の議論を始めると、日本統治が難しくなることが分かっていた。すでに東西冷戦が始まっており、朝鮮半島情勢も不安定でしたからアメリカには日本の治安維持のために何万もの軍人や行政官を送り込む余裕はありません。
とはいえ、「アメリカの抱え込む統治コストを削減するために天皇制を維持する」という理屈では国際社会を説得できない。そこで、仮に天皇制を残しても、日本が今後国際社会にとって脅威になる可能性が一切ないことを示すために、戦力も交戦権も持たない国にしたのです。これが憲法9条2項の意味です。天皇制存続と戦争放棄はバーターされていた。
しかし、直近まで東アジア最大の軍事国家であった日本の軍事力が突然ゼロになってしまうと、地政学的な不安定が生じる。なにより日本列島の防衛が不可能になる。ソ連は直前まで北海道に領土的野心を示していましたから、領土喪失のリスクは確かにあった。そこで、日本政府の要請に応えて米軍が駐留するというかたちで米軍駐留を正当化する日米安保条約が成立した。日米安保条約は天皇制維持・9条2項と三点でセットのものです。アメリカのこの時点での国益を最大化するために選択された一種の「不平等条約」です。
アメリカの国益最大化のための条約ですから、日本に米軍を駐留することのコストとベネフィットを按配して、損が多いと判断すれば、米軍は日本から引き上げるでしょう。トランプは「米軍に駐留してほしかったらもっと金を出せ」と言っています。それは今のアメリカは日本に米軍を駐留させる特段の必然性はないという考え方に多くのアメリカ市民が同意しているということを示しています。 そもそも現代は人間ではなくAIが戦争の中心ですから、沖縄の海兵隊のような原始的な兵科の有用性は減じている。
日本国内の日米同盟基軸論者たちも、内心ではアメリカが日本を見捨てるリスクを考え始めていると思います。だからこそ彼らはアメリカにとっての日本の軍事的有用性を必死にアピールしようとしている。特定秘密保護法案や安保法制はどちらも「米軍が日本列島でより活動しやすくする」ための出血サービスです。
◆日本人がベトナム戦争に感じた「やましさ」
―― 最近ではアメリカから「駐留経費をもっと出せ」などと言われても、安保批判や安保見直しの声があがることはほとんどありません。しかし、60年安保や70年安保の際には日本でも激しい安保闘争が繰り広げられていました。
・内田:60年安保の時には、ふたたび日本人が今度は米軍の「二軍」として戦場に送られるのではないかという直接的な恐怖がありました。戦争が終わってからわずか15年ですから、「もう二度と戦争はしたくない」、「アメリカの戦争に巻き込まれるのはごめんだ」という厭戦気分は市民の間に非常に強かった。だからこそ、あれほど多くの人たちがデモに参加したのだと思います。ふだんは政治にかかわりをもたない町の蕎麦屋や魚屋までが「本日休業」の張り紙をして、デモに行った。あれほど多くの市民が参加した政治闘争は、日本近代史上では、後にも先にも60年安保が唯一のものでしょう。
逆に、70年安保闘争時点では、市民の間に「戦場に送られる恐怖」はもうほとんど感じられませんでした。あれは、本質的にはベトナム反戦闘争だったと思います。僕もリアルタイムで70年安保闘争の現場にいたので記憶していますが、運動の駆動力になっていたのは「やましさ」でした。日本は米軍の後方支援基地として戦争に加担し、戦争特需によって大きな利益を得ていました。いわばアジア人民の膏血を絞って経済的利得を手にしていたのです。 一方、ベトナムは最新鋭の武器を持つ世界最強国を相手に本土決戦を行い、アメリカを打ち負かしました。このことも日本人に深い「恥の感覚」をもたらしたと思います。大日本帝国はベトナムよりはるかに強大な軍事力を持ち、数百万人の兵士を擁して、「本土決戦」をむなしく呼号しながら、アメリカに屈服した。それに比べて、日本よりもはるかに国力で劣るベトナムが、日本が戦った当時よりもさらに強大になった米軍に対して一歩も引かず戦い抜いている。そのことにもいても立ってもいられないほどの恥かしさを感じていた。
◆「永続属国体制」の確立
―― なぜ当時のような安保反対の声がなくなってしまったのでしょうか。
・内田:変わったのは小泉政権以降だと思います。小泉政権はアメリカに対して「のれん分け戦略」をとっていました。対米従属を通じての対米自立という自民党の伝統的な対米戦略ですが、小泉政権はそれをさらに徹底させ、誤った政策を含めて、アメリカの全政策を支持するという極端な対米従属を実施した。そうすることによって、アメリカからイーブンパートナーとして信頼され、「これからはお前も独立して、自分の店の主となって、あとは自分の才覚で商いをしなさい」という許諾をいただくというのが「のれん分け戦略」です。
当時のアメリカ大統領はジョージ・W・ブッシュ、アメリカ史上最も無能な大統領の一人でした。彼は国際社会では評価されず、国内でも支持率が低かったにもかかわらず、小泉首相はその政策のすべてを支持するという荒業により、かつてないほど親密な日米関係を築きました。そして、その信頼関係をベースにして、アメリカと「五分の盃」に持ち込んで、事実上の対米自立を果たすことができるのではないか・・・と考えて、2005年に日本は国連安全保障理事会の常任理事国へ名乗りを上げます。安保理でアメリカと机を並べ、国際社会をリードすることでアメリカからも一目置かれる存在になることを夢見たのです。
でも、結果は惨憺たるものでした。アジアで日本の安保理入りを支持してくれたのは、ブータンとモルディブ、アフガニスタンの3か国だけだったのです。国際社会は日本が常任理事国入りしてもアメリカの票が一票増えるだけだと考えた。アメリカに完全従属することで日本はたしかにアメリカの信頼を獲得したわけですけれど、それとトレードオフで国際社会からの信頼を失った。こうして、政治大国化することで対米自立を果たすという「のれん分け戦略」は無残な失敗に終わりました。この時点でもう日本には対米自立のためのカードがなくなったのです。
その後、2009年に鳩山政権が誕生して、沖縄米軍の基地の県外・国外移転を求めたとたんに、日本の日米同盟基軸論者たちが襲い掛かって、彼を政権の座からひきずり下ろしました。これは別にアメリカが主導したものではないと思います。日本の「対米従属マシーン」が発動したのです。外務省や防衛省、さらには検察までをフル動員し、鳩山・小沢という対米自立論者の政治生命を奪おうとした。
この時点で、日本のエスタブリッシュメントはもう対米自立という国家目標を放棄したのだと僕は思います。もう永遠にアメリカの属国として生きていくという覚悟を固めた。その永続属国体制を前提に、属国内部で出世して、個人的な利益をはかるという方向に目標を下方修正した。
その帰結が現在の安倍政権とそれを取り囲む縁故政治受益者たちの群れです。彼らにはもうアメリカから独立して、国家主権を回復するような壮図はありません。属国体制を永続させ、その中でどれだけ自分が「いい思い」をできるか、それだけを考えている。
さらに深刻なのは、「もう属国のままでいい」というこの堕落した指導者たちを日本の有権者が支持しているということです。有権者たち自身がすでに属国民マインドを深く内面化してしまった。内閣支持の理由の第一は「安倍さんしかいないから」というものですが、それは「ホワイトハウスが安倍政権を信認しているから」という意味です。日本の統治者の最優先の資格は「宗主国の王様に属国の代官として認証されていること」だと有権者自身が信じているのです。
◆日本は「宗主国なき植民地」になるのか
―― 日本がアメリカの属国でいたいと思っても、アメリカが一方的にアジアから撤退する可能性もあります。トランプは何度もそうした素振りを見せています。そうなれば、日本は否応なく日米安保のありかたを見直さなければならなくなると思います。
・内田:アメリカが日本から軍事的に撤退したとしても、それで日本が主権国家になる保証はありません。むしろ「宗主国なき属国」という最悪の形態になるリスクがある。
今はとりあえず「アメリカの国益増大に奉仕する」という客観的な条件が日本の政治指導者には求められていますけれど、アメリカが去った後は、その条件がなくなる。もはや誰によってもその能力や適性を査定されることのない、世襲化した指導者たちが惰性的に国民の財産を私有化し続ける。アフリカや南米の破綻国家で起きているのと同じことが日本でも起きるかもしれない。
―― アメリカが日本から撤退しても属国マインドだけ残るとなると、今度はアメリカの属国から中国の属国になってしまう恐れもあるのではないでしょうか。
・内田:あり得ます。歴史的に見れば、日本は卑弥呼の時代から徳川時代まで、形式的には中国の属国でした。足利将軍は皇帝から「日本国王」に任じられていたし、徳川将軍は「日本国大君」でした。いずれも中華帝国の辺境自治領の統治者という意味です。
中華思想に基づく華夷秩序では、世界の中心に中華皇帝がおり、そこから同心円的に「王化の光」が広がる。周縁部は光が届かず、禽獣の類である「化外の民」が暮らす場所とされていました。「化外の地」には中華皇帝の実効支配は及びません。そこは形式的には中華帝国の領土なのだけれど、自治が許された。
中国は伝統的に西には強い関心がありますが、東側にはほとんど興味を示しません。7世紀に白村江の戦いによって唐と新羅の連合軍に完敗したあと、日本は唐の侵略に備えて防人の制度を整え、海岸線に水城を築き、国防を整えましたが、待てど暮らせど唐は攻めてこなかった。当時、東アジアで唐に服属していなかったのは日本一国でした。なぜ来なかったのか、理由はわかりません。
明代に中国は南シナ海から東アフリカにいたる7度の大航海をしますが、一度も日本にやってきていません。3日ほどの航海で日本列島に着くんですから、長崎沖あたりに艦隊を並べ、その威容を見せつけても別にいいと思うんですけれど、その手間を惜しんだ。
現在中国政府が進めている「一帯一路構想」もそうです。陸路はかつて張騫や李陵がたどった西域ルートですし、回路は鄭和の大航海のコースそのままです。ですから、南シナ海沿岸は歴訪するけれど、東シナ海を東進するというアイディアはない。
中国が日本列島に関心を寄せた唯一の例外は元寇ですが、これはモンゴル族のしたことです。理由は分かりませんが、どうやら漢民族は東海には関心がないらしい。
日本は卑弥呼の時代から明治維新まで、形式的には中華帝国の冊封を受けていた。全歴史の90%以上を中華帝国の辺境自治国として過ごしてきたということです。さいわい、その間に日本は中国に植民地化されもせず、奴隷化されたこともなく、軍隊が常駐したことも不平等条約を強いられたこともなかった。ですから、この後どこかの時点で日本が中華帝国の辺境に「戻る」ことがあったとしても、それは歴史的に言えば決して「異常事態」ではないということです。
◆韓国・台湾とともに安保条約の見直しを
―― 日本がアメリカからも中国からも独立する方法は考えられませんか。
・内田:日本が近代的な主権国家としてふるまっていられたのは、明治維新から1945年の敗戦までの77年だけです。その特権に与ることができたのはアメリカの南北戦争のおかげだと思います。1853年にペリー艦隊が日本にやってきた時点では、アメリカには日本を植民地化する意図があったと思います。捕鯨船の補給基地としての開港を求めるという手口はのちにアメリカがのちにハワイを併合したときにも使いました。米西戦争では謀略で戦争を仕掛けて、キューバとフィリピンを手に入れました。同じことが日本列島でも行われなかったということは言い切れない。 日本にとって幸運だったのは、幕末の日本の弱体化に乗じてアメリカが日本進出をしようとしたまさにその時に米国内で南北戦争が勃発したことです。そのため、アメリカは国内問題に集中せざるをえなくなった。その間に日本国内の幕府と薩長の対立にイギリスやフランスがそれぞれの帝国主義的下心をもって入り込んできたので、アメリカの入る余地がなくなった。
それに日本人には近代化を急ぐ理由がありました。宗主国である清朝がアヘン戦争から後、あっという間に列強に蚕食されたのを目の当たりにしたからです。中国ほどの大国がこれほど容易に植民地化されてしまったのですから、超高速での近代化以外に日本の生き残る道はないと悟ったのです。
ですから、明治維新から77年間、日本が主権国家であったということの方がむしろ「奇跡」だったと言ってよいと僕は思います。英米仏にロシアを加えた帝国主義列強がおたがいを牽制していたためにできた一種の地政学的「真空地帯」に日本列島はあった。そこで得た「空き時間」の間に、日本人は幕末の動乱を切り抜け、近代国家を作り上げることができた。
―― とすると、当時と似たようなパワーバランスを回復できれば、日本は独立国家になれるということですね。現在は当時と真逆で、アメリカの没落、中国の台頭という状況にあります。
・内田:理論的にはアメリカの没落と中国の勃興という19世紀とは逆の動きによって、東アジアに地政学的な「真空地帯」が生まれる可能性はあり得ます。とはいえ、日本一国だけでは大国の干渉を退けることは困難です。日本と韓国、台湾、香港が「合従」して、東アジア共同体を構築することが最も合理的な解だと僕は思っています。
日本と韓国と台湾と香港の四つの政治単位は民主主義という同一の統治理念を共有していますが、それだけではなく、この四つの社会はいずれも直系家族制です。直系家族制というのは、子のうち1人だけが親の家にとどまり、家産や職業を継承する仕組みですが、フランスの歴史人口学者エマニュエル・トッドによれば、家族形態が同型的であれば、めざす社会のあり方についてのイメージも同型的なものになる。
同じアジアの国ですが、中国は違います。中国は外婚制共同体家族制です。息子たちは全員親元に残って、大家族を作る。この家族制を持つ国は、中国、ロシア、ユーゴスラヴィア、ブルガリア、ハンガリー、ベトナム、キューバなどで、20世に生まれたすべての共産主義国家はこの家族制の社会でした。
秦は共同体家族制、それと対立した東方六国は直系家族制でした。つまり、「合従連衡」は単なる地政学的なオプションだったのではなく、無意識のうちに東方六国は自分たちが求める国家像に共通点があることを認識していたのです。同じことが21世紀に起きても不思議はないと僕は思っています。
ですから、日米安保条約の見直しについても、日本単独ではなく、韓国や台湾と連携しつつ、朝鮮半島から台湾にいたるラインを「中立地帯」とするというかたちでの日米安保条約の見直しは理論的には可能だと僕は思っています。
(12月4日インタビュー、聞き手・構成 中村友哉)
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