食料自給率の向上をどう図るか 新基本計画の議論に求められること JA研究会
第30回農業協同組合研究会、テーマ「食料自給率の向上をどう図るか-食料・農業・農村基本計画に求められるもの」についての記事。
・「真に自給率向上を図るのであれば、耕作放棄地40万ha、荒廃農地20万ha、遊休農地10万haの解消策の明確化が必要」、そのためには「多様な担い手による農業構造を考えていくことが大切であり、そうなれば『効率的かつ安定的な農業経営』で農業構造改革を実現するという方針から脱却する基本法の改正が必要になる。」(谷口信和東大名誉教授)、
・「農業で生計を成り立たせるには集約的な施設型経営だということになると、稲作からの脱却となる。それは農地余りによる耕作放棄を発生させ多面的機能の喪失につながる。儲かる経営をたくさんつくったとしても農地は守れない。」「基本法では農村社会のあり方のビジョンは示していない。人の暮らし方、社会のあり方が見えてこない」(安藤光義東大教授)
・「スイスは一極集中ではなく農業・農村に国土分散機能があり公共性があるとして直接支払いが1戸あたり700万円もある」(専業農家である小林JA全青協副会長)
など、農政のあり方は、都市も含めてどんな地域、社会をめざすのか、という国のあり方に直結している。
【農業協同組合研究会第30回研究会 食料自給率の向上をどう図るか(上)(下) 2019/12/19】
農業協同組合研究会(会長:谷口信和東京大学名誉教授)は12月7日、第30回研究会を東京都内で開いた。テーマは「食料自給率の向上をどう図るか-食料・農業・農村基本計画に求められるもの」。現行の基本計画の見直し議論が進んでいるが、新基本計画はどうあるべきかなどについて、谷口信和東京大学名誉教授、安藤光義東京大学教授の2人の学識者に加え、青年農業者の立場からJA全青協(全国農協青年組織協議会)の小林大将副会長が講演した。司会は岡阿彌靖正元JA全農専務が務めた。
◆自給率向上をめぐって真剣な討議が
【報告1:基本法改正も視野に議論を 谷口信和東京大学名誉教授】
食料・農業・農村基本法下の農政は、基本計画によって基本法の政策方向を実効性のある施策として担保することになっており、情勢に合わせておおむね5年ごとに見直すことになっていた。
しかし、2001年のBSE(牛海綿状脳症)の発生で食料が前提としていた安全性が崩れ、本来なら基本法は第2条を「安全な食料の安定供給の確保」と改正すべきだった。
その意味では、基本計画の策定に合わせて基本法自体の改正、変更を不断に行っていこうとすることが必要だ。基本計画は国会への報告事項にとどまるが、基本法の改正となれば国会での審議事項となり、基本計画とともに常に国民的な議論になるからだ。
◆品目別自給率の向上食料自給率が史上最低水準のこの国では、畜産物消費が伸びている(表1、図1参照)。高齢化による畜産物の消費減、水産物の消費増という仮説は誤りだった。人口減少のなか畜産物の国内消費は増大し国内生産も増加しているが、それを上回って輸入が増加している。
したがって、自給率問題解決の道は、畜産物の品目別自給率の向上と飼料自給率の向上にある。飼料自給率を考慮しない総合自給率46%とは、言い換えれば飼料自給率100%が達成されたときの水準である。
飼料自給率向上のためには水田の活用、とくに湿田を利用した飼料用米など水稲が重要になる。そうなればどこでも対応が可能になる。大規模経営ほど麦・大豆と並んで飼料用米を導入している実態があり、構造改革を進める上でも飼料用米の安定的な政策対応は不可欠。耕畜連携を進めれば水田での立毛放牧さえも可能だろう。ただし、飼料用米などを本格的に生産軌道に乗せるには助成金を耕種経営だけでなく畜産酪農経営にも与えて両側からの推進体制をつくるべきだ。
真に自給率向上を図るのであれば、耕作放棄地40万ha、荒廃農地20万ha、遊休農地10万haの解消策の明確化が必要であり、基本計画で示される農地面積見通しの目標化、生産努力目標の年次別計画化などの工程表も必要だ。
また、多様な農地を利用し尽すには効率的かつ安定的な農業経営だけでは無理であり、それらも含めた多様な担い手による農業構造を考えていくことが大切であり、そうなれば「効率的かつ安定的な農業経営」で農業構造改革を実現するという方針から脱却する基本法の改正が必要になる。
耕種と畜産の結合と連携による地域農業像も明確にすべきだ。
発生が止まらない豚コレラ対策を野生イノシシ対策と豚舎へのウイルス侵入防止対策だけで考えるのではなく、畜舎周辺の里山への大家畜の放牧や、耕作放棄地を再生利用した飼料用米の供給なども重要になる。食料自給率問題は農業構造をどうするのかという問題と別ではない。
【報告2:農村政策の展開と現実 安藤光義 東京大学教授】
基本法では、農村では農業者を含めた地域住民の生活の場で農業が営まれているということが重要なキーワードになっている。しかし、農村の振興・活性化は必ずしも農林地の維持・確保にはつながらない。
たとえば、中山間地域振興の方向は、農業で生計を成り立たせるには集約的な施設型経営だということになると、稲作からの脱却となる。それは農地余りによる耕作放棄を発生させ多面的機能の喪失につながる。儲かる経営をたくさんつくったとしても農地は守れない。農業振興と多面的機能、農村振興との間にトレードオフ関係として存在している。
実際にはその矛盾が顕在化しないかたちで構造政策として集落営農が作られたが、同時にそれは地域を維持し農地を守るための取り組みで、構造政策ではなく農村政策となってきた。たとえば食料の安定供給は農村政策とは関係がないようにみえるが、実は米の生産調整は集落での話し合い、合意形成によるまとまりを維持してきた。集落ビジョンも米政策改革への対応として策定された。
しかし、生産調整が廃止されたことで、話し合いの必要性をなくし、将来的には集落のまとまりの弱体化につながるだろう。基本法が掲げた「望ましい農業構造」が実現した場合に農村はどうなるかの問題もある。「農業者を含めた地域住民の生活の場」としての農村の整合性が問われる。つまり、農村は生産のための農地が集積されて存在するだけの場なのかだ。基本法では農村社会のあり方のビジョンは示していない。人の暮らし方、社会のあり方が見えてこない。
◆集落活用の農村政策
集落営農は実質的な農村政策として機能してきた。担い手が不在の地域では地権者集団としての1階部分と営農集団となる2階部分をつくっていこうということでもあった。実際には地域を守るための危機対応として取り組まれた。ただ特定農業法人といっても専従者はおらずみんなでがんばってきた。担い手枯渇地域で集落営農の設立が進み、その法人化が推進されているが、法人化しても後継者が確保できず厳しい状況にある。
一方、集落協定を締結し農家が共同で取り組む活動に交付金の一定割合を使うことができる中山間地域等直接支払制度は、単なる農地保全のための活動にとどまらず、地元に裁量性を与え内発的な発展にチャレンジするための基金という本来的な農村政策としての性格もある。協定締結面積は減少傾向にあるが、中山間地域の維持に不可欠な制度として定着した。
今後の現実的な方向として地域おこし協力隊など外部アクターとの連携を通じた集落の主体性・内発性の強化や、地権者組織を地域資源管理法人にするなどして各制度の交付金の受け皿組織の整備推進などが考えられる。
【報告3:自給率が上がる仕組みを 小林大将 JA全青協副会長】
小林副会長は和歌山県橋本市のJA紀北かわかみ管内の果樹農家。就農11年目でブドウ、柿、レモンなどを栽培している。以下、報告要旨。
◆ ◆
食料自給率向上のために、たとえば国産農産物の品質や安全性を訴えて国産品を手にとってもらうよう努力することや、外食での原産地表示などが強調されるが、本当に消費者の理解を得ることの積み重ねで国産に手が伸びていくのか疑問も感じている。
カロリーベースの食料自給率を上げるには穀物自給率を上げていくことが大事だが、そのために水田で麦、大豆を生産しようということになっているものの、生産振興のための財源も含めてどの程度の寄与度があるのかを真剣に議論していかなければならない。
現状は、予算を確保して生産振興すれば自給率は上がるだろうと期待しているものの、結果は下がってしまったという事態に陥っている。
日本で長期的に食料自給率が低下してきた理由は1人あたりの米の消費量が減ってきたことが大きい。そうなるともっとも重要なのは米の消費量をいかに上げるかになるのではないか。100円のおにぎりのコメの価格は10円ほど。廃棄にも10円かかるという。コメの価格を下げるのではなく流通へ助成しおにぎりの価格を下げれば消費量は増えるのではないか。
生産面でも取り組むべきことは多い。柿は摘蕾が課題で、10個の蕾を1個にしなければならない。これは機械化は無理。それならば最初から5個しか蕾が付かない品種改良に取り組んでもらいたい。こうした課題に真正面から向き合って議論していくことが大事だと思う。
地球温暖化や異常気象、自然災害で食料が生産できなくなるかもしれないという危機感も足りないのではないか。自然災害に対して地域内に伝えられてきた知恵が分断されている問題も感じる。地方で聞いた話だが、連続する大雨で被害を受けているハウスがあるが、そこはもともと大雨のときには浸水することが分かっていたという。にもかかわらず新規就農者がハウスを建て無理に大規模にして被害を拡大させた。リスクを評価しないと食料生産力を落としてしまう。
一方で農業の洪水防止機能など多面的機能については評価されているが、多面的機能支払交付金は480億円で国民は多面的機能にただ乗りしている面もある。スイスは一極集中ではなく農業・農村に国土分散機能があり公共性があるとして直接支払いが1戸あたり700万円もある。農業・農地への評価が助成金になっていて農業者からすれば長期計画が立てやすい。
消費者の理解が得られれば食料自給率は上げるという話は、やはり懐疑的だ。プレーヤーに投げっぱなしでは実現しない。農業を持続させる仕組みと普段食べているものが国産であるような仕組みをつくるべきではないか。
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