「小農の権利宣言」――世界規模での農政大転換 /逆走続ける、異常な日本の農政
「食料自給率が低ければ、(1)国民の健康と生命が守れなくなるリスクを負うばかりで無く、(2)持続的な海外への支出拡大とそれを通した日本のデフレ不況拡大の巨大リスクを負っていると同時に、(3)海外の食料供給国達に将来日本を脅すのに使えるかもしれない巨大な「外交カード」をタダで配り歩いていることになるのである。こうした理由から、食料自給率問題はあらゆる国家において、安全保障の根幹を成す問題と位置づけられているのである」(藤井聡・京大教授、元内閣官房参与)。それゆえ、単なる商品ではなく、各国は手厚く保護していきているが、日本の農政の貧困さ、安全保障意識の欠如ははなはだしい。
しかも、気候異常、水資源枯渇、土壌劣化など・・・小農の役割がますます重要になっており、逆走している。与党の選挙対策と「高級」官僚の天下り先確保・・のために。
【「小農の権利宣言」――世界規模での農政大転換― 2019.12.05 坂本進一郎 JA新聞】
【「日本農業は世界一保護されている」はフェイク? 鈴木宣弘さんに聞く 生活クラブ 2019/7/10】
【「小農の権利宣言」――世界規模での農政大転換― 2019.12.05 坂本進一郎 JA新聞】
(1)小農の権利宣言(小農宣言)の内容
小農宣言は昨年末の国連総会初め、昨年(2018年)12月8日賛成多数(賛成121、反対8、棄権54)で採択された(小農宣言の正式名は「小農と農村で働く人々の権利に関する国連宣言」)。しかし日本はアメリカの顔色を見て棄権に回った。これでは日本の主体性が問われる。また日本国内は「軽農」思想に汚染されたのか小農宣言の反応は鈍かった。
宣言文は前文及び28条の条約からなっており、全文を紹介するのは不可能なので、内容をかいつまんで紹介してみたい。それでは国連総会ではなにを宣言したのか。その特徴は「小農」(「小規模農民」)のほかに対象範囲を広げ「農村で働く人」も加えたことである。この結果、土地なし農民だけでなく農村部の非農家世帯、例えば漁労者、伝統工芸者、その他の農村部に暮らす生業者も対象範囲内に入った。対象内にはいればどうなるのか。基本的人権をはじめとして、思想表現の自由、協同組合を含めた結社の自由などが保護されることになっている(『国連/家族農業の10年と小農の権利宣言』)。
というよりこの10年なぜ小農が見直され始めたのか。二つ理由があると思う。
一つは、「家族農業なければ人類の未来は暗し」と巷間言われているように、今まで家族農業は多国籍化した農業に踏みにじられてきた。しかし今家族農業は世界食糧の80%を生産している。それゆえこのまま家族農業を潰していけば地球の未来の食料調達は危うい。事実2007から2008年に起きた国際価格急騰は農地への投機を促し、世界を混乱に巻き込んだ。
そこで小農を守ろうという機運になってきた。この点では、小農宣言を採択させたのは、ジャカルタに本部のある世界的小農運動のビア・カンぺシーナであり、ビア・カンぺシーナは小農宣言を邪魔するアメリカ多国籍企業と戦いの末国連採択にこぎつけたのであった(詳細後述)。
小農が見直された二つ目の理由は、資本(企業)の野放図な活動は地球の資源を食い潰し持続可能な社会の建設を不可能にするであろう。世界の人々はそれを嫌いビア・カンペシーナに結集したのであろう。ただ宣言は各国への勧告で法的拘束力を持たない。
しかし私はビア・カンペシーナの理論と実践には感服する。農民の人権を高らかに宣言したのは初めてだ。日本の憲法でも農業をする権利は明示されていない。そこで三里塚の市東さんの農地取り上げ反対運動では、農民の人権を憲法に明示するよう運動している。ビア・カンペシーナの運動といい三里塚の運動といい、闘争の中から新しい文化が芽生えるのを見ることは痛快だ。特にビア・カンペシーナは世界の農政を大転換させる力を持っていることに感服する。
(2)小農とは
農業は生活と生産が一体である。その裏返しとして「農業には他人の資本はいらない」のである」(守田志郎『日本の村』137頁)。さらにその理由を尋ねるに、農業は生活そのものを抱えているため資本はいらないのである。資本は農業に入り込めないからといってもいい。守田はさらに言う。
「農耕の大きさにかかわりなく、私は農家がすべて小農だ」というのである。それ故「アメリカの農業は完全に企業化されていると間違って報告する人がいるが、これは大変な誤りだ」と。もし企業的農業なら小農をやめていなければならないからである。
そこで小農だが家族農業で頑張っている農家を紹介しよう。ランドルフ・ノドランドという人だ。
彼とは1991年のブリュッセル10万人デモの時知りあった。その翌年彼を大曲に招いて集会を開いた。彼はアメリカ中西部でカナダと国境を接するノースダコダで自作地350haと不在地主からの借地900haで農業を営んでいる。彼は全米の家族連盟の会長でもある。彼の農場は地域の平均から見てそれほど大きくはないと彼は言う。むしろ農家の収支は窮屈だと彼は言う。20歳代の娘一人と20歳代の息子3人おり、息子1人が近くの町で務めるかたわら夜や週末の勤務の空いた時間に農場の手伝いをしている。妻も家計を償うため町の病院で働いている。アメリカの農民またはその家族の60%が生活のため働いている。
「私たちは自分たちの農場、家、そして仕事を守るため二つの仕事を持つことを余儀なくされています。今農民が次々この町を去っていき町は寂れています。農民たちは自分で働いた金で生き残っているのでなく、資金を借りて生き残っているのです。自由貿易は大企業だけ利しています。公正な貿易を期待して今日の話を終わります」と結んだ。
(3)アメリカ発多国籍企業(アメリカ政府)とビア・カンペシーナの闘い
ビア・カンペシーナとアメリカは犬猿の仲とはいかないにせよ、地球に暮らす人々をどちらが多数派工作で引き付けるか否かの争いの間柄にあった。アメリカは自国の余剰農産物のはけ口として世界の市場をアメリカ一極で支配したいと思っている。これに対してビア・カンペシーナの方は、多くの農民は普通の生活を送りたいと思っている。その多数派工作のキーワードは「食料安保」である。だが、アメリカにとって各国に対して食料安保を認めれば、各国は好きなように食料を調達し、アメリカが日本を農産物の輸入国にしたように余剰農産物のはけ口にしようという目論見が頓挫してしまう。
私は20年前ローマで開かれた「5年後会合」・NGOの部出席のためローマに派遣された。このときアメリカは遺伝子組み換えの会合を別の会場で強引に開いたのを見た。この時の宣言文は、食料主権の文言は入らず逆に「自由貿易」を強調した。
あれから20年。飢餓は「開発」が遅れたせいでなく、農民の「人権」がおざなりにされたからだという考えが人々の間に、浸透した。またインドネシア・ビアカンペシーナにヘンリーサラギという優秀な指導者が現れ飢餓撲滅の処方箋を書いた。これらの要因が重なって「食料主権」の考えは浸透してきた。
× × ×
紙幅がないので、「家族農業は持続可能な社会へ移行の図るためのキイーアクターとなった」(『国連・家族農業の10年』『小農の権利宣言』)ということを、予告して終わりにしたい。
最後に食料安保、自給自足は世界の潮流になってきた。アメリカにおべっかを使う安倍政権の「官邸農政」は完全に時代遅れになった。今後は農政を農民に寄り添ったものに改めるべきである。
【「日本農業は世界一保護されている」はフェイク? 鈴木宣弘さんに聞く 生活クラブ 2019/7/10】東京大学大学院農学生命研究科教授 鈴木宣弘さんに聞く
環太平洋連携協定(TPP)、日欧経済連携協定(EPA) の締結に次いで、日米物品協定(TAG) が続いています。その協議の主眼は米国産のコメや牛肉の日本向け輸出の拡大のための農産物市場の開放にあるとされています。こうした貿易交渉を報じるメディアによく登場するのが「日本農業は世界一保護されている」や「日本の関税率は高い」という言葉です。でも、これって本当? 東京大学大学院教授で農業経済が専門の鈴木宣弘さんに聞いてみました。7月と9月の2回に分けてお伝えします。
◆世界は自国農業を「保護育成」――環太平洋連携協定(TPP) など諸外国との自由貿易協定(FTA) をめぐる協議の際、あたかも決まり文句のようにてくるのが「日本の国内市場の閉鎖性」という表現です。特に「農業分野」は突出して “やり玉” にあげられ、「日本農業は世界一保護されている」とも言われます。
これらの言葉が本当に的を射たものなのかどうかについて伺いたいと思います。
鈴木さんは「国民の生命と財産を守るのが国民国家の責務であり、そのために最優先すべきは自国の農林水産業の保護育成だ」と常々指摘されています。そうした国家の責務と果たすべき役割を諸外国はどう捉え、どんな政策をとっているのですか。まずは、この点からお話いただけますか。●鈴木 欧州連合(EU)諸国はもとより、中国やロシアも一次産業の価値を重視していますし、国民の生命の「礎」といえる食料を生産する農業をとりわけ重視しています。彼らは農業を中心とする一次産業が国民の生命はもちろん、環境と資源、地域コミュニティと国土を守ってくれている重要な産業だと考えているからです。
だから、政治家も官僚も国民から託された血税を投入し、自国農業をしっかりと支える政策を真剣に講じます。それは単なる「農家保護」の問題ではなく、自分たちを含めた国民の「生きる基盤」を支える重要な仕事であるという認識の表れといってもいいでしょう。
このように他国の政治家や官僚たちが国の政策として農業保護を続けているにもかかわらず、日本の永田町と霞ヶ関の住人たちは「農業だけを特別扱いするわけにはいかない。自動車や鉄鋼、その他の製造業一般と同じように扱うべし」と頑迷に言い張っています。この背景には現政権中枢と “お友だち” 関係にある企業さえ利益をあげればいいとの “おもんぱかり” があるのではないかという思いが、現政権にまつわる一連のマスコミ報道を見聞きするたびにこみあげてきます。
「農林水産業を工業製品中心の製造業一般と同列に扱う」と豪語する日本の政治家と官僚は「食料自給率」という言葉を死語にしつつ、日本農業をさらに痛めつける政策を実行し、自らの「既得権益」は死守しようとしています。そんなことを許容する国家は世界的に見ても、実に異様で特異というしかありません。
◆「天下り先」確保に懸命な省庁の意向?こうしたなか、日本農業は世界で一番過保護な状況にあるという話が、あたかも正論であるかのように、まことしやかに語られているのです。その発信元は電力に石油、鉄鋼、自動車といった大手資本でしょうね。彼らは米国をはじめとする他国の余剰作物の「売り先」として日本の国内市場を差し出し、見返りに自分たちの販売商品の販売市場を手に入れる皮算用の最中です。
その実現には「日本は農業に過保護であり、これに甘んじているから日本農業は駄目な産業なのだ」という考えを日本国民に刷り込み、農業保護政策を後退させ、農業分野への予算支出を削減させる必要があるわけです。そうしておいて、日本の農産物市場を大資本の餌食として与え、もっぱら自動車産業が利益を得る構造を定着させようというのです。
まるで時代劇の悪代官と悪徳商人のやりとりを聞いているような気分になりませんか。「お前も悪よのぉ」といやらしく耳障りな声音でつぶやくのが、だれで「ヒッヒッツ」と下卑た笑いを返しているのは、どの業界のだれかはご想像にお任せしたいと思います。そんな当節の悪徳商人は政治家と徹底的にタッグを組み、マスメディアを使って「日本農業過保護論」を社会に浸透させることに見事に成功しました。だから「日本農業は補助金漬けの過保護状態。おまけに世界で一番過保護というのだから、とんでもない」と言う人がほとんどになったのです。
まさにお見事というしかないくらいに、彼らは「日本農業過保護論」を浸透させました。これで十分な利益を手にしたのは経済産業省の役人でしょう。これまでも彼らは天下り先という「おいしい実利」を自動車業界などから手に入れようと政治をうまく利用してきましたし、いまが一番絶好調。陰で「経産省政権」と呼ばれるほど、現官邸では経産省の意向が隅々まで働いていると聞いています。
日米物品協定(TAG) の名を借りた日米FTA も、自分たちの天下り先を確保せんとする経産省の「総仕上げ」と呼べるものです。彼らはうまく官邸に取り入り、米国の思惑通りに日本の農産物、すなわち国民の生命の糧を差し出す動きを徹底しようとしています。こうして日本は、国民の生命と財産を守るという国家の責務を放棄し、大手資本と霞ヶ関の “お友だち” の利益を守ることを最優先する、世界でも例のない奇妙きてれつな国になってしまいました。
◆スイスと韓国は食料安全保障を重視
――諸外国の農業政策はどうなっているのですか。具体的にお話しください。
●鈴木 まずは輸入品の急増から国内の農作物を守るための関税率からお話ししましょう。
「日本の農産物の関税は高い」と報じるマスコミは圧倒的に多いのですが、実は日本の農産物の関税率は経済協力開発機構(OECD) のデータでは「11.7%」。米国よりは高いのは事実ですが、EU は「20%」なので、その半分です。タイやブラジルは大変な農産物輸出国ですが、これらの国々も「35%」から「40%」の関税率を設定しています。そうした農産物輸出国と比べ、日本の関税は4分の1 という低水準なのです。
ではなぜ、「日本の関税率は高い」と言われるといえば、コンニャクに1700%の関税が設定されているためで
コメも300%を超えていますから、コンニャクとコメばかりが “やり玉” にあげられるのですが、キャベツなど他のさまざまな野菜の関税率は大半が「3%」程度。実際のところ、日本の農産物の9割は低関税率の品目なのです。そんな国は世界でも非常に珍しいということを覚えておいてください。ですから、ほんのごくわずかに高関税の品目があり、そこだけを強調すれば「日本の関税率は高い」と思う心理が巧妙に利用されているというしかないのです。まさに、どなたかがお得意の「印象操作」というしかありません。繰り返しますが、日本の関税率は平均「11.7%」。対して韓国の平均関税率は「62%」、スイスは「51%」となっています。スイスは改正前の憲法にも「食の安全保障」を国家目標として盛り込んでいましたが、先の憲法改正で、それを明記しました。
韓国では憲法改正まではいきませんでしたが、農業界が中心となって「農と食料の安全保障」と国土・環境保全といった「農業の多面的機能」という公共的な価値を条文として明記しようという国民的な運動が起き、約1200 万人の署名が集まったそうです。
そういうスイスや韓国は関税率が無茶苦茶高い。平均で5割、6割というのはすごいことです。関税だけでも1.5倍とか、1.6倍という貨幣価値になってしまうわけです。このように関税制度を活用し、輸入産品の過剰な流入から自国産業を保護する正当な権利の行使を主張するのは、国民国家としての最大の責務ですよ。それができていない、いや、そんな食料安全保障を重視した政策は不要といわんばかりの日本という国家はまさに砂上の楼閣といっていいかもしれません。
(諸外国の農業保護政策の現状については、次回掲載します)
【聞いてびっくり! 各国は独自の助成制度で「農業保護」 鈴木宣弘さんに聞く 生活クラブ :2019/9/20】
当レポートでは今年7月に「日本の関税率は高い」という言葉の真偽を確かめました。今月は「日本の農業は世界一保護されている」といわれていますが、それが果たして本当かを東京大学大学院教授で農業経済が専門の鈴木宣弘さんに聞いてみました。
◆「中国とFTA交渉はしない」と韓国
――韓国では環境と国土保全の要の一つである農業の多面的機能を憲法に明記し、食料安全保障の視点に立った農政の実行を政府に求める「1000万署名運動」が2018年7月に活発化したと聞きました。
●米国と自由貿易協定(FTA)を結んでいる韓国では、米国産品への関税率はコメを除けば、実質ゼロの状態です。そんな米韓FTA締結に農業関係者は猛反発し、今回の署名運動には多くの市民が参加しました。韓国がFTAの締結に踏み切ったのは、国内総生産(GDP)に占める輸出の割合が日本の約8倍という事情があるからですが、このまま工業製品の輸出を最優先する状況が続けば、韓国の農業が滅びしてしまうという強い危機感を抱いていることの証しだと思います。
目下のところ、米国と韓国の間には競合するような農産物はありません。日本同様、すでに米国産の飼料穀物などは大量輸入されていますが、韓国が市場開放に応じたくないニンニクやキムチの原料となるハクサイなどは米国からは入ってきていません。こうしたなか、韓国が絶対にFTAを結びたくないと考えているのが中国です。
中国からはニンニクもハクサイもどんどん入ってきてしまう恐れがあり、「それだけは絶対に許さない」というのが韓国のポリシーで、日本とは違って「守るべきものは守る」という姿勢を貫いています。とにかくすごいのはニンニクの関税が「360%」で、パプリカの関税は「270%」という点です。さらにパプリカの輸出には補助金を投入し、国を挙げて輸出促進に力を入れています。
◆EUと米国は農業所得を公的助成
――諸外国が採用している関税以外の農業保護策についてはどうですか。
●2006年の時点では農業所得に対して公的助成が占める割合はスイスが「95%」、フランスが「90%」、イギリスが「95%」でした。それが2013年にスイスは「100%」、フランスは「95%」、イギリスは若干下がって「91%」になっています。それぞれ農業所得の9割以上が税金で賄われているのです。
イギリスやフランスの主食は小麦ですが、両国の小麦農家の平均経営面積は200ヘクタールで収穫量も多くなります。そうなると小麦の小売価格は安くなりますが、それでは農家は肥料や農薬代を十分に賄えません。そこで政府が補助金を支出し、農家は肥料や農薬の代金を払っても所得が手元に残る仕組みを機能させています。ヨーロッパの小麦農家は政府が投入した補助金でコストの持ち出し部分を補てんし、所得をきちんと得ながら国際競争力を高めているのです。
対して、日本では野菜や果物の農家の所得に助成金が占める割合は、せいぜい「10%」くらいでしょう。フランスでは野菜や果物の農家所得の4割、5割が補助金です。しかし、2006年の時点で日本の農家所得に占める補助金の割合は平均「15.6%」でした。民主党政権が導入した「戸別所得補償制度」が入る前の話です。
その後、米価は下がり、相対的に日本の農家所得も減り、若干補助金の割合は増えました。しかし、2016年の時点でも「30%」そこそこ。ヨーロッパは90%以上ですし、米国は「40%」ですから、日本の農家所得に占める助成金の割合は先進国で断トツに低く、その構造は現在も変わっていないわけです。
米国は「40%」と申し上げましたが、かの国の仕組みは、市場価格の状況によって変わります。たとえば米国の農家が1俵(60キロ)4000円でコメを販売しているとして、生産に12000円のコストが必要としましょう。米国では、その生産コストを政府が自ら計算し、販売価格の差額の8000円を政府が補助金で全額負担しています。だから、米国の農家は政府が提示する生産コストを目安に、安心して作付け計画が立てられるのです。
ただし、最近はコメ、小麦、トウモロコシ、大豆の国際価格が高値安定で推移しています。実際の販売価格が高ければ生産コストとの差額は小さくなりますから、政府が農家に支払う補助金は少なくなります。それでも米国の仕組みはすごいのです。生産コストと販売価格の差額を全額政府が穴埋めし、多い年には輸出向けの小麦、トウモロコシ、大豆の3品目の差額補填だけで1兆円規模の国家予算を投入した年まであるくらいです。
しかし、日本は米国の様な仕組みを持とうというそぶりさえ見せず、国会では議論すらしていません。日本の政治家には、欧米のような農業保護のための補助金制度ができたら「困る」という人が多いようです。自国農業保護のために本質的に必要な補助金制度については常にあやふやにしておいて、いざ生産者が窮したら自分が出て行って、「緊急対策費をとってやったぞ」と訴えて票につなげたいということでしょうか。この繰り返しですから、日本の農家が日常的に安心して作物づくりに励めるはずがないのです。
「聖域」の確保は当然。だが日本は――――欧州連合(EU)と米国の動きはわかりましたが、環太平洋連携協定の参加国であるオーストラリアやカナダはどうなのでしょうか。
●カナダは穀物生産については助成措置を一切講じていません。ただし、自国の酪農と畜産を徹底的に保護し、とにかく酪農にはだれにも指一本触れさせないという姿勢を貫いています。まさに聖域であり、EUも米国も酪農は聖域です。彼らは守るべきもの、攻めるべきものを使い分けながら主張を巧妙に使い分けて実利を得ようとします。だから、かの国々は日本のようにチーズの関税の全面撤廃などという愚かな選択はしないのです。オーストラリアとニュージーランドは酪農大国ですから、この分野では貿易相手国に徹底した自由競争を求め、関税を盾に使いません。しかし、両国は「隠れた輸出補助金」という農業保護を続けています。彼らは乳製品や小麦を日本には高く売り、中国に安く売っているのです。これは中国に自国産品を安く売るための補助金を日本の消費者が負担している「消費者負担型輸出補助金」と同じことで、紛れもなく世界自由貿易機関(WTO)の取り決めに反する問題です。
その点については日本政府の要請を受け、私も英文のペーパーを作成し、スイスのジュネーブにあるWTO本部に提出しました。しかし、オーストラリア政府は、この「価格差別」を小麦に適用していたAWB(独占的な輸出機関)が「すでに民営化されたため、政府の手元にデータが残っていない」として、かの国の農産物輸出における「価格差別」を輸出補助金としてカウントするのを阻止する姿勢を示し、いまも同様の措置を取り続けています。いわば「灰色」のままの放置状態に置かれたままなのです。
また、米国の差額補填の仕組みについても輸出補助金にあたるからやめるようにWTOの裁定が下りましたが、かの国も言うことを聞こうとしません。かたや日本の輸出補助金はゼロです。実はWTO合意をまっすぐに受け止め、深刻に解釈し過ぎ、過剰なまでに農業保護予算の削減を徹底してきた日本は哀れな「世界一の優等生」です。欧米各国は、国にとって必要な制度は死守しています。
ちなみにカナダ、EU、米国の乳製品への関税は数百パーセントです。子どもの命に関わる一番の食材である牛乳・乳製品の供給を「外国に依存することなどまかりならん」というのが彼らの考えで、それは「電気やガスの供給と同じように公共事業の一翼を担う分野だ」と言い切ります。
おまけにカナダでは「酪農家の再生産に必要な生産コストに見合う価格」を政府が決めています。その価格に基づき、独占禁止法適応除外の強力な生産者組織である「指定団体」が、メーカーへの納品価格を通告できる仕組みが機能しているのです。だから、原乳が過剰生産になったときには、政府が最低限の価格を守るために無制限に乳製品を買い上げます。それはEUも米国も同じで、同様の仕組みをやめてしまったのは日本だけです。
どうですか。これでも「日本の農業は世界一過保護」と言えますか。前回は「日本の関税率は高い」という主張の “ごまかし” についてお話しました。そんな言葉を巧妙に操り、日本の第一次産業を衰退に追いやり、食料安全保障を求める私たちの権利をないがしろにする政官財の動きを今後も注視し、安直かつ性急な自由貿易の推進に「NO!」を言い続ける必要があるとは思いませんか。
取材・構成/生活クラブ連合会 山田 衛
【「額ありき」農業対策費 「強化」掲げ、ばらまき 東京11/26】政府は大型の経済連携協定を結ぶたびに、国内農業の対策費を予算計上してきた。過去には巨額の予算を使いながら農業強化につながらずに「ばらまき」と批判を浴びたケースもあり、与党による選挙目当ての狙いが透けて見える。 (吉田通夫、皆川剛)
「かつての反省もあり、額ありきで決めているわけではない」。農林水産省の担当者は、環太平洋連携協定(TPP)などの農業対策費について、こう語る。
「かつての反省」とは、一九九三年に合意した関税貿易一般協定(ガット)のウルグアイ・ラウンドを指す。日本は、保護するべき分野と位置付けたコメの部分的な開放や農産品の関税引き下げを迫られた。与党は選挙への影響に危機感を強め「一年で一兆円の対策費」の大合唱。事業費は八年間で六兆円超に膨らんだ。「額ありき」で積み上げた膨大なカネは行き場を失い、農業とは関係ない温泉施設やギャラリーの建設など公共事業に使われ、農業強化にはつながらなかった。
当時の対策づくりを担った谷津義男元農相は二〇一五年に、TPPでの農業対策を話し合った自民党の会合に出席し、「この二の舞いをやってはいけない」と反省してみせた。しかし今回も、毎年度、判で押したように三千億円超の対策費を計上。農水省は「後年に無駄だったと言われることがないよう、効果がない事業は取りやめる」(担当者)と言うが、一五年度から始まった対策で終わったものはない。
江藤拓農相は九月十一日の就任会見で、日米貿易協定案がTPPの範囲内に収まったのに追加対策を講じる妥当性を問われ、「財務省に(対策は十分やっていると)指摘されても、農林水産行政に使えるお金はできるだけ確保したい」と踏み込んだ。農業の強化という具体像のない目標に向け、終わりの見えない対策費が計上され続ける。
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