「MMT」 現代資本主義の行き詰まりから出た極論・謬論
「日本がGDPの2倍もの借金をしているのに、やっていけてるじゃないか」という出発点の認識がまちがっている、
これは、GDPの3倍ある国内金融資産に担保されている(国債購入に外資を頼っていない)からの話で…借金がこの額を超えはじめ、外資で支えなくてはならない事態になれる事情はかわる。外資の変わりに日銀引き受けとなれば、 円の信用が崩壊し、円の価値が下がり、悪政インフレをもたらす。
こんな当たり前のことを無視して「MMT」など、さぞ新しい理論がもてはやさせれるのは、資本主義のゆきつまりの表れでしかない。反緊縮ではなく、富の分配の問題・・・「令和」の代表の言動を心配する。
なおアメリカは基軸通貨の特権を持つ国家。どんなに財政赤字が膨らんでも「大きすぎてつぶせない」という後ろだてがMMTを支えている、と思う。
以下は、探した中では、まっとうと評価した解説。
【MMTが間違った政策提言を導き出しているワケ 「インフレは昂進しない」という前提の危うさ ニッセイ基礎権 4/228】
【MMTが間違った政策提言を導き出しているワケ 「インフレは昂進しない」という前提の危うさ ニッセイ基礎権 4/228】
櫨 浩一 : ニッセイ基礎研究所 専務理事
安倍総理は、国会での質問に答えて、MMT(現代金融理論:Modern Monetary Theory)の提唱する政策を行っているわけではない、と述べたと報道されている。筆者は提唱者の一人であるL・ランダル・レイ(ミズーリ大学教授)の入門書を読んだことはあるが、まさか異端の経済理論とされるMMTが日本の国会で取り上げられるようになるとは思ってもみなかった。
MMTには標準的な体系があるわけではないが、筆者が知っている範囲ではこの本が最も体系的なものなので、自国通貨を持つ国は財政破綻しないという、主流派経済学の常識を外れた理論を、レイ教授の本に即して議論してみたい。
筆者の手元にあるのは、Wray, L. Randall, “Modern Money Theory: A Primer on Macroeconomics for Sovereign Monetary Systems”, Palgrave Macmillan. Kindle Edition (2012)で、改訂版が2015年に出版されているので、この最新版の説明とは異なる部分があるかも知れないことはお断りしておく。ちなみに、この本のタイトルがMonetaryではなくMoneyである理由は不明である。
MMTはレイ教授自身が述べているように、2つの部分から成っていると考えるべきだ。ひとつは現実経済の描写であり、もうひとつは政策提言である。筆者は、経済の描写であるMMTの理論部分は注目点は異なるものの主流派経済学と本質的には変わらないと考えており、指摘には共感できる部分が多い。
しかし、失業者を救済して完全雇用を目指すための政策提言を導き出している歴史的な事例についての解釈・評価には、標準的な理解とは大きな違いがあり、筆者は結論には賛同できない部分が多い。ただし、レイ教授の主張はマスコミなどで取り上げられている他の提唱者の主張よりも、かなり慎重なものに思える。
◆MMTの「マネー」は「貨幣」でなく「金融資産」を指す
MMTの提唱者が主張する財政赤字拡大政策を、国が増発した債券を日銀が購入して通貨供給量を増やすことでデフレから脱却するという政策と、同じ主張であると思っている人もいるようだが、MMTは通貨供給の増加でインフレになるという単純な貨幣数量説の主張を否定している。
MMTでは、マネーという言葉が主流派の経済学とは違うニュアンスで使われているためにこのような誤解が生じ、また主流派経済学者との議論がかみ合わない原因になっているのではないだろうか。
レイ教授は、マネー(Money)と貨幣(currency)とを区別して使っていて、「マネーとは債務(Debt)のことである」と述べている。MMTのいうマネーとは金融資産のことであり、標準的な経済学で呼ぶマネーとはこの中で一般的受容性(誰もが受け取ること)の強い紙幣や銀行を通じた決済に使われる預金だと整理しておくと、MMTと標準的な経済学とを共通の枠組みで比較することができる。
標準的な教科書は、貨幣には3つの機能があると説明している。
貨幣(お金)の3つの機能
(1) 価値の保存機能
(2) 交換機能(決済機能)
(3) 価値の尺度機能貨幣数量説はマネーストックが増えれば名目GDPが増加すると考えるが、この場合のマネーは企業や家計が借り入れで調達したものでも構わない。つまり、(2)の交換機能を重視しているということだ。
一方、MMTでは民間部門の内部でお金の貸し借りをして貨幣が増えても、資産と負債を差し引きすると民間部門全体としては純資産が増加していないので効果がないとして、民間部門の純資産(特に金融資産)を増やすために政府が負債を増やすべきだと考えている。MMTではお金の機能のうちで(1)の価値の保存機能を強調しているということになるだろう。
MMTの特徴は、毎年の経済活動と同時に起こる純資産残高の変化の整合性を強調している点だ。
◆MMTは部門別の純金融資産の動きに注目
経済学では毎年の生産額であるGDP(国内総支出)が注目されることが多く、それと同時に起こる資産残高の変化はあまり問題にされない。議論されるとしても生産を支えるために適切な水準の生産設備があるかどうかという実物資産を見る場合が多く、経済活動に伴って家計や企業の金融資産と負債がどう変化するかということはほとんど議論されない。
一方MMTは政府・企業・家計・海外という部門別の金融資産と負債、特にそのバランス(差額)である純金融資産の動きを重視している。中でも重要なのは、会計的な関係から、フローでもストックでもすべての部門のバランスを合計すると以下のようにゼロとなるという関係が必ず成り立っているということだ。
(1)フロー
(家計貯蓄-家計投資)+(企業貯蓄-企業投資)+(政府貯蓄-政府投資)-(輸出等-輸入等)=0
(2)ストック(残高)
純金融資産(家計) + 純金融資産(政府) + 純金融資産(企業) + 純金融資産(海外)=0以前に東洋経済オンラインのコラム『企業による投資や賃上げが財政再建のカギだ~「経済成長」や「緊縮財政」だけではダメな理由』で取り上げたように、筆者は、この部門別のバランスを合計するとゼロになるという制約が財政再建の議論では無視されがちだと考えているので、MMTの主張には共感する部分がある。
MMTが指摘するように、財政赤字が減れば(=「政府貯蓄-政府投資」は増加)、他の部門の黒字が減る。政府債務がネットで減っていれば(=政府の純金融資産が増加)、どこか他の部門の純金融資産が減少しているはずだ。家計や企業がフローの収支悪化や純資産の減少を回避する行動(=支出の削減)をとると、景気が大きく落ち込んでしまったり、景気の悪化で財政赤字が期待したほどは減らなかったりということが起こってしまう。
筆者は、MMTがこの問題を提起しているのは正しいが、失業者の発生や、企業の投資の減少といった経済活動の縮小均衡を避けるために、財政再建をせずに財政を拡張させるべきだという、問題解決の方向性は間違っていると考える。財政再建を成功させるためには、歳出削減や増税で財政部門の収支を改善させる努力をするだけでなく、民間部門の経済構造も変える必要があるというのが正しい理解であろう。
財政危機を訴える際に、政府債務残高の上限として民間貯蓄残高が引き合いに出されることがよくある。しかし、部門別の資産・債務のバランスの合計がゼロという制約があるので、財政赤字分だけ民間部門は黒字になっているはずで、政府債務残高の増加分だけ民間貯蓄残高も増加している。海外部門がない場合(閉鎖経済)を考えると、政府の純債務残高と民間の純金融資産残高は常に同額になるはずなので、危機が起こる政府債務残高の目安としては機能しないはずだ。
筆者は、この点ではMMTの主張は正しいが、財政破綻ということの意味をもっと厳密に定義する必要があると考える。財政破綻は、①原理的に財政赤字をファイナンスできなくなる、②現行制度の下で財政赤字がファイナンスできなくなる、③原理的には可能だが別の問題が生じて赤字をファイナンスしないほうがマシになる、という3つのケースに分けられるだろう。
◆「インフレが昂進しない」という前提は危うい
MMTが自国通貨を持つ国は財政赤字がファイナンスできなくなることはないというのは、①のような財政破綻は起こらないということを言っているにすぎない。そして、②のような制約があるなら法律や制度を変えればよいと考えている。一方、財政当局や財政学者は現状の制度や法律を前提に、②のケースの財政破たんが起こると主張することが多いので、議論が噛み合わないのは当然だ。
ギリシャのように自国通貨を発行できない政府はともかく、自国の中央銀行と通貨を持つ国であれば、中央銀行に通貨を発行させて政府が支出を賄うことは原理的には可能だから、①のような財政破綻は確かに起こらないことになる。しかし、中央銀行による国債の直接引き受けを禁じている現行制度では財政赤字を出し続けると資金調達ができなくなって破綻する、②の危険があるのは明らかだ。
しかし、重要な問題は、法や制度を改正したとしても、③のように財政赤字をファイナンスし続けることが不適当な場合があるということなのだ。
MMTの提唱者には完全雇用になるまでは経済には未利用の生産能力があるのでインフレにならないと主張する人もいるが、レイ教授は少し慎重だ。財政赤字による総需要拡大のトリクルダウン効果で失業を解消するという方法は非効率で、既に豊かな人たちをより豊かにすることになり、どこかにボトルネックが生じて経済の一部分だけの賃金上昇や価格上昇からインフレになりやすいと述べている。「完全雇用になるまではインフレにはならず、財政赤字は問題ない」というわけではないのだ。
レイ教授は、MMT提唱者の間で意見の相違があることを認めつつ、職の保証制度(Job Guarantee : JG)をMMTの不可欠な要素だとしている。これを、中央銀行の「最後の資金の貸し手機能」(Lender of last resort)をもじって、"Employer of Last Resort: ELR”とも呼んでいる。失業者に対して政府が直接仕事を提供するという、職の保証制度があれば通貨価値のアンカーになるのでインフレが昂進することはないと考えているようだが、そのメカニズムについては納得のいく説明がない。
◆政府に最適な行動ができるとは限らない
経済のどこかにボトルネックがあれば、完全雇用が実現する以前にインフレが起こってしまうことはレイ教授も認めている。ボトルネックを回避するための職の保証制度のような仕組みが主要国には存在せず、少なくとも当面採用される見通しもない現状では、財政赤字を使って経済を刺激し続けると、どこかで物価上昇が加速していってしまうおそれが大きいだろう。
つまり、③のように財政赤字をファイナンスすることは可能でも他の問題が大きくなってファイナンスし続けることが不適当になるということもありうるのだ。
MMTの提唱者と標準的経済学の信奉者の主張に大きな違いが生まれる一つの要因は、歴史の教訓をどう読むかという点にあると考える。政府が常に悪者であるかのような主張は間違っており、筆者は政府の能力をもっと活用すべきだと考えている。しかし、全面的に政府を信頼するのも行きすぎだ。政府の力はしばしば誤用・悪用されるので、社会に壊滅的な打撃を与えられるほどの力を一つの機関に与えるのは危険だ。
司法・立法・行政の三権分立など、民主的な制度の多くは政府の効率性を下げているが、安全装置として設計されたものだ。MMTの提唱者は、政府が問題が深刻化する前に財政赤字を減らせば大丈夫だと言っているが、こうした場合に政府が最適な行動ができるとは限らない。歴史の教訓は、政治家も選挙民も近視眼的で最適な行動はできず、行きすぎを回避するのは極めて難しいということだ。
中央銀行の関係者はしばしば自分たちは政府の一部ではないと主張するが、標準的な経済学の教科書は中央銀行を政府の一部として扱っている。一方、主要国は中央銀行による国債の直接引き受けを禁止しており、教科書もそれが望ましいとしている。その結果、政府が国債を市中で売却して、中央銀行は市中の国債を買い入れるという操作を行っている。これはMMTが指摘するようにムダな操作だ。しかし、なぜこのような非効率な制度を採用しているのかと言えば、安全装置の役割が期待されているからだ。
政府が常に最善な政策を行うのであれば何も問題は起こらないが、政府に自由に通貨を発行できる権限を与えると、必ずと言ってよいほど乱用して経済的な大惨事を引き起こすことを、歴史は教えている。だから、わざわざこのような非効率なことをする制度を多くの国が採用しているのだ。
MMTでも、目標以上の物価上昇が起こった場合には政府支出を抑制することには賛同している。例えば、インフレが昂進するのを抑制するために物価上昇に応じ政府支出が増えるという仕組みを止めるべきだと述べているが、これは、具体的には物価が上がっても生活保護や年金を増やさないといった対応を意味している。
◆インフレが加速すると貧しい人ほど打撃は大きい
MMTの提唱者は「インフレにならない限り、財政赤字は問題ない」と主張するが、増税や歳出削減には法律改正や政府予算の議決が必要で、それほど機動的に変更できるわけではないから、インフレ加速の危険性が明らかになってから財政赤字を削減しようとしても間に合わない可能性が大きい。目標を上回る物価上昇が起こり、政府が歳出を抑制しても、多額の資産を保有している人たちはひどく生活に困るということはないが、社会保障給付や政府の施策への依存度が高い貧しい人たちの生活は大きな打撃を受ける。
変動相場制下で国債発行に問題が生じず政府支出の削減が行われなかったとしても、海外を上回る物価上昇率のために円安が起こることが、問題を引き起こす可能性もある。資産家は円の下落を予想すればドルなどの海外の通貨に資産を移そうとするだろう。民間部門の保有している純金融資産が大きければ大きいほど、海外への資金逃避による円安は大幅なものとなりやすい。円安によって輸入品価格が上昇し物価上昇に拍車をかけ、それがさらなる円安の原因になるという悪循環に陥る恐れもある。
国内発のインフレにせよ、為替下落によるインフレにせよ、いずれにしても富裕層は影響を緩和する手段をたくさん持っているが、所得や資産の少ない層ほど対応策が少なく苦しい思いをすることになるはずだ。その危険性を考えれば、財政赤字を拡大して完全雇用を目指す方法は低所得者にとってはリスクが大きすぎる。
米中貿易摩擦の激化や英国のEU離脱による欧州経済の混乱などから世界経済が大きく落ち込み失業率が大きく高まるということになれば、総需要を増やして失業者を減らすべきだ。しかし、現在の日本や米国では失業率は長期的な平均水準よりもはるかに低く、労働需給はむしろひっ迫していて、危険を冒してまでさらに失業率を下げる意義は小さい。日本では人手不足にも関わらず賃金上昇率が高まらず、経済の潜在的な成長率が低下していることは確かだが、この問題の解決のためには財政・金融政策による総需要の管理とは別の手段と政策を取るべきなのである。
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