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研究費競争で研究力低下・教員疲弊  国立大学法人化は失敗

日本の大学 理系論文数、頭打ちで、国際順位も4位11位に低下したとの記事。以前から指摘され続けてきた問題である。

国立大学が「民間発想のマネジメント」により「自律した経営」をする「法人」となって、十余年。以来、国から支給される基礎的な運営資金が毎年削減され、競争的指摘に置き換えられてきた。その結果、日本の研究力が低下しつづけている。

ノーベル医学賞の大隅良典・東京工業大栄誉教授は、「私の時代は自由度が高く今より研究がやりやすかった」「新しい課題に挑むとなると簡単には論文が出ません。私も最初の論文まで四年かかりました。今ならとても研究費をもらえない。確実に、はじき飛ばされていたと思います」「ものすごく短期間で費用対効果が問われ、みな疲弊」「(国からの研究交付金が減り)大学が貧しくなった。経常的な研究費がなくなり、すべて競争的資金に」なつたと。山極寿一・京都大学学長は明確に「失敗だ」。

話題になっているこのマンガが、国立大学「改革」の本質をついている。

Djhaiavsaayay6

【日本の大学 理系論文数、頭打ち 4位11位 研究費競争裏目に2019/9/8】

【日本の研究力が低下している 東京工業大栄誉教授・大隅良典さんに聞く 2019/3/11

【国立大学法人化は失敗だ」山極寿一氏(京都大学学長)読売教育ネット 20183 9日】

【<疲弊する大学教員>(上)現状 教育も運営も、過剰な負担 中日 2018/9/2】

【<疲弊する大学教員>(下)原因と対策 学生確保で業務雪だるま 中日 2018/9/16】

【週のはじめに考える 頭脳流出が心配になる 東京2018/12/2

 

【日本の大学 理系論文数、頭打ち 4位11位 研究費競争裏目に2019/9/8】

 日本の大学の理系論文数が、政府による研究予算の抑制や競争原理拡大と軌を一にして2000年ごろから伸びが止まり、20年近く頭打ちの状態になっていることが分かった。世界では米国や中国の論文数が飛躍的に伸びており、質の高い論文数を示す国別世界ランキングで日本は00年の4位から16年は11位に低下。研究活性化策として導入した競争原理の拡大が奏功しなかった形で、政策に疑問の声も出ている。

 共同通信が文部科学省科学技術・学術政策研究所(NISTEP)の論文数に関するデータや総務省の科学技術研究調査を基に比較した。

 1986~99年度は、国公私立大などの研究費が各年度平均4.40%増、論文数は年平均5.47%増だった。だが研究費が99年度に前年割れし、その後横ばいになると論文数もほぼ同時に伸びが止まった。00~16年度は研究費が平均0.72%増、論文は同0.07%減。特に人件費は研究費全体より低い0.67%増にとどまった。任期付きの不安定な研究職が増え、研究環境が悪化したと指摘する専門家もいる。

 政府は競争原理などで効率を上げれば研究を促せるとして、複数の学者が応募、獲得を競う「競争的資金」の拡大に01年以後取り組んだが、論文数ではもくろみが外れた。

 

【日本の研究力が低下している 東京工業大栄誉教授・大隅良典さんに聞く 2019/3/11

  三十年で十八人。平成にノーベル賞を受けた日本出身の研究者の数だ。米国に次ぐ世界二位だ。一方で、日本の研究力は地盤沈下を始めているという。二〇一六年にノーベル医学生理学賞を受賞した東京工業大の大隅良典栄誉教授は、基礎科学の危機を訴え、支援を始めている。 (三輪喜人)

 -三十年を振り返ると。 

  ノーベル賞を受けたオートファジーの研究は平成とともに始まり広がりました。一九八八年に飢餓状態の酵母を顕微鏡で観察していたのが始まりです。その後の生物学では技術的な進歩がすばらしく、細胞の中にある一分子の動きが見える蛍光顕微鏡が開発されました。

 それには二〇〇八年ノーベル化学賞の下村脩先生が発見した、緑色蛍光タンパク質が革命的な役割を果たしています。遺伝学、生化学、細胞生物学など基礎科学が進み、生物分野は目覚ましく発展しました。三十年たってオートファジーの本当の理解はこれからという感じです。

 -平成に多くの日本人が受賞したのはなぜでしょう。

  私の時代は自由度が高く今より研究がやりやすかった。昔、大学の先生は薄給だけど「好きなことができて幸せですね」と言われた。いま「好きなことやってます」と胸を張れる先生は少ないのでは。研究費の獲得などにきゅうきゅうとして有能な人が能力を発揮できずにいるのです。

 -若手も苦労しています。

  若い人が、挑戦的な仕事をしにくい環境にいると思います。新しい課題に挑むとなると簡単には論文が出ません。私も最初の論文まで四年かかりました。今ならとても研究費をもらえない。確実に、はじき飛ばされていたと思います。ものすごく短期間で費用対効果が問われ、みな疲弊しています。

 -何が原因ですか。

  (国からの研究交付金が減り)大学が貧しくなった。経常的な研究費がなくなり、すべて競争的資金になって、外部の研究費を獲得することが必須になりました。

 -競争も過酷です。

  そもそも設備がない研究室の人と、何億円も予算のある人が同じ基準で、競争にならない競争を強いられています。選ばれた少数のグループだけでは駄目で、多様な大学に多様な人材がいることが大事。競争だからといって最低限の研究費もない大学をつくるのは大変な人材のロスだと思います。このままでは地方大学の理学系学部は統廃合されていくかも。今は大学組織を改革することが評価され、良い仕組みがあって残そうとしても評価されません。

 -大学の研究力が下がっているといわれます。

  大学院が企業の予備校化しています。「就職が良いから○○大に入学しました」という学生が多く、修士課程で就職が決まると研究意欲はとても下がる。偏差値教育や少子化のせいか、若い人が夢を描けず保守的になっています。

 能力を磨いて挑戦しようという人が少なく、博士課程に進む人も激減しています。研究室の活性の多くは大学院生が支えてきました。基礎をしっかり学んだ博士がいないと日本の科学を支えられない。東京大の工学部でも博士課程へ進む人は減っている。日本の将来を支えるには、どれほどの博士が必要かという科学的な見方が大切です。人口減少が深刻だからこそ若者たちがしっかり高等教育を受けてくれないといけないのに、逆行しているように思えます。

 -ノーベル賞受賞後に財団をつくり、基礎研究を支援していますね。

  基礎科学を大事にすべきだと訴えてきて少しずつ認識は広がっています。基礎科学に力を入れれば、いろんな波及効果があります。研究室での学びが楽しく充実し、一部の人は大学を支え、社会に出て活躍する人の力も養われます。研究にじっくり取り組み、問題を発見し解決する力をつけるのが大切です。すぐ役立つというのではなく、十年後、百年後に思いをはせる長期的な視野を研究者も企業も政府も持つべきでしょう。人類の未来とは、科学を多くの人が身近に感じ、文化の一つとして認める社会になることだと思います。

 <おおすみ・よしのり> 1945年福岡市生まれ。67年東京大教養学部卒。74年理学博士。東京大助教授などを経て、96年基礎生物学研究所教授。2009年、東京工業大特任教授。14年に同大栄誉教授。

 生物の細胞内で起こる、タンパク質を分解して再利用する「オートファジー」(自食作用)という現象を、1988年に酵母を使って顕微鏡で初めて観察。その主要な仕組みを解明。パーキンソン病や糖尿病、がんなどに関係すると注目され、研究が広がっている。

 2006年に日本学士院賞。15年にガードナー国際賞と慶応医学賞、16年にはノーベル医学生理学賞。

 

 

【国立大学法人化は失敗だ」山極寿一氏(京都大学学長)読売教育ネット 20183 9日】

 国立大学が「民間発想のマネジメント」により「自律した経営」をする「法人」となって、十余年。以来、国から支給される基礎的な運営資金が毎年削減される中、教育や研究に充てる資金を、国立同士、あるいは私立や公立と競い合うようになった。教育や研究はどの大学もが担う使命だ。だとすると、国立大学が「国立」であり続ける意味はどこにあるのか。国立大学協会会長、日本学術会議会長も務める京都大学の山極寿一・学長に聞いた。

■ミスマッチのつけ

――安倍首相は2月8日、「大学は知の基盤であり、イノベーションを創出し、国の競争力を高める原動力」と述べた。では、国立大学とは......

・山極 まず、こちらの言いたいことを言わせてほしい。

 国立大学法人化は失敗だった、と思っている。文科省と国立大学が一体となって取り組んできた教育研究の質の向上を切り離し、単なる財政問題として処理した。国の財政が悪化している。その責任を法人化して各大学法人に押しつけたのだ。はっきり「失敗」だと認めてもらわないと、これからの大学改革はできない。

――「法人化が失敗」という言葉が出てくるとは思わなかった。前国大協会長の里見・前東北大学長は「一定の意義があった」と話していた。

・山極 1991年の大学設置基準大綱化で、東京大学以外は教養部を廃止した。教養部は高校と大学教育を接続する機関だった。それに続けて大学院重点化が行われた。企業サイドの求めに応じて、高度な科学技術、世界の動向に応じた高度な人材育成をすることがミッションとされた。そのかたわら、文部省(当時)は「ポスドク一万人計画」を打ち出した。博士の学位をとっても就職できない事態が起こったからだ。結局、企業の改革には結びつかなかったのだ。そしてグローバル時代を迎え、企業は安い人材、また高度な人材を求めて海外へ出口を求めた。日本の大学との連携は全然、進まなかった。いまだに一括採用が横行し、見ているのは大学入学時の偏差値と大学のブランドだけ。国が大学に求めているものは、前のめり型の国際競争で企業に資する人材育成だ。だから「大学はなっていない」とか「大学の研究力が落ちている」と言っている。研究力といっても、国は論文数しか見ていない。

 法人化以来、運営費交付金※を削減し、一方で競争的資金を打ち立てるから、研究者はその獲得競争に邁進して、実際の研究時間を減らしている。現状では、明らかに研究者の数と研究時間が減っているのに、企業はますます躍起になって「高度人材育成」「社会に役立つ人材」を求める。政府と企業のミスマッチ、企業と大学のミスマッチが起きているのだ。

 ※運営費交付金

 基礎的な運営資金として国から国立大学や国立研究所に支給されている資金。86大学に総額約1兆1000億円。主に教職員の人件費や研究資金に充てられている。

 【主な大学改革】

  • 1991年 大学設置基準の大綱化
  • 90年代 国立大学で大学院重点化

 「大学院重点化」とは、学部を基礎とした組織から、大学院を基礎とした大学に変更すること。学生・院生数をもとに国から支給される「積算校費」が、院生の方が高いこともあり、最終的には国立16大学で採用した。

  • 962000年度 ポスドク1万人計画 博士の学位取得者の雇用を促すために、国が期限付きの雇用財源を支給。大学院重点化で増えすぎたドクターの救済策。
  • 2004年 国立大学法人化
  • 2012年  国立大学のミッション再定義(~13年)

           大学改革実行プラン発表  大学の機能の再構築」と「大学ガバナンス(統治)の充実・強化」を柱とし、具体策として(1)国立大学改革(2)大学入試改革(3)研究力強化――などを挙げた。

  • 2015年 「新時代を見据えた国立大学改革」発表
  • 2017年 「指定国立大学」選定  世界のトップレベル大学と競うことのできる国立大学を選び、国が重点的にサポートする制度。京都、東京、東北の3大学が選ばれた。

――その中で、国立大学の「差別化」が進んでいる。

・山極 指定国立大学は、文科省が初めて行った差別化だ。でも、国が研究型大学の3大学に何を望んでいるのか、未来の大学構想に結びつけているのか。そうは思えない。要求過多だ。お金はないけれど、要求はする。それでは何もできない。国が出す補助金には常に目的があるから、その目的に応じて、大学の態勢を変えることになるが、それは大学の個性化を摘む一番悪いやり方だ。たとえば外国人教員の数を増やすとか、そういった話だ。

 現場はどんどん疲弊し、いろいろと事件を起こす。研究不正が発覚したりした京都大学が、こういうことを言うのもナンだと思うけれどね。

 ■国立大学は公共財

――ズバリ、国立大学とは何か。

・山極 国立大学は公共財だ。国民の税金で作っていただいたもので、国民の税金で運営させていただいているものだ。だから大学の知は、一私企業に利用されてはいけないものだ。国民全体の資産にならなければいけない。そういう意味で、もっと自由な学生や研究者のモビリティー(流動性)があり、なおかつその成果を誰もが利用できるオープンサイエンス、オープンイノベーションの拠点にならなければと考える。けれども、今のやり方は組織と組織が競争して組織のために尽くし、組織のためにお金を取ってくる人がエライという風潮になりつつある。それは間違いではないか。国立大学でつくられた知的財産は大学同士でお互いに共有し、政府や国民と共有し、その種を芽吹かせていかなくてはだめだと思う。だから、大学同士は戦うのではなく、むしろ連携しなくていけない。研究者同士が大学の枠を超え、企業の枠を超えて連携し、その新しい成果を世に問うべきだ。

――国際的な大学ランキングを重視する政策も横行している。

・山極 その結果、一律の指標をもとに財務省から文科省が一生懸命お金を取って、それを実現するという方向になっている。旧ソ連がやっていた計画経済、その失敗例と同じことしているわけだ。こんなことをやって、一体何になるのか。大学は個性を持って、この大学で学べばこういうことができるはずだと学生の意欲や希望を高め、学生と教員が一体となって新しい世界を切りひらく所ではないか。それが崩れたわけだ。どの大学も同じことを目指す。そんなバカげたことがあるか。怒りがこみあげてくる。

――教育の面ではどうか。

・山極 今の学生は、育てるのに大変、手間がかかる。だから、教員はそこに充てる時間がものすごく増えている。そもそも教員数が減り、事務職員も削られているから、教育や研究にかける時間が減っていくのは当たり前。教育・研究は公共財だ。教育を受けられる権利は、どの国民も平等に持っている。教育や研究が公共財だとすれば、その成果は自分のために使ってはいけないはずだ。社会のために、国民のために、世界のために使わなくてはいけない。ところが、組織と組織の資金獲得競争になっているから、お金を取れる人がエライ人、みたいなバカなことが起こるわけだ。繰り返しになるけれど。

■競争の果てに

――その結果、研究不正も起きる。

・山極 研究成果をあげれば、地位の上昇につながる。自分が大きな外部資金を得ることにもつながる。となれば、いきおい研究不正も増える。

 一方で、所属する組織によって研究者に格差が広がっている。公共財としての大学は、東大であろうと阪大であろうと地方の小さな大学であろうと、研究者が自由に行き来できなければならない。いろんな大学を渡り歩きながら研究者は切磋琢磨するのだ。東大は一番お金をかけている。東大に行けば自分の好きな研究ができるので、競争力が高まる。その一方で、あぶれた人たちは劣悪な研究環境で自分の研究をしなくてはならなくなる。そうした連鎖の下、あぶれた人たち、次世代の人たちはどうするのか。結果として、研究者がどんどん減っていくことになる。

――ご指摘の通りだとは思う。だが、国立大学に反論のチャンスはあったはずだ。

・山極 猛烈に言ったよ。

――すでに文科省は国立大学を三つに分ける政策を打ち出している。「地域のニーズにこたえる人材育成・研究」「分野ごとのすぐれた教育研究」「世界トップ大学と伍して卓越した教育研究」の3タイプだ。そこにさらに差別化を推し進める「指定国立大学」が始まった。京都大学はなぜ、手を挙げたのか。

・山極 研究型大学として、より良い条件を求めなければならないからだ。我々も最初は指定国立大学のやり方には反対だったから、「こんなものに手を挙げる気はない」と言っていた。それからだんだん歩み寄りを始め、国がやろうとしていることもはっきりした。「国際水準の研究大学にいろんな措置を与えて、後押しをしていきましょう」と。それにひとまず、我々は乗った。いずれ研究大学は広がるだろう、京大がその先陣を切るのだという構えだった。そこまでは問題だと思っていない。

 問題はそこから先だ。国大協会長としていうと、国は三分類をこれまで以上に進めていくだろう。果たして文科省が、独自の企画を立てられるのだろうか。ますます財務省の言う通りになって三つの分類をただ推し進めていくのではないか。そうなっては、取り返しがつかないだろう。

■国立大学の国際化

――未来に向けてどうしたいのか。

・山極 国立大学は公共財という考え。これが全てを語っている。日本は初等中等を含め、世界に対して誇れる教育をしてきた。その教育を海外に輸出してはどうか。教育者がアジアにアフリカ、先進国に行く。それは、実際に求められていることだ。事実、京大はエジプト工科大学大学院に教員を送っている。

 政府は、米国や欧州のような国際化しか視野になかった。EUという大きな経済圏の中で学生や教員が自由に動け、高等教育が初めから無償化できている欧州と、日本が同じことをできるわけがない。その結果、国の金を使って留学生や教員を海外から招致するようなことになる。高額の入学金や授業料、寄付金で資産を増やしている米国の研究大学の手法を、日本の国立大学に求めても無理なことは自明だろう。日本には日本のやり方があるのだ。

 国の外交政策として、日本型の教育をたとえばアジアに輸出する。そういった諸国から集中的に留学生を集めて、英語教育と日本語教育を併用させて日本型の教育でアジアを支える人材を育てたらどうだろう。それを担う力を、日本の国立大学は持っている。

――ところで、学部の定員を減らす考えはないか。少なくなった若者を他大学と奪い合っても、進学高校同士の競争を激化させるだけだ。各大学の教育に磨きをかけるためにも、他大学の学生に広く門戸を開いたらどうか。

・山極 学部の定数を減らす考えはある。ただ、定数を減らすと、学部の教員の熱意を落とすことにもなる。問題は二つある。まず、学部生の減で学部教育がおろそかになりがちになる。結果、教員数の減にもつながり、質が落ちる。もう一点は、大学院でいきなり特化した教育にすると、ますます高校と大学の接続が難しくなるということだ。今回、入試でミスをして大変申し訳なく、忸怩たる思いがあるが、背景には、高校教育と大学教育をきちんと接続できる教員が、大綱化による教養部廃止以来、少なくなってしまったということがあるのかも知れないと考えている。さらに、京大は研究所が多いから、もとより学部教育に参加していない教員も多くいる。その中で入試業務が負担化している。きちんと時間と労力を割けなくなっているのかも知れない。

 やはり、学部教育をしっかりやることが大事だ。高校教育からきた学生をしっかり育て、日本の公共財として、研究者を、企業人を育てていかないと。研究型大学が研究だけに特化することは、公共財であることに反する。総合大学としての大きなミッションは、幅広い教養と幅広い出口を保証することだろう。

――なるほど、研究型大学のレベルを保ちたいのならば、学部をやめて全国から優秀な学生を集めればいいのではないかと考えていたが、そういう考え方もあるか。最後に問いたい。国立大学の差別化が進み、さらに国立大学の統合※も取りざたされている。どう考えるか。

■国立大学の統合

一法人が複数の国立大学を運営する構想。その形状から「アンブレラ」方式とも呼ばれる。

・山極 連携のあり方を模索すべきだろう。地方の国立大学に通っている学生も、東大で授業を受けることができる、そういう循環が必要だ。たとえば、カリフォルニアのコミュニティーカレッジとカリフォルニア州立大学がやっていることは一つのモデルになるだろう。日本は小さな国で、全都道府県に国立大学があるというメリットを生かすことが必要だ。

 特に留学生だ。国立大学協会で留学生の窓口を一本化し、様々な大学に散らばらせることを考えている。国立大学の幅の広さ、個性の豊かさを生かす教育ができる。公立大学とも連携していく。文科省の大きな壁は公立大学。総務省所管だから、コントロールが利かない。私立大学はもっと利かない。だから国立大学に集中砲火を浴びせているのだが、国立大学だけが変わっても大学全体が変わるわけではない。

 国立大学で学んでいる学生、研究者は公共財としての自分を意識しなくてはならない。教育も研究も.企業との接点もその点から考えなくてはいけない。それを誘導していくのが政府と文科省。文科省はその司令塔なのだから。

――法人化で国立大学がよくなっていない。その根底に、組織と組織の過度な競争がある、という考えはよく分かった。組織同士の戦いは、意味がないのか。動物は群れ同士で戦っているが。

・山極 群れの作り方が違う。人間は群れを行ったり来たりできる。それが人間の特徴。一つの群れに所属しているわけではない。複数の組織に属して能力を高めるのが人間の特性だ。それができるような環境作りを実現したい。

■おわりに

 1991年に出された大学審議会の答申は、「大学への期待」で始まっている。大学が「豊かで活力ある社会の形成に様々な寄与をしてきた」歴史を持つからだ。こうも書かれている。「大学は学問の府として自律的な教育研究が保障され、その創意によって常に教育研究水準の向上に努めることが社会的に期待されている」。だからこそ、これからの日本の未来を切りひらき、世界に貢献するには大学の「良識」に任せるのがいいと判断し、大学設置基準の大綱化に踏み切った。明言されてこそいないが、「学問の自由」「大学の自治」に対する敬意があったように読みとれる。

 だがその後は、山極学長が指摘した通り。となると、国立大学法人化というより、大綱化の失敗、つまり最高学府たる大学の「良識」に任せるという判断自体が誤りだったということなのか。それでは余りにもむなしい......。(奈)

◆山極寿一(やまぎわじゅいち) 1952年生まれ。霊長類研究の第一人者で、特にゴリラに詳しい。「ゴリラは語る」「『サル化』する人間社会」など著書多数。元日本霊長類学会会長。2014年に京都大学学長就任(任期6年)。

 

<疲弊する大学教員>(上)現状 教育も運営も、過剰な負担

  国立大の独立行政法人化などを機に大学教員の仕事が増え、過労で心身を損なう人がいる。多くは裁量労働制で、働き方は自身にゆだねられ、大学側も労働実態を正確に把握できていない。少子化対策や大学改革に伴い業務は増える一方の今、問題を二回で考える。まずは国立大教員の現状から。

 「仕事が多すぎるんだよ。回せないんだ」

 東北大の准教授だった夫、前川英己さん=当時(48)=が亡くなる直前に発した言葉が、今も妻の珠子さん(53)の耳に残っている。

 十年任期でリチウムイオン電池の材料を研究していた。任期後も見据え、その二年ほど前から研究を加速させていた頃、東日本大震災が発生。研究室のあった建物は全壊した。

◆入試監督や草むしり

 職場の片付け、膨大な報告書の作成、始まったばかりの研究プロジェクト、大学院生を含む八人の学生の指導、週三こまの授業、年四十日の国内外の出張…。そこに、草むしり、学内の駐車違反のシール貼り、入試の監督も。平日は朝八時に出掛け、深夜まで。土日も休まなかった。珠子さんが振り返る。「自宅のベッドでうつぶせで仕事をしたまま眠ることも多くて、よくパソコンをそっと引き抜いた。介護ベッドが欲しいと言っていました。リクライニングできれば寝る直前まで仕事しやすいからと」

 二〇一二年一月、ようやく研究環境が整ったにもかかわらず、その環境が二年後に存続できなくなる可能性を上司から理不尽に告げられたという。「パワハラにも遭っていた」と珠子さん。直後にうつを発症し、一週間後に自ら命を絶った。

 所属する東北大大学院の工学研究科は教員に出退時間の提出を求めていたが、前川さんは出していなかった。しかしパソコンの記録や部下、同僚らの証言で過労の事実が認められ、一二年秋に労災認定を受けた。

◆弱い立場に仕事集中

 過労死弁護団の一人で大学の雇用問題に取り組む仙台市の土井浩之弁護士は「助教や准教授、任期付き教員は立場が弱く、過剰な仕事を強いられ、うつに追い込まれる場合は少なくない」と語る。

 珠子さんは「せめて研究のために死ぬのなら本望だったと思う。教育も運営もと、超人的な仕事量が求められる大学の現場はおかしい」と訴える。

◆「自分の研究、夜しか」 実働時間を申告しない例も

 大学教員には主に研究、教育、運営の三つの業務が課されている。「その働き方は分野や立場などによって全く違う」と土井弁護士は指摘する。

 東海地方の理系の六十代の国立大教授は、学部長をしていた五十代後半に心筋梗塞を患った。会議などの運営業務で多忙を極めていたが、当時、過労の認識はなかった。「働き過ぎをやめようと思えばやめられたが、画期的な研究成果も出て自宅でもずっと仕事をしていた」。優秀でまじめな人にほど仕事が集まる傾向があるとみる教員は多い。

 周りから口出しされたくないという気風もある。ある国立大の四十代の准教授は、月の労働時間が三百時間以上になり体調も崩した。だが、大学への申告は、産業医との面談を促されないように「二百四十時間以内」にしている。「雑務が多く、自分の研究ができるのは夜だけ」

 各大学は健康管理のために教員の労働時間の把握に努めるが、その方法はまちまちで出勤簿の提出だけで済ませる大学も。来春からは働き方改革関連法が施行され、把握方法が厳密になるとされる。「全学的に管理が厳しくなると思うが、自由に仕事したいと望む教員からの反応は心配だ」と東北大の担当者は語る。

 過労死遺族の会「東北希望の会」を設立した珠子さんは願う。「労働時間だけを管理しても業務量が減らないと意味がない。先生も、求められるままに働くのでなく、過労は健康を損ね、命は有限だと知ってほしい」

  

<疲弊する大学教員>(下)原因と対策 学生確保で業務雪だるま

 多くの大学教員が業務に忙殺され過労に陥っている問題。今回は私立大の状況を紹介し、多忙化に拍車がかかる最近の背景と、対策について考える。

 「春からオープンキャンパス、秋からは入試業務にも駆り出され、週末の休みがつぶれていく。週十こまの授業があり、平日の代休も取れない」。愛知県内の私立大に勤める四十代の理系の教授は、苦笑いしながらつぶやいた。

 十八歳人口が減少する時代、特に私立大はブランド力や競争力を高めて学生を確保しようと躍起だ。一人でも多く集めようと、入試の回数を増やし、その方法も多様になった。「AO、推薦、一般入試など年に十五回はある」と教授。入試問題の作成や監督などの業務を負わされ、教員の負担は増加。大学をPRする出前授業なども課されているという。

 学生へのサービスも欠かせない。多くの大学が担任制を導入し「面倒見の良さ」を掲げる。「今の大学生は、頻繁に相談に来る。勉強の質問はもちろん、バイト、友人関係、下宿のこと…。メンタルの弱い学生も増え、ケアしないと退学や不登校につながりかねない。夜に保護者に電話して状況を伝えるのも仕事。授業料未納の連絡もしますよ」。教育と運営業務だけで、週の労働時間は四十時間を超えるという。

 別の私立大の文系の准教授(38)は「最近は地域貢献も求められ、さらに時間が取られる。研究して論文を書く時間はなく、不慣れな仕事がどんどん増え、体調を崩す先生もいる」。

◆収入減で人件費抑制

 教員の業務量が増える背景には、お金の事情もある。授業料が収入の大半を占める私立大では、学生数の減少が経営に響く。国立大の場合は、運営の根幹を支える国からの運営費交付金が十四年間で約千四百億円減らされてきた。収入減を、教職員の人件費を抑えてカバーする大学は多い。

 実際、地方の国立大の准教授(42)は「定年で退職した教員を補っておらず、学科の教員数がこの十年で八割弱になった」と明かす。「格段に増えた運営業務をいかに減らすかが課題。教員一人あたりの授業数や学生数も増え、倒れた先生もいる。どう自衛するか仲間と話し合っている」

 国の科学技術・学術政策研究所の調べでも、大学教員の業務のうち、運営や社会貢献が占める割合がこの間、国公私立、分野を問わず増えている=グラフ(左)。研究の時間を増やす有効策として、教員は大学運営業務や学内の事務手続きの効率化、教育専任教員や事務職員の確保などを回答している=円グラフ。

 ◆入試監督は外部委託

  運営業務を減らす試みもある。近畿大は全国で入試を実施し監督業務は教員を派遣して行っていたが、二年前から外部委託を始めた。今秋からの入試では教員約三百人の負担を減らす予定。今年から高校訪問の担当を教員から職員に切り替えた関西の私立大もある。しかし関係者の多くは「業務量を減らすには教職員の数を増やせばいいが、お金がない今は本当に難しい」とする。

 大学の運営や実情に詳しい本間政雄・大学マネジメント研究会長(70)は「少子化で大学経営は厳しさを増す一方、入試改革やグローバル人材の育成など大学の課題は多い。その中で教員の仕事は増え、多様化している」と指摘。「限られた経営資源を効率的、効果的に配分するなど、大学経営の責任を持つ理事長や学長のマネジメント力が問われている。事務職員の能力を高めるとともに、企業や行政から多様な専門人材を登用し、教員が教育・研究に専念できるようにしないと、大学の教育力も研究力も低下してしまう」

  

【週のはじめに考える 頭脳流出が心配になる 2018122日】

  ノーベル賞ウイークが五日から始まります。十日の授賞式では本庶佑・京大特別教授が医学生理学賞を受賞。自然科学系で日本人は二十三人となります。

 本庶さんをはじめ、受賞者が基礎科学の大切さを話すことが多くなっています。言うだけではありません。本庶さんは賞金などを元にして京大に基金を創設するつもりです。

 二年前に受賞した大隅良典東工大栄誉教授はノーベル賞の賞金など一億円を出して大隅基礎科学創成財団を設立。基礎研究の助成をしています。

◆ウイスキーの空き瓶

 来年三月から財団の助成を受ける木村洋子静岡大農学部教授の研究室を訪ねました。木村さんは大隅さんと同じように酵母を使った研究をしています。

 研究室には現在、学生が三人、大学院生が四人所属しています。木村さんは文科省の科学研究費補助金(科研費)の申請が採択されず困っていたそうです。というのも、研究や学生の教育用に大学から受け取るお金は年間六十三万円。一方、電気代だけで二十五万円。高性能の顕微鏡使用料や実験装置の修理費、試薬などの消耗品。削れない支出が多く、助成金がなければ赤字です。

 棚に並んだ実験用のガラス器具の中には百円ショップで買った物もありました。ウイスキーの空き瓶も。高価な器具の代替品です。

 試薬の瓶には値段を書いた紙が貼ってあり、節約を呼び掛けているようでした。そんなに研究費に苦労しているのに、木村さんは何度も「学生は失敗するもの」と言いました。学生や院生を育てるのには、やってみせ、させてみなければなりません。それが務め、と考えているようでした。

 科研費は国内の多くの研究者を支える研究費です。二〇一一年度の総額約二千六百億円がピークで、昨年度は二千三百億円弱でした。採択率は昨年度で25%。研究者はよく「科研費に当たる」と言います。まるで宝くじです。

 木村さんは研究の意義を「生物に関する新しい知見や発見を積み重ねて、生物学の大きな辞書を作っていく営み。基礎研究の特徴は、その結果を誰もが利用できること」と教えてくれました。

 辞書がないと詩や小説が書けないように、基礎研究がなければ応用といった成果は生まれません。違いは、辞書から小説は生まれませんが、基礎研究は辞書の一項目になるだけでなく、時には大きく花開くことです。

◆受賞は日本か米国か

 話をノーベル賞に戻します。

 日本人初の湯川秀樹博士は一九四九年、米コロンビア大学客員教授の時に受賞、翌年、同大教授となっています。

 江崎玲於奈博士(物理学賞)は米IBMの主任研究員時代、利根川進博士(医学生理学賞)は米マサチューセッツ工科大教授の時でした。最近でも、物理学の南部陽一郎博士と中村修二博士、化学の下村脩博士と根岸英一博士が米国への頭脳流出でした。

 大学などの研究環境が十分でなかった時代に優秀な研究者が海外に出たのは、仕方のないことだったといえるでしょう。

 今は違うはずです。

 政府は近年、集中と選択といって、研究費の配分方法を変えています。選択の基準は「役に立つ」が大きいように見えます。大学改革にも熱心です。しかし、世界の大学ランキングで日本の評価は芳しくなく、論文発表数も伸び悩んでいます。

 研究環境の悪化、とあえて言います。その影響がいろいろな所に現れています。

 偏差値が高い受験生は多くが医学部に進学。大学院博士課程の学生も、海外に出て行く学生も減少しています。

 若者も、その親も、安定を望む時代です。理系なら医師になるのが高収入への道です。博士課程に進むと企業はあまり採用してくれません。海外に行くと、国内でポストを得にくくなり、そのポストも任期制という非正規が大半です。頭脳流出は何も、海外に出ることだけではありません。

◆違いが分かる研究者

  木村さんの研究室からはまだ、博士課程へ進んだ若者はいません。飽きずに顕微鏡を見て、微妙な違いに気付くという才能を持った学生がいました。大隅さんを思い出させます。大隅さんは顕微鏡で長時間、観察してオートファジー(自食作用)という現象を見つけました。第二の大隅になったかもしれない若者が、大学を去っていくのです。大学改革は大学を魅力あるものにするべきです。

 十二月はノーベル賞ウイークで、日本人の受賞を祝う。二十一世紀になって、それが師走風景の一つになっています。平成が終わっても、続いてほしいものです。

 

 

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