自治体新電力の未来 メインテーマは『安売り』ではなく『幸せ』
自治体新電力に対して、大手電力が、国民負担で築いてきた過去のインフラ、財政力を背景に安売り競争をしかけ、潰しにかかっている。アップル、ウルマーとなど世界の企業が再エネ100%をめざし、今や再エネ供給ができなくては国際的なサプライチェーン、バリューチェーンから排除される世界に踏み出しているときに、安倍政権、大手電力など原発維持勢力の亡国の戦略である。
その中で、自治体新電力ですすむべき方向をしめす。「自然エネルギー財団」の記事が、同氏の「議会と自治体」記事のもとである。
【電気料金は本当に安ければいいのか? 自然エネルギー財団 北村 和也 8/6】
【新電力は”不健全なビジネス”か? 福島電力の破綻が意味すること2018/12/19】
【“地域密着型”新電力の強さとは? 福岡県「やめエネルギー」の事例2019/02/04】
【電気料金は本当に安ければいいのか? 自然エネルギー財団 北村 和也 8/6】
「電気料金はとにかく安い方がいい」というのは本当に正しいのでしょうか?最近、地域の新電力に多く関わっている私がずっと考えてきている課題です。短期的な価格にとらわれた安売り競争は地域の疲弊を招き、地域経済の持続的な発展につながらないことが予見されます。
◆電気の価値は値段だけにあるのか
小売電気事業をはじめるとき、新電力は料金をどうするかを必ず考えます。そして、基準としての金額=料金を設定することになります。新電力はそれが切り替え前より安くなることを強調するのが普通です。需要家は他の新電力と比べて、どちらの料金が安いかをチェックするでしょう。
現在、各地で電気の価格競争が激しくなっています。例えば、新電力に切り替えた需要家を旧一般電気事業者が驚くような安値で取り戻したという例が当たり前のように聞かれます。その結果、事業性が大きく落ちて、旧一般電気事業者に飲み込まれる新電力も出てきています。
もちろん、前提として公正で公平な電力の市場が成立しておらず、まともな競争が成り立っていないという指摘もあります。これはこれで必ず是正されなければなりません。
私は少し別の角度から、電気という商品を購入する時に、ただ値段の高低だけを見ればいいのかということを問わなければならないと思います。
特に、自治体の支払う電気料金は、金額を含め、地域への影響力が大きいことから、自治体に対して「電気料金は本当に安ければいいのか?」と問いたいと思います。
安売りすれば新電力は苦しいが、安い電気が手に入る自治体などの地域は潤うように見えますが、実は必ずしもそうではないのです。
◆電力の小売自由化と自治体施設の切り替えの流れ
これまでの小売自由化の流れを整理しておきましょう。2016年4月の電力の小売全面自由化で、多くの新電力が誕生しました。その数はおよそ600を数え、そのうち7〜8割程度の新電力が実際に電力の供給をおこなっています。この結果、高圧と低圧あわせておよそ15%程度の需要家が、いわゆる新電力に切り替えました。
その中でも、新電力の営業先としてターゲットになったのが自治体です。自治体の持つ公共施設は、例えば小中学校のように負荷率(平均電力需要と最大電力需要の比)が低く、切り替えによる電気料金削減効果が大きいという特徴があります。
元々保守的な考えを持つ自治体が多いのですが、例えば神奈川県はかなり早い時期から県の公共施設の大半を新電力に切り替え、何億円もの経済効果があったとされています。
一方、地元の旧一般電気事業者との関係から、かたくなに切り替えを拒んできた自治体も少なくありません。知識不足やかつての第三セクターのトラウマ、新電力の破綻などが、切り替え検討の足を引っ張るケースも少なくありません。「なぜ安くなるのかわからない」「怪しいところから買ったら後が大変」といった反応です。
ところが、最近は少し様子が変わってきています。地方財政がどんどん厳しくなる中で、少しでも支出を減らしたいという役所内の考えや議会からのプレッシャーを受け、検討を進めたり、実際に切り替えたりするところもかなり出てきています。周辺の自治体で実際に○○万円安くなったという情報が流れるようになったことも要因のひとつです。
◆自治体施設電力切り替えの「大きな分かれ目」
実はここからが肝心なところです。切り替えを進める自治体の間でやり方に大きな違いが発生してきているのです。
電力の小売全面自由化という新しい制度でまず強調されたのが「新電力の切り替えで電気が安くなる」というものでした。そして、もうひとつ少し遅れて流れてきた情報が「エネルギーの地産地消で地域から流出するエネルギー費が削減できる」というものでした。
後者はまだ定着しているとは言えませんが、地域活性化につながる可能性を求める地方の自治体の中で浸透しはじめています。そんな中で、電気をどこから買うかを検討しようという機運がやや遅れて沸き起こってきたのです。
ひとつ目の「電気が安くなる」はわかりやすい話です。単に電気料金が削減できるということですから、安いところを探せばいいのです。ところが、ふたつ目の「地産地消、流出エネルギー費」を理解するには少し勉強が必要でしょう。
とはいえ、議会や首長のプレッシャーの中、とにかく電気料金を下げるために動き出す自治体がこのところ増えてきました。
◆「安ければよい」を目指す、歪んだ動き
ある県内の自治体で「ESP方式」という電力供給会社の切り替えが流行っています。自治体への供給先を民間会社に任せるというやり方で、すでにこの県の市町村の6割近い市町村が取り入れているということです。
本来ESPとは、エネルギー・サービス・プロバイダーといって、大辞林によると「エネルギーマネジメントの手法を活用して、エネルギーコストの削減や経営管理などに資する多様なサービスや方策を提供する」会社です。ESCO事業の進化系とも書いてあります。
ところが、当該県のESP方式とは、前述したように電力を供給する新電力を自治体の代わりに選定するだけで、間に入る民間会社は実際のエネルギー需給などに関して具体的に何もしません。ただ「電気料金がどれだけ安くなるか」「新電力が会社として安定しているか」を比較するだけなのです。元来のESPである、さまざまなエネルギーマネジメントの提案や実際のエネルギー削減の実施とはかけ離れた内容です。
はっきり言って「なんちゃってESP」ですし、単に自治体の入札を代行しているようにしか見えません。批判を避けるためなのか、導入自治体はESP方式をおこなう民間会社を入札で選定していると言います。しかし、一定の地域でこの業務を行っている会社は1社だけで、結果としてすべてこの会社が落札しているようです。
その選定の結果はどうなっているのでしょうか。地元の旧一般電気事業者に代わって、すべてが県外どころか遠くエリアを超えた新電力から電気を受けることになりました。一方、電気料金削減の効果はまずまずで、軒並み1,000万円単位の電気代削減が進んでいます。
さて、電気代が安くなってこれで良かったのでしょうか。
まず、システムとしてこうした入札代行的なことが許されるのでしょうか。また、この民間会社は手数料として削減額の3分の1を得ることもあるそうです。行政が本来の役割を果たし、自ら入札をおこなっていれば、その分も削減されたはずです。もし市民がこういった点を「行政の怠慢」と批判するようなことがあった場合、自治体はどのように答えるのでしょうか。
それより、何かが大きくずれているように感じます。
「地元を遠く離れた新電力から電気を買うことで、その結果、地域外への流出エネルギー費が事実上増大」してしまっているのです。地域からお金が出ていく大きな原因であるエネルギー費を少しでも減らし地域活性化を図るという2番目の趣旨とは、まったく反対のことが進んでいるのです。
◆ESP方式が招いたもの
ESP方式の第一の目的が、公共施設の電気料金を削減することにあるのは明白です。ある自治体では、議会から「なぜうちの市は安くならないのか」と言われ、周りの自治体が採用しているこの方式を決めたといいます。
そこには、知識不足もあります。自治体の担当者としては、電気は安くしたいが、どの新電力を選んでいいかわからない、さらに事業破綻した新電力の例もあるのでリスクを避けたい。それならば、民間に選んでもらおう、という流れです。
新電力の選定は、ほぼその民間会社に丸投げになっているとのことで、具体的なところはわかりませんが、その民間会社は実際にかなり安くなる新電力を何らかの方法で選んできて「成果」を出しています。その会社は、忠実に業務を果たしているといえます。
実際の選定結果から見ると、元の料金と比べて20%以上の割引でした。普通の新電力ではとても太刀打ちできない値引き額です。これができるのは、旧一般電気事業者関連か大型の化石燃料などの発電所を保有する一部の新電力しかありません。実際にESP方式で決まった電力の供給会社は、すべて当該エリア外の旧一般電気事業者関係や大都市に本社のある新電力でした。特にエリア外の旧一般電気事業者は、他のエリアに食い込むため破格の料金を各地で提示して安売り競争の主役になっています。
こうした一連の取り組みの結果、地域からのエネルギー費流出に拍車がかかることになります。それまで地域に支店や営業所があり、地元に雇用もあったエリア内の旧一般電気事業者からの電力購入では、付加価値分の一部は地元にも落ちていました。しかし、上記のESP方式では、電気代と付加価値が丸ごと地域外(エリア外)に流出することになってしまいます。
エネルギー費の流出も問題ですが、自治体の当事者でも実際に何が起きているかわかっていないことがより深刻な問題です。ESP方式を導入した自治体は、地域からエネルギー費の流出が増えているのにもかかわらず、これで電気代が下がったと安心しているようなのです。
ここには自治体の中での縦割りの弊害もあります。自治体内部の他の部署では流出エネルギー費削減が重要であることを学習し、理解を深めつつある一方で、電気の購入を決める部署がそれに逆行する施策を進めてしまいます。電力の小売自由化のメリットを中途半端に知った結果が、地域からお金を流出させる原因となってしまいました。
問題の核心はESP方式の採用ではありません。とにかく「安い電気を買えればそれでいい」という姿勢です。ここでは自治体を例にとっていますが、これは個別の民間企業や家庭でも同じ理屈になります。安さに流れて電気の切り替えを進めた結果、地域からお金が出ていくことになる、回りまわって地域の経済に負の影響を与える、地域に住むすべての人に関わることなのです。
◆電気の購入先切り替えの「大きな分かれ目」
それでは、どうすればよいのでしょうか。その前に、私は「電気料金の削減が悪い」と言っているのではありません。電気料金が下がればもちろん下がった分だけ地域から流出するはずの電気代も減ることになります。
しかし、その時にいくら下がるかという「削減分の金額の多寡だけを見ていてはいけない」と言っているのです。新しい電気代の支払先が、地元の市町村なのか、県内なのか、地方の中なのか、また遠く離れたところなのかをチェックしましょうということです。それによって、エネルギー費が地域に残るかどうかがわかるのです。
場合によっては、電気料金の削減分をはるかに超えるエネルギー費の流出につながることは十分にあり得ます。ここに、地域経済にとって、「大きな分かれ目」があることに気づいてもらいたいのです。
ここでの答えはシンプルです。「そうだ、電気は地元の新電力から買おう!」です。
◆奈良の「生駒ショック」の波紋
ところが、安い電気代にこだわる自治体を増やすかのような出来事が関西地方のある新電力界隈で起きています。
その出来事の主役は、奈良県の生駒市にあるいわゆる自治体新電力「いこま市民パワー株式会社」です。生駒市をはじめ、大阪ガスや南都銀行などの民間企業、それに市民団体も出資に加わり、2017年に設立されました。
そして、その出来事とは、いこま市民パワーが市の保有する施設への電力供給を随意契約で決めたことに端を発します。これに対して、一部の住民が「生駒市が周辺よりも割高な電気代を負担している」と2018年に監査請求を出しました。これは2019年2月に退けられましたが、直後に生駒市のある市会議員が随意契約は不当に高い料金で市民に損害を与えていると訴訟を起こしたのです。
全国にはおよそ40程度の自治体新電力(自治体が出資している新電力)がありますが、そのほとんどが自治体の施設へ随意契約で電力を供給しています。単純な入札をすれば、圧倒的な基礎体力のある旧一般電気事業者や大規模新電力に価格では負けてしまう背景があるからです。実際に、生まれたばかりの力の弱い新電力には無茶な価格競争力はありません。
そんな中で「電気料金の額だけで契約先を決めろ」と言わんばかりの訴訟が起きたことは、既存の自治体新電力やこれから立ち上げを考えている自治体などにとって、少なくないショックを与えることになりました。電気代を安くしないと訴訟を起こされるかもしれない、と。
生駒市で起きていることは、ある意味で今の地域や自治体新電力を取り巻くさまざまな出来事や課題を象徴的に表しています。
◆「生駒ショック」が示すもの
いこま市民パワーに起きた訴訟騒ぎは、一見、地域の新電力が周辺自治体より高い電気料金で随意契約するのがおかしいという、単純な契約の不当性を問いただしたものに見えます。
しかし、ここには少しややこしい背景があります。いこま市民パワーの主要な出資者にエリアの大手ガス会社(大阪ガス)がいて、一方、周辺自治体の電気料金を大きく下げたのがエリアの旧一般電気事業者(関西電力)だということです。そのため、一種の代理戦争に自治体が巻き込まれたという見方もできます。この訴訟自体が、仁義なき値下げ合戦の象徴だととらえてもいいのかもしれません。
経緯を分析すると、訴訟に至った原因のひとつに監査請求を巡る議論での非公開性や手続き論の問題があるというのも事実です。見出しの1点だけでは、ニュースは読み切れないということもここでは示されています。
◆目的が明確であれば、訴訟は怖くない
市の監査委員会が、監査請求の棄却を決めた文書を見ると「随意契約を破棄して、損害分を返却せよ」という監査請求は、結局棄却されました。その理由は、まとめると次のようになります。
まず「市の主導で設立されたいこま市民パワーを通じ、市は再生エネの普及による低炭素まちづくり、地域経済の持続的な発展及び市民生活の活性化などの政策を達成することを目指している。将来を見据えた意欲的な取り組みである。」と目的を評価しました。そして、「周辺自治体の電気料金の低減額との差が不当に高額であるとは言えない。」と結論付けました。
さらに「政策の遂行のためには、一定の負担や費用(コスト)が発生し、また結果がただちに現れるとは限らない。現時点でのコスト発生だけで、政策を否定することは妥当でない。」と示しました。つまり、いきなり結果だけを求めることは将来の可能性をつぶすことにつながるとしたのです。
この監査請求棄却の内容を不服として、この後に訴訟となったのですが、私はここで示された棄却理由だけで、十分反論ができていると思います。生駒市は、はっきりと「自治体新電力立ち上げは、電気代を安くするためだけではない」と言い切っています。目指すのは、「低炭素のまちづくり、地域経済の持続的な発展及び市民生活の活性化」だとしているのです。
ただし、すべての自治体がこのような考えを持っているわけでもありません。残念ながら多くの自治体でも、訴訟を起こした側と同じ「安ければいい」という考え方が主流であると想像されます。問題は生駒市ではなく、短期的な価格至上主義にあると考えられます。
◆いこま市民パワーに残る課題
目的が評価され、監査請求が棄却されたものの、いこま市民パワーにも課題はあります。
まず、実際にこの「良き目的」をどのように実現していくかです。監査請求を棄却した文書の中でさえ、市の示すロードマップは抽象的だと苦言を呈されています。
また、棄却内容でも「電気料金の差=目的実現のコスト」を強調しすぎるあまり、今後生まれる価値としての「地域経済の持続的な発展及び市民生活の活性化」の内容を具体的に示すことができていません。今後、市は流出エネルギー費の削減効果や付加価値の地元での循環、有力地元企業(いこま市民パワー)の誕生による経済効果などをもっと数値化する努力をすべきです。
再エネ電力の価値についても、CO2削減効果は書かれていますが、RE100を目指す企業への再エネ電気の付加価値分や企業誘致効果の観点からの考察も抜け落ちています。値段だけではない「電気の質」をもっとクローズアップしてよいところです。
また、若干お粗末ですが、現在のいこま市民パワーの電力の調達先の96%以上が大阪ガスであることについて、事業の安定のために必要であるとだけ書いていますが、苦しい言い訳にしか聞こえません。
ここで気をつけるべきなのは、一部のローカルでの問題点と本質的な価値を分けて考えることです。現在の新電力、特に地域や自治体新電力を総体として分析するのはとても重要なことです。詐欺まがいの新電力が破綻したことや、債務超過になっているケースをすべての新電力の性質であるかのような言い方をすることが正しくないのは、だれが考えても当たり前だからです。
◆経済効果を数値化することの意義
生駒市のケースを含め、いずれ求められるのは、地域や自治体新電力の経済効果をわかりやすく数値に落とし込む作業です。
2019年4月、京都大学と日立製作所で作る日立京大ラボが、「自然エネルギー自給率95%によって、地域社会の経済循環率が 7.7 倍向上することを実証した」と研究の成果を発表しました。地元発の再エネ電力に切り替える(95%の切り替え)ことによって、100%地域外からの電気を購入していた場合に比べて、経済効果が7.7倍になるというものです。
電気代の削減だけではなく、地域への幅広い経済効果を新電力の指標とする上で、非常に重要な研究成果です。
◆地域の新電力とSDGs
最後にもうひとつ、ブームにもなっている「SDGs」についても触れておきたいと思います。SDGsとは、2015年の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030年までの国際目標」で、17のゴール、169のターゲットから構成されています。ここでは細かいことは省略しますが、民間企業は大きなビジネスチャンスと沸き、自治体は国から実現へのプランをつくるようにプレッシャーをかけられています。
自治体におけるSDGs実現の第1の課題は、ゴールやターゲットは山ほどあるのに、そこに至るまでのシナリオがないことです。地域ごとに背景も違うので、ある意味当然ですが、実施を迫られる自治体にとっては、闇夜に電灯なしで目的地までたどり着けと言われているようなものです。
ここからは私の持論にもなりますが、その実現のパートナーとなり得るのが、地域や自治体新電力だということです。自治体単独では、多くのゴールへと到達することはできません。勘違いしてはいけないのは、大都市からの有名コンサル会社は必ずしも良いパートナーにはなりきれないということです。なぜなら、彼らは地域のことをほとんど知らないからです。地元のことを知っていて、実際に地元で一種の公共的な電力事業をおこなっている地元資本の会社だから、相談相手になれるのです。これは、電気の価値とは別の「新電力としての価値」です。
地元が一緒になれる目標を持つことで、SDGsのゴールを含む多くの課題解決への道が開かれます。外だけに頼るのではなく、外の力もうまく使えるようになれば、真の地域主役の時代が必ずやってきます。
忘れていました。「電気は安ければいい」のでは、決してありません。
日本再生可能エネルギー総合研究所 メールマガジン「再生エネ総研」第108号(2019年6月11日配信)、第109号(2019年6月16日配信)、第110号(2019年7月25日配信)より改稿
【新電力は”不健全なビジネス”か? 福島電力の破綻が意味すること2018/12/19】
エネルギージャーナリスト/日本再生可能エネルギー総合研究所(JRRI)代表 北村和也
2016年10月に新電力会社として設立し、今年8月に破産手続開始の決定を受けた福島電力。電力自由化に伴う事業スタートから、わずか2年弱で破綻してしまったのはなぜだろう。エネルギージャーナリストの北村和也氏が、地域電力の本質を解くコラム第1回(前編)。
◆“脱落”する小売電気事業者
資源エネルギー庁のリストで見ると登録小売電気事業者は550社を数えている(12月初旬現在)。登録業者の増加は、さかのぼって11月が12社、10月に20社、9月は0社、8月1社、7月11社とおよそ月平均10社で推移している。最近の傾向として、地域の名前を冠したり地域のガス会社などが申請したりするものが増えているように見える。これはより地域のニーズに沿う形なのかも知れない。
一方で、小売電気事業者、いわゆる新電力にとってあまり美しいとは言えないニュースが散見される。
いまだにインバランス費の未払い問題が解決しないと伝えられる福島電力の破綻は、中でも最も深刻なものであろう。新電力事業の失敗例としてとらえられがちだが、プレイヤーの分析を追っていくと一種の経済事件とも考えられている。つまり、流行りのビジネスが食い物にされたというのである。
また、小売電気事業者の登録第一号のF-Powerが今期120億円もの巨額の赤字を出したことが報じられた。F-Powerはエスコビジネスの先駆者ファーストエスコから分かれた新電力である。自治体などを中心とした顧客獲得で急成長し、あれよあれよという間に業界トップに躍り出ている。売り上げ1600億円は、大きな企業を基盤とする新電力以外では驚異的な規模である。ただし、現在は証券系のインフラファンドの傘下にあるという。
急激な伸びの源泉は単純で、安売りである。筆者がよく知る自治体でも公共施設の一部にそれこそ驚くような安値で電力を供給している。どんな独自電源を持つのかと不思議であったが、今回の赤字を見るとJEPX(日本卸電力取引所)の卸売価格の変動の影響を大きく受けていることがわかる。JEPX価格はこの1年でも猛暑などの異常気象の影響で一時的に高騰することがあり、1kWh100円近くまでなったこともある。後述するが、F-Powerの供給先は特別高圧や高圧の顧客が圧倒的で、卸売価格の変動の影響を受けやすい体質であることが透けて見える。
◆地域新電力の旗手に起きていること
さらに、問題は自治体新電力の”優等生”にも降りかかってきている。
日本版シュタットヴェルケとも称され、地域新電力の成功例として何度も紹介されているみやまスマートエネルギーについて、過半数を出資する福岡県みやま市が利益相反取引の調査を始めると複数のマスコミが報じた。内容はやや複雑であるが、みやまスマートエネルギーと同社の40%の株を保有するみやまパワーホールディングスの間の取引に関するもので、両者の社長を同じ人物が兼ねていることが疑問視されている。
みやまスマートエネルギーは一時債務超過に陥るなど事業採算性に苦しんでいるが、その原因の一端がみやまパワーホールディングスとの取引にあるのではないかという見方が広がり始めていた。みやま市では、先ほど行われていた市長選の結果、新しい市長が誕生している。その市長が先頭となって新電力事業のチェックが行われており、今回の動きはその一環である。
◆問題のルーツと意味すること
福島電力の直接的な破綻の原因は、地元の不動産屋を通じた無理な顧客拡大路線が根底にあった。その結果、突然電力の供給元を失った顧客は一般家庭を中心に8万に及ぶ。福島電力を含んだバランシンググループ(電力融通を行うことで、インバランスを平準化するための新電力の集まり)には数十の新電力が参加しており、合計10数億円にのぼるといわれるインバランスの未払いの行方は各新電力の事業に直接響く。
一方で、F-Powerの契約先はおよそ4,900あり、ただちに破綻する可能性は低いとみられているものの影響は小さくない。また、F-Powerは、インバランスのコントロールをきちんと行ってないことや違約金に関する契約内容を一方的に変更したことなどで、業務改善勧告を受けている。異常にも見える安売りだけでなく、事業の進め方がルールにのっとって行われていたかも問われている。
個別の事例を見ていくと、それぞれある意味で特殊な課題を抱えていることがわかる。ここで取り上げた例は、明らかに急拡大戦略の中でのひずみといえる。数百の新電力が短い期間に立ち上がった結果として競争が激化し安売り合戦を呼んでいることが背景にあることがはっきりしてきた。また、数が増える中で望ましくない人たちが紛れ込む可能性も捨てきれないということでもある。
こういう事象が起きるとすぐに新電力そのものが不健全で、事業が成り立たないものだ、小売自由化自体がどうだったかと丸ごと否定的なとらえ方を行うものが出てくる。
しかし、結論から言うと、こういう問題の現出は予想されていたことでもある。逆に、今は「うみ」を出すための自由化の中での当然のプロセスであるのかもしれない。今回、あえてネガティブなテーマを取り上げた理由はそこにある。
◆電力自由化で生き残る事業者は? 再エネ志向の地域新電力が優勢か2018/12/25
2016年からスタートした電力自由化。すでに小売電気事業を進めている事業者や、新たに参入を考えている自治体が増える一方、新電力が次々と淘汰されているのも事実だ。これからの小売電気事業で生き残るのは? エネルギージャーナリストの北村和也氏が、地域電力の本質を解くコラム第1回(後編)。
◆生き残る 小売り電気事業者はだれか
重要なのは、今後、新電力はどこへ向かうのかということである。
すでに小売電気事業を進めている事業者にとってもそうであるが、新たに参入を考えている地域などの民間事業者や自治体などにとって、今、目の前で起き始めている新電力の”淘汰”は大きな関心事であるはずである。
F-Powerが苦しんだと思われるJEPXの卸売り価格の変動への対応が、既存の新電力の中で進んでいる。これまで一気に利益と売り上げが伸ばせる高圧の顧客偏重から、併せて一般家庭などの低圧の顧客を獲得する新電力が増えてきている。当のF-Powerでさえ、今年になって低圧シフトを進めてきたところであった。いわばバランスが取れた顧客戦略がJEPXの変動リスクをヘッジするのに適していることがわかってきたのである。
高圧低圧のバランス戦略がやや細かなテクニックだとすると、新電力の基盤をどこに置くかという基盤戦略は新電力の将来を決める大きな分かれ目となる。今後、小売電気事業は大都市を中心とし各地に手を伸ばしていく大手のエネルギー会社などが進める新電力と、地域に基盤を持った地域新電力に二分化していくと考える。
現在は圧倒的に全国版の新電力がシェアを持っている。しかし、その顧客へのアピールは価格や付帯の実利サービスが中心である。一方、地域新電力の売りは地元密着性である。全国的な新電力の顧客は価格で結び付いているので、より安い価格になびき易い。顧客を取ったり取られたりということがすでに頻繁に起きている。一方、地域性での結びつきは価格に左右されにくく、契約が長く続く傾向が見え始めている。
また、みやまスマートエネルギーの例は、残念ながら、みやまパワーホールディングスが全国での顧客獲得に走ったためにその地域性があやふやになってきた矢先の出来事である。
◆淘汰と選別の先に
21世紀のはざまで起きたドイツの電力自由化では、新たに100あまりの小売電気事業者が生まれた。しかし、巨大電力会社による託送料の不当な値上げによって、あっという間に数社へと減ってしまうという惨状を招いた。一方で、残った数社は、再エネ電力供給を主たる目的に掲げた特徴のある事業者であった。その後、再エネの拡大の中、再び多くの小売電気事業者が生まれ、今は、一般家庭ではネットで100から200もの様々な電力料金プランが自由に選べるまでに進んでいる。
分散化とセットである再エネは、今後日本でもさらに拡大することが約束されている。その再エネと最も相性の良い地域の新電力は、まさにこれからのエネルギー供給を担うのに最適なツールである。降りかかる淘汰と選別は、実は地域の新電力の将来を明るく照らすことになると確信している。
【“地域密着型”新電力の強さとは? 福岡県「やめエネルギー」の事例2019/02/04】
福島電力の経営破綻など、新電力の“淘汰”が進む中、成功を収めている企業も確実に存在する。新電力のコンサルティングも手がけるエネルギージャーナリストの北村和也氏が、地域電力の本質を解くコラム第2回(前編)。
◆選別の時代を生き残る 「地域密着型」の新電力
前回のこのコラムで、新電力が選別の時代を迎えていることを書いた。
福島電力の問題や大きな赤字を出した大手の新電力などを取り上げて、今後の小売電気事業者の行く末を考えたものであった。そこでは、あえて「選別」という言葉を使ったが、選別というからには、捨てられる側ばかりではなくピックアップされる側が無くては選びようがない。
そこで、新しい年を迎えて、地元に根付いて活動する「地域密着型の新電力」をいくつか紹介していきたいと思う。これこそが選別の時代を生き残るひとつの在り方だと考えるからである。
いずれもまだ全国で取り上げられることがほとんどない無名の新電力であるが、一定の実績と可能性が秘められている。ある程度の具体的な内容を示す必要があることから、いずれも筆者が深く関わっている新電力であることを前もって断っておく。
◆地元73社の民間資本の結集
まず、福岡県八女市で立ち上げられた、やめエネルギー株式会社をご紹介する。
やめエネルギーの第一の特徴は、完全な地元の民間100%の資本で成り立っていることである。お隣のみやま市にあるみやまスマートエネルギーが55%市の資本が入った第三セクター形式で、日本のシュタットヴェルケを目指しているのに対して、こちらは純粋な民間会社である。自治体が入るか公共施設への供給がないと事業性が担保できないという“常識”から外れた新電力から紹介していくことにする。
このやめエネルギーの中心会社は太陽光発電施設の施工会社であるが、それをサポートするように地域の70を超える会社が資本を出している。地元会社が多数参加するのは悪いことではない。他の地域でその話をすると「おお、すごい」というポジティブな反応が返ってくることが少なくない。それは確かに理想的に聞こえるかもしれない。また、資本参加した会社は一番目に電気の顧客になってくれる可能性が高い。正直言って、資本の参加を増やす狙いの一つはそこにあった。
しかし、それが100%プラスに働くかというとそう簡単ではない。数が多ければモチベーションも多様で、何より責任が分散されがちである。物事が決まらないという決定的なデメリットが発生するリスクは高い。
やめエネルギーでは、中心となる会社とサポーター的な多くの地元企業というように、役割を分けている。前述の地元の太陽光発電の施工会社が核となり、実際の小売電気事業を回しているため、これまでのところ運営面での問題はない。
◆地域中心のサービスと広報戦略
やめエネルギーはおととし2017年の1月に設立された。その5月には市長も招いて大々的に事業開始の記念式典を開き、地元のマスコミにも大きく取り上げられた。73社の資本参加も功を奏し、認知度は飛躍的に上がった。
地域新電力にとって知名度は重要である。マスコミに取り上げられることが信用につながるのは、都会の比ではない。地域メディアへの露出方法をじっくり練り、これまでかなりの成果をあげている。「事業開始記念式典」に続いて、設立1周年では「やめエネルギー社長インタビュー」、「子育て応援料金プラン」と地域の最大紙の紙面を飾っている。
子育て応援プランは、地域の0歳から3歳までの子供がいる家庭への割引料金プランである。申し込みから3年間有効で対象の数を限定するなどの制約は作らない。他の地域で○○件限定などのプランはあるが、議論の末、公平感を大事にして年齢の条件が合えば、すべての家庭を対象とすることとした。
八女市内では2,000件がマッチする。事業性との絡みで決定までにはじっくり時間をかけた。反響は大きかった。保育施設から、「通ってきているお母さんたちに勧めたい」という嬉しいサプライズまで聞かれた。
市も取り組みを歓迎しているようで、やめエネルギーでは、保育所や幼稚園などの教育施設に対する新たなサービスの検討を始めている。地域の重要テーマである教育をサービスの柱のひとつにする考えである。
【再エネ拡大だけではない、民間新電力が目指す「人が残るまちづくり」】
ここ数年で起きている、新電力の淘汰。価格の安さと拡大戦略だけで生き残ろうとするのではなく、地域密着型の事業者だからこそ強みにできる"付加価値"とは? エネルギージャーナリストの北村和也氏が、地域電力の本質を解くコラム第2回(後編)。
◆地域への思いと付加価値
八女市は人口6万5千人弱の地方都市であり、自治体の保有する公共施設も少なくない。他の地域と同様に、市との連携は地域新電力の事業性を左右する大きなテーマである。
市の資本が入るいわゆる自治体新電力を目指したり、一括して公共施設への供給を摸索したりする考えもあったが、やめエネルギーはあえて民間から地道に取り組んできた。ゆっくりではあるが、1年半経って事業の採算ラインが十分視野に入ってきた。これは、ただ名前だけエネルギー地産地消や地域活性化を標榜するのではなく、本当の意味での地域密着型のサービスを進めているからだと自負している。自治体側も一定の評価をしていて、実質的な官民連携が始まっている。
やめエネルギーの立ち上げは、嘘偽りなく「地元を何とかしたい」という熱い気持ちであった。これから紹介していく他の地域新電力でも同様のモチベーションが底を流れている。これを甘っちょろいとする向きもあると思う。しかし、私は、実はこれこそが生き残りの切り札であると考える。前回の「選別される新電力」で取り上げた厳しい現実は、値段や拡大戦略だけで生き残ろうとする新電力、つまり安価だけを付加価値にする戦略の失敗と表裏一体であろう。
これに対して地域密着型の新電力は、別の武器を持てる可能性がある。それが、地域貢献という付加価値である。もっと泥臭く言えば、「地元愛」といってもよい。需要側から見れば、地元の奴がやっている電気を使ってやろうという気持ちである。実際に、趣旨を説明すると、切り替えるが安くしなくていいという顧客さえいる。
やめエネルギーが目指すもの
彼らの目指すものは、単なる電気の小売事業ではない。やめエネルギーの中核会社は、すでにトマトの栽培に着手していて、品種拡大と農業への再生エネ導入の検討をしている。もちろん、本業である再生エネの拡大では、発電ではTPO(第三者所有による太陽光発電)、このほか熱や交通エネルギーも視野に入れている。
最終的には、地元に産業や雇用を増やして地域に人が残る街を作ることが目標である。そのための第一歩を彼らは確実に踏み出したといってよい。
【自治体新電力が巨大都市と連携!? 「久慈地域エネルギー」の事例 3/8】
淘汰の時代に突入した新電力。"生き残る自治体新電力"は、どのような取り組みを行っているのか? 今年2月に横浜市との電力供給の連携協定を結んだ、岩手県久慈市の「久慈地域エネルギー」の事例に着目する。エネルギージャーナリストの北村和也氏が、地域電力の本質を解くコラム第3回(前編)。
前回に引き続いて、地元に根付いて活動する「地域密着型の新電力」を紹介したい。岩手県久慈市にある久慈地域エネルギー株式会社である。
選別の時代を迎えている新電力の中で、生き残れる有望な地域エネルギー会社だと考える。前回の福岡県八女市のやめエネルギー株式会社が地元73社の民間企業が資本を出し合って立ち上げられたのに対して、久慈地域エネルギーは、久慈市という自治体の資本が入ったいわゆる自治体新電力だ。
◆地方の疲弊と久慈地域エネルギー 設立のきっかけ
きっかけは、地域で最も大きい民間企業である地元ゼネコンの危機意識だった。日本の地方ではどこでも人口が減り、判で押したような危機が迫っている。久慈市もご多分に漏れず、人口減と経済の縮小がじわじわと町を覆い始めていた。
何とか久慈の活性化ができないかと地元ゼネコンの宮城建設株式会社から筆者が相談を受け、エネルギー地産地消を目指した地域新電力の立ち上げを提案したのは2年半ほど前だった。現在二期目の遠藤市長や市役所の担当者、商工会議所などと議論を進め、最終的に久慈市に本社のある企業5社+久慈市による地元資本100%の会社(SPC)が立ち上がった。
とんとん拍子のようにも見えるが、そこには重大な要素が隠れている。「民間と自治体の意思」、そして「強い指導力」である。
◆どのように久慈で自治体新電力が出来上がったのか
まず、久慈の有力企業の地元ゼネコンが発案し、中心となって汗をかいたことが、地元に安心感を呼んだ。久慈地域エネルギーでも筆頭株主として運営主体となっている。そして、その声を聞いた久慈市では、遠藤市長が「地域からのエネルギー費の流出」、「エネルギー地産地消」などについて積極的に勉強を行い、SPCへの資本金支出にはっきりとGOサインを出した。
一般的にいうと、首長の号令だけでは、なかなか自治体新電力は実現しない。バブル期を中心に安易に第三セクターを作って失敗したトラウマを抱える自治体が山ほどあるからである。少なくとも小さい資本の株式会社であれば、責任は出資額内にとどまり第三セクターとは全く違うのであるが、そんなこんなで、『あつものに懲りてなますを吹く』ケースが枚挙にいとまがない。
よって、首長がOKでも担当者が動かないことは珍しくない。久慈地域エネルギーが実現した最大の功労者のひとりは、市役所の実務担当者だと言い切れる。市役所内を走り回り、市議会の各会派への働きかけもすべて行ってくれた。
さらに、地元の商工会議所も非常に前向きだった。地域新電力の意義と地域への役割を周知するセミナーを行い、最後は、久慈市、自治体新電力を並んで「エネルギー地産地消による地域活性化を目指す協定書」を結んだのだ。
【重要なのは「安売り」ではない? 自治体新電力が生き残るポイントとは 2019/03/12】
自治体新電力が生き残るために必要なのは、単なる"安売り合戦"ではない。岩手県久慈市の「久慈地域エネルギー」は、再エネ設備の導入から少子化対策の方法を模索するなど、地域に根ざした運営を目指している。エネルギージャーナリストの北村和也氏が、地域電力の本質を解くコラム第3回(後編)。
◆地域の新電力だからできる取り組み
久慈市の公共施設と参加した民間企業などの事業所への電力供給が確保され、久慈地域エネルギーの実質的な初年度事業は早くも黒字となるのは間違いない。今年からは、一般家庭への供給がスタートする。資本参加するLPガス販売会社が、ガスとのセット販売を取次店の形で行うのである。また、別の資本参加企業の保有するメガソーラーからの電気を久慈地域エネルギーが供給することを進め、さらに別の参加企業が保有する土地への太陽光発電設備の導入も共同で検討している。
毎月開かれる会議には、資本を入れたすべての民間会社と市役所が参加する。営業戦略を始め、前述した各種の事業を検討している。
中でも久慈市は、CO2削減のため再エネ設備の導入を促進したい考えが強い。会議では久慈地域エネルギーがどう手伝えるかの議論が何度も行われており、いわゆるTPO(第三者所有方式の太陽光発電)の検討も開始した。さらに、人口減に直結する少子化対策について、久慈地域エネルギーの利益の一部を使いながら、子育て支援に役立てる方法も模索している。
もう1つ付け加えたいのが、電力以外の「熱」、「交通」への展開である。あまり知られていないが、久慈市には久慈バイオマスエネルギーという国内最大級の民間の熱供給会社がある。地元から出るバーク(木の皮)を使い、60もの巨大ハウスで菌床シイタケ栽培を行って、商業的に成功している。久慈地域エネルギーは将来の連携を目指している。また、自動運転を含めたEVなどによる再エネ電力の交通エネルギー利用を視野に入れ始めた。久慈地域エネルギーの社名に、「電力」ではなく「エネルギー」が入っている理由でもある。
久慈地域エネルギーでは、このように地元の民間企業+自治体という地元に目が向いた体制を基盤に、まさしく有機的な連携が行われている。
◆メインテーマは『安売り』ではなく『幸せ』
最近、地域や自治体新電力の将来を悲観する声が上がってきている。福島電力などの破綻や自治体新電力の雄と言われる福岡県のみやまスマートエネルギーの経営不振などが背景にある。原因は様々であろうが、地域や自治体新電力の原点を失っていないか検証が必要である。
このコラムで何度も取りあげているように、もともと、地域や自治体新電力の持つ付加価値は、安売りとは別のところにある。地域内で経済循環を起こし、地域活性化につなぐという広い価値が「売り」である。私がケアをしている各地の地域新電力では、電気料金の安さだけを看板にしないよう心がけている。地元貢献を感じて切り替えを行ってくれるお客さんは実際に存在している。
地域の外から見ると、この『地元意識』という価値は、何かふわふわした捉えどころのないものに感じるであろう。一時期もてはやされたあのブータンの『幸せ』に似ているような気がしてならない。実は少し広いエリアである地元岩手県の考え方と共通点がある。
昨年秋に発表された、岩手県の次期総合計画の素案には、『一人ひとりの幸福を守り育てる姿勢を、復興のみならず、県政全般に広げ、県民相互の、さらには、本県と関わりのある人々の幸福を守り育てる岩手を実現する』とある。自治体運営の最重要方針である総合計画に、抽象的な「幸福」「幸せ」が提示されるのは異例である。しかし、背景として、「他人とのかかわり」や「つながり」を大切にする岩手の社会観があるという。
岩手の一部である久慈市、そして、久慈地域エネルギーにも、地元意識や自治体新電力設立の理念として同様のものが見られる。
もちろん、地域や自治体新電力は経済的な価値の地域への還流を目指しており、結果を数値化されることを前提にしている。しかし、最終的な目標である地域活性化は、単純な数字ではない「他人とのかかわり」や「つながり」と大きな関連があるではないだろうか。
久慈に限らず、どの地域でも、地元を愛し、地元を大切にし、地元の衰退を悲しむ気持ちは、私のような地域外の人間が考えるより何倍も強いはずである。複数の地域や自治体新電力にたずさわる人たちとの度重なるやり取りでいつもそれを感じてきている。
「久慈地域エネルギーの目標は、お金儲けではない。久慈市を元気にするためだ」と、久慈に来るたび繰り返し耳にする。安売り合戦とは一線を画した付加価値が強みであり、これによってこそ、地域や自治体新電力は確実な生き残りをはかることができると確信する。
◆横浜市との連携と自治体新電力という強力なツール
2月初旬に、『東北12市町村が横浜市と電力供給の連携協定』という記事が、日経新聞など中央を含む各紙に踊った。
久慈市はその中心の1つとなった。久慈市の遠藤市長は、記者発表の記念撮影で横浜市の林市長の2つ隣りに並び、協定書を掲げニコニコ顔であった。
巨大都市の横浜市は自らの力では、再生可能エネルギーによる電力を供給する力がない。よって、供給の余力が望める東北の市町村と連携するというのである。「連携」とはいうが、発電のポテンシャル=再エネという地域資源を自らが保有する地域が、本当はいかに強い存在であるかを示したともいえる。今後はこのようなケースが各地で増えるに違いない。
遠藤市長は、横浜市への電力供給に久慈地域エネルギーを利用することの検討を明言している。もし、自治体新電力が無かったら、これまでのように大きな存在に翻弄されてしまうリスクが残っていたはずである。
久慈市は、“大都市との連携の主導権を握る、自治体新電力というツール”を手にしているのだ。
◆「あまちゃん」の街から新電力の街へ
岩手県の久慈市は、人口は3万数千人の小都市である。NHKの朝の大ヒット連ドラ「あまちゃん」の舞台となったことで最もよく知られるといってよいかもしれない。いまでも各所に、「あまちゃん」がらみのポスターなどが残る。
久慈地域エネルギーの小売電気事業者登録が終わったのは、昨年2月だから、やっと1年が経つ生まれたばかりの会社である。とはいえ、すでに久慈市の公共施設のほとんどと民間企業の一部などに電力供給が行われ、順調なスタートを切っている。
会社の資本構成は、久慈市内の民間企業5社と自治体で出来上がっている。確定した定義はないが、自治体の資本が少しでも入れば日本では「自治体新電力」と呼ばれる。東北地方では、県の資本が入ったやまがた新電力に続く2つ目の自治体新電力で、市町村単位では初めてとなる。もちろん、岩手県では唯一の自治体新電力であり、久慈市内の資本だけで成り立つ、地元資本100%の全国でも大変珍しい新電力となっている。
久慈市の資本の割合はわずか5%程度しかないが、これが新電力としての安定度を格段に増し、事業の可能性を広げていることは間違いない。
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