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「慰安婦」問題 “加害者”への視点―作られた「男らしさ」と非人間的環境で兵士を追いつめた構造

 家族のためにと戦地に赴き、時間があれば親やきょうだいに向けて手紙を書いていた“善良な市民”である彼らは、なぜ慰安所に並び、敵地で女性をレイプしたのか? 慰安所に並んだ兵士と、並ばなかった兵士の分岐点は何か。「慰安婦」問題の“加害者”である日本軍兵士に目を向けたもの。

作られた「「男らしさ」と非人道的環境で追いつめた(日本)軍の構造の問題として見る。個人の性欲の問題に矮小化しない視点の重要性を指摘する。

→米海兵隊の訓練でも男らしさの強制、母性・女性的に側面の否定、理不尽な命令の強要など、軍の構造として同様のものが見られる。ただ、食料・輸送・衛生などを徹底して軽視し、兵士を使い捨てにした点で日本軍・戦争指導部の非人道性は抜きん出ている。その裏返しとして戦時性暴力の過酷さがある。

 なぜ兵士は慰安所に並んだのか、なぜ男性は「慰安婦」問題に過剰反応をするのか――戦前から現代まで男性を縛る“有害な男らしさ” 平井和子氏に聞く サイゾーウーマン2019/8

 

 

【なぜ兵士は慰安所に並んだのか、なぜ男性は「慰安婦」問題に過剰反応をするのか――戦前から現代まで男性を縛る“有害な男らしさ” 平井和子氏に聞く サイゾーウーマン2019/8

 文=小島かほり

  【特集「慰安婦」問題を考える】

1回では、「慰安婦」問題について国際的に非難されているポイントや日韓対立の本質に迫った。第2回では、「慰安婦」問題の“加害者”である日本軍兵士に目を向けてみたい。家族のためにと戦地に赴き、時間があれば親やきょうだいに向けて手紙を書いていた“善良な市民”である彼らは、なぜ慰安所に並び、敵地で女性をレイプしたのか? 慰安所に並んだ兵士と、並ばなかった兵士の分岐点は何か。『戦争と性暴力の比較史へ向けて』(岩波書店)の編著者の一人で、同書の中で「兵士と男性性」を記した女性史・ジェンダー研究家の平井和子氏に話を聞いた。

 ――平井さんは大学で講義をされていますが、「慰安婦」問題の受け止め方にジェンダー差はありますか?

 平井和子氏(以下、平井氏) 私が初めて大学で「慰安婦」問題 について話をしたのは、1991年に金学順さんが「慰安婦」だったと名乗り出て運動の機運が上がった90年代、静岡大学でのことでした。40人ほどの教室に入った途端にびっくりしたんですけれども、いつもはごちゃごちゃに座っているのに、その時だけは男女でくっきり分かれて座っていたのです。学生も緊張していたんでしょうね。慰安所の実態について話していくうちに、女子学生は身を乗り出して「女性への人権侵害だ」という怒りを示すんです。男子学生は、兵士と自分自身に重なる思いがあるのでしょうか、身の置き場がないという感じで、どんどん小さくなっていく。途中から、私も男子学生を責めているわけではないのに、何か申し訳ないような気分になって、女子学生側の方ばかり向いて講義をしたという忘れられない思い出があります。でもそれは、素直な愛すべき学生たちだったと思うんです。

 ――というのは?

 平井氏 2010年代に入ってくると、自分の中にある男性性と切り離し、「戦争のせいだ」「今はもう徴兵制がないし、想像ができない」という男子学生も増えてきます。戦後60年、70年経つと、「慰安婦」問題は過去の歴史の一項目になってしまう。一方、女子学生は、変わりなく自分の痛みのように受け止めています。時代によって学生の受け止め方は変化し、性別でも違うなぁと思います。

 ――私自身、90年代後半に大学生活を送っていましたが、周囲の男子学生が『新・ゴーマニズム宣言』(小林よしのり、※1)を読んで「慰安婦」をおとしめたり、今でいう歴史修正主義的な発言が聞こえ始めたりと、大きなうねりが生まれつつある時代でした。なにがそういった流れの要因だと思われますか?

 平井氏 男女共同参画やフェミニズムへのバックラッシュが始まった時代ですね(※2)。バブル崩壊後の経済の低成長によって、男性にも非正規雇用や格差が広がりました。そのような中、従来の男性としての特権が崩れることに対して漠然とした「不安・怒り・抑うつ」などが累積して、被害者として名乗り出た女性たちをバッシングする、いわば過剰防衛のような現象ではないでしょうか。女性専用車両に対して「男性差別だ」と逆襲してくる男性がいるでしょう? それと根はつながっているような気がします。あるいは、小林よしのりさんの「慰安婦」バッシングにも感じるのですが、“レイプ被害女性には、恥じ入って永遠に口を閉ざしていてほしい”という男性中心的な「願望」の裏返しかも。

 ――そういった“怒り”を強めると、「慰安婦」問題否定派や右派の意見に流されてしまう可能性が高いのではないでしょうか?

 平井氏 はい。新自由主義の競争社会の中で、孤立感や帰属意識の希薄化が進んで、保守派が唱える家族・郷土・国家などの共同体幻想へ飛びつきたくなるのでしょう。「あの戦争は祖国防衛のために悪くなかった」「『慰安婦』は『金を稼いだ売春婦』で、日本兵は悪くなかった」という右派の流す言説に煽動され、ウェブ上で簡単にプチナショナリズムに染まっていくのでしょう。

 (※1)小林よしのり氏が社会問題・政治問題を取り上げたコミックエッセイ。さまざまな火種をはらんでいたが、ことに太平洋戦争の歴史認識においては右派寄りの主張を続け、のちの「ネトウヨ」誕生の大きな源流になったともいわれる。

 (※2)ジェンダー主流化の動きに反対する流れ、動き。日本では1990年代~2000年代前半が特に顕著だといわれている。バックラッシュに関しては、『Q&A 男女共同参画/ジェンダーフリー・バッシング―バックラッシュへの徹底反論』(日本女性学会ジェンダー研究会編、明石書店)が参考になる。

 ◆橋下発言に色濃く出た「男性神話」

 ――135月の当時大阪市長だった橋下徹氏の「慰安所は必要だった」といういわゆる「橋下発言」(※3)も国内でも反発はありましたが、海外からほどの厳しい目は向けられませんでした。一定層が「納得」したからではないかと危惧していますが、「橋下発言」の危険性を改めて教えてください。

 平井氏 「橋下発言」の前から、一般社会でも、年配の女性にも「慰安所は必要悪」という発想はありました。彼はそれを公言したにすぎない。“レイプは性欲が原因であり、男性の性欲というものは解消しなければ暴走する”という「レイプの性欲起源説」「男性神話」を信じる土壌はありましたし、今でもあると思う。まず、個々の兵士の性欲とレイプや慰安所の利用は関係ないことを、ここではっきりと言っておきたいと思います。それは後で述べる、戦争や軍隊が必要とする「男らしさ」と関係があります。

  次に、「橋下発言」で重要なポイントは、彼は「世界各国のどの軍隊も女性の性を利用してきた。日本だけがsex slavessex slaveryと言われて、批判されるのはアンフェアだ」という旨の発言をした。それは一面では、正しい。他国の軍隊も、戦時下では性暴力や売春宿を利用してきました。正義の戦いといわれる「ノルマンディー上陸作戦」(※4)後のフランスでも、米軍は大量のレイプや買春をしています。 韓国軍も、朝鮮戦争のときに国連軍向けの慰安所を作った。橋下氏の「各国どの軍隊もやってる」というのは、その通りなんですよ。だからこそ、「なぜ日本だけが責められるんだ」と戦争犯罪の相対化をするのではなく、世界中で取り組むべき共通課題にしなければならないと思います。その動きはグローバル社会でできつつあり、紛争下の性暴力を戦争犯罪として裁くICC(国際刑事裁判所)が発足しました。橋下さんはそのような世界史的潮流をご存じないようで残念です。

  先ほど話に出た『新・ゴーマニズム宣言』では、「慰安婦」問題に関して、「祖国のため 子孫のため 戦った男たちの性欲を許せ!」と描かれている。橋下さんや小林さんのように、“兵士個人が性欲を持ち、その解消のためには慰安所が必要”と、慰安所設置の根拠を個人の性欲にしてしまうと本質が見えない。兵士を慰安所に並ぶよう誘導した軍による兵士の性的コントロールこそが問題なのです。

 ――軍の性的コントロールと構造について、具体的に教えてください。

 平井氏 まず各国の軍隊共通のメカニズムとして押さえておきたいこと、これはスーザン・ブラウンミラーというフェミニスト/ジャーナリストが言っていることですが、強制売春宿や戦場レイプは「戦術」という意味を持つということ。例えば第二次世界大戦中、ドイツ軍が大量のソ連女性を強姦しているのですが、それはナチスの恐怖作戦の一環。逆に大戦末期にソ連軍がベルリンに侵攻した際に、大量レイプ事件が発生しますが、それは「報復」です。日中戦争で日本軍が抗日ゲリラ地区で行った「三光作戦」(焼光・殺光・槍光=焼き尽くし、殺し尽くし、奪い尽くす)でも、それに付随して、討伐時に逃げ遅れた女性たちを一定期間監禁し性暴力を振るうという「レイプセンター」のような「慰安所」が作られました。

 ――それらの戦術は、家父長制社会でいうところの「女性は男性の所有物だ」という考え方から生まれたものですか?

 平井氏 そうです。女性はその国の男性のものなので、妻や娘がレイプされることは「自分たちの女を守れなかった」という、敗者の男性にとって最大の恥辱。武器を使わずに最大限に相手を攻撃することが可能で、勝者側の優位性や支配を敗者の目に焼き付けるための戦術のひとつだということです。

 (※3513日午前に大阪市役所で記者団に対し、「あれだけ銃弾の雨嵐のごとく飛び交う中で、命かけてそこを走っていくときに、そりゃ精神的に高ぶっている集団、やっぱりどこかで休息じゃないけども、そういうことをさせてあげようと思ったら、慰安婦制度ってのは必要だということは誰だってわかるわけです」と話し、同日夕方には「僕は沖縄の海兵隊、普天間(基地)に行った時に司令官の方にもっと風俗業活用してほしいって言ったんですよ。そしたら司令官はもう凍り付いたように、苦笑いになってしまって」と発言。その後、内外からの反発を考慮してか、26日には「私の認識と見解」を公表し、「戦場において、世界各国の兵士が女性を性の対象として利用してきたことは厳然たる歴史的事実です」「日本は自らの過去の過ちを直視し、決して正当化してはならないことを大前提としつつ、世界各国もsex slavessex slaveryというレッテルを貼って日本だけを非難することで終わってはならないということです」と、日本以外にも「慰安所」に似たシステムがあったと強く訴えた。

 (※41944年に行われた、ナチス・ドイツ占領下にあったフランスを解放するための連合国軍による軍事作戦。

 ◆レイプや慰安所の利用の根底にある、徴兵制度と作られた「男らしさ」

 ――2点目は?

 平井氏 慰安所の利用やレイプは、弱者(女性)への攻撃を通じて連帯する「戦士兄弟たちの儀式」「男同士の絆の確認」ということです。「ホモソーシャルな同調意識」というべきでしょうか。実際に戦地に行った故・曽根一夫さんという方が『続私記南京虐殺―戦史にのらない戦争の話』(彩流社)という本で、初めて強姦したときのことを書いています。自分では強姦することに躊躇してるんだけれども、周りの兵士から「まだようせんのか?」と言われたので、「男としての虚勢を張り」強姦をしたのだと。慰安所に行かなかったりレイプに参加しなかったりすると、「腰抜け」「男じゃない」というレッテルを貼られる。明治以降、徴兵制度が敷かれる中で、男性たちは徴兵検査によりランキングされてきました。その中で「戦闘の力の強い男ほど、優秀な男」と、「男らしさ」を内面化していく。軍において、「腰抜け」は最大の恥辱になります。

  これが軍隊が作る性暴力のメカニズムで、近代的な軍隊の指揮者たちは兵士の性的欲求を戦闘行為に誘導し、利用してきたのです。新兵は、訓練を通して、戦闘能力と「男らしさ」を身につけ、精神的・身体的にタフで攻撃的であるかを競わされ、それにより出世する。このような「男らしさ」と性暴力が結び付けられている構造を理解しないと、「個人の性欲」に矮小化されてしまう

 ――各国共通に戦時下の性暴力メカニズムがあることは理解できましたが、日本軍による慰安所設置やレイプの規模の大きさはほかに類を見ません。日本軍の固有の問題は?

 平井氏 アジア太平洋戦争が無謀な侵略戦争であり、それがゆえに兵士が人権的観点から見てものすごく軽く扱われているということです。戦況が厳しくなるにつれて、食料や物資などの補給路がなくなるので、「現地自活」と言われる。「現地自活」と聞こえはいいですが、要は中国など戦地国の民衆から略奪しろということで、そこには女性の略奪まで含まれる。

 ――総力戦になるにつれ、「馬よりも兵士の命の扱いが軽くなっていった」という指摘もありますね。

 平井氏 そうです。通常、軍隊には物資を運んでくれる輜重(しちょう)部隊がいるのですが、日本軍の場合は自分たちで体重の半分ほどの荷物を持って延々と行軍させられる。一度召集されると、そのまま戦地で何年も留め置かれる。米軍だと、半年招集されると、半年は後方部隊に回してもらったり国に帰してもらったりする。特別サービス班が同行して、レクリエーションとかスポーツを企画し、精神的に休憩させます。それに対し、日本軍は常に前線を転戦し、休暇がない。たまに慰問団が来るぐらいで、そんな中、「殺伐たる気風を和らげるため」に設けられたのが慰安所なんです。アジア太平洋戦争は、兵士にとって大義名分が理解できない戦争。「東洋平和のため」「聖戦」と言われてましたけど、前述の曽根さんは「やっていることは略奪行為」と書いていました。戦争の目的が示されないままに理不尽な命令をされ、前線に張り付かされている。戦争への疑問がムクムクと湧き、上官への不満も募る。そんな兵士たちに唯一与えられたガス抜きが「慰安所」だった。

 ――本来は現地での強姦事件を抑止するために設置された「慰安所」ですが、まったく強姦が減らなかったという事実にも驚きました。

 平井氏 「慰安婦」に対価を払う慰安所が設置されたことで、兵士たちは「軍が買春を公認した」と思い、それなら「タダでやれる買春」(レイプ)もやっていいだろうと、かえってレイプ事件が増加したと言われています。慰安所は、強姦の歯止めにはならなかった。

 ――南京事件では、強姦のみならず、猟奇的な性暴力や殺害も見られたといわれていますが、そこまで暴力性が増した原因なんだったと思われますか?

 平井氏 猟奇的な性暴力は南京だけでなく、三光作戦などを通じて中国全土で恒常的に行われました。『戦争における「人殺し」の心理学』(筑摩書房)という本を書いたデーヴ・グロスマンは、殺人とセックスの結びつきやすさについて、「性器(ペニス)を犠牲者の体内に深く突き通すことと、武器(銃剣やナイフ)を犠牲者の体内に深く突き通すこと」は、「征服行為」であり「象徴的な破壊行為」であると言っています。

 ◆慰安所に並ばなかった兵士が見抜いていた、兵士と「慰安婦」の関係の非対称性

 ――『新・ゴーマニズム宣言』では「最後に女と経験して死を覚悟した者だっていただろう」と描かれていますし、「死を前にすると性欲が高まる」という男性神話が信じられていますが、兵士の回想録の中では、「引き揚げ船の中では縮こまった性器を見せ合い、性的に不能になったかと不安がっていた男たちが、本土が見えて身の安全が保障されてようやく性欲が出てきた」などと書かれています。また『戦争と性暴力の~』により、「慰安所に並ばなかった兵士」の具体例も初めて知りました。

 平井氏 行かなかった理由は、「妻に申し訳ない」「将来の妻に申し訳ない」といったロマンティックな性道徳規範を持った人、「慰安婦」に対する嫌悪感を持っていた人、慰安所に並んでいる兵士たちを見て幻滅した人などさまざまです。意外だったのは、慰安所の設置自体を「兵隊を見くびっていると思った」と指摘した人。軍による性的コントロールを見抜いたんでしょうね。それと数は少ないんですけども、「女性の人権が軽視されている」と思った人。「兵士は銃剣を持っていたから、有無を言わさない存在であり、女たちはその銃剣におびえていたはずだ」と、兵士と「慰安婦」の間の非対称な権力関係を見抜いていた兵士もいます。

  私が好きなのは、『戦争と性暴力の~』にも書いた久田次郎さん。徴兵制度や軍隊になじめなかった人です。中国の野戦に4年間いても慰安所には行かず、休日は食堂でライスカレーを食べに行く方が楽しかったとおっしゃっていました。軍隊が求める「男らしさ」から降りて、仲間からは変わり者扱いをされていたそうです。生前、静岡大学で彼に話をしてもらったときに、「私は腰抜けの兵隊でありました」とにっこり笑われていたのが、すごく素敵でした。「腰抜け」と言われても淡々と受け入れる、そういう「男らしさ」から降りた人がいたことは覚えておきたいです。

 ――『戦争と性暴力の~』の中では、初年兵は「性欲には無関心であった」「全くそんな欲望を持つ暇などなかった」と書かれていますね 。

 平井氏 毎日の訓練で疲れ、非人道的な扱いにストレスがあったのでしょう。それに初年兵の「慰安所」行きは古参兵たちによって抑圧されていました。慰安所に「行った/行かなかった」を分けるものは、「性欲」だけではなく、軍隊内での階層も関係しています。

 ――初年兵に対する非人道的な扱いというのは、具体的にはどういったものなのでしょうか?

 平井氏 私的制裁、ビンタです。「靴ひもがみんなと同じように結べてない」「服が畳めていない」とか、難癖をつけては古参兵が次々殴っていく。どの国の軍も初年兵を殺人マシンになるように調教していくわけですが、日本軍の場合は精神的なもの(根性を入れるとか)が伝統的な慣行になっています。兵隊の回想録を読んでいると、ビンタへの恨みが満載です。彼らの鬱憤を晴らす対象が、戦場で一番弱い者へ向けられた。曽根さんは、それが中国の農村の人たちだったと書いています。抑圧移譲といって、いじめと同じ構造です。

  さっきの質問にあった猟奇的な性暴力について、曽根さんが書かれていたことを思い出しました。戦友の中に一人、ものすごい弱虫の兵隊がいたそう。軍隊の中では、そういった兵隊はいじめの対象になります。そんな彼が戦場で、中国人のお母さんと息子に性行為させるということを思いつき、手を打ちながらその様子を喜んで見ていたのだとか。軍隊でいじめられていた者が、戦場で一番弱い者を見つけて、猟奇的な性暴力を仕掛けて得意そうにしていた。それは初年兵いじめによる抑圧移譲が、猟奇的な性暴力となったものと見ることができるかもしれないですね。

  曽根さんがその人と40年ぶりくらいに戦友会で再会したら、好々爺になっていたそう。曽根さんの本には「彼の奥さんは、彼のそういう面は知らない。知っているのは戦友だけである」と書いてあります。私たち研究者が聞き取りに行っても、きっと元兵士たちは本当のことは言わない。戦友会のホモソーシャルな仲間内だけで話しているんだろうなと思います。ビルマ戦の戦友会に入って聞き取りをされている遠藤美幸さん(『「戦場体験」を受け継ぐということ』高文研)は、よくやられているなと思いますが、やはり外部の人間では限界があると思ってしまいます。

 ◆“加害”した兵士をどう見るか

 ――実は私の祖父も、兵士として中国に送られています。戦後、年に1回は孫たちに戦争の悲惨さを伝えようと機会を設けていましたが、戦友の話や彼らとの交流、どう食べ物を確保したかといった話にとどまり、彼自身どうしても核心に触れられないまま亡くなりました。南京事件や「慰安婦」問題の実情を知ると、祖父や日本兵をどういったまなざしで見ればいいのか悩んでいます。これは長年の個人的な煩悶であるとともに、戦争を知らない世代の普遍的な問題でもあると思います。

 平井氏 個人を断罪することは、歴史をやる者はやってはいけないと思っています。ただ、お気持ちはよくわかります。

  大学の授業でも、戦時性暴力を兵士の個人的なセクシュアリティ問題だけとして受け止められないように、彼らが追い込まれていく構造の問題として話すようにしています。すると学生たちは、「戦争が悪い」「兵士も被害者なんですね」と安心するんですよ。でも、そこで止まってはいけない。やはり直接、性暴力を振るったのは兵士たちです。彼らの加害責任を免除してはいけない。と思いつつ、私も元兵士にインタビューすると、彼らの置かれていた厳しい状況につい同情心を抱きます。

  徴兵制度そのものが人権侵害なのです。有無を言わさず戦場に連れて行き、「人殺しをしないと優秀な兵士とはいえない」という環境に置かれる。軍隊は起床から就寝までずっと集団行動で、号令ひとつで一斉に行動する全制的施設です。空間的にも時間的にも自由がない。そうすると、外出だけが自由なのです。慰安所の女性たちの証言にもありますが、少なくない兵士が性行為をせずに、そこで寝転んだり、本を読んだり、家族に手紙を書いたりしていた、と。唯一自由になれる空間として慰安所があったんですね。回想録で、慰安所に行くことを「軍紀の縄が解かれる」と書いた兵士の表現がすごく胸に迫ってきました。だから、兵士の置かれた非人道的な状況を理解すべきだと思います。

 ――簡単に善悪を結論づけずに、苦しくても考え続けることが、戦争を知らない世代に託された課題かもしれません。

 平井氏 簡単に白黒つけられないこと、前世代が残した不都合な史実にも向き合い続けることは、苦しくても、次世代に平和を引き継いでゆくための知的営みだと思います。今後、安保関連法の新たな枠組みの中で、自衛隊が米軍と一緒に戦争に行くことになるかもしれない。自衛官に慰安を与えるという名目で、「慰安婦」制度が再生産されるという悪夢が繰り返されないようにするためにも、軍隊がどれだけ非人道的なものであるか、「慰安婦」たちや日本軍兵士の証言から学ぶべきことは多いですね。慰安所に行った兵士の背後にある軍隊や戦争の持つ構造的暴力を見つめ続けることが必要だと思います。それに、徴兵制はなくなったとはいえ、戦後も「企業戦士」「男は働いて妻子を養うもの」という「男らしさモデル」は、引き続き男性自身や日本社会を縛っているように思います。

  それに、スウェーデンは、2018年、徴兵制復活に際して、対象を男女平等にしました。世界で最も女性兵士の比率が高いのはアメリカですが、日本の自衛隊の女性割合も6.5%を超えました。「戦闘も男女共同参画で」という流れが進んでいます。戦争と性暴力の問題も、新たな枠組みの中で考えなければならない段階に入っていると思います。

 ●平井和子(ひらい・かずこ)

女性史・ジェンダー研究家。専門は、近現代女性史、ジェンダー史。『日本占領とジェンダー 米軍・売買春と日本女性たち』(有志舎)で2014年度山川菊栄賞を受賞。

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