「対韓輸出規制」 世界的なサプライチェーン寸断で「日本の未来を切り裂く」
自ら目先の利益確保で、韓国、台湾、中国へ技術流出させ、凋落した日本の電子産業。わずかに残った半導体材料部門で、半導体メモリーで過半のシェアを持つ韓国の生産をストップさせたら、アップル、デル、グーグルなど世界的企業から怒りを買うのは必至。サプライチェーンに日本を組み込むリスクが顕在化し、日本離れが加速するだろう。そもそも半導体材料の開発は、半導体メーカーの注文、情報があってなりなっている。
目先の選挙目当てとか、困らして「スカッとする」みたいな稚拙な対応は、「日本の未来を切り裂く」
半導体材料がどう使われているかなど、今回の処置の影響など、詳しいレポート。
【「対韓輸出規制」、電子機器メーカーの怒りの矛先は日本に向く?EE Times Japan 7/10】
日本政府は2019年7月4日に、フッ化ポリイミド、レジスト、フッ化水素の3材料について、韓国への輸出規制を発動した。これまで韓国は、安全保障上信頼できる「ホワイト国」と認定されており、最大3年間分の輸出許可を一度に取ることができた。ところが、この規制により、輸出契約ごとに許可を取る必要が生じるため、審査に90日ほどの時間がかかるという。
韓国貿易協会の2018年のデータによれば、上記3材料の輸入額とそれに占める日本のシェアは、それぞれ、フッ化ポリイミドが1972万米ドルで84.5%、レジストが2億9889万米ドルで93.2%、フッ化水素が6685万米ドルで41.9%となっているという(日経XTECH、趙章恩『半導体材料の輸出規制問題、サムスンやLGの反応は?』、2019年7月5日)。
この数字を見る限り、韓国企業に与えるダメージの大きさは、日本企業への依存度が高い順、つまり、レジスト、フッ化ポリイミド、フッ化水素の順になるという見方ができるかもしれない。
しかし、筆者は、3材料の中で日本依存度が最も低いフッ化水素が、韓国企業に最も大きな被害をもたらすと考えている。本稿では、なぜそう思うかを論じる。その上で、この対韓輸出規制により、日本の多くの企業のビジネスが毀損され、競争力が削がれることを述べる。要するに、日本政府は、墓穴を掘ったのである。もう二度と、日韓の関係は元に戻らないだろう。
◆フッ化ポリイミドとレジストの影響
フッ化ポリイミドは有機ELの材料である。従って、もし、対韓輸出規制によって各社の材料の在庫が無くなると、有機ELテレビを製造しているLG Electronics(LGエレクトロニクス)とスマートフォン向け有機ELパネルを生産しているSamsung Electronics(サムスン電子)が被害を受けることになる。
また、対韓輸出規制の対象になっているレジストは、2019年から本格的に、先端半導体製造に量産適用が始まったEUV(極端紫外線)用であるという。この影響を受けるのは、7nmノードで製造しているSamsungの最先端ロジック半導体である。加えて、開発が加速し、ランプアップを開始しようとしている16nm世代のDRAMも影響を受ける可能性がある。この被害は、Samsungだけでなく、SK hynixにも及ぶ。
有識者の話によれば、Samsungは、トヨタ自動車のリーン生産方式をお手本に半導体工場を建設し稼働しているという。リーン生産方式の基本は、極力、在庫を持たないということにある。それ故、SamsungにおけるEUVレジストの在庫は、1カ月程度しかない模様だ。これは、後述するフッ化水素も状況は同じである。EUVレジストの在庫が切れた時の被害
上記の先端ロジック半導体のほとんどが、Samsungのスマホ「GALAXY」用アプリケーションプロセッサ(AP)であると考えられる。Samsungは2018年に、世界1位となる2億9230万台のスマホを出荷した。この全てが、最先端APを搭載しているというわけでは無いかもしれないが、EUVレジストの在庫が1カ月しかなく、最先端APの製造が2カ月間も滞ったら、もしかしたら1000万台単位のスマホの生産に影響が出るだろう。
そして、もし、既にEUVが先端DRAMの製造に使われているとしたら、その被害はGALAXYどころの騒ぎではない。というのは、2019年第1四半期のDRAM売上高シェアは、1位のSamsungが42.7%、2位のSK hynixが29.9%であり、2社合計で72.6%に上るからだ(図1)。
先端DRAMにEUVが使われていたと仮定すると、EUVレジストの在庫が切れて先端DRAMの製造が停止した場合、2018年に約14億台出荷されたスマホ、約3億台のPC、約1.5億台のタブレット、約1175万台のサーバの生産に甚大な被害が出る(データの出所はIDC)。
となると、Apple、HP、Dellなどの怒りの矛先は、DRAMメーカーのSamsungとSK hynixではなく、対韓禁輸規制を行った日本政府に向かうだろう。日本政府は、世界中の電子機器メーカーの猛烈な批判を受けることになる。
◆フッ化水素の影響
筆者は当初、日本政府による対韓輸出規制の3材料の内、EUVレジストの影響が最も大きいと考えていた。というのは、EUVレジストは、信越化学工業、JSR、富士フイルム、東京応化工業などの日本企業しか供給できないからだ。
しかし、半導体製造工程を分析しているうちに、フッ化水素の影響がEUVレジストよりもはるかに大きいと思うようになった。その理由を述べる前に、フッ化水素が半導体製造のどの工程に、どのように使われるかを説明する。
フッ化水素(Hydrogen Fluoride、HF)は、通称“フッ酸”と呼ばれており、次のようなプロセスに使用される。なお、以下のバッチ式および枚葉式は、Samsungの3次元NANDフラッシュの製造に使われていると推定される洗浄装置である。
1)各種のメタル、ポリSi、絶縁膜などを成膜する前の洗浄工程フッ酸は、Deionized water(DI water)と呼ばれる極めて純度の高い純水と、ある混合比で希釈され、主として一度に数百枚を処理するバッチ式洗浄装置で使用される
2)CMP後の洗浄工程フッ酸を水酸化アンモニウム(NH4OH、いわゆるアンモニア水)などと混合し、主としてバッチ式装置で洗浄する
3)ダブルパターニングにおける犠牲膜のウエットエッチング工程フッ酸の原液を使用し、主としてバッチ式ウエットエッチング装置が使われる
4)ウエハーの裏面洗浄工程例えば、ウエハー裏面に付着したSiNを除去するために、フッ酸を水酸化アンモニウムなどと混合して、ウエハー1枚ごとにスプレー洗浄する。この方式を、バッチ式と対比して枚葉式という
半導体製造工程は、500~1000工程ほどもあるが、上記の洗浄やウエットエッチング工程は、全工程の10%以上を占める。
ちょっと横道にそれるが、フッ酸を使わない洗浄も含めると、全ての洗浄工程は、全工程数の30~40%を占める。そして、微細化が進むほど、洗浄工程数は増える傾向にある。要するに微細なパーティクルを除去するために、ウエハーを洗って洗って洗いまくるわけだ。
そして、各半導体メーカーの各工場において、全ての工程ごとに洗浄液の混合比などが厳密に決められており、それが最終的な歩留りに直結するのである。
◆フッ化水素の在庫が無くなったらどうなる?
このように、フッ酸は、半導体製造の10%以上の工程に使われている薬液である。その半導体は、ロジック、DRAM、NANDフラッシュなど、種類を問わない。先端かそうでないかも関係ない。つまり、フッ酸は、全ての種類の、あらゆる世代の半導体製造に必要不可欠な薬液であると言える。ついでに言うと、有機ELパネルの製造にも、間違いなく使用されているはずだ。
このように、無くてはならない薬液のフッ酸の在庫が無くなったらどうなるのか? ロジック半導体も、DRAMも、NANDフラッシュも(恐らく有機ELも)、あらゆる半導体の製造が頓挫することになる。“フッ酸の影響はEUVレジストよりはるかに大きい”と言った意味がお分かりいただけただろうか?
◆NANDフラッシュへの被害
SamsungのGALAXY用APおよびDRAMの製造が滞ったときの被害は既に論じたが、NANDフラッシュにはどのような影響があるだろうか?
図2に、NANDフラッシュの企業別四半期毎の売上高シェアを示す。2019年第1四半期のNAND売上高シェアは、1位のSamsungが39.4%、5位のSK hynixが9.5%であり、2社合計で39.4%になる。DRAMの世界シェア72.6%に比べると、世界全体へのインパクトは、まだ“まし”かもしれない。
しかし、NANDを内蔵したSSDの企業別四半期毎の出荷台数を見てみると、Samsungが33.4%と突出して高いシェアを占めていることが分かる(図3)。3位のSK hynixのシェア9.9%との合計で43.3%になる。
恐らく、出荷台数シェアで圧倒的1位のSamsungは、PC用だけでなく、Amazon、Microsoft、Googleなど、クラウドメーカーのデータセンターに使われるサーバ用に大量のSSDを供給していると考えられる。
従って、SamsungのNAND工場でフッ酸の在庫が無くなったら、SSDの供給が停止することになる。ここ最近、クラウドメーカーが、データセンターの設備投資を再開する動きがある。もし、SamsungからのSSDの供給が止まったら、クラウドメーカーたちは、その元凶となった日本政府を激しく非難するだろう。
◆日本製のフッ酸を代替できないのか?
冒頭で、韓国が輸入しているフッ酸の日本比率は41.9%であることを紹介した。残りは、中国からが約45%、台湾から約10%を輸入している。日本からのフッ酸の調達が途絶えたら、中国製または台湾製に切り替えればいいのではないかという意見もあるだろう。
しかし、コトはそう簡単には運ばない。まず、中国や台湾の材料メーカーが、1~2カ月の短期間に供給量を2倍に増やすことが難しい。次に、各社の各工場の全ての工程ごとに、フッ酸の混合比などが厳密に決められているため、中国や台湾の材料メーカーが直ちに、その仕様のフッ酸を供給することが困難である。
やみくもに、「フッ酸なら何でもいいから持ってこい」という乱暴なことを行うと、ただでさえ製造が困難になっている先端ロジック、DRAM、3次元NANDの歩留りが急落することになるだろう。フッ酸を使う工程が多いため、最悪の場合は、1個も良品が取れないという事態も考えられる。
従って、ボリュームと要求仕様などの問題から、日本製のフッ酸をすぐに代替することはできない。しかし、1~2年もあれば、日本製のフッ酸が無くても、中国製や台湾製のフッ酸で、各種の半導体が製造できるようになるかもしれない。
◆結局、日本政府は墓穴を掘った
韓国政府は7月3日、半導体材料や装置の国産化支援に毎年1兆ウオン(約930億円)の予算を充てる構想を発表した(日経新聞7月4日)。日本製の材料が当てにできない事態からすると、当然の政策であると言える。そして、それはどのようなことを引き起こすか?
韓国がトップシェアを誇る半導体メモリや有機ELの製造に必要な材料および装置について、可及的速やかに日本製を排除していくことになるだろう。そして、日本のレジスト、薬液、スラリー、ウエハーなどの材料や、東京エレクトロン、SCREEN、ディスコなどの製造装置が、代替可能品が開発できた端から、排除されていくことになる。
その段階で、1980年代に日本が約80%の世界シェアを占めていたDRAMにおいて、韓国企業が日本の技術者を片っ端からヘッドハントして行ったということが、再び繰り返されるだろう。
最終的に、日本の材料メーカーも装置メーカーも、Samsung、SK Hynix、LG Electronicsとのビッグビジネスを失うことになる。単にビジネスを失うだけではない。材料や装置メーカーは、トップランナーについていくことによって、競争力を高め、ビジネスを拡大してきたのである。その貴重な機会が一挙に失われることになる。
このような事態になってから輸出規制を解除しても、もはや手遅れである。一度壊れた信頼関係は、二度と元には戻らない。要するに、日本政府は墓穴を掘ったのだ。その代償は、あまりにも大きい。
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