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東電「津波対応」を意図的に無視 検察調書公開で明白に、

 福島原発の事故に関して、東電社員や原子力安全・保安院の職員らが検察に供述した内容をまとめた調書が、東電株主代表訴訟で3月28日に証拠として採用され、これまで非公開だった調書が、東京地裁で閲覧が可能となった。そのことで、東電と経産省が「津波対策」を回避するために行なった所業が明らかになったというレポート。「知るべき内容」と思う。

繰り返すが、福島事故の前に、災害による全電源喪失の危険性をただした日本共産党の吉井英勝氏の質問に、「そういう事態はおこらない」と対策を拒否したのが安倍首相である。

【検察調書、閲覧可能に 新事実続々 添田孝史 2019410日 レベル7

【検察調書、閲覧可能に 新事実続々 添田孝史 2019410日 レベル7

 

東京電力福島第一原発の事故に関して、東電社員や原子力安全・保安院の職員らが検察に供述した内容をまとめた調書が、東電株主代表訴訟で3月28日に証拠として採用された[1]。そのおかげで、これまで非公開だった調書が、東京地裁で閲覧できるようになった。この中には、政府や国会の事故調報告書や、刑事裁判の公判では明らかにされていなかった情報も多く含まれている。東電や国が事故を引き起こした過程を詳しく調べるための重要な手がかりとなりそうだ。

 

 数多い新事実の中で、この記事では以下の項目について取り上げた。

・保安院室長が「政府事故調に嘘ついた」と告白
・東電、東北電力の津波報告書を書き換えさせる
・東電、日本原電の津波報告書にも圧力
・保安院も東電の「貞観隠し」に加担
・バックチェックの短縮、保安院首脳が指示
・溢水勉強会の詳細判明

 

◆「政府事故調に嘘をついた」小林勝・保安院室長の告白

 

事故当時、保安院の耐震安全審査室長だった小林勝氏は、「津波対応を指示しなかった責任を問われると考え、政府事故調の聴取に嘘をついていた」と検察に告白していたことが、小林氏の調書からわかった[2]

保安院は2009年9月7日に、東電の担当者を呼び出して津波想定について尋ねた。東電は、宮城・福島沖で平安時代に起きた貞観地震(869年)タイプの再来を計算すると、福島第一原発を襲う津波の高さは約9mになると報告した。

地震の大きさには不確定さ(ばらつき)があるため、津波対策では、過去最大の津波に少なくとも2〜3割の余裕を上乗せして想定しなければならない。つまり、この時点で、敷地(10m)を越える津波の対策が必要だとはっきりしていたことになる。当時、福島第一は5.7mまでの津波にしか対応できていなかった。

小林氏は、この日の東電との会合に「出席していない」と政府事故調には話していたが、実際には最初から最後まで出ていたことを検察に供述していた。

「当時、私は、保安院の原子力発電安全審査課耐震安全審査室長という管理職の立場にあり、そんな自分が東電から試算結果について直接報告を受けたにもかかわらず、その後保安院として具体的な対応策を指示しなかった以上、私の責任が追及されると考えたのでした」。嘘をついた理由について、小林氏はこう述べている。

被災者らが東電や国に損害賠償を求めた訴訟で、横浜地裁の判決(2019年2月20日)は、この20099月7日の時点で、敷地を越える津波を予見することができたし、対策を実施すれば事故は回避できたとしている。そして国が対策を実施するよう命令しなかったことを、明確に違法であるとし、国の判断に「看過しがたい過誤、欠落があった」と国の責任を認めている。

小林氏が嘘をついたのは、97日の判断に誤りがあったと自ら認めていたからだろう。横浜地裁の判断を、当事者が裏付けた形だ。

小林氏は現在、原子力規制庁の原子力安全規制制度研究官(併任・長官官房総務課法務調査室付)として勤務している。

小林氏への取材を規制庁に要望したが、「特定の個人を前提とした取材には応じておりません」(規制庁広報室)。

また、国の責任を追及している裁判への影響についても「国賠訴訟については、係争中の案件のため、お答えは差し控えさせていただきます」と規制庁広報室は回答した。

 

◆東電、東北電の報告書を書き換えさせる

 

貞観地震が、どれだけの高さの津波をもたらしたのか、田んぼの地下などに残る当時の地層から計算する研究が2005年以降に急速に進み始めていた。

東北電力は、その成果を取り入れて、2008年秋に女川原発の津波想定を見直す報告書(耐震バックチェック最終報告書)を完成させた。ところが、その内容は東電には都合が悪いものだった。

そこで東電は、圧力をかけて東北電力の報告書を書き換えさせた。その経緯が、東北電力と東電がやりとりしていた電子メール[3]からわかった。東北電力の担当者は、検察の調べに「東電は、当社が確定的に貞観津波を耐震バックチェックで扱うと、それが先例になってしまうことを恐れたのだと思います」と述べている。

貞観地震が再来した場合、女川原発は耐えられるものの、福島第一は炉心溶融を引き起こしてしまうことが予測されたからだ。東北電力の報告書が提出されて公表されると、東電は対策を迫られることになり、それを避けたかったものとみられる。

メールのやりとりは、以下のようなものだ。

 

「当社は、保安院からの指示もありバックチェック報告書には記載することで報告書を完成しております」(東北電力 20081114日)

869年津波の件、福島サイトへの影響が大きく、福島のバックチェック報告時の対応が時間的に間に合わない状況です。(中略)御社がバックチェックで報告する場合、当社の方針と異なり、社内上層部まで至急話をあげる必要がありますので、再度御社の方針をご確認させていただきたく思います」(東電で津波想定を担当していた酒井俊朗・土木調査グループGM 20081117日)

「東北電力さんが同一歩調であるのが最も当社としては望ましいのですが、やはり、869年津波について女川(安全審査)ベースでは話にならない、ということであれば、東電スタンスとの整合で、あくまでも「参考」として提示できないか、という趣旨です」(酒井 20081128日)

 

東北電力は、保安院への報告書を200811月には完成させていたが「東電の依頼に応じて、バックチェック報告における貞観津波の言及を参考にとどめることに決めました」(供述調書による)。調書には、東北電力が作成した「当初の津波BC報告書(案)」と「東電に配慮した報告書(案)」の対比表も添付されている。

その後、東北電力は、東電に配慮して書き換えたバックチェック報告書を2010年春に保安院に提出していたと見られるが、提出した事実は公表していなかった[4]

東北電力広報・地域交流部は「当該調書の内容について承知していないので、回答は差し控える」とコメントしている。

 

◆東電、日本原電の津波想定にも圧力

 

東電は、東北電力の貞観津波予測を書き換えさせただけでなく、日本原電の津波予測も下方修正させていたようだ。

20081113日、東電本店2階原子力設備管理部会議室で開かれた「福島地点津波打合せ」に提出された東電作成資料[5]に、以下のように書かれている。

 

「茨城県の津波評価 原電は茨城県の知見に不確定性を考慮した解析を実施し、自治体に説明済み。このモデルを1F、2Fに適用した場合、土木学会手法による水位を上回る。また、1F、2Fとも敷地レベルを上回り、1Fは4号タービン、リアクターまで到達する。2Fはタービン、リアクターまでは到達しない」

 

◆「原電と不確定性を考慮しない方向で調整中」

 

この記述によれば、原電と同じ津波想定を東電に適用すると、福島第一は原子炉建屋周辺まで浸水することになる。だから、原電に想定を引き下げるよう「調整」させている、と読み取れる。

「茨城県の津波評価」とは、200710月に茨城県が発表した津波想定のことだ。茨城県は、1677年の延宝房総沖の津波を、最新の研究成果を使って復元した。その津波高さは、それまで原電が想定していた津波高さ(2002年想定)を上回っていた。

 

このため原電は、地震の不確定性に対応するための余裕分を茨城県の津波評価に上乗せした想定にも対応できるように、東海第二原発の補強工事に着手することを決め、自治体に説明を行った。

ところが、この「茨城県の津波評価+不確定性を考慮した余裕分」の想定をすると、福島第一や福島第二では津波が敷地高さを超える。福島第一では、4号機タービン建屋まで到達してしまうことも、東電は計算していたようだ。

この資料の「調整中」という文言からは、東電が東北電力の貞観地震想定を潰したのと同じ時期に、同様の圧力を日本原電にもかけていたのではないかと推測される。自社の対策先延ばしが露見しないように、他社への裏工作を着々と進めていたわけだ。

原電地域共生・広報室は「東電との調整について、社内では確認できていない」と話している。

 

◆保安院も東電の貞観隠しに加担

 20099月7日に、保安院が東電を呼び出した時の会合メモ(東電作成)[6]に、保安院コメントとして以下のように書かれていた。

 

JNESのクロスチェックでは、女川と福島の津波について重点的に実施する予定になっているが、福島の状況に基づきJNESをよくコントロールしたい(無邪気に計算してJNESが大騒ぎすることは避ける)」

 

クロスチェックとは、電力会社が津波を合理的に想定しているか、JNES(原子力安全基盤機構、2014年に原子力規制庁と統合)が「検算」する仕組みのことだ。

女川原発のクロスチェックで、JNESは東北電力の計算(佐竹モデル)に加え、津波がさらに高くなる海溝寄り波源モデルも計算していた[7](地図)。同様のやり方でJNESが福島第一のクロスチェックをすれば、東電の計算結果(約9m)を上回り、津波が敷地を超えることが明らかになる可能性があった。東電は、そのような事態を恐れていた。そして、そんな事態にならないよう、保安院も「JNESが大騒ぎしないよう、無邪気に計算しないよう」手助けしようとしていたことがわかる。

 

このときのやりとりについて、小林勝・保安院耐震安全審査室長は、東電作成のメモは、やりとりを誇張した部分があると思っていると検察に述べている。ただし、保安院側から「うまくJNESと連絡を取っていきたい」と述べていたことは認め、「東京電力側に一定程度迎合していると受け止められても仕方がないとは思います」と検察に供述している。

 

20113月7日(事故4日前)の会合では、政府の地震調査研究推進本部(推本、地震本部)の報告書を、東電が事務局の文部科学省に働きかけて書き換えさせようとしていたことを小林氏は聞いていた。

 

小林氏は以下のように供述している。

「東京電力側からは、貞観地震の震源はまだ特定できておらず、波源モデルも確定していないことが読み取れるよう、推本事務局に対し、長期評価における記載を工夫してほしい旨依頼した。推本事務局も、波源モデルが確定していないことは認識していました、という旨の説明がありました。しかしながら私としては、一電力事業者に過ぎない東京電力が、国の機関である推本が発表する長期評価の記載ぶりに注文を付けるのはいかがなものかと思い、憤慨してしまいました」

 

一方で、小林氏は以下のようにも供述していた。

 

「私としては、当時は津波に対する危機意識が高くなく、切迫性を感じていませんでしたし、今後行われる耐震バックチェック最終報告において、専門家である委員の方々により、対策の要否が検討されるのだろうと考えていました。そのため、保安院として、すぐに対策を取るよう指示することはなかったのでした」

 

 バックチェクの当初期限からすでに2年近く遅れていた。それなのに、対策に着手さえされていない。そのことへの危機意識が低かったことを、小林氏は吐露している。

 

◆バックチェックの短縮、保安院首脳部が直接指示

 

保安院院長や次長ら保安院幹部はもともと、津波想定の見直しを含む耐震バックチェックの期限について、20069月から3年以内に実施させようとしていたこともわかった。

保安院の川原修司・耐震安全審査室長の検察への供述[8]によると、電力会社は、バックチェックの工程案を保安院に200610月初めに提出。保安院の広瀬研吉院長、寺坂信昭次長、各審議官、そして森山義範・原子力発電安全審査課長、川原室長らが会合を開いて、その内容を検討したという。

 

 「その会議において、広瀬院長や寺坂次長らは『このサイトはレッドカード』『このサイトはイエローカード』などと耐震バックチェックの工程期間が長すぎるなどと指摘し、もっと工程期間を短縮するよう指示を出されました」(川原氏の供述)

 

その後、保安院は2006106日に電力会社を集めた一斉ヒアリングで、もっと期間を短縮するように指示。

その調整を経て、東電は保安院に「2009年6月までに耐震バックチェックを終了する」という計画書を1018日に提出した。

 

しかし、20077月に発生した新潟県中越沖地震を口実に、東電はバックチェック提出を引き延ばし続け、福島第一原発事故の発生時点では20163月まで先送りしていた。保安院トップの強い指示を、東電はわずか数年で蔑(ないがし)ろにしていたことがわかる。

 

◆溢水勉強会の詳細わかる

 

 200412月にインドネシア・スマトラ島沖でM9.1の地震が発生、インド・マドラス原発のポンプに津波が浸水し、原発を緊急停止させるトラブルが起きた。事態を重くみた保安院は、JNESと合同で、設計の想定を超える津波への対策を検討する「溢水(いっすい)勉強会」を20061月に設置した。

勉強会の議事録は、これまで保安院側が作成したものしか公表されていなかった[9]。電力会社側が作成した記録があることが、今回初めてわかった。また、これまで規制庁は、勉強会に出席していた同庁職員への取材を拒んでいたが、彼らの供述調書が明らかになり、会合の様子をこれまでより詳しく知ることができるようになった。

 

保安院の小野祐二・原子力発電安全審査課審査班長は、津波の問題は保安院幹部の間で重要な案件と判断され、佐藤均・同課長から、勉強会立ち上げを指示されたと供述している[10]

第3回の溢水勉強会(2006年5月)で、福島第一に敷地高さを越える津波が襲来するとどうなるか、東電が調査結果を報告。小野氏は「この結果を聞いて、確かJNESの蛯沢(勝三)部長が、『敷地を超える津波が来たら結局どうなるの』などと尋ね、東京電力の担当者が『炉心溶融です』などと答えたと記憶しています」と当時の様子を述べていた。

 

また、溢水勉強会に参加していた東電社員の長澤和幸氏の調書[11]によると、東電は、設計での想定を超えた津波が襲来した場合の「影響緩和の為の対策(例)」として、
・進入経路の防水化
・海水ポンプの水密化
・電源の空冷化
・さらなる外部電源の確保
などを挙げていた。

 

国や東電は、敷地への浸水を前提とした対策について「事故前には発想さえなかった」「事故後の後知恵である」などと主張しているが、2006年時点で東電がその対策案を文書にしていたことが判明した。

 

◆事故調の力不足、露呈

今回明らかになった資料や供述は、事故の経緯を解き明かすために、とても重要なものだ。しかし、政府や国会の事故調報告書には書かれていない。これらの資料や供述は、事故調の力不足を示す「証拠」とも言えるだろう。

 

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