若者が未来に希望を持てない社会の改革を 日弁連決議
内閣府の調査(調査対象者13歳~29歳。調査対象国アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、スウェーデン、韓国、日本の7か国) 日本は・・・
・若者の職場への満足度が最も低い国、若者の自分自身への満足度が最も低い国、憂鬱だと感じている若者の割合が最も高い国。
・将来の国や地域の担い手として政策決定に参加したいと思う若者、自らの社会参加により社会現象が少し変えられるかもしれないと思う若者の割合が最も低い国。
・自分の将来について、「希望がある」と「どちらかといえば希望がある」の合計が、他の諸国では8割から9割の水準であるのに対し、日本は6割。特に、明確に「希望がある」と答えた若者の割合は、アメリカ、イギリス、スウェーデン、韓国がいずれも4割から5割であるのに対し、日本は約1割にすぎない。
脆弱な働くルールと社会保障制度、教育の私費負担の大きさを、強い「自己責任」論で押し込めている政治が生み出した病理現象である。決議は「こうした現状は、個人の尊厳原理に立脚し幸福追求権について最大の尊重を求めている憲法13条、生存権を保障する憲法25条等に照らし到底看過することはできない。また、民主主義社会の危機である。」で警告する。
【若者が未来に希望を抱くことができる社会の実現を求める決議 2018年10月5日 日本弁護士連合会】
https://www.nichibenren.or.jp/activity/document/civil_liberties/year/2018/2018_3.html
【若者が未来に希望を抱くことができる社会の実現を求める決議 2018年10月5日 日本弁護士連合会】若者の時期は、子どもから大人へと成長し、アイデンティティを見出し、より高度な教育を受け、職業を選択するなど、多様な個性を持ちつつ試行錯誤をしながら数多くの人生の選択をするかけがえのない時期である。また、民主主義の担い手として社会に参加を始める時期でもある。
ところが、日本では、家庭の所得と学歴との相関性が高く、「生まれた家庭」の経済力によって受けられる教育が左右されており、高等教育における学費の高騰等により進学できない若者も少なくない。また、規制緩和が進められた労働市場においては、試行錯誤や再チャレンジをしながら自分らしい職業を選択することは容易ではなく、賃金が低く雇用の継続性においても不安定な非正規雇用で働く若者も多い。これらの若者は職業訓練を受ける機会も乏しく、不安定な雇用から抜け出すことも容易ではない。住宅にかかる費用が高額なため、親元を離れ、独立した生計を営むことができない若者も増えている。結婚して子どもを持つことは、子育て支援も乏しく、若者にとってリスクのある選択となっている。日本の教育機関に対する公的支出の対GDP比はOECD加盟国中最低レベルにあり、家族関係社会支出(各国が家族手当、出産・育児休業給付、保育・就学前教育、その他の現金・現物給付のために行った支出)もイギリス、フランス等の3分の1程度でしかないなど、若者の支援は限定的である。若者がひとしく自ら人生を選択し自己を実現することができる社会構造とはなっておらず、自己の参加によって、生きづらいとされる社会の変革に立ち向かう意欲も持ち得なくなっているとさえ指摘されている。
国の調査によれば、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、スウェーデン、韓国、日本の7か国の中で、職場や自分自身に満足していない若者や憂鬱だと感じている若者が最も多いのが日本であり、自己の社会参加により社会を変えられると思う若者が最も少ないのが日本である。そして、将来について、「希望がある」と答えたのは、主な国が4割~5割であるのに対し、日本の若者は約1割にすぎない。
このような若者が置かれている状況に影響を及ぼしている背景の一つとして、「自己責任」という政策動向が考えられる。日本の社会保障制度において、近年、「自助」、「共助」が強調され、社会保障費を削減する動きが強まっている。また、労働分野では規制緩和が進み、自由競争が強まっている。
こうした傾向が強まった日本の社会において、多くの若者が生きづらさや将来の不安を「自己責任」の中に押し込めてしまい、何も変わらないと感じているとさえ思われる。
しかし、こうした現状は、個人の尊厳原理に立脚し幸福追求権について最大の尊重を求めている憲法13条、生存権を保障する憲法25条等に照らし到底看過することはできない。また、民主主義社会の危機である。
そこで、当連合会は、一人ひとりの若者が自分の人生や生き方を自己決定できる機会を保障し、若者が希望をもって今を生き、自由な再チャレンジが保障されることで未来にも明るい希望を抱ける社会の実現に向けて、国及び地方公共団体に対し、次の施策の実施を求める。
1 普遍主義の社会保障・人間らしい労働と公正な分配
(1) 若者が置かれた現状を改善するものとして、全ての若者が、「生まれた家庭」の経済力や性別など自ら選択できない条件に左右されることなく、試行錯誤をしながら、学び、就労し、生活基盤を構築できる公平な条件を整備するため、①就学前教育・保育から高等教育までの全ての教育の無償化、②出産・育児休業、家族給付などの給付の拡充、③尊厳ある生活を保障する水準の最低賃金、同一価値労働同一賃金の実現、④失業時の所得保障及び職業訓練制度の抜本的充実、⑤低所得者層のみの利用にとどまらない公営住宅の増設と家賃補助制度の新設をすべきである。
(2) 若者が現在及び未来に希望を抱くことができるような制度、殊に保険料、一部負担金が納められないことにより、各種サービスや保障制度を利用できないことがないよう、①窓口負担のない税方式による医療・介護・障害福祉サービス、②尊厳を保障する水準の税方式による最低保障年金制度を構築すべきである。
2 連帯による財源の確保と税制の改善
これらの若者の尊厳を支える労働環境及び社会保障制度は、若者だけでなく同時に全世代を支える意味合いを持ち、その実現には安定した財源の確保が不可欠である。そのためには、「生まれた家庭」の経済力や性別など自ら選択できない条件に左右されることがないように社会保障制度を充実させることにより、互いに租税を負担し連帯して支え合うことへの国民的合意を形成した上で、次の施策を実施することが必要である。
(1) 所得税及び法人税については、税と社会保障による所得再分配機能の重要性及び応能負担原則に基づく実質的平等の確保の観点から、大企業及び投資家などに適用される種々の優遇税制を見直し、租税負担の公平性を高めるべきである。他方、生活費控除原則を徹底した課税最低限を設定すべきである。
(2) 消費税については、低所得者の負担が重い逆進的な性格を有することから、税収構成及び予算配分において逆進性の弊害を低減するようにすべきである。
(3) 保険主義の偏重を是正し、社会保障制度の税財源を強化すべきである。
(4) 税収の流失を止め安定した財源を確保するため、実効的なタックス・ヘイブン(租税回避地)対策が必要不可欠であり、他国との連携により対策を強化すべきである。
当連合会は、税制、社会保障制度、労働法制等を審議する政策形成に際して、若者が当事者、主権者として意見を述べて社会に参加し、社会に影響力を及ぼし得る環境、場が確保できるよう努めるとともに、若者が現在、そして未来に希望を抱くことができる社会が築けるように、社会保障制度及びこれを実現する予算配分とその財源の在り方に関するグランドデザインを作成し、広く市民の議論に供し、その実現に向けて国に対する提言等を行うこと、並びに実現に向けた過程において、関連する各分野の行政手続に弁護士が積極的に関与していくことを決意する。
以上のとおり決議する。
【提案理由】●第1 自己や社会に対する若者の意識
1 若者の時期は、子どもから大人へと成長しアイデンティティを見出し、より高度な教育を受け、職業を選択するなど、多様な個性を育てつつ試行錯誤をしながら人生の選択をするかけがえのない時期である。また、民主主義の担い手として社会への参加を始める大切な時期でもある。
ところが、以下に見るとおり、自己や社会に対する日本の若者の意識状況は、先進諸国と比べて深刻な状況にある。
2 内閣府が行った「平成25年度 我が国と諸外国の若者の意識に関する調査」(調査対象者13歳~29歳。調査対象国アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、スウェーデン、韓国、日本の7か国)によれば、若者の職場への満足度が最も低い国、若者の自分自身への満足度が最も低い国、憂鬱だと感じている若者の割合が最も高い国は、いずれも日本である。自分への満足感は、低学歴・非正規雇用・無職の場合ほど低い。現在または将来については、仕事や収入、老後の年金などで7割以上が不安だとしている。
将来の国や地域の担い手として政策決定に参加したいと思う若者、自らの社会参加により社会現象が少し変えられるかもしれないと思う若者の割合が最も低い国は、いずれも日本である。そして、自分の将来について明るい希望を持っているか否かについては、「希望がある」と「どちらかといえば希望がある」の合計が、他の諸国では8割から9割の水準であるのに対し、日本は6割と低く、特に、明確に「希望がある」と答えた若者の割合は、アメリカ、イギリス、スウェーデン、韓国がいずれも4割から5割であるのに対し、日本は約1割にすぎない。
3 2012年3月の厚生労働省「社会保障に関する国民意識調査」によれば、「一生涯における社会保障の給付と負担のバランス」について、「自分が一生涯で負担した分よりもかなり少ない給付しか受けないと思う」と回答した割合が、25歳~29歳では59%、30歳~34歳では61.5%に上った。
4 こうした内閣府及び厚生労働省による意識調査からも、若者の多くが、諸外国と比較して自己肯定感が低く、将来に希望を抱けず、むしろ不安に苛まれ、社会保障制度に対する不満を抱えながらも、自己の参加により社会に影響を及ぼし得るとは考えられない、という状態にあることが読み取れる。
5 なお、2018年6月19日に閣議決定された「平成30年版の自殺対策白書」でも、15歳~39歳の各年代の死因の第1位が自殺となっていることについて「深刻な状況」と指摘され、15歳~34歳の自殺を死因とする死亡率(人口10万人当たりの死亡者)も日本は17.8であり、諸外国と比較して最も高い死亡率を維持していることが指摘されているが、こうした事実と先に述べた若者の意識傾向が無関係とは言えない。
●第2 若者が置かれている状況今、若者が置かれている状況は厳しい。
「学ぶ」ことに関しては、大学をはじめとする高等教育機関の学費は高騰する一方、世帯の収入は大きく減少した。貧困が拡大する中、経済的理由から進学を諦める者も少なくない。大学生の5割以上が奨学金を借り、多くの学生は、学生生活を犠牲にさせるようなアルバイト(いわゆるブラックバイト)をするなどして、学費や生活費を稼がざるを得ない状況にある。
また、高度経済成長期には、男性正社員が稼ぎ手である世帯が標準世帯とされ、年功賃金・終身雇用制という「日本型雇用」が若者・勤労世代に対する社会保障制度の脆弱性に代替し、子育て、教育、介護、住宅は家族の責任とされてきた。
しかし、現在、かつての「日本型雇用」は崩壊して、「働く」ことに関しては、規制緩和が進められたことにより、若者の非正規雇用の割合は増加し、仮に正社員として就職できたとしても、将来の賃金上昇、安定雇用は約束されたものではなく、将来に対する不安は消えない。就職を希望しながらも未就職のまま卒業する者もおり、大卒者の3割、高卒者の4割が卒業後3年以内で離職している。また、フリーター、ニート(若年無業者)の数は、高い水準で推移している(総務省統計局「労働力調査(基本集計)」)。しかも、非正規雇用に就いた理由として「正規の職員・従業員の仕事がないから」と回答している不本意非正規の割合も、他の年齢に比べて若年層では高くなっている。職業訓練を受ける機会も乏しく、不安定な雇用となった若者が、そこから抜け出すことも容易ではない。また、「住む」ことに関しては、生活の基盤となる住宅について、公営住宅が少なく、家賃補助制度もないに等しい。親元を離れ、独立した生計を営もうとする若者にとって、住宅にかかる費用が高額であることが大きな障害となることがある。「家族形成」や「生活」に関しては、子育てにかかる費用が大きいにもかかわらず、子育て支援も乏しい中、若者にとって、結婚して、子どもを持つことは、経済的にも仕事を継続する上でもリスクのある選択になっている。
●第3 若者のための教育や社会保障に対する公的支出が顕著に少ないこと
1 第2で述べた若者の置かれている厳しい状況は、以下に述べるとおり、先進諸国と比べて教育や社会保障に対する公的支出が顕著に少ないことと関係がある。2 OECD(経済協力開発機構)の統計により、先進諸国の社会支出の対国内総生産(GDP比、%)を見ると、2013年度時点で、日本はイギリスとおよそ同水準にあり、アメリカよりは大きいが、スウェーデン、フランス及びドイツなどに比べると小さくなっている。
社会支出は、(1)高齢、(2)遺族、(3)障害、業務災害、傷病、(4)保健、(5)家族、(6)積極的労働市場政策、(7)失業、(8)住宅、(9)その他の公的制度による支出をいい、現金給付(年金、産休中の所得保障、生活保護など)と現物給付(保育、高齢者や障害者の介護など)の双方を含む概念である。
3 2013年度の社会支出を政策分野別の構成割合で見ると、日本の社会支出の特徴は、「高齢」(47.2%)及び「保健」(33.7%)が約8割を占め、それ以外の分野は極めて少ない。
これに対し、イギリス、ドイツ、スウェーデン、フランスでは、「高齢」と「保健」の割合は、日本ほどではないが高い割合を占めているものの、それ以外の「障害、業務災害、傷病」、「家族」、「積極的労働市場政策」、「失業」、「住宅」などにも、日本に比して多くの割合を支出している。我が国の社会支出は、若者、現役世代が享受すべき分野への支出が少ないのである。
4 また、日本では、教育に対する公的支出も少ない。我が国の教育機関に対する公的支出の対GDP比は、OECDによる国際比較によれば、加盟国中最低レベルにある。
一方、我が国の高等教育支出の私費割合は、64.8%であり、韓国の67.5%に次いで高くなっている。教育に対する公的支出が少ないために、高等教育の教育費の自己負担が突出して大きくなっている。●第4 「自己責任」論が若者に及ぼす影響
1 第2で述べた、若者が置かれている状況に影響を及ぼしている背景の一つとして、「自己責任」という政策動向が考えられる。
日本の現行の社会保障制度において、近年、「自助」、「共助」が強調され、社会保障費を削減する動きが強まっている。
また、労働分野では規制緩和が進み、自由競争が強まっている。2 第3で述べた、先進諸国と比べて社会保障に対する公的支出が顕著に少なく、とりわけ若者のための政策分野に対する公的支出が少ないという日本の特徴もまた、社会保障制度が「自己責任」を前提として構築されていることと無関係ではない。
3 第1の意識調査結果は、こうした「自己責任」という政策動向により、多くの若者が様々な生きづらさや将来の不安を持ち、何も変わらないと感じているとさえ思われる。
4 しかしながら、社会保障制度の充実と労働環境の改善は、本来、若者が自己の価値を実感して今を生き、自分の意思で人生の選択をし、社会に参加し、未来に希望を抱くことができるための不可欠の前提である。すなわち、現状を改善する教育、子育て、雇用、住宅等の各分野における給付を充実させ、かつ、現在、保険料を負担できず、あるいは保険料を負担しながら、将来に給付を受けられるか不安に思っている障害福祉サービス、年金、介護についても安心できるものとすることにより受益感が高まり、民主主義社会の一員としての自尊心を育むことにつながる。
●第5 「希望」と社会参加、若者の権利~日本・イギリス・スウェーデンの若者への聴き取り結果から~
1 厳しい状況に置かれているにもかかわらず、若者からは現状の打開を求める声があまり聞こえてこないとの指摘があることについて、限られた範囲ではあるが、日本各地の若者から聴き取りを行った。並行して、①近年、若者の政治的・社会的変化が指摘されるイギリス、②民主主義と連帯を基盤にして普遍的で手厚い福祉政策を実現しているスウェーデンにおいて、両国の若者から聴き取りを行った。
2 日本各地の若者からの聴き取りの結果、分かったことは、彼らも決して社会に対して無関心というわけではないということである。しかしながら、経済事情を受け容れざるを得ない現状、競争意識や「自己責任」論からくる「安定」への強迫観念と不安、個性の主張を許さず政治をタブー視する同調圧力、規律遵守が重視され理不尽さを受容させられる圧力、親からの支配・拘束といった様々な“生きづらさ”も聞こえてきた。
3 他方、イギリス・スウェーデンでは、民主主義と連帯の力が信じられ、若者が価値を尊重された社会で育ち、若者の影響による社会変革を実感している。
しかし、日本は、若者が等しく自ら人生を選択し自己を実現することができる社会構造とはなっておらず、生きづらさを「自己責任」として受容してしまい、自己の参加によって、生きづらいとされる社会の変革に立ち向かう意欲も持ちえなくなっているとさえ指摘されている。4 かかる現状は、個人の尊厳原理に立脚し幸福追求権について最大の尊重を求めている憲法13条、健康で文化的な最低限度の生活を保障する憲法25条、能力に応じてひとしく教育を受ける権利を定めた憲法26条、勤労の権利を保障した憲法27条、社会権規約、子どもの権利条約等に照らし到底看過することはできない。また、民主主義社会の危機である。
若者が現在、そして将来に夢を抱けるような社会になるには、社会保障制度の変革と労働環境の改善が必要であり、そのためには若者のみならず全世代の意識の変革が必要である。その第一歩として、若者にとって身近で実効性のある社会保障制度を構築し、労働環境を改善することが不可欠である。●第6 若者が未来に希望を抱くことができる社会保障と労働のグランドデザイン
1 これまでの人権擁護大会の決議
当連合会は、2011年、「希望社会の実現のため、社会保障のグランドデザイン策定を求める決議」により、国に対して社会保障のグランドデザインの策定と、社会保障基本法の制定を求めた。2013年、「貧困と格差が拡大する不平等社会の克服を目指す決議」により、「不平等社会」を克服するために、国に対して、社会保障制度改革の見直し、社会保障基本法の制定、税制の再構築、政策形成過程への関係当事者の対等な参画を求めた。2015年、「全ての女性が貧困から解放され、性別により不利益を受けることなく働き生活できる労働条件、労働環境の整備を求める決議」により、女性が直面する格差と貧困を克服するため、国、地方自治体に対して、雇用形態等の違いによって不当に格差をつけられず均等待遇を受けること、男女共に就労と家事・育児・介護等の家族的責任を両立しながら安定、継続して働けること、性別に基づく差別をなくすこと、性別役割分担及びそれに基づく不利益をなくすことなどを求めた。
本決議は、若者が未来に希望を抱くことができるよう、これまでの決議を進め、普遍主義の観点から、社会保障と労働に関するグランドデザインと、これを実現する財源の確保と税制の改善に関する提言を行うものである。
2 基本的人権の保障の基盤としての憲法25条
全ての人を個人として尊重し、尊厳ある生活を保障することは、国の最も重要な役割である。健康で文化的な最低限度の生活を権利として保障し、社会保障の向上増進を国の責務とした憲法25条は、基本的人権保障の基盤である。
こうした観点から、年金・医療・介護・生活保護だけでなく、就学前教育から高等教育に至るまでの教育・住宅・最低賃金・失業時の所得保障と職業訓練なども基本的人権保障の基盤として保障されるべきである。憲法25条に続く26条が教育の機会均等を保障し、27条1項が勤労の権利と義務を謳い、2項が労働条件の基準を法律で定めることとした趣旨は、こうした文脈において理解すべきである。
3 社会保障制度を実現するための財源について
2012年制定の社会保障制度改革推進法(以下「推進法」という。)は、年金・医療・介護の主たる財源を国民が負担する社会保険料に求め、国と地方の負担は補助的・限定的なものと位置付けている。しかし、後述する理由により、これまでの社会保険中心主義を改め、年金・医療・介護についても、税を財源とする公費負担によってその費用を賄うべきである。
また、推進法は、「社会保障給付に要する公費負担の費用は、消費税及び地方消費税の収入を充てるものとする」としている。しかし、社会保障の財源の確保は、憲法13条、14条、25条、29条などから導かれる応能負担原則の下、所得再分配や資産課税の強化等、担税力のあるところからなされるべきであり、公費負担の財源を消費税に限定するべきではない。
4 社会保障と労働のグランドデザイン(総論)
(1) 普遍主義の社会保障
社会保険(年金・医療・介護)の保険料や一部自己負担金を支払う資力がない人の社会保障制度は生活保護しかない。社会保険は制度が分立して制度間の格差が大きく、給付の引下げと負担(保険料と一部自己負担)の引上げが際限なく続いている。低所得層ほど社会保険料の負担が重く、無年金や無保険の人が増えている。一部負担金が払えないことによる受診抑制や利用抑制が広がり、負担に見合う給付を得ていないと不満に思う人が増えている。
こうした現状を踏まえ、「自己責任」から脱却し、若者が現在及び未来に希望を抱くことができるようにするためには、保険料、一部負担金が納められないことにより、利用できないことがないよう、①必要な人に必要な給付(現物・現金)を普遍的(universal)に行い、②拠出(保険料)を要件とせず、③対象を低所得者に限定しないことを特徴とする普遍主義の社会保障へ転換することが必要である。
その理由は、第一に、社会保障給付を受ける権利は基本的人権だからである。第二に、拠出を要件とする社会保険方式では、無年金や無保険の人をなくすことができないからである。第三に、「本当に困っている人」だけに給付を行おうとすると、スティグマ(恥の烙印)のために、逆に、「本当に困っている人」を救うことができないからである。第四に、担税力に応じて等しく負担し、必要に応じて給付を受ける普遍主義の社会保障によってこそ、全ての人が受益感を感じ、租税抵抗が減少するからである。
(2) 人間らしい労働と公正な分配
労働分野の規制緩和が進み、労働市場において自由競争が強まっており、人間らしい労働は十分に保障されていない。
1990年代後半以降、名目GDPに占める雇用者報酬の比率は下がり続ける一方で、経済成長(実質GDPの増加)は実現しておらず、労働規制緩和は経済成長に結び付いていない。そもそも、人間らしい労働が犠牲になるとしたら、その経済成長は本末転倒である。
雇用者報酬の比率が下がり続けている主たる要因は、年収200万円未満の「ワーキングプア」を含む非正規雇用の増加である。これが内需の縮小につながり、経済成長を阻害している。こうした負の循環を断ち切るためには、公正な分配が必要である。そのためには、短期的には最低賃金の大幅な引上げが、中長期的には同一価値労働同一賃金の実現が必要である。
(3) 所得再分配機能を果たす税制
普遍主義の社会保障制度を実現するための財源は、安易に借入金(国債)に頼るのではなく、税によるべきである。そして、社会保障の費用負担が逆進的にならないために、財源となる税は、所得再分配機能を果たす税制により徴収すべきである。
5 社会保障と労働のグランドデザイン(各論)
(1) 若者が置かれた現状を改善するものとして以下の制度改革が必要である。
① 教育
憲法26条に基づき、国は教育の機会均等を具体化する。就学前教育から大学に至るまで、国立・公立・私立を問わず無償とする。奨学金は償還不要の給付制奨学金とする。
高等教育の無償化は、救貧施策ではなく、全ての国民に対して、憲法26条の定める教育を受ける権利を制度として具体化するものである。高等教育の無償化が人権保障のための制度である以上(社会権規約13条)、憲法14条の平等原則に従い、対象者を低所得世帯の子どもに限るべきではない。また、対象者を低所得世帯の子どもに限れば、中所得層や高所得層の反発が避けられず、低所得世帯に対する新たなスティグマ(恥の烙印)が生じる。
また、文科省「諸外国の教育統計」2017年版によれば、日本は、アメリカと並び、イギリス、フランス、ドイツに比べて私立大学の占める割合が格段に大きく、本来であれば国や州が設置すべき大学を私法人が肩代わりして設置していると見ることもできる。そうであれば、一律に私立大学を無償化の対象としないことは適切ではなく、不合理な差別(憲法14条)となる可能性がある。② 家族給付・保育
全ての人に対し就学前教育・保育(現物給付)を無償で保障する。子どもを養育する全ての人に対する所得制限のない現金給付、出産・育児休業など給付の拡充を行う。
③ 労働
最低賃金の水準を、尊厳ある生活を保障する水準に引き上げる。同一価値労働同一賃金を明文化する。
④ 失業時の所得保障、職業教育・職業訓練
失業等給付の基本手当の支給要件を緩和し、支給期間や支給水準を改善する。誰もが自分の能力や経験を十分に生かして継続的に安定した職業に就けるものとなるように、職業教育・職業訓練を質量ともに充実させる。
⑤ 住宅住居を喪失した又は喪失するおそれのある危機的状況における一時的な補助ではなく、恒常的な家賃補助制度を創設する。公営住宅を拡充し、低所得層だけでなく中間層も利用できる制度とする。
(2) 若者が現在及び未来に希望を抱くことができるような制度、殊に保険料、一部負担金が納められないことにより、各種サービスや保障制度を利用できないことがないよう、以下の制度改革が必要である。
① 医療・介護・障害福祉サービス
医療・介護・障害福祉サービスは、窓口負担・利用料負担のない制度とする。医療・介護・障害福祉サービスは、社会保険方式ではなく税財源方式とする。OECDの日本に対する指摘を踏まえ、医療のスタンダードを確保するため、プライマリケアを重視し、家庭医制度を確立する。
必要な時に必要な医療を受けることができない「無保険者」や、「経済的理由による受診抑制」が多数存在し社会問題となっていることは、人権(社会権規約12条)が広く侵害されている状態である。こうした問題に対する根本的な対策として、保険への加入と保険料の支払を必須の要件とする「保険主義」の医療保障制度から、保険料の支払を要件としない「税財源による国民保健サービス方式」の医療保障制度への転換へ進むべきである。② 年金
社会保障制度としての所得保障の趣旨を徹底し、「老齢・障害・主たる生計維持者の死亡」の各原因を通じて、全ての人に適用される最低保障年金制度を創設する。具体的には、ニュージーランド等に見られる2階建て年金(1階部分は税財源による一律の最低保障年金、2階部分は報酬比例年金)が参考となる。
すなわち、現行制度は、厚生年金、国民年金、共済組合から「基礎年金拠出金」を拠出させ、それを全ての基礎年金受給者に対する基礎年金給付に充てているのに対し、上記1階部分の最低保障年金は、上記「基礎年金拠出金」分を、保険料として徴収するのではなく、所得再分配機能を高めた税収によって置き換えるとともに、新たに必要となる財源を、同じく税収によって賄うものである。(3) 最後のセーフティネットとしての公的扶助・生活保護
生活保護は恩恵ではなく権利であることを明確にする。申請権を侵害する「水際作戦」を制度的に根絶し、捕捉率を高める。法律の名称を「生活保障法」に変える。
6 グランドデザインを実現するための財源確保-連帯と税制の改善
これらの若者の尊厳を支える社会保障制度及び労働環境は、若者だけでなく同時に全世代を支える意味合いを持ち、その実現には安定した財源の確保が不可欠である。
(1) 社会保障制度充実の実践による国民的合意の形成の必要性
安定した財源確保のためには、多くの国民が租税の役割を実感しつつ税負担に同意することが必要であり、就学前から高等教育までの無償の教育など、「生まれた家庭」の経済力や性別など自ら選択できない条件に左右されることがない社会保障制度を充実させることにより、互いに租税を負担し連帯して支え合うことへの国民的合意を形成する必要がある。
(2) 所得税、法人税
税と社会保障による所得再分配機能の重要性及び応能負担原則に基づく実質的平等の確保の観点から、大企業及び投資家などに適用される種々の優遇税制を見直し、租税負担の公平性を高めるべきである。他方、生活費控除原則を徹底した課税最低限を設定すべきである。
我が国においては、1990年前後から始まった消費税導入と同時期に始まった所得税の最高税率の低減及び法人税減税を始めとした大企業及び投資家などの優遇税制により、本来得られたはずの税収入は大きく失われることになり、不足する支出は国債に依存することが常態化している。
しかし、大企業や富裕層に対する減税をすれば、経済成長を促し、豊かな税収をもたらし、その豊かさは貧しい者にも滴り落ち、格差も抑制されるという、いわゆるトリクルダウン効果は、国際的にも否定されている(2014年12月OECDワーキングペーパー「所得格差の動向と経済成長への影響」参照)。
① 所得税については、所得が1億円を超えると逆に実質的税負担率が低くなるという現状にある。有価証券の譲渡益や配当金、利息等の資本所得について分離課税をやめ総合課税とし、分離課税を続ける場合は税率を引き上げるといった方策なども検討されるべきである。IMF(国際通貨基金)も「労働所得と比較して、資本所得の分配はより不平等であり、ここ数十年で所得全体に占める割合が高まってきている。そして、労働所得よりも税率が低いことが多く、その税率が下がってきている。所得税制全体の累進性を保つためには、資本所得に十分な税を課さなければならない。その手段としては、人々が労働所得を資本所得として分類し直す動機がなくなるように手を打つことや、様々な種類の資本所得の取り扱いを統一していくことがあるだろう」と強調しているところである(2017年10月IMF「財政モニター」参照)。
② 法人税については、その税額は、課税ベースとなる課税所得に税率を掛け合わせることによって定まるところ、課税所得の計算方法により、実際の税の負担割合は大きく変動するため、税率とともに課税ベースの検討が必要である。課税所得の計算においては、多くの控除の制度などが存在する。また、租税特別措置の中には、課税所得を減少させるのではなく、税額自体を控除する制度も存在する。これらについても十分に検討され、法人の実質的な担税力に応じた適切な負担の実現が検討されるべきである。
(3) 消費税
消費税は、高い財源調達力を持つ一方、低所得層ほど実質的な税負担が重くなる逆進性を有し、その是非については議論がある。低所得層を始め人々の生活の底上げを図り、所得再分配機能を強化して、人間の尊厳ある生存のために、互いに支え合う税と社会保障制度を構築するという理念の下に、幅広い国民的な議論が必要である。
国は、消費税率の5%から10%への引上げを決め、既に2014年4月に8%に引き上げ、2019年10月には10%への引上げが予定されている。この5%の増税分のうち1%分だけを社会保障の充実に充て、残りの4%の大半は公的債務の返済に充てるとされている。しかし、このような予算配分の在り方は、負担の大きさに比べて直接的な受益があまりにも小さく、逆進性の弊害を強めるものである。
その後、国は、10%への引上げ時の増収分の中から1.7兆円程度を、教育の一部無償化措置の実行等に充当することを決めたが(「新しい経済政策パッケージ」(平成29年12月8日閣議決定))、なお受益の3倍近い税負担であり、一層の見直しが必要である。
(4) 保険主義の偏重の是正
日本の社会保障制度は、政府の総収入に占める社会保険料の割合がOECD平均を大きく超えており、極めて保険主義的な社会保障制度となっている。
しかし、保険方式では、受益者負担分を支払えない低所得者は当該制度が利用できず、支払えたとしても生活を圧迫することになるものであって、低所得者に重い負担を強いる逆進的な性質を有することから、保険主義の偏重を是正し、社会保障制度の税財源を強化すべきである。
(5) タックス・ヘイブンの利用による課税逃れに対する対策強化税収の流出を止め、安定した財源を確保する必要がある。世界的に問題となったパナマ文書に見られるように、一部の富裕層等によるタックス・ヘイブン(一定の課税が著しく軽減、ないしは完全に免除される国や地域)を利用した租税回避が生じている。その結果、各国は財政危機に直面し、社会保障給付の縮小や公共サービスの低下をもたらすと同時に、逆進性の高い間接税への依存を高めており、日本も例外ではない。そこで、タックス・ヘイブンの利用による課税逃れに対する対策を強化し、自動通報制度その他の国際協力体制を構築し、実効性を高める必要がある。
第7 当連合会、弁護士の果たすべき役割
1 当連合会は、国に対して、適切な学習内容、教育実践、学習環境が保障された主権者教育を推進するよう求めるとともに、今後、税制、社会保障制度、労働法制等を審議する政策形成に際して、若者とともに、若者が自分たちのことを自分たち抜きで決められないよう、当事者、主権者として意見を述べて社会に参加し、社会に影響力を及ぼし得る環境、場が確保できるよう努める。
2 そして、若者が抱える問題に目を向け、若者が現在、そして未来に希望を抱くことができる社会が築けるように、市民に対して、社会保障制度及びこれを実現するための予算配分とその財源確保の在り方について、上記を骨子とするグランドデザインを作成し、広く市民の議論に供するとともに、これを実現すべく、国に対して提言し、活動する。
3 また、グランドデザインを実現するため、その実現に向けた過程において、個々の若者の権利を保障するため、労働基準監督署等への申告、社会保障制度に関する給付の申請、不服審査請求など、関連する各分野の行政手続に弁護士が積極的に関与する。
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