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新自由主義への対抗  韓国農協「農の価値」憲法明記へ1千万人署名

 堤未果さんの「日本が売られる」でも紹介していた韓国農協の「農の価値」を憲法に書き込むとりくみ。「今だけ、金だけ、自分だけ」の多国籍企業に対抗するのは、生活者の参加と共同・・協同組合型のとりくみ。利潤を求めず、公益を求める協同、参加型民主主義の運動が重要となっている。
【韓国農協「農の価値」国民にアピール JA新聞10/18】

【韓国農協「農の価値」国民にアピール JA新聞  /18】

韓国農協中央会は昨年来、「農業の公益価値」を国民にアピールする1000万人署名を成功させるなど内外の関心を集めている。日本の農業・農協の視察で来日した立役者の韓国農協中央会のキム・ビョンウォン会長にその取り組みを聞いた。同会長は、日本の種子行政の調査で来日したものだが、「日本の種子(たね)を守る会」設立発起人である元農水大臣の山田正彦氏の協力を得て、韓国農林畜産食品部の元副大臣を加え、農業・食料の価値、および農協の取り組むべき課題等について意見交換してもらった。( 

《 憲法明記へ1千万人署名》

◆小規模経営が理想
・山田 私は長崎県五島列島の生まれで、若いころ数百頭規模の牛や豚を飼育し、肉屋や牛丼屋なども経営しましたが、大きな借金をつくりました。いわば大規模経営の犠牲者です。その経験から、アメリカ型の大規模経営は間違いで、農業は小規模家族経営であるべきだと思っています。このことは農水大臣に就任したときも所信表明で述べました。
 農業は工業生産とは違います。ヨーロッパでも家族経営が改めて見直されているなかで、日本は企業型の大規模経営を進めようとしているようです。EUの先進国では農家所得の8割が所得補償です。アメリカでもおよそ4割を所得補償しています。

・ミン 私たちは今回、千葉県の農家を訪ねました。そこで、印象的な話を聞きました。「日本は先進国なのに、なぜ食料自給率が38%と低いのか、非常に恥ずかしい。国による農家への直接支払いがなぜないのか」ということでした。
 この対談では、韓国と日本で共通する問題として、(1)食料自給率・輸入自由化・対米FTA(自由貿易協定)の問題、(2)食料の安全保障をどうするか、(3)主要作物の種子の扱い、(4)協同組合の役割、(5)憲法に農業の価値を明記する運動の5つのテーマを取り上げたいと思います。

・キム 韓国は現在54か国とFTAを締結しており、貿易自由化が日本より進んでいます。これが農家所得に非常に大きな悪影響を与えております。その影響について、三つの側面から言えます。一つは畜産です。畜産は農林畜産業の40%近くを占めますが、牛肉や豚肉の輸入が増え、畜産業全体が萎縮しています。次に果物ですが、バナナ、パイナップル、チェリーの輸入が増え、国産のリンゴ、マクワウリなどの価格が暴落しています。限られた市場に輸入物が増え、農業者の所得減少が避けられない状態になっています。政府はFTAの事前対策を取るのでもなく、事後対策はとっていますが十分でなく、農家を苦しめています。
 
・山田 我々はTPP(還太平洋連携協定)に反対してきました。いままたアメリカは日本に対して、韓国とのFTA以上の自由化を求めています。我々はアメリカとFTAを結んだ韓国の状況を調べました。このままアメリカのペースで交渉を進めると、確実に日本の食料自給率はさらに下がり、韓国と同じように農業は大変なことになるでしょう。
 自動車はトヨタ一社だけで約24兆円の売り上げがあり、農業生産額は全部で約8兆円です。政府は農業を犠牲にしてでも自動車の関税を守ろうとするでしょう。TPP交渉当時、我々の試算によるとTPPを締結した場合、食料自給率は14~16%にまで落ち込むという結果が出ました。TPP11締結で、さらに関税率が下がっていくので、この上に日米FTAが加わると、さらに自給率が下がるのは確実です。
 
◆孫の世代まで責任

・ミン 農業への被害は明らかです。日本では反対の声がないのですか。

・山田 政府の対策を信じるという雰囲気です。自分の時代だけは何とかしのごうということでしょうか。しかし、我々は子ども、孫の時代まで食料と農業のことを考え、責任を持たなければなりません。

・キム 韓国にとって南北統一も重要事項ですが、食料自給も大きな問題です。現在、米は十分自給できており、問題ありません。さらに需要を増やすため、米粉にして消費拡大にも努めています。しかし、同じ穀物でも小麦や豆類は1%程度の自給率です。
 転作による麦は政府の補助がないので、契約栽培で農協が小麦の生産者団体に委託し、作ってもらっています。それで面積が3倍ほどになりました。こうした支援によって、米以外の穀物自給率を2022年には60%にまで高めたいと考えています。

《 徹夜討論で職員意識改革 》

・ミン 食料の安全保障の重要性を一般の人に広げたいのですが、「古い話だ」といって敬遠されがちです。日本ではどのようにしていますか。

・山田 生協など消費者団体を通じ、食の安全、種子問題などを広く訴えています。昨年の秋にスイスに行って調べてきましたが、スイスでは酪農経営に対して、1経営当たり年間約700万円助成しています。日本では私が農水大臣のとき、50%所得補償をめざす基本計画を立て、米・麦・大豆・ソバを対象に、それぞれの相場との差額に対して一定の所得を保障する直接支払いの戸別所得補償制度をつくりました。これによって生産者の所得が平均で約17%アップになり、若い新規就農者も増えました。アメリカでさえ40%の所得補償を行っており、今日の農業は最低でも50%くらいにしないと、農業経営は成り立ちません。千葉県で聞かれた農家の言う通りです。
 また新たな政策として飼料用米制度をつくりました。日本も韓国も大豆、トウモロコシなどの飼料を輸入して家畜を飼っています。しかし、もともと両国の畜産は稲作を基本とした産業だったのです。私が子どものころは、米のとぎ汁を牛に飲ませるのが最初の農業の手伝いでした。飼料用米は米作の歴史・技術のある日本や韓国に適しています。10㌃当たり8万円の補助金を出しました。牛だけでなく、豚や鶏の飼料にもなります。
 もう一つ、米の消費拡大のため米粉の利用を支援しました。しかし、政権が変わって戸別所得補償が廃止となり農家は困っています。このため野党は復活を求めています。

・ミン 食料自給率向上、所得アップ、農業の持続的発展のために予算をつけるなど具体的なお話を聞くことができました。ところで種子の問題はどうでしょうか。山田先生は「日本の種子を守る会」の設立を呼びかけられた一人ですが、その動機はどこにありましたか。

・山田 政府は昨年、突然、主要農作物種子法を廃止しました。国会ではほとんど審議されず、賛成多数で可決されました。米、麦、大豆などの主要農作物は国の援助のもと、都道府県が原々種、原種を守り、その地域にある伝統的な固定種は100%国産でまかなってきました。これによって農家は優良で品質のよい種子を安く手に入れることができました。
 その種子行政がTPP交渉で変化しました。今日、世界で流通している種子は、その多くが多国籍企業ににぎられています。これに対して、種子法廃止に疑問を持つ生協や市民団体、単位JAなどを中心とする「守る会」をつくり、県の条例づくりを呼びかけ、種子行政を復活させるための運動を展開しています。
 
◆種子の会社を買収

・キム 農業は種子から始まり種子で終わる産業で、種子を守ることはすなわち農民を守ることでもあります。日本の政府は農民を守ることをやめたといわざるを得ません。日本が種子法を廃止したことは理解できません。農民は、多国籍企業との競争では非常に弱い立場にあります。そのため、農民を守るには国家が農民を支援するか、農協が農民を支援するかの二つの方法があると思います。
 韓国では農協が3年前、250億円で国内の種子会社を買収しました。この子会社を大きくして韓国の種子を守っていく方針です。種子は世界的な問題であり、農協にとって重要です。日本の種子法廃止を例に出して、ICA(国際協同組合同盟)で議論してもいいのではないかと思っています。

▽一番上の吹き出しは「農業価値 憲法反映 国民共感運動に賛同してください」
▽上枠内のメガネの人が、「農業価値の憲法反映とはなんの意味か」を聞き、それに「農業だけではなく、食料安保、環境保全などの公益価値を」説明。
▽最下枠の籠の中には、持続可能な未来農業(トマト)、堅調な食料安保(米袋)、都市と農村の共生発展(ビル)、国土の均衡発展と書かれている。
 
・ミン 韓国、日本とも農業が重要であることは同じです。これを広く訴えるための行動が求められています。この点で、韓国では農業の価値をアピールするため1000万人署名運動を行いました。

・キム スイスなどでは、農業の多面的機能である公益価値を憲法に反映させました。それを参考に韓国の農業の多面的価値である公益価値を金に換算してみました。20兆円くらいという結果が出ました。1000万人署名は、国家が農業を支援することを憲法に明記し、この価値を守ろうという運動です。これは税金を使うので国民の広い支持がなければなりません。昨年11月に全国的な運動を展開し、1か月で約1156万人の署名を集めました。これは国民の約2割に相当します。それだけの人に農の価値を認めてもらったということです。
 憲法への明記は政府と与野党が合意済みです。今回は野党の反対で憲法改正は成立しませんでしたが、来年以降、憲法改正が審議されるとなれば、2割の支持が必ず反映されると思っています。今回の来日で全中の中家会長に会いましたが、関心を寄せておられました。

・ミン 韓国では農業の価値、直接支払い制度など、合理的な理由を説明しながら運動してきました。スイスの取り組みを参考に、日韓が一緒になってアジア農業の重要性を訴える運動を広げていければと思っています。

・山田 現在日本では第9条の問題があって、憲法改正を伴う農業の価値の明記は難しいので、食料安保の法律や条令で対応することも考えられます。

・ミン 農業の現場を回って感じたことですが、韓国でも農協への不満が聞かれました。このことをキム会長は心配し、仕事の40%は現場でという姿勢を打ち出されました。これによって農民との意思疎通が深まり、不満がかなり収まってきております。
 特にいま、協同組合の理念が揺れています。農協も資本の論理で運営されるようになっております。その是正に向けて、キム会長は、就任とともに中央理念教育院を立ち上げ、役職員の理念教育に力を入れております。要するに、一般企業は利益最大化を追求しますが、農協関連会社では、経営上必要な利益以外はすべてを農業者に還元することを強調しております。このあたりのことについてキム会長の考えを聞かせてください。
 
◆コスト削減700億円

・キム 世界の協同組合の歴史はヨーロッパでスタートして200年あまり。経済的に弱い人たちが団結して資本家とたたかうという目的で始まった運動です。個々の弱者が資本家とたたかったのでは生き残れないからです。しかし、いつのまにか協同組合は経営を優先する企業型に変身し、組織は大きくなって役職員は豊かになっていますが、組合員は貧しいという奇形的な協同組合になってしまいました。これは、韓国だけではないと思います。その中で韓国農協が最も深刻だと思います。農民と国民の間では農協批判が強かったからです。そこから私は、遅いと言われるかもしれませんが、新たな協同組合運動を目指し中央会の会長選に挑戦しました。2回落選しましたが、当選して感じたことは、約10万人の韓国の農協の職員が組織の駒のひとつになってしまっているのではないかということです。このため、なぜ農協が存在するのかの理念、思想、原則を職員に伝えることが喫緊の課題だと考え、当選して最初にやったことは協同組合理念の教育です。「中央理念教育院」をつくり、農協幹部を対象に夕方4時から翌朝6時まで夜を徹して議論する討論会を設けました。これまで27回開き、参加者は1万4393人に達しました。その時、たまには黄色のエプロン掛けで参加しますが、それは皿洗いの意味です。会長として、農民らがまだ片づけていない皿洗いを私がするという意味をあらわしたものです。
 要するに、農協の存在価値は農民にあるわけです。そのため、農協の事業は必要な最小限の利益をあげるだけにして大半は農民に返すべきだと考えています。その時に重要なことは需要の集中です。例えば、全国農業者が必要とする肥料が1000万俵だとすると、農協がそれを集中させて企業と交渉すると価格が下がります。こういった取り組みで就任してから肥料価格は40%下がりました。農薬やビニールも下がりました。その結果、金額にして約700億円のコスト引き下げを達成しました。

《 資材価格抑え市況リード 》
 
◆何事も「不狂不及」

・キム また、農協の飼料工場は23か所にあります。世界の穀物価格は18%上昇し、本来なら農協も6月に価格を引き上げます。しかし農協は価格を引き上げず、そのまま年末まで持ち越すことにしました。すると面白いことが起きました。他の企業の半分が値上げせず、農家に90億円のコスト削減効果を生み出しました。また、値上げした企業から離れ農協に買い求める農業者が増えました。農協のシェア拡大も実現し農民に利益を与えることもできました。これこそ農協の役割であり、存在価値だと思います。
 こうした取り組みには組織内外からの圧力が多くあります。しかし、農民のために一度「狂ってみよう」という考えの方が強いです。いわゆる、狂うほど無我夢中に没頭しないと成し遂げられない「不狂不及」の精神です。
 
・ミン 農協問題や食料、種子の問題など情報交換しましたが、韓国と日本はこうした共通の問題があります。提携して問題に当たりたいものです。

・山田 日本でも農協のあり方で疑問を持っている人もいます。そうした人たちに会長から話していただく機会をつくりたいと思います。

・キム 今回、日本を訪れてさまざまな人に会うことができました。千葉県の農家も大変印象的でした。日本の農業、農協は韓国よりはるかに進んでいます。文化や歴史、さらには農業・農協などにそれぞれの違いはあると思いますが互いに長所を学び合い、それぞれがシナジー効果を発揮することを期待したいと思います。
 
【対談を終えて】
 韓国農協中央会のキム会長は韓国の全羅南道の1農協の組合長から立候補して全国農協のトップになり、1000万人署名、徹夜討論、生産資材引き下げなど、さまざまな新基軸を打ち出している。その姿勢は「不狂不及」という会長の言葉に象徴される。時には引っ張り、時には引っ張られ、対米FTAという同じ問題を抱えた日韓の農協が協力しあうには最も時宜を得た登場だといえるのではないだろうか。(編集部)

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