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日本は国連の「社会権規約」違反~防衛費増より社会保障を

 今年5月24日、10月から予定される生活保護費引き下げについて、国連人権理事会の特別報告者らが、引き下げは日本の国際法上の義務に違反するという声明を発表し日本政府に送った。
 その内容と意義を解説。生活保護、年金切り下げがなぜ違法か、特別報告者とは・・など力となる内容

【日本は国連の「社会権規約」違反 生活保護・年金の引き下げ、教育費負担増と差別をやめ、国は、防衛費増より予算を回せ  青山学院大学法学部教授 申 惠丰  現代の理論16号】

【日本は国連の「社会権規約」違反 生活保護・年金の引き下げ、教育費負担増と差別をやめ、国は、防衛費増より予算を回せ  青山学院大学法学部教授 申 惠丰  現代の理論16号】

・生活保護費の引き下げはなぜ違法か
・年金受給額の引き下げはなぜ違法か
・国連人権理事会の「特別報告者」「独立専門家」とは?
・今回の声明の内容と意義
・「利用可能な資源を用い」、権利実現を図る措置は国の義務
・限られた貴重な予算を社会保障と教育に使え

今年(2018年)5月24日、この10月から予定される生活保護費引き下げについて、国連人権理事会の特別報告者らが、引き下げは日本の国際法上の義務に違反するという声明を発表し日本政府に送ったことをご存じだろうか(新聞報道では2018年6月10日東京新聞「生活保護費削減に警告 国連特別報告者ら懸念 先進国なのになぜ権利踏みにじる?」)。

家賃を払えず県営住宅の立ち退きを迫られて中学2年生の娘を運動会のハチマキで絞め殺してしまったシングルマザー(千葉県、2014年9月)、「教育を受けながら、どうして大きな借金を背負わなきゃいけないんでしょうか」(「学ぶ代償『借金』1000万円」2016日1月3日東京新聞)。「豊かな国」のはずの日本で、生活苦にあえぐ人々の衝撃的なニュースや、奨学金という名の学生ローンに苦しむ学生の悲痛な訴えを聞くことは珍しくなくなった。

日本の高等教育費は国公立・私立ともに高騰を続け、しかも大半を家計負担に頼っているし、安倍政権の経済政策の下で所得格差は拡大し、一人親世帯、特にその9割を占める母子家庭は、懸命に働いても平均所得は全世帯平均の半分にとどまり貧困から抜け出せない。生活保護を受けざるを得ない母子家庭も多いが、大学に進学すると別世帯にしなければならず保護費も減らされるため、生活保護世帯の大学進学率は低い(「生活保護世帯 かすむ将来、春なのに 進学率3割の壁」2018年4月3日毎日新聞)。

貧困の問題は、個々人の問題、各人の「自己責任」だろうか?まさか。すべての国民は生存権を憲法で保障されているし、等しく教育を受ける権利がある。加えて日本は、「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」(「社会権規約」)という人権条約を批准している。

現在、日本全国で、生活保護費や年金給付額の引き下げをめぐって相次いで訴訟が提起されているが、筆者はそのいくつかの裁判で、これらの措置が社会権規約に違反し違法であるという内容の意見書を裁判所に提出した。また、今回の声明についても、その意義を説明する書面を裁判所に提出した。ここでは、その内容も盛り込みながら、社会保障や教育の予算を切り詰める日本の政策がいかに国際人権法上の義務に反しているのかということを述べてみたい。

◆生活保護費の引き下げはなぜ違法か

憲法25条1項は、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」として、生存権を保障している。
生活保護は、生存権のための最後のセーフティネットだが、もちろん、憲法25条から、いくらの生活保護費が支給されるかということが直ちに導かれるわけではない。生活保護法という、憲法25条を具体化する法律が制定されており、生活保護はこの法律とそれに基づく保護決定によって行われることになる。

では、生活保護費の額が低すぎる場合、それを「憲法違反」と言う余地はないのか。そんなことはない。
厚生大臣(当時)の定めた600円という保護費は「健康で文化的な最低限度の生活」を維持できる額ではないとして争われた有名な朝日訴訟で最高裁は、「現実の生活条件を無視して著しく低い基準を設定する等憲法および生活保護法の趣旨・目的に反し、法律によって与えられた裁量権の限界をこえた場合または裁量権を濫用した場合には、違法な行為として司法審査の対象となる」ことを認めた(1967[昭42]年5月24日判決)。
何が健康で文化的な最低限度の生活水準かは、その時代、その社会である程度客観的に決定できるもので、それからかけ離れた保護費を設定することは、法律で決められる限界を超え、憲法違反になることがあるということだ。

また、すでに支給されてきた額を減額することも、違法になりうる。生活保護法は「被保護者は、正当な理由がなければ、既に決定された保護を、不利益に変更されることがない」と規定する(56条)。生活保護の老齢加算の廃止が争われた訴訟では、老齢加算廃止はこの規定に反し違法としたものがある(2010[平22]年6月14日福岡高裁判決)。それは、正当な理由があるというためには、その判断にきちんとした事実の基礎と判断プロセスがなければならないのに、厚生労働省内での取りまとめとそれに基づいた厚生労働大臣の決定が、必要な事柄の検討(削減によって、現に保護を受けている人がどの程度の不利益を受けるのかなど)をしないでなされたものだったからだ。

また、生活保護費の引き下げは憲法違反にもなりうる。いったん確立された給付水準を引き下げることに対して、憲法25条は制約となり、引き下げる場合は国がその正当性を論証しなければならないという考え方は、日本の憲法学でも有力だが、これは、ヨーロッパを中心に諸外国でも広くみられる法理だ。憲法で保障している権利を立法・行政措置で具体化しているときに、立法・行政措置で不利益変更をすることに対しては、憲法の規定が「歯止め」になるという法理である(国により、「停止効果」「後退禁止原則」などとも呼ばれる)。

さらに、生活保護の引き下げは、社会権規約に照らしてみると、その違法性がいっそう明らかになる。社会権規約は9条で「社会保障についてのすべての者の権利」を認め、11条1項では「自己及びその家族のための十分な食料、衣類及び住居を内容とする十分な生活水準についての権利」を認めており、国は、これらの権利の実現のために、利用可能な資源を最大限に用いて措置を取る義務がある(2条1項)。「権利」を認め、その実現に向けて「措置を取る」義務を負った以上は、権利の実現を後退させる措置を取ることは、義務に逆行し、規約の趣旨に反することになる(後退禁止原則)。

社会権規約の下で設置されている社会権規約委員会はこのことを、たとえば社会保障の権利に関する「一般的意見」(すべての締約国に向けて委員会の見解を示した文書)で次のように述べている。

「一般的意見19 社会保障についての権利(9条)」(UN Doc. E/C.12/GC/19)

「社会保障についての権利に関連して取られた後退的な措置は、規約上禁じられているという強い推定が働く。いかなる意図的な後退的措置が取られる場合にも、締約国は、それがすべての選択肢を最大限慎重に検討した後に導入されたものであること、及び、締約国の利用可能な最大限の資源の完全な利用に照らして、規約に規定された権利全体との関連によってそれが正当化されること、を証明する責任を負う。委員会は、(a)行為を正当化する合理的な理由があったか否か、(b)選択肢が包括的に検討されたか否か、(c)提案された措置及び選択肢を検討する際に、影響を受ける集団の真の意味での参加があったか否か、(d)措置が直接的又は間接的に差別的であったか否か、(e)措置が社会保障についての権利の実現に持続的な影響を及ぼすか、既得の社会保障の権利に不合理な影響を及ぼすか、又は個人もしくは集団が社会保障の最低限不可欠な水準を得る手段を奪われているか否か、(f)国レベルでその措置についての独立した再検討がなされたか、を注視する」

国は、権利を認めそのために措置を取る義務を負った以上は、実現に向けた措置を取るどころか、引き下げのような後退的措置をわざわざ取るとすれば、それがどのような理由で正当化されるのか、他の手段をどれだけ検討したのか、その措置は差別にならないのか、対象者にどの程度の影響を及ぼすのか、それによって社会保障の最低限不可欠な水準を奪うことにならないのか、といった一連の検討を経たうえでなければならず、そうでなければ規約違反になる、ということなのだ。
 
このような観点から委員会は、各国の国内実施の状況を審査する報告制度で、2013年、日本政府報告書を審査した後、日本への「総括所見」で、生活保護費引き下げについて懸念を示している(UN Doc.E/C.12/JPN/CO/3)。

「委員会は、社会扶助への予算分配の大幅な削減が、特に、不利な状況にあり社会の周縁に追いやられている人々の集団の経済的・社会的権利の享受に悪影響を与えていることに、懸念を持って留意する。…委員会は当事国に対し、後退的措置は、利用可能な資源を最大限に用いた状況でのみ取られることを確保するよう求める。さらに委員会は、当事国に対し、社会保障給付の削減が、受給者が規約上の権利を享受することにもたらす影響を監視するよう求める」 

◆年金受給額の引き下げはなぜ違法か

年金受給額の引き下げにも同様の問題がある。日本の年金制度ではもともと、物価スライド制といって、物価や賃金が上がればそれに連動して受給額も上がり、実質的な価値を維持する方式がとられてきた。しかし、2004年の法改正で、「マクロ経済スライド」として、物価や賃金の上昇率から「スライド調整率」を差し引いた率でしか年金額を増やさない仕組みが導入された。これにより、今後は、国民年金保険料を満額納めていても、実際には、物価や賃金の上昇に追いつかない額の年金しか受け取れないことになっている。加えて、「税と社会保障の一体改革」をうたった法令による一律の支給額削減も行われてきた。

年金の場合は、退職後は一定の額をもらえると思って、長年、年金保険料を納め続けてきたものが、受給の段になって引き下げられるというのだから、財産権の侵害という側面もある。「確定した年金額が引き下げられるとは、考えていませんでした」「定年後を支える唯一の生活保障である年金が約束(規定)に基づき、確実に給付される事への期待感から、42年間働き続けてきた」。筆者が意見書を提出した訴訟で、原告側書面に寄せられた声は、制度に信頼して保険料をかけてきた、その期待を裏切られた思いを語っている。

さらに、そもそも日本では、基礎年金の支給額自体が低すぎる。国民年金の老齢基礎年金しか受給できない人の場合、その額は月額5~6万円。厚生年金がある人はそれを加えても、生活保護基準額にも満たない額しか受給していないことが少なくないのだ。2014年には消費税が8%に増税されたが、その後も、食料のような生活必需品の軽減税率については全く導入のめどが立たないまま、年金生活者は困窮した生活を強いられている。

「家賃と食費以外は金を使えず、いわば動物的生存。この20年、肌着以外は服は1着も自費で買ったことがない(見かねて周囲の知人や親類が、オーバーや室内での防寒用パンツ、ドテラなどを買ってくれたことがある)。本は必需品だが、いつも『この一冊で何食分の食事に相当するのか』迷う。結局食事が粗末になる。『健康』にも『文化的』にもほど遠い」「冠婚葬祭には不安を感じたり、孫の成長を素直に喜べない経済状態になる」「実家への帰省、日帰り旅行もできない状況です。文化面での支出を抑えざるを得ない状況です」。いずれも、先にふれた訴訟で寄せられていた原告の方々の声である。

年金が唯一の、ないし主な収入源である高齢者にとっては、年金が命綱だが、その額たるや、「健康で文化的な最低限度の生活」を保つにはほど遠いのだ。それがさらに引き下げられるとなれば、「これ以上切り詰めるところがない、より具体的にと言えば命を切り詰める以外あるまいと思います」「減額により、これまでの生活水準を引き下げざるを得なくなった。食費を抑える。買い控え月1回の外食もままならなくなった。冠婚葬祭への出費は恐怖となっている」という切実な声が聞かれる。

貧困に陥っている高齢者は、生活保護を受ければいいではないかという意見があるかもしれない。確かに、最後の手段としてはそうだろう。しかし、生活保護は「自立を助長する」ものでもあるから、高齢者の生活保障を生活保護で支えることは、その趣旨にそぐわない。生活保護を申請すると親族に問い合わせが行くことによる屈辱感も無視できない。働いて年金保険料を納め続けてきた高齢者が、年金では生活できず生活保護に頼らざるを得ないという事態は、年金・生活保護どちらの制度趣旨からも外れることだ。本来、年金に加入し保険料を納めてきた高齢者の生活は年金によって保障されるべきで、年金額が、健康で文化的な最低限度の生活を保障しうるものでなければならないはずだ。

◆国連人権理事会の「特別報告者」「独立専門家」とは?

今回、国連人権理事会の特別報告者ら4名は、連名で、日本政府が今年の10月から予定している生活保護費引き下げについて、これを懸念し見直しを求める内容の声明を発表し、政府に送付した。その4名とは、「極度の貧困と人権に関する特別報告者」フィリップ・オルストン氏、「対外債務と人権に関する独立専門家」ホアン・パブロ・ボホスラブスキー氏、「障害者の権利に関する特別報告者」カタリーナ・デバンダス氏、「高齢者のすべての人権享受に関する独立専門家」ローザ・コーンフェルド・マッテ氏である。

国連人権理事会では、人権問題について調査や勧告などの活動を行う専門家を任命する制度がある。

これには、いずれかの国連加盟国(例えばミャンマー)を対象とする「国別手続」と、何らかのテーマ(例えば拷問)を対象とする「テーマ別手続」があり、人権問題に造詣の深い有識者が、「特別報告者」ないし「独立専門家」として任命されるか、「作業部会」の一員として任命されるという形をとる。
これらの専門家は、国連の職員ではなく、任務遂行について報酬も受けない。上記4名は、それぞれのテーマに関して任命されている専門家だ。

日本では、政府関係者を含め一部に、特別報告者らの勧告は「単なる一個人によるもので、国連から勧告されたのではない」というような理解があるようだが、そのような見方は正しくない。特別報告者らは、専門知識と経験、独立性、人格の高潔さなどを兼ね備えていると認められた人の中から、幅広い協議の過程を経て候補者が絞られ、最終的には人権理事会で、47の理事国(国連総会で選挙される)によって選出される。

日本は、2006年から2011年、次いで2013年から2015年の間、人権理事会の理事国を務めた(外務省「世界の人権保護促進への日本の参画(和文骨子)」)に続き、2017年からも理事国を務めており、これらの手続にも関与している。
特別報告者らが「個人」の資格であるとは、国家や何らかの組織の利益を代表しているのではなく、「独立して」任務を遂行するという意味である。そして彼(女)らは、人権理事会の定める慎重な手続を経て、(日本も理事国として参加している)理事会で選任されているのだ。

実は、人権理事会の手続には、日本もテーマによっては積極的に協力している。拉致問題の関連で、「強制的又は非自発的失踪に関する作業部会」の活動に密接に協力していることがそれである。

例えば国連の2003年4月30日付プレスリリースは、「強制的・非自発的失踪に関する作業部会は… 今会期中、30を超える国々に関係する申し立てを審議しました。 …作業部会は審議にあたり、日本政府代表、ならびに、1977年から1983年にかけて日本、スペインおよび英国で朝鮮民主主義人民共和国の工作員によって拉致されたと見られる日本人行方不明者の親族から意見聴取を行いました。… 作業部会はアフガニスタン、アルジェリア、アルゼンチン、ブラジル、チリ、中国、コロンビア、朝鮮民主主義人民共和国、エジプト、フランス、グアテマラ、ホンジュラス、インド、インドネシア、イラン・イスラム共和国、日本… における強制的・非自発的失踪事件に関し、政府および非政府関係者から得た情報を審議しました」と報じている。

◆この作業部会について、メンバーが「個人」の資格でしかないから重要性がないという批判は聞かないし、日本政府が積極的に協力するのも、人権理事会の作業部会の存在の正統性やその活動の意義を認めているからであろう。

◆今回の声明の内容と意義

今回の声明は、4つの特別手続の担当者が連名で発表したものだが、4名もの担当者が連名で、それも特定国に対して懸念の声明を出すことは稀である。それだけ事態が緊要性をもっているということだ。

加えて、声明は、今年10月から予定される生活保護費の引き下げをめぐって、この措置は日本が国際的に負っている義務に「違反する(are in violation)」という強い文言を用いていることも重要だ。すなわち、食費などの生活費にあてる生活扶助を最大で5パーセント、3年間かけて段階的に引き下げ、3分の2の受給世帯が影響を受けることについて、「日本のような豊かな先進国におけるこのような措置は、貧困層の人々が尊厳をもって生きる権利を直接に掘り崩す、意図的な政治的決定を反映している」「緊縮政策下にあっても、日本は、社会保護の基本的な水準を差別なく確保する義務を負っている。貧困層の人権に与える影響を慎重に検討しないで取られたこのような緊縮措置は、日本が国際的に負っている義務に違反している」。

声明はまた、最貧困層の人々が最大限に切り詰めて生活しているその消費性向を基準にして保護費を下げる方法は妥当でなく、そのような方法で決定された保護費は国際人権法上の適切な生活水準を満たすものではないとしている。日本政府は、低所得世帯の消費性向に基づき、保護費をさらに減らすという方法を取っているのだが、切り詰めに切り詰めてぎりぎりの生活をしている、その生活スタイルを基準としてさらに引き下げるのはおかしい、ということだ。さらに、このような措置によって最も打撃を受けるのは高齢者、母子家庭、障害者らであるとして、この措置が与える悪影響をできる限り緩和することや、措置について再考することを強く求めている。

4名のうち、フィリップ・オルストン氏は、社会権規約委員会の委員長も務めた世界的に高名な国際人権法学者だが、今回の声明で指摘されている国際人権法上の問題は、社会権規約委員会が「一般的意見」や「総括所見」で述べてきた事柄と同様で、国際人権法上確立した考え方である。

5月29日の参議院厚生労働委員会で加藤勝信厚生労働大臣は「(警告は)政府の説明を受けておらず、一方的な情報に基づいた発表だ」としているが、オルストン氏らはすでに政府の立場も十分承知している。つまり、生活保護の安易な引き下げがはらむ国際人権法上の問題は、すでに社会権規約委員会からも指摘されていたが、今年予定されている引き下げは、それをさらに引き下げようというものだから、いっそうその深刻さが際立ち、今回の声明でははっきりと、国際人権法に「違反する」とまで言われるに至ったのである。

むろん、この声明それ自体には、国際裁判の判決のような法的拘束力はない。しかし、それは国連のすべての人権条約の委員会の「一般的意見」や「総括所見」とも同様であって、法的拘束力はなくとも、重みがないとか、尊重しなくてよいということにはならない。指摘されていることの内容は、日本が批准している人権条約上の義務に基づくもので、法的に根拠がある事柄だからだ。

「利用可能な資源を用い」、権利実現を図る措置は国の義務

社会権規約は、利用可能な資源を最大限に用いて、権利の実現のための措置を取ることとしているから、もし国が、利用可能な資源を最大限に用いた上でもそのような措置が取れないことを委員会に対して証明することができるのであれば、規約違反の認定は免れうる。そのことは、上にみた委員会の一般的意見でも示されている通りだ。しかしこの点で、日本が社会権規約違反のそしりを免れることはできない。それは、巨額の財政赤字があり社会保障支出を抑制するとしながらも、ここ数年、防衛費だけは青天井に増えており、社会権規約上の義務をふまえた人権の視点が予算措置において全くみられないからだ。

第二次安倍政権発足以降、防衛費は2013年度から6年連続で増加しており、2016年度以降は5兆円を突破している。安保法制の成立と施行をふまえ、防衛省が要求する最新鋭の武器購入がほぼ満額回答で認められる傾向にあり、弾道ミサイル共同対処や集団的自衛権行使のためのイージス艦(一隻1,734億円)、朝鮮半島有事での隊員輸送などのためのオスプレイ(4機447億円。いずれも2016年度の例)などが次々と購入されている。膨張し続ける、在日米軍駐留経費の日本側負担(条約上の義務ではなく、法的根拠のない「思いやり予算」)もしかりだ。今年10月から3年間の生活保護費引き下げ(160億円の削減)は、オスプレイを2機分減らせば不要なはずなのだ(2018年度防衛費は、115億円のオスプレイ17機や150億円のF-35A戦闘機42機を含んでいる)。

さらに問題なのは、朝鮮半島情勢が大きく動き、安全保障環境に明らかな変化が出てきている今も、日本政府はこの動きを止めようとしないどころか、今度は、アメリカの貿易赤字解消に協力するという名目で、トランプ政権の要請に応じて高額な武器を買い続ける姿勢を見せていることだ(2018年4月17~18日の日米首脳会談での両者発言)。導入経費だけで2基2,000億円を超える陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」が典型だ。そのような名目で武器を買い続け予算を浪費するなら、もはや、何のため、誰のための政治であり予算なのか分からなくなる。

◆限られた貴重な予算を社会保障と教育に使え

日本は、1979年に社会権規約を批准し、社会保障や教育の権利などの実現のために、利用可能な資源を最大限に用いて施策を取る義務を負っている。国の政策や予算措置は、この社会権規約上の人権の観点から、方向づけられ、検証されなければならないのだ。

教育について言えば、社会権規約は、国はすべての者に教育の権利を認めるとし、中等教育と高等教育については、無償教育を漸進的に導入することによって、すべての人に均等に機会が与えられるようにすること、と規定している。適切な奨学金制度を設立することも定めている(13条2項)。しかし、高校就学支援金制度を作ったのは良かったが、朝鮮学校の子どもだけを除外したことで新たな差別を作り出し、社会権規約委員会から是正を求められている。子どもに対するいかなる差別もしてはいけないというのは、国際人権法の最も基本的な原則の一つだ。

給付型奨学金は2017年にようやく導入されたが、対象は住民税非課税世帯に限られ、学生数は各学年2万人、給付額は月2~4万円というお粗末なものだ。日本は高等教育の授業料が、「データのあるOECD加盟国の中で最も高い国の一つ」であり、また「過去10年、授業料は上がり続けている」。「高等教育機関に対する総教育支出に占める公財政支出の割合は34%に過ぎない。この割合は、OECD加盟国平均70%の半分である。私的部門の支出では、家計負担の割合が最も大きく、教育支出の51%が家計によって賄われる。この割合は、OECD平均22%の倍以上である」(「OECDカントリーノート 図表でみる教育2017年版 日本」)。

このような状態を放置していて、社会権規約を遵守していると言えるだろうか。2017年12月には安倍政権は「新しい政策パッケージ」として大学授業料減免措置の拡充を打ち出したが、これも、対象となる大学を不当に限定しており問題が大きい。
国の予算は政治家の私物ではないし、どんな使い方でも許されるわけではない。政策と予算は、国の義務でもある人権保障の観点を入れて決定され実施されなければならず、それが当然なんだと私たちも声を上げることが必要だ。


● しん・へぼん
1966年東京生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了、国際人権法専攻。現在、国際人権法学会理事長。著書に『人権条約上の国家の義務』(1999年、日本評論社)、『国際人権法―国際基準のダイナミズムと国内法との協調[第2版]』(2016年、信山社)など。

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