「産めよ死ねよ」への回帰…侵略戦争美化と同根
女性史研究者・江刺昭子さんが、相次ぐ自民党政治家の「産めよ」発言を歴史の視点から、その意味を検証している。どの発言も国のため・・という脈絡で語られていると指摘。
一方で100年前に、産む、産まないの選択の自由を主張した社会主義者(日本共産党の結党に参加)を紹介している。堺は「実は多数の貧乏人が必要だ。賃金の安い労働者も必要である。戦争の為には多数の兵士も必要である。そこで人口の増加率が減少しかけて来ると、何とかして之を防止する方策を講ぜねばならぬことになる。そこで避妊不道徳説が出て来た」と鋭く指摘。
侵略戦争を美化する日本会議と一体の安倍政権。「産めよ死ねよ」への回帰も同根である。
【「産めよ死ねよ」への回帰か 女性史研究者・江刺昭子 共同7/12】
【「産めよ死ねよ」への回帰か 女性史研究者・江刺昭子 共同7/12】今年は厚生労働省の前身にあたる厚生省がスタートして80年になる。日中戦争開始の翌1938年で、やがて「産めよ、殖やせよ」という有名なスローガンを作って、国のために子どもを産む「出産報国」を奨励することになる。これを意識したわけでもないだろうが、政治家の出産をめぐる発言が目立つ。
直近は6月26日、自民党の二階俊博幹事長の「この頃、子どもを産まないほうが幸せじゃないかと勝手なことを考える人がいる」という発言。これには前段があって、「戦前の、みんな食うや食わずで、戦中、戦後、そういう時代に『子どもを産んだら大変だから、子どもを産まないようにしよう』といった人はいない」、「みなが幸せになるためには、子どもをたくさん産んで、国も栄えていく」と言ったという。
5月には加藤寛治衆院議員が党派閥の会合で、自分は結婚式の挨拶でいつも「ぜひとも3人以上、子どもを産み育てていただきたいとお願いする」と述べたうえで、「結婚しなければ子どもが産まれないから、人さまの子どもの税金で運営する老人ホームにいくことになる」と暴言を吐いた。批判されて「失言」だと撤回したが、本音であろう。同席の議員たちの中に、これを制止する人も諫める人もいなかったというのにも驚く。
さらにさかのぼると2015年9月、菅義偉官房長官が、芸能人カップルの結婚に際して「この結婚を機に、ママさんたちが一緒に子どもを産みたいとか、そういう形で国家に貢献してくれればいいと思っています」と、ずばり出産報国発言。
こんな時代錯誤な感覚は、おじさん議員専有かと思えばそうとも言えない。17年11月、山東昭子元参議院副議長が党役員連絡会で「子どもを4人以上産んだ女性を厚生労働省で表彰することを検討してはどうか」と、耳を疑うようなことを言っている。
これらの言葉は、そのまま戦時中に発せられたものだとしても違和感がない。すべてに共通しているのは、結婚や出産は国のためにするものだという考えに基づいていることだ。
冒頭に触れた厚生省に話を戻そう。この行政機関は内務省から分かれて、健兵対策としての保健政策と、戦争のあと始末(傷痍軍人や軍事扶助、遺族の援助など)をする軍事を目的としてできた省である。
保健政策とは何か。当時の日本の乳児死亡率はきわめて高く、また青年期の結核のせいで死ぬ人が多く、人口が増えない。その原因を除く手だてがとれないところから、歩留まりを考えて「たくさん産ませろ」ということになった。しかし、たくさん産んでも、病気でどんどん死んだし、せっかく大人になるまで育てても兵隊にとられて死んだ。妊婦の死亡率も高かった。つまり「産めよ、死ねよ」の保健政策であったということになる。
二階幹事長がこれを知って、「戦中は…」と発言したのだとしたら、そのうち戦争が始まるのを見越して、多産を奨励しているのではないかと疑いたくもなる。
改めて言うまでもなく、産む、産まないは個人の自由である。幸福の追求のしかたも、人それぞれ。少子化で困っているから、社会のため、国のために産むのではない。新3本の矢政策で、2025年までの「希望出生率1・8の実現」などと政府が目標に掲げるのではなく、個人の選択を尊重すべきだ。国家のためという考えの行きつく先は、「一億玉砕してもお国を守る」という狂気につながる。
産みたいと思っても、あまりにも障害が多すぎる。職場では妊娠や出産を理由にした降格や違法な解雇、雇い止めなどのマタニティハラスメントが絶えない。地方では産科医が不足して、安心して出産できない「お産過疎」が増えている。両親が共働きをするには保育園が足りない。長時間労働もなくならない。夫たちは、妻とともに育児を担う覚悟がないから、妻に産んでほしいと言えない。
先に挙げた政治家たちが今すぐに取り組まなければならないのは、これらの障害を取り除いて安心して母になり、父になる社会を作ることだ。
産む、産まないの選択の自由を、100年も前に主張した人がいる。社会主義者の堺利彦で、『世界人』(1916年2月号)に発表した「産む自由と産まない自由」(鈴木裕子編『堺利彦女性論集』所収)である
「貧乏人の子沢山」という嘲笑的な言い方があった頃で、不節制の結果、子がたくさん産まれて貧乏になり社会に迷惑をかけると言われた。それならばと避妊が流行して人口増加率が減少してくると、避妊不道徳説が出てきた。その理由を堺は説明する。
「実は多数の貧乏人が必要だ。賃金の安い労働者も必要である。戦争の為には多数の兵士も必要である。そこで人口の増加率が減少しかけて来ると、何とかして之を防止する方策を講ぜねばならぬことになる。そこで避妊不道徳説が出て来た」
今日にも通じる分析で、最後をこう結んでいる。
「子供を産みたくない時には産まぬ、産みたい時には産む、そして産む以上はそれが為に生活の困難に陥らぬよう、社会が十分の保護をして呉れるのが当然だと主張したい」この原稿を書きながら、オウム真理教の元代表と元教団幹部6人が死刑執行されたニュースを慄然として聞いた。これだけ多数の死刑同時執行は異例である。諸外国から批判の声があがっている。
堺の同志であった幸徳秋水ら社会主義者が大逆事件の犯人にフレームアップされて、12人が死刑判決を受け、11人が同日に縊られたのは1911年である。唯一の女である管野すがのみ翌日執行。堺は彼らの非業の死を憤り、嘆きながらも骨を拾い、それぞれの実家を訪問行脚した。娘の近藤真柄(まがら)さんに何度か取材した。堺は、人がよりよく生きるにはどうしたらいいかを常に考え、実行した人だったという。
(女性史研究者・江刺昭子)
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