環境問題と21世紀資本主義(メモ)
野口義直・摂南大学准教授 経済2018.5 論稿の備忘録
パリ協定など国際的な環境政策の前進が、化石燃料、原子力の座礁資産化、社会的基準上の摩滅をもたらす。そのリスクから、投資行動が大きく変化し、再エネ、EVシフトがはじまっている。
その動きを、資本論をもとに考察している。
社会的生産力の発展が資本の歴史的使命の肯定的側面であり、21世紀資本主義はその生命力を発揮しようとしている。一方、その過程は、減少する資産価値、損失を押し付けあいの競争でもある。日本資本主義は、世界的潮流に背をむけ、一国的独占的支配力と政治力を行使することで、現存資本の価値減少に抵抗。世界的な損失のおしつけあいに競争に敗北する道をすすもうとしている。
環境政策を通じて、巨大な生産力をコントロールする試行錯誤が開始されたのが世界史の現局面であり、この試行錯誤もまた、次の生産様式に継承されていくべき財産である。 「資本論」は、環境政策の発展という:現代の分析にも生命力を発揮している
【環境問題と21世紀資本主義】野口義直・摂南大学准教授 経済2018.5
◆はじめに
・人間社会の再生産の前提…地球の自然環境の維持、安定的な再生産
・環境問題とは…人間の経済活動を原因とする自然環境の破壊、人間社会の再生産を危うくする人類的問題・産業革命以降、資本主義経済のもとでの爆発的な生産力発展のもと環境問題が激化/その解決のために、資本の巨大な生産力を社会的にコントロールするみとが求められている。
・20世紀後半、国連「持続可能な発展」〔または、維持可能な発展〕の提唱のもと、各国で環境政策の展開/地球温暖化については97年京都議定書、15年パリ協定締結――産業革命以前からの温度上昇を2度未満に抑え、1.5度以下をめざす――21世紀後半には温室効果ガスの排出ゼロを目標。
・環境政策の国際的展開により
①エネルギー産業 脱炭素、脱原発〔過酷事故、安全対策費の高騰〕のもと、再生エネ急成長の予想
②自動車産業 急速なEVシフト
→ 環境政策が、主要産業の構造転換を促している /21世紀資本主義の特徴の1つ・本稿の目的/21世紀資本主義は環境問題を克服しようとしているか、資本主義による克服はどの程度可能で、どのような限界があるのか。「資本論」の指摘を参照しつつ検討すること
◆Ⅰ.環境問題に取り組む21世紀資本主義
〔1〕 温暖化と再生可能エネルギーの急成長
・2015年パリ協定…京都議定書には未参加の中国、インドなどの新興国含む190ヵ国以上が合意/各国は自主的削減目標を国連に提出し、削減の努力をする仕組み/日本 2030年度の排出量を13年度比26%削減
・京都議定書当時〔97年〕との大きな変化…再エネ/技術革新で、経済的に競争力を有し有望な産業に変化
→高コストの原発だけでなく、安価とされた石炭火力も下回りはじめた/IT革新を基礎とした小規模分散型電力による双方向的な送配電システムの構築による利用条件の構築/さらなる技術革新で劇的に安価、爆発的な普及が見通されている。・英国際石油資本BP社・報告「エネルギー概況2018年度版」/再エネ、今後年率7.5%で成長。中心は低廉化の進む太陽光、風力。太陽光は2020年中頃には、十分な低廉化により、政府補助が不要となる。/この予測のもとBP社は、太陽光発電事業に再参入
・再生エネで事業を営むことを目標とする多国籍企業の増加
→再エネ100%で企業活動を営むことを目標に掲げた企業への認定「RE100」/アップル、グーグル、マイクロソフト、GM、BWM、P&G、コカコーラ、ネスレ、ゴールドマンサックス、イケア、ナイキなど欧米を中心とする90の多国籍企業が参加 /日本 17年にリコー、積水ハウスが加盟。まだ少数〔2〕化石燃料の「座礁資産」化と投資家の撤退
・多様な多国籍企業の再エネ重視には、環境関連への投資をすすめる機関投資家の動き
→環境NGO・CDP〔カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト〕による企業の環境対策に関する機関投資家への情報提供/ESG投資〔環境・社会・企業統治に配慮する企業への優先投資〕推進のための基礎データ提供
→CDPに署名する機関投資家 827機関、運用資産総額100兆ドル〔16年時点〕/CDPとRE100はパートナーシップを締結
→多国籍企業は、再エネに積極的に取り組むことで、巨額のマネーを動かす機関投資家の投資に期待・機関投資家も、温暖化対策を前提とした投資戦略
→ 国際社会がパリ協定を誠実に実行すれば、化石燃料は消費でき生なる/化石燃料を「座礁資産」と捉え始め、化石燃料関連からの投資撤退の動きが起きている。*「座礁資産」…投資に対し利益が回収できない資産、資本の価値減少、価値破壊のこと/英国シンクタンク2011年報告書「カーボン・バブル」により世界に広がった
→報告は、パリ協定が実行され、2度未満の温度上昇に抑えようとした場合、現在保有している仮説燃料の8割が消費できず「座礁資産」となるリスクがあるというもの・この報告をうけ…
①ロックフェラー兄弟財団〔資産8億4千万ドル〕が化石燃料から撤退。世界最大の政府系ファンド・ノルウェー政府年金基金グローバル〔資産9000億ドル〕 総利益にしめる石炭事業の利益が3割以上、または総発電量にしめる石炭火力発電量が3割以上の事業者から投資撤退②2015年フランスのアクサを皮切りに、石炭関連企業への投資だけでなく、保険引き受けを停止する保険会社も増加/温暖化による災害増加で保険支払額が増加している為//他に、英ロイズ、独アリアンツ、英リーガル&ジェネラル、スイス・チューリッヒ保険など、欧州系中心に15社 /日本の保険会社はゼロ
・温暖化対策は、化石燃料の座礁資産化リスク回避という、機関投資家の経済的判断をもたらし、多国籍企業をまきこんで、脱化石燃料、再エネへの転換の巨大な潮流を作り出している
・原発も再エネの成長により安全性、経済性の両面で合理性を失い、原発投資も座礁資産化。
・日本の資本主義/英国、トルコへの原発輸出、途上国への石炭火力輸出に固執。世界の環境投資の潮流から取り残され、時代遅れに。〔3〕自動車産業の独占構造を揺るがすEVシフト
・17年、欧州諸国が、EV移行、エンジン車禁止を表明/ドイツ連邦議会2030年までにエンジン車禁止を決議、英仏も40年までにエンジン車全廃計画発表。世界最大の自動車市場・中国も、将来のエンジン車廃止を打ち出す。
・全米最大の自動車市場・加州/60年代の排ガスによる深刻な大気汚染問題が発生。環境政策が重要課題に。同州の大気資源局の排ガスゼロ規制〔EZV〕は世界で最も厳しいもので、世界の自動車メーカーの技術開発のメルクマール…18年よりハイブリットが対象外、EVと燃料電池車だけがエコカーと認定
→環境対策としてのEVシフト/排ガス削減による都市部の大気汚染対策と温暖化対策の2つの意味をもつ。
・EVシフトは、資本主義にどのような影響をもたらすか?
・自動車産業の参入障壁を劇的に低くし、新規投資を誘発し、現代資本主義を活気づける
⇔エンジン車と比べ単純で部品数も少なく参入の技術的障壁が低い/新興メーカー、家電メーカー等が参入
・他産業への波及効果の大きさ
⇔電気産業ではバッテリー需要の拡大/パナソニックとテスラが共同。新規技術革新が独占的高利潤獲得の源泉に
⇔IT産業 IoT、AIで先行するIT企業グループによる自動運転技術の開発/自動運転化されたEVをネットワークに接続する基本ソフト、システムの業界標準を掌握すれば、スマホ同様に独占的高利潤を獲得できるプラットホームを構築する条件となる・既存の自動車メーカー/受動的な対応を強いられている
⇔ 各国の環境政策強化により、低燃費、低排気ガスのエコカー開発競争を強いられてきた…高性能ディーゼル、ハイブリット車など/が、加州ZEV規制強化など、各国政府のEVシフト政策に対応を迫られた
⇔苦渋の決断/自動車の基幹部品のエンジンの性能向上と低コスト化は、競争力の重要な源泉/独占的利潤獲得の技術的条件→EVシフトは、独占の技術的条件を無にし、高性能電池、AI・IoT技術に、その座を譲る/トヨタ、VWなど既存の自動車メーカーは、EVシフトを可能な限り遅らせたかったが、対応せざるを得なくなった
・環境政策 … 環境破壊的な技術、物質の利用を禁止し、そり使用価値を失わせ、貨幣価値を無にする。
→ 環境政策が、資本に対して強制力を持つ根拠/産業資本と、それに投資する機関投資家、銀行資本も・使用禁止になったアスベスト、フロン同様、化石燃料とエンジン車の禁止が政策目標となりつつあり、21世紀資本主義が徒の組むべき課題となった。/どうして、新市場での独占的な利潤獲得のための新たな条件の構築をめぐる巨大多国籍企業間の部門を越えた熾烈な競争が展開されている。
〔4〕環境対策に逆行し、価値破壊に抵抗する資本
・反環境政策の経済的根拠…座礁資産化のリスクを負う国内産業の保護
⇔トランプ政権 国内石油石炭産業保護のため、パリ協定離脱、日本安倍政権 原発・石炭火力推進
・日本政府 英国の原発輸出に債務保証、原発再稼働、再エネの接続制限、途上国への石炭火力輸出と資金提供
→世界的な再エネシフトを無視し、原発と石炭火力に独占的に投資してきた重電メーカー、電気会社、銀行資本を保護しよういうもの/ 独占資本の寄生性と腐朽性・政府の支援を受け、納税者の日本国民に寄生しようとも、この独占は、一国的なものであり、世界的な環境技術革新から逃れることはできない
→ 資本の歴史的任務は生産力の発展だから /その阻害は資本主義の衰退を意味するⅡ 資本の歴史的任務と矛盾
〔1〕資本の歴史的任務――社会的労働の生産力の発展
「社会的労働の生産諸力の発展は、資本の歴史的任務であり、歴史的存在理由である。まさにそれによって、資本は無意識のうちにより高度な生産形態の物質的諸条件を作り出す」
→資本は生産力の発展を担う限りで人間社会の役に立ち、歴史的存在理由をもつ/現代的には、社会的労働の発展に、自然環境の保護、天然資源の保全を含める必要がある
・マルクスは、生産性を規定するのは社会的条件と自然的諸条件と指摘
産業部門が異なれば生産力の発展も非常に異なる比率でおこなわれたり、進歩と後退の相反する方向にも行われるのは「単に競争の無政府性およびブルジョア的生産様式の独自性のみに起因するものではない。労働の生産性は自然的諸条件とも結びついていり、この自然的諸条件は、生産性—社会的諸条件に依存する限りでの…が増加するのに比例して豊度を小さくしていくこともよくある。・・・・たとえば…森林、炭坑、鉄鉱山の乱伐、乱掘などを考えればよい」⇔新技術の導入〔社会的諸条件に依存する生産力の発展〕が、自然的諸条件を貧弱してしまい、生産力低下をもたらすことがあり得るとのリアルな認識
→ 化石燃料の大量消費が温暖化をもたらし、地球規模の生産力低下が懸念される現状に当てはまるもの・現代資本主義…天然資源の枯渇、温暖化いった全人類的課題に直面し、再エネ、EVなどの技術革新を進め、生産力を発展させることで克服しようとしている/ まさに資本主義の歴史的任務、資本の肯定的側面
〔2〕 資本の矛盾――生産力発展が、現在資本の価値減少をともなう
・現代資本主義…環境技術革新により、環境保護と経済成長の両立〔持続可能な発展〕を進めている/が、資本にとって痛みをともなう矛盾でもある
→ 再エネ技術革新は、既存の原子力、化石燃料を座礁資産化し、EVの進歩は、エンジン車を陳腐化/資本が価値増殖をめざし、生産力を発展させ、新しい技術が既存の技術を陳腐化し価値を減少させることを、マルクスは「資本主義生産様式の矛盾」と表現・生産力の発展…個別資本にとっては特別剰余価値、資本一般にとっては相対的剰余価値の獲得手段
→資本は生産力を絶対的に発展させる傾向を含むし、これが資本の歴史的使命〔メモ者 自由競争という外的強制がそうさせる
・が、生産力の発展は、利潤率の減少、現存資本の価値減少、既存の生産設備の陳腐化をもたらし、資本の価値増殖という目標と矛盾する、と指摘・利潤率の減少〔メモ者 IT化など画期的な技術革新による利潤率の分母C+Vの劇的低減、搾取率の強化、また途上国の児童労働など絶対的貧困状態にある労働力の利用など、一路、減少とはいえない面がある〕…省略
・既存資本の価値減少・・・「社会基準上の摩滅」
⇔ 化石燃料、原子力には、世界の機関投資家が撤退、民間保険会社の保険引き売れ拒否など、社会基準上の摩滅、価値減少のリスクが高いとみなされており、資本全体にとっては、巨額の投資をしてきた事業・資産の価値減少、損失。価値増殖という資本の目的と矛盾する〔3〕資本主義的発展様式の老衰――資本の生産力を発展させない
・マルクス リアリストであり、新技術導入は、既存設備の価値減少をもたらすため、個別資本家は新技術導入を警戒して生産力を発展させないと指摘
⇔資本家は「あらたな機会の導入によって・・従来の機械設備を全く無価値にし…確実に損失を被るであろうことから…非現実的な愚行に走らぬよう、非常に用心する」
・が、それは資本主義の歴史的使命にそむくことであり「これによって、資本主義的生産様式は、それが老衰してますます時代遅れになっていることを、あらためて証明とするだけである」・世界の趨勢に逆らって、一国的な独占的地位を利用して、再エネを排除するならば、日本資本主義は「老衰してますます時代遅れに」なるだろう。
〔4〕価値減少局面における損失分配をめぐる諸個別資本の競争
・利潤の分配/個別資本の競争戦が「すべてうまくいっている間は、競争は、一般的利潤率の均等化のところで明らかにしたように、資本家階級の兄弟的結合の実践として作用し・・各自の行った儲けの大きさに比例して、共同の獲物を共同で分け合う」
・損失の分配/が問題になると「各自はできるだけ自分の損失を減らしてそれを他人に転嫁しようとする」「資本家階級の損失は不可避である。しかし、個々の資本家がどれだけ損失を負担しなければならないか…は、力と狡知の問題」「損失の問題は、決して個々の個別資本に均等に割り振られるのではなく、競争戦の中で決定される」「その結果、ある資本は遊休させられ、他のある資本は破滅させられ、第三の資本は単に相対的な損失を受け、またはただ一時的な価値減少をこうむる、などということになる」
~叙述は、絶対的過剰生産のもとでの全般的な資本の価値破壊がさけられない局面についてのもの/が環境対策に伴う広範な技術革新が、旧技術〔メモ者 それは、これまでの資本主義を支えてきた主要産業〕の価値減少がおきつつある現代資本主義についてもあてはまる。
・世界の流れに逆らい、日本資本主義が石炭火力と原発を推進しようとしている/東芝のWH社買収、不良資産をつかまされ、巨額の損失を負担。独シーメンスは、早々と原子力から撤退、再エネへシフトしたのと対照的
・個別資本間の競争で、先見性のない企業が損失を負担することは仕方がない
⇔ が、時代遅れの技術にしがみつき、一国的な独占低地位と政治力を利用して、資本原価のリスクとコストを国民に転嫁しようとするなら、断固拒否しなければならない
→ 社会的労働の生産力発展を担わない資本は無用有害である■ おわりに
・環境問題に直面している現代資本主義…全体として社会的労働の生産力を発展させ、環境技術の進歩、再エネシフトにより、温暖化による深刻な生産力低下と損失拡大を防ごうとしている
・が、個々の資本で見れば、米国の石油石炭産業、日本の電力会社、重電メーカーなど、世界的な潮流を無視し、一国的独占的支配力と政治力を行使することで、現存資本の価値減少に抵抗するものもいる。⇔ 資本は生産力の発展によって環境問題を克服しようとするが、それを妨げるのもまた資本/マルクスの言うように「資本主義的生産の真の制限は資本そのものである」
・パリ協定…国際的な環境政策が、グローバル資本主義に対し決定的な影響力を発揮
→ 19世紀からの世界史的進歩
・資本の巨大な生産力を環境保護の方向に変え、自然環境の保護と人間社会の安定的な再生産のためにもちいることは世界史的課題。/環境政策を通じて、巨大な生産力をコントロールする試行錯誤が開始されたのが世界史の現局面であり、この試行錯誤もまた、次の生産様式に継承されていくべき財産・また、21世紀資本主義は環境政策を生産力発展と資本蓄積の新たな機会とし、巨大企業は、技術革新によって利潤を独占する従来の条件を一掃し、新たな条件の構築をめざして、部門を越えた競争を展開している
⇔ 19世紀に書かれた「資本論」の普遍性、理論的生命力が今なお失われていないことは驚異的である/21世紀資本主義とそれに対峙する人間社会は、19世紀よりも、いっそう発展を遂げており、「資本論」の理論的発展をめざしたい。
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