日欧FTAを「TPPプラス」にした愚行
鈴木宣弘・東京大学教授の論考。“一部の企業への利益集中をもくろむ「時代遅れ」のTPP型のルールではなく、「共生」をキーワードにして、命・環境・人権・主権を尊重し、あまねく行き渡る均衡ある発展(Inclusive growth)と富の公平な分配が確保できるように、特に、食料・農業については、零細な分散錯圃の水田に象徴されるアジア型農業が共存できる、柔軟で互恵的な経済連携協定の具体像を明確に示し、実現に向けて日本とアジア諸国が協調すべきときである。”と結んでいる。
課題先送りした「大枠合意」でしかない。阻止しないといけない。
【日欧FTAを「TPPプラス」にした愚行 東京大学・鈴木宣弘教授 JA新聞7/11】
【日欧FTAを「TPPプラス」にした愚行 東京大学・鈴木宣弘教授 JA新聞7/11】
◆理解に苦しむ報道
日欧FTAの評価報道には多くの間違いがある。まず、これを政権の外交成果だと称えるのは間違いである。それは、内政への批判を外交でそらそうとした目くらましである。
また、日欧FTAはGDPで世界の約3割を占め、全体で95%超の関税撤廃率で、日本の農林水産物の関税撤廃率も82%でTPP並みに高いとして、「経済規模が大きく自由化度が高い」のが優れていると評価する論調も間違いである。仲間だけに差別的な優遇措置を採るのがFTAだから、「経済規模が大きく自由化度が高い」ほうが貿易が大きく歪められ、「仲間はずれ」になる域外国、特に途上国の損失は大きくなる。
だから、日欧FTAを他の交渉妥結への弾みにしていくべきだというのも間違いである。そもそも、米国をはじめ、多くの市民がNOを突きつけたTPP型の協定を世界に広げるのが、どうして世界の人々の幸せにつながるのか。理解に苦しむ論調である。
それから、酪農の受ける影響への懸念はある程度報道されているが、豚肉への影響の大きさが十分に認識されていないように思われる。「差額関税制度を維持したから影響はない」というのはごまかしである。
◆外交で国民の目をそらす
国民は、日欧FTAの大枠合意を政権の成果だと思ってしまったら思うつぼである。「TPPが無理ならTPP並みかそれ以上のレベルで日欧FTAを早期妥結して成果にしたい」と目論んでいたところに、さらに、「獣医学部など内政問題での国民の批判の目を外交成果でそらそう」との意図が加わって、「TPPプラス」(TPP以上の譲歩)の日欧FTAを官邸主導で強引に決めてしまったツケは計り知れない。
日本経済界としては、韓欧FTAで自動車などの関税で韓国より不利になった状況を改善したい思惑もあったが、あからさまな政権の保身の目くらましのために、将来の日本の食と農と暮らしが犠牲にされていいのだろうか。TPPであれほどの反対運動があって難航したのに、それ以上の内容のものを議論も説明もせずに、勝手にEUと合意してしまうというのは、国民に対する背信行為であり、けっして称えるべき成果ではない。
しかも、EUが「ISDSは古い。もう死んでいる。」(マルムストローム通商担当欧州委員の6月の記者会見)と言っているISDS(投資家対国家紛争処理)に日本が固執している難航分野は先送りしており、焦って成果を急いだことがあからさまである
◆秘密交渉に反省なし
今回の日欧FTAは官邸主導で農林水産省を蚊帳の外に置いた秘密交渉の側面が強まったが、従来のFTAも、農林水産省にも権限があったという違いはあるが、すべて完全な秘密交渉である点は同じだった。TPPの情報開示の議論でも、「従来も秘密交渉だったのだから何が悪い」と関係者は主張したが、政治・行政がこれを当たり前としてきた、その感覚の異常さが問われる。従来からの秘密交渉そのものが異常だと認識すべきである。とりわけ、TPPであれだけ揉めたのに、TPP以上の内容を官邸の一存で秘密裡に決めてしまう行為にはまったく反省のかけらもない。
◆「TPPプラス」の「自由化ドミノ」
コメは除外したからTPPよりも守ったかのように言うが、EUはコメが関心品目ではないだけである。乳製品についてはTPP以上であり、豚肉、牛肉、その他の農産品、林産物、水産物も含め、その他のほとんどはTPPと同じレベルの措置である。特に、TPPと同じ譲歩でも豚肉や林産物のように影響はEUのほうが大きいものがある。
このような日欧FTAでのTPPレベルと同等、またはそれ以上の上乗せ合意は、TPP交渉を行った参加国からはTPPで決めたことを使うのなら自分達にも同様の条件を付与せよとの要求につながることは必定である。 その結果、TPP11の機運の高まりや、ほぼ自動的に日豪FTAなどの修正(日本が他の協定で日豪以上を認めたら豪州にも適用するとの条項がある)、米国農業界などの日米FTA開始の声を加速する。この連鎖は「TPPプラス」による「自由化ドミノ」で、世界全体に際限なく拡大することになり、食と農と暮らしの崩壊の「アリ地獄」である。「世界の繁栄への大きな一歩で、他に波及することを期待する」などというのは間違いである。
◆国産牛乳が飲めなくなる?
TPP合意でも多くのハード系ナチュラルチーズの関税撤廃が最大の打撃といわれ、大手乳業メーカーは50万トンの国産チーズ向け生乳が行き場を失うと懸念し、北海道生乳が都府県に押し寄せて、飲用乳価も下がり、共倒れになると心配された。
それなのに、EUとの交渉では、さらにソフト系も輸入枠は設定したものの、枠数量 は2万トン(初年度)から3万1000トン(16年目)と拡大し、17年目以降の枠数量は国内消費の動向を考慮して設定するとされ、実質的に継続的な枠の拡大が約束されており、枠内関税は段階的撤廃となったから、国産チーズ向け生乳50万トンが行き場を失い、乳価下落の負の連鎖によって酪農生産に大きな打撃が生じる可能性は一層強まった。
TPPでもEU・カナダFTAでもわずかな枠の設定にとどめ、乳製品関税を死守したカナダとはあまりにも対照的である。
日本政府はTPPでは加工原料乳価が7円/kg下落すると試算していたから、EUにそれ以上を提供し、それがTPP関係国にも早晩適用せざるを得ないと考えると、少なくとも加工原料乳価が7円以上下がり、飲用乳価も連動して7円以上下がると想定せざるを得ない。
酪農は「ダブルパンチ」である。「TPPプラス」の市場開放に加えて、農協共販の解体の先陣を切る「生贄」にされ、「50年ぶりの見直し」という言葉に喜ぶ官邸と規制改革推進会議の「実績づくり」のために勝手に酪農協の崩壊へのレールも敷かれてしまった。
生乳は英国の経験が如実に示すように、買いたたかれ、流通は混乱する。生乳生産の減少が加速し、「バター不足」の解消どころか、「飲用乳が棚から消える」事態が頻発しかねない国民生活の危機である。消費者はチーズが安くなるからいいと言っていると国産牛乳が飲めなくなる危機になると認識すべきだ。
いまこそ、酪農家の不安を払拭できるセーフティネットの創設が不可欠である。飲用乳も含めた「酪農マルキン」(家族労働費も含む生産費と取引価格との差額補填)を、今度こそ導入しなかったら、酪農の未来はない。国民も国産牛乳が飲めない事態に陥ってから慌てても遅いことに気付くべきである。
◆豚肉への影響も深刻
豚肉については、多くの報道でも、あまり影響がないと認識されているようだが、それは違う。低価格の豚肉関税が最大10分の1の一律50円に引き下げられるTPP合意がEUに適用されると、日本への冷凍豚肉の最大の輸出国であるデンマーク (平成27年でシェア23%)と近年イベリコ豚ブランドで急増しているスペイン(同16%、2国で冷凍豚肉の4割)からの輸入が低価格で大幅に増加し、影響はTPP以上に深刻になる可能性が高い。米国養豚業界が日本に認めさせたと喜んでいたTPPでの合意内容を先にEUに適用されるのでは、米国養豚協会も黙ってはいない。
予想通り、即座に全米豚肉生産者協議会(NPPC)は「米国生産者の利益に反して、他国の生産者に競争優位を与えるような貿易協定には耐えられない。日米間でのTPPでの約束の実現を政権に強く求める。我々が強く支持していたTPPによって、差額関税制度による日本の豚肉関税はほとんど撤廃されるはずだった。」との声明を発表した。「豚国関税はほとんど撤廃されるはずだった」との米国の認識も「差額関税を守ったから影響はない」との日本政府説明と食い違っている。「差額関税制度を守ったから高い肉と安い肉を混ぜて524円の輸入価格にして22.5円の最低限の関税になるように輸入する行動は変わらず、何ら影響がない」とする政府の説明は極めてミスリーディングである。50円の関税なら、わざわざ高い肉と安い肉をコンビネーションしなくても単品で安い冷凍豚肉を大量に輸入する業者がでてくると考えたほうが現実的である(図参照)。
国産は冷凍肉とは競合しないとの声もあるが、安い部位が下がれば、価格差は保ったまま、全体に価格がパラレルに引っ張られて下がる。「薄利多売」的な大規模養豚経営も多い中で、多大な経営損失につながりかねない。
◆TPPゾンビの根絶を
米国民も厳しくNOを突きつけたTPPなのに、そのTPP型のルールを強引にアジア太平洋地域、そして欧州も含む世界全体に広げていこうとする日本の行為は、世界の食と農と暮らしを破壊する。米国のTPPからの永久離脱が宣言された今こそ、「TPPプラス」に奔走する愚さに気づき、一部の企業への利益集中をもくろむ「時代遅れ」のTPP型のルールではなく、「共生」をキーワードにして、命・環境・人権・主権を尊重し、あまねく行き渡る均衡ある発展(Inclusive growth)と富の公平な分配が確保できるように、特に、食料・農業については、零細な分散錯圃の水田に象徴されるアジア型農業が共存できる、柔軟で互恵的な経済連携協定の具体像を明確に示し、実現に向けて日本とアジア諸国が協調すべきときである。
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