アベノミクス4年の虚と実 ~実感なき景気拡大と「異次元」の負の遺産(メモ)
小西一雄・立教大学名誉教授の「経済」2017.8の論稿の備忘録
アベノミクスの害悪について“デフレ脱却に失敗、経済の長期低迷基調を変えることはできず。/輸出大企業を中心に円安で空前の利益/実質賃金は低下、労働分配率は歴史的低水準/雇用の二極化、非正規雇用が増加、さらに労働法制の改悪を推進。”と指摘。
しかし、害悪はこれにとどまらない。異次元の金融緩和による「異次元」の負の遺産をつくりだしているとし、日銀の債務超過、破綻の危機が進行していることを明らかにしている。まさに「近代の中央銀行の歴史上、最も恥ずべき愚行であるといっても過言でない」と厳しく批判する。
【アベノミクス4年の虚と実 ~実感なき景気拡大と「異次元」の負の遺産】
小西一雄・立教大学名誉教授 「経済」2017.8
◆はじめに
・アベノミクスの目玉・異次元の金融緩和の発動からまる4年/失敗、手詰まりはエコノミストの共通認識
日経コラム「大磯小磯」2017/1/19~「いまや弓折れ矢尽きても、言葉だけは健在」「『異次元の金融緩和』は見事に失敗した。…1本目の矢はむなしく消えた。…実態がなくても、無害ならばそれでよい。しかし、アベノミクスという言葉は政策決定のプロセスで思考停止をもたらす。もはや使わないほうがよい言葉」
・異次元の金融緩和は失敗しているだけではなく、深刻な副作用、「異次元」の負の遺産を生みつつある
日銀が債務超過状態に陥る可能性。かつて経験したことない事態/その重大性は広範な認識となっていない。
→本稿のテーマ ①異次元の金融緩和のもたらす府の遺産の考察/アベノミクス推進論者が最近もちあげている「シムズ理論」の批判
・アベノミクス全体~2012/12以降の景気拡大。バブル期を抜いて戦後3番目の長さ/失敗の認識が広く共有されていない
→もっとも「大磯小磯」は次のように切り捨てる
「2本目の矢、補正予算で「景気対策」は…古いタイプの政策だ。…この4年間で財政はさらに悪化した。国の長期債務の国内総生産費は…4年前には143%。現在は156%である。3本目の矢である成長戦略も、過去20年の歴代内閣が言ってきたことだ。会議はたくさん立ち上げたが、この4年間で一体何が実現したのか」
・が、景気拡張期間と有効求人倍率の高さなど、安倍首相がしがみつく「成果」もある
→本稿のテーマ ②アベノミクスの全般的破綻をあらためて確認すること
1. 戦後3番目の景気拡張期間の内実
◆景気拡張期間の長さが戦後3番目〔2012年12月~ 52ヶ月〕に
・経済循環から見てラッキーな安倍政権の登場
景気基準日付では、戦後15番目の景気循環が終わる「谷」は、2012年11月/ 12月以降、景気拡張期に突入。戦後最短の景気拡張期でも22ヶ月。よほどおかしなことをしない限り、拡張が続くのは当然
・戦後一番長かった景気拡張期間 「いざなみ景気」
アベノミクスが克服するとしたデフレ期のただなかにある第14循環の02年1月~08年2月
→非正規雇用が拡大、ワーキングプアという用語が広がった時期/ 長期停滞基調の枠内で、企業の利潤率が拡大し、利潤量が増大した時期 ~ 利潤拡大のために人件費が決定的に削減された時期
→「いざなみ景気」もね現在の景気も「好況の実感なき、だらだらとした拡張」という点で共通
◆景気拡張を実感できない要因
①売上げ高と設備投資費の推移
・高度成長期からバブル期まで、好不況を繰り返しながら基調としては右肩上がりで増大
・バブル期以降~/売上げ高は長期停滞基調、設備投資の低水準/アベノミクスでも基調かわらず
イオン社長「脱デフレはおおいなるイリュージョン」(4/12)
・設備投資は、07年水準を回復。が、売上げ高は、07水準にもどっていない
②整備投資の内容 ~ 更新、省力化が中心
・「企業の国内投資は老朽化した設備の更新など人手不足に対応する省力化投資が主流」「より成長に直結する増産投資は目立たない」日経4/18
・一般にレベルの違いはあるが、景気循環の初期=更新投資か革新投資、拡張期の過熱期=能力増強投資
が、今回は、拡張期の末期に入っても能力増強投資がみられない
③なぜ能力増強投資がないのか
・企業は「過去最高の利益水準」を達成したが/ 輸出大企業の円安効果による円建てでの収入増大。輸出数量は伸びず、個人消費を中心とした国内需要も低迷したまま
・企業にとり、能力増強投資をしても、増収増益が見込めない経済環境/期待利潤率が極めて低い環境が継続
→巨額の収益は、省力化投資にむけ、それでも余る収益は運用として金融資産に蓄積
・労働分配率は「歴史的な低水準」09年の70%強から、60%強に低下
→2013-15年の実質賃金指数 ▲0.9%、▲2.8%、▲0.9%、16年+0.7%、が17年1月は減/ 4年間で▲3.9%
◆有効求人倍率は上昇しても実質賃金が低下
・有効求人倍率が上昇する中、労働分配率、実質賃金が低下
→ 人口減少社会の到来と雇用格差の拡大によるもの
・有効求人倍率が上昇をはじめたのは、民主党政権下の2010年4月以降
・生産年齢人口 97年9697万人→16年7665万人/19年間で、2032万人、21%減少/総人口も2010年、1億2806万人をピークに減少
・団塊の世代が65歳定年を迎えた後の2014年/65歳人口221万人、22歳人口127万人~就業構造に大きな影響
→ 若年層=慢性的な人手不足。/定年100人に対し、新卒57人のギャップを埋める取り組み~65歳以上の退職後非正規として再雇用、40歳代の特に女性が非正規として雇用
・若年層は「売り手市場」か? /実態は雇用の二極化
・2013年3月の大学の新規就業者のうち31.9%が3年以内に離職(厚労省調査)
~離職率が高いのは「宿泊業、飲食サービス業」「生活関連サービス業、娯楽業」「教育、学習支援業」「医療、福祉」「小売業」など、対人サービス業が中心/「医療、福祉」という確実に社会的ニーズが高まる大切な産業でありながら、劣悪な労働条件が改善されていない職種がふくまれている。
→離職率の高い業種では繰り返し求人を続け、有効求人倍率を高くしている/離職者が新たな非正規雇用の予備軍に
・「勝ち組」である大企業も、電通の過労自殺に象徴される過酷な労働条件
・安部内閣の「働き方改革」/過労死ラインまでの残業の合理化、標準労働日の考え方の破壊する就業形態と賃金体系など、財界の要望を推し進める政策〔メモ者 労働分配率のいっそうの低下、国内市場の縮小〕
◆アベノミクスの総括
デフレ脱却に失敗、経済の長期低迷基調を変えることはできず。/輸出大企業を中心に円安で空前の利益/実質賃金は低下、労働分配率は歴史的低水準/雇用の二極化、非正規雇用が増加、さらに労働法制の改悪を推進
→ アベノミクスの害悪はこれにとどまらない。異次元の金融緩和による「異次元」の負の遺産を産出
2.異次元の金融緩和がもたらす中央銀行の「破綻」
◆事実上の「マネタイゼーション」の進行
・日銀の年間80兆円の国債購入/16年度の国債発行額162兆円の約50%/ 残高ベース 16年末 発行残高1075兆5072億円のうち、日銀保有420兆円6664億円と4割近い
→ 財政赤字を中央銀行が補填するマネタイゼーション〔国債の貨幣化〕が事実上進行
①リフレ派を中心とした「財政赤字」を過小評価する無責任な議論
「政府負債は巨額だが、政府保有資産を差し引いた純債務では、GDP比で、アメリカやイギリスより低い」
・資金繰りに窮し、住宅ローンの返済ができない人を考えれば、すぐわかる空論
「心配はない。住宅ローンを抱えているが、土地家屋という資産を持っており、純債務はわずかである。いや資産超過であるかもしれない」
→ なんの慰めにもならない。土地家屋の差し押さえか、売却して借家住まいになるか、最悪の場合はホームレスになる
② 資金繰りの問題と、貸借対照表の資産・負債のバランスの問題とは、性格がことなる問題
・国家財政でも、財政赤字の累積の問題の焦点は、資金繰りの問題/国債の消化が円滑に行われるかどうかの問題
→ この点で、政府の資産はなんの効果もない
例) 世界第二の外貨準備を使っての資金繰り→中心は米国債。その売却は米国債価格が暴落し、国債金融不安を惹起し、日本の保有資産自体の毀損を招く。
③国債消化に楽観的する「純債務ベースで見るべき」派
・元財務官僚・リフレ派 高橋洋一 “政府と日銀の連結決算でみるべき”
→日銀は事実上政府の一部とみるべきという議論/そうなれば、国債残高の約4割は内部での貸借として相殺され、政府の借金は一気に縮小
→ これは、政府が政府紙幣を発行して、いくらでも財政支出を賄うことができる、という主張と同じ
→ 野放図な財政支出は、悪性インフレを招く(先の大戦の教訓~国債の日銀引き受けと同じ愚行)
◆ 金融正常化の「出口戦略」の問題
・今進行しているのはインフレの危機ではなく、日銀が債務超過に陥り、日銀信用が失墜する危機
①出口戦略~ゼロ金利、マイナス金利は「正常」な状態ではなく、いずれ是正が必要
・国債買入れの縮小から停止へ。満期国債の借り換え中止で、保有国債残高を徐々に縮小/一方、金利を徐々に引き上げていく過程(アメリカで「テーパリング」と呼ばれている)
→ 中央銀行の資産である国債の削減は、国債価格の暴落をさけるために慎重に時間をかけ実施/金利引き上げの方策~市中銀行の超過準備を削減しつつ、超過準備への付利を徐々に引き上げていく
②「超過準備」の付利の引き上げ
・市中銀行の「日銀預け金」~銀行間決済に使われる口座
・「所要準備」~口座に最低限おいておく金額として、市中銀行の預金残高の1.3%がルール
・「超過準備」~所要準備を超える部分。所要準備は無利子、「超過準備」は0.1%の利子
(ただし、16年1月のマイナス金利の導入決定後は、新たな超過準備増加額には、0.1%のマイナス金利、つまり「手数料」が徴収される)
・16年9月の平均残高~所要準備9兆1492億円、超過準備270兆2158億円
・超過準備の金利~それを保有する金融機関が、準備預金が不足する金融機関にコール市場で貸出す場合の基準金利
→ 超過準備に付利される0.1%以下の金利では貸出さない/0.1%を超えた場合に貸出す
・現在は「超過準備」があふれかえり短期金融市場自体が機能麻痺状態
→ 「正常化」の過程/超過準備額を圧縮しながら、付利を引き上げて金利上昇を誘導する
◆日銀が債務超過に陥る危険性
①日銀の現状(16年9月30日時点)
・資産総額 456兆8059億円 うち国債397兆5972億円、87%
・負債総額 453兆3469億円 うち当座預金311兆8346億円、68.8%(準備預金制度が適用されない取引先の当座預金を含む)
・純資産 3兆4590億円
②超過準備の金利の影響と債務超過
・日銀保有国債の加重平均利回り0.332%(16年度上半期)~ 国債からえられる収益1兆3200億円
・超過準備への支払う金利0.1%、2702億円/今は逆ザヤではない
・「正常化」の過程で付利を0.5%に引き上げると逆ザヤに/1%では年1兆4千億円の損失
→ 4年間続けば、債権取引損失引当金(16年9月、2兆9353億円)と純資産を失い、債務超過に陥る
③「正常化」の過程でない現在、すでに収益悪化、逆ザヤへの接近
・マイナス金利政策の導入以来、日銀保有国債の利回りが低下
・日銀が、国債の額面より高い価格(マイナス金利)で国債を購入することが増加/満期まで保有すると損失が出る保有国債が増加
→日銀は、償却原価法にもとづき満期に予想される損失額を、満期までの期間で割り、毎年少しずつ償却
→毎年の国債からの利益から差し引かれ、利回りが低下
・ニューヨークタイムズ日本版16年3月8日「焦点、日銀保有国債の実勢利回りマイナスに、忍び寄る逆ザヤリスク」(東京、ロイター)の記事を配信
“みずほ証券の推計によると、実勢レートから計算した日銀保有国債の加重平均利回りは2月末現在、マイナス0.079%と前月のプラス0.081%から低下し、初めてマイナスに転じた/かごに安く買った国債の依然多いことから、簿価ベースの利回りはプラス0.3%台以上は維持していると推測されている。/しかし、イールドカーブ全体が低下する中で、日銀がマイナス利回りの国債を買い進むほど、簿価ベースの保有国債利回り(運用利回り)はじわり低下する。現在の当座預金の平均利回りはプラス0.1%程度。それを下回れば逆ザヤとなる。/…マイナス金利が拡大すればするほど、日銀が損失を抱えるリスクが高まり、国庫納付金減少を通じた間接的な国民負担増だけでなく、将来の日銀への資本注入といった問題が徐々にクローズアップされてくるとみている。”
・日銀の国庫納付金(当期剰余金から準備金、配当を除いた部分は「国民の財産として」国庫に納付)
→14年度7567億円から、15年度決算3905億円に減少/16年度上期は、当期剰余金が2002億円の赤字に転落
→収益悪化の一因は、15年度、16年度上期も、「出口戦略」にあたって予想される収益悪化に備え、債権取引損失引当金を、大きく積み立てざるを得なかったこと/ 加えて、16年度上期は保有国債の利回りが大きく低下
→16年度全体は、剰余金はプラスとなったが/保有国債の利回り 上半期0.332%、下半期0.272%へさらに低下
・将来、日銀が債務超過に陥り、税金をつかって資本注入しなければならない事態は、絵空事ではない
◆ 「異次元」の信用失墜のシナリオ
・逆ザヤ現象は「出口戦略」が始まれば確実に生じる
①出口戦略をまったく検討してない日銀
・アメリカでは、FRBは「大規模な資産買入れ」という金融緩和政策導入のはじめから「出口戦略」「正常化局面」を検討し、公表。
→ が、日銀は、異次元金融緩和を4年間も続けながら、その検討を今なお後回しにしている/日銀は、FRBと違って、資産のほとんどの極めて低利の国債で保有/よって日銀の「出口戦略」はFRBよりはるかに困難
②逆ザヤへの接近という「時限爆弾」
・出口戦略は、経済環境が好転し、金利を上げても大丈夫との判断のもとに始まるもの
→ 「出口戦略」の段階にいたること自体が困難
・当面のリスク/日銀保有国債の利回りの低下、逆ザヤへ接近、緩慢な道
→ 逆ザヤとい時限爆弾の破綻の先延ばししても、いずれは「正常化」に転換すべき時期が来る
③日銀の困難は、政府の財政困難と表裏の関係
・日銀の「正常化」の過程とは、国債が円滑に消化することができるか、という問題
・その場合に、“「正常化」など考えずに日銀が国債を買い続ければよい”という無責任派の主張
→その過程は/日銀保有国債の利回り低下→ 逆ザヤの発生 → 日銀のバランスシートの悪化、債務超過状態、をさらに進めることになる
→結局問題は、債務超過に陥った中央銀行が/機動的な金融政策を行うことができるのか/国債を買い支えることができるのか
・中央銀行の信用失墜は/制御不能なインフレ=中央銀行券の価値急落、/あるいは外貨危機=為替市場での自国通貨の暴落、として現れてきたる
→ 今や、これに中央銀行が債務超過状況に陥るという「異次元」の信用失墜のシナリオが加わった
3.氾濫する「インフレ期待」待望論
◆「シムズ理論」への期待
・異次元の金融緩和政策の狙い/ インフレ期待を高め、予想インフレ率を高めること/がうまくいかない
→そこで飛びついたのが、財政ルートを通じてインフレ期待を高める方策を示したとされるシムズの「理論」
・シムズの主張/16年8月、FRBの会議での講演
「ゼロ金利近傍では金融政策の効き目が薄れるので、インフレを目指した財政支出でインフレ期待を引き上げるべきだ」
→ 「ポスト・アベノミクス」の政策運営に影響をあたえつつある(日経17/1/29)
・インフレは、債務者の利得を生む/借金の実額の減少することが知られている
→シムズ理論とは「『政府は増税しません。インフレで(政府の)借金を返します』と公約すればいい。個人や企業はその場で『将来は物価が上昇する』と考え、実際には財政が野放図に悪化する前に人々のインフレ予測が上向く…」(同)
→が、「インフレ予想の上昇」が実体経済に、どんな影響を与えるか、説明がない
/シムズ氏は「一定の物価上昇が経済成長に多くの利点があることは考えが一致するであろう」
→ 需要が拡大し景気が拡張している局面は物価上昇局面である/シムズ氏の発言は、インフレ期待が経済に与える影響の問題と、実体経済が好転し結果として物価上がっていることを混同している。
◆ 予測や期待にかける経済学の病理現象
①予想、期待は経済にどのように影響をあたえるか
・株式市場では、投資家の予測によって決まる傾向があることが昔から指摘されている~ 一般に資産市場では、市場関係者の予測が、相場を動かす重要な要因であることは事実
・期待の役割を、実体経済にも適用することについては、理論的には実証的にもなんら確立したものはない
→ 異次元の金融緩和策でも、円安、株高の進行など資産市場では「期待」は一定の効果を発揮したが、実体経済には転化することはできない
■ おわりに
・異次元の金融緩和政策は、マイナス金利付量的・質的緩和、さらに長期金利操作付量的・質的緩和と「進化」したが、いち早く「正常化」プロセスに向かわなくてはならない
→ 日本経済にとって相当な痛みを伴うもの/ が、傷を深めることを考えれば、やむをえない選択
→安倍首相、黒田総裁が進めてきた政策は、とてつもなく大きな傷を日本経済、国民性格に与えつつある
・が、黒田総裁は、その政策を「近代の中央銀行の歴史上、最強の金融緩和スキームと言っても過言でない」(16年4月13日、米コロンビア大学講演)
→ 現実は「近代の中央銀行の歴史上、最も恥ずべき愚行であるといっても過言でない」
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