エネルギーデモクラシー ~「日本と再生〜光と風のギガワット作戦」の解説に寄せて 飯田哲也
法学館憲法研究所の「今週の一言」より、飯田哲也・環境エネルギー政策研究所 所長のコメント。
韓国も脱原発に舵をきった。世界の流れは明白。
【エネルギー・デモクラシー〜原発ゼロ・自然エネルギー100%未来への希望
映画「日本と再生〜光と風のギガワット作戦」の解説に寄せて 6/19】
【エネルギー・デモクラシー〜原発ゼロ・自然エネルギー100%未来への希望 映画「日本と再生〜光と風のギガワット作戦」の解説に寄せて 6/19】飯田哲也さん(環境エネルギー政策研究所 所長)
今、世界はエネルギー革命の真っ只中にある。しかも加速度的に進展しつつある。そして日本は、そこから大きく取り残されつつある。筆者が、構想・企画・監修した映画「日本と再生〜光と風のギガワット作戦」は、その事実を見たものに鋭く突きつけて問いかける。「このままでいいんですか?」と。
2011年3月11日に発生した東日本大震災と、それによって引き起こされた東京電力福島第一原発事故(いわゆる「3・11」)によって、日本社会の「オペレーティングシステム」(OS)は根底から大転換した。3・11以前の日本では、ざっと2割が脱原発、中間層の消極的な現状容認派を含むほぼ8割が原発推進という構成だった。ところが3・11後は、脱原発がほぼ8割と比率が正反対になった。比率が真逆に変わっただけではない。当時、福島第一原発事故発生から1ヶ月前後、大げさではなく首都圏からの大避難や日本が潰れるかもしれないという、先の見えない不安や恐怖心で日本中が事故の進展を固唾を呑んで見守った国民的な記憶を共有した日本社会は、その共通体験を経て、多くの国民に脱原発は深く心に刻まれた。その重みを加重すると、単なる比率の逆転に留まらない、根底からの「OSの転換」が生じたと見て良い。
にもかかわらず、日本は世界に大きく立ち後れた。とりわけドイツは、原発ゼロ・自然エネルギー100%を目指す「エネルギーヴェンデ」(エネルギー転換)という国家目標に、市民も政府も、そして産業界も合意し、エネルギーや社会の変化をますます加速させている様子が、映画の中でも、福島第一原発事故後の「負の遺産」に苦しんでいる日本と対照的に描き出される。
映画の中で世界的なエネルギー学者であるエイモリー・ロビンス博士はこう問いかける。「日本はドイツよりも質の良い自然エネルギー資源に9倍も溢れているのに、ドイツは日本の9倍もの自然エネルギーを利用している。3・11後に政策を大きく転換したからだ。これは、本来なら日本がすべきだったことであり、そして今からでも遅くはない。」
しかしその日本は、世界に背を向けて立ち止まり、むしろ旧い原発依存社会に戻ろうとしているかのようだ。もちろん、その中心には、映画の中でも描かれているように、既存のエネルギー利権のネットワークである「原子力ムラ」がある。現在の安倍自民党政権における原発復権の中心には、経産省があり今や原子力規制委員会や東京電力も掌中に収めている。国や地方の政治家、官僚、司法などに加え、それを取り巻く独占電力会社や経団連、メディア、御用学者などの「原子力ムラ」のネットワークは未だに強固である。世界史に残るあれだけの原発事故災害を引き起こしながら、最大の「戦犯」ともいえる東京電力も経産省も自民党も誰一人として責任を取らないまま、旧い利権構図と旧いエネルギー政策を再構築しつつある。
しかし、この映画は希望と勇気も与えてくれる。
東芝の破たん危機に象徴されるように、原発のような旧い巨大エネルギー産業は、この10年の地球規模で世界史的な自然エネルギー・地域分散エネルギー構造への転換が加速する中で、苦境にあえぎ、危機を迎えている。
他方、今生じているグローバルなエネルギー大転換は、たんに自然エネルギーへのシフトではなく、地域分散・ボトムアップ・ネットワーク型のエネルギー革命でもある。日本でも、3・11の経験を経て、エネルギーのことを自分ごととして深く捉える人たちや地域、自治体が桁違いに増え、3・11から5年で全国におよそ200ものご当地電力が誕生している。映画の中でも、停滞しているかのように見える日本でそうした人たちが老若男女とりわけ女性や若者が地方でエネルギーに挑戦し、立ち上がっている様子がスクリーンに次々と映し出され、観るものに元気を与え、また自分たちも動き始めなければと背中を押してくれる。
時代の大きな転換期には、必ず守旧派による反動が起きる。ペリーの黒船来航後に日本中で盛り上がった尊皇攘夷の熱狂に対する、守旧派による反動・弾圧は「安政の大獄」だった。今生じているのは、3・11後の脱原発への熱狂とグローバルなエネルギー大変革に対する守旧派による反動としての「安倍の大獄」と呼びたい。しかしこうした守旧派による反動は、遅かれ早かれ、時代の大きな流れの中で崩壊し消えてゆくことは歴史の教えるところだ。
今や、全国各地からのご当地電力の立ち上がりとが呼応して、「安倍の大獄」崩壊後の新しいエネルギー・デモクラシーの夜明けが見えてきている。
原発再稼働は安倍政権の思うようには進まない。16年3月の大津地裁での高浜原発再稼働差し止め訴訟は、その象徴的な出来事だった。福井地裁では、15年4月に樋口裁判長(当時)のもとで再稼働差し止めの判決だったが、その後に安倍政権の意向とみられる人事で派遣された3名の裁判員が異議審でひっくり返し、15年末に再稼働を認めたところだった。それが大津地裁では、原発立地隣県の地裁から、稼働中の原発差し止めを認めるという、二重の意味で画期的な判決だった。今後は稼動中の有無を問わず、また隣県からも差止訴訟が多発することが予想され、政権にとっても電力会社にとっても頭を抱える問題だろう。
安倍政権が進める原発輸出の「主役」である東芝も、前述のとおり、第1次安倍政権下でのイケイケの乗りで米ウェスチングハウスを簿価の数倍もの巨額買収したことが原因で、会社の存続が危ぶまれる状況にある。ここに問題は直結している。頼みの仏アレバ社が事実上倒産し、米国から7千億円規模の原発廃炉の損害賠償訴訟を受けている三菱重工も、米原発事業で700億円の損失が発覚してもなお英国での原発事業に前のめりの日立も、50歩100歩だ。
また4月から電力全面自由化が始まり、今後、ますます競争環境が増すなか、東京電力は前述のとおり、資本金が国から注入されており、原発事故の補償などに要する費用を交付国債という事実上の借金を「特別収益」という収入にして、利益が「操作」されている。廃炉カンパニーとして分社化されているとはいえ、東京電力としての利益共同体が、自由化された電力市場において、国に丸支えされている構図は不公正な構図だ。
他方、奇しくも3・11と同タイミングで導入された自然エネルギー固定価格買い取り制度も大きな成果をあげているものの、安倍政権下では抑制的な政策変化が目立つ。先進国では例外的に石炭を推進する姿勢で、気候変動対策も踏みにじろうとしている。
◆飯田 哲也(いいだ てつなり)さんのプロフィール
1959年、山口県生まれ。
京都大学大学院工学研究科原子核工学専攻修了。
東京大学先端科学技術研究センター博士課程単位取得満期退学。原子力産業や原子力安全規制などに従事後、「原子力ムラ」を脱出して北欧での研究活動や非営利活動を経てISEPを設立し現職。自然エネルギー政策では国内外で第一人者として知られ、先進的かつ現実的な政策提言と積極的な活動や発言により、日本政府や東京都など地方自治体のエネルギー政策に大きな影響力を与えている。
国際的にも豊富なネットワークを持ち、21世紀のための自然エネルギー政策ネットワークREN21理事、世界バイオエネルギー協会理事、世界風力エネルギー協会理事なども務める。
また日本を代表する社会イノベータとして知られ、自然エネルギーの市民出資やグリーン電力のスキームなど、研究と実践と創造を手がけた。政権交代後に、中期目標達成タスクフォース委員、および行政刷新会議の事業仕分け人、環境省中長期ロードマップ委員、規制改革会議グリーンイノベーション分科会委員、環境未来都市委員などを歴任。
3.11後にいち早く「戦略的エネルギーシフト」を提言して公論をリードしてきた。
福島第一原子力発電所事故発生以降は、経済産業省資源エネルギー庁総合資源エネルギー調査会基本問題委員会委員(〜2013年)や、内閣官房原子力事故再発防止顧問会議委員(〜2012年)、大阪府、大阪市特別顧問(〜2012年)など、政府や地方自治体の委員を歴任した。
また孫正義氏に付託されて、「自然エネルギー財団」設立の中心を担い、同財団の業務執行理事も務めた。
2014年より一般社団法人全国ご当地エネルギー協会事務総長をつとめ、地域からのエネルギーシフトを進めるために全国を奔走中。
2016年11月、福島市で開催された「第1回世界ご当地エネルギー会議」(共催:ISEP、全国ご当地エネルギー協会、世界風力エネルギー協会(WWEA))の共同実行委員長を務め、同会議を歴史的な起点とする成功に導いた。2016年11月、長年にわたる地域からのエネルギーシフトの功績を評価され、 WWEAから2016年世界風力エネルギー名誉賞を受賞した。主著に『エネルギー進化論』)(ちくま新書)、『エネルギー政策のイノベーション』(学芸出版社)、『北欧のエネルギーデモクラシー』(新評論)、共著に『「原子力ムラ」を超えて〜ポスト福島のエネルギー政策』(NHK出版)、『原発社会からの離脱—自然エネルギーと共同体自治にむけて』 (講談社現代新書)、『今こそ、エネルギーシフト』(岩波ブックレット)、訳書に『エネルギーと私たちの社会』(新評論)など多数。
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