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教育勅語活用~極右政権の証。失効・排除決議に託した先人の思いの蹂躙

 あまりにひどい主張というか、個人の尊厳を否定し国家への忠誠を重んじる自民改憲草案からは当然の帰結ともいえる。
“教育勅語活用「懸念ない」=菅官房長官
 菅義偉官房長官は3日の記者会見で、憲法や教育基本法に反しない形での教育勅語の教材活用を否定しないとした政府答弁書について、「親を大切にとか、兄弟姉妹仲良くとか、教育上支障のないことを取り扱うことまでは否定しない。適切な配慮の下、教材使用自体に問題はない」と説明した。その上で「懸念は生じないと考えている」との認識を示した“時事4/3
 先人は、そんな愚かな輩を出ることを懸念し釘をさしてきた。安倍政権は「極右」であり「保守」ではない。
あらためて失効・排除決議に関して、以前整理したものを再録する
【「本当の保守主義を貫くと共産党と共鳴する時代」東工大教授 中島岳志さん  赤旗4/2】

以前のメモ

教育勅語は、「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」と天皇の為に命を投げ出すことを教えていたもので、本理念が基本的人権を損なうものとして排除、失効が国会で決議されている。

「教育勅語等排除に関する決議 昭和23年6月19日 衆議院決議
 民主平和国家として世界史的建設途上にあるわが国の現実は、その精神内容において未だ決定的な民主化を確認するを得ないのは遺憾である。これが徹底に最も緊要なことは教育基本法に則り、教育の革新と振興とをはかることにある。しかるに既に過去の文書となっている教育勅語並びに陸海軍軍人に賜わりたる勅諭その他の教育に関する諸詔勅が、今日もなお国民道徳の指導原理としての性格を持続しているかの如く誤解されるのは、従来の行政上の措置が不十分であったがためである。
 思うに、これらの詔勅の根本理念が主権在君並びに神話的国体観に基いている事実は、明かに基本的人権を損い、且つ国際信義に対して疑点を残すもととなる。よって憲法第98条の本旨に従い、ここに衆議院は院議を以て、これらの詔勅を排除し、その指導原理的性格を認めないことを宣言する。政府は直ちにこれらの詔勅の謄本を回収し、排除の措置を完了すべきである。
 右決議する。」

◆松本淳造  共同提案者としての説明より
「從來の封権主義的、軍國主義的、超國家主義的な、そういつた理念、精神から、個の尊厳を確認しますところの民主主義的な精神の切替え、改革といつたようなものが、まだまだ十二分にはなされていない、世界の水準にもなお達していないということは、遺憾ではありますが、事実と言わなければならないのであります。」
「われわれは新らしき憲法の精神に則り、民主的で文化的な國家を建設して、世界平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示し、個人の尊嚴を重んじ、眞理と平和を希う人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造を目ざす教育を普及徹底しなければならないと、かように規定しでいるわけであります。
 ところが、かように明確に規定しているのでありますけれども、遺憾ながらその規定及びその内容が、國のすみずみまで生命的に行き渡つていないうらみもあるのであります。そして、その効力を失つてしまつておりますところの教育勅語、あるいは陸海軍人に賜りたる勅論、または戊申詔書、青少年学徒に賜りたる勅語等、これら教育に関する諾詔勅が、今日もなお國民道徳の指導原理としての性格をもつているかのごとく誤解されている向きもあるのであります。」
「われわれは、その教育勅語の内容におきましては、部分的には眞理性を認めるのであります。それを教育勅語のわくから切り離して考えるときには眞理性を認めるのでありますけれども、勅語というわくの中にあります以上は、その勅語そのものがもつところの根本原理を、われわれとしては現在認めることができないという観点をもつものであります。」

◆ 國務大臣(森戸辰男) 教育勅語等排除に関する決議採択後の賛意と所見より
「敗戰後の日本は、國民教育の指導理念として民主主義と平和主義とを高く揚げましたが、同時に、これと矛盾せる教育勅語その他の詔勅に対しましては、教育上の指導原理たる性格を否定してきたのであります。」
「さらに思想的に見まして、教育勅語は明治憲法を思想的背景といたしておるものでありますから、その基調において新憲法の精神に合致しがたいものであることは明らかであります。教育勅語は明治憲法と運命をともにいたすべきものであります。」
「かようにして教育勅語は、教育上の指導原理としては、法制上はもちろん、行政上にも、思想上にも、その効力を喪失いたしておるのであります。」
「ところが、この点につきましては、永年の習慣から誤解を残すおそれもあり、また將來濫用される危険も全然ないとは申されません。そこで、今回の決議に基いて、文部省より配付いたしました教育勅語の謄本は、全部速やかにこれを文部省に回収いたし、他の詔勅等も、決議の趣旨に副うて、しかるべく措置せしめる所存であります。かくいたしまして、眞理と平和とを希求する人間を育成する民主主義教育理念を堅くとることによつて、教育の刷新と振興とをはかり、もつて本決議の精神の実現に万全を期したいと存じておる次第でございます。(拍手)」

それは侵略戦争を推進した反省にたち、

①詔勅の根本理念は、主権在君並びに神話的国体観に基いており、国民主権、民主主義と平和主義を掲げる憲法とあいいれない。
②「個人の尊嚴を重んじ、眞理と平和を希う人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造を目ざす教育」と相容れない。
 ことから排除の決議がなされている。
 
しかも、今日の議論を予見したかのように
①「教育勅語は、教育上の指導原理としては、法制上はもちろん、行政上にも、思想上にも、その効力を喪失」しているが、「永年の習慣から誤解を残すおそれもあり、また將來濫用される危険も全然ない」とい言えず、決議にもとづく徹底した措置の必要を指摘している。
②「われわれは、その教育勅語の内容におきましては、部分的には眞理性を認めるのであります。それを教育勅語のわくから切り離して考えるときには眞理性を認めるのでありますけれども、勅語というわくの中にあります以上は、その勅語そのものがもつところの根本原理を、われわれとしては現在認めることができない」と、部分的に徳目を抜き出して「教育勅語」を擁護するような扱いを批判している。

◆「十数個の徳目を抜き出して、間違っていないとする主張」について

上記の「勅語という枠の中」というとらえ方が重要。
 その枠組みとは、「天皇の家来が守るべき道徳」として「上から命令された道徳」であり、その目的は「国のために命をなげだす教え」にある。
①天皇の家来が守るべき道徳
「教育勅語は天皇の家来として守るべき道徳を国民に指示したもので、天皇を頂点とする封建的序列社会の道徳だ。個人の尊厳や男女の本質的平等を前提とするものではない。さらに、国民の道徳を、君主や国が上から一つに決めること自体が問題だ」(三上昭彦明大教授)
 「道徳は、互いの批判や話し合いの中でできてくるものだ。道徳教育は必要だが、これが正しい道徳だ、と公権力が決めるものではない。君主や国家に道徳を決めてもらうのは、近代的な人間とはいえない。教育勅語による教育の大きな弊害は、上から言われたことに従う人間、自主的判断力のない人間をつくったことだ」(岩本努法政大講師)
②国のために命をなげだす教え
 教育勅語には、人の命の大切さという「徳目」はない。「父母に孝に」などの徳目は、すべて「一員(いったん)緩急あれば義勇公に奉じ以って天壌無窮(てんじょうむきゅう)の皇運を扶翼(ふよく)すべし」につながっている。
≪「命の軽視」~ 不破哲三・日本共産党創立90周年記念講演より ≫)
①日本軍はアジア太平洋の戦場で、二百数十万の戦没者を出しました。しかし、その大部分は、戦って死んだのではありません。半分以上の百数十万人が餓死者、飢えて死んだのです。それは食糧補給の手だても講じないまま、何万、何十万の軍隊を平気で前線に送り出した、まさにその結果でありました。自国の軍隊の人命をこれほどまでに軽視し、無残に扱った戦争は、世界史にもほかに前例のないものであります。
②1945年の出来事です。もう戦争に活路はない、これは誰の目にも明らかでした。しかし、そのとき、天皇制国家をそのまま残す保証がないといって、平和交渉が拒否されました。あのときに和平交渉に踏み切っていたら、本土大空襲も、3月~6月の沖縄戦も、8月の広島、長崎も、そしてソ連の参戦による満州、樺太の悲劇もなかったはずです。ところが戦局打開の何の見通しも計画もないのに、国体護持を全国民の命よりも優先させ、「本土決戦」「一億玉砕」、これを叫び続けた天皇制国家の指導者たちこそが、1945年の国民的な大惨劇を引き起こしたのであります。
 
 ~ この行動は、勅語の教えと一致する。 
・教育勅語発布の翌年、文部相の指示で発行された解説書にも・・・
「これら一切の愛情(親子、兄弟、夫婦、友人相互の愛)を合合するのは愛国心であり、国のために命をも捨てるべき事態があれば、喜んで命を投げうたない者がいるだろうか」(勝部真長、渋川久子『道徳教育の歴史』)。
→いざというときには天皇のために命を捨てることが、すべてに優る最高の道徳だと子どもに教え込み、国民を侵略戦争に駆り立てた。
 このように、基本的人権を否定し、国家が国民の内心を統制し、国を誤らせたものとして、「教育勅語」を廃止、断絶したもとに、今日の教育がある。
 「教育勅語への反省に立って教育基本法は教育の自律性をうたい、権力が国民の内面に関与することに自制的であるべきだという原理を内在している」、(堀尾輝久前日本教育学会会長)
 
 しかも、1948年の時点で、「將來濫用される危険」、そして勅語の「枠組み」論に言及していることをもう一度噛み締める必要がある。



【「本当の保守主義を貫くと共産党と共鳴する時代」東工大教授 中島岳志さん  赤旗4/2】

テレ朝の「報道ステーション」のコメンテーターでもお馴染みの、東工大教授で政治学者の中島岳志さんが赤旗日曜版に登場して「本当の保守主義を貫くと共産党と共鳴する時代」「私は政策的には共産党とだいたい同じ」と語っています。また究極の理念があってこそ現実を動かせる、現実を動かすために野党共闘は大賛成と評価しています。かなり深い見立てもあり必読な中身です。私のもとにも、保守だけど共産党しかないという激励を多くいただくようになっています。保守革新という枠組みにとらわれず、誰が本当に国民のために国会や議会で質問をし、現場の相談に対応し、汗を流している政党かどうか示していきたいと思います。


対立軸は「リベラルVS保守」だよとよくいわれます。しかし、本来の保守思想は、フランス革命のような急進改革を批判し、リベラルや自由主義を目指すものです。しかも、保守主義者は「議論」を重視し、自分以外の「他者」の言い分や叡智を尊重して合意形成をはかる。だから、リベラルと保守というのは実は、相性がいいのです。

しかし、今保守を標榜しているひとたちは、本来の保守やリベラルとは真逆です。とくに安倍政権は、議論を完全に軽視し、議会を信頼せず、単に法案の通過機関ぐらいにしか考えていません。そのことは安保法制や共謀罪法案の審議の仕方を見ればわかります。詭弁をろうし、自分たちの力に対する過信が強い。保守本流の私たちは、安倍政権に批判的にならざるを得ません。

いま私のような保守の立場の人たちが”困っている”ことがあります。政策から政党を選ぶというインターネットのシミュレーションをやると、何回やっても共産党を選んでしまう(笑い)。一番遠いのが自民党と維新。保守の私としては、この現象を深く考えるべきですが、同時に面白い現象だな、と思っています。

自民党が本来の保守でなくなる大きな転換点になったのは、1982年に誕生した中曽根内閣です。アメリカでレーガン大統領、イギリスでサッチャー首相が台頭した時期です。ラディカルな市場主儀、小さな政府、官から民への規制緩和。こういう新自由主義路線が「保守」のマスクをかぶりだし、財界を含めこれが「保守」だと思いこんだ。それが安倍政権で極に達した感があります。

本来の保守からいえば、資本主義には一定の歯止めが必要です。国家が一定の再配分を行い、秩序を安定させないといけないのに、市場の倫理がすべてに優先されます。

大きくみると、この20年間で世界の中でアメリカのプレゼンスは圧倒的に下がってきました。世界はスーパーパワーなき多極化へと変容している。それに日本がどう対応するかが問われています。

日本の隣には中国やロシアがあります。安全保障から考えると、やはり日本はアジア諸国と良好な関係を保ちながら、できる限り軍拡をせずに平和と安全を担保する「アライアンス」(同盟)の方向に斬新的に進んでいくべきです。

中国敵視の安倍政権は、そういう次のリアリズムに踏み出すことができていません。日米安保の堅持・拡大はリアリズムではない。古い自分たちの思い出にすがていると、時代に追い越される。いい加減大きな転換点を読み解くべきです。

直近の視点で見ると、取引の人であるトランプ氏は、アメリカの利益を最優先する考えです。大統領中、日本に二択を迫ってきました。米軍の駐留費負担を増額するか、日本から米軍が撤退するかです。米軍撤退を選んだ場合、「防衛に穴」があくので日本は軍事費を増大させる。武器の購入先はアメリカしかありません。どっちにしてもアメリカは取引に成功するのです。日本はそろそろこういう日米安保から次のことを考えるべきです。

私自身は、政策的には共産党とだいたい同じではないかと思っています。たとえば、憲法9条の関係でも、共産党は自衛隊の存在は暫定的には認める、と。将来の問題としては、軍事的なものがない社会をつくりたい。そういう大きなビジョンを持っているわけですね。

いくら不可能なことであっても、絶対的な理想を掲げることは重要です。カント哲学でも、恒久的平和という大きな方向性があるからこそ、ひとつひとつ現実の平和的政策、軍縮があるということがいわれています。保守も基本的には同じで、究極の理念がなければこの現実は動きません。現実を動かすために、野党が共闘していくことは大賛成です。民進党は共産党と組むべきです。世界の国はどこでも連立政権です。

「共産党と組むと保守票が逃げる」という人もいますが地方に行けば真逆です。TPPに反対している農家の人たちは「共産党しか自分たちの言いたいことを代弁してくれない」といいます。本来の保守的な政策を共産党が担保している以上、民進党はそちらにある程度ひっぱられる方がリベラルな保守になっていくのではないでしょうか。





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