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福島事故処理 「70兆円必要」と保守系調査機関

保守系シンクタンク「日本経済研究センター(JCER)」がまとめた「エネルギー・環境選択の未来 福島原発事故の国民負担」。
副題に、「事故処理費用は50兆~70兆円になる恐れ」「負担増なら東電の法的整理の検討を」「原発維持の根拠、透明性高い説明を」をかかげている。


【原発廃炉に70兆円必要!? 保守系調査機関が算出した驚くべき数字 政府試算のなんと3倍…これは大変だ3/14】

【原発廃炉に70兆円必要!? 保守系調査機関が算出した驚くべき数字 政府試算のなんと3倍…これは大変だ3/14】

町田 徹

■老舗シンクタンクの苦言

先週土曜日、東京電力・福島第一原子力発電所(1F)の事故から6年が経過した。政府は、復興の進展を印象付けたいのだろう。誇らしげに、来月にかけて帰宅困難地域の指定を一部解除する方針を打ち出した。
しかし、現実は厳しい。帰宅困難地域が完全に無くなるわけはないし、事故処理費用の国民負担問題が厳然と存在するからだ。
特に後者について、老舗の民間シンクタンク「日本経済研究センター(JCER)」が新たにまとめたレポート「エネルギー・環境選択の未来 福島原発事故の国民負担」は参考になる。
それによると、廃炉、汚染水処理、除染、賠償を併せた事故処理費用の総額は最大で70兆円と政府の見積もりの3倍以上に達する可能性があるというからだ。
加えて、このレポートは、今や電力が充足しているうえ、原子力が他のエネルギーに比べて割安でもないにもかかわらず、政府が原発の存続を目指すのならば、「東電の破たん処理など責任の明確化」や、原発存続の「必要性の立証」が不可欠だと連ねている。

筆者もこれまで、政府の根拠なき楽観論に繰り返して警鐘を鳴らしてきた。

本連載の熱心な読者ならば、昨年暮れ、政府・経済産業省が福島第1原発事故の処理費用をそれまでのほぼ2倍の21.5兆円に膨らませたうえで、国民に負担を転嫁する方針を決めた際にも、筆者がコラム「『廃炉コスト21兆円』を国民に払わせようとする経産省の悪だくみ国民に謝罪するのが先じゃないですか?」を書いて、善後策を示したことを記憶しているはずだ。

あの事故から6年の節目を迎えた今、老舗シンクタンクが改めて苦言を呈したのは良い機会である。今度こそ、政府は姿勢を改めて、真摯に原子力発電の現実と原子力政策を見つめ直すべきである。

■「処理費用」という深刻な問題

1F事故6周年の前日にあたる3月10日。政府は首相官邸で、復興推進会議と原子力災害対策本部の合同会議を開き、浪江町と富岡町に出していた避難指示の解除を決定した。
これを先取りして、NHKは定時ニュースで、帰宅困難地域が双葉町と大熊町の一部を残すだけになり、避難指示地域の面積が5年前(約1150㎢)のから3分の1に当たる369㎢に縮小すると政府の主張を繰り返し伝えた。

しかし、現実には、今なお12万の人々が避難生活を送っている。

廃炉作業が続く1Fの立地である双葉町と大熊町では、いつになったら避難指示を解除できるのかメドさえ立たない。
若い世代を中心に「例え避難指示が解除されても、帰還しないという人が増えている」とされ、1F周辺の再生・復興は事故当初の予想より遥かに困難な現実も浮かび上がってきた。

もうひとつ。深刻なのが、国民の負担が伴う1F事故の処理費用問題だ。
政府・経済産業省は昨年暮れ、溶け落ちた核燃料デブリを取り出す工程が近付き、過少見積りを放置すると政府が過半数の議決権を持つ東京電力が債務超過に陥るリスクが強まっていたため、「廃炉」コストを従来の4倍の8兆円に増額して電気料金に転嫁する方針を決めた。
あわせて「賠償」、「除染」、「使用済み燃料の中間貯蔵」などのコストも増額した結果、1Fの事故処理費用は総額で21.5兆円(推計)とその3年前(11兆円)の政府見積もりのほぼ2倍、さらに5年前のそれの約3.6倍(6兆円)に急膨張してきた経緯がある。

政府・経済産業省は、その場しのぎの過少見積りを出し、足らないと増額して、負担の顕在化を先送りしたり、増額分の一部相当分だけ国民負担に回したりと小手先の対応を繰り返してきたのだ。

そうした状況に、「的確な予測・責任ある提言」を標榜するJCERは、しびれを切らしたのかもしれない。どちらかと言えば、日頃は現実的かつ保守的なスタンスをとることが多いにもかかわらず、3月7日付のレポートは、政府にかなり辛口の直言をした。

それが、冒頭で紹介した「エネルギー・環境選択の未来・番外編 福島第一原発事故の国民負担」である。現物はJCERのホームページに掲載されているので、興味がある読者は、是非一読してほしい。(http://www.jcer.or.jp/policy/concept2050.html)

レポートの執筆者は、「注釈1」に控えめに記されている。日銀副総裁をつとめた経験のあるJCER理事長の岩田一正氏、原子力委員会で委員長代理をつとめた後、長崎大学核兵器廃絶研究センター長とJCER特任研究員を兼務する鈴木達治郎氏、日本経済新聞経済部、科学技術部記者として原発取材の経験が豊富な小林辰男政策研究室長兼主任研究員の3名だ。

レポートは論旨を明確にするため、3本の副題を掲げている。その3本とは、「事故処理費用は50兆~70兆円になる恐れ」「負担増なら東電の法的整理の検討を」「原発維持の根拠、透明性高い説明を」の3本である。
それではレポートのポイントを紹介しよう。

■政府の見積もりには問題が二つある

政府・経済産業省の「東京電力改革・1F問題員会」が21.5兆円と見積もった1F事故の処理費用について、JCERは今回、独自の再試算を行い、「さらに膨らむ可能性が高いとの結果になった」。政府の見積もりに「問題が2つある」からだ。
その第1が財源の不確かさだ。レポートは「本当に(21.5兆円のうちの)16兆円分を東電の収益と株式売却益で調達できるのかという問題。火力発電などの収益性が見込める部門は、小売自由化で競争に晒され、廃炉コストをまかなえるほどの『超過利潤』を安定的に得られる保証はない」と指摘している。
そして、それゆえ「国民負担は増える可能性がある」というのである。
加えて、その国民負担の増額決定が、「(閣議決定という)政府の一存で可能な仕組みになっている」ため、安易に「国民負担を増額させることになるのではないか」と懸念を露わにした。
その懸念の原因が「根拠や決定過程が不透明であることが、このような不信をさらに深いものにしている」とも述べて、政府の情報開示と政策対応の姿勢を厳しく批判した。

第2が、そもそも処理費用の見積もり(内訳)が本当に正確であり、「(積み上げて)22兆円(事故処理費用の総額を四捨五入)で収まるのか」という問題だ。
除染を例にとると、レポートは、「現在、2200万㎥の土壌などを中間貯蔵する計画を進めているが、最終処分をどこで、どのように行うのか、まったく決まっていない」と政府の見積もりの根拠の危うさを指摘したうえで、「当センターは最終処分費用を青森県六カ所村の低レベル放射性廃棄物並みの処理単価(80億~190億円/万トン)で試算したため、30兆円という金額になった」としている。
また、廃炉も、「政府は米スリーマイル(TMI)原発事故をベースに試算した」(この問題点については、筆者も昨年暮れの本コラムで、「TMIと1Fは事故の深刻さがまったく違うので、無責任な試算だ」と指摘したことがある)が、「当センターでは、公表されている原発の廃炉費用(廃炉に伴い発電所から出る放射性廃棄物は廃棄物全体の1~2%)をベースに炉心溶融を起こした1-3号機は、すべて放射性廃棄物になると考えて試算したところ、11兆円となった」という。

■「石棺化」のコストは?

こうした政府の見積もりとJCERの試算の相違点(金額)をまとめたのが、ここにレポートからの転載した図表1である。
図表1中の「JCER1」と「JCER2」の違いは、トリチウム(三重水素)の扱いだ。

政府の期待に反して「汚染水100万トン程度に分含まれるトリチウムを取り除く場合」が「JCER(1)」である。トリチウムの除去には「20兆円以上の費用がかかる(2000万円/トンで試算)」一方、「トリチウム水を希釈して海洋放出すれば、20兆円の費用はほとんどかからない」ことに着目、その費用を控除した試算が「JCER(2)」となっている。

ただ、水で希釈して海洋放出する場合、風評被害に関する賠償が必要になる可能性が高いので、その「補償額は1500人の福島漁連関係者に年間1000万円/人から始まり40年目にはゼロになるという前提で試算したところ、3000億円と推計できた」ので、「JCER(2)」は賠償にこの金額を加えてあるという。
今日の科学技術水準の下では、トリチウム問題に対する感情的な部分も含めた不安を完全に取り除くことは難しいだろう。しかし、トリチウムが自然界にも存在し、通常の原発では濃度の低いトリチウム水が海洋に放出されているのが現実だ。
この問題が生じたのが、安心・安全に敏感な日本でなければ、とっくに海洋に放出されていただろうと話す外国人専門家もいると聞く。専門家の間では、トリチウム水を海洋放出しても人体や自然への影響はほとんどないとの見方が少なくないのだ。
JCERの試算をみると、この扱い次第で事故処理費用が20兆円以上も上下するという。将来の国民負担論議にも劇的な影響を与えかねないポイントだ。これ以上国民負担を闇雲に増やすリスクを高めない手法として、真摯に検討する必要があるだろう。

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一方で、JCERのレポートは、以上の試算を「福島第1原発の廃炉を実現できるという前提に立っている」と断ったうえで、「現実には、溶け落ちた核燃料(デブリ)の状況すら把握できていない。最悪のケースはチェルノブイリ原発のようにデブリ取り出しを断念し、『石棺』にして永久管理せざるを得ない状況になる場合も想定できる」と、その可能性を留保している。
ところが、レポートは、「永久管理の費用だけでなく、廃炉を前提として帰還させた住民への新たな賠償や移住問題などが浮上することが予測できる」として、政府の方針の大転換を迫ることになるであろう「石棺化」のコストを試算していない。

レポートのこの点が、筆者にとっては、非常に残念でならない。
筆者は、ラジオ番組などですでに何度かコメントしているが、現行の1Fをバラバラに解体して処分するという方式には、作業員の被ばくリスクとその経済的な作業コストの拡大リスク、東芝などが担当するという廃炉ロボットなどの研究開発コストの巨大化リスクなどがあるとみており、作業員の被ばくリスクや事故処理費用の削減の観点から石棺化が検討に値する方式と見ているからだ。
次の機会があれば、「石棺化」は是非、JCERの試算に加えてほしいテーマである。

■見事な正論

このほか、レポートは、東電の破たん処理について、「経済面でいえば、本来であれば、東京電力の法的責任を明らかにし、資産の清算を行ったうえで、消費者・国民の負担を問うべきであろう」、「信頼回復の第一歩として東電を原発部門とその他に分けて破たん処理し、国が事故処理に全面的な責任を持つ体制に切り替えるべきではないだろうか」と提言している。

政府・経済産業省が繰り返している「法的整理をすれば、賠償主体がなくなる」とのエクスキューズに関しては、「国策で推進してきた原発の過酷事故の処理について、政府自身が賠償や廃炉の前面に立てばよいだけではないか」と述べている。
さらに、現行の原子力損害賠償・廃炉等支援機構や国際廃炉研究開発機構は「官民で設立されたが、体制は不十分」なので、「官民共同で一元的に廃炉や事故処理、原子力技術の維持のため研究開発に取り組むべきではないか」「廃炉を含めたバックエンド事業を一括して責任を負う事業主体を設立する案もありうる」として、英国の「英国原子力廃止措置機関(NDA)」を参考に日本でも新たな体制・仕組みを検討すべき時期に来ていると主張している。
日本版NDAは、東電以外の事業者が主体になって柏崎刈羽原発の再稼働を進めるためにも現実的な方策であり、従来の筆者の提言とも共通する点である。
また、高速増殖炉「もんじゅ」の廃炉後に新たな実験炉作りを政府が模索している問題については、「商業的な見通しも見えない」のに、「多額の資金をつぎ込む余裕はないはず」と政府を諫め、そうした財源があるならば、1Fの事故処理費用に回すべきだとの議論を展開しており、説得力がある。

■各電源のコスト比較

最後にレポートが指摘した重要なポイントは、エネルギーごとの発電コストの変化の問題だ。

レポートは、今なお「経産省や電力業界は、原発は政策コストを入れても安価な電源であると主張している。本当にそうなのか?」と疑問を呈して、ここでもJCER独自の試算を実施した。
前提になったのは、公表ベース(経産省総合資源エネルギー調査会で用いられた試算ファイル、15年春時点)のデータだ。が、現在はデータ公表時と比べて、福島第1原発事故の処理費用が22兆円に膨らんだほか、耐震性の強化に伴う原発建設コストも上昇している、このため、原子力の発電コストを明らかにするには、それらの要素を加味する必要があるという。
そういう試算をすると、原発の発電コストは、政府・経済産業省の試算値「10.3円/kWh」から「14.7円/kWh」に跳ね上がり、石炭、LNG(液化天然ガス)といった火力を大きく上回った。その状況をまとめたのが、レポートから転載した図表2である。
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ちなみに、レポートは、使用済み核燃料の再処理工場の稼働のメドが立っておらず、引き続き、政府が既定方針の「全量再処理路線」に拘れば、第2再処理工場が必要となるリスクや、用地が決まる見通しのない高レベル放射性廃棄物の処分場の確保問題を勘案すると、原子力の発電コストはさらに膨らむ可能性があるとしている。
コラムでは割愛するので興味のある読者は原本を参照してほしいが、足もとの化石燃料安と円安を反映すると、原子力のライバルである火力発電のコストが下がる可能性もあるとしている。

■そろそろ正直になろう

レポートを縷々紹介してきたが、もう一つ重要なのは、人口減少の本格化に先立って、東日本大震災以降、電力の消費量の減少傾向が鮮明になっていることだ。その結果、レポートは「安価でもなく、電力不足を補うでもない原発の必要性に疑問が出る」という。
それにもかかわらず、震災後、電力会社の政治力が弱まったことを奇貨として、国有電力会社がふんだんに政府支援を受けて高い価格競争力を維持していることを無視して、政府・経済産業省は、それまで電力会社に握りつぶされてきた電力自由化に踏み切った。
これでは、過去に巨額の投資をした原発の再稼働を除いて、民間企業である電力各社が原発を新設する「積極的なインセンティブはないと考えられる」というのだ。
政府・経済産業省や電力各社は、原発存続の理由を「エネルギー安全保障、地球温暖化問題への対応などに」求めているが、「現状では、説得力を持った説明になっていない」とレポートは切り捨てている。
そして、レポートはJCERが2013年1月に、原子力政策が信頼を取り戻すために行った政策提言を再度、紹介して、「大筋は今なお、有効と考えられる」と結論を述べている。

その主なものは、
①「デブリ回収は可能で被災者はいずれ全員帰還できる」という楽観的なシナリオだけでなく、悲観的なシナリオも含め、その根拠も含めて示すべきだ。

②国民に費用負担を求めるならば、検討にタブーがあってはならない。また費用増が安易な国民負担増にならないよう、(負担)上限引き上げには法改正というチェック機能を組み込んでおくべきだ。

③高レベル放射性廃棄物の最終処分法の決定や50トン近い余剰プルトニウム対策を決めることも不可欠だ。英仏に保管される余剰プルトニウムは、輸送リスクを減らす意味でも、費用を負担してでも英仏で処分してもらうことも一案だ。放射性廃棄物の最終処分についての合意形成なしには原発の継続もあり得ない。

④「原発がなくとも電気は不足していない」状況で、世論調査で再稼働反対が過半数を占めている。エネルギー基本計画では2030年度に電力に占める原発への依存度を20~22%にするとしているが、信頼回復なくしては、まったく絵に描いた餅に終わる

――といった具合である。

レポートが掲げたような議論を直視せず、冒頭で記したように、避難指示地域の縮小などで1F事故処理が進んでいるかのように喧伝しようとする政府の姿勢は、国民の政府に対する信頼を傷つける一方の間違った行為だと、政府はそろそろ肝に銘じるべきだろう。


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