農協「改革」とTPP (メモ)
田代洋一・横浜国立大学名誉教授の論考 経済2017.2からのメモ
一連の農協「改革」は、農業低迷の責任を農協に押し付けるとともに、農村を支える総合農協を解体し、儲かる部分だけを資本に差出し、JAグループの持つ金融資産を内外の多国籍企業の食い物にするためである。まさにtppと一体。多国籍企業の強欲から、日本の農業・農村・環境をまもるための共同が求められる。
関連として・・
【緊急インタビュー 経済評論家・内橋克人氏に聞く 「農協改革」を斬る 批判精神強め対抗軸を JA新聞2016.11】
【「農業競争力強化支援法案」は日本農業破滅法案 価格競争ではなく品質競争が生き残りへの道 農業情報研究所2/4】
【農協「改革」とTPP】田代洋一・横浜国立大学名誉教授
Ⅰ.農協法「改正」
・規制改革会議の第二次答申(14年6月)、15年9月成立、16年4月施行
・規制改革推進会議農業WG 11月11日に「農協改革に関する意見」を答申。政府・与党は「農業競争力強化プログラム」のなかに全農改革を中心とした農協改革をいっそう促進する方針を明確化(閣議決定)。■事業目標の変更 奉仕から収益拡大
・農協は「事業によってその組合員及び会員のために最大の奉仕をすることを目的」
① 法改正で新たな目的「農業所得の増大に最大限の配慮をしなければならない」を追加/目的の二重化。組合員から準組合員を排除
②法改正「営利を目的としてその事業を行ってはならない」を削除し、収益を投資又は事業利用分量配当に充てる/ これが「農業所得の増大」につながるとの論理=株式会社の論理■ 農協組織の変更
・ 日本の農協/信用・共済・生活・営農指導にまたがる総合農協。地域住民も準組合員としてきた
→ 農業・農村を維持するための協同組織
・法改正/「農業所得の増大」を「理由」に、準組合員利用を否定的に捉え、総合農協を否定し職能組合に純化めざすもの
→規制改会議/準組合員サービスに力を入れるために「農業所得の増大」の追及が疎かになるとして、準組合員の利用料を正組合員の一定量以下に規制を打ち出している・理事/「農業所得の増大」を図るために、理事の過半数を、認定農家または経営・販売のプロに
→ 地域密着業態の制約 /法でここまで関与することは協同組合原則に反する・公認会計士監査/準組合員の利用が認められているのは、純職能団体というより、一般企業に近いとして、会計監査も農協自らの監査でなく、公認会計士監査に移行(貯金額200億円以上の農協)
・全中の一般社団法人化/中央会から指導権限、監査機能を奪い農協系統から外した。県中は連合会に移行
・株式会社化/総合農協を解体。株式会社、生協、社会医療法人、社団法人などに転換。全農・農林中金・県信連・全共済の「農協出資の株式会社化」を提言
→法改正/このうち全農(農協系統の共同購入・販売の全国組織)を株式会社化「できる」とし、その他については自民党との検討で「金融庁と中長期的に検討する」★これからの法改正にあたり
準組合利用規制をうけいれるか、中央会の社団法人化、公認会計士監査を受け入れるか、の二者択一を農協陣営に迫り、準組規制を5年間先延ばすことと引き換えに受け入れさせた。Ⅱ.規制改革推進会議の農協攻撃
・法改正で積み残された「課題」
① 単協の信用事業の農林中金・信連への事業譲渡。代理店化
② 農林中金・全共連の株式会社化「できる」化
・規制改革会議 第4次答申〔16/5〕
③ 生産資材価格形成の仕組みの見直し、流通・加工業界構造の確立
④ 指定生乳生産者団体制度の是非、補給金の交付対象のあり方・16年9月に「規制改革推進会議」が発足
■ 「農協改革」に関する意見
〔A全農つぶし
① 共同購入の見直し。「資材メーカー側にたって手数料を得る仕組み」と決め付け「窓口に逸する組織」に変わるべき
② 共同販売の見直し。「委託販売を廃止し、全量買取販売に転換すべき」
→ 見直しを1年以内に実施し、進展が見られない場合は、国は「第二全農」の設立を推進する★共同事業による価格交渉力を喪失/ 資材の購買事業からの手数料収入の喪失〔経常利益の7割〕。同収入で、共同販売を支えており、販売事業も不可能とし、全農事業は崩壊する。
→「意見」は「共同組合にとどまるなら事業するな。事業するなら株式会社になれ」というもの
→株式会社化しても、情報提供サービス料、原料輸入にともなう利益だけで、腐敗しやすい生鮮品買取リスクを全面的に被る企業が経済的に成り立ちうるか疑問。結局は全農つぶし
⇒そもそも全農は協同組合形式の民間事業体。物資の供給、生産物の販売は農協法で法認されており、憲法上の職業選択の自由の延長線上での営業の自由に対する侵害。〔B〕クミカン〔組合員勘定〕廃止
基幹作物を全量農協共販する組合員が営農計画を提出、出来秋の農産物を担保に、農業から営農資金を一括借受で、販売代金より相殺する仕組み/専業的農業地帯での営農資金の乏しさをカバーし、営農計画を通じて営農改善する仕組み〔北海道の全農協がとりくみ、農家の7割が活用〕
→「意見」は「経営発展の阻害要因」「直ちに廃止」
→クミカンは、最近、地銀や農業法人が利用しだしたABL〔動産担保貸付〕の農協版、先駆的とりくみ
→ 廃止は、信用事業と営農指導事業を一体的に取り組む総合農協の取り組みを阻害するもの■ 牛乳・乳製品の生産・流通革命に関する意見
〔A〕指定生乳生産者団体制度
・加工原料乳補給金制度にもとづき、酪農家が指定団体に全量委託販売〔1日3トン以下の特色ある牛乳の直接販売は可〕した場合にのみ補給金が支払われる仕組み
→ 生乳の需給調整、乳業メーカーとの価格交渉力の強化、生乳流通の合理化、運賃コストのプールによる遠隔地支援を狙ったもの
→ 生産費が低く・輸送費が高い北海道は、主に加工原料乳地帯となり、「加工原料乳価+補給金」と「飲料乳価-道外搬出運賃」が均衡するみとで、全国的な需給を調整
・指定団体が95%以上という販売シェアを持つことで、価格交渉力・需給調整力をもつから。〔b〕推進会議の攻撃
・会議は、販売・委託先を自由に選択できるようにすべき、と指定団体に委託しないもの、部分委託する場合も、等しく補給金を出すべきと主張。
→ 価格が高いと「飲用乳」、低いと「加工乳」の「いいとこ取り」が可能となり、需給調整か不可能となり、乳価の下落を招く。
→ 補給金は、需給調整コストの補償の意味合いがあり、廃止は、必要なコストを負担しながら、ただ乗りなしの構成な競争を阻害する3.単協信用事業の代理店化
■代理店化の意味
・自らの裁量で農業貸付ができくなる。クミカンも不可能に。手数料収入しか得られず収益は半減
→ 農業・生活・営農指導の赤字を、信用部門の利益でカバーし、かろうじて黒字/つまり総合農協は不可能に
・会議は、信用事業の要員を販売事業に回して稼げ/が、手数料2%の販売事業で500万円の人件費を出すには、2.5億円の売り上げを要し、非現実的。■代理店化のテコ
・信用事業の比率の高い都市農協に対し、準組合員利用の制限の脅し/その他の農協に対して公認会計士導入で監査の対応を難しくさせ、信用事業を中央に譲渡させること
・農協法改正の根幹/準組合員利用規制、公認会計士 ~ 代理店化の手段4.TPPの行方と農協「改革」
・TPPにより農業所得の減少の責任を農協に転嫁するのが「農業所得の増大」を振りかざした農協「改革」
■農協「改革」とISDD条項
・ 規制改革会議のめざす農林中金を農協出資の株式会社化
→TPP下では、農協だけが出資できる株式会社は、多国籍企業の投資を阻むものとしてISDの対象/確実に敗訴
→農林中金が、外資の手におちれば、単協から譲渡された資産も外資の支配となる・農協「改革」とTPPは、そのゴールにおいて一致する
→在日米国商工会議所の毎年の意見書/JAグループの金融事業を、他の金融機関と同じ規制のもとにおくこと、を強く要請。それが確立しなければ員外利用・準組合員制度・独禁法適用除外を見直すべきと主張
→ 農協「改革」の項目とピタリ一致5. 農協「改革」の本質と対抗手段
■本質
①内外の企業と金融資本に農村という市場・投資のフロンティアを開放。JAグループの金融事業の市場開放
/そのための総合農協の解体
②市場原理主義にもとづく、協同組合への攻撃
③ 協同組合事業への非民主的で権力的な介入
④ 欺瞞、狡猾、精緻な攻撃/「農業所得の増大」という誰もが反対できない旗をかざす欺瞞性、二者択一をいくつも仕掛ける狡猾さ、政府、財界、アメリカなど強い連携。
⑤ 分断作戦。認定農家のもに「アンケート」をとるなど単協と組合員の分断、準組合員と組合員の利害対立の強調、賦課金徴収の多寡をめぐる単協と県連・全国連の分断、農協の「閉鎖性」を強調し市民と対立させるなど■対抗軸 団結、徹底した連帯の追求!
【緊急インタビュー 経済評論家・内橋克人氏に聞く 「農協改革」を斬る 批判精神強め対抗軸を2016.11】
■社会的経済に協同組合不可欠規制改革推進会議農業WGが11月11日に公表した「農協改革に関する意見」をもとに政府・与党は「農業競争力強化プログラム」のなかに全農改革を中心とした農協改革をいっそう促進する方針を明確にした。もちろん農業者、組合員のための改革は必要だが自己改革が基本だ。しかし、今回は政府・与党が改革の進捗状況をフォローアップすることを明記した。これは自主・自立の組織である協同組合組織へのあからさまな介入ではないのか。改革に取り組むにしても、政治はわれわれの農業を地域社会をどこに向かわせようとしているのかを見失ってはならない。経済評論家の内橋克人氏に「今、協同組合人が考えるべきこと」を緊急に提言してもらった。
--11月末の政策決定は規制改革推進会議農業WGから唐突に「農協改革に関する意見」が発表され、結局は、その意見も反映されるかたちで「農業競争力強化プログラム」がとりまとめられて閣議決定されました。一連の動きをどう見るべきでしょうか。
歴代の自民党政権、とりわけ小泉政権以降、党の総務会や政調会は無視され官邸独裁、閣議決定万能主義になっています。官邸の思惑を論理的に裏づけるものとして各種諮問機関を次から次へと生み出していったわけです。政権がやりたいことを言葉として裏づけてもらう。私は"忖度(そんたく)答申"と呼んできましたが、経済財政諮問会議をはじめ政府の回りにつくられる、なんともいえない曖昧な組織が政策決定に重要な役割を果たすわけです。この曖昧な「政策決定システム」こそ日本政治の象徴です。
諮問機関には政府お好みの人物を並べておいて、実際にはまず官僚が答案(原案)をつくる。官邸の意向マル写しの「官僚製ペーパー」です。委員はただそれにイエスかノーか答えるだけ。こうして諮問会議の正式答申が出来上がれば、政府はその答申を根拠に政策を決定する、国民の意見は十分に聞いた、と。まさに儀式です。
そのような忖度答申を裏づけとして法案を閣議決定し、あとは国会にかけて強行採決するだけ。絶対多数の与党が反対できるはずはない。これが常道になってしまった。この役割の最先端を担っているのが各種の政府諮問会議です。今回は「規制改革会議」の後継組織、つまり「規制改革推進会議」へと移行するにあたって人選は非常に長引きました。引き受け手がいなかったからです。まともな経営トップなら、そういう「儀式」の操り人形役は容易に引き受けない。やむなく日頃から声の大きい人ばかり選んだ。思想性などまるで感じられませんし、現場の知識にも乏しい。が、「官邸主導政治」にとってこれほど好都合なことはない。こうして忖度答申が横行する。今回はその典型例だと思います。--農業WGの今回の「意見」の本質を私たちはどう捉えるべきでしょうか。
「提言」「答申」には必ず、ひとつ、"脅し文句"を入れます。今回は1年以内に全農の組織改革ができなければ「第二全農」をつくる、という文言でした。まさにパンチの効いた協同組合攻撃です。要するに言うことを聞かなければもう一つ別の官邸製組織をつくるというわけです。重要なことは、政権・権力が「もう一つの協同組合」を作れるのかといえば、それは不可能だ、ということです。協同組合とはまさに自立・自主・自律であり、現実に生活するナマ身の人間、生業に従事する人々の力と意思によって作られるものであって、政府が勝手に「第二の協同組合(全農)」をつくるなんてことはできません。この矛盾のなかにすべてが表れている。まさに権力による脅し。これが本質です。
それから、農家の所得向上を農協改革の金看板にしていますが、これからやろうとすることはまったく逆。農家の所得向上には全くつながりません。
かつて私は新聞・出版物の再販問題で公正取引委員会の拡大委員会に新聞協会代表として急遽馳せ参じ、廃止が決まっていた再販制度を維持させるのに成功した経験があります。江藤淳さんも仲間でした。そのとき廃止を主張する委員たちは、過疎地で新聞1部を配達するコストと東京都内の過密な地域で配達するコストとどっちが高いか、明らかなところだ、と。コストの異なる新聞を、同じ値段で宅配する。過疎地と都会で同じ値段とは、おかしいではないか、という。このような規制緩和万能主義、競争至上主義の考え方―これが現在、ますます狂暴さを加えつつ生き続け、規制改革推進会議委員の大方の考え方になっている。
この論理を押し詰めていくとどうなるか。最近、話題のJR北海道の経営行き詰まりの問題ではないですか。分割民営化したらどうなるか、当時、私たちが警鐘を鳴らしていた予想どおりの破綻です。「公共の企業化」が何を生み出すか、格好の警鐘ではないですか。
いま、農業をめぐって同じことが起こっている。標的が農協ということです。
農協の"事業の総合性"は社会的、公共的役割を支えています。それを互いの事業分野間で利益補てんし合うのはけしからん、と。まさに新聞・出版物の再販制廃止問題で言われたことと同じ理屈です。JR北海道の例を見ても分かるように分割民営化して、結局、経営が成り立たなくなった。過疎と過密―日本社会の歪んだ現実をすっ飛ばしている。
社会的、公共的役割を支えるための総合事業であって、単なる利益の相互補てんではない。規制改革推進会議の議論から欠落しているのが社会的経済への理解。今回も全農は購買事業を分割し生産資材事業から撤退し、販売事業だけにしろということですが、まさに協同組合が果たすべき事業性と運動性、そして総合性を全く無視するものです。食料こそは公共的役割を持つ社会的資源です。そのことが分かっていない。
さらに金融事業からの撤退も求めていますが、これは「マネー資本主義」の要請そのもの。購買事業からも金融事業からも撤退させようとする。以前、農業WG座長の金丸氏は記者会見で「農協グループは巨大財閥」と語っていましたが、そういう認識です。基本は農業と農協を分断すること。何が可能になるか。狙いは明らかに「企業・資本」による農業参入であり、中小・零細の農業者を退出させて企業が農地を所有できるようにする。これはまさに"プライバタイゼーション"、すなわち企業・資本による農地、農業の私物化であり、その先には「農地の証券化」という戦略がある。証券化し流通させる。こうした市場化への方向づけが問答無用、急ピッチで展開されているということです。
--ただし、昨年からの農業改革の議論はTPP大筋合意を前提にしたものでした。しかし、トランプ次期米国大統領はTPPから離脱を明言し、その前提はまったく不透明になったのではないでしょうか。どう考えればよいのでしょうか。
トランプ氏に関していえば、私は「ネオ・ラディカル・コンザーバティブ」とみなしています。急進的、かつ過激な「新保守主義」(ネオ・リベよりさらに市場万能主義)です。日本ではまったく誤解した次元で議論をしている人が多数いますが、グローバリーゼーションが終焉を迎えたなどという解釈は余りに皮相的、浅薄なものです。マネー資本主義、世界市場化(グローバル化)はトランプ大統領のもと、逆にもっと剥き出しのものとなるでしょう。トランプ氏とウォール街とのつながりの深さがやがて露呈するはずです。
TPPは、彼のいうアメリカ・ファーストではないから離脱するというだけのことです。そして「二国間交渉」を進める。どうなるかといえば韓米FTAの無惨な結果が示しています。
アメリカ・ファーストとはマネー資本主義がもっと先鋭化するということです。なぜなら米国の産業構成、さらにGDPに占める割合は金融部門がいちばん大きいからです。トランプは壁をつくって不法移民を閉め出すといっていますがマネーに壁は作れません。ますますマネー資本主義化していく。トランプ氏を大統領に選んだアメリカの真意がこれからはっきりしてくるでしょう。
そのなかで二国間交渉になれば日本は非常に厳しくなる。にかかわらず、国内では大規模な農家と中小、零細農家を分断し対立させて競争させる政策が進む。改革の目玉として農協を標的にするという手法です。そこをしっかり理解し、対抗していかなければなりません。--どう認識しどう対抗すべきでしょうか。
前回の対談でも指摘しましたが、政権に寄り添ってその「おこぼれ」(余恵)に与(あず)かろうという"さもしい考え方"から協同組合は抜け出さなければなりません。そういう下心では協同組合が本当に潰されてしまいます。
脅し(ブラフ)がかかってくればこちらからも脅しを返すというのが対抗思潮です。そういう意味で自民党を応援するのはもうこれで止めます、とはっきり打ち出すべきときがきたのではないですか。 つまり、今の政権に対してもっと厳しく苛烈な批判精神を磨くことです。そうでないと「ノーキョーさん」に世論はついてこないと思います。
協同組合セクターになぜそれが必要かといえば、協同組合がないと社会的経済は望めないからです。マネー資本主義への対抗軸は社会的経済しかありません。そのことを協同組合陣営がもっとしっかり自覚していただきたいと思います。
厳しい政治環境のなかで農業や農協をどう守り、持続させていくか―もっと大きな「対抗思潮」の構築に向けて学習し行動していただきたい。そうしないと対抗軸がなくなってしまう。それに取り組むために、いちばん大事なことは消費者を含む多くの国民に協同組合の意義を深く理解してもらうこと、これを幾度も強調したいと思います。
【「農業競争力強化支援法案」は日本農業破滅法案 価格競争ではなく品質競争が生き残りへの道 農業情報研究所2/4】日本農業新聞によると、農水省が今国会に提出する農業競争力強化支援法案が与党内で物議を醸している。火種はこの法案に含まれる「農業者は、その農業経営の改善のため、農業資材の調達や農産物の出荷、販売に関して必要な情報を収集し、主体的かつ合理的に行動するように努めるものとする」という条項、2日に開かれた自民党農林関係合同会議で異論が相次いだ。中でも自ら農業を営む藤木眞也氏(参・比例)は、「上から目線で(農業者が)ばかにされている」と訴えた。この規定が、値段にかかわらず言われるがままにJAを利用するといった受け身で非合理的な行動をとる農家を想起させるという(農家に努力義務を課す農業競争力強化支援法案修正へ 自民農業者議員から異議 全農業者が異議申し立てを 時評日日 17年2月3日)。
こうした声を受け、会合は法案の了承を見送り、政府・与党は法案の「内容を修正する方向で検討に入った(競争力強化支援法案 農家努力義務 修正へ 自民から異論続出 日本農業新聞 2017年2月3日 1面)。ところが農水省、農業者の「努力義務」既定を残すことになおこだわっている。農業者等の努力義務を法律で定めることにより「経営者としての農業者のためにJAや全農などが改革に取り組み、それを促す」法的根拠が強化できるということらしい(「努力義務」で攻防 自民不要、農水は固執 日本農業新聞 2017年2月4日 3面)。
農業者をまるで「国家公務員」のように扱おうというこの馬鹿馬鹿しい話にこれ以上付き合おうとは思わない。ただ、「農業競争力強化」にかかわる論議の中でこんな馬鹿馬鹿しい話がどうして生まれるかという本質的問題には触れておきたい。問題は、法案が専ら農業の「価格競争力」を念頭においていることだ。「品質競争力」は全く念頭に置かれていない。だからこそ、 「生産資材業界の再編、法制度、規制等の見直し」による「良質かつ低廉な農業資材の供給」と、「流通加工業界の再編、 法制度、規制等の見直し」による「「農産物流通等の合理化」による流通コストの引下げ 資材コストの引下げ」(だけ)が問題になり(農業競争力強化支援法案(仮称)の骨子 農林水産省 2017年1月)、その文脈において農業者の「努力義務」も問題になるわけだ。
ところで、農業の価格競争力の圧倒的規定要因は天賦の土地の広さであり、わが国農産物の「価格競争力」は規模をどんなに拡大し・農業資材の調達価格をどんなに引き下げたところでとても米・豪などに及ばないことは、これまでにも再三再四述べてきた(肥料・農薬価格引き下げはTPP対策にならない 本格化する政府・自民党の農業・農村潰し,16.9.5;農業成長産業化という妄想――「安倍農政」が「ヨーロッパ型」農業から学ぶべきこと 世界(岩波書店) 2016年9月号など)。
そんなことは意に介さず、小規模農家を保存する補助金をなくし・農地集積による規模拡大で農業競争力を強化することでTPPに備えよと論じてきたジャーナリストの中からも、「効率の向上には限度がある兼業農家にまで幅広く補助金をばらまく農政をあらため、担い手に支援を集中して生産効率を可能な限り高める。それでもおそらく、米国や豪州に効率で張り合うことは難しいかもしれない」と言う人も現れている(危うい幻想「日本のコメは世界一」 続「vs米国産」、おいしいのはどっち? 吉田忠則 日経ビジネス 2017年2月3日)。
しかも彼は、日本の米のカルローズ(カリフォルニア産ジャポニカ中粒種)に対する品質優位性も確かなものではなく、「世界の農業大国と比べて湿度の高い日本は、一般的に農薬の使用量が多い。病害虫のリスクがより高いからだ」、「国産だから安心」という漠然とした思い込みに安易に乗っかる危うさ」も指摘している。
日本農業の競争力、そもそも法案が定める「農業者の経営努力の義務付け」が問題になるようなベルでも次元でもないのだ。米、豪、南米などに比べた価格競争力が問題外であることはヨーロッパも同じである。フランス1999年農業基本法の制定に当たり、当時の農相・ルパンセックは、「欧州農業は最も競争力が強い世界の競争者と同じ価格で原料を世界市場に売りさばくことを唯一の目標として定めるならば、破滅への道を走ることになる。それはフランスの少なくとも三〇万の経営(当時のフランス農業経営のほぼ半分―農業情報研究所注)を破壊するような価格でのみ可能なことであり、それは誰も望んでいない。公権力の介入は、欧州、そして世界で商品化され得る高付加価値生産物の加工を助長するときにのみ意味を持つ」(方向転換目指すフランス農政―新農業基本法制定に向けて 北林寿信 レファレンス 1999年3月号 58頁)と述べた。
2000年に274億ユーロであったフランスの加工農産食料品輸出額は2010年に363億ユーロ、14年には433億ユーロとうなぎのぼりに増えている。非加工農産品輸出額は99億ユーロから147億ユーロに増えただけだ(http://agreste.agriculture.gouv.fr/IMG/pdf/Gaf16p114-119.pdf)。フランスは価格ではなく、品質(Signes de la qualité et de l'origine)にかけることで農産食料品輸出大国になったのである。「農業競争力強化支援法案」を議論にしている間にも、日本農業は破滅への道をひた走る。「価格競争力」に頼らなくても存続可能な小規模兼業農家や自給的・趣味的・生き甲斐農業さえも切り捨てることなく、競争力については「品質競争力」をこそ議論すべきである。品質競争力強化支援?有機・自然農業支援(注)、環境保全農業支援、保護地理表示産品奨励・・・、その方法はいくらでもあるだろう。 生産コスト削減=価格競争力の追求は農家にとって「経営努力」=労働だが、少しでもいいものを作る=品質の追求は生産者の本能であり、喜びでもある。
その上、価格競争力=効率ばかりの追求には「意外な落とし穴もある。山奥の管理できない水源地を外国人に購入されたという話も聞いている。水という国民全体にとってかけがえのない資源は、中山間地域の地形の中で営まれてきた農業によって守られてきた面もある。その役割を少数の担い手だけに求めていくなら負担が重すぎる」(山本陽子=岡山県吉備中央町 有限会社吉備高原ファーム代表 「中山間地域の農業を守るには」 農業共済新聞 2017年1月周号)。農家に「経営努力」=生産コスト削減を迫ることは、国民に別の重いコストを負わせることになる。
(注)「担い手」ならきっとこう言うに違いないが。
「あのやりかたにゃかなりの長所があるよ。だけおれは大規模な有機農場なんて見たことがないな。あれをやっている連中は、多かれ少なかれ小規模経営だよ。国中を食わせるほどでっかい規模で有機農業が可能だとは思わないね。小さな有機農場はいっぱい見られるけどな。以前はトラックファーマーと呼ばれた連中さ。町までルートをつくって農産物を配達したり、そんなことをしてたんだ。できたものを直接家庭に小売するわけだ。大きな金儲けなんて全然無理だね、ほかのみんなとちょうど同じさ」(アメリカ・インディアナ州の農家 スタッズ・ターケル 中山容他訳 『仕事!』 晶文社 1983年 64頁)。かつて家で仕事を手伝っていたが今はバーデュー大学を卒業してジョージア州に住み、経営の勉強をしているその息子は、「農業をやるより、なにか別の仕事についたほうがもっと金が儲かるってこに気がついたんだな」(同 65-66頁)。
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