子どものあした 保育士の役割 東京新聞・連載
子どもの貧困が広がるなかで、保育所の役割はきわめて大きくなっている。東京新聞が「保育士の役割」についての3回連載。
保育士、介護士の処遇が低い背景には、「昔は家庭で女性が担っていた。誰でもできるもの」というジェンダーバイアスがあるのだと思う。
【<子どものあした 保育士の役割> (上)小さな命を守る重み 東京12/18】
【<子どものあした 保育士の役割> (中)見えにくい専門性を認めて 東京12/19】
【<子どものあした 保育士の役割> (下)貧困、虐待の最前線にも 東京12/20】
【<子どものあした 保育士の役割> (上)小さな命を守る重み 東京12/18】待機児童対策のため保育所を増やそうとしても、保育士が足りない。「子育て経験者なら誰でも代わりが務まるのではないか」という声が上がる一方で、保育の質を保つためには保育士の存在が欠かせないとの指摘もある。子どもを守り、育てる保育士の仕事の意義をあらためて考える。
午後七時。「終わったあ」。福岡市内の認可保育所で働く保育士の柳川紀久江さん(31)は、最後の子どもがお迎えの保護者と園舎を出て行くのを見送ると、心の中でほっと息をつく。「朝、預かった子どもをそのままの状態でお返しすることが保育士の最大の使命。子どもたちが園にいる間はずっと気持ちを張り詰めていますから」
受け持つのは、ゼロ歳児クラス。昼寝の時間は体調の急変や突然死のリスクが高く、最も気を使う。頻繁に呼吸を確認し、布団のずれを直しつつ、体にも触れて異常がないかをチェックして書類に記入する。交代で取る昼休みも「何かあれば飛んでいかなきゃ」と気が休まらない。幼稚園との大きな違いは、保育所がゼロ、一、二歳の小さな子どもたちが育つ場であることだ。体調の急変や感染症も多い低年齢児の保育には、知識に裏付けされた経験が求められる。
東京都板橋区の認可保育所「わかたけ保育園」では、ゼロ歳児は五分おきにうつぶせ寝になっていないかなどをチェックする。せきが出ている子は少し頭を高くしてあげたりする配慮も。主任保育士の山本厚子さん(52)は「単に五分ごとの作業としてするのであれば、誰でもできるかもしれない。ふだんから子どもを観察し、表情や顔色、体感などの変化に気付くのは、保育士の専門職としての役割なんです」と話す。三歳未満の子どもは生まれた月による成長の個人差も大きく、お昼寝だけでなく、一人ひとりに合った保育内容と発達の細かな記録が求められる。
柳川さんの園でも、月ごとや週ごとの目標に加え、毎日の保育目標を立て、その日の生活や遊び、食事などの様子を個別に記録していく。記録は、次の年の担任保育士に引き継ぐ重要な情報だ。
だが、そんな保育士の役割が、社会に伝わっていないのではないか-。数年前まで都内の認可保育所で働いた柳川さんは、政府が「待機児童ゼロ」の目標を掲げ、保育施設の増設が加速する一方で、現場にいる自分たちが置き去りにされているような気持ちを味わってきた。「仕事の意味を見つめ直したい」といったん現場を離れた。
今春から、保育士を目指して大学で学んだ福岡で再び、子どもたちと向き合う。「命を長時間預かっていることの重みが、保育士資格の重み」と柳川さん。しかし、責任に見合わない低賃金や子育てと両立しにくい長時間労働などから現場を離れた「潜在保育士」は多い。「資格を持っている人は多いのになぜ働かないのか。そこに目を向けてほしい」と訴える。
【<子どものあした 保育士の役割> (中)見えにくい専門性を認めて 東京12/19】東京都大田区の認可保育所「多摩川保育園」の庭にあるサクラが今春も美しく咲いた。「お花の下でなにか食べたい!」。子どもたちの声を受けて、保育士の田中里佳さん(31)は数日後、給食のチキンライスをおにぎりにしてもらい、サクラの下でみんなで食べた。「もっとサクラの花びらとか葉っぱで遊びたい」。さらに声が上がった。
ある女の子が「サクラのお茶を飲んでみたい」と提案。サクラの塩漬けを作ることに。花は散ってしまったが、クラスをサクラで飾り付けて、塩漬けを入れたお茶を飲む会を開くことが決まった。子どもたちは衣装も作り、田中さんが和菓子の紹介をして、お茶に合わせた和菓子も用意することになった。
お茶会の日、田中さんは「みんなで時間をかけて一生懸命やったからこの会ができたね」と語りかけた。引っ込みがちだった子が調べたことをみんなの前で発表して自信を付けたり、クラスに落ち着きが出てきたりするうれしい変化があった。「プロセスを大切にするので地味で見えにくいが、自ら探求していく力を身に付けるという子どもの育ちに、手を貸すことができたのではないか」
同園は、三、四、五歳児を一つのグループにする異年齢保育を実施。保育室はいくつかのコーナーに仕切られ、子どもたちがその日遊びたいところで遊びたいおもちゃを使って遊ぶ。全員に一斉に同じことをさせることはない。「自分で選び、夢中になれる環境が、子どもたちの主体性を育む」と主任保育士の佐伯絵美さん(37)。その時々の子どもたちの興味、関心を注視しながら、保育室に置くおもちゃや本、素材などを変えていくのが重要な仕事だ。
その子が今どんなことに興味を持って楽しんでいるのか、この遊びを通してどんな力が育っているのか…。子どもを観察する目を深めることに役立っているのが、子どものつぶやきや会話、表情、行動などを写真と文章で記録する「ドキュメンテーション」といわれる書類だ。「これがなければ、けがなく一日が終わればいい、というだけになってしまうかも。大事な瞬間を記録していくことで、子どもをみる視点が深まっていく」と佐伯さんは言う。
保育士や幼稚園教諭としての勤務経験もある日本女子体育大の天野珠路(たまじ)准教授(保育学)は、「子どもの根源的な欲求を大事にして、遊びに昇華したり表現活動につなげていく環境をつくるのが保育。学校に入ったらできない乳幼児期だからこその教育が大切だ」と指摘。「それを担う保育士や幼稚園教諭など『子どもの専門職』の重要性を社会がもっと認識すべきだ」と話す。
【<子どものあした 保育士の役割> (下)貧困、虐待の最前線にも 東京12/20】「保育園にすぐ連れてきてほしい。育ててあげられるのに…」。埼玉県内の認可保育所で保育補助の仕事をする三十代の女性が、保育士資格を取ろうと思ったきっかけは、子どもの虐待の話題が出た時、園の保育士がこうつぶやいたのを聞いたことだった。
イライラして部屋の中にいられない子は、親が離婚するかでもめていた。ただのわがままではなく、家で自分が抱えたストレスを発散していた。どんな家庭環境にあっても、園にいる間は安心して楽しい時間を過ごさせたいという保育士たちに出会い、その仕事の重みを感じた。でも保育士の手が足りない。「資格を持った保育士を増やさないと。私にも何かできるんじゃないか」。保育士資格試験を受けたいと思っている。
東京都板橋区の保育園で保育補助をする矢寺渚(なぎさ)さん(26)も、保育士を目指して勉強中だ。補助に入っていた矢寺さんが友達をたたいた子どもを注意しようとした時、保育士が「この子はお母さんがしばらく入院中。今は不安で感情的になっちゃうから」と助言してくれた。「いつもとは違う対応が必要だった」。子どもが置かれた状況を把握しながら向き合う姿に専門職の意義を感じている。
非正規雇用の広がりや一人親家庭の増加、子どもの貧困、虐待などが社会問題となる中、保育園はそうした子どもたちを支える最前線にもなっている。
三年前まで川崎市の認可保育所で働いていた鈴木弓さん(32)は、「子育てが大変そうだなという家庭の場合、とにかく園とつながっていてほしい」と考えてきた。「毎日来てくれれば給食は食べさせられるし、体調などの変化にも気づくことができる」休日保育を利用していた男の子が「お風呂に入っていない」と気付いた時には、園で特別にシャワーを浴びさせたりもした。「そういう判断ができるのが保育士だと思います」
成長発達に遅れがあったり、障害があったりする子が、保育園で育つ良さも実感してきた。「お母さんが孤立しないし、保育士に相談もしてもらえる」
仕事に充実感を感じていた鈴木さんだが職場を辞めたのは、多忙な勤務と自分の子どもを育てることを両立できない、と感じたからだ。クラス便りなど、持ち帰る仕事が多く、家でも休まらなかった。
仕事を辞めると、希望していた妊娠もかない、今は二歳の長男を育てる。「子育てを経験する保育士が保育をする良さもある」と思うが、早朝や遅い時間帯の勤務もしていた以前の状況を考えると難しい、と感じる。「就学前の子育ての重要性や、保育士の重責を知っているからこそ、現場には戻れないと思う人が多いのでは」 (この連載は、小林由比、増井のぞみが担当しました)
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