人の不幸を踏み台する、負の効果もたらすカジノ産業
昨日の社説で「人の不幸を踏み台にするのか」と書いた読売。1ヶ月前の「深読み」では「カジノ幻想」などの著作のある鳥畑与一。静岡大学人文社会科学部教授の解説を配信している。
そもそも新たな価値を生まず、所得の移転、しかも胴元が必ず勝つという不平等の拡大である、という原理的なことから、“米国では「地域経済を衰退させる良い方法? それはカジノを建設することさ」(アトランティック誌、2014年8月7日)”と言われる実態、立地環境悪い日本では国内客に依存することになり、「負の効果」の大きくなる、など解説。
「地道な日本文化の観光資源化が花開いている今、なぜ危険性の高いカジノ依存の観光産業が必要なのだろうか。ギャンブル大国化の弊害を検証することが、まずは政治の責任と考える。」と結んでいる。
【「巨大カジノ」で日本経済は本当に良くなるのか? 読売11/7】
【カジノ法案審議 人の不幸を踏み台にするのか 読売社説12/2】
【「巨大カジノ」で日本経済は本当に良くなるのか? 読売11/7】静岡大学人文社会科学部教授 鳥畑与一
カジノやホテル、商業施設などによる「統合型リゾート」(IR)を推進するため超党派議連がまとめた「カジノ解禁法案」が注目されている。政府も2020年東京オリンピック・パラリンピックを見据えて、カジノを成長戦略の目玉と位置づけてきた経緯がある。巨額マネーによる観光振興をアピールする推進派に対し、反対派はギャンブル依存症や治安悪化を懸念する。ただ、推進派が掲げる経済効果を疑問視する声は小さくない。『カジノ幻想』などの著作がある静岡大学人文社会科学部の鳥畑与一教授に解説してもらった。
■競争力強化の期待を背負う「IR」
2010年、シンガポールで2つの統合型リゾートが開業し、観光収入と観光客数が増大して以降、わが国でも国際観光の起爆剤として、カジノ解禁論が活発化している。東京・江東区の湾岸地区で巨大ホテルや国際展示場などとともにカジノを建設する「お台場カジノ構想」もその一つだ。
ホテルや会議施設と一緒に、商業施設、娯楽施設など様々な観光資源を一つの地域で提供するIRこそが、国際観光の競争力強化に不可欠であり、魅力あるIRにするには、高い収益力を持つカジノは欠かせないという主張である。
彼らが言うには、カジノが生み出す利益により、税金を投入することなく巨大施設を提供し、雇用・消費創出などの経済効果をもたらすことができるし、ゲーム税などの税収で文化財保護、文化芸術振興などへの補助も可能になるという。厳しいギャンブル依存症防止策と、法令に基づいた「責任あるギャンブル」の徹底により、依存症などの“負のコスト”を最小化するだけでなく、依存症の治療にも手厚い支援が可能になるという。■夢破れた米国のカジノ街
たしかに、シンガポールでは観光客が増加し、観光収入が増大した。税収や雇用も増大し、シンガポール経済に大きく貢献したように見える。新しく創設されたカジノ規制庁(CRA)や国家問題ギャンブリング評議会(NCPG)などのギャンブル依存症対策は有効に機能し、ギャンブル依存症率は大きく減少しているように見える。
しかし、カジノ大国の米国では事情が異なる。カジノによる繁栄の象徴であったアトランティックシティ(ニュージャージー州)が、カジノ収益の半減により、12あったカジノのうち、5つが閉鎖し、市経済が破綻に瀕している。ミシシッピ州の貧しい街がカジノで再生し、「チュニカの奇跡」と称賛されたカジノ街・チュニカも同様である。
米国では「地域経済を衰退させる良い方法? それはカジノを建設することさ」(アトランティック誌、2014年8月7日)と言われるほどである。カジノを合法化している英国でも、IR型カジノの建設は地域経済へのプラスの貢献が不透明という理由から認めていない。この落差は、なぜ生まれるのだろうか?
秘密は、カジノのビジネス・モデルそのものにある。そもそも、巨大なIRを動かす「収益エンジン」の燃料=カネはどこからくるのか? カジノ合法化で毎年400億ドルの収益が生まれているという香港投資銀行リポートのイラストのように「天からカネが降ってくる」のだろうか?
この点について、ノーベル経済学賞受賞者のポール・サミュエルソンは『経済学』で、「新たな価値を産み出さない無益な貨幣の移転」でしかないと書いている。偶然性に賭けて掛け金を取り合うギャンブル(賭博)は、ポケットからポケットへのマネーの移転というゼロサム行為である。掛け金を得た側の懐は豊かになるが、その代償として負けた側の懐は貧しくなる。
サミュエルソンは、ビジネスとして行われるギャンブルは企業側が必ず勝つ仕組みであることから、所得の不平等を拡大していくこともギャンブルの本質であるとも指摘する。カジノの収益は、消費行為における所得(購買力)の移転でしかなく、カジノ収益の増大は、顧客の他の消費支出減少というカニバリゼーション(共食い)をもたらすのである。■立地環境が悪い日本の場合は?
そうすると、カジノが経済活性化に貢献するかどうかは、その地域の外から、どれだけ顧客を獲得できるかにかかっていることになる。この「観光目的地効果」(デスティネーション効果)」を発揮するうえで、シンガポールやマカオは極めて恵まれた立地環境にある。中国など近隣諸国の顧客が日帰りも含めてアクセスしやすく、富裕層がカジノを通じてマネーを洗浄し、国外に持ち出すのに最適なオフショア金融市場を利用しやすい。
国外から顧客が大挙して来訪すれば、巨額のマネーが地元経済に落ちる。マカオとシンガポールでカジノを経営するラスベガス・サンズは、過去5年間で約134億ドルの利益を株主にもたらし、約200億ドルの税(ゲーム税と所得税)を納めた。ただし、その収益の大半は中国富裕層の負け金である。中国の習近平政権の腐敗取り締まり強化でマカオのカジノ収益は急減するなど、ビジネス・モデルのもろさを露呈しているのであるが――。
では、日本でのカジノ市場の展望はどうだろう? 海外金融機関の分析やカジノ企業トップの発言などから見えてくるのは、海外客より日本人客をターゲットにせざるを得ない事情である。国際観光の目玉として国際競争力のあるIR構想を強調するが、巨額投資と運営費を賄うためには海外客からの収益だけでは間に合わない。韓国のように、基本的にカジノを外国人専用とすることはできないのである。
ゴールドマン・サックスの推計でも、海外からのアクセスに有利な東京・大阪でさえ、客の7割は国内客である。海外からのアクセスに不利な地方都市なら、余計に国内客に依存すると見込まれる。アジアのカジノ市場は今や飽和状態に突入しているので、状況はますます厳しさを増している。
急激に市場縮小に見舞われているマカオでさえ新たなIRが誕生し、韓国では冬季オリンピックを見越して、インチョン空港周辺や済州島でIRが建設中である。なかでも、マレーシアの複合企業ゲンティン・グループによる「リゾート・ワールド・チェジュ」は、シンガポールの「リゾート・ワールド・セントーサ」と同様に、テーマパークや巨大ショッピングモール、展示・会議施設等を備えた大型IRである。
フィリピンも含めて、アジアのカジノ市場はIR建設ラッシュである。最後発でスタートすることになる日本のIRに、アジアの富裕ギャンブラーは殺到するだろうか? 海外のカジノ企業は、大事な収益源であるVIP客を日本に回すようなことをするだろうか?■国内マネー「共食い」の恐怖
さらに、懸念されることがある。IRの収益エンジンであるカジノが燃料源を国内マネーに求めた場合、カジノの「負の効果」が「正の効果」を上回ることになるだろう。
第1に、国内でのカニバリゼーションの発生である。カジノ誘致に成功した都市と、周辺都市の間に格差が生じる。やがて、誘致した都市の中で、IRと非関連施設の間に格差が生じる。IRのビジネス・モデルのエッセンスは、カジノの儲けで他部門を支えることにある。関連するホテルやレストラン、ショッピング、アトラクションの料金は割り引かれ、既存の地元ホテルやレストラン、商店は不公平な価格競争を強いられることになる。
第2は、カジノ依存の経済財政構造が形成されることで、その地域の健全で自立的な経済発展の芽が摘まれてしまう。地方自治体財政のカジノ依存は、住民の健康と暮らしを守るべき自治体が、ギャンブルが拡大するほど税収が確保できるという矛盾した構造を抱え込むことになる。IR以外の地元経済の衰退は、IRがこければ地域がこけるという、いびつなカジノ依存の経済構造を作ってしまう。
第3に、ギャンブル依存症拡大の社会的コストの負担が地域経済にとりわけ集中する。ギャンブル依存症の発症率は、ギャンブルの頻度や密度、賭け金額などの脳への刺激の大きさ、継続時間等に大きな影響を受けるとされる。それは、カジノ周辺の住民が依存症になる危険性が高いことを意味する。
第4に、外国資本のカジノ企業が参入した場合、日本そのものが食われる側に立つことになる。世界最大のカジノ企業「ラスベガス・サンズ」は高収益の株主還元を誇るが、それは日本からのマネーの流出になる。■国内客を規制したシンガポール
ところで、このようなギャンブル依存症の負の効果=社会的コストは、「責任あるギャンブル」といった対策で最小化できるのだろうか? 成功例としては、依存症率を減少させたシンガポールの事例がしばしば引き合いに出される。
シンガポール政府によるカジノ・ギャンブル対策の特徴は、カジノでのギャンブルの自由を認めながらも、自国民をカジノに行くことを徹底的に規制する点である。国内でのカジノ宣伝の禁止、送迎サービスの禁止、入場料の徴収に始まって、生活援助などを受けている低所得者層の入場禁止措置などである。
その結果、今年9月時点で外国人労働者約25万人を含む約32万人が、カジノへの入場禁止対象となっている。シンガポールの人口が554万人(2015年6月)であることを考えると、いかに強い規制であるかが分かるだろう。
その結果、カジノ入場料徴収額は導入当時の2.2億ドルから2016年には1.5億ドルへ大きく減少している。国家問題ギャンブリング評議会の調査でも、サンプル調査回答者におけるカジノ参加率は激減している。
一方、韓国では、カジノによるギャンブル依存症が社会問題になっている。唯一、自国民が利用できるのが、炭鉱廃坑後の地域振興策として建設された江原道のカジノだ。カジノ収益でスキー場などのリゾート施設を建設し、地域振興を図ろうとしたが、十分な成果は上がっていない。
地域の風紀は乱れ、破産して自殺に追い込まれる人が相次いだため、当局は依存症対策として入場時間や入場回数を制限するなどの規制強化に乗り出したものの、深刻な人口流出が続く。今では推進派も「失敗事例」と認めざるを得ない状況である。
シンガポールの依存症対策の効果の最大要因は、カジノに行かせない規制の成功であると言えるが、問題はこのような規制が日本で可能かという話である。
今年、訪日外国人旅行者が、当初の2020年の目標値であった2000万人を超え、観光消費額も4兆円に迫っている。地道な日本文化の観光資源化が花開いている今、なぜ危険性の高いカジノ依存の観光産業が必要なのだろうか。ギャンブル大国化の弊害を検証することが、まずは政治の責任と考える。
【カジノ法案審議 人の不幸を踏み台にするのか 読売社説12/2】 カジノの合法化は、多くの重大な副作用が指摘されている。十分な審議もせずに採決するのは、国会の責任放棄だ。 統合型リゾート(IR)の整備を推進する法案(カジノ解禁法案)が、衆院内閣委員会で審議入りした。 法案は議員提案で、カジノ、ホテル、商業施設などが一体となったIRを促進するものだ。政府に推進本部を設置し、1年をめどに実施法を制定するという。 自民党や日本維新の会が今国会で法案を成立させるため、2日の委員会採決を求めていることには驚かされる。審議入りからわずか2日であり、公明、民進両党は慎重な審議を主張している。 法案は2013年12月に提出され、14年11月の衆院解散で廃案になった。15年4月に再提出された後、審議されない状況が続いてきた。自民党などは、今国会を逃すと成立が大幅に遅れかねない、というが、あまりに乱暴である。自民党は、観光や地域経済の振興といったカジノ解禁の効用を強調している。しかし、海外でも、カジノが一時的なブームに終わったり、周辺の商業が衰退したりするなど、地域振興策としては失敗した例が少なくない。
そもそもカジノは、賭博客の負け分が収益の柱となる。ギャンブルにはまった人や外国人観光客らの“散財”に期待し、他人の不幸や不運を踏み台にするような成長戦略は極めて不健全である。
さらに問題なのは、自民党などがカジノの様々な「負の側面」に目をつぶり、その具体的な対策を政府に丸投げしていることだ。
公明党は国会審議で、様々な問題点を列挙した。ギャンブル依存症の増加や、マネーロンダリング(資金洗浄)の恐れ、暴力団の関与、地域の風俗環境・治安の悪化、青少年への悪影響などだ。
いずれも深刻な課題であり、多角的な検討が求められよう。
だが、法案は、日本人の入場制限などについて「必要な措置を講ずる」と記述しているだけだ。提案者の自民党議員も、依存症問題について「総合的に対策を講じるべきだ」と答弁するにとどめた。あまりに安易な対応である。
カジノは、競馬など公営ギャンブルより賭け金が高額になりがちとされる。客が借金を負って犯罪に走り、家族が崩壊するといった悲惨な例も生もう。こうした社会的コストは軽視できない。
与野党がカジノの弊害について正面から議論すれば、法案を慎重に審議せざるを得ないだろう。
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