非正規雇用の正規化――賃金アップと長時間労働是正で、経済の好循環を 三菱UFJシンクタンク
なかなか面白い三菱UFJリサーチ&コンサルティングの経済レポート「企業が儲かれば賃金は増えるのか?」。
●状況/GDPベースの国民所得がピークである1997 年度と2014 年度を比較
国民所得は17.8 兆円減少。賃金・俸給は28.5 兆円減少、企業所得+15.8 兆円と増加
「日本経済が低迷する中、企業は人件費を抑制することで、自らの利益水準を高めてきたと」「企業が人件費を抑制する方法として用いてきたのが、非正規雇用の活用である」と分析。
●影響/「マクロベースで見ると、企業による人件費の抑制が行きすぎた結果、日本経済の低迷以上に雇用者全体の所得を低下させ、それにより消費が抑制され、さらに日本経済を低迷させるという悪循環を作りだす一因になってきた」
●どうすれば賃金があがるかも提案している。
①正規への置き換え推進として、同一労働同一賃金、正規の長時間労働の是正を提案。企業のコストが増えることに「そもそも企業の利益水準は十分高く、そろそろ労働者に還元してもいいのではないか」と指摘。
②他産業に比べて賃金が低い医療・福祉分野では、国が定めている報酬や配置基準の見直し。
上記にプラスして、労働力の急迫販売を防ぐための失業保険や医療、介護、子育て〔教育費含む〕、年金、住宅など社会保障の充実がセットですすむ必要がある。ここの企業が支払う「直接賃金」とともに、税金・保険料などの再分配による「間接賃金」の充実が求められる。
【レポート】から(2)なぜ所得水準が下がっているのか?
各種データ部分は略
「賃金水準がここまで低下してきた理由の1 つとして、日本経済の長期的な低迷が挙げられる。実際、名目賃金、実質賃金ともにピークを打ったのは1997 年であるが、この年は名目GDPがピークを打った年でもある。そこで、GDPベースの国民所得(要素費用表示) 7について、ピークである1997 年度と直近の2014 年度を比較すると、国民所得は17.8 兆円減少していることが分かる
(図表11)。ただし、雇用者報酬は-26.5 兆円、賃金・俸給だけに限ると-28.5 兆円と減少している一方、企業所得は+15.8 兆円と増加している。これに関して、財務省「法人企業統計調査」を見ると、足元で企業の労働分配率は過去最低水準となっており、ピーク時からは10%ポイントほど、1997 年と比べると5%ポイントほど低下している。つまり、日本経済が低迷する中、企業は人件費を抑制することで、自らの利益水準を高めてきたと考えられる(図表12)。」
「企業が人件費を抑制する方法として用いてきたのが、非正規雇用の活用である」「企業は正社員や非正規雇用者の賃金の低下は最小限に抑えながら、正社員を非正規雇用者に置き換えることで、全体の人件費を抑制してきたと言える。」
「こうした企業の行動は、それ単独で見れば、決して問題視されるようなものではない。しかし、マクロベースで見ると、企業による人件費の抑制が行きすぎた結果、日本経済の低迷以上に雇用者全体の所得を低下させ、それにより消費が抑制され、さらに日本経済を低迷させるという悪循環を作りだす一因になってきたと言える。」
(3)どうすれば賃金は上がるのか?こうした経済の悪循環に歯止めをかけ、好循環に転換することなしに、日本経済の復活はありえない。
政府は財政政策や金融政策によって企業活動を促し、企業業績を改善ささせることで賃金を上昇させ、個人消費を増やし、それによって企業活動がさらに活発になるというシナリオを思い描くが、思った通りに事が運んでいるとは言い難い。ここ数年、確かに企業業績は良くなり、賃金は多少なりとも上昇しているが、非正規雇用者の割合は高止まりし、労働分配率は低下している。こうした中で人々は賃金上昇の恩恵を十分に実感できず、個人消費は伸び悩み、国内景気は力強さを欠いている。
こうした現状を変えるには、賃金水準を上げていくしかない。それではどうすれば賃金は増えるのだろうか。そもそも賃金は需要と供給の関係によって決まるものである。そのため、まずは市場メカニズムに任せるというのが本来の姿だろう。実際、足元では完全失業率が3.0%前後まで低下するなど労働需給はタイト化しており、そうした中で今後は賃金にも一層の上昇圧力が加わっていくと考えられる
もっとも、それでも賃金水準が十分に回復していかないのであれば、それは今の市場メカニズムの限界ということになる。そのときには、政府が主導権を握って、賃金を増やしていくしかない。
その際、考えられる方法としては以下の2 つが挙げられる。
1 つは、マクロ的に実質的な所得の底上げを図るという方法である。具体的には、消費税や所得税の減税などが挙げられる。しかし、財源としては減税分を国債発行で補う形になることから、財政の一段の悪化は避けられず、実行は容易ではない。
もう1 つは、ミクロ的な政策、つまりは法律や制度の変更を通じて、各々の企業が賃上げや非正規雇用の正社員への転換を行わざるを得ない環境を作り出していくという方法である。具体的にはまず最低賃金の引き上げが挙げられる。実際、すでに政府は労働者の賃金水準の向上に力を入れ始めており、10 月には最低賃金が引き上げられた(図表16)。政府は毎年3%程度の引き上げを目指しており、このままのペースで引き上げが行われれば2023 年度に最低賃金は1000 円に達する見込みである。ただし、必要なのは非正規雇用の賃金を正社員と遜色ない程度まで引き上げて行くことであり、正社員の時給が2000 円程度である現状を踏まえると、最低賃金1000 円でもまだ十分とは言えない。そこから非正規雇用の賃金をさらに引き上げていくには、同一労働同一賃金の実現などの抜本的な改革も不可欠になってくるだろう。
また、同一労働同一賃金が徹底されれば、正規、非正規という雇用形態は大きな意味を持たなくなるとみられるが、そうなるまで当面の間は、非正規雇用の正社員への転換を促すことも重要な施策である。総務省「労働力調査」によると、正社員の仕事が無いため仕方なく非正規雇用として働いている、いわゆる不本意非正規と呼ばれる人々は2015 年時点で315 万人に上る。政府はキャリアアップ助成金を創設し、企業に非正規雇用の正社員への転用を促しているが、今後、こうした取り組みの一層の強化が期待される。
また、非正規雇用として働く人々の中にも、正社員の労働時間の長さなどを嫌気して非正規にとどまっている人も多いとみられる。正社員の長時間労働を前提とした働き方を見直し、仕事と家庭生活との両立を図れるような環境を作っていければ、非正規から正社員への転換を求める人々が増える可能性がある。フレックスタイム制の導入促進や、在宅勤務の拡大といった働き方の柔軟化だけでなく、残業時間の規制強化なども検討が求められる。企業としては正社員への転用促進はコスト増加につながるが、そもそも企業の利益水準は十分高く、そろそろ労働者に還元してもいいのではないだろうか。ただし、不況期において逆に企業が過度な人件費を負担することになる恐れもあることから、同時に解雇規制の緩和なども検討の余地があるだろう。
加えて、医療や福祉などの様に、報酬体系が国によって定められており、市場の価格メカニズムが十分に働いていない産業もある。こうした産業では、需要の増加が売上や利益の増加、賃金の上昇につながりにくく、賃金水準は他の産業と比べて低い傾向がある(図表17)。こうした中で政府は特に賃金水準の低い保育士や介護士の給与を引き上げるための助成金を支出することを決定したが、そもそも診療報酬や介護報酬、保育士の配置基準などの見直しを含めた総合的な検証も同時に必要になってくるかもしれない。
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