モースル奪回間近:緊迫化するトルコとイランの代理戦争
解放よりも解放後どうするか、が明確でないため6月のファッルージャ奪回から足踏みをしてきた。
解放後は、人民動員機構の後ろ盾のイランと、北部スンナ派の後ろ盾のトルコの間の対立、という、代理戦争状態という構造が露骨に浮かび上がってくるからだ。という。
それは宗派だけでなく、オスマントルコの歴史など大国意識と結びつき、中東の冷戦が加熱していく懸念がある、という。酒井浩子氏のコラム。
モスル解放は、IS兵士の欧州などへの拡散の懸念もある。中東を泥沼化させたイラク戦争の罪はあまりに重い。
【モースル奪回間近:緊迫化するトルコとイランの代理戦争 酒井浩子 中東徒然日記 10/17】
【モースル奪回間近:緊迫化するトルコとイランの代理戦争 酒井浩子 中東徒然日記 10/17】<イラク軍による、ISISの拠点都市モースルの奪回作戦が始まった。その一方で、シーア派民兵を支援するイランと、北部スンニ派を支援するトルコとの代理戦争が過熱している>
イラク治安部隊によるモースルのISからの奪回作戦が、秒読み状態だ(*イラクのアバーディ首相は日本時間17日朝に作戦開始を発表)。
6月に西部のファッルージャをISから解放して以来、人民動員機構(シーア派民兵を中心としたイラク内務省管轄の治安部隊)などイラクの対IS部隊は、残されたIS占領地、モースルにすぐにでも向かおうと、意気軒高だった。実際早いうちから北進し、いつでもモースルは奪回できるのだけれど政治的に最も効果的なタイミングを見計らっているのだ、と言われていた。
米大統領選直前に「勝利宣言」を持っていけるように調整しているのだなどと、囁かれていたが、政治的タイミングもさることながら、解放した後をどうするかが決まらないうちは手が付けられない、という逡巡が大きい。
というのも、6月のファッルージャ奪回作戦では、シーア派色が前面に打ち出されたことで、スンナ派の住民に危機意識が募ったこと、周辺のアラブ・スンナ派諸国が激しく反対したことなど、宗派対立再燃が危惧されたからだ。そのため、奪回後のファッルージャからは大量の国内難民が出現した。
モースルもまた、ファッルージャ以上にスンナ派保守派の根強い土地柄である。アラブ・ナショナリズムの拠点のひとつでもあり、イランの支援を受けた人民動員機構が「解放」に来るのは、あまり望ましいことではない。
ニネヴェ県の元知事、アシール・ヌジャイフィーは、シーア派色の強い人民動員機構に頼らず、「国民動員機構(ISと戦う義勇軍を管理する組織)」を招集して、自らの手で解放する、と主張してきた。その国民動員機構を始めとして、モースルを地盤に持つ野党勢力が代わりに頼りにしてきたのが、隣国トルコだ。国民動員機構の軍事訓練を仰いだり、イラク政府に疎まれたスンナ派の政敵が亡命先とするなど、北部在住スンナ派アラブ人の逃げ場となってきた。
ここに、人民動員機構の後ろ盾のイランと、北部スンナ派の後ろ盾のトルコの間の対立、という、代理戦争状態が生れる。モースルをISから解放したらその後どうするか、という問題が熾烈になるのは、イラン対トルコという構造が露骨に浮かび上がってくるからだ。
10月1日、トルコ議会はIS対策のために派遣しているトルコ軍のバッシーカ(モースル北東)駐留について、1年間延長することを決定したが、そこにはモースル奪還にトルコが主導権を取ろうとの意図が見え見えである。
イラク政府は当然これに猛反対、内政干渉だとしてアラブ連盟や国連に訴えた。だがトルコのエルドアン首相はイラクのアバーディ首相に対して、「自力で国土を奪回できない連中は黙ってろ」とばかりの強気の発言。さらに物議をかもして、一気に両国の緊張が高まっている。
そのようななかで12日、アーシューラーの祭礼が行われた。アーシューラーとは、680年、シーア派の三代目イマーム・フサインがスンナ派のウマイヤ朝軍に包囲され、無残な死を遂げたことを悼むシーア派独特の宗教儀礼で、その痛みと怨みを語り継ぐためにシーア派信徒は、自らの体を傷つけたり追悼詩劇を演じたりする。
そのような故事来歴をもつ儀礼なので、スンナ派のISやトルコ軍がモースルを狙う現状に照らし合わせて、儀礼は政治化しがちになる。サドル潮流の元民兵組織の長、カイス・ハズアリは、アーシューラー期間中、「モースルを奪回することは、イマーム・フサイン殉教に対する報復だ」と述べた。
【参考記事】民族消滅に近づくイラクの少数派
ファッルージャ奪回以来、対IS戦争は、ますます宗派的色彩を強めているのだ。宗派的背景だけではない。イランとトルコという二大大国が背負う、歴史的記憶が全面的に押し出される展開となっている。
典型的なのが、8月末にシリアで行われたトルコ軍による軍事作戦だ。シリア北部、トルコ国境の町ジャラブラスをISから奪回するために、トルコ軍が中心に軍事作戦を展開したのだが、その作戦開始日8月24日は、1516年の「マルジュダービクの戦い」の歴史的日付と合致している。マルジュダービクの戦いは、オスマン帝国軍がダービク(ISのオンライン機関誌の名前にもなっている)という街を占領し、以降シリアを帝国支配下にいれたという歴史の分岐点ともいえる戦いだ。オスマン帝国史的には、「オスマン帝国が以降400年間シリアの安定をもたらした」戦いと位置付けられている。
トルコが歴史を振りかざす論調は、今に始まったことではない。昨年3月にイラクのティクリートがISから解放された時点でも、トルコ紙では「オスマン帝国の領土にイランが進出している!」といった記事が躍った。ティクリート奪還の中心となった人民動員機構が、イランの、特にイスラーム革命防衛隊が手ほどきした集団だったからだ。
ISがイラクに支配を広げ、異教徒視されたシーア派住民が決死の覚悟で対IS部隊を組織化した2年前は、「シーア派イランの野望」にアラブ諸国はピリピリした。今、イランの勢力拡大に刺激を受けたトルコが、これまた大国の歴史的栄光を背景に、シリアとイラクへと進出している。南のイエメンではイラン対サウディアラビアの代理戦争、北のイラクとシリアではイラン対トルコの代理戦争と、中東の冷戦はますます過熱化していくのか。
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