災害列島にもとめられる農業~TPPに「強い農業」の対極
北海道、岩手を直撃した台風。農業被害も甚大だ。熊本地震、鬼怒川決壊、・・・まさに災害列島である。
災害に強く、国土保全に資する農業・農村政策が求められているのではないか。
農業情報研究所は、大規模化・効率化と輸出拡大を目指す「強い農業」作りは、災害に弱い農業をおしすすめているのではないか。フランスや欧州の教訓を例に、小規模経営や「アグロ・エコロジー」--土壌保全、飼料自給、輪作の多様化、諸生産のコンビネーション(農業-林業-牧畜)、資材投入の大きな削減、水使用の削減、省エネ、エネルギー生産とバイオマス活用などがテーマとなるその開発は、資材価格引き下げではなく資材利用の削減などによって生産費を減らす「低コスト」農業を追求――こそ大事ではないか、と述べている。
今国会で、安倍政権はTPP批准をめざす方針・・・ 多国籍企業の利益第一で、各国国民を犠牲にする協定であるが、こと農業にかぎれば、災害とあわさり、離農と農村崩壊が加速することは必至だろう。
【TPPに強い農業は災害に弱い農業 フランスの教訓4/2】
【低コスト目指すなら「アグロ・エコロジー」 「肥料・農薬価格引き下げはTPP対策にならない・・・」への補論 9/8】
【 肥料・農薬価格引き下げはTPP対策にならない 本格化する政府・自民党の農業・農村潰し9/5】
【TPPに強い農業は災害に弱い農業 フランスの教訓4/2】強い地震が相次ぐ熊本県で酪農に大きな被害が出ている。JA阿蘇管内の西原村では、倒れた牛舎からの牛の搬出が難航。さらに停電で数日搾乳できなかったため、乳房炎となる牛が相次ぎ、酪農家がようやく搾った生乳も廃棄せざるを得ない状況になっている。熊本県酪連などの迅速な対応で、止まっていた集乳は正常化しつつあるが、村内では今も生乳を出荷できない状態が続いている。
同村で搾乳牛27頭と育成牛21頭を飼養する斉藤実さん(62)は、「3日搾れず、8割の牛が乳房炎になってしまった。搾っても出荷できる状態ではない」と頭を抱える。村内では、牛舎が倒壊し、斉藤さんと似た状況の酪農家が多い。酪農協の組合長を務める山田政晴さん(66)は「自宅も倒れ、水不足も深刻。廃業するという声を押しとどめている状況だ」と嘆く。国の畜産クラスター事業で新たに牛舎を造っていたさなかに被害を受けた生産者もいるという。今日の日本農業新聞のトップニュースである。
牛 救出後に乳房炎多発 集乳再開も廃棄続く 早期支援求める 熊本地震で西原村 日本農業新聞 16.4.21これほどの大災害ではないが、近年、営農意欲がなくなったとか、今後どう生活を立てたら分らないと農家を嘆かせる農業災害のニュースが相次でいる。昨年9月の鬼怒川決壊で甚大な被害を受けた常総市ではトラクターやコンバインを損傷、農業をやめることを考える米農家も多い(「全滅だ」農家落胆 浸水の常総 コメ被害13億円 東京新聞 15.9.21)。2月に九州を襲った寒波と大雪は、日本一の生産量を誇る指宿市の空豆など豆類に甚大な被害をもたらし、「このままでは生活が成り立たない」と農家を嘆かせた(農作物に大被害 農家「生活成り立たない」 生産量日本一、指宿の空豆など豆類 /鹿児島 毎日新聞 16.2.2)。
こういうニュースの接するたびに、今の農業はTTPばかりか災害にも弱くなっているのではないか、実はTPPに強い農業は災害には弱いのではないかと考える。思い出すのは、1970年代後半、フランスを襲った戦後空前の「農業危機」だ。オイルショック(1974年)を契機に始まり、途中何度もの気象災害を受けながら1980年まで続いたこの危機の期間、農業所得(実質)はほとんど連年減少した。農業経営収支は大赤字、多くの農家が離農を迫られた。この危機をもたらしたのは石油・エネルギー危機や気象災害といった例外的・偶発的事象のようにもみえた。しかし、研究者による詳細な分析は、危機はフランスが戦後追求してきた労働生産性を引き上げ・ひたすら生産と輸出の増大を目指す「集約化」、「専門化」、「機械化」=「規模拡大」に基づく「近代的農業」の必然的帰結だと結論した。
この近代化過程において推進された機械化、化学化(化学肥料・農薬の利用)、改良動植物種の利用、人口授精の普及、購入飼料の利用、生産環境の人工化(排水・灌漑:温室・非土地利用型畜産)などの技術革新に支えられた労働とエコシステム(自然資源・土地)の資本への置き換え、「集約化」(土地・労働の集約的利用)、地力維持や病害虫防除のために、あるいは経営内資源の相互補完的利用のために不可欠であった多作物栽培(ポリクルチュール)-養畜のシステムの放逐と標準化された技術で単一の作目を大量生産する「専門化」(モノカルチャー化)、「規模の経済」(機械等の効率的利用)を享受するための「経営の拡大・集中」(わが国で言う「農地集積」)が、この農業をこれら偶発的事象に弱く(脆く)させたというのである。
60年代、農業者は生産額のおよそ3割を工業製品(購入飼料・肥料・農薬・石油製品等生産資材)の購入、固定・流動資本に充てていたが、70年代末にはこの比率は60%、すなわち投入を増やしてもそれに応じて収獲が増えない(収獲逓増法則が働かない)域に達する。このような多額の購入資器材投入のための費用と多額の資本費用(特に土地)が経営所得を圧迫、さらに加工・流通・販売など農外産業への依存の深まりが農業に帰属する付加価値部分を減らした。ヨーグルトの消費者価格のうち牛乳の費用は7%、パスタ製品の場合の硬質小麦の費用は5%にすぎなかった*。
こうして平年は均衡している経営収支も、価格変動(オイルショックによる生産資材値上がりや加工流通産業の買いたたき)や不測の気象があればたちまち崩れ、経営再生産がリスクに瀕することになったのである。気象災害に対しては、気象変化に強い作物を育てる有機物豊かな土作りや危険分散によって被害の軽減にも貢献していた多作物栽培-養畜のシステムを専門化が放逐した。70年末480億フランだった負債総額は75年920億フラン、78年1256億フランとうなぎのぼり、農業純所得は298億フラン、428億フラン、496億フランと増えただけだった。
*小稿 EU共通農業政策(CAP)の改革とフランス農業の対応―「生産主義」克服の視点から 『レファレンス』 1996年2月号 12頁
このような教訓に鑑みれば、農地集積や畜産クラスター事業などTPPをテコに専ら大規模化・効率化と輸出拡大を目指す「強い農業」作りに邁進している安部政府、災害にますます弱くなる農業作りに邁進しているのではないか。何よりも、TPP自体が大災害だ。農政がそのようなものである限り、農家自ら災害に強い農業と農業経営の構築に努めねばならない。専門化ではない、稲作を中心とする多作物栽培と畜産の(搾乳機も要らない)中小規模複合経営が理想となるだろう。それでは所得が足りない経営は、ブランド品生産、有機農業などの高付加価値農業、あるいは自家加工・直接販売・民宿・レストラン経営、さらには兼業などの所得補完活動に取り組めばいい(フランスの山地農業経営に関するいくつかのデータ 日本農業新聞の小文への補足)。背伸びした大規模経営は怪我のもとである。
現に私は、請け負った他家の分を含めて6〜7㌶の田を耕し(数キロ先まで分散した田をこれ以上引き受けるのは効率からして無理である)、民宿を営み、出来た自家・民宿用を除く米は都会から来る民宿客などに直接販売(直送)、自宅回りで野菜類を栽培・山菜・きのこを採り・加工・熊撃ちも含む狩猟もし(これらも自家と民宿で利用)、数十羽の地鶏も放し飼いする山里の農家を知っている。親子三代、底抜けに明るい一家である。経済的にも頑丈、災害にも強いこういう農家こそ理想と思う。
参照:季節の便り2014年10月16日:2015年7月7日ただし、東日本大震災の大津波や今の熊本大地震のような大災害には、いかなる農業モデルも通用しない。それについては、ただ原発停止を望むのみである。この農家も、福島原発事故による放射能汚染で熊肉(熊汁)今年春まで客に振る舞えなくなったことには顔を曇らせるほかなかった(クマ肉出荷を県内一部解禁・小国 マタギ文化継承に安堵 山形新聞 16.3.18)。
【低コスト目指すなら「アグロ・エコロジー」 「肥料・農薬価格引き下げはTPP対策にならない・・・」への補論 9/8】先日(9月5日)、肥料・農薬価格引き下げはTPP対策にならない 本格化する政府・自民党の農業・農村潰しと書いた。その趣旨は、肥料・農薬価格の引き下げではTPPによって国内市場に溢れ出るであろう外国農産物に対抗できるほどの生産コスト引き下げは到底無理ということであった。
そこで言い忘れたことがある。低コストで、外国産品に負けない競争力を持つ農業を本当に築こうというなら、その見本はフランスをはじめとするヨーロッパ諸国にある。「アグロ・エコロジー」である。日本は、なぜその道を追求しないのか、ということである。
フランスにおける「アグロ・エコロジー」開発についてはこのHPでも何度か伝えたが、例えば「土壌保全、飼料自給、輪作の多様化、諸生産のコンビネーション(農業-林業-牧畜)、資材投入の大きな削減、水使用の削減、省エネ、エネルギー生産とバイオマス活用などがテーマ」となるその開発は、資材価格引き下げではなく資材利用の削減などによって生産費を減らす「低コスト」農業を追求しようとするものだ(フランス 「アグロ・エコロジー」普及を担う「「経済・環境利益集団」(GIEE)設立へ,13.5.17)。これも先に紹介した欧州議会の研究(小規模経営の方が持続的で農業成長に寄与 ヨーロッパ農業モデルに関する欧州議会の研究,16.6.26)も、EUには「集約化」、「専門化」(モノカルチャー化)」、「機械化」、「大規模化」という古典的戦略と異なる新たな戦略を採用した様々なスタイルの中小規模家族農業(21世紀の「ヨーロッパ農業モデル」)が現れ、持続しているとした上で、そういう農業の代表例の一つとして「アグロ・エコロジー」を取り上げている。
この研究は、アグロ・エコロジーは、「農場内の自然資源を最大限に活用することで肥料・農薬などの生産資材の外部依存を減らし、同時に環境保全にも貢献する“低コスト”農業である」と明言する。研究のアグロ・エコロジーに関する部分(31頁)を引用すれば次の通りだ。「アグロ・エコロジーとは、農場内資源の一部をなす自然資源に可能な限り依拠することを目指す戦略を表す。これは、生産資材・要素の外部依存度を減らす助けになる。それは内部資源改良と新たな可能性探究に関わる今進行中(未完)の過程である。それは、低コスト農業の強力な普及戦略ともなるだろう。
それは農場間、農業者と研究機関の間の知識の交換に根を持つ。最近、フランスは、アグロ・エコロジーを積極的に支援する政策の開発と実施を決めた。フランスだけでなく、西欧EU加盟国全体に、新しいアグロ・エコロジーのやり方を実験している農業者グループ・団体がある。この流れを生み出した大きな要因は、金融・経済・環境の危機である」EU域内の食料消費は構造的減少が始まっている。グローバル化で農産物価格は低迷、スーパーの買いたたきで生産費も償えない。環境破壊的農業への市民の批判も高まるばかりだ。大量の購入資器材に依存する集約的(工場畜産)・専門的・機械化大規模農業経営は、もはや成り立たない。 アグロ・エコロジーの発想はそこから生まれた。その産品は通常産品より高く売れるだろう。
「将来の農業のモデルの一つを提供することになるかもしれない農家=農学者の農場がヴァンデ県にある。ここには、えんどう豆、大麦、小麦、青刈り空豆、トウモロコシ、ナタネ、えんばく、ソルゴー、牧草、小さな木立ち、ポプラなど29種もの作物がモザイク状に並び育つ。蜜蜂の巣箱もあり、雌牛や若鶏もいる。この組み合わせはでたらめではない。例えば、エンドウ豆は大麦が必要とする窒素を固定する。病気に弱い大麦は、病原体が畑に入るのを妨げる別の種に混じって育つことで病害を免れる。この農場は1990年代にアグロ・エコロジーに転換した。これは生態系のサービスを利用するやり方で、「自然と戦うのではなく、折り合う」のだという。経営面では、トウモロコシや小麦のような穀物に関するかぎり、収量は通常の農業に比べていくぶん劣る。ただし、収量減は品質の良さで補償される。種子、飼料、肥料、農薬は一切購入しない。これで生産費が減り、19人がこの農場で働くことを可能にする収益が出る。
木や糞尿を播くことが土壌生産性の基盤である土壌微生物の発達を促し、土壌の耕耘も減る。圃場の周りの生垣が殺虫剤の代わりとなる天敵昆虫を育てる」(フランス 「農業未来法」制定を準備 農業生産と生態系の対立を克服する農業・環境プロジェクトが柱,13.5.13)。
これは日本が追求すべき農業モデルともなり得るだろう(多様な”スタイル”で発展 EUの中小規模農業 日本農業新聞 16.8.5 第2面 万象点描)。今時、大規模化と生産資器材価格削減で、その豊かな土地資源の故に競争力世界一の国々(オーストラリア、ニュージーランド、アメリカ)とも対抗できる「強い農業」 をと叫ぶ国がある。最近見つかったという地球に似た星にある国だろうか。
なお、前記肥料・農薬価格引き下げはTPP対策にならない・・・で言及したカリフォルニア中粒種米、飼料用米への転換で国産主食用米の価格が最近少しばかり上向くと、たちまち輸入米売買同時入札における落札量がと2年7カ月ぶりの高水準になった(輸入米、落札1万トンを超す 国産高値で外食採用も 日本経済新聞 16.9.8→第1回輸入米に係るSBSの結果の概要(28年9月7日) 農水省)。「コメ卸各社には大手外食産業から輸入米調達に関する相談が持ち込まれている」という。業務用米のニーズ拡大に対応して比較的安価な多収性品種への転換を図る一部大規模農家もカリフォルニア米にはかなわないということだ。それでも日本経済新聞によると、小泉「改革を貫徹できるかどうか。安倍政権が進める成長戦略の成否を大きく左右する」のだそうである(小泉氏vs全農「秋の陣」 農業改革の議論再開 日本経済新聞 16.9.7)。アホノミクス万歳!大した「経済」紙である。
【 肥料・農薬価格引き下げはTPP対策にならない 本格化する政府・自民党の農業・農村潰し9/5】より「 肥料・農薬費は全生産費の12%(全国・都府県平均)から15%(15㌶以上作付層)を占めるにすぎず、その価格引き下げによる生産費引き下げ効果が大したものでないことは一目瞭然である。仮に肥料・農薬費が半減したとしても、生産費引き下げ効果は6、7%にとどまる。)
「生産費を大きく左右するのは、利用可能な土地面積で大きく変わる労働費、農機具費、賃借料である。中山間地が多い都府県と北海道、あるいはごく少数の最大規模層との大きな差がそのことを示唆している。そして、その後者の生産費さえ、TPPで輸入が増え・国産主食用米と競合する米国産米の輸出価格の3倍にもなる。」
「TPP対策としての資材価格引き下げなど、まさしく焼石に水である。TPPを迎え撃つための国際競争力強化は絵空事にすぎない。こんな単純明快な事実も見過ごし、資材価格引き下げを「新農政」の切り札のように言い募る小泉進次郎、農業経済学の素養を全く持たないこんな男に農政をリードする資格はない。大事なことは、農産物価格のとめどもない下落を防ぐことであり、そのために生産者の協同(組織)による価格交渉力を強化することである。日本稲作のこれ以上の衰微、従って農村・地方の衰退をとめるには農協潰しとTPPを阻止するしかないのである。「攻めの農業」で輸出が増える?それ以上に輸入が増える!」
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