原子力損害賠償制度~無限責任維持、製造者責任の除外廃止を 日弁連
原子力損害賠償制度のあり方についての日弁連の意見書。
電力会社側が、賠償責任に上限を設けることを要望している。すでに賠償・除染で13兆円を超え、廃炉費用は10-20兆円に上ると見られている。
賠償に上限を設けるとともに、メーカーには責任がいかない仕組みは維持しようとしている。一方で、廃炉費用は、小売自由化のもと送電網利用料に上乗せして原発由来でない電力料金に含ませようとしている。国民に転嫁させ、自らの利益のみを確保。自ら責任をともれない事業は撤退するしかない。
【原子力損害賠償制度の在り方に関する意見書 日弁連 2016/8/18】第1 意見の趣旨
1 原子力損害の賠償に関する法律の第1条(目的)から「原子力事業の健全な発達に資すること」を削除すべきである。
2 原子力事業者の無過失無限賠償責任はこれを維持し,有限責任に変更すべきではない。また,原子炉等の製造業者に対する製造物責任法の適用を除外した第4条第3項は廃止すべきである。
3 原子力事業者による損害賠償の実施に困難がある場合においては,原子力損害の賠償に関する法律第16条(国の措置)において,国は,原子力事故の収束,被害者に対する損害賠償の立替払等,緊急の対応を行うことができること,及びこれらにかかる費用を原子力事業者に求償することができることを明記すべきである。
4 原子力事故による損害賠償額が原子力事業者の支払い能力を超える場合において,原子力損害賠償・廃炉等支援機構法を活用するほか,原子力事業者の法的整理を必要とする場合に備えて,原子力事故被害者の損害の完全・優先弁済,原子力事故の収束・廃炉にかかる作業の確保等を含む新たな制度を整備すべきである。
第2 意見の理由
1 原子力損害賠償制度見直し議論の経緯と基本的な考え方
(1) 福島第一原発事故によって広範な地域が膨大な放射性物質に汚染され,被害は現在も拡大し続け,被害額は既に13兆円を超え,健康被害の発生・拡大も懸念されている。ひとたび事故が発生した場合,その損害が莫大なものになること,被害者には予防可能性がないことが,原発事故の本質である。
1961年に制定された原子力損害の賠償に関する法律(以下「原賠法」という。)は,原子力事業者の無過失・無限責任(第3条第1項本文),原子力事業者への責任集中原則(第4条第1項),保険契約の締結義務(第6条以下,ただし1200億円にとどまる。),政府の援助(第16条第1項)及び異常に巨大な天災による場合の原子力事業者の免責と政府の措置(第17条)の4点を特色としている。
福島第一原発事故の損害賠償は,原子力損害賠償・廃炉等支援機構法(以下「支援機構法」という。)が制定され,東京電力ホールディングス株式会社(以下「東京電力」という。)が無過失・無限責任を負い,政府が東京電力に融資を行うという枠組みで実施されている。(2) 支援機構法に定められた附則第6条に基づき,原子力損害賠償制度の見直しに関して,2015年5月21日,原子力委員会に原子力損害賠償制度専門部会(以下「専門部会」という。)が設置され,これまで合計11回の会合が重ねられている。
これまでの審議において,原子力損害賠償制度の基本的枠組について,被害者に対する適切な賠償と国民負担の最小化の観点から,原子力事業者の無過失責任が維持されるべきであること,迅速かつ適切な被害者救済をはかるために,福島第一原発事故による損害賠償の経験を踏まえて,ADR手続や仮払いなどを制度化することなどが示されている。当連合会も,「基本的人権の擁護」の観点から,こうした被害者に対する迅速かつ適切な賠償とそれを実現するための制度の拡充をはかることには賛成である。
他方,原賠法第1条の目的規定における「原子力事業の健全な発達」の維持及び,原子力事業者の責任を一定限度に制限し,それを超える損害については国が負担すべきであるとする,いわゆる原子力事業者の有限責任論が,一部の委員から主張され,争点となっている。原子力メーカー等の製造物責任を排除する責任集中原則(第4条)の見直しを企図した議論はみられない。
有限責任の論拠に,原子力事業の維持継続が国策であることが挙げられているが,国は原子力事業者に危険を発生することまで容認して事業の維持継続を推奨しているわけではない。また,2014年に閣議決定されたエネルギー基本計画で原子力を重要なベースロード電源と位置付けたものの,電源構成における原発依存度については,政策の方向性として「可能な限り低減させる」とされており,国民世論も多数が原子力からの脱却を求め,再稼働にも反対している。原発の利用を止めていく方向であれば,原子力損害賠償制度の在り方の議論は根本的に異なってくる。当連合会は,かねてより,できる限り速やかに,全ての原発を廃止することを求めてきたところであるが,原子力損害賠償制度の見直しの議論を通じて,あらためて原発を維持することについても見直すべきであると考える。
その上で,これまでの専門部会での議論における主要な論点について,以下に当連合会の考え方を述べる。2 原賠法の目的から「原子力事業の健全な発達」を削除し,「被害者の保護」のみとすべきである。
原賠法には目的として,「被害者の保護」とあわせて,「原子力事業の健全な発達」が掲げられている。1961年(昭和36年)の法制定時においては,日本の原子力発電事業はまだ立ち上げの黎明期にあり,原子力発電事業を保護・育成して推進するとの当時の政策が反映されたものである。
しかしながら,制定から半世紀余りを経て,20の原子力発電事業所に計54基の発電用原子力炉が建設され,世界に輸出が企画されている今日にあっては,原子力発電事業は成熟産業というべきである。そもそも,原賠法は原子力事故による損害の賠償に関する法律である。事業の「健全な発達」は事業活動に普遍的課題であり,損害の完全賠償がその前提である。
しかるに,専門部会における議論の中では,原賠法の目的に,「被害者の保護」と並んで「原子力事業の健全な発達」が掲げられていることが有限責任論の論拠の一つとされている。原賠法の適用場面において「被害者の保護」に欠けることのないよう,「原子力事業者の健全な発達」を削除し,法の目的を,もっぱら「被害者の保護」とすべきである。3 原子力事業者の無過失・無限責任を維持し,原子力機器の製造業者は製造物責任を負うとすべきである。
(1) 原子力事故は,一旦,発生すれば,広範な地域に,極めて長期にわたって甚大な被害をもたらすものである。原子力事業者は事故による損害賠償責任を第一義的に負う者であるが,被害者救済を事業者の故意過失の存否にかからしめることは救済を困難にするものであるから,現行原賠法において原子力事業者が無過失責任を負うとされてきたものである。専門部会におけるこれまでの議論においても,原子力事業者の無過失責任を維持することには異論はない。
他方,原子力事業者の無限賠償責任については,一部の委員から,これを有限責任に変更すべきとする意見が強く出されている。
しかしながら,そもそも不法行為法制においては賠償責任には限定はない。また,損害賠償制度は被害回復と共に,事故の再発防止の機能をも有している。甚大な損害をもたらした福島第一原発事故を経験した我が国において,これらの観点から,原子力事業者の無限責任を改定すべき事情は全くない。
原子力事業は事業者の自主的な判断によって行われ,利益を得ているものであり,損失も当該事業者に帰属するのは当然である。原子力事故を起こさないために,原子力事業者が安全の確保に万全を期し,事故防止のための投資を怠らないことが,原子力事業を継続するために必須の要件である。しかし,原子力事業者らが求める賠償責任の有限化とは,過酷事故を招来しても破綻を回避できるよう,賠償責任限度をあらかじめ限定しておくというものである。かかる制度は,事業者の厳格なリスク評価と必要な安全対策への投資を怠らせ,原子力事業者のモラル・ハザードを招くおそれが懸念される。
この点で,原子力規制委員会による安全規制が行われていることを挙げて,事業者のモラル・ハザードの懸念はないとの指摘もなされているが,原子力規制委員会の現行の安全規制は不十分である上,安全規制の存否・内容が事業者の賠償責任の制限を根拠付けるものではない。一部の委員は,原子力には十分な安全規制をもってしても排除できない「残余のリスク」があるとして,賠償責任を制限すべきであるとも主張する。しかし,仮にそのようなリスクが残存するのであれば,それは賠償責任の制限の要否の問題ではなく,原子力の利用の可否の問題と言わざるを得ない。
有限責任化を求める主張においても,原子力事業者に故意又は過失がある場合には有限責任制度は適用されないとするものであるが,被害救済を事業者の故意過失に係らしめることは,被害者救済を困難にするものであって,原賠法制定当時から,原子力事故の賠償においてとりえないとされてきたことは既に指摘したところである。
ところで,一部の委員は,電力自由化の進展によって原子力事業も競争条件下におかれているとして,現行の支援機構法による原子力事業者の一般負担金制度は不合理であると主張する一方で,発災事業者については有限責任化が必要であると主張し,電力自由化の例外として原子力事業者の競争環境から保護を求めている。これは,原子力事業と他の産業との均衡を著しく損なうものであり,原子力事業に対する国民感情とも相いれない。
また,一部の委員は,長期エネルギー需給見通しにおいて,電源構成における原子力比率を20~22%とするとされたとして,その達成が国際公約であるとさえ述べている。ここにいう長期エネルギー需給見通しとは,経済産業省の2030年時点についての見通しに過ぎず,国として,原子力をこの水準で長期にわたって維持することが確定しているものでもない。当連合会がかねて指摘してきたように,かかる原子力比率をこそ見直すべきであり,その維持のために原子力事業者の賠償責任を限定するのは,本末転倒と言わねばならない。
さらに,専門部会では,原子力事業者の責任限度を超える損害の全てを国に賠償させるとし,いわば国に無限責任を負わせることとすることで,地域住民,国民の信頼感,安心感が増すといった意見も出されている。しかし,これは,被害者への適切な賠償を,国即ち国民の税による負担に委ね,原子力事業者は専ら,事業の維持,輸出を行えるようにするものであって,事業者の責任を国及び国民に転嫁するものに他ならない。
原子力発電はエネルギー基本計画において重要なベースロード電源として位置付けられたとして,その運営や事業資金の担い手を確保し,原子力事業者の損害賠償額の予見可能性を高め,適正な安全対策投資やリプレース投資によって原子力発電比率を維持し,更に世界に原子力事業を拡大していくために,有限責任化が必要との主張は,まさに,原子力事業の維持継続のためにその原子力事故被害者への賠償責任を制限することが必要と主張するものに他ならない。かかる有限責任論は,原子力事業に対する国民の不信を高めるだけである。(2) 現行法は,責任集中と称して,原子力事業者のみに責任を負わせ,原子力機器の製造業者との間での契約では当該機器の欠陥による製造物責任法の適用を除外している。
責任集中の制度は,被害者が請求の相手方を容易に知り得ることと,機器の製造業者が安定的に資材を提供できることを目的としたものとされる。しかしながら,機器の欠陥による事故に関する損害の賠償原資として,原子力事業者のみで十分ではなく,機器の欠陥による事故においてもその製造業者は経営破綻リスクを負わないとすることで,その事業者のモラル・ハザードを招く懸念がある。よって,機器の製造業者についても製造物責任法を適用すべきであり,原子力事業者への責任集中を定め,製造物責任法の適用を除外した原賠法第4条第1項及び同第3項の規定を改め,原賠法においても責任を負うとすべきである。4 国の責任
(1) 国家賠償法第1条による過失責任
国は,発電用原子炉施設の設置を許可し(原子炉等規制法第43条の3の6第1項第4号),原子力規制委員会は,同委員会規則で基準を定め,原子炉施設が設置許可基準や技術所の基準に適合しないと認めるときは,発電用原子炉設置者に対し,当該発電用原子炉施設の使用の停止,改造,修理又は移転,発電用原子炉の運転の方法の指定その他保安のために必要な措置を命ずることができる(同法第43条の3の23)。
原賠法第3条第1項の責任集中は被害者保護のために認められたものであり,国がこの規制権限を適切に行使しなかったために原子力損害が発生した場合に,国の国家賠償法上の責任を排除するものではないことは言うまでもない。
国の国家賠償法上の責任と原子力事業者の責任とは競合し,不真正連帯債務関係となる(最判平成16・10・15民集58巻7号1802頁等)。(2) 賠償措置額を超えた場合の原賠法第16条に基づく国の措置について
原子力事業者は原子力発電事業を行う義務を有しているものではなく,2014年の電気事業法の改正によって,発電事業者も経済産業大臣への届出によって事業を廃止・解散することができることとなった(第27条の29)。かかる事業について,国に規制権限が存することが,その権限不行使による国家賠償法の責任の他に,
国が事業者に代わって無過失無限の損害賠償責任を負うことにはなり得ない。
原子力損害は甚大であり,当該発災原子力事業者の資力では被害弁償を全うできない場合に備えて,事業者に損害賠償措置を講じさせるとともに,損害が措置額を超え,原子力事業者の負担能力を超えると認められる場合には,国は,原賠法第16条において,国家賠償法上の責任が認められない場合であっても,必要な援助を行うものとすると定めている。
無限責任を負う原子力事業者による損害賠償責任の履行に支障が生じたとき,被害者の損害賠償に欠けることがないよう,これまで少額に過ぎた賠償措置額を十分な措置額に引き上げるべきである。また,法第16条に定める援助の具体化として,国が発災原子力事業者に賠償原資を融資し,東京電力が損害賠償を行う仕組みとして制定された支援機構法の活用に加えて,緊急対応時に,国において被害者保護のために,損害の立替払いを行うことや,事故収束に直接的に関与することができ,原子力事業者にその費用を求償する仕組みを盛り込んでおく必要がある。5 原子力事業者の法的整理について
大規模な原子力事故が発生した場合,その損害賠償額は莫大になり原子力業者が損害賠償の原資を確保できなくなる事態も生じうる。福島第一原発事故においては,支援機構法によるスキームによって損害賠償が行われているが,同スキームは今後の事故についても概ね妥当する。
しかしながら,法的整理の適用が排除されるものではなく,その場合の被害者の保護が優先され,原子力事故の収束等の作業に支障が生じないよう,原子力事故を伴う法的手続を整備検討しておく必要がある。その場合,被害者救済のために原子力事故による損害賠償債権を優先させることが不可欠であり,社債権者等の主要なステークホールダーの債権放棄も必要である。
また,被害者の早期救済に欠けることがないよう,国による賠償金の仮払い等の救済と事後的な国からの求償の仕組み,事故の収束,除染等の作業を適切に遂行するために必要な対応措置等を盛り込んだ制度とすべきである。
再建型清算手続においても,原子力事故をもたらし膨大な債務を抱えた事業者を再建するための資金提供者を得ることは困難であるため,国の関与,すなわち税金を用いた資金投入(国の援助)が必要とならざるを得ないが,従来の株主を不当に利しないようにするとともに,国から当該事業者に対する求償権を確保した制度としておくことが必要である。
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