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相模原殺傷事件 「合理」的結論と向き合う~「個人の尊重」の徹底を

 憲法学者の木村草太氏が、この事件は、テロでもヘイトクライムでもない。国家や社会にとって有意義なものとそうでないものに分別し、後者を排除しようとする思想=優生学を想起する。優生学が厄介なのは、それが不合理な感情論ではなく、合理性を突き詰めた発想である点だ、と指摘する。
不合理な思想と切り捨てるのでなく、その結論と向き合うしかない、と強調する。社会、国家の足手まといだからと、誰か1人でも切り捨てを認めたならば、その切り捨ては際限なく拡大し、あらゆる人の生が危機にさらされてしまう。だから、ドイツでも日本でも戦後の憲法で、人間の尊厳、個人の尊重が規定された。
事件は「個人の尊重」を根付かせることに成功してない証であり、その定着にあらゆる努力を尽くさなくてはならない。
【木村草太の憲法の新手 /相模原殺傷事件 ナチスの「優生学」を連想 今こそ「個人の尊重」を 沖縄タイムス8/7】

 弱者を排除する、という思想は、ホモサピエンスの本質からも外れている。以前のブログと、有名な「Yahoo!知恵袋」の回答。
【ホモサピエンスと「自己責任」論2012/2】

【弱者を抹殺する。 不謹慎な質問ですが、疑問に・・・Yahoo!知恵袋】

【木村草太の憲法の新手 /相模原殺傷事件 ナチスの「優生学」を連想 今こそ「個人の尊重」を 沖縄タイムス8/7】

 相模原の知的障がい者施設で、19人もの入所者が殺害されるという、実に痛ましい事件が起きた。容疑者は、「ヒトラーの思想が降ってきた」などと話していたと言う。

 大量殺人と言えば、テロやヘイトクライムを思い浮かべるが、この事件は、そのいずれとも異なる。テロは、社会に恐怖を与えることで、人々を操作し、政治目的を達成しようとする、いわば大規模な脅迫だ。しかし、今回の容疑者は、政府に要求を突き付けているわけではなく、障がい者の殺害自体が目的であった。
 また、ヘイトクライムは、特定の人種や民族等に対する蔑視感情や憎悪に基づく犯罪だ。アメリカの黒人差別や同性愛差別などが典型とされる。今回の事件は、一見、障がい者差別に起因するようにも見える。しかし、容疑者の言動は、障がい者への差別や憎悪といった不合理な感情や衝動ではなく、一貫した論理に基づくもので、ヘイトクライムとも性質が違う。

 今回の事件から連想すべきは、多くのメディアが指摘するように、ナチスの優生学だろう。優生学とは、人間の生を、国家や社会にとって有意義なものとそうでないものに分別し、後者を排除しようとする思想だ。

 米本昌平氏が指摘したように、優生学が厄介なのは、それが不合理な感情論ではなく、合理性を突き詰めた発想である点だ。経済発展や軍事的勝利など、狭い視野に基づく目的を至上命題としたとき、「足手まとい」に見える生はいろいろある。ナチスは、障がい者を「国家の発展のために排除されるべき生」と位置づけ、虐殺したのだ。

 容疑者が精神疾患を患っていたため、措置入院の厳格化や施設の警備強化に注目が集まりがちだ。しかし、事件の背景には、優生学的な思想がある。この悲劇を二度と繰り返さないために、こうした思想にどう向き合っていくかが問われねばならない。

 優生学を克服するには、「そんな発想は不合理だ」と非難するのではなく、その合理性をさらに突き詰めた時の結論と向き合うしかない。

 障がい者を排除すれば、障がい者の支援に充てていた資源を、他の国家的な目標を実現するために使えるだろう。しかし、それを一度許せば、次は、「生産性が低い者」や「自立の気概が弱い者」が排除の対象になる。

 また、どんな人でも、社会全体と緊張関係のある価値や事情を持っているものだ。たばこを吸う人、政府を批判する人なども、社会の足手まといとみなされるだろう。国家の足手まといだからと、誰か1人でも切り捨てを認めたならば、その切り捨ては際限なく拡大し、あらゆる人の生が危機にさらされてしまう。

 だからこそ、「個人の尊重」という価値を、他のあらゆる国家的価値に優先させる必要がある。ドイツではナチスへの反省から、憲法(ボン基本法)の冒頭に、「人間の尊厳」が規定されるに至った。日本国憲法も、人権条項の中核として、第13条に「個人の尊重」がうたわれている。

 今回の事件は、私たちの社会が、「個人の尊重」という価値を根付かせることに失敗しているかもしれないことを示唆している。個人の尊重のために、あらゆる努力を尽くさなくてはならない。(首都大学東京教授、憲法学者)

ホモサピエンスと「自己責任」論 2012/2

 NHKスペシャル「ヒューマン なぜ人間になれたのか」
 考古学・人類学・動物学・脳科学・心理学の最新研究から「人間を人間たらしめているものは何か」をさぐり・・それは「協力する力」「助け合う力」にある、としている。
 「競争」「自己責任」を柱とする新自由主義は、そのホモサピエンスの本質と相容れないもの、と痛感した。
以下は「第一回放送」の概略

 その前に、今呼んでいる本の中で、吉野源三郎「君たちはどう生きるか」が取り上げられている。
 
 戦前、吉野は、人間関係を「人間分子的な関係」「物質分子的な関係」の二重の関係ととらえ、物質分子を人間分子に転換することを「一人前の人間」「お互いによい友達であるような世の中」と表現し「どう生きるか」を問いかけた。75年を経て、「今」の課題と、シンクロする内容である。

【ヒューマン なぜ人間になれたのか 第一回 概要】
◆10万年前の祖先の化粧、首飾り

・その目的は、血縁関係の近い仲間を大切にするためのもの。首飾りの風習は,今もアフリカのサン族に残る。
・厳しい自然環境の中で生き残るためには,少ない食料を分け合って仲間内で協力することが重要だった。

◆積極的には協力しないチンパンジー

・遺伝的には1%程度の相違しかないチンパンジー比べると人類の協力行動には明らかな差がある。
・人間だけにある能力,それは自発的協力。チンパンジーは,仲間が困っていても,直接的に要求されない限りは協力しない(京都大学の実験より)。

◆協力を生み出した「骨盤」の変化

・ヒトは二足歩行をするために骨盤が横長になり、産道が著しく狭くなった。第三者の介助が必要となる出産。小さいまま産まれ、誰かの介助(集団)がないと育つことができない。他者に協力的な人間ができあがった。

◆目の前の1万円を、見ず知らずの他人と分け合う

・目の前のお金を「好きなだけ取っていい」、条件は1つ「見ず知らずの相手がもう一人おり、その相手にはいくらあげるか」というもの。全部あげても、まったくあげなくてもよい。
・世界中で実施された実験で、あらゆる状況下の人々が「似たような行動」を取った。
  約半分弱を相手に渡す。日本人 自分56%、他人44%。ニューヨーク 自分53% 他人47%。
・それは、道義的というより、「生存に不可欠な要素」と考えられる。

◆気候変動、飢餓の中で身につけた「協力できる力」

・7万年前のスマトラ島トバ火山の大噴火により、地球の平均気温が12度低下。ヒトの祖先も絶滅の危機に。
・部族を超えた道具(黒曜石)のシェアリングが,この危機以降,認められるようになった。/黒曜石は,鋭い刃物替りの道具として重要なだけでなく,友好関係を示す贈り物としても知られている。
・部族を超えて助け合えたヒトだけが,結果的に生き残った。

◆「相手の気持ちを読む」という特異な能力

・脳卒中で脳の視覚野が損傷を受け全盲になった人(目から視覚信号は脳に入っている)。ヒトの顔写にはPositiveかNegativeと表情を言い当てることができる。
・ヒトの顔を見たときには、視覚信号が視覚野のみならず扁桃体にも送られ,喜怒哀楽を判断している。
・扁桃体。動物では危険を察知するなど命に関わることを判断する場所。ヒトはこの部分で表情を読み取っている。人類が長い歴史の中で大事に受け継いできた能力。アメリカ兵の行動は合理的である。

◆笑顔の力 イラク戦場での経験

・イラクの宗教的指導者に和解を求めるために来たアメリカ軍を民衆が指導者が殺されると勘違いして,一触即発の危機に。/米兵司令官は「Everybody,Smile!!」/笑顔を見て,敵意がないと理解し平和的な解決に。
・言葉も通じない他人同士が,笑顔で敵味方を悟るのも人間の特徴。

◆戦後にアメリカで示された論文(1952)

・「親のいない幼児」を育てる施設。91人の赤ちゃんのうち3人に1人以上(37%)が2歳まで死亡した。
・栄養と衛生環境は完璧。原因は「lack of all connect(つながり感の欠如)」。施設中では、幼児への「話しかけ」はほとんど行われておらず、「孤独」であった。
・人間は、「孤独」に耐え切れない。協力してしか生き抜くことができなかった人類の歴史の所産である。

 人の目の白目が他の動物、霊長類と比べて極端に発達しているのは、たとえば、赤ちゃんの「指差し」が示すようなコミュニケーション手段として役割を優先したからである。

【弱者を抹殺する。 不謹慎な質問ですが、疑問に・・・Yahoo!知恵袋】

■質問
弱者を抹殺する。
不謹慎な質問ですが、疑問に思ったのでお答え頂ければと思います。
自然界では弱肉強食という単語通り、弱い者が強い者に捕食される。
でも人間の社会では何故それが行われないのでしょうか?
文明が開かれた頃は、種族同士の争いが行われ、弱い者は殺されて行きました。

ですが、今日の社会では弱者を税金だのなんだので、生かしてます。
優れた遺伝子が生き残るのが自然の摂理ではないのですか。
今の人間社会は理に適ってないのではないでしょうか。

人権などの話を出すのは今回はお控え頂ければと思います。

■回答
え~っと、、、よくある勘違いなんですが、自然界は「弱肉強食」ではありません
弱いからといって喰われるとは限らないし、強いからといって食えるとも限りません
虎は兎より掛け値なしに強いですが、兎は世界中で繁栄し、虎は絶滅の危機に瀕しています
***
自然界の掟は、個体レベルでは「全肉全食」で、種レベルでは「適者生存」です
個体レベルでは、最終的に全ての個体が「喰われ」ます
全ての個体は、多少の寿命の差こそあれ、必ず死にます
個体間の寿命の違いは、自然界全体で観れば意味はありません
ある犬が2年生き、別の犬が10年生きたとしても、それはほとんど大した違いは無く、どっちでもいいことです

種レベルでは「適者生存」です
この言葉は誤解されて広まってますが、決して「弱肉強食」の意味ではありません
「強い者」が残るのではなく、「適した者」が残るんです
(「残る」という意味が、「個体が生き延びる」という意味で無く「遺伝子が次世代に受け継がれる」の意味であることに注意)

「適応」してさえいれば、強かろうが弱かろうが関係無いんです

そして「適者生存」の意味が、「個体が生き延びる」という意味で無く「遺伝子が次世代に受け継がれる」の意味である以上、ある特定の個体が外敵に喰われようがどうしようが関係ないんです

10年生き延びて子を1匹しか生まなかった個体と、1年しか生きられなかったが子を10匹生んだ個体とでは、後者の方がより「適者」として「生存」したことになります

「生存」が「子孫を残すこと」であり、「適応」の仕方が無数に可能性のあるものである以上、どのように「適応」するかはその生物の生存戦略次第ということになります

人間の生存戦略は、、、、「社会性」

生物それぞれに生存戦略がある。人間は「社会性」が戦略だという。

高度に機能的な社会を作り、その互助作用でもって個体を保護する
個別的には長期の生存が不可能な個体(=つまり、質問主さんがおっしゃる”弱者”です)も生き延びさせることで、子孫の繁栄の可能性を最大化する、、、、という戦略です

どれだけの個体が生き延びられるか、どの程度の”弱者”を生かすことが出来るかは、その社会の持つ力に比例します
人類は文明を発展させることで、前時代では生かすことが出来なかった個体も生かすことができるようになりました
生物の生存戦略としては大成功でしょう
(生物が子孫を増やすのは本源的なものであり、そのこと自体の価値を問うてもそれは無意味です。「こんなに数を増やす必要があるのか?」という疑問は、自然界に立脚して論ずる限り意味を成しません)

人間は、子孫の繁栄の可能性を最大化しているわけで、生存戦略として大成功している。

「優秀な遺伝子」ってものは無いんですよ

あるのは「ある特定の環境において、有効であるかもしれない遺伝子」です
遺伝子によって発現されるどういう”形質”が、どういう環境で生存に有利に働くかは計算不可能です

例えば、現代社会の人類にとって「障害」としかみなされない形質も、将来は「有効な形質」になってるかもしれません
だから、可能であるならばできる限り多くのパターンの「障害(=つまるところ形質的イレギュラーですが)」を抱えておく方が、生存戦略上の「保険」となるんです

遺伝子に優劣はなく、あるのは「ある特定の環境において、有効であるかもしれない遺伝子」。

(中略)
アマゾンのジャングルに一人で放置されて生き延びられる現代人はいませんね

ということは、「社会」というものが無い生の自然状態に置かれるなら、人間は全員「弱者」だということです
その「弱者」たちが集まって、出来るだけ多くの「弱者」を生かすようにしたのが人間の生存戦略なんです

だから社会科学では、「闘争」も「協働」も人間社会の構成要素だが、どちらがより「人間社会」の本質かといえば「協働」である、と答えるんです

「闘争」がどれほど活発化しようが、最後は「協働」しないと人間は生き延びられないからです
我々全員が「弱者」であり、「弱者」を生かすのがホモ・サピエンスの生存戦略だということです



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