中国と渡り合うフィリピン外交 さて日本はどうか?
元沖縄タイムス 屋良朝博氏の論考。反中国だったフィリピン前政権をついで誕生した「お騒がせ」のドゥテルテ大統領だが、前政権が提訴した仲裁裁判所の決定にこだわらず、二国間対話を通じた包括的な協力関係を模索している。
外交は強行ばかlりでいいわけがない。尖閣近くでの中国漁船の救助に日本の海上保安庁が活躍したことをとりあげ、「海洋の安全確保、救難救助の協力強化を呼びかけるチャンスだ」と安全保障の環境を好転させる機会にできないか、と問う。米軍は、きびしい主張とともに米中軍事交流は引き続き活発におこなっている。そこを見誤ってはならないと警告し、 「日本の政治がもっとしなやかに、そしてフィリピンのようにしたたかに振る舞えると国民は穏やかな心持ちになれる」と説く。
【中国と渡り合うフィリピン外交 孤立するのは日本? 屋良 朝博 8/14 沖縄タイムス】フィリピンと中国の関係修復に向けた動きから目が離せない。南シナ海の領海争いをめぐり、オランダ・ハーグの仲裁裁判所が中国の主張を完全否定する判決を出してほぼ一月が過ぎた。この間、フィリピンは中国側を厳しく非難することはせず、対話の道筋を探っている。間合いをはかりながらじっくり駒を進めているようだ。
フィリピンが動いたのは今月8日。ドゥテルテ大統領が対中交渉の特使として任命したラモス前大統領が香港を訪れ、中国要人と接触した。ラモス氏は香港空港でメディアを前に、「昔の友人と旧交を温めるために来た」と柔和な笑顔を見せていた。中国政府の報道官はラモス氏の訪問を歓迎する意向を示し、「南シナ海をめぐるフィリピンとの二国間交渉をスタートする最初の具体的な一歩となる。問題解決に向けた新たな章が始まる」と述べるなど、中国側も対話による解決を目指す考えをアピールした。
香港では中国の元外務次官、駐フィリピン中国大使を歴任した全国人民代表大会(全人代=国会)外事委員会の傅瑩主任と会談。主に海洋資源の保全や密輸防止など7項目について意見交換した。両国の共同発表によると、「会議出席者は個人の立場で話し合い、国際社会の普遍的な友情、平和に向けた関係強化を確認した」としている。南シナ海問題で冷え切った両国の信頼醸成に向けた歩み寄りを国際社会にアピールした。
会談で取り上げた他のトピックは、南シナ海での緊張回避、漁業振興の協力、観光分野における協力、貿易や投資の促進、麻薬対策などのほかに、政府間交渉とは別チャンネルで諸課題について話し合う有識者会議の設置などだった。ラモス氏は間もなく2回目の交渉がセットされるとの見通しを明らかにした。
ラモス元大統領は対話重視の対中政策を推進していたこともあり、南シナ海問題で中国との交渉に前向きなドゥテルテ大統領が白羽の矢を立てた。元軍人のラモス氏は88歳、安全保障にも長じたうってつけの“交渉人”として期待されている。
ドゥテルテ大統領は大統領選中には南シナ海で中国の人工島にジェットスキーで上陸する、と挑発的な発言を繰り返した。ところが今年6月30日に大統領に就任してからは態度を一変させ、領海問題で中国と和解に向けた交渉を進める意向を表明(7月17日)、フィリピン交通網整備に中国投資を呼び込む狙いを公言している。その具体的な一手がラモス特使の香港派遣だった。
南シナ海をめぐる問題はあくまでも当事国同士で話し合うべきだ、と主張する中国は仲裁裁判所の判決には従わない方針だ。中国が国際ルールに背を向け、出口の見えないまま軍事的緊張が高まり、問題が硬直化すると懸念された。中国にとっても外交的に苦しい状況だ。なので、ここにきてフィリピン新政権が対話路線に舵を切ったことは中国には渡りに船だろう。
南シナ海の問題は南沙諸島と呼ばれる小島、岩、環礁群を中国が一方的に軍事力で手中に収めたと思われがちだが、実際はそうじゃない。実効支配している島、岩、環礁の数はベトナムが20以上で最多、ついでフィリピン9、中国7、マレーシア5以上、台湾1というのが現状だ。文化大革命(1966~76年)など内政が揺れた中国は、南シナ海への進出が他国より大きく出遅れた。地下水が確保できるような比較的大きな島はすでに占有されており、どこも領有権を主張していない小さな岩、環礁を獲得した。確かにベトナムとの軍事衝突(1988年の南沙諸島海戦)で奪い取ったいくつかの岩礁はあるが、そこも満潮時には海面下に沈むような場所だった。
東南アジア諸国連合(ASEAN)は2002年に「南シナ海行動宣言」で南シナ海の現状維持を確認した。ところが関係国は実効支配する島、環礁での油田、天然ガス採掘を継続、建造物を増設、人を移住させるといった行動を続けた。中国は共同開発を呼びかけたものの、すでに設定された既得権を損なうことを懸念する関係国からそっぽを向かれた。中国が占有する7カ所で人工島建設に着手したのは2013年からだが、それが大規模で軍事利用が疑われるため、周辺諸国に不安が広がっている。
中国側にしてみれば、なぜ他国と同じことをやって中国ばかりが非難されるのだ、という不満を抱いているかもしれない。南シナ海すべてに中国の主権が及ぶという大風呂敷を広げてはいるが、外交的にも軍事的にもその主張に実効性を持たせる具体的な手段があるわけでもない。さらに昨年10月から米海軍が「自由の航行作戦」と銘打って、中国の人工島周辺を米艦船が航行するようになり、主権侵害だと反発を強めている。そんな情勢下で仲裁裁判所が中国の領有権を完全否定したのだから、メンツ丸つぶれで、挙げた拳を下ろす場所を見失った状態だろう。
米国や日本など第三者の介入を嫌う中国側にとっては、歩み寄ってきてくれたフィリピンとの交渉を成功させることで、「当事国間で交渉する」という従来方針の正当性を示しつつ、事態打開の糸口を探ることができる。遅れた社会資本整備に中国マネーを引き込みたいフィリピン。アジアの雄としてメンツを保ちたい中国。双方の利害が重なり合う。ラモス元大統領が香港に入った8日、在日米海軍第7艦隊(横須賀)に所属する巡航ミサイル駆逐艦「ベンフォルド」が中国の青島港に入った。定期的に行われている米中海軍の友好交流を目的とした寄港だ。岸壁では中国海軍のブラスバンドが歓迎した。約1週間の寄港中に乗組員は中国水兵らとスポーツイベントなどに興じた。こうした親善寄港は継続的に行われており、米海軍艦船の「航行の自由作戦」で緊張が高まっているかのように見えても、米中間の軍事外交は続けられている。
さて日本はどうか。
フィリピンを訪問した岸田外相は11日、ドゥテルテ大統領と会談し、仲裁裁判所の判決を踏まえて南シナ海問題で「法の支配」を中国に呼びかけようと連携強化を確認した。岸田外相の訪問は、南シナ海問題の裁判で勝訴したフィリピンとともに中国をけん制する狙いがある―と日本メディアは伝えている。岸田外相のフィリピン訪問に合わせて、政府はマニラの鉄道延長事業に24億ドルの長期貸付を発表した。さらにドゥテルテ大統領の地元ミンダナオでも鉄道整備事業を支援する意向も伝えられたが、これはすでに大統領が中国の支援を見込んでいることを公表している事業だ。フィリピンへの支援を中国と日本が取り合う格好になり、先鞭(せんべん)をつけた中国側を刺激することになりかねない。尖閣問題と南シナ海問題を結びつけて中国を出し抜いて、フィリピンを取り込む戦略に見えるのだが、そのような対決姿勢は果たして得策と言えるだろうか。フィリピンと中国の和解交渉に日本が横槍(やり)を入れているようにも見えてしまう。
そして尖閣周辺では、中国漁船団が休漁開けの8月に入って大挙押し寄せたのと同時に中国公船も帯同するように付近を航行、日本の海上保安庁の巡視船が警戒を続けている。南シナ海の問題に絡めて中国が対日圧力を強めているとの報道もある。岸田外相は程永華駐日大使を外務省に呼び、抗議した。会談後に程大使は「中国がエスカレートさせているという批判は当たらない」と記者団に主張。「当該海域は漁船の活動が増えていて、その関連の指導、事態が複雑化しないよう中国側が努力をしていることを理解してもらいたい」と語っている。
フィリピンで大統領と岸田外相の会談があり、香港で比中交渉が始まったその日、尖閣諸島の近くでギリシャ船籍の大型貨物船が中国漁船と衝突した。漁船は沈没、日本の海上保安庁の巡視船が漁船の乗組員6人を救助した。これに中国外務省は「協力と人道支援の精神に称賛の意を表する」との談話を発表した。中国内でも漁船沈没事故と海保の救出活動が報じられ、話題になったという。
安倍外交は中国に対し強硬姿勢ばかりでいいはずがない。240隻もの中国漁船を監視するなんて土台無理な話だ。漁船沈没事故を契機に海洋の安全確保、救難救助の協力強化を呼びかけるチャンスだ。日中の雪解けを演出する柔軟な外交ができれば、安倍首相が集団的自衛権行使や安保法制の理由にしてきた「安全保障環境」は大きく好転する。フィリピンが南シナ海問題で中国相手に和平交渉に挑もうとしている今だからこそ、国境問題の解決をさぐるヒントが見つかるかもしれない。
横須賀を母港とする米海軍の艦船は中国を頻繁に訪れ、軍事外交を展開している。そこから目を背け、在日米軍の抑止力を後ろ盾に尖閣問題で強気に出るようなら、情勢を見誤る。自主外交を放棄する愚行となりかねない。そして振り返れば日本ひとりが中国と対決するシナリオは、想像するだけで背筋が寒くなる。
これは沖縄の基地問題や憲法改正問題にも通底するが、日本の政治がもっとしなやかに、そしてフィリピンのようにしたたかに振る舞えると国民は穏やかな心持ちになれるのだが・・・。
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