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マイナス金利政策とアベノミクスの暴走 税経新報

 「税経新報3.4」 山田博文・群馬大学名誉教授の論考。
 メモ者は、アベノミクスは、国民から、大企業と金融機関への利益移転であり、政権維持と「改憲」のための条件づくりを自己目的にしたもの、と思っている。
リストラによる利益拡大、輸出数はふえないのに輸出代金の受け取り価格の膨張〔国内での利益移転〕、貯蓄利子低下の一方、国債、当座預金利子での利益確保、年金基金の株式投入・・・株価をつりあげて、国民に幻想を与えるもの。が、それもいよいよゆきづまりが明白になってきた。
【マイナス金利政策とアベノミクスの暴走  群馬大学名誉教授 山田博文 税経新報3.4】

【マイナス金利政策とアベノミクスの暴走  群馬大学名誉教授 山田博文 税経新報3.4】

 日本銀行は、1月29日の金融政策決定会合において、突然、金融の追加緩和措置として、マイナス金利政策を採用した。そもそも黒田東彦総裁は、1週間前の参議院決算委員会の答弁で、マイナス金利政策は考えていない、と答弁していた。

  採決は、賛成委員5名、反対委員4名と、前例のない僅差であった。それだけ効果が疑問視された決定ということになる。賛成委員は、黒田東彦総裁を含めて全員が安倍政権になってからの新委員であり、反対の委員は従来からの委員であった。

  このギリギリの採決の状況をみても、今回のマイナス金利政策の導入で、日銀が再び三たび危うい金融政策に踏み出したことをうかがい知る。

 実際のところ、今回のマイナス金利政策は株高・円安を狙ったはずなのに、わずか2週間で、株価は2500円も暴落し、円は10円も高くなり、狙いとは真逆の結果をもたらした。そのうえ、株価は激しく乱高下し、マイナス金利報道で預貯金をもつ国民の負担と動揺を引き起こし、グローバルな投機マネーに利殖のチャンスを与えている。アベノミクスの破綻と暴走が加速している。

1 マイナス金利政策の導入と暴走

●マイナス金利の導入

  マイナス金利とは何か、何がマイナスなのか。それは、預貯金を預けていると、通常であれば、利子収入が得られるのに、マイナス金利の場合、反対に預金者が銀行に利子を支払うことになる。言い換えれば手数料(預貯金の口座維持手数料)を支払わないと、預貯金をすることができないことを意味する。

  したがって、マイナス金利の導入は、本来であれば、預金者が損失を被るのを回避しようとして、預貯金が引き出され、株式などの他の金融商品市場や実体経済にマネーが向かい、景気が刺激され、物価も上昇基調に入るはずであった。

  黒田日銀総裁は、当日の記者会見の場で、マイナス金利に踏み切った理由を以下のように述べた。

  「本日の決定会合では、2%の「物価安定の目標」をできるだけ早期に 実現するため、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」を導入することを賛成多数で決定しました。これまでの「量」と「質」に「マイナス金利」という金利面での緩和オプションを追加し、いわば 3つの次元のすべてにおいて、追加緩和が可能なスキームとなります。」(日銀総裁記者会見2016.1.29より)

  日銀がマイナス金利に踏み切った理由は、アベノミクスの3本の矢の1つである超金融緩和政策をさらに強く推進し、当初もくろんだ2%の物価吊り上げのため、というわけである。
 日銀が採用したマイナス金利政策は、どこをターゲットにしているのかというと、民間銀行が日本銀行内に開設している民間銀行の当座預金(日銀当座預金という)に対してである。

 民間銀行の日銀当座預金は、2016年2月1日現在で260兆円に達している。日銀が民間銀行から年間80兆円を上回る国債の買いオペレーションによって供給されたマネーが、民間銀行の日銀当座預金として積み上がってきたためである。マイナス金利が適用されるのは、この民間銀行の日銀当座預金全体ではなく、そのごく一部に対してである。

 日銀は、民間銀行の日銀当座預金を3種類に区分し、 預金の預け入れを義務づけられている「準備預金」残高(マクロ加算残高)40兆円には0%の金利を適用し、 昨年1年間の日銀当座預金の平均残高から準備預金を差し引いた金額(基礎残高)210兆円にはプラス0.1%を適用し、そして これらの合計を上回る日銀当座預金の残高(政策金利残高)10兆円に対してだけマイナス0.1%の金利を適用する。

 したがって、マイナス金利は、民間銀行の日銀当座預金残高260兆円のうち、その10兆円に対してだけ適用される。民間銀行は2月16日から日銀に対して10兆円のマイナス0.1% の金利にあたる年間100億円の利子を日銀に支払うことになる。

●家計に転嫁されたリスク

 この点だけを取りあげて、今回のマイナス金利の導入は民間銀行の経営を圧迫する、と指摘するエコノミストがいるが、それは木を見て森を見ない議論である。

 というのも、そもそも民間銀行は自行の預金者に対しては、0.001%という雀の涙の超低金利に押し込めているのに、自分たちは日銀から0.1%という2桁も高い利子を受け取っているからである。2008年10月、日銀は民間銀行の日銀当座預金に対して、「資金供給の円滑化のための手段」として、0.1%の利子を支払い、経営を支援してきた。

 したがって、日銀当座預金の基礎残高210兆円には0.1%の利子が付けられているので、民間銀行は日銀から年間2100億円の利子を受け取っている。この基礎残高についてマイナス金利は適用されず、いままで通りのプラス0.1%の金利が適用される。この点について、黒田日銀総裁も、「ゼロあるいはプラス金利を適用することによって、金融機関収益を過度に圧迫し、かえって金融仲介機能を弱めることを防ぐことができます。」(日銀総裁記者会見2016.1.29より)と述べている。

 したがって、マイナス金利が民間銀行に適用されても、民間銀行は、日銀から支払われる年間2100億円の金利収入が100億円減るだけであって、以後も、差し引き2000億円の利子収入を日銀から受け取り続ける。

 アベノミクスの先兵の役割を担う黒田日銀は、「世界で一番、企業(金融機関を含む)が活躍しやすい国」づくりに貢献している。そのリスクを転嫁されるのは家計部門であり、いまでさえ異常に低い国民の預貯金金利がさらに引き下げられた。

 民間銀行が今回のマイナス金利の導入を受けて即座にやったことは、国民の預貯金金利をさらに引き下げたことである。三井住友銀行は、普通預金金利を0.02%から0.001%へ大幅に引き下げた。三菱東京UFJ 銀行、みずほ銀行を含む3メガバンクは、すでに定期預金金利を引き下げている。ゆうちょ銀行もこれらのメガバンクに同調している。

 家計部門の金融資産のうち銀行に預けられた各種の預貯金総額は、ほぼ800兆円に達するので、これを単純に普通預金と見なせば、銀行が家計に支払う金利が0.02%から0.001%へ大幅に引き下げられたことにより、家計部門が銀行から受け取る利子収入は年間で、800兆円× 0.02% -800兆円× 0.001%で、約15兆2000億円も減らされることになる。これに対して、住宅ローンの金利低下で家計が被る金利負担減(たとえば、住宅ローン残高約180兆円に対して0.2%の引き下げで、約3600億円の金利負担減)をはるかに上回っている。

  マイナス金利の導入が家計に与える影響は、預貯金金利の引き下げで利子収入が減るデメリットと住宅ローン金利の引き下げの金利負担減のメリットがあるので家計に対しては中立的である、といったメディアの議論は間違っている。利子収入の減額のデメリットは、約15兆2000億円に達するのに、住宅ローンの金利負担減のメリットは約3600億円にすぎず、差し引き14兆8400億円も家計の利子収入が減り、家計の所得が銀行に移転される現状を無視しているからである。

●破綻するアベノミクスとその役割

 周知のように、第2次安倍政権は、2013年4月以降、「異次元金融緩和政策」という歴史的にも例を見ない超金融緩和政策に踏み出し、この政権の3本の矢のなかの鏑矢として放ってきた。

 そのやり方は、民間銀行の保有する国債を日本銀行に大量に買い取らせて(国債買いオペレーションという)、民間銀行にその買取代金を供給(マネタリーベースの供給)し、それを自由に使わせる、というやり方である。

 政権の狙いは、日銀から提供されたダブダブのマネーが民間銀行を通じて実体経済界(企業・家計部門)に供給され(マネーストック・旧マネーサプライの供給)、景気を刺激し、物価を2%上昇させ、名目的な経済成長を達成するはず、というものだった。

 だが、この政権の狙いは見事に裏切られ、超金融緩和政策をもう3年間も続けているのに、景気は回復しない、物価も上がらない(これは家計にとってはよいこと、但し円安になり輸入ルートの食料品価格は上昇)、経済成長どころか、一時的にマイナス成長にすら陥った。アベノミクスの破綻が誰の目にも明らかになった。

その理由は明白である。

 第1に、金融緩和政策だけによって景気を回復させたり、一般物価を上げたりすることは不可能である。それは、すでに1999年のゼロ金利政策の採用でも、2001年の量的金融緩和政策のもとでも、一般物価は上昇しなかったし、景気も回復しなかったことで実証されている。

 物価の下落(いわゆる「デフレ不況」)がつづいているのは、金融政策に原因があるのではなく、継続して賃金が削減され、しかも企業のリストラや低所得の非正規雇用が拡大されたので、国民の購買力が低下し、消費が萎縮し、日本経済が深刻な消費不況に陥っているためである。

 第2に、アベノミクスの理論的な根拠は、間違っており、金融政策の限界について正確な認識がされていないことである。

 景気回復につながるマネーストック(かつてのマネーサプライ)が増大するのは、企業や家計部門が景気の先行きに期待し、自ら進んで銀行からマネーを借りようとする場合だけ、増大する。これは銀行の貸出金の増大となって現れる。つまり、マネーストックの動向は、銀行サイドが決定するのではなく、企業や家計などの実体経済サイドが決定するからである。

 いわば、水場(銀行内部に溢れるダブダブのマネーのプール)に馬(企業や家計部門)を連れてきても、馬が水を飲もうとしないかぎり、水が馬の体内に入ることはないようなものである。

 超金融緩和政策により、日銀から民間銀行に供給されるマネー(これはマネタリーベースというマネー)は増大させることができても、その先の民間銀行から実体経済へ供給されるマネー(これはマネーストックというマネー)は増大させることができないのである。実体経済に向かわないダブダブのマネーは、結局、不動産・株式・国債・各種の商品市場などへ、バブルマネーとなって流れ込み、不安定なバブル経済を膨張させるだけである。

 この点について、すでにマイナス金利を導入しているヨーロッパでも、スイスやスウェーデンなどでは住宅や不動産バブルが発生しているし、銀行の預貯金から引き出された現金が金の購入に向かい、金価格の上昇をもたらしていることなどからも実証されている。

●大企業と金融機関の利益擁護

 アベノミクスの信奉者たちが、バブル崩壊後の日本経済の各種指標をそのまま正直に受け止めるならば、「異次元金融緩和政策」などというバブルマネーの散布政策は、結局、株式・国債などの証券バブルを助長するにすぎないこと、したがって、この政策の真の目的は、350兆円を超える内部留保金で株式や国債に投資している大企業と、ありあまるマネーを供給され国債を大量に保有している民間金融機関の利益を露骨に擁護するための「政策」であることを認めざるを得ないはずである。

 とまれ、日銀から民間銀行に提供された溢れかえるダブダブのマネー(マネタリーベース)は、民間銀行から実体経済に向かわないで、どこに向かっていったのか。

 まず第1に、政府の発行する国債の購入に向かった。年間30~40兆円に達する新規国債の増発を手助けし、国債を金融資産として所有することで、政府から莫大な利子を受け取るという、国債に依存した民間銀行の金融ビジネスを活性化させた。

 それだけでなく、第2に、銀行の中で溢れかえるマネーは、株式市場や不動産市場に入り込み、株式バブルや都心の不動産バブルを引き起こした。

 第3に、それでもなお溢れるマネーは日本銀行の中にある民間銀行の日銀当座預金口座に積み上がり、この当座預金に日銀から支払われる利子(付利という)0.1%を受け取る原資として利用された。

つまり、この間の超金融緩和政策は、実体経済界への貸出が伸びず、貸出先からの利子収入が低迷する低成長下で、民間銀行に安全な利殖先を提供する役割を果たしたことになる。民間銀行にとって、とくに資金ニーズのある中小企業に貸し出して不良債権となるリスクを避けつつ、政府の発行するリスクフリーの国債を購入し、その利子を受け取り、また日銀当座預金を積み上げて、日銀から利子を受け取ってきたわけである。

 民間銀行にとっては、政府と中央銀行相手の安全な金融ビジネスで、ハイリターンではないが、リスクフリーの安定的な利子収入を獲得できた。

 だが、安倍政権にとっては、自分たちで約束した2年で2%の物価高も、経済成長も達成できていないので、このままだと政権の維持が危うくなる。とくに安保関連法の強行採決で「戦争する国」にしてしまった世論の反発が強く、夏の参議院選挙で敗北するかもしれない、なんとかしなければということで、まだ手をつけていないマイナス金利政策に打って出たわけである。

2 政権維持に利用される日銀と年金積立金

●国債売却益VS 日銀納付金減

 今回のマイナス金利の導入は、国債価格を暴騰させたので、国債を大量に保有する民間銀行に国債の含み益や売却益をもたらしている。

 というのも、暴騰した国債を大量に保有する民間銀行は、この国債を日銀に売却すれば、国債の売却益を受け取ることができるからである。日銀は、異次元金融緩和政策を継続・拡大し、年間80兆円を超える国債を民間銀行などから買い取っているので、高値の国債をいくらでも買い取ってくれるからである。

 この点について、SMBC日興証券・チーフエコノミストの牧野潤一氏は、日銀のマイナス金利政策による日本経済への影響を試算し、民間銀行は貸出金利の低下で3830億円の減益要因になる一方、保有国債の日銀への売却益が8781億円見込める、と試算している(ロイター、2016年2月9日)。

 日銀がアベノミクスの先兵として国債の大量買いオペをやればやるほど、民間銀行には巨額の国債売却益をプレゼントするが、その対極で高価格低金利の国債が日銀のバランスシートに積み上がっていくことになる。その結果、日銀が抱えこんだ損失額は、8081億円に達したようである(『日本経済新聞』2016年3月4日)。

 日銀はその利益を国庫(一般会計)に納付しているが、利益が減ると国庫への納付金はその分減額となる。日銀の国庫への納付金の減額は、一般会計の歳入不足となるので、この分については国債を増発するなどの措置がとられることになり、巡りめぐって国民の負担が増大する結果をもたらす。2014年度の日銀の利益は1兆90億円であり、この中から7567億円が国庫に納付されたが、このような日銀からの国庫への納付金が減ってしまい、その肩代わりが国民の負担となるからである。

 今回のマイナス金利の導入は、民間銀行に対して8781億円の国債売却益をもたらす一方、暴騰した国債の買いオペで日銀に8081億円の損失を発生させ、日銀納付金の減額を補填するために、将来の国民負担を増大させる結果をもたらしている。

 また、日銀と政府との関係に着目すると、国債金利の低下によって、政府の資金調達コスト(国債の利払い費)は低下する。一方、暴騰した国債を大規模な国債買いオペによって吸収し続け、その日銀マネーが民間銀行を介して政府の国債に投資される構図が繰り返される。こうした事態は、民間銀行をトンネルにした日銀から政府への所得移転を意味し、実質的な財政ファイナンス、換言すれば、日銀による国債引受を加速することになる、といえる。これは、日銀と日本の「円」にたいする信認を毀損することになり、今後、急激な円安を引き起こす要因にもなろう。

 いつの時代も、時の政権は、自分たちの経済政策の破綻の責任を、中央銀行の金融政策のせいにしたり、海外に「仮想敵国」を作り、国民の目を内政から外国に向かわせ、自分たちの責任を回避してきた。

●日銀による株価吊り上げ策

 実体経済が低迷し、国民生活が深刻化しているにもかかわらず、「景気が良い日本」を演出する仕掛けは、株高にある。株価を高めに維持するには、株式市場に絶えず新しい投資マネーを流入させ、株式へ人的な需要を発生させることになる。

 まず、安倍政権がやったことは、2013年4月、当時どの国も踏み込んでいなかった異次元の金融緩和政策を採用することで、超金融緩和と円安にビジネスチャンスを見いだす海外の投機マネーを国内に15兆円ほど誘い込み、政権初年度の2013年度に株価を2倍ほどに暴騰させた。

 ほどなく、海外の投機マネーは、アベノミクスが株価を底辺で支えるはずの実体経済の成長に貢献しないことを見て取ると、日本株を手放しはじめ、その後、株式の売り越しセクターに転じる。これは、株価下落を招くので、安倍政権は、株高を演出しつづけるために、海外の投機マネーに変わる新しいマネーを株式市場に動員する政策に打って出ることになる。

 それは、日本銀行から株式を買ってもらう政策である。異次元金融緩和政策の中身には、株価連動型の上場投資信託(ETF)を日銀が購入し、その購入代金が証券会社- 信託銀行を介して株式市場に流入し、株価を吊り上げるしくみが組み込まれている。

 事実、株価が下がると、日銀は、株価連動型の上場投資信託(ETF)を買い入れて、株価の下落を阻止する行動をとってきた。例えば、「月間2500億円の買いは、1回が360億円で、月間平均7回です。1回の360億円は、なぜか、固定されています。前場の日経平均が0.3%(60円)程度下げると、13時15分に、360億円の買いを入れます。この年間3兆円の買い枠は、わが国の株式相場を底支えできるくらい大きなものです。」(MONEY VOICE2015年6月16日)。株式市場に日銀のマネーを流入させるこのような上場投資信託(ETF)の買い入れ枠を順次拡大してきたのが、この間の日銀の追加緩和政策の中味であった。

 日銀のバランスシートには、株式市場に日銀マネーを供給するために購入した上場投資信託(ETF)が、2015年度上半期末現在で、6兆2388億円も積み上がっている。さらに、2015年12月の金融政策決定会合で、株式購入枠を拡大した。既に日銀は年間3兆円のETFを買い入れているが、今回新たに年間3000億円の買い入れ枠を2016年4月に設定する。株価に連動するETFは、国債と比較できないハイリスク資産であり、日銀のバランスシートを毀損している。

●年金積立金と株価吊り上げ策

 安倍政権が政権維持のために利用しているのは、もちろん日銀の金融政策だけではない。老後の生活のためにコツコツと積み立ててきた国民の年金積立金が、政権維持のために利用され、巨額の損失が発生している。

 安倍政権にとって、株価つり上げのための有力な資金は、139兆8210億円(2015年12月末)に達する世界最大の機関投資家である年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の年金積立金である。GPIFに大量の株式を購入させるために安倍政権がまずやったことは、年金積立金の株式への運用枠を一挙に拡大することであった。

 年金積立金の運用に介入した安倍政権は、GPIFの役員を入れ替え、2014年10月、年金運用の基本ポートフォリオ(資産配分比率)を変更させ、それまでの安全な国債保有から、リスクの高い株式の運用枠を拡大した。リスク資産の株式への運用枠は従来の12%から25%(プラスマイナス9%)へと倍増される一方、安全性の高い国債への運用枠は、60%(プラスマイナス8%)から35%(プラスマイナス10%)へとほぼ半減となった。

 この基本ポートフォリオの変更によって、GPIFの株式への運用額は、12%枠の15兆7000億円から25%枠の32兆7200億円(最大で34%の44兆5000億円)に倍増した。ここからGPIFの株価吊り上げ策が大規模に動き出す。株式市場関係者の間では、GPIFは、株式市場における大口の公的な投資マネーとして、日銀・ゆうちょ銀行・かんぽ生命・共済とならび「官製相場」を演出する5頭のクジラと呼称される。

 だが、価格変動リスクのある株式を保有することは、株価の下落により、年金生活のための資金に損失が発生する。実際、2015年夏の世界同時株安で、日経平均株価が1万6000円台に下落したとき、7兆8899億円の損失が発生した。これは、計算上ほぼ600万世帯の1年分の国民年金受給額が消滅したことになる。

 安倍政権は、国民の老後の生活費を犠牲にしても、株高を演出し、政権維持をもくろんでいる。直近では、2016年に入り、日経平均株価は1万5000円台を記録したので、10兆円近くの損失が発生しているものと推測される。老後の生活費が株価吊り上げ策に利用されては、国民はなんのために毎月コツコツと年金を積み立ててきたのかわからなくなる。

3 光明はアベノミクスの向こう側に

 日銀の今回の0.1%のマイナス金利政策は、まだ民間銀行の日銀当座預金の一部の範囲に止まっている。だが、今後、さらにマイナス金利の幅をさらに拡大していった場合は、国民の預貯金金利にもマイナス金利が発生する可能性もありうる。この点について、黒田東彦日銀総裁は、その可能性を否定しない。

 実際、元日銀副総裁でアベノミクスと黒田日銀に理解を示す岩田一政日本経済研究センター理事長は、2016年2月4日のロイター社のインタビューで、「日銀が導入したマイナス金利について、マイナス幅は2%程度まで拡大可能」との見方を示した。このマイナス幅2%の根拠は、預金を解約して現金で保有する場合、「現金を持っているコストは、金庫で保管しなければいけないなど種々のコストを合わせると、2%程度だ。」、そして、「現金通貨への大規模な流出を防ごうと思えば、現金通貨にマイナス金利を付けるという、さらに進んだレジームの転換になるが、そこはいろいろな環境整備が必要だと思う。そのうち、その問題が政策課題として浮上してくると思う」、との突っ込んだ認識を披露している(ロイター、2016年2月4日)。

 こうした認識は、第2次世界大戦直後に国民の預貯金が封鎖され、自由に引き出しができないようにしておきながら、ハイパーインフレを起こして戦時下で増発した軍事国債という国家債務を事実上洗い流した歴史の記憶を呼びもどす。

 アベノミクスの政策担当者達の態度は、立憲主義のもと、国民が主権者であることをまったくないがしろにして、年金積立金だけでなく、預貯金すら召し上げて、自分たちの政権維持を最優先する反国民的な政権であることを証明している、といえよう。アベノミクスの向こう側にこそ光明がある、と主権者は認識すべきであろう。


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