「TPP協定の全体像と問題点」~分析レポート発表 PARC
アジア太平洋資料センターから「TPPに強い懸念を持つ市民団体・農業団体・労働組合などは11月以降、英文の条文テキスト各章を読み、分析するチームを立ち上げ約2か月間かけて問題点をまとめ」た分析レポートが発表された。
同センターのサイトから、ダウンロードできる〔ただし82ページある〕。
分析は第一弾で、随時改定されていくとのこと。
最大の狙いの1つは、米国を見たらわかるように保険・医療の市場化にある。以下に、「医療分野」分析の一部を引用した。
2、薬事行政に製薬企業が介入――薬価の高止まり・高騰のおそれ政府対策本部「概要」では、「透明性及び腐敗行為の防止」(第 26 章)で、「透明性について、締結国は、TPP協定の対象となる事項に関する法令等を公表すること、意見提出のための合理的な機会を与えること」などについて「規定している」と説明している。
第 26章では「医薬品及び医療機器のための透明性及び手続きの公正に関する附属書」(以下、「附属書」)を設け、第 8 章「貿易の技術的障害」においても、医薬品・医療機器の承認手続きの透明性を確保することを規定した附属書を設けている。
第26章の「附属書」では、「新たな医薬品又は医療機器に対する保険償還を目的とする収載のための手続き」について、「検討を一定の期間内に完了することを確保する」ことや「手続規則、方法、原則及び指針を開示する」ことを規定している。さらに、医薬品、医療機器を保険収載に関して、「独立した検討過程」を設けることや、保険収載しないという「決定に直接影響を受ける申請者」が、不服審査を開始することができると規定している(こうした制度は、韓米FTAで設けられている)。
これまでもアメリカ通商代表部は、新薬の特許が切れてもジェネリック薬が発売されるまでの間は高薬価を維持する「新薬創出加算」の継続・恒久化をはじめ、外国薬価が高くても日本の薬価が高くならないようにする「外国価格調整制度」や売り上げが増えた場合に薬価を引き下げる「市場拡大再算定制度」の見直しを要求してきた。
今後、アメリカの製薬企業が、利害関係者として、TPP 協定の「透明性」を盾にして、医薬品・医療機器の保険収載の可否や、公定価格の決定プロセスにいっそう影響力を及ぼすことが懸念される。
「附属書」・「脚注」には、「医薬品及び医療機器」の「透明性及び手続きの公正を保証することにあり」、「締結国の保健医療システム又は医療費の優先順位を決定する締結国の権利を変更することではない」
との説明があるが、これまでの政府の説明と矛盾するものではない。TPP協定文書(30章)に「医療」の章は設けられていない。公的医療保険制度の枠組み、医療費に直結する診療報酬(医師の技術料等)の配分や個別点数の決定について、TPP協定は対象としていないということである。しかし、「知的財産」や「透明性及び腐敗行為の防止」、「投資」など各章の合意内容によって、公的医療保険制度に直接的・間接的を問わず影響を及ぼすのである。アメリカの薬価は日本より高く、イギリスの3倍にのぼっており、今後、わが国の薬価制度に米国流のルールが持ち込まれ、新薬価格が高騰するならば、さらなる患者負担増と医療保険財政の悪化を招くことになる。
3 ISDS条項導入――米保険会社が日本政府を提訴できる政府対策本部「概要」では、「投資」(第 9 章)で、「投資家と国との間の紛争の解決(ISDS)のための手続も規定している」と説明している。
ISDS 条項とは、外国企業や投資家が投資先の国や自治体が行った施策や制度改定によって、不利益を被ったと判断した場合、その制度の廃止や損害賠償を投資先の相手国に求め、国際仲裁法廷(世界銀行の投資紛争解決国際センター等)に提訴できる国際法上の枠組みである。
医療分野で想定されるのは、日本政府の施策によって、民間医療保険や新薬の販売に影響を及ぼした場合である。
わが国では厚労省が例外的に認めた混合診療として、先進医療(2015 年12 月現在、108 種類)があり、民間保険商品の先進医療保険が販売されている。仮に、日本政府が公的医療保険制度を改正して、先進医療の多くを保険収載したことで、アメリカの保険会社の商品である先進医療保険の売れ行きが落ち込み不利益を被ったとして、ISDS 条項を発動して施策の変更や廃止を求めることが可能になることが懸念される。アメリカで認可されている民間医療保険を持ち込み、日本での商品認可や販売に関する規制緩和を求めて、ISDS 条項を発動することも考えられる。
また、16 年度診療報酬改定で導入が予定されている「特例」医薬品の市場拡大再算定(巨額再算定)の制度改正のような、新薬の販売額を抑制する施策に対して、アメリカの製薬企業がISDS 条項を発動する可能性も懸念される。
一方、政府対策本部「概要」では、「濫訴抑制につながる規定」が置かれ、▽申立て期間を一定期間(3 年6 カ月)に制限する▽判断内容を原則公開することなどを規定している。さらに、「投資受入国が正当な公共目的等に基づく規制措置を採用することが妨げられないことが確認されている」として、環境や健康分野について、何らかの規制措置を認めると説明している。
しかし、医療が「正当な公共目的」に該当するのか、投資家が提訴する自由をどの程度、規制するのかなどは不明である。国際仲裁法廷の裁量とTPP 委員会の解釈に委ねられており、政府が行った規制措置が誤りであると認定される可能性がある。
4、ネガティブ・リスト採用――営利病院自由化の危険
政府対策本部「概要」では、「国境を越えるサービスの貿易」(第10 章)で、「原則全てのサービス分野を対象とした上で、適用されない措置や分野を附属書に列挙する方式(いわゆるネガティブ・リスト方式)を採用している」と説明している。
また、市場アクセスでは、「サービス提供者がサービスを提供するに当たり、法定の事業体又は合弁企業について特定の形態を制限し、又は要求する措置を採用してはならない」(10 章、第10.5条)
と規定している。一方で、政府対策本部の「全章概要」・「別添」では、「国境を越えるサービスの貿易・市場アクセス」について、協定発効時に「全ての分野(認識されていないか又は技術的に提供可能でないサービス)」を、「将来留保(将来新たに規制を導入することができる分野)」することを明記している。
ネガティブ・リスト方式とは、「自由化しない」ことをTPP 協定で明記するか、日本政府が「将来留保」の対象にしない限り、自動的に自由化されてしまう方式である。
例えば、営利目的の病院運営は、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、シンガポールなどは禁止していないので、日本でもこうした病院が自由化される可能性がある(日本では国家戦略特区で自由化される可能性が高い)。
また、「自由職業サービス附属書の概要」では、「資格を承認し、及び免許又は登録の手続きを円滑化」するため、「自国の関係団体に対し、他の締結国の関係団体との対話の機会を設けることを奨励する」ことを規定している。医療分野では、医師や看護師等の資格の相互承認に向けて、日米の医師会など関係団体による対話を促しているとも読める。さらに附属書の定めにより、「自由職業サービスに関する作業部会の設置」に「努める」としている。将来的に資格の相互承認が進むことが考えられる。
日本の公的医療保険制度の根幹部分である病院の運営主体や医師資格などについて、「将来留保」の対象となるのか、明確に示されていない。ネガティブ・リスト方式の適用範囲を全て公表すべきである。
_5、ラチェット条項・金融サービス――公的医療保険は適用外と説明
「国境を越えるサービスの貿易」では、いわゆる「毒素条項」の一つであるラチェット条項(逆進防止条項)が導入される。ラチェット条項とは、協定を結んで自由化した分野に対して、後で規制を行って条件を変更することや、再国有化することを禁じたものである。
政府対策本部「概要」では「包括的な留保をした分野にはラチェット条項は適用されない」として、「社会事業サービス(保健、社会保障、社会保険等)…略…について包括的な留保を行っている」と説明しているが、「将来留保」の適用に対して、ISDS条項と同様の問題が生じる可能性がある。
政府対策本部の「概要」では、「金融サービス」(第 11章)について、「公的年金計画又は社会保障に係る法律上の制度の一部を形成する活動・サービス(公的医療保険を含む)…略…には適用されないこととなっている」と説明している。ただし、締結国が「金融機関等との競争を行うことを認める場合」には、「適用する」と規定しており、日本政府が年金、医療、介護などの公的保険について、民間保険との競合を認める場合は、自由化の対象になる。
ISDSの「除外規定」の問題点Annex I、Annex II は非適合措置・分野を定めるが、ISDS条項に基づく仲裁申立てに対し、締約国がこれらに定められた措置・分野であるとの反論を行う場合、当該反論が妥当であるかは原則としてTPP委員会の解釈に従う(9.25条1項)。(TPP委員会の解釈次第では、AnnexI 又はAnnex II により投資章の義務が適用されないとの締約国の期待が裏切られることもある。
「自国内の投資活動が環境、健康その他の規制上の目的に配慮した方法で行われることを確保するために適当」な措置であっても、「内国民待遇」、「最恵国待遇」、「待遇の最低基準」、「収用及び補償」などの義務に違反すれば、「その他の点において本章と整合的」でなくなる。つまり、9.15条は無意味な規定ではないか。
○ 投資及び環境、健康その他の規制上の目的(9.15条)
本章のいかなる規定も、締約国が自国内の投資活動が環境、健康その他の規制上の目的に配慮した方法で行われることを確保するために適当と認める措置であって、その他の点において本章と整合的なものを採用し、維持し又は強制することを妨げるものを解釈してはならない。
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