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日本国憲法に「緊急事態条項」は不要・・・独仏との比較、災害対応の現実から

 テロや大規模災害に対応するため「緊急事態条項」での改憲をめざしている安倍政権だが、災害対策の実態とずれている。長谷部・早大教授は独仏との比較から不要論を展開し、「原発を存続させるほうがよほど危険」と指摘。災害復旧、救済の実態にあたっている弁護士からの不要論と危険性の警告、そして提言。
【「日本国憲法に緊急事態条項は不要である」 長谷部恭男・早稲田大学教授   月刊誌「世界」1月号】
【安倍首相が「改憲は緊急事態条項から」。阪神、東日本大震災などの災害弁護士たちは不要だと言っています。!
宮武嶺。元・関西学院大学法科大学院教授。弁護士】

【防災対策推進検討会議 中間報告に対する意見   平成24年4月24日 弁護士 津久井 進】

【「日本国憲法に緊急事態条項は不要である」 長谷部恭男・早稲田大学教授   月刊誌「世界」1月号】

◆日本国憲法の「欠陥」?

 2015年11月22日夜(現地時間)、パリで発生した同時多発テロ事件を受け、フランスでは「非常事態宣言」が発令された。この「非常事態宣言」は、フランス憲法16条に定められた緊急事態における大統領への権限集中規定、あるいは36条に定められた戒厳令とは全く関係のないものであり、「1955年4月3日の非常事態に関する法律」(以下、1955年法律)に基づいて発令されたものだ。

 この非常事態は、大臣会議のデクレ(政令)によって宣言され、それによって平常時にはできないことが可能となる。たとえば、劇場・酒場など人の集まるような場の閉鎖を命じることができるし、司法官憲の令状がなくても家宅捜索が可能となる。この1955年法律に基づく非常事態宣言は、近年では2005年10月、パリ郊外で若者が暴徒化した際に発令されたことがある。

 一方、フランス憲法16条に定められた大統領への権限集中規定は、これまでにドゴール政権時代の一度しか使われたことがない。というのも、この権限はその要件として、共和国の制度や国の独立、領土の保全、国際条約の履行が重大かつ直接に脅かされ、かつ憲法上の公権力の適正な運営が中断されるときに初めて発動できるとされており、きわめて使いづらい条項となっているからである。また、憲法36条に定められた戒厳令とは、治安と司法の権限を軍に委ねるというものであり、今日においてはその発動自体が想定しがたいものとなっている。

 さて、視線を日本に転じると、2015年11月10日、安倍晋三首相は参議院予算委員会の閉会中審査において、大規模災害や外国からの侵攻に対処するために、権力分立を一時停止して政府に権限を集中させ、国民の基本権に特殊な制限を加えることを眼目とする緊急事態条項を盛り込む憲法改正に、優先的に取り組む姿勢を打ち出している。

 そうした中で、パリ同時多発テロ事件が発生したことで、フランスでは緊急事態に対処するための条項が憲法に盛り込まれているからこそ対テロ作戦に機動的な対応が可能である一方、日本国憲法にはこうした規定がないために、「テロとの戦い」においての欠陥となっていると解説する一部報道もある。実際には、すでに述べた通り、現在発令されている非常事態への対処措置は憲法上の措置とは関係がないのだが、こうしたパリ同時多発テロ事件を受けた憲法論議が、今後の憲法改正論議に影響を与える可能性も否定できない。

 そこで本稿では、まず、日本において緊急事態条項を憲法に盛り込む必要性はあるのかを検討した上で、安保法制の成立によって、法制度上はこれまで以上に深い関与が可能となった「対テロ戦争」に対して、私たちがとるべき姿勢とは何なのかを考えてみたい。

◆日本に緊急事態条項は必要か

 日本において、緊急事態条項を憲法に盛り込む必要性はあるのだろうか。緊急事態条項を憲法に置いている有名な例としてよく挙げられる、戦後ドイツとの比較から考えてみたい。

 戦後ドイツのボン基本法によれば、外国からの武力攻撃に際して、防衛上の緊急事態が発生したか否かの判断権限は「連邦参議院の同意を得て、連邦議会が行なう」こととなっている(基本法25a条(1))。

 また、国民の基本権の制限についても、法律によって特別に権利を制約できる権限はきわめて限られており、基本法115c条(2)によれば、「公用収用についての補償を暫定的に規律する」権限と、身体の拘束に関する期間の限定を1日から4日まで延ばすことくらいである。しかも、115g条で、連邦憲法裁判所の任務の遂行を侵害してはならない旨も明確に規定されている。

 このようにドイツでは、緊急時の権限の集中の度合いにも厳密な歯止めをかけており、権限の集中と同時に、立法・司法・行政の密接な協力と相互抑止の仕組みを設けていると言える。多様な世論や利益を反映する議会、専門的情報を備えて機動的に行動できる行政、法の支配を実現する司法と、さまざまな強みと正統性根拠を持つ憲法上の機関が相互に協力したり歯止めをかけたりするプロセスを通じて、緊急事態への対応がなされることとなっている。

 では、日本ではどうだろうか。ドイツでは必要だった防衛上の緊急事態条項は、日本では必要性がきわめて乏しいと言わざるを得ない。というのも、日本はドイツのような連邦制国家ではなく、立法権が連邦議会と州議会とに分配されているわけではない。つまり、日本はドイツとは違って、緊急事態だからといって各州の立法権を連邦へと吸い上げる必要性がもともと存在しない。近ごろ話題となった日本国憲法53条に基づいて、内閣が早急に国会を召集し、必要な法律を作ればよいだけの話である。

 また、先述したような、ボン基本法の明文で言及されている公用収用の問題は、日本では有事法制や災害対策基本法のような関連法令ですでに解決済みである(武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律、災害対策基本法64、65条、82~84条など)。身体の拘束についても、日本では刑事訴訟法上、もともと身柄拘束の期間が長く、捜査機関に対する司法的コントロールも緩い。そもそも、緊急事態に限って国民の基本権に特殊な制約を加えることは、有事法制があることからも分かる通り、現憲法下でもじゅうぶん可能である。

 緊急事態条項が必要だとする論者の中には、衆議院の解散中に大規模災害や外敵の攻撃があって、日本国憲法54条1項の要求する期間内に総選挙を施行できない場合に備える必要があると主張する向きもあるようだ。だが、そもそも滅多にない不幸に、さらなる不運が重なる場面を想定することが、どこまで現実的なのだろうか。

 むしろ、日本のように大規模な自然災害に見舞われるリスクが高いところで、原子力発電をいつまで続けるつもりなのか、そちらを真剣に議論するほうがよほど重要なのではないだろうか。かりに、東京電力福島第一原発事故と同規模の事故がもう一度起きたとすれば、日本は再起不能になってしまうだろう。原発を維持したままにしておくほうが、よほど国家の存立を脅かすリスクが高いはずである。

(以下省略)

*岩波書店「世界」2016年1月号 144ページ「日本国憲法に緊急事態条項は不要である」から一部を引用


【安倍首相が「改憲は緊急事態条項から」。阪神、東日本大震災などの災害弁護士たちは不要だと言っています。!
宮武嶺。元・関西学院大学法科大学院教授。弁護士】

〔略〕 さて、そんな少ない時間の中、安倍総理は衆院でも参院でも、憲法「改正」への意欲、なかでも国家に基本的人権の停止などの緊急大権を与える緊急事態条項の導入について強く主張しました。
 本日2015年11月11日の参議院予算委員会では、自民党の山谷えり子議員が
「安全を巡る環境は急変するなか『憲法改正が必要では』という大きな声が上がっている。感染症や大規模な災害への対応など、国民の生命・財産を守るためには、憲法に『緊急事態』を規定することが必要であり、議論を深めていくべきではないか」
と質問しました。これに対して、安倍総理大臣は
「大規模な災害が発生したような緊急時において、国民の安全を守るため、国家そして国民自らがどのような役割を果たしていくべきかをですね、憲法にどのように位置づけるかについては、極めて重く大切な課題であると考えています。
 新しい時代にふさわしい憲法のあり方について、国民的な議論と理解が深まるようですね、努めてまいりたいと、こう考えております」
と述べました。

 前日の衆院予算員会でも、安倍首相は岡田民主党代表の質問に答えて、
「(自民)党において、緊急事態条項からやるべきだという議論もかなり有力だ」
と言っています。
 もちろん、戦争放棄と武力の不保持を定めた憲法9条についても
「国民の命と平和な暮らしを守っていく上で9条改正が必要であると、自民党の総意として(憲法改正)草案をまとめた。その考え方に変わりはない」
と念を押すことは忘れませんでしたが。


 しかし、本当に緊急事態条項は、大災害の対策として緊急の課題なのでしょうか。

 日本弁護士連合会には、災害弁護士と呼ばれるエキスパートたちがいます。

 その中で、阪神大震災で被災した兵庫県弁護士会の永井幸寿弁護士は
「災害をダシにして、憲法を改正してはならない」
「災害への対策は『事前に準備していないことは、できない』というのが原則。国家緊急権は『事後の応急対策』にすぎない。災害がおきた後に、憲法を停止しても何もならない」
「災害への緊急対策は、現場に近い市町村が主体的に動くべきで、国家はあくまでそれをサポートする役割だ」
と述べています。
 また、緊急災害に対処する仕組みとしては、すでに「災害対策基本法」があり、さらに万が一の際には、すでに日本国憲法にも「参議院の緊急集会」といって、衆議院が開催できない場合に、参議院が国会機能を代行する制度が、憲法に盛り込まれていると指摘しています。


 さらに、永井弁護士は

自民党の憲法改正草案にある「国家緊急権」には次のような問題点があるとしています。
(1)緊急事態の発動要件を法律で定められること。
(2)緊急事態の期間に制限がないこと。
(3)内閣の承認が得られない場合の規定がないこと。
(4)できる範囲に限定がないこと。

 また、東日本大震災で大活躍した岩手県弁護士会の小口幸人弁護士も
『日本は、憲法上の国家緊急権はないけれども、こうした災害に関する「法律上の国家緊急権」は山ほどあるんです。
 よく
「外国の憲法には国家緊急権がある。日本にないのはおかしい」
といいますが、外国が憲法で定めているものよりよっぽど精密なものを、日本では法律のレベルで定めて、しっかり機能するように整備されているんです。』
と言っています。

 そのうえで、逆に憲法に国家緊急事態条項が制定される危険性について、小口弁護士はこう述べています。

「自民党草案の条文では、何人も「国その他公の機関の指示に従わなければならない」とあります。
 現行の災害救助法や災害対策基本法では、指示の内容によって「命じられる」「協力を要請できる」と言葉が使い分けられていますし、指示できることも限定されていますが、ここではそれもありません。

 普通の読み方をすれば、緊急事態には一定程度人権を制限されてもしょうがない、ということになります。

 もちろん、今の法律でも一定の人権制限はできますが、それが過度にならないように、必要十分なことは何か、不当に制限しないためにはどこまでか、ということがしっかり考えられてバランスを取ってある。あくまで法律なので、憲法の範囲内に収まるよう、不当に人権を制限しないよう調整した上でつくられているわけです。

 ところが、憲法上に「従わなければならない」ということが書かれると、同じ憲法レベルということで、「こっちの必要性が上がったからこっちの権利は制限する」という乱暴なことが可能になり、不当に人権が制限される恐れがあります。

 緊急時に、その場で慌てて判断したら、広く、過剰に制限される可能性は大でしょう。」
 

 阪神大震災以降、災害弁護士の第一人者として活躍している津久井進弁護士は、こう警鐘を鳴らしています。

 皆さんにも肝に銘じておいていただきたいと思います。

『「大災害への対策だ」という大義名分を冠に載せると、社会もメディアも、何となく無批判に受け入れてしまう。
 国民も、何となく良いことと受け止め、それ以上は深く考えない。
 東日本大震災の直後に日経電子版が行ったアンケートでは、災害への対処や防災等のための私権制限に賛成する意見が約8割にのぼり、賛成派議員の論拠にもなった。国民の善意はよく理解できる。
 しかし、緊急事態条項を設けたら、真っ先に制限や束縛を受けてしまうのは、被災地の人々や避難した人々であるという想像力は働いていただろうか。』

【防災対策推進検討会議 中間報告に対する意見  平成24年4月24日 弁護士 津久井 進】 〔関連する部分を抜粋〕

○2 [意見の内容] 災害対策基本法について,地域防災計画の独自性を尊重し,上位の防災計画等との抵触を禁じるのではなく,相互の調整によって対策の矛盾防止を図るべきである。

〔理由〕
・・・。たとえば,東日本大震災では,ある地域では,昔から伝承されてきた教訓から従来は高い津波を予想した防災計画を立てていたものの,国の津波高想定が発表されたことからこれに合わせて低い津波を予想した計画に修正したところ,被害が拡大してしまったという例が見られた。この例に限らず,やはり地域の独自性や歴史等に基づいた地域防災計画を,主体性を持って作成することが望ましい。
 そこで,市町村の作成する地域防災計画の独自性の尊重を第一とした上で,計画相互の対策の矛盾等を防止する方策として,上位の防災計画に抵触するのを一方的に禁じる形で整合させるのではなく,国や都道府県と内容を調整する方法で対応するように改めるべきである。


○24 [意見の内容] いかなる災害にも共通する恒久法として,被災者が復興の主体であること等を定めた下記内容の「災害復興基本法」を制定すべきである。

(17) (復興理念の共有と継承)復興は,被災者と被災地に限定された課題ではなく,我が国の全ての市民と地域が共有すべき問題であることを強く認識し,復興の指標を充実させ,得られた教訓は我が国の復興文化として根付かせ,これらを教育に反映し,常に広く復興への思いを深め,意識を高めていかなければならない。

[理由]
・・・ しかし,いかなる災害であっても共通する理念は整理することができるし,理念を明確にしておくことが,具体的な施策を速やかに講じる前提条件となる。東日本大震災では,東日本大震災復興基本法が制定され,基本理念が定められたものの,制定までに3か月を要した上,基本理念と具体的な政策に齟齬が生じ,復興の遅れにもつながっている。
 そこで,日本国憲法に即して,被災者が復興の主体であること等を明記した上記のような内容の恒久法をあらかじめ制定することが望まれる。

○25 [意見の内容] 大規模災害時に地方公共団体や民間団体等の活動の調整を主たる任務とし,災害実務の精通者によって構成される独立の国家機関として危機管理庁を設置するべきである。

  [理由] 東日本大震災における政府の対応はことごとく後手に回り,無策との批判を受けた事項も多々あり,反省すべき点は多いところ,その原因は災害法制上,国の権限が十分でないところにあるとの意見がある。また,東日本大震災のような大災害では,地方公共団体の対応では限界があることから,緊急事態を宣言の上,国に権限を集中して中央主導の災害対応をすべきとの意見もある。

 しかし,中央集権的な制度を設けたとしても,その主導者が適切な災害対応を執れるとは限らないし,むしろ災害対応の経験に乏しい者が主導した場合の弊害が懸念される。さらに,中央主導となった場合,その対策は,かえって災害の現場である被災地の実情と乖離したものとなるおそれがある。したがって,こうした権限集中型の中央主導の対応は行うべきではない。

 米国では,連邦緊急事態管理庁(FEMA:Federal Emergency Management Agency of the United States)が設置されている。FEMAは,長年の経験を積んだ専門家集団によって構成される組織であり,州単位では対応できない規模の大災害があったときは,FEMAが主導して災害対応に当たる。注目すべき点は,権限を集中して上意下達の対応するのではなく,中央及び地方の公的機関や民間団体等の多様な機関の役割分担を調整し,それぞれの機関の資源と能力を最大限に活用し,全体をコーディネイトするところに特徴がある。

 日本においても,災害対策基本法では,第一次的な役割を担う市町村と,これをバックアップする都道府県があり,さらに自治体相互の水平的な連携が予定され,一定の範囲の民間団体も災害対策に当たることとされている。現代の自然災害の現場の様子を見ると,幅広い分野の公私の団体や,ボランティア,弁護士会等の専門家団体が,災害対策に一定の役割を担っている。こうした多様な主体を,全体的に調整し,コーディネイトする機関が求められていると言える。また,日本には災害対応のプロフェッショナルが構成員となる官庁が存在せず,内閣府(防災担当)がその役目を代替しているのが実情である。
 そこで,日本においても,米国のFEMAを参考にした独立した危機管理庁を設置し,大災害時にも様々な主体が適切に活動し連携できるような強力な調整機能を持たせるべきである。


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