日本の格差問題を考える~ピケティからの示唆 ニッセイ基礎研
社会研究部主任研究員土堤内昭雄氏の基礎研レポート 2015-2-27。
貧困の拡大、中間層の消滅などに言及したもの。
「格差」は、英語版の“inequality”の訳語だが、“inequality”は「不平等」と訳されることが多い。と指摘する。
だったら、対抗軸は、「Social Justice」・・・社会的公平、社会的正義。過去の備忘録から・・・
【日本の格差問題を考える ピケティ著『21世紀の資本』からの示唆 ニッセイ基礎研レポート】
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【日本の格差問題を考える ピケティ著『21世紀の資本』からの示唆 ニッセイ基礎研レポート】
基礎研レポート 2015-2-27
社会研究部主任研究員土堤内昭雄
はじめに~なぜ「格差」が注目されるのか
トマ・ピケティ著『21世紀の資本』(みすず書房、2014年12月)が大きな話題になっている。長期にわたる経済データを駆使し、資本主義の進展と経済格差の関係を実証した700ページを超える大著である。アメリカで一躍ベストセラーになり、日本でも昨年12月の発売以来、6千円近い価格にもかかわらず、書店で平積みされるほどの人気ぶりだ。今、日本でこの本が注目される理由はいったい何だろう。
幸福度に関する研究で、『幸福のパラドクス』という説がある。「国民の幸福度は経済成長とともに高まるが、一定の水準を超えると相関関係がなくなる」というものだ。これは人間の主観的幸福度が、先進国では絶対的な生活水準だけでなく、相対的な社会生活環境に影響されるからである。
日本では80年代以降、一人当たり実質GDPが伸びているにも関わらず、国民の生活満足度は低下もしくは横ばい状態だ。60~70年代の高度経済成長期の日本は、現在に比べて生活水準は低かったが、「一億総中流社会」と言われた格差の小さな社会だった。しかし、その後に生活格差が拡がったことが、国民の生活満足度の低下をもたらしたひとつの要因になっているのではないだろうか。
ピケティは20カ国以上におよぶ経済データを収集・分析し、世界中で拡大する経済格差の状況を明らかにしたが、「格差」の様相は国ごとに異なる。社会が成熟すれば、当然、様々な「格差」が生じるが、それが正当な事由に基づき、大きな社会的不平等を惹起しなければ問題ないだろう。しかし、超富裕層が増えたアメリカの反格差運動“We are the 99%”に象徴されるように、多くの人々が資本主義による極端な富の偏在がもたらす“不平等”に疑問を感じているのである。
日本では、上位1%の富裕層の所得は全体の1割程度で、その格差はあまり顕著ではない。しかし、相対的貧困率は上昇し、貧困の拡大が進んでいる。また、国民の生活意識をみると、「苦しい」と感じる人が増加している。多くの人が自らを中流と意識していた時代から、中間層が衰退する時代を迎え、日々の生活に不安を覚える人々が増えつつあることが、「格差」が注目される理由ではないだろうか。
ピケティは、資本主義が格差を発生するメカニズムとしてr(資本収益率)>g(経済成長率)という仮説を提唱して、格差是正のためのグローバルな累進的資本課税の必要性を主張したが、日本の格差問題を考える上での示唆も多い。本稿は、ピケティの発するメッセージを踏まえ、今日、注目される日本の格差問題の現状と背景および課題を探り、問題解決の方向性を検討するものである。
1-ピケティが解明した経済格差
ピケティは『21世紀の資本』の中で、何を主張したのか。ここではその概要を整理しよう1)。
ピケティは長期にわたるデータから、20世紀の一時期を除き、r(資本収益率)>g(経済成長率)を歴史的事実として実証した。20世紀には、2回の世界大戦により資本が大きく毀損し、課税の強化やインフレにより一時的にr>gが逆転したが、21世紀は高齢化や人口減少により経済成長率gは低下し、再びr>gが進む。その結果、国民資本が国民所得の何倍かを示すβ(資本/所得比率)が上昇し、資本の蓄積が一段と進んだ資本集約社会が再来する。
β(資本/所得比率)が上昇すると、資本主義第1基本法則であるα(資本分配率)=r*βに基づき、国民所得に占める資本所得の割合が上昇する。所得階層別にみると上位層は資本所得の比率が極めて高く、全所得に占める上位10%の占有率は上昇傾向にあり、資本の寡占化による格差拡大が進む。
β(資本/所得比率)は、長期的には資本主義第2基本法則によりs(貯蓄率)/g(経済成長率)に収束するので、経済成長が停滞した社会の資本比率は高くなり、その配分によっては大きな格差が生じる。そのため、「行過ぎた不平等」を是正するためのグローバルな累進的資本課税が必要になるというのだ。
2-日本の格差問題
1|所得格差の現状
厚生労働省「平成23年所得再分配調査報告書」2)によると、世帯員単位の平均等価当初所得(年額)は282.1万円、平均等価再分配所得は327.6 万円だ。ジニ係数は、等価当初所得0.4703、等価再分配所得0.3162と、当初所得では前回(平成20年)より上昇し、再分配所得ではやや低下した。所得再分配によるジニ係数の改善度は32.8%で、社会保障による改善度28.6%、税による改善度5.8%となっている3)。
世帯員の年齢階級別に所得再分配係数をみると、60 歳未満の現役世代でほぼマイナス、特に20 代前半や40代後半から50代にかけてマイナス幅が大きく、60代以降は大幅にプラスだ。このように現役世代から高齢世代への所得移転により、近年の高齢化による格差は改善されているのだが、現役世代が減少する人口構造変化の中で、社会保障による格差改善効果をいつまで期待できるだろう。
図表1当初所得と再分配所得のジニ係数と改善効果の推移
2|貧困層の拡大
日本の格差問題の一つは貧困層の拡大だ。厚生労働省「平成25年国民生活基礎調査の概況」によると、日本の相対的貧困率4)は、85年12.0%から2012年には16.1%まで上昇し、OECD諸国34カ国中29位と先進諸国の中でもかなり高い。12年の実質貧困線5)も111万円と97年以降ずっと低下が続いており、実質中央値は97年259万円から12年には221万円へ15%低下していることから中間層の貧困化が窺える。
図表2相対的貧困率と中央値・貧困線の推移
① 高齢者の貧困
高齢世代は、全体でみると多くの家計資産6)を有している。「平成21年全国消費実態調査」によると、70歳以上の家計資産(二人以上世帯)は5,024万円、60歳代では4,925万円と他世代に比べ著しく資産額が大きい。一方、資産も所得も少ない貧困層の問題は深刻で、12年の生活保護受給世帯155万世帯の43.7%は高齢者世帯で占められており、世帯保護率も6.6%と高齢世代内の貧富の格差が著しい。
図表3生活保護受給世帯数と高齢者世帯構成比・保護率の推移
高齢者の貧困を端的に示す事例がある。法務省「平成26年版犯罪白書のあらまし」(2014年11月)によると、65歳以上の高齢者の検挙者数は過去20年以上にわたり増加傾向を示している。高齢者犯罪の特徴は「窃盗」の割合が高く、起訴猶予率は高いものの、高齢入所受刑者は過去20年間一貫して増加傾向にあり、その高齢者率は人口の高齢化以上に上昇している。
また、高齢者は入所受刑者全体に比べて再入者の割合が7割以上と高いことも特徴だ。その背景には、高齢者の貧困問題がある。釈放後の引受人がいない、帰住先が確保できないことに加え、出所後に働くことが困難で経済的困窮に陥り、犯罪を繰り返す再犯者になる可能性が高いのだ。頼る身寄りもない高齢出所者は、「万引き」や「無銭飲食」を繰り返して再入所することもあり、貧困と犯罪は深く関わっているため、格差の拡大は社会の不安定化をもたらす大きな要因になっているのである。
② 子どもの貧困
「子どもがいる現役世帯」(世帯主が18歳以上65歳未満で子どもがいる世帯)の相対的貧困率は、85年の10.3%から2012年には15.1%に上昇した。特にひとり親世帯のような「大人が一人」の世帯では、54.6%と半数以上が貧困線以下であり、子どもの貧困も深刻化している。
その背景には、若者の非正規雇用が増加し、安定した収入が得られない若年世帯が多いことがある。教育費をはじめとした高い子育てコストのために子どもを持つことを躊躇したり、子どもの成育環境が劣悪になる等の影響も出ている。親の収入が少ないために国民健康保険にも未加入で、無保険状態の子どもがいたり、高校の授業料が支払えずに中退したりする生徒もいる。教育機会の不平等は就業機会の不平等につながり、格差の固定化を生む大きな要因になっている。
3|中間層の衰退
日本の「格差」がもたらすもうひとつの問題は、「中間層」の衰退だ。日本の場合、戦後の目覚ましい経済成長は、「一億総中流社会」の中核を形成してきた「中間層」の存在に因るところが大きく、成長の果実を多くの「中間層」が共有して、比較的格差の少ない社会を形成してきた。
しかし、等価可処分所得の中央値は97年以降減少を続けており、今後、「中間層」の貧困化が日本の屋台骨を揺るがすことにならないだろうか。今の日本では「中間層」が貧困に転落する様々なシナリオが想定される。人生後半の中高年期に、リストラによる失業や離婚、介護や疾病による離職・転職、若年雇用の不安定化による想定外の子どもの扶養期間の長期化など、これまで安定した生活を営んできた「中間層」が「貧困層」に転落するリスクが高まっている。
厚生労働省「平成25年国民生活基礎調査の概況」の「生活意識別にみた世帯数の構成割合の年次推移」をみても、「大変苦しい」と「やや苦しい」をあわせると2001年の51.4%から2013年には59.9%と大幅に増加し、「児童のいる世帯」では65.9%に上っている。『21世紀の資本』人気には、格差や貧困の現状のみならず、日本の新たな格差問題として、衰退する「中間層」の不安が映し出されているようだ。
図表4生活意識別にみた世帯数の構成割合の推移
4|高齢化と年金不安
われわれが今後の格差対策を考える上で最も留意すべき点は、日本が超高齢時代を迎えていることだろう。『21世紀の資本』によると、国民所得の7割は「労働所得」で、残り3割が「資本所得」である。今後、人口の高齢化が進む日本では労働力率が低下し、国民所得に占める「労働所得」の割合も下がり、高齢者など「資本所得」に依存せざるを得ない人が増える。しかし、所得階層別にみると上位0.01%の超富裕層の所得の6割以上は「資本所得」が占めており、富裕層ほどその割合が高く、あまり資産を持たない貧困層や中間層との格差はきわめて大きい。そのため、ピケティが主張するr(資本収益率)> g(所得成長率)という格差拡大のメカニズムは、日本社会に一層深刻な影響を及ぼすだろう。
また、低中間所得層の高齢期の暮らしは主に公的年金に頼ることになるが7)、超高齢社会を迎えた日本で最も懸念されることのひとつは、無年金者や低年金者の増加である。現在の国民年金の第1号被保険者数は約1,800万人に上るが、若年世代などの非正規雇用者の増加により未納率は4割と高い。今日の格差拡大が将来の無(低)年金者の増大をもたらせば、貧困の世代連鎖を招くことになるだろう。
3-格差是正に向けて
1|社会保障制度
前出の再分配調査では、現役世代の再分配係数はほぼマイナス、60 歳以上が大幅にプラスであり、現在の社会保障制度が現役世代から高齢世代への“仕送り”という世代間扶助で成立していることがわかる。今後、世代間扶助による社会保障制度が持続可能であるためには、支える側の若年世代への支援強化が必要だ。例えば、再分配係数のマイナスが最も大きい20 代の若年世代の子育てに対する経済的負担を軽減するために、子ども手当ての給付や子どもの教育費の公的扶助の充実など若年世代の社会保障に重点を置くべきだろう。
政策分野別社会支出の対GDP比の国際比較をみても、日本は子ども手当、保育、育児休業給付等の「家族分野」が、ドイツ、フランス、スウェーデンなどと比べ著しく少ない。また、OECD報告書“OECD Education at a Glance 2014”によると、高等教育に対する私的支出割合は、OECD平均31% に対して日本66%と2倍以上に上る。日本では子どもを持つ現役世代の家計に大学授業料などの高等教育費の負担が重くのしかかっていることがわかる。若年世代への社会保障は、雇用形態や世帯類型、性別などの個人属性で格差が生じてはならない。なぜなら、「子育て」は個人の営みであると同時に、次世代育成という国の根幹に関わる普遍的課題であるからである。
2|税制
ピケティが主張するように、資本集約社会の格差を是正するためには、所得税の累進課税に加えて、資本へのグローバルな累進課税が必要だ。日本でも今年1月から相続税の基礎控除(非課税枠)が引き下げられ、課税ベースを広げると同時に、これまで低下してきた最高税率が55%に引き上げられた。富裕層への相続税の課税強化は、経済格差の是正とともに格差の固定化を防止する上で必要だろう。
一方、孫や子どもへの住宅取得資金や教育資金の贈与税の特例拡大は、高齢富裕層が有する豊富な金融資産を活用して経済の活性化を図ろうとするものだ。しかし、これは長期的には富裕層の再生産と格差の固定化をもたらす可能性が高い。少子化が進む中、「世襲資本主義」が行き過ぎないためにも、高齢富裕層の資産は社会全体の若年層へ再分配されるような仕組みが必要ではないだろうか。
3|格差対策の発想転換
日本の当初所得格差は拡大しているが、再分配所得の格差は横ばいだ。これは社会保障と税により格差が改善された結果である。格差対策には、発生した格差を是正する<結果の平等>を求める事後的な対策と、行き過ぎた格差を発生させないために<機会の平等>を求める事前の対策が考えられる。今後は、財政状況が逼迫する中で、格差の発生自体を抑制することが重要だ。日本社会の成長が持続可能であるためには、資本主義が構造的に生み出す格差を是正する再配分機能を確立すると同時に、行き過ぎた格差の発生を未然に防ぐ「格差予防」へと発想転換することが求められる。
ピケティは、経済成長によるトリクルダウン効果では所得の適正な再分配は望めず、少子化や人口減少の進展で相続資産格差が拡大・固定化し、「世襲資本主義」が拡がると述べている。人口減少と少子高齢化が進む今日、格差と貧困の連鎖を断ち切るための雇用環境の改善や職業教育の充実など若中年層を中心にした低中間所得層への支援強化が重要だ。不当な格差自体が発生しない社会経済システム、特に教育機会の平等による若者の人生の公平なスタートを保障する制度が必要なのである。
おわりに~ピケティが示唆したより重要な格差問題
『21世紀の資本』は、2013年9月にフランスで出版され、2014年3月に英語版がアメリカのハーバード大学出版会から刊行された。今では世界で150万部のベストセラーになり、昨年12月に発売された日本語版は主にこの英語版を翻訳したものである。
この本に最も頻繁に登場するキーワードの「格差」は、英語版の“inequality”の訳語だ。文脈にもよるが“inequality”は「不平等」と訳されることが多く、「格差」とは少しニュアンスが違う。社会学では、「格差」は客観的な“差異”を意味するが、「不平等」というと「よくないこと」のような価値判断が読み取れる。因みにフランス語の原版では、“inégalités”という語が使われている。
ピケティは、『重要なのは、格差の大きさそのものではなく、格差が正当化されるかということなのだ。』(日本語版P.274)と述べている。つまり様々な「格差」は、単なる“差異”ではなく、行き過ぎれば是正されるべき「不平等」であり、それが生じる背景や要因を知ることが重要だとしているのだ。
この本のより重要なメッセージは、経済格差が政策決定の政治的不平等を引き起こし、民主主義の脅威にならないかということだ。そして経済格差が拡大しているという事実に対し、経済の専門家だけに任せるのではなく、多くの市民が主体的に議論に参加することの重要性を指摘している。
ピケティは、長期にわたる膨大な経済データを示して議論のプラットフォームを提供したが、そこで議論されるテーマは、経済書の範疇にとどまらない。『21世紀の資本』は、「格差」という視点から21 世紀の民主主義のあり方や社会の将来像を構想するヒントを示唆しているように思えるのである。
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