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2015春闘と「経労委報告」  労働総研

 牧野富夫・労働総研顧問・日本大学名誉教授の「古来、たたかいの秘訣は敵の手の内を知ることだ。以下、財界や政府など相手陣営の対応・手口を経団連『報告』を中心にみていく」とした論稿。

・ 「好循環」というが、実質賃金、実質収入も実質総雇用者所得も低下、実質GDPもマイナスという「悪循環」。
・「高度プロフェッショナル労働制」という労働時間の規制、最低賃金、非正規の規制(労働市場の組織化)という労働法制の根幹への攻撃(たしか、日本はILO条約の1号「8時間労働」をはじめ労働時間に関する条約は1つも批准していない。現状でもきわめて規制のゆるい状況)
・「トリクルダウン」は、実証された理論ではなく、「政治的主張」であり、氏は「実在しない『トリクルダウン』が破綻するはずがない。流布されているのは『幻想としてのトリクルダウン』でしかない」と痛烈に批判し、「大事なことは、われわれの意識に忍び込んでいる『トリクルダウン幻想』を叩き出し、「おこぼれ頂戴意識」を払拭することだ。賃上げは権利であり、『たたかい取る』ものだ」とズバリ。

【2015春闘と「経労委報告」 ―― キーワードは「人間らしい生活」 】

■はじめに

 一部の大企業や資産家だけが莫大な富を蓄える一方、身を粉にして働く労働者の生活はますます厳しくなっている。年金や医療・介護など社会保障があいついで改悪され、先行き不安感が急速に増大している。何のために消費税を上げたのか。どう考えてもおかしい。
 おかしなことばかりだが、嘆くだけでは何も解決しない。力をあわせて現状を変えようではないか。さいわい春闘という伝統的な「たたかいの場」がある。「オール沖縄」の取組みのように、人間の尊厳と誇りをエネルギーに、15春闘を意気高くたたかい抜こう。
 安倍首相らは春闘にそなえて「政労使会議」という談合の場を設けている。財界=経団連も「経営労働政策委員会報告」(以下「報告」)を発表し、春闘対策に力を入れている。かれらは団結してたたかう労働者が恐いのだ。15春闘で「団結の恐さ」を存分に発揮し、大幅賃上げ・雇用の安定・社会保障の拡充を勝ち取ろうではないか。
 古来、たたかいの秘訣は敵の手の内を知ることだ。以下、財界や政府など相手陣営の対応・手口を経団連「報告」を中心にみていく。

1.日本経済の「好循環」論

  このところ「好循環」が流行語のようになっている。私たちも大幅賃上げで「買う力」(内需)を大きくし、これをテコに日本経済を元気にし、それでさらなる生活改善を図ろう、と「経済とくらしの好循環」の実現を訴えている。安倍政権や財界の文書・発言でもたびたび「好循環」が出てくる。テレビや新聞などマスメディアも「好循環」をよく報じている。
 これほど「好循環」論が氾濫しているのは、いまの日本経済が「悪循環」に陥っているからではないか。安倍首相が「政労使会議」を発足させたのも、大企業の大もうけが国民各層にしたたり落ちず、「アベノミクス」の化けの皮が剥げ落ちたことへの対応であろう。
 
「政労使会議」の正式名称は「経済の好循環実現に向けた政労使会議」であり、みてのとおり「好循環」の実現が目標とされている。たしかに安倍首相が賃上げ・ベアを財界に働きかけ、昨春闘では「コンマ以下」の微小ベアが実現した。  
しかし、ベアの対象は大企業の組織労働者に限られ、未組織の中小企業労働者や非正規労働は蚊帳の外におかれた。これでは「好循環」のステップにはならない。また、その同じ安倍政権が「成長戦略」だとして雇用を破壊している。社会保障も解体している。これでは人びとの財布の紐はゆるまない。むしろ逆に財布の紐を引き締め、内需にブレーキをかけている。

 このように事態は「好循環」とは逆の方向に進んでいる。安倍政権はしばしば経済の「好循環」を口にするが、実際にやっていることは「悪循環づくり」である。アメリカと財界のための政治を唯々諾々と続ける安倍政権に「好循環」の実現を求めても所詮無理なのだ。「世界一企業が活動しやすい国」にすると公言して憚らない安倍首相の「好循環」論はうわべだけの演技に過ぎない。事実、昨春闘でも賃上げを実現したと安倍首相は自慢するが、それ以上に物価が上がり、実質賃金の低下が続いているではないか。かれが仕掛けているのは「悪循環」なのだ。

 榊原定征・経団連会長が15年版「報告」の冒頭(序文)で、「安倍政権による大胆な経済政策のスタートから2年が経過し、企業の経営環境は大きく改善した」と安倍政権の「功績」を持ち上げ、はからずも「アベノミクス」が大企業のための経済政策であること、それが大企業を肥え太らせていること、を告白している。くわえて、「好循環の2巡目をしっかりと回すため、経済界として一歩前に出た対応を図らなければならない」と「成長戦略」の具体化に意欲を示している。榊原会長は「好循環の2巡目」だとしているが、何を根拠にそう言えるのか。願望であって現実ではない。

 以上から、政府にも財界にも「好循環」を実現させることはできないことが明らかである。全労連や国民春闘共闘などが、さらに多くの労働者や国民と共同し、要求で一致する共産党などの政治勢力とも連帯して、日本経済の「好循環」の実現にむけて「オール沖縄」ならぬ「オール・ジャパン」の運動・たたかいを構築することが求められている。

2.財界の賃金抑制策

 15春闘にむけて財界=経団連の賃金政策に変化がみられる、ベアを許容するようになった、という見方が大勢のようだ。しかし、「報告」をキチンと読めばそうではないことがよくわかる。

≪ベースアップをめぐって≫

 まず「報告」は、つぎのような「原則」なるものを強調し、「賃金等の労働条件は、個別企業労使が自社の実態を踏まえて十分に話し合ったうえで、支払能力に即して労使自治で決定することが原則である」と述べている。

 そのポイントは2点で、1つは賃金等の労働条件の決定は「企業ごと」でなくてはならず、もう1つは「支払能力」で決定すること、である。この第1点は、春闘の否定であり、拒否でもある。春闘はそもそも企業間の競争条件を変えずに賃上げができるよう配慮し、産業別の賃金闘争としてスタートしている。それまでの企業ごとバラバラの賃上げの反省に立っており、日本固有の賃金決定方式として定着した。この春闘方式は、極度に低かった日本の賃金の改善に寄与しただけでなく、良かれ悪しかれ労使関係を安定させ、日本経済の高度成長を支えた側面も小さくない。日本的な雇用慣行とされる「終身雇用」や、同じく日本的な賃金慣行とされる「年功賃金」も春闘の発展のもとで1960年代の半ばに確立している。“労使の共有財産”としての以上の意義は大きい。目先の利益だけを追求する「報告」は、こうした側面に目が向かず、事実上、春闘拒否の立場に立っている。春闘60年を迎え、労使それぞれ春闘の意義を再確認すべである。それ抜きに日本経済の「好循環」も展望できない。
 
第2点の「支払能力」論による賃金決定とは、基準のない賃金決定=ルールなき賃金決定を意味する。その「支払能力」とは、当該企業の現時点の「支払能力」だけでなく、将来の「支払能力」をも含む。だから、いま15春闘段階で「支払能力」が十分であっても、将来これこれしかじかの事態が予測されるので長期的な視点に立てば「支払能力」がない、などと言い逃れができる「論」である。

 この「支払能力」論は、今日の経団連の前身である日経連時代からのもので、96年版「労働問題研究委員会報告」が「支払能力」論について、つぎのように述べている。「個別企業レベルの賃金決定の基本となる支払能力論は、自社の成長と体質強化をめざす経営計画に基づいて、中長期的視野に立った計画的な賃金決定を意図するものである」として「中長期的視点」を強調している。この立場から、「今日の経済・経営状況下で支払能力に余裕があれば、まず雇用の維持を最優先し、その次に賞与・一時金に生産性向上の成果を振り向けることが望まれる」と傘下企業を指南している。みられるとおり、いま「支払能力」があってもベアはダメで、雇用の維持を最優先すべしと言いながら当時から正規雇用の非正規化など雇用破壊を強行しているのだ。

 以上のような身勝手な「原則」のもと「報告」は、連合の「ベア2%以上」という自粛要求にも応じられないとしている。「応じられない理由」が3点あげられている。第1は、「物価動向は賃金決定の考慮要素の一つにすぎない」として、しかも「消費税引き上げ分を除いた物価上昇率が現状1%未満」だから「2%以上」の要求には「納得性」がないというわけである。第2の「企業収益の分配」という要求については、これは企業ごとに異なるので一律には対応できない、としている。第3点は「報告」が経済の「好循環」に背を向けていることの表明で、「経済の好循環を実現していく社会的役割と責任という抽象的な表現では、要求根拠としての具体性に欠ける」と退けている。

≪賃金体系について≫

 経団連「報告」の賃金抑制策は、賃金体系においても執拗に貫徹している。「報告」の賃金体系に託すねらいの第1点が、賃金コストの削減だからである。「政労使会議」で安倍首相が「年功賃金の見直し」という表現で、その解体を提起したのも、これと同じねらいによる。「報告」はこれを「総額人件費管理の徹底」として強調している。

 第2点として「報告」は、「近年の傾向として、年齢・勤続給のウエイトが大きく低下する一方、職能給や業績・成果給、役割給の比重が高まっている。今後は、業績・成果給の占める割合を高めていきたいとする企業が多い」として、労働者間の競争を煽り、労働者の分断・団結破壊をねらった「個別管理強化型賃金体系」の徹底を主張している。

 この引用では「貢献度」がなぜか落ちているが、経団連の賃金体系に関する綱領的文書(「役割・貢献度賃金」)では「今後の賃金制度のあり方として、年齢や勤続年数を基軸とした賃金制度から仕事・役割・貢献度を基軸とした人事処遇システムへ」とされ、もっとも曖昧な「貢献度」がとくに重視されている。この賃金体系における「貢献度」論が、先の賃上げ回避のための「支払能力」論とあいまって、財界・企業の賃金抑制策の「究極のよりどころ」となっている。

 第3点は「報告」では明示的でないが、「日本再興戦略」にいう「行き過ぎた雇用維持型から労働移動支援型への政策転換」の賃金体系面での現れである。労働者を企業に「しがみつかせないため」にも年功賃金から「貢献度」型賃金への転換が急がれる、というものである。

3.賃労働制の根幹にかかわる暴挙

 「報告」は、「雇用・労働に関する政策的な課題」として「新たな労働時間制度の創設」、「多様な無期契約社員の就労機会の拡大・活用など」をとくに重視している。そこが「成長戦略」の“勘どころ”と見立ててのことだろう。
 まず、「新たな労働時間制度」とは何か。「報告」は「時間でなく成果で評価される方が働きやすいと考える労働者に対して選択肢を用意する点に本質があり、労働者の活躍を支援する意味からも実現すべきである」と述べ、その本質は「労働者のため」の「改革」だとしている。新制度の名称は「高度プロフェッショナル労働制」とされる。これはしかし、第一次安倍政権時に法案化にむけて準備が進められたが、「残業代ゼロ法案」だとして労働者・労働組合の猛反対を受け、断念をよぎなくなくされた曰くつきの「ホワイトカラー・エグゼンプション」制(以下「WE制」)にほかならない。これへの財界・「報告」のねらいが、直接的には、使用者が時間を気にせずに労働者を自由に使うことができること、残業代が発生しなくなること、であるのは明白である。「報告」は、「裁量労働制」や「フレックス・タイム制」などをもっと使いやすく、とそれらの規制緩和も促しているが、最大のターゲットは「WE制」である。

 これは労働時間の規制を当面、一定の年収以上の熟練度の高い労働者グループに限定して外すというものだが、その推進者たちは「小さく産んで大きく育てる」と公言しており、やがて除外の対象が際限なく拡大することは火を見るよりも明らかである。

 労働時間法制(=最長労働時間制)と最低賃金制は、賃金と労働時間という労働条件の基本を規制する労働法制の双璧である。その規制緩和は「近代賃金労働制」を、封建制以前の「真正奴隷制」へタイムスリップさせることにもなる。近代賃金労働者は、自己の労働力を「時間決め」で販売することを本質的な特徴としている。「WE制」によって労働時間規制が除外されれば、予定できる「生活時間」が持てなくなる。賃金の本質が「人間らしい生活」に必要な「一定レベルの生計費」であるように、労働時間に関して最も大事なことは「人間らしい生活」を可能にする「生活時間」の保障でなくてはならない。「WE制」はその保障を奪うものである。

 「報告」は最低賃金制についても「特定最低賃金」(旧・産業別最低賃金)の廃止や地域別最低賃金の抑制を主張している。こうした考え方は「新自由主義」思想にもとづくもので、賃金や労働時間の決定を「市場に任せろ」というもので、結局、強者=資本の意のままに労働条件が決まる“地獄”へ労働者を導く。

 いま一つ、「報告」の「多様な無期契約社員の就労機会の拡大・活用」についても、ねらいは同じである。これも「成長戦略」に不可欠なものとされ、労働者の大半について資本・企業の都合で「将棋の駒」のように動かせるようにしたい、というものだ。政府・財界は、労働分野の規制緩和で急激に非正規労働者を増やし、その不満を「限定正社員」=「准・正社員」を増やすことでかわそうとしている。そしてゆくゆくは、在来型の正社員・正規雇用のほとんどを「限定正社員」=「准・正社員」に移し変える、というのが「日本再興戦略」にもとづく「新たな雇用戦略」であり、「報告」もこれを下敷きにしている。

 以上みてきたように、このままでは賃金・労働時間・雇用のすべてが「成長戦略」の餌食とされ、幻想がふりまかれている賃上げ・ベアについても、実質賃金を押し上げる見通しは立たない。道は一つである。政府や財界のあれこれの発言に惑わされず、「人間らしい生活」実現のためにストライキを構えて労働組合らしく、労働者らしく団結してたたかうことである。「この道しかない」とは、このことだ。

■おわりに
 
「アベノミクス」とその「トリクルダウン」論はもう破綻した、とよくいわれる。そうだろうか。そもそも実在しない「トリクルダウン」が破綻するはずがない。流布されているのは、「実在としてのトリクルダウン」ではなく、「幻想としてのトリクルダウン」でしかない。この違いを峻別すべきである。先の総選挙で安倍自民党が「大勝」したのは、「アベノミクス」の装飾品である「幻想のトリクルダウン」が国民の意識に忍び込んでいたからである。「アベノミクス」とその「トリクルダウン」などハナから信じない沖縄県民は、自民党を全敗させたではないか。

 15春闘で大事なことは、われわれの意識に忍び込んでいる「トリクルダウン幻想」を叩き出し、「おこぼれ頂戴意識」を払拭することだ。賃上げは権利であり、「たたかい取る」ものである。したたり落ちてくるものを待ってもロクなことはないことを昨春闘で思い知らされたはずだ。安倍総理らが「好循環実現に向けた政労使会議」を提唱し、ベアを財界に要請して「2%強の賃上げが実現した」と自慢しているが、結果は散々だった。
 
「2%強の賃上げ」のうちベアは僅か0.3%で、それ以外は定昇やボーナスの上乗せなど一回きりの「ガス抜き目 的の賃上げ」だった。しかもその対象は大企業の組織労働者に限られ、中小企業労働者や非正規労働者などは蚊帳の外におかれた。結果、それ以後も実質賃金の低下が続き、労働者の生活は苦しくなっている。15春闘における全労連や国民春闘共闘の控えめな月額2万円以上の賃上げ要求を団結とストライキで必ずかち取ることだ。

 「政労使会議」という談合がめざす「好循環」論は、起点が大企業の大儲けにあり、それでおしまいの、結局「幻想としてのトリクルダウン」と同じである。「アベノミクス」、「好循環」論、「トリクルダウン」論という串刺しの毒ダンゴを撥ね付け、春闘60年という節目の春闘を「確かなベア・賃上げ」で飾ろうではないか。消費税増税・円安物価高その他で生活が厳しくなる一方で、いまその条件・情勢が成熟しきっている。われわれのキーワードは「人間らしい生活」の実現である。

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