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道徳教科化 大人に評価する資格があるか

 道徳の教科化。東京新聞は「子どもの人格の成長ぶりを評価する。大人はそんなに立派な存在なのか。」~切り口が痛快。
 評価するのでなく大人が、まずパワハラ、セクハラ、ブラック企業の一掃など、人を粗末にする社会をただすことで、範を示すことこそ重要である。それを欠いては処世術としての「面従腹背」を奨励するのに等しい。
 「道徳教育の限界」については、「大津市立中学校におけるいじめに関する第三者委員会」調査報告書も指摘している。
【道徳の教科化 心を評価する危うさ 東京10/23】

【<社説>道徳の教科化 価値観押し付けを危惧する 琉球新報10/23】

【道徳の教科化に反対する決議  自由法曹団 10/20】

人や自然などへの振る舞いは、総じて文化の問題である。家庭や社会のふるまい方を見て、子どもが真似て、内面化していく。その際、外界を正しく認識する〔多面的な側面を把握する〕ことで、対応発現の仕方がかわってくる。学びは、文化による制約を打ち破っていく重要な推進力であるが・・・ それは葛藤、体験など通じて内面化していくものであり、結論だけを「型」としておしつけることは、百害あって一利なし。 

 愛国心のないものほど「愛国心」を言い、道徳心のないものほど「道徳心」を言う。私の実感である。

【「大津市立中学校におけるいじめに関する第三者委員会」調査報告書 2013/2】 第Ⅰ部は、自死に至るまでの事実 7 いじめ防止教育(道徳教育)の限界 本件中学校は,平成21・22年度文部科学省指定の「道徳教育実践研究事業」推進指定校として,道徳教育を推進してきた。研修主題として「自ら光り輝く生徒を求めて~心に響く道徳教育実践」というテーマを設定し,教育目標を,①たくましく生きる生徒,②情操豊かな生徒,③社会性のある生徒をめざすとし,学校像は,①確かな学力と規律のある集団づくり,②当たり前のことが当たり前にできる,③ビギン・オン・チャイム(チャイムと同時に授業を始める。)というものであった。そして,環境宣言として,一,いじめのない学校づくり,一,ゴミのない学校づくり,一,あいさつあふれる学校づくりが定められた。  以上の理念のもとに. 2年間にわたって様々な道徳教育の実践が行われた。 この道徳実践が全く無意味であったとは思えないが,本件のようないじめの事案を防げなかったという事実を教員たちは真塾に受け入れなければならない。

 現在社会問題となっているいじめの解決は決して容易なものではない。文部科学省もいじめはどの学校どのクラスにも起こりうるものとしている。社会はますます競争原理と効率を求める方向に進んでおり,大人たちの多くはこの原理に浸った結果,職場でのパワハラ,セクハラが社会問題となり,あるいは,従業員に対するメンタルケアが緊急の課題となっている。子どもたちもとうした社会の価値原理から無縁であることはできず,また,学校間格差,受験競争の中で子どもたちもストレスを受けている。これらはいじめの社会的背景として識者によって指摘されてきた。なお,こうした価値原理から子どもたちを守るべき家庭はその価値原理の浸透に有効なシェルターとはなっていない。
 現代の子どものいじめは社会の在り方と根深いところで繋がっているが故に,いじめ発生の土壌が存在するとともに,いじめ解決の困難さが理解されるのである。この事について教員に自覚してほしい。

 以上のように考えると,それ自体の意味を否定しないが,道徳教育や命の教育の限界についても認識を持ち,むしろ学校の現場で教員が一丸となった様々な創造的な実践とそが必要なのではないかと考える。特に,いじめの加害者の被害者のこころの痛みへの共感の低さに鑑みると,他人のこころへの共感というこころの営みが,知何に社会を豊かにするだけでなく,人生における生き甲斐等の自分のこころの充足にも結びっくか,ということを生の事実で繰り返し執勘に教える必要性がある。

【道徳の教科化 心を評価する危うさ 東京10/23】

 小中学校の「道徳の時間」を検定教科書を使う正式な教科に格上げし、子どもの人格の成長ぶりを評価する。中央教育審議会が文部科学相に出した答申である。大人はそんなに立派な存在なのか。
 現行の道徳は教科外活動とされ、検定教科書はなく、成績評価もなされてこなかった。これが二〇一八年度から「特別の教科」に位置づけられる見通しとなった。
 国定教科書を用いた戦前の「修身」は愛国心といった徳目を国民に植えつけ、軍国主義教育の中核を担った。戦後の道徳教育はその反省に立って行われてきた。答申が時計の針を巻き戻す結果を招かないか気がかりだ。
 国語や算数・数学、理科、社会などの既存の教科は、先生が自らの知識や技能、経験も踏まえ、子どもに伝授するのにふさわしい分野といえる。テストという物差しをあてがい、習得具合を客観的に評価することができるからだ。
 道徳は対照的だ。物事の善悪や正邪にとどまらず、人間の生き方や価値観をも正面から取り上げる分野である。子どもの心奥に働きかけ、人格形成に大きな影響を与えるだろう。無論、テストでその発達ぶりを測ることはできない。
 そこで、答申は、点数式を排除して記述式の評価を求めたが、子どもの内面の在りように成績をつけさせることに変わりはないのだ。先生個人の主義主張や好き嫌い、えこひいきが入り込む。
 最大の問題は、何をどう評価するかだ。国が一律の物差しを作れば、自由かつ多様であるべき価値観や思想信条を統制することになりかねない。成績評価がついて回るから、子どもや親が無批判に受け入れてしまう懸念がある。
 国の検定基準に見合う教科書が導入されるのも心配だ。愛国心を定めた教育基本法に照らし、重大な欠陥があると失格になる。合格を意識するあまり画一的な偉人伝や格言、素材に偏らないか。やはり戦前をほうふつさせる。
 そもそも世の中の大人に、子どもの道徳性を評価する資格があるのだろうか。
 小渕優子前経済産業相はお金を正しく管理できず、松島みどり前法相はうちわを配り、そろって法律違反を疑われて閣僚を辞めた。国の責任者に選ばれる大人でさえ、人格完成へまだ道半ばではないか。
 貧困、紛争、温暖化…。社会の難題の解決には、人間の道徳心が肝要である。大人も子どもと一緒に悩み、考え、学び合う。その姿勢を欠いては、未来は危うい。



【<社説>道徳の教科化 価値観押し付けを危惧する 琉球新報10/23】

 中教審が「道徳」の教科化を答申した。国による価値観の押し付けにつながりかねない動きだ。
 答申は、現在は正式教科ではない小中学校の「道徳の時間」を教科として位置付け、検定教科書や評価制度を導入する内容だ。
 授業は原則として担任が行い、評価は数値ではなく記述式にするというが、子どもの内面に踏み込む分野をどう客観的に評価するのか。甚だ疑問であり、教育現場に混乱をもたらしかねないことを強く危惧する。
 道徳の教科化はもともと、教育改革に熱心な安倍晋三首相が強い意欲を示してきたものだ。
 教育基本法を改正し愛国心条項を盛り込んだ2006~07年の第1次安倍政権下の教育再生会議も道徳の教科化を提言したが、検定教科書や点数評価、教員免許などをめぐり中教審では慎重論が根強く、教科化は見送られていた。
 だが第2次安倍政権は発足間もない昨年1月に教育再生実行会議を設置。同会議は11年の大津市の中2いじめ自殺事件などを踏まえて議論し、いじめ対策と関連付ける形で道徳の教科化を同年2月に提言した経緯がある。
 さらに文科省は教科化に賛成する委員で固めた有識者会議を設け、検定教科書や評価導入を盛り込んだ報告書も作成していた。中教審が議論する前から教科化の方向性が示されていたのは明らかだ。
 特定の価値の押し付けにつながりかねない教科化やそのための検定教科書には自民党や文科省内でも否定的意見があった。だが愛国心教育で首相と気脈を通じる下村博文文科相が押し切っている。
 教科化は、戦前の「修身」の反省の上に立つ戦後日本の教育の重大な転換点となるはずだ。安倍政権は本年度内には教科書作成の基本となる学習指導要領を改定するという。愛国心教育を推進するための基盤づくりとして教科化を急いでいるとしか思えない。
 教科化に対する学校現場の不安は根強い。専門家からも「子どもは本心を隠して迎合した発言しかしなくなる」(教育評論家・尾木直樹氏)などの声がある中、教科化を進めることは間違っている。
 子どもたちの多様な価値観を養い、自ら物事を考えて社会で健やかに成長していくために学校教育に何が求められるのか。国民的な議論を喚起する中で、望ましい道徳教育の在り方を模索すべきだ。

【道徳の教科化に反対する決議  自由法曹団 10/20】

1 本年10月8日頃の新聞報道によれば、文部科学省の中央教育審議会は、「道徳に係る教育課程の改善等について」と題する答申案を大筋で了承したということである。
同答申案の主な内容は、次のとおりである。
①現在は正式な教科ではない「道徳の時間」を教科に格上げする。それに伴い、学習指導要領を改訂し、道徳教育の目標や内容をより具体的なものにする必要があるとして、四つの道徳的価値「1 主として自分自身に関すること」、「2 主として他の人との関わりに関すること」「3 主として自然や崇高なものとの関わりに関すること」「4主として集団や社会との関わりに関すること」を挙げる。
②道徳教育について、「評価」を導入する。数値での評価はせず、記述式の評価とするものの、「児童生徒の学習状況を把握するために、児童生徒の作文やノート、質問紙、発言や行動の観察、面接など、様々な方法で資料等を収集」したうえでなされるべきであるとしている。
③道徳教育に検定教科書を導入する。これに伴い、教科書検定基準が策定される。
④道徳教育に関し教員の指導力強化や教員養成課程の「改善」をはかる。
⑤幼稚園、高等学校、特別支援学校における道徳教育を充実させる。

2 そもそも、日本国憲法が「個人の尊厳」(13条)、思想良心の自由(19条)、信教の自由(20条)学習権(26条)等を保障していること、及び子どもの権利条約が子どもの成長発達権(6条)意見表明権(14条)等を保障していることに照らせば、道徳教育は、個々の子どもがいかなる生き方が善い生き方なのかを自分の判断で選び取ることができるように支援する教育であるべきであり、決して、国家が一定の価値観や宗教観を押し付けるようなものであってはならないはずである。
また、実際に、学校現場では、教師が副読本を使いながら、創意工夫に富んだ道徳の授業をしている例も少なくない。

3 しかし、同答申案のとおりに道徳の教科化がなされれば、学習指導要領や教科書検定基準により、道徳の授業内容が縛られ、道徳教育が、国家が望ましいと考える価値観を刷り込むための教育に変容しかねない。特に学習指導要領に盛り込まれようとしている上述の四つの道徳的価値のうち、「3 主として自然や崇高なものとの関わりに関すること」は、宗教的な価値の押し付けになりかねず、「4 主として集団や社会とのかかわりに関すること」は愛国心の押し付けに繋がる危険性が大きい。
また、上述のとおり、評価に関しては子どもの発言や行動の観察まで必要とされており、言ってみれば子どもの生活全般を対象とするものになるため、子どもの思想良心の自由、信教の自由が侵害されるおそれもある。

4 これまで、安倍政権は、憲法改正を掲げ、軍備増強にまい進しながら、教育の分野では教育委員会制度を改悪して国家や首長の意向を教育委員会に反映させやすくするなど、国家による統制を強化してきた。
道徳の教科化により、子ども達が戦争をする国に積極的に協力するような教育がなされてしまう可能性は極めて高い。
自由法曹団は、断固として、道徳の教科化に反対する。

2014年10月20日
自由法曹団福井・あわら総会


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