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原発集中立地を批判 吉田元所長

 集中立地に対し、吉田元所長は「大混乱になる。なおかつ全部一発(のトラブル)で電源(発電所)が止まってしまう」と批判的見解を述べていた。実際、一度に複数の原子炉に対応する混乱、1つの事故が他の原子炉の対応を阻害し、連鎖的に悪化していった。それを当事者が生々しく語った。
 しかも、今回の事故は、2号機底部が小さく損傷し圧力が低下し注水が可能となった幸運、ミスのため作業が遅れ、4号機の「機器仮置きプール」にも水が張られていた幸運、その水が幸運にも使用済みプールに流出した幸運。4号機建屋が3号機から流入した水素爆発で吹っ飛び、外部から注水できた幸運がかさなり、「東日本壊滅」の事態がさけられた。
 集中立地については、確か、吉井衆院議員(当時)の質問に、規制委員会も「課題」であることを認めたものの、その後、放置されたままである。
敷地境界の被曝量を規制する「原発立地審査指針」を、日本で原発が存在できなくなるので新基準から排除した。
改めて「立地の在り方」そのものを、行政に突きつけていく必要がある。
【東電の吉田元所長、原発集中立地を批判=政府公開の調書で ロイター9/11】
【原発事故調書19人分公開 情報入らず誤認の連鎖 東京9/12】

【東電の吉田元所長、原発集中立地を批判=政府公開の調書で ロイター9/11】

東京 11日 ロイター] - 政府は11日、東京電力福島第1原発事故時に発電所長だった吉田昌郎氏(2013年死去)への政府事故調査委員会による聴取記録を公表した。
吉田元所長は、1カ所に多数の原子炉が並ぶ集中立地について「昔から集中立地は嫌い」と証言。「会社のリスク分散からすると余りよろしくないと昔から思っている」となどと述べ、批判的に考えていたことが浮き彫りになった。
政府が公開した吉田所長への聴取記録は、2011年3月の事故後の7月から11月に行われた聴き取りが対象。8月に行われた聴取で、福島第1の原子炉の配列設計に関して質問された際に、吉田氏は集中立地に批判的な考えを示した。
福島第1は、1号機と2号機、3号機と4号機、5号機と6号機と、中央制御室1カ所で2基を運転する設計となっている。
これについて吉田氏は「日本全体で何が標準かわからないが、ワンユニット(1基)で1(つの)中操(中央制御室の意味)が多い。他電力は一気にたくさんつくらないで、1基作って1つの中操を作るのが普通」と述べている。
集中立地のメリットとして、吉田氏は開発コストを挙げた。その上で「デメリットはもっとある。福島第2(4基)のようにこじんまりやっている方が運用上も楽。(2007年の)中越(沖)地震の時の柏崎(刈羽)の時もそうだが、大混乱になる。なおかつ全部一発(のトラブル)で電源(発電所)が止まってしまう」などと語った。
東電の原発は、福島第2のほか、全6基の福島第1(全基廃炉が決定)、全7基の柏崎刈羽と、関西電力の1カ所4基(高浜、大飯)、九州電力の同4基(玄海)に比べても、集中立地ぶりが目立つ。
原子力規制委員会も1カ所の集中立地を安全性の観点で問題視している。過酷事故の現場で指揮をとった吉田氏による、集中立地を批判する証言が公表されたことで、国内各方面からこの問題に対する議論が高まりそうだ

【原発事故調書19人分公開 情報入らず誤認の連鎖 東京9/12】

 政府は十一日、東京電力福島第一原発事故をめぐり、政府事故調査・検証委員会が実施した故・吉田昌郎(まさお)元福島第一所長=二〇一三年七月死去=や菅直人元首相ら十九人への聴取記録(調書)を公開した。吉田氏は全電源喪失で原子炉の状況がほとんどつかめず、暴走する複数の炉への対応に翻弄(ほんろう)され、「絶望」と「焦り」に支配されていたと証言。官邸側でも、情報が入らず誤認の連鎖に陥っていた状況が浮かび上がった。
 原発は、弁の操作やポンプの駆動、情報の収集まで電気で制御されている。事故対応マニュアルも全てはスイッチ操作を前提にしている。調書は、電源を失えば何もできない原発のもろさを証明している。
 計器が次々と動かなくなり、吉田氏は原発の状況がつかめなくなった。一一年三月十一日のうちに重大事故に陥った1号機では、水位計を信じ、原子炉に水は十分あり、非常用冷却装置(IC)も動いていると誤認していた。
 炉心が溶融し、放射線量が上がってきても水位はあると考え、「おかしい」「何か変なことが起こっている」との認識しか持てなかった。
 複数の原子炉が並ぶ危うさも明確になった。
 翌日、1号機で水素爆発が起きると3号機用の注水ホースが吹き飛び、切迫する現場から貴重な時間を奪った。十四日には3号機が爆発。注水の必要が出た2号機の注水ホースが損傷し「TAFに行く(核燃料が露出する)前に水を入れたくてしょうがなかった」という吉田氏をさらに焦らせた。まさに負の連鎖だった。
 2号機への注水が遅れ、「本当に死んだと思った」というほどの危機に陥った。2号機はベント(排気)で格納容器内の圧力を下げようとしても、すぐに弁が閉まり、炉圧が高くて水も入らない。
 「このまま水が入らないでメルト(炉心溶融)して、完全に格納容器の圧力をぶち破って燃料が全部出ていってしまう」
 こうなると福島第一内は高い線量で作業はできなくなる。1、3号機の注水も止まり、各号機のプールにある使用済み核燃料も過熱していく。
 「放射能が2F(福島第二)まで行って、四プラント(基)も作業できなくなってしまう」
 菅首相(当時)の要請で原子力委員会の近藤駿介委員長(同)が試算した「最悪のシナリオ」そのものだった。十五日朝、2号機地下の圧力抑制室が損傷して圧力が抜け、注水を再開でき、最悪の状況は避けられた。

◆官邸「全員撤退」信じ込む
 政府が公表した、政府事故調による菅直人首相(肩書はいずれも当時)らの聴取記録からは、東電からの情報不足も手伝った、官邸内の混乱ぶりが分かる。
 菅氏は福島第一原発1号機でベント(排気)が実施されないのにいらだち、事故発生翌日の三月十二日朝、福島第一原発をヘリで視察しようとした。枝野幸男官房長官は「政治的パフォーマンスとしてやるなら、むしろマイナス効果の方が大きい」と進言。細野豪志首相補佐官は反対のニュアンスは伝えたが「あの総理にスイッチが入った」として明確には反対しなかった。
 菅氏は「現地の責任者とちゃんと意思疎通したい。最終的な判断は私が背負う」と考え、飛び立った。
 後に細野氏は「ベントを遅らせたかもしれない」と自責の念にかられたというが、福島第一の吉田昌郎所長は「全く(影響が)ないです」と聴取に答えた。
 十四日夜に2号機が危機的な状況となり、東電が「全員撤退」との情報が官邸をかけめぐった。
 実際には残っていた吉田所長は聴取に「全員撤退して身を引くということは言っていない」と説明。「必要な人員を除き」の部分を東電側が明言しなかったのが誤解の原因だった。
 枝野氏は東電の清水正孝社長との電話内容について「間違いなく全面撤退の趣旨だった。自信がある」と強調。海江田万里経済産業相も清水氏の言葉を「全員だと思った」という。
 細野氏は、吉田氏との電話で「これまで『大丈夫です。まだやれる』の返事だった人が、このときは弱気になっていたから、これは本当にだめかもしれない」と感じ、全員撤退だと信じ込んでいたという。
 <政府事故調の調書> 政府事故調は吉田元所長を含め計772人から聞き取りし、2012年7月に最終報告書をまとめた。聴取した記録(調書)は非公開とされてきたが、政府は今回公開に踏み切った。特に吉田氏の調書は全7編で構成され、A4判で約400ページに上る。聴取は11年7月から11月まで約30時間にわたり、吉田氏が指揮を執った原発内の免震重要棟内と、事故対応拠点「Jヴィレッジ」で実施した。
 <最悪のシナリオ> 福島第一で、使用済みも含め核燃料が次々と溶融した場合どうなるかを試算。横浜市の一部も含む250キロ圏まで避難地域が広がると予想している。このシナリオは今年5月に、福井地裁が関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)の運転差し止めを命じる判決を出したときの重要な根拠として挙げられている。


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 いや,感動しました.  そのまま転載します.私の言葉を付け加えたら,文章の格調高さを損なってしまう. http://moriyama-law.cocolog-nifty.com/machiben/2014/09/post-08e2.html (以下転載) 2014年9月13日 (土) 朝日新聞「誤報」事件  秘密保護法の生け贄 朝日新聞の「誤報」に対するバッシングは、戦後、言論機関(朝日新聞がそう呼ぶに値するかどうかは別として)に対するものとして、かつて例をみない特異な事件に発展した。 ... [Read More]

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