原発:想定外を超える事象へのリスク管理=「危険耐性」の導入提言 土木学会
深層防護の第四層と五層の一部に対する土木学会の提言。設計基準を上回る地震、津波に対応するため「危険耐性」という概念を導入し、多角的・総合的に検討すること、またリスク情報を一元管理し、住民もふくめてリスクコミュニケーションを前進させ対策を充実させることなどを提言している。
「突貫工事を余儀なくされた」規制基準(更田委員)は、きわめて貧弱な基準である。これで安全性が確保されたものではないことを、こうした技術畑の学会が示すことは、対行政とのやり取りでは威力を発揮する。
知事会自体も、原子力防災にかかわって避難所、避難道の整備など財政措置を要求しているが、現状ては「できていなこと」の証明でもある。
県議会では「深層防護は非常に大事」と答弁させている。本当に徹底すれば、日本で物理的にも、経済的にも原発は存在しえない、ことを一歩ずつめていきたい。
【原子力発電所の耐震・耐津波性能のあるべき姿に関する提言(土木工学からの視点)】
【原子力発電所の耐震・耐津波性能のあるべき姿に関する提言(土木工学からの視点)】
平成25年7月
公益社団法人 土木学会
東日本大震災フォローアップ委員会
原子力安全土木技術特定テーマ委員会
1. はじめに
1.1提言の目的
【本提言では,自然外部事象が設計で基準とするレベルを超えた場合にも放射性物質の大量放出という危機的な状況に至らせないことを目的に,設計・リスク管理のための新たな性能を提案する.】
福島第一原子力発電所の事故を踏まえると,原子力事故により社会が危機的な状況になることを防ぐには,事象が設計で基準とするレベルを超えても炉心の著しい損傷に至らないよう冷却機能を確保することが設計あるいはリスク管理のための要求として必要であり,これを設計およびリスク管理の体系に組み入れることを本提言の目的とした.
原子力安全の確保は深層防護の考え方が基本とされている.国際原子力機関(IAEA)によれば深層防護は以下の各層で構築される(第1図参照).
・(第1層)運転状態からの逸脱防止
・(第2層)異常状態の制御
・(第3層)設計基準内に事故を制御
・(第4層)アクシデントマネジメントと影響の格納
・(第5層)敷地外緊急対処による放射線影響の緩和
第1図 核分裂生成物(FP)に対するIAEAの深層防護の概念(山口 2012.3)
本提言は,新設,既設を問わず原子力発電所の一般的な耐震・耐津波性能とその確保のあり方を土木工学の視点から示すものである.
当委員会ではこの考え方に照らし,地震や津波に対して深層防護の第3層までの目的は発電所ごとに定める基準地震動・基準津波に対する設計で達成すべきものと捉え,主には深層防護の第4層に貢献する新たな土木工学的課題の検討をした.さらに,第5層の目的の達成に資する課題の一部を検討した.
この提言は,原子力発電において土木工学が係わる安全規制行政,電気事業,国,自治体,建設業,学協会で活動する技術者を主な対象としているが,できるだけ原子力特有の用語や表現を避けて,広く一般に理解をしやすくなるよう配慮している.本提言は新設,既設を問わず一般的な耐震・耐津波性能のあり方を示すものであるが,当面の現実問題としては既設の発電所に対してどのように十分な耐震・耐津波の性能を確保させるかが最も重要な課題である
1.2 土木工学の視点から見た問題の所在
(1) 自然現象は設計で基準とする値を上回ることがあるという認識の欠如
【計地震動,設計津波を上回る事象に対して,どのような対策が現実的に適切であるかという認識が社会で共有されていなかった】
原子力発電所の設計では「極めてまれな地震,津波」を想定する.これらを科学的合理的に設定する努力はこれまでもなされてきた.土木分野においても,断層の活動性研究や設計津波の研究に長年取り組んできた.
しかし,新潟県中越沖地震では設計地震動を大きく上回る地震動が発生し,その後,東日本大震災では設計津波を大きく上回る津波が発生した.その結果,設計で基準とする値の決め方への疑念が社会に広がるとともに,設計で基準とする値を上回る事態への対応の不備が大きな問題となった.
「極めてまれな地震,津波」に対応して設計地震動(基準地震動)や設計津波(基準津波)を定めるということは,それがゆえに,その後の新たな知見への対応が容易ではないという問題を内包してきた.新たな知見により過去の設置許可時の「極めてまれな地震,津波」が実は不十分であったとなると,設置許可時の国による安全性判断(すなわち稼働中の原子炉の安全性)との不整合が社会から直ちに問われることとなる.したがって,こうした新たな知見への対応に国も電気事業者も非常に慎重にならざるを得なかったのではないか.一般のインフラでは普通に使われる耐震補強という言葉さえ原子力施設の場合には憚りがみられたのもその表れである.ひとたび「極めてまれな地震,津波」を設計の基準として決定してしまったあとでは,それを上回る事象が発生する可能性へのオープンな議論や継続的なリスク管理がなされにくかったといえる.
「極めてまれな地震,津波」を科学的合理的に設定することの努力と同程度以上に,設計で基準とする値を上回る事態に備えての事前・事後の対策を広く検討することが原子力に関わる各分野で必要であった.
発電所周辺地域の視野からの安全対策の欠如
【設計地震動,設計津波を上回る事象に対して,発電所敷地内だけでなく,敷地外との関わりを含めた対策が不足していた.】
東日本大震災で敷地外からの送電線やオフサイトセンターが機能喪失したことに象徴されるように,一般に発電所の安全で問題となるような地震や津波が発生すれば,敷地外においても相当の被害が生じる可能性があることを想定すべきであった.敷地外における道路交通や各種供給インフラの確保,必要資材の備蓄も不可欠であり,関連行政機関や他事業者との連携が重要であることが明らかになった.
東日本大震災以前は,敷地外での実質的な防護措置が必要となるような被害の発生を想定してこなかった.その裏返しとして,被害を想定した議論がタブー視され,敷地内と敷地外とのかかわりが真剣に議論されることがなかった.設計で基準とするレベル以下の事象に対する発電所(あるいはその所有会社)で完結した事態収束が前提となっていた.
原子力安全の目標を達成するためには,こうした「発電所周辺地域の視野からの安全対策」も十分になされていることが必要であった.
1.3 本書の構成
本書では,地震,津波に対する設計およびリスク管理の枠組みを見直し,従来の「安全性」に加えて,「危機耐性」の概念を導入する.
第2章では,この新たな設計およびリスク管理の枠組みを実現するための原子力発電所敷地内での技術について述べる.
第3章では,危機耐性の概念を原子力発電所敷地外に拡張して,総合的に安全性を確保することの重要性を述べる.
第4章では,東日本大震災で被害の拡大防止や影響緩和に成功した例や,その後の緊急安全対策で土木工学が果たしている役割を踏まえて,これらの継続的な改善のためには,分野の垣根を越えたコミュニケーションが必要なこと,その他の自然事象に対しても同様の取り組みが望まれることを述べる.
2.新たな耐震・耐津波設計およびリスク管理への提案
2.1 新たな耐震・耐津波設計およびリスク管理の枠組み
【地震,津波に対する性能として従来の「安全性」に加え,新たに「危機耐性」を提案する.基準地震動・津波を超えた事象などに対処するためには「危機耐性」の確保が重要である.】
第1章で述べたとおり,ⅰ)基準地震動・津波を超える事象の発生の可能性の認識およびその場合の対処,ⅱ)様々な被災シナリオの考慮,が不十分であった点に最大の問題がある.
そこで,従来考慮されていた,基準地震動・津波に対する性能である「安全性」に加え,基準地震動・津波を超えるなどにより「安全性」が損なわれた場合の「危機耐性」1)を新たに性能として考慮することを提案する.
「安全性」の定義は一般に「重大な損傷が発生しない」であり,原子力発電所では「緊急手段を必要とせずに放射性物質の大量放出という危機的な状況に至る可能性を十分に小さくする性能」とする.この「安全性」が損なわれたとしても直ちに危機的な状況に陥ることは避けなくてはならない.「安全性」が損なわれるということは構造物に重大な損傷が発生することを意味するが,そのような場合でも緊急手段の実行を可能とし,原子力発電所のシステム全体として危機的な状況に至る可能性を十分に小さくする性能を定義し,導入することを提案する.
この性能の名称は,「危機耐性(anti-catastrophe)」とする.
なお,原子力発電所や関係施設の構造物の劣化が「危機耐性」などの性能に大きな影響を与えないように適切な維持管理を行わなくてはならない.
2.2 新たな性能「危機耐性」
【危機的な状況に至る可能性を十分に小さくする性能「危機耐性」を確保するためには原子力発電所のシステム全体の理解が必要であり,原子力,土木,建築,機械,電気などの技術分野の垣根を越えて,個々の施設や構造物の壊れ方およびその波及効果を理解し,緊急手段も含めて総合的に「危機耐性」を確保する必要がある.】
「危機耐性」を考える場合,原子力発電所内の個々の施設や構造物の損傷による波及効果についてイベントツリー解析を援用するなどして十分に理解し,原子力発電所を一つのシステムとしてモデル化する必要がある.システムのモデル化は,原子力発電所内で生じる個々の施設や構造物の地震や津波による損傷・被害の影響範囲を明らかにすることに直結している.モデル化されたシステムに基づき被災シナリオが構築されるため,システムさらにはその中のサブシステム,さらにはその中の個別要素の相互関係を明確にしなければならない.原子力,土木,建築,機械,電気などの技術分野の垣根を越えた連携により,各分野が係わるサブシステムで構成されるシステム全体について総合的に検討することが重要である.
例えば,屋外重要土木構造物や周辺斜面が被害を受けたとしても,それが原子力発電所の危機的な状況をもたらすような被害であってはならない.これまで,壊れ方,壊れた後の影響の検討はあまり行ってこなかったが危機的な状況を避けるような壊れ方を検討することが今後重要である.
そのためには部材レベルの照査だけではなく,構造物全体として,あるいはシステム全体として危機的な状況を避けるための方策を考える必要がある.取水施設であれば事象が基準地震動・津波を超えたとしても直ちに冷却水確保のための通水性が損なわれるような破壊形態は避けなくてはならない.さらには,通水性が損なわれたとしても緊急手段による対処を阻害するような被害形態は避けなくてはならない.このようにシステム全体として粘り強いものとすることが重要である.「危機耐性」の確保とは,所定の設計外力に対して照査を行う従来の設計の方法とは異なり,ある施設の損傷がどのような波及効果を及ぼすかを考え,危機的状況を回避するための対策を講じることによって達成される.その具体的方法は今後議論を重ねる必要があるが,ストレステストと確率論的リスク評価とを相互補完的に合わせて用いることはその一つの方法と考えられる.
また,緊急手段により「危機耐性」を保つことも大変重要であり,その際モニタリングの果たす役割も大きい.津波の到達前での防潮堤や建屋等の開口部の閉鎖および作業員の避難等の緊急手段は,原子力発電施設における津波の影響を低減し,危機的な状況を回避する効果がある.これらの方策を適切に実施するためには,津波の到達時刻や水位変動量の予測が必要である.沖合における水位モニタリングはその予測精度を高める有効な手段の一つであり,GPS波浪計データや海洋レーダの活用が期待される.また,津波到達後に,危機的な状況を避けるために,浸水した機器の代替機器の設置などの緊急手段を講じる可能性がある.しかし,巨大津波が発生すると,その水位変動は数時間から最大で1日程度継続する場合があり,作業の実施の可否判断には津波に関する情報が必要である.この情報を得る主要な手段の一つが,原子力発電所敷地内と周辺のモニタリングであり,例えば水位等の観測や映像によるモニタリングにより現場の状況を把握することができる.また,モニタリング結果を記録することにより,津波が発電所に与えた影響を速やかに把握することは,緊急手段の選択に有効である.こうした情報を有効に活用した適切な緊急手段によって「危機耐性」を高めることが期待できる.
なお,新たな性能である「危機耐性」を導入し,それを高めるための措置を講じたとしても,原子力発電所が地震や津波により危機的な状況に至る可能性を完全にはゼロにできないことを十分に認識し,継続的にリスク管理の改善を図っていかなくてはならない.
2.3 地震動・津波のハザードレベル
【現状の基準地震動・津波のハザードレベルを明らかにし新しい枠組みの中での地震動・津波の決め方について広く議論をする必要がある.その際,低頻度事象のハザードレベル評価手法の高度化とともに「危機耐性」の対象となるような極めて低頻度の事象の定量的評価の限界,その場合の合理的扱い方について検討を行う必要がある.】
現状の基準地震動・津波のハザードレベルを明らかにするとともに,新しい枠組みの中での基準地震動・津波の決め方について,他の様々なリスクとの比較,科学的合理性など,どのような観点から定義すべきかについて広く議論をする必要がある.
基準地震動のような低頻度事象のハザードレベル評価の高度化も課題である.地震動ならびに津波について確率論的ハザード解析の研究が進められその評価手順について整備されてきたが,断層モデルを考慮した確率論的地震ハザード解析など,一層の高度化を進めるとともに,その評価結果の設計やリスク管理への積極的な活用法について検討を進めて行く必要がある.また,低頻度の事象を対象とする場合,データが限られることからその評価の信頼幅が大きくなるため,それを小さくするための調査・研究が今後一層必要である.例えば,古津波の研究については,これまで古文書などの文献調査が主であったが,沿岸において津波の到達した古い痕跡に関する研究が発展している.津波堆積物や津波石に関する研究が代表的であり,課題が多いものの今後の発展が期待される.
同時に,こうした評価自体の信頼性を明示していくことが重要な課題となる.低頻度であればあるほど当然のことながらデータが限られ,その定量化が困難になることを認識した上で,どの程度までであれば定量的評価が可能か(妥当か)を示す必要がある.「危機耐性」のハザードレベルについては,確率的(定量的)な定義が困難なことが予想される.基準地震動・津波を超える事象の生起確率は極めて小さく,このような低頻度事象を確率的に扱うことは信頼幅が非常に大きい(信頼度の低い)確率値を扱わなくてはならないため,「危機耐性」に対応した定性的なシナリオを対象に検討することも考えられる.このような極めて低頻度の事象の合理的な扱い方についての検討が必要である.
2.4 被災シナリオの拡充
【過去の被災事例などを考慮して,新たな被災シナリオを可能な限り考え適切な対策を講じる必要がある.特に「危機耐性」に対してはシステム全体として被災シナリオを考えることが重要であり,こうした観点からの現地調査(ウォークダウン)の実施が必要である.】
今回の地震による被災事例も踏まえて設計あるいはリスク管理上考慮すべき事象の見直しを行い,新たな被災シナリオを考えることが必要である.例えば,次のような事象が考えられる.
津波が防潮堤を越えた場合の流体力や漂流物衝突力に対する構造安全性,水密性などに対する設計が考えられ,こうした事象を議論する耐津波工学の構築が必要である.
地震動による地盤の抵抗力・支持力の低下,その後の津波による流体力や漂流物衝突力の作用,局所洗掘の影響など,ハザードの組み合わせに対する被災のシナリオも議論が必要である.
防潮堤が津波高さより高いとしても,取・放水設備や配管ダクトを通じて浸水する可能性もあり,そうした被災シナリオへの対処も必要である.
本震発生後の事象についても考慮が必要であり,余震に対する十分な性能を担保するための設計も今後の課題になる.構造物への累積損傷(本震,余震)を考慮した耐力の評価方法,余震を考慮した設計地震動の考え方などの設計法の確立が必要となる.そのためには余震に対する確率論的ハザード評価に対する検討も進める必要がある.
巨大津波の後では,水位変動が半日から1日程度は継続する場合があり,被災直後の緊急手段のための現場作業時に被災する可能性もある.
これまで様々な震災を経験し,被災例に学んで耐震設計が進歩してきたが,原子力安全においては経験に学ぶだけでなく,想像力をたくましくして未経験の被災シナリオも想定し,考えられる限りの危険性に対して十分な対策をとることが必要である.そのためには,これまでの設計の枠組みにとらわれることなく,部材レベルの性能に加え,原子力,土木,建築,機械,電気などの技術分野の垣根を越えたシステム全体の性能を考える必要がある.特に「危機耐性」に対してはシステム全体として被災シナリオを考えることが重要であり,こうした観点からシステム全体の把握が可能となるように複数の専門家から構成されるチームによる現地調査(ウォークダウン)の実施が重要である.
考えられる限りの被災シナリオの設定を試みたとしても,将来的に想定していなかった事象によって被災する可能性があることを認識しなくてはならない.想定していなかった事象に対しては緊急手段による対処が大変重要であり,放射性物質の大量放出の危機が迫るという非常に切迫した状況においての人員や物資,機材搬入路確保のための道路,橋梁などが被災した場合の影響について検討を行い,その対処方法に関する計画立案ならびに人員の継続的な訓練を行う必要がある.こうした緊急手段の確保は敷地内だけではなく敷地外の施設にも深く関わる.敷地外については第3章で述べる.
原子力安全確保に向けた発電所周辺地域の関わり
3.1 発電所周辺地域からの修復・復旧支援の必要性
【原子力発電所の危機的な状況を避けるために求められる修復・復旧には,発電所周辺地域からの応援・支援が不可欠であるため,発電所周辺地域の視野から原子力安全の目標達成方法を見直し,原子力発電所を構成する設備の性能との関係を明確に定めることが必要である.】
原子力安全土木技術の根幹は,前章に示したように,地震・津波ハザードの評価技術や耐震設計および耐津波設計に関わる技術であるが,一方で,原子力発電所の物理的・機能的な被害の可能性を想定すれば,危機的な状況を避けるための修復・復旧に係わる活動やそれらを支える発電所周辺地域からの応援・支援(冷温停止に至るまで,および冷温停止を維持する期間において必要となるさまざまな措置のうち,たとえば津波瓦礫の除去,道路の啓開,電源ケーブルの敷設,送水システムの応急修理など.)は不可欠となる.そのため,発電所周辺地域の視野から原子力安全の目標達成方法を見直し,原子力発電所を構成する設備の性能との関係を明確に定める必要がある.
電気事業者,国の関係機関,および立地・周辺自治体を含めて,我が国の社会全体で原子力発電所の物理的・機能的な被害の可能性をこれまで暗黙裡に前提としてこなかった.それゆえ,原子力発電所の危機的な状況を避けるための修復・復旧という考え方が原子力安全土木技術の枠組みの中で十二分に制度化されていなかった点が大きな問題の1つであった.その結果,危機的な状況での,時間的・空間的に極めて強い制約下において原子力発電所を修復・復旧させるためのアクションプランや具体的な方策が欠落していたと考えられる.
本提言では,原子力発電所のシステム全体に求められる性能として,基準地震動や基準津波を超えた事象に対して求められる「危機耐性」を前章において新たに定義した.危機耐性の考え方を国際原子力機関(IAEA)による深層防護の考え方(山口,2012.3)に対応づけると,第4層「アクシデントマネジメントと影響の格納」と第5層「敷地外緊急対処」に関係する性能であり,このような性能を確保するためには,発電所周辺地域との関わりの中で危機的な状況を避けるための修復・復旧という考え方が前提として求められることになる.
以上の考え方に基づき,本章では,原子力安全確保に向けた発電所周辺地域の関わりについて,以下の2つの観点から提言を示すこととする.
3.2 危機的な状況を避けるための修復・復旧という考え方を前提とした社会制度の枠組み
【発電所周辺社会との関わりの中で,危機的な状況を避けるための修復・復旧という考え方を前提とする原子力防災の基本的な枠組みを社会制度に取り入れ,アクションプラン等の具体的な施策立案の際にこのような修復・復旧の考え方を陽に反映させる必要がある.】
発電所周辺社会との関わりの中で,危機的な状況を避けるための修復・復旧という考え方を,社会制度の枠組みにおいてどのように位置づけ,共有・運用・管理・維持していくかが,極めて大きな課題である.その課題解決には,様々な分野との協働・連携作業が不可欠である.
このような修復・復旧の考え方を前提とする原子力防災の基本的な枠組みを,災害対策基本法や原子力災害対策措置法といった上位法令の中で明文化し,それによって,各省庁の原子力災害対策マニュアル,関係自治体の総合計画,地域防災計画,および,電気事業者の防災業務計画の策定過程の俎上に載せ,アクションプラン等の具体的な施策立案の際に,危機的な状況を避けるための修復・復旧という考え方を陽に反映させる必要がある.
その際,学会や行政などの中立な第三者機関の役割としては,アクションプラン策定のための指針や手引書の策定・公表・改定などの責任的立場が求められよう.さらに主体を広げると,政府や原子力規制委員会,原子力規制庁には,住民を含めた,原子力安全に係わる個別分散的な主体間のリスクコミュニケーションを前進させ,効率化するために,原子力安全に係わるリスク情報を一元的に共有するプラットホームを再構築した上で公開し,実質的でかつ効率的な運用・管理・維持に向けた迅速な行動が強く求められる.
3.3 原子力発電所の「危機耐性」を確保するための敷地外システムの耐性の向上
【発電所周辺地域との関わりの中で,原子力発電所の危機的な状況を避けるための修復・復旧に関わる方策を具体化し,効率的に実現するためには,発電所敷地外の各種関係システムの耐性を向上させることが重要である.】
「危機耐性」という性能を原子力発電所に求めるためには,原子力発電所の危機的な状況を避けるための修復・復旧に関わる方策を周辺地域との関わりの中で具体化し,効率的に実現することが不可欠となる.このためには,原子力発電所敷地外の各種システムの耐性向上のための方策を講じる必要がある.具体的には,対象とする原子力発電所の物理的・機能的な被害による影響波及をイベントツリー解析の方法論を援用するなどして事前に検討し,帰結となる事態の事故シーケンスを遡って敷地外システムの耐性を向上させる必要がある.
原子力発電所敷地外の各種システムとして,具体的には,国・自治体等が関わるオフサイトセンター等の危機管理および応急復旧の基点となる公的施設や,電気事業者等が関わる復旧人員・復旧資機材の供給拠点となる後方支援拠点群,また,それらから原子力発電所までの交通インフラ・アクセスルート,および,電力供給インフラや情報通信インフラ,水供給・水処理インフラ等のライフラインシステムがあげられる.それぞれの事故シーケンスを想定した上で,地震動,液状化等による地盤変状,斜面崩壊,津波,さらには空間放射線による被爆などに対する原子力発電所敷地外の各種システムのリスク管理が必要不可欠である.
また,危機的な状況に応じて空間的に対象領域を拡大して修復・復旧の効率化に係る方策を検討する必要がある.したがって,原子力災害対策の重点区域だけでなく,さらに広域からの応援・支援を念頭においた上記のリスク管理と具体的な方策の検討が必要である.
なお,このようなリスク管理と具体的な方策の検討に当たっては,電気事業者と他の事業者が密接に関わる必要があるため,実効性を高めるための制度設計が喫緊の課題となろう.このような制度設計に際しては,他の事業者が具体的な方策を実施する際のコストの負担について検討することも併せて必要な課題となる.
4.土木技術者の役割
一般の社会基盤施設では,地震,津波など自然外部事象への理解と対策において土木技術は大きく関与してきている.そうした総合的な防災技術力があるにもかかわらず,原子力安全においては土木分野からの情報発信や他の技術分野との連携が必ずしも十分とはいえなかった.東日本大震災での原子力事故を機に,原子力,土木,建築,機械,電気などの技術分野の垣根を越えた連携が良好に構築されつつある.特に,次に示す課題について,分野間の協力関係を密にして対応していく必要がある.
4.1 失敗・成功事例等の共有と活用
【失敗事例から再発防止の教訓を得るとともに,東日本大震災で過酷事故に至らせなかった他の原子力発電所での経験を技術として体系化して今後に引き継いでいくべきである.】
東日本大震災では過酷事故に至った失敗事例から,社会は多くの教訓を得た.これらを今後の安全確保に活かすことは当然として,過酷事故に至らせなかった事例もあり,これらの事例を関係者において共有して今後に活かすべきである.たとえば,東北電力女川原子力発電所では,基準地震動Ssと同程度の地震動を経験したが,耐震安全上重要な土木構造物,基礎地盤,周辺斜面に顕著な被害はなかった.最高水位13mの巨大津波が襲来したが主要設備を設置している敷地には津波は到達しなかった.過去から現在に至るまでの土木技術が有効に機能していると考えられる.また,震災後に各原子力発電所で個別に実施されている緊急安全対策についても,その設計法,施工法,耐震性評価法,耐津波性評価法などを技術として体系化し将来に引き継いでいくことが重要である.
4.2 地震,津波以外の自然外部事象への対応
【地震,津波以外のさまざまな自然外部事象に対しても,「安全性」と「危機耐性」を確保するべきである.】
本提言は,東日本大震災を踏まえて,地震,津波に対しての原子力安全を対象としているが,それら以外の自然外部事象に関しても同様の考え方を適用するべきである.日本は地震国であり,地震,津波が大きな脅威であることは間違いないが,特定の事象に特化せず,バランスのとれたリスク管理が望まれる.主な突発的事象としては,噴火,暴風雪,高潮,竜巻などが考えられる.経年的な事象としては,塩害による構造物の腐食劣化のように環境作用の影響も合わせて考慮する必要がある.また,複数の自然外部事象の組み合わせへの対応については,その発生確率や時間的な前後関係を考慮して対策すべきである.その際,特定の事象への対策が,その他の事象にどのような影響を及ぼすのかを確認する必要がある.たとえば,地震動で変形した津波防護施設や取水施設が,津波に対してどのように機能するかなどが考えられる.いずれの場合でも,このような施設の設計や審査にあたって絶対に壊れない(壊さない)という固定観念をもつべきではない.
4.3 継続的なリスク管理への関与
【構造物の耐震性・耐津波性に関するリスクとその対策に関わる情報を第三者の立場から公開するシステムを構築し,多様なステークホルダーの意見も反映した意思決定の仕組みを持つべきである.】
原子力発電所には,常に最新の地震・耐震工学に関わる知見を取り入れ,「危機耐性」などの新たに定義される性能も考慮し,継続的にリスク管理を行うことが求められる.さらには,今後も原子力発電所近傍における地震や津波の情報が新たに提供されることが予想されるため,これらに対する原子力発電所のリスクを管理し,受容できるレベルまで低減するために補強を含めた対策を施す必要がある.その際,学会や行政などの中立な第三者機関がリスク管理に関与する必要がある.新たに提供される地震や津波の情報,または,新たに構造物に要求される性能に対して,どこまでの対策を施すのかについて,中立な第三者機関に属する技術者の判断を仰ぐことが求められる.第三者機関は,その結果を公開し,多様なステークホルダーの意見も求める機会を持つべきである.
継続的なリスク管理を行っていく上で,モニタリング技術の積極的な活用も重要である.中小の地震も含めた地震動,各種構造物の応答,津波などの観測情報から設計やリスク評価に用いたモデルの妥当性を確認してリスク対策の意思決定に活かすことが好ましい.
【用語説明(五十音順)】
・アクシデントマネジメント
設計基準上では想定していないような事態発生に備えてあらかじめ設置した機器や,設計上使用できる保証がなくても実際には使用可能な機器などを活用することによって,事故のシビアアクシデントへの発展を防止するために採られる措置.若しくは,万一シビアアクシデントに至った場合でも被害を最小限にとどめるために採られる措置. (原子力安全・保安院 原子力防災用語集より引用)
・イベントツリー解析
構築物,機器および系統の損傷,並びに故障および事故などの起因となる事象を出発点に,事象がどのように進展して最終状態に至るかを,関連する“緩和設備”の作動の成否などを分岐として樹形状に展開した図式(イベントツリー)を用いて,最終状態に至る事故のシナリオ展開すること.(日本原子力学会:原子力発電所の地震を起因とした確率論的安全評価実施基準 より引用)
・ウォークダウン
設計図面,機器の配置,運転状態,事故時に発生する可能性のある隣接構造物間の空間的環境効果,システムの相互干渉効果,“二次的影響”,およびこれらに係る評価手順などに関する情報の妥当性の確認のために実施する発電所を対象とした現地調査(日本原子力学会:原子力発電所の地震を起因とした確率論的安全評価実施基準 より引用)
・確率論的安全評価, PSA
(確率論的リスク評価, PRA)
入力から構造物・機器・施設の強度や応答の不確定性を考慮して,システム(施設)の弱点箇所を特定すると共に,システム全体の安全性を年損傷確率で評価する手法.原子力発電所施設を対象としたLevel 1 PSA(PRA)ならば,CDF(炉心損傷頻度)で示される.
・確率論的ハザード評価
対象地点におけるハザードの強さ・大きさ(例えば地震動強度,津波高さ)とその超過確率(あるいは頻度)との関係を評価すること.
・過酷事故(シビアアクシデント)
設計上想定していない事態が起こり,安全設計の評価上想定された手段では適切な炉心の冷却又は反応度の制御ができない状態になり,炉心溶融又は原子炉格納容器破損 による機能喪失により大量の放射線被曝,放射能汚染が生じる状況.
・基準地震動・基準津波
原子力発電所施設・設備・構造物の設計に用いられる基準となる地震動または津波.施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があり,施設に大きな影響を与えるおそれがあるもの.
・緊急手段
シビアアクシデントに至るおそれのある事態が発生しても,それが拡大することを防止し,また,万が一シビアアクシデントに拡大した場合にも,その影響を緩和するための対策
・事故シーケンス
起因事象の発生に加えて,事象の拡大を防止したり,影響を緩和するための設備の機能喪失又は操作の失敗によって炉心損傷,格納容器機能喪失あるいは放射性物質の放出に至る組合せをいう.(原子力安全・保安院,原子力安全基盤機構:原子力発電所における確率論的安全評価(PSA)の品質ガイドライン(試行版)(2006) より引用)
・取・放水施設
日本の原子力発電所では,原子炉を冷却するため,海水を冷却水として利用している.そのための海水を取水する施設と放水する施設である.地震発生により原子炉を緊急停止したとしても,余熱や崩壊熱による原子炉内の圧力の上昇を抑えるため,炉心を冷却する必要がある.そこで必要とされる冷却水を確保するための取・放水施設には高い耐震・耐津波性能が求められる.
・深層防護
(Defense in Depth)
IAEAでは深層防護の定義を「運転時の異常な過渡変化の進展を防止し,運転状態およびいくつかの障壁では事故状況として放射線源または放射性物質と従業員および公衆または環境との間に設置された物理障壁の有効性を維持するためのさまざまなレベルの多様な装置と手順の階層的な展開.」としている.
(原子力発電所過酷事故防止検討会報告書 「原子力発電所が二度と過酷事故を起こさないために」平成25年4月22日 から引用)
IAEAの深層防護の考え方は,第1層から第3層までは,我が国の従前の考え方と同様である.これに加えてシビアアクシデント対応(第4層)およびサイト外の緊急時対応(第5層)を含めた5つのレベルで構成されている.
・ストレステスト
設計基準等で設定されているレベルを超える,またはそれ以外の事象が起こった場合にそれがシビアアクシデントに繋がるかどうかを検証するテスト.例えば地震に対しては,設計用地震動(強度)の何倍まで対象設備が耐えられるか,プラントの設計上の弱点を評価する.
・耐震重要度
原子力安全委員会の「発電用原子炉施設に関する地震・津波に対する安全設計審査指針」によって定義された,地震により発生する可能性のある環境への放射線による影響の観点からの発電所施設の重要度
・ハザードレベル
注目する超過確率(あるいは頻度)に対する外力の強さ(地震動強度や津波高さ等),または注目する外力の強さの超過確率(あるいは頻度)
・リスクコミュニケーション
個人,集団,組織間でのリスクに関する情報および意見の相互交換プロセスを指す.リスクに関するメッセージおよびリスクマネジメントのための法規制に対する反応やリスクメッセージに対する反応などリスクに関連する他のメッセージも含む
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