「日本再興戦略」に基づく労働法制の規制緩和に反対する理由 日弁連
「日本再興戦略」というが、自民党の改憲草案とおなじく、資本が横暴をほしいままにした戦前の日本にもどそう、と読める。まさにブラック、暗黒の世である。
同意見書で、労働力の移動の高い国としてデンマークが紹介されているが、北欧型社会に共通するのは、全国民の力の発揮による国力の発展である。医療、教育、住宅の保障、失業期間中の手厚い生活保障と高度な職業訓練・・その基盤があり、ジョブ型賃金・同一価値労働同一賃金の原則があるので、労働力の移動が促進されるのである。そして財源は、その恩恵をうける企業が負担するのは当然である。
公平と平等、社会的正義の発揮がカギである。意見書が「雇用だけを切り離して議論することの誤り」としている所以である。
同意見書は、「規制緩和」の流れ、現状、課題などよくわかり、大変参考になる。
【「日本再興戦略」に基づく労働法制の規制緩和に反対する意見書】2013年(平成25年)7月18日
日本弁護士連合会■第1 意見の趣旨
政府は,本年6月14日,「日本再興戦略」とそれを受けた「規制改革実施計画」を閣議決定した。
「日本再興戦略」においては,産業競争力会議や規制改革会議等の答申を基に,我が国の経済を再生するに当たっての阻害要因を除去し,民需主導の経済成長を実現していくために不可欠であるとして,様々な規制改革・規制緩和が提言されている。経済を新たな成長軌道に乗せるためには,人材こそが我が国の最大の資源であると言いつつ,「多様な働き方の実現」のためとして,多様な正社員モデルの普及,労働時間法制の見直し,労働者派遣制度の見直し等が検討対象とされている(日本再興戦略第Ⅱ一2③)。
規制改革実施計画においても,人口減少が進む中での経済再生と成長力強化のため,「人が動く」ように雇用の多様性,柔軟性を高めるものとして,ジョブ型正社員・限定正社員(ジョブ型正社員と限定正社員はほぼ同じ意味で用いられている。以下,両者を併せて「ジョブ型正社員」と記載する。)の雇用ルールの整備,企画業務型裁量労働制等の見直し,有料職業紹介事業の規制改革,労働者派遣制度の見直しが個別措置事項とされている(規制改革実施計画Ⅱ4)。その内容は,現段階では抽象的な記載にとどまるが,それらの議論の経過において解雇の金銭決消制度が具体的に検討されたように,労働者の地位を不安定にしかねない制度となる可能性も残っており,参議院選挙後に予定されている具体的な検討において,経済成長の手段として雇用規制の緩和を利用しようする議論が展開されるおそれがある。しかし,日本の労働者の現状は,非正規労働やワーキングプア問題の拡大に代表されるように,窮乏を極めており,雇用規制の緩和を経済成長の手段とするべきではない。
そこで,当連合会は,国に対し,具体的な制度改革の実現に当たって,以下の諸点について十分に留意するよう強く求めるものである。
1 全ての労働者について,同一価値労働同一賃金原則を実現し,解雇に関する現行のルールを堅持すべきこと。
2 労働時間法制に関しては,労働者の生活と健康を維持するため,安易な規制緩和を行わないこと。
3 有料職業紹介所の民間委託制度を設ける場合には,求職者からの職業紹介手数料の徴収,及び,民間職業紹介事業の許可制の廃止をすべきではなく,労働者供給事業類似の制度に陥らないよう,中間搾取の弊害について,十分に検討,配慮すること。
4 労働者派遣法の改正においては,常用代替防止という労働者派遣法の趣旨を堅持し,派遣労働者の労働条件の切下げや地位のさらなる不安定化につながらないよう十分に配慮すること。■第2 意見の理由
1 はじめに
(1) 現状
我が国では格差と貧困の問題が深刻化しているが,その大きな原因の一つとして非正規労働の拡大など雇用の崩壊・ワーキングプアの問題がある。
総務省の労働力調査によれば,非正規雇用の割合は2012年平均で35.2%と過去最高となっている。年収200万円未満の給与所得者は2006年以来6年連続で1000万人を超えており,給与所得者全体の平均年収はピークの1997年(463万円)より54万円も少ない409万円に減少している(国税庁2011年分民間給与実態統計調査)。
他方では,男性の正社員を中心にして長時間労働が蔓延しており,過労死や過労によって心身に故障を来す事例も後を絶たない。週60時間以上働いている労働者は全体の約1割で,男性に限ると14%に達しており(総務省労働力調査),男性正社員の週平均労働時間は52.5時間(年間2730時間)にものぼっている(総務省社会生活基本調査・2006年)。
(2) 当連合会の取組当連合会は,2008年10月3日の第51回人権擁護大会「貧困の連鎖を断ち切り,すべての人が人間らしく働き生活する権利の確立を求める決議」において,「ワーキングプア拡大の主たる要因は,構造改革政策の下で,労働分野の規制緩和が推進され,加えて元々脆弱な社会保障制度の下で社会保障費の抑制が進められたことにある。」と分析したところであり,「国は,非正規雇用の増大に歯止めをかけワーキングプアを解消するために,正規雇用が原則であり,有期雇用を含む非正規雇用は合理的理由がある例外的場合に限定されるべきであるとの観点に立って,労働法制と労働政策を抜本的に見直すべきである」,「使用者は,労働関連諸法規を遵守するとともに,雇用するすべての労働者が人間らしく働き生活できるよう,雇用のあり方を見直し社会的責任を果たすべきである。」と要求しているところである。
(3) 「日本再興戦略」の雇用制度改革に対する批判ア 雇用規制の緩和を経済成長の手段とするべきではない
「日本再興戦略」は,行き過ぎた雇用維持型の政策を改めることを雇用制度改革の柱としている(第Ⅱ一2①)。雇用維持型政策の放棄は,企業による雇用保障の放棄(労働者の地位の不安定化)を意味しており,全ての労働者が安定的な就労をしながら人間らしく働き生活できるようにといった観点が極めて薄い。あくまでも,企業が国際競争に勝ち,企業収益を増大させることに重点が置かれ,企業収益が増大すれば結果的に労働者の賃金上昇や雇用拡大が達成されるであろうといういわゆるトリクルダウン(富める者が富めば,貧しい者にもしずくがしたたり落ちるように富が浸透するという考え方)の発想に傾いている。
グローバル化した資本主義社会においては,企業は,世界中で最も人件費が安いところで人を雇い,最も製造コストが安く,最も公害規制の緩いところで生産し,最も法人税率が低いところで納税することによって,企業収益を極大化しようと世界中を駆け巡る。企業収益を増大させれば日本国内の労働者の賃金が上昇し雇用が拡大するというものではない。現に,1997年と比べて企業収益は1.63倍に増えているにもかかわらず,労働者の賃金は12%も低下している。
国際競争に勝つことを目標として各国が減税や労働基準・環境基準の緩和などを競うことは,「底辺への競争」でしかない。企業(多国籍企業,超国家企業)だけが成長し,市民の生活は企業収益のために犠牲にされることが予想される。
結局のところ,経済成長,すなわち,企業収益の増大のみを目標とする規制緩和は,社会の中により一層格差と貧困を拡大させる帰結になるであろう。経済成長は,全ての国民の暮らしを豊かにするための手段に過ぎないのであり,国民を犠牲にする経済成長など本末転倒である。雇用規制の緩和を経済成長の手段とするべきではない。
イ 政府・労働者・使用者の三者構成主義に反する
規制改革会議や産業競争力会議は,資本家・企業経営者とごく一部の学者のみで構成されており,労働者を代表する者がまったく含まれていない。このような偏った構成で雇用規制の緩和を議論すること自体が不公正であり,ILOが労働立法の根本原理として推奨している政府・労働者・使用者の三者構成主義にも反する。
(4) 雇用だけを切り離して議論することの誤り「規制改革実施計画」においては,雇用分野の改革として,
①「ジョブ型正社員」の雇用ルールの整備,
②企画業務型裁量労働制やフレックスタイム制等労働時間法制の見直し,
③有料職業紹介事業の規制改革,
④労働者派遣制度の見直しを掲げ,これらに重点的に取り組むとしている。
雇用分野の制度の在り方について検討することは極めて重要であるが,雇用制度だけを切り離してその規制の在り方を議論するだけでは極めて不十分である。雇用は労働者の生活を維持する上で極めて重要な基盤であるが,労働者の生活は雇用を含む様々な社会制度の上に成り立っている。
そして,我が国は,欧米諸国と比較して個人生活を支える社会制度が極めて不備である。我が国の社会保障給付費の対GDP比は17.7%(2003年)であり,OECD29か国中24位である。スウェーデン31.3%,フランス28.7%,ドイ
ツ27.3%,イギリス20.5%よりも相当低い(OECD統計2007年)。我が国では,住宅,教育,医療などの基礎的社会的サービスの保障が貧弱である。EU諸国において国民全体に保障される住宅,教育,医療の無償又は低廉な給付が,我が国では個人の負担とされ正社員の賃金の一部に組み込まれて支給される仕組みとなってきた。しかし,近年そうした上乗せ部分の賃金を得ることができず,社会サービスの提供を十分に受けることができない非正規労働者が増加し,深刻な社会問題となっている。
雇用制度の在り方を検討するに当たっては,我が国の住宅,教育,医療などの基礎的社会的サービスの保障との連関を踏まえた総合的な制度設計を構築することが不可欠なのである。
(5) 我が国における雇用保障の重要性「日本再興戦略」は,「リーマンショック以降の急激な雇用情勢の悪化に対応するために拡大した雇用維持型の政策を改め,個人が円滑に転職等を行い,能力を発揮し,経済成長の担い手として活躍できるよう,能力開発支援を含めた労働移動支援型の政策に大胆に転換する。」とし,「規制改革実施計画」では,「『人が動く』ように雇用の多様性,柔軟性を高め,「失業なき円滑な労働移動」を実現させていく」としている。
世界的に見て労働力移動の激しい国として,デンマークが存在する。当連合会は,2012年6月に,デンマークの労働法制や実態について現地を訪問し調査した。デンマークが我が国よりも厳しい解雇規制をしているにもかかわらず,労働者の移動が激しいのは,失業給付制度や職業訓練制度の充実に加えて,住宅,教育,医療などの基礎的社会的サービスの保障が充実しているためであることが判明した。基礎的社会的サービスが極めて貧弱な我が国の現状において,解雇規制を緩和し雇用保障を弱めることは極めて危険な政策と言わざるを得ない。
「日本再興戦略」は,「雇用調整助成金(2012 年度実績額約1,134 億円)から労働移動支援助成金(2012 年度実績額2.4 億円)に大胆に資金をシフトさせる」としている。これにより「成熟産業」から「成長産業」への労働力の移動を促進する狙いがあるとされる。
しかし,労働移動支援という名目で解雇が助長されることがあってはならない。労働移動支援助成金制度を活用することは,現行の解雇規制を緩和するものではないことに留意しなければならない。また,成長産業への労働移動が円滑に進むことは望ましいことであるが,そのためには,転職先の労働条件が整備されていることが前提条件である。その前提条件を欠いたまま,労働者に対して職業教育や職業訓練を実施したとしても,円滑な労働移動は実現されないし,結果的に,労働者がより貧困な状態に陥る結果を招きかねない。
さらに,労働移動支援の実施に当たっては,労働者の職業選択の自由に最大限の配慮が必要であり,意に添わない労働移動支援が強制されることがないよう留意されなければならない。
2 同一価値労働同一賃金原則の実現と解雇ルールの堅持(「ジョブ型正社員」について)「日本再興戦略」では,「多元的で安心できる働き方」の導入促進として,「職務等に着目した「多様な正社員」モデルの普及・促進を図る」としている。この「多様な正社員」に関して,「規制改革実施計画」では「ジョブ型正社員」の雇用ルールの整備を図ると言及している。規制改革会議の答申によれば,「ジョブ型正社員」とは,職務,勤務地又は労働時間が限定されている正社員のことである。しかし,そもそも現行法制下においても,企業において,かかる「ジョブ型正社員」制度を導入することには何らの妨げはない。個別労働契約や就業規則等で労働契約を明確にすれば足りることである。
そもそも,かかる議論の前提とされる「無限定正社員」なる概念は,企業が労働者に対して広範かつ柔軟,強力な人事権が行使されている実態に着目したものである。正社員と企業との労働契約には,通常,配転や出向に関する労働契約上の規定等が設けられており,この強力な人事権があたかも「無限定」な配転や転勤を労働者に甘受させるように映っているのである。この「無限定」さは,往々にして人事権の範囲を超えて濫用にわたる場合も少なくない。
しかし,一見「無限定」に見える企業の人事権自体にも労働契約上の限定は存在するのであって,法的に完全な「無限定」の働き方が存在するわけではない(人事に関する裁判例や労働契約法14条)。
この点では,「ジョブ型正社員」であろうとなかろうと,「日本再興戦略」も指摘するように,労働条件の具体化及びその明示が徹底されることは不可欠である。
仮に,今後国が,勤務場所及び職務内容を明確に画した無期労働契約をモデルとして普及させるとしても,あくまで働く人の多様な生活やワークライフバランスを確保するという観点からなされるべきであり,「ジョブ型」であることを理由とする正社員との不合理な労働条件の相違は許容されるべきではなく,「ジョブ型正社員」との間の均等・均衡処遇を実現することが,「ジョブ型正社員」制度普及の大前提とならなければならない。また,「ジョブ型正社員」制度が同時に,労働条件の切下げや劣悪な労働条件の手段として利用されることがないように,制度上の配慮措置を用意すべきである。
さらに,規制改革会議の答申においても指摘されているとおり,現場の具体的な労働実態を踏まえた制度設計とするべく,企業の現場において労働組合または過半数代表者等と多様な就労形態についての議論を促すことが重要である。
当然ながら,「ジョブ型正社員」であることを理由に解雇を容易化するような制度としてはならない。今回の答申及び「日本再興戦略」では,労働契約法等の法改正への言及はないものの,「ジョブ型正社員」モデルを国が普及させる場合には,労働契約法16条の解雇権濫用法理は厳格に維持されるべきことを通達,指針等で明確にすべきである。整理解雇法理は,「ジョブ型正社員」にも当然に適用され,解雇の効力はあくまで事案ごとに決せられることは,解雇権濫用法理の性質上当然のことである。解雇回避努力義務や人選の合理性が「ジョブ型」であるというだけで緩やかに解してよいということにはならず,個別の事案ごとに決せられるべきこと,使用者の雇用維持義務は依然として存在することを大前提に解釈されなければならない。
今後の労働法制改革の検討においても,現行の雇用保障は堅持されなければならない。当連合会は,多様な正社員の在り方に関する検討が,労働者の雇用保障を緩めるような方向で議論されることがないように強く求めるものである。
3 労働時間法制について「日本再興戦略」においては,企画業務型裁量労働制等の労働時間法制に関し見直しを検討するとされている。
この点,規制改革会議雇用ワーキング・グループの平成25年5月9日議事概要によれば,
①対象業務につき,現在は企画,立案,調査,分析に関する業務に限定されているところ,その対象業務を拡大する,
②対象業務に従事している状態に関し,「常態として」ではなくて「主として」従事していると評価できれば適用を認める,
③労使委員会による事業場ごとの決議を行い各事業所管轄の労基署に届け出るという手続要件を緩和し,企業単位での本社一括届出を可能にする,という方向での要件緩和方針が打ち出されている。
しかし,裁量労働制においては,労働の量や期限は使用者によって決定されるので,命じられた労働が過大である場合,労働者は事実上長時間労働を強いられ,しかも時間に見合った賃金は請求し得ないという事態が生じるという問題がある。また,その実態においては,事実上裁量性があるとはいえないような就労についてまで,裁量労働制の届出さえ出せば,青天井の長時間労働を行わせても時間外手当を支払わなくてもよいと認識する悪質な事業者も散見されるのが実情である。
労働時間規制は,労働法規の根幹をなす大原則である。裁量労働制において,例外として労働時間規制の対象外とされることが許容されるのは,その労働が創造的労働のための裁量性を本質とするものであり,対象労働者がどこで,何時間,どのように業務を遂行するかの自由(自律性)を有するからである。現行法は,そのような意味で裁量労働制の適用対象を限定し,かつそれら対象業務に「常態として」従事している状況でなければ適用対象とはならないものとするのである。
また,現行法が企画業務型裁量労働制の導入において事業場ごとの労使委員会議決を要するものとした趣旨の一つは,その議決において事業場ごとの事情に応じた健康・福祉確保措置,苦情処理措置を確保させることにより,裁量労働の対象となる労働者が際限のない長時間労働に拘束されることを防止する点にある。
しかるに,裁量労働制の適用対象業務を無限定に拡大したり,適用対象業務以外の業務にも恒常的に従事している場合にも適用を認めるならば,業務の裁量性・自律性がない場合にまで労働時間規制を及ぼせないことになる。そのような事態は,労働時間規制の例外である裁量労働制の許容性の限界を超える。
また,労使委員会の議決の届出を本社一括でよいとする手続要件の緩和も,事業場ごとの労使自治を軽視するものであり,各事業場における過労防止対策,苦情処理制度構築の機会を奪うものである。この要件緩和は,本社の決定によりその企業体の全国の事業場で労働時間規制除外が可能となり,各事業場において「本当にその業務が裁量に委ねられた業務と言えるのか」を検討した上で制度導入の可否を決する途を閉ざすものであり,極めて問題である。
日本再興戦略に先立ち発表された規制改革会議の答申では,企画業務型裁量労働制の適用労働者の割合が調査対象企業の労働者の0.3%と少数であることを見直しの理由とするが,そもそも企画業務型裁量労働制の導入は,「裁量」の名の下に労働時間が無制限となってしまうことを防止する観点から,慎重でなくてはならない。単に適用労働者が少ないことを見直しの理由とするのは,乱暴な議論である。当連合会は,このような方向性での労働時間規制緩和に反対する。
4 有料職業紹介所の民間委託制度について(1) 規制改革実施計画の概要
「規制改革実施計画」は,有料職業紹介事業の規制改革として,「当面,求職者からの職業紹介手数料徴収が可能な職業の拡大について検討する。」とされている。また,「規制改革実施計画」の基礎となった規制改革会議雇用ワーキング・グループは,本年5月9日,民間職業紹介事業の許可制の廃止,及び,求職者からの職業紹介手数料徴収の原則自由化を提言した。
(2) 問題点
ア 求職者から職業紹介手数料の徴収を可能とすることについて,次のような問題点が挙げられる。
すなわち,求職者本人から職業紹介手数料の徴収を可能とした場合,求職者の就職後に,求職者の給料から,求職者が民間職業紹介事業者へ支払う職業紹介手数料が天引きされる等という中間搾取が横行するおそれがある。特に,低所得の求職者の給料から職業紹介手数料が天引きされれば,低所得の求職者の給料の手取り分が減少し,低所得の求職者が貧困状態から抜け出すのが困難となる。そして,日本が批准している民間職業仲介事業所に関する条約(ILO第181号条約)7条1項においても「民間職業仲介事業所は,労働者からいかなる手数料又は経費についてもその全部又は一部を直接又は間接に徴収してはならない。」と規定されている。
イ また,民間職業紹介事業の許可制を廃止することについて,次のような問題点が挙げられる。
すなわち,そもそも,求職者は,自己の労働力を提供して生計を営む者であるから,事業者に対して弱い立場にあり,不適格な民間職業紹介事業者が労働市場に参入した場合,中間搾取や強制労働等といった弊害が生じるおそれがある。そのため,不適格な民間職業紹介事業者の参入を排除することにより,事業運営の適格性を確保し,求職者の利益を保護する必要がある。そして,日本が批准している民間職業仲介事業所に関する条約3条においても,加盟国には,許可又は認可の制度により,事業者の運営を規律する条件を決定することが求められている。
ウ 以上より,求職者からの職業紹介手数料の徴収,及び,民間職業紹介事業の許可制の廃止は,民間職業紹介事業者による求職者からの中間搾取を助長し,新たな貧困問題を生じさせる危険性があり,反対である。
(3) ハローワークのセーフティネットとしての機能を低下させるべきではないことハローワークと民間職業紹介事業者の連携・協力関係の強化については評価できるものの,その際には,ハローワークのセーフティネットとしての機能を低下させることは,断じて避けられなければならない。そもそも,現実には民間職業紹介事業者の職業紹介の対象とならない求職者が多数存在するところ,そのような求職者は,ハローワークを頼らざるを得ない。民間職業紹介事業者の求人紹介にマッチしない,かつ他の方法に頼ることができない多くの求職者を,国の責任で援助することが,憲法で保障された勤労権を確保することにつながる。このようなハローワークのセーフティネットとしての機能が低下させられることがないように,ハローワークと民間職業紹介事業者の連携・協力関係の強化を進める際には,この点が留意されなければならない。
5 労働者派遣法の改正について(1) 「日本再興戦略」等における労働者派遣制度の見直しの内容
「日本再興戦略」では,雇用制度改革における多様な働き方の実現の一環として「労働者派遣制度の見直し」が指摘され,労働者派遣制度の在り方等に関して,労働政策審議会での議論を経て,2013年8月末までをめどに取りまとめるとされている。主な検討対象は,規制改革実施計画において指摘されており,
①派遣期間の在り方(専門26業務に該当するかどうかによって派遣期間が異なる現行制度),
②派遣労働者のキャリアアップ措置,
③派遣労働者の均衡待遇の在り方
の3点である。また,「規制改革実施計画」の基礎となった規制改革会議の答申では,民間人材ビジネスの規制改革として,労働者派遣法の根幹にある「常用代替防止」という考え方に代わり「派遣労働の濫用防止」を明確化すべきであるとしている。
上記①~③のうち②及び③については一部首肯できる点もある。しかしながら,労働者派遣法の根本的な趣旨である「常用代替防止」の観点を捨象しようとする考え方,そして,その考え方に基づく労働者派遣法の規制緩和は,派遣労働者の過酷な労働実態を踏まえておらず,これまでの労働者派遣法改正の経過にも逆行するものである。
(2) 常用代替防止の重要性「規制改革実施計画」の基礎となった規制改革会議の答申は,労働者派遣法の「常用代替防止」という政策目標がもはやその妥当性を失っていると指摘する。しかし,その具体的根拠は言及されておらず,「日本再興戦略」及び「規制改革実施計画」には,当該答申の指摘は盛り込まれていない。そもそも労働者派遣制度は,一時的・臨時的な業務の必要性に対応せざるをえない場合に備えて,労働者供給事業を禁じた職業安定法44条の例外として設けられたものであり,常用代替防止こそが制度の根幹となっている。恒常的に労働力を必要とするのであれば,原則どおり無期の正規社員を直接雇用すればよいだけのことである。
答申が言及する「派遣労働の濫用防止」の明確化については,派遣労働者に関する低処遇・不安定雇用の防止という点では首肯できる側面もあるが,常用代替防止の趣旨に「代わる」ものとしてそれを定めるとする点で問題がある。
常用代替防止とは,長期雇用システムの侵食の防止を意味するところ,その目的は,単純に正規社員の保護のみにあるものではない。特に,派遣労働者の保護を法目的に明記した現行労働者派遣法の下においては,常用代替防止には,本来であれば正規社員となるべき者が,低処遇・不安定雇用の派遣社員の地位において正規社員と同じ職務に従事させられることを防止することで,派遣社員の保護をも達成しようとする目的が含まれていると解すべきである。
この点において,答申の指摘は一面的であるとの批判を免れない。
(3) 「規制改革実施計画」における労働者派遣制度の見直し内容の問題点「規制改革実施計画」が,労働者派遣制度の見直し内容として言及する上記①及び②については,以下のような問題点,注意点がある。
①派遣期間の在り方については,具体的には,専門26業務と自由化業務との業務区別の撤廃が検討対象とされている。しかし,業務による派遣期間の制限は常用代替防止を趣旨としており,業務区別の撤廃は慎重に検討されなければならない。専門性の高い業務について恒常的に人手を必要とする場合には,正規職員としての人材活用が望まれるところであり,業務区別の撤廃は,かかる業務に安易に派遣労働者を利用できるようにするためのものであってはならない。
近時の労働者派遣法は,派遣労働者の労働条件の向上,雇用の安定化を目指して改正されたものであり,その流れに沿って,業務区別に関しては,専門26業務の労働者を常用雇用の原則に近づけること,自由化業務の労働条件の引上げを図ることを目的とすべきである。派遣期間の在り方の検討が,派遣労働者の労働条件の引下げや雇用のさらなる不安定化につながることのないよう,慎重な配慮が必要である。
②派遣労働者のキャリアアップ措置については,一般論としては肯定できるものの,その手段として「人」をベースにした派遣期間の上限設定とするという方向性には反対である。そもそも,ある特定の業務について恒常的に労働力を必要とするのであれば,無期の正規職員を直接雇用すれば足りるはずである。有期の派遣期間のみの就業では派遣労働者のキャリアアップにつながるものでもなく,低い労働条件の労働者を生み出し続けるだけになりかねない点でも問題がある。
(4) 労働者派遣法の規制緩和は近時の同法改正の経過に逆行するものである。派遣労働は,違法派遣や日雇派遣に典型的に表れるように,ワーキングプアの温床となっていた。2008年秋には,いわゆるリーマンショックに伴う大量の派遣切りが行われ,派遣労働者の生活の安定をどのように図るかが社会問題となったのは周知のところである。雇用の調整対象とされる派遣労働者の雇用は極めて不安定である一方,2010年時点において,派遣労働者のうち少なくとも44.9%は正社員として働ける会社がなかったなどの不本意な理由で派遣労働者となっており,また派遣労働者のうち少なくとも44.0%は正規雇用として働きたいと願いつつも(厚生労働省「2010年就業形態の多様化に関する統合実態調査」),低賃金・不安定な派遣労働者の地位に置かれている。
このような社会的背景を経て,近時,労働者派遣法の抜本改正が行われ,派遣労働者保護の明記,日雇派遣の原則禁止などの事業規制の強化,マージン率等の情報公開の義務化などの派遣労働者の保護強化や,違法派遣の場合の労働契約申込みなし制度の創設(この制度のみ法施行日から3年経過日の施行)など,派遣労働者の地位・雇用を守るための法制度が2012年10月1日に施行されたばかりである。
労働者派遣制度の分野における労働者保護は,未だ端緒が開けたばかりである。労働者保護のための規制を捨て,再び規制緩和の方向に舵を切ることは,派遣労働者ひいては労働者全体の雇用不安をまたもや増大させるものであり,経済の安定的な発展に対しても負の影響を及ぼすものである。
(5) 直接雇用への転換及び同一価値労働同一賃金の原則の徹底を推進すべき当連合会は,2008年10月3日の第51回人権擁護大会「貧困の連鎖を断ち切り,すべての人が人間らしく働き生活する権利の確立を求める決議」において,正規雇用が原則であるとの観点に立って労働者派遣法制の抜本的改正を行うべきであること,労働条件の均等待遇を立法化し実効的な措置をとるべきことを決議した。
「規制改革実施計画」③派遣労働者の均衡待遇の推進において指摘されているとおり,我が国も,EU諸国のように,派遣労働の分野において同一価値労働同一賃金の原則及び不安定雇用の拡大防止実現のための法整備を早急に推進するべきである。また,同時に,いみじくも厚生労働省の指摘するとおり,「派遣労働者については,やむを得ず派遣労働者として働いている者が多いという実態を踏まえ,(中略)より積極的に無期直接雇用への転換を推進していくべきである」(厚生労働省2012年3月28日「望ましい働き方ビジョン」15頁)。
派遣労働者を含む非正規雇用労働者において,人間らしく働き生活する権利が実現されてこそ労働市場の安定が実現し,経済的な側面においても長期的・安定的な発展が可能となるといえよう。
6 解雇の金銭解決制度について(1) はじめに
解雇が無効であるにもかかわらず,一定の金銭給付を条件に雇用契約を終了させることができるいわゆる「解雇の金銭解決制度」について,「規制改革実施計画」の基礎となった規制改革会議の雇用ワーキング・グループでは,座長試案として「解雇の金銭保障制度」の創設が提案され,産業競争力会議においても「再就職支援金」の支払いによる解雇の金銭解決制度についての提言がなされた。その後労働組合等各方面からの批判により,「解雇の金銭解決制度」については,規制改革会議の答申では,諸外国の状況を検討の上,引き続き検討することとされ,「日本再興戦略」にも盛り込まれなかった。
しかし,規制改革会議の議長代理が今秋からの議論開始を提唱するなどと報じられており,今後の議論の中で再度浮上する可能性が高い。そこで,当連合会としてかかる制度の創設についての基本的な考え方を述べる。
(2) 現行制度と実務まず,解雇についての民事的ルールを定めた労働契約法16条は,「解雇は,客観的合理的理由を欠き,社会通念上相当と認められない場合は,その権利を濫用したものとして無効とする」と定める。この条文は裁判実務として定着していた判例法理を法定化したものであり,平成19年に労働契約法が制定される際に盛り込まれたものである。同法制定にあたっては,厚生労働省の設置する労働政策審議会で議論がなされ,公労使三者の一致した答申がなされ,これに基づいて制定された経過があり,既に解雇の基本的なルールとして我が国の雇用社会に定着している。
解雇は労働者にとっては生活の糧を失うばかりか,職場での様々な人間関係や能力発揮の場も同時に失うことになり,過酷な状態に追い込まれることが多い。そこで,判例法理及び労働契約法16条は,解雇に対して,使用者に正当事由を要求している。
この解雇権濫用法理は,不当な解雇から労働者を保護して労働権を保障すること及び使用者に対して解雇の判断を慎重にさせるという機能を有しており,雇用保障及び労働条件の維持向上に重要な機能を果たしてきた。
(3) 解雇規制が強すぎるという議論について規制改革会議等の解雇規制を緩和すべきとする議論において,我が国の解雇規制が強すぎるために,企業の自由な経済活動が阻害されているとの指摘がなされている。しかしながら,OECDの統計によっても日本の雇用保障は先進国の中でかなり弱い部類に分類されている。また,個別労働紛争の司法手続及び行政機関による救済も事件数に比べて少ない(裁判所を通じた手続である仮処分,労働審判,民事訴訟の件数も年間7000件程度)。むしろ,労働者の権利救済のための物的,質的な制度の充実強化こそが求められているといえる。
(4) 金銭解決制度は導入すべきでないことこうした現行法制及び実務慣行,さらには我が国における解雇紛争の実情に鑑みれば,金銭解決制度の導入は,安易な解雇を誘発する可能性が高い。
また,労働者は不当解雇であっても最終的に金銭の支払によって退職せざるを得ないことになるため,労働者の職場における権利行使をより一層萎縮させることとなりかねない。
したがって,無効な解雇を使用者からの金銭支払いによって有効とする制度の創設には反対であり,「日本再興戦略」にこの制度が盛り込まれなかったことは評価できる。7 まとめ
以上,当連合会は,意見の趣旨記載のとおり,さらなる雇用規制の緩和に反対し,慎重な議論を求めるものである。
以 上
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