96条・手続き緩和 改憲派からも「近代国家の否定」
改憲派の理論的支柱である憲法学の小林節・慶応大教授が、憲法は「国民が権力者を縛るための道具。それが立憲主義、近代国家の原則」と述べ、手続きの緩和について「近代国家の否定」と痛烈に批判している。
自民党憲法改正推進本部起草委員会事務局長の礒崎陽輔参院議員が、2012/5/27付けのツイートで
「時々、憲法改正草案に対して、「立憲主義」を理解していないという意味不明の批判を頂きます。この言葉は、Wikipediaにも載っていますが、学生時代の憲法講義では聴いたことがありません。昔からある学説なのでしょうか。」と述べたのは有名な話。
東京新聞コラム「筆洗」(2013年3月6日)は、「主権者である国民が、国家権力に歯止めをかけるための役割が憲法である。」「自民党の憲法改正草案を読めば、憲法の本質を理解していない人たちが考えたことが分かる」・・・96条改定問題とは、こういうもの。
【憲法96条改正に異論あり 9条を変えるための前段、改憲派からも「正道じゃない」毎日・特集ワイド4/9】
【憲法96条改正に異論あり 9条を変えるための前段、改憲派からも「正道じゃない」毎日・特集ワイド4/9】もしかしたら憲法9条改正よりも、こちらの方が「国家の大転換」ではないのか。憲法改正のルールを定めた96条の改正問題。改憲派が目の敵にし、安倍晋三首相が実現に意欲を燃やすが、どこかうさんくささが漂う。実は「改憲派」の大物からも異論が出ているのだ。【吉井理記】
「憲法議論は低調だ。なぜなら結局、(改憲発議に要する)国会議員数が3分の2だから。2分の1ならすぐに国民投票に直面する。そこで初めて、憲法問題を議論する状況をつくり出すことができるのではないか」。先月11日の衆院予算委員会。民主党の議員から改憲への考えをただされた安倍首相は96条を改正するメリットをそう強調し、改正への意欲をにじませた。
96条は改憲に(1)衆参両院のそれぞれ3分の2以上の議員の賛成で国会が改正を発議し、国民に提案する(2)国民投票で過半数が賛成する−−の2段階が必要と規定している。(2)の手続きを定めた国民投票法は第1次安倍内閣の07年に成立、10年に施行された。
焦点は(1)だ。安倍首相は「3分の2以上」から「過半数」への緩和を目指す。今年に入り民主党、日本維新の会、みんなの党の有志が96条改正に向けた超党派の勉強会を発足させた。既に改憲派は衆院で圧倒的多数を占めており、今夏の参院選で定数242の3分の2、162議席以上になれば条件は整う。昨年8〜9月の毎日新聞の世論調査では96条改正賛成は51%、反対は43%だった。■
「絶対ダメだよ。邪道。憲法の何たるかをまるで分かっちゃいない」
安倍首相らの動きを一刀両断にするのは憲法学が専門の慶応大教授、小林節さん(64)だ。護憲派ではない。今も昔も改憲派。戦争放棄と戦力不保持を定めた9条は「空想的だ」と切り捨て、自衛戦争や軍隊の存在を認めるべきだと訴える。改憲派の理論的支柱として古くから自民党の勉強会の指南役を務め、テレビの討論番組でも保守派の論客として紹介されている。その人がなぜ?
「権力者も人間、神様じゃない。堕落し、時のムードに乗っかって勝手なことをやり始める恐れは常にある。その歯止めになるのが憲法。つまり国民が権力者を縛るための道具なんだよ。それが立憲主義、近代国家の原則。だからこそモノの弾みのような多数決で変えられないよう、96条であえてがっちり固めているんだ。それなのに……」。静かな大学研究室で、小林さんの頭から今にも湯気が噴き出る音が聞こえそうだ。「縛られた当事者が『やりたいことができないから』と改正ルールの緩和を言い出すなんて本末転倒、憲法の本質を無視した暴挙だよ。近代国家の否定だ。9条でも何でも自民党が思い通りに改憲したいなら、国民が納得する改正案を示して選挙に勝ちゃいいんだ。それが正道というものでしょう」
そもそも「日本の改憲要件は他国に比べ厳しすぎる」という改正派の認識は間違っている、と続ける。例えば戦後6回の憲法改正(修正)をしてきた米国。連邦議会の上下両院の3分の2以上の議員が賛成すれば改正が提案され、全米50州のうち4分の3の議会での批准が必要で「日本より厳しいんだ」。
諸外国で改憲要件を変えるための憲法改正がなされた例は「記憶にない」。他国と同等の国にしたいだけと訴える改憲派が、例のない特殊な手法に手を染めようというのだろうか。■
なぜそうまでして改憲したいのか。小林さんは、自民党が昨年4月に公表した「問題だらけ」の憲法改正草案そのものの中に真意がちらついているとみる。「例えば24条は『家族は互いに助け合わねばならない』とある。ほんと余計なお世話だね。憲法が国民の私生活や道徳に介入すべきじゃないんです」
国旗・国歌を定めた3条もやり玉に挙げた。「国旗・国歌は国の象徴、いわば国民の人格の一部なんです。日の丸はともかく『君が代』は天皇制の賛美歌として用いられた記録があり、反対論もある。国民的合意がないのに『憲法に書けば勝ち』じゃない」そこにあるのは「なんじら国民に憲法で教えを授ける」という姿勢だ。その傾向は「祖父や父の代から地域の殿さまのように扱われてきた世襲議員に顕著」と小林さん。かつて自身が指南した自民党がまとめた改正草案だが「『上から目線』が抜けないからこんなものになる」と手厳しい。
重ねて言うが、小林さんは護憲派ではない。しかし今や改憲派から「変節者」というレッテルを貼られつつある。2年前、自民党を含む超党派議員が96条改正を目指す議員連盟を発足させた時のこと。講演を依頼され、「僕は改正反対ですよ」と伝えると立ち消えになった。以来、自民党のその種の集まりには、ぱったり呼ばれなくなった。改憲派メディアからの取材も激減した。
小林さんは生まれつき、手に障害がある。小さな頃からいじめられ、いつも一人。誰かと群れたくても群れさせてもらえなかった。「憲法学者としての良心に従って発言し、批判しているだけ。ここは曲げられない。一人でいるのには慣れているからね」
■
96条という“障害”が除かれたら、何が起こるのか。
「当然、次は9条です」と言い切るのは弁護士の伊藤真さん(54)だ。日本弁護士連合会憲法委員会副委員長。小林さんが「尊敬する論敵・友人」と語る護憲派だ。第2次安倍政権発足後の昨年12月に毎日が実施した世論調査では、9条改正反対が52%で賛成の36%を上回った。しかし「議会の過半数が要件なら改憲の発議を与党だけで強行採決し、国民投票にかけられる。日中関係などで国民の危機感をあおれば通せるでしょう。多数派の民意がいつも正しいわけではない。だからこその『議会の3分の2』だったのですが……」。
その後には、自民党の改正草案が示す復古調の条文が待ち構えている。「24条の『家族の助け合い義務』が盛り込まれれば、それを理由に生活保護や社会保障の切り詰めといった国家に都合の良い法律制定が可能になり、古い家制度を押しつけられてシングルマザーや同性婚といった多様な家族のあり方も否定されることになってしまう」
伊藤さんが懸念するのは、96条にも国民投票法にも投票率の下限が示されていないことだ。「最悪1割の人の投票結果で国の未来が大きく左右される危険がある。国民一人一人が厳しい目線を注ぎ続けるしかないんです」
それでもあなたは96条改正に賛成する?
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